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夢見町の史

Let’s どんまい!

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2017
April 29
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2012
May 16
   最初の抱擁
 
 
 
「そなたのような人ならぬ者の血が赤いとは不可解な」
 
 女王は言って、笑います。
 彼女がけたたましい声を上げながら鎖を振るうと、男は顔面の痛みのために悲鳴を上げ、床を血で汚しました。
 男は後ろ手を縛られており、うつ伏せのような体勢で吊るし上げられています。
 服の一切は脱がされていますが、女王のせいで全身はくまなく赤く濡らされておりました。
 
「ははははは! 良い気味じゃ!」
 
 女王は、それはそれは嬉しそうです。
 しかし彼女の目は少しも笑ってなどいません。
 
「そなたのような愚者でも、さすがに自分のなにがどう悪いかを理解したであろう? 申してみよ。そなたの罪は何じゃ?」
 
 しかし男は呻くばかり。
 言語を発しようとはしません。
 
 女王はしゃがみ込むと、男の髪を掴んで顔を自分に向けさせます。
 
「痛みの余り、口が効けぬか。では少しばかり治してやろう」
 
 血に塗れながらも美しい手。
 それを男にかざすと、みるみるうちに傷口が塞がってゆきます。
 
「どうじゃ? 話せる程度には痛みが和らいだであろう? さあ言え。そなたの罪は何じゃ?」
 
 男はそれで、恐る恐る口を開くことになります。
 
「私の言葉が足りず、女王様に誤解をさせてしまうようなことを申し上げてしまいました」
「違うわ愚か者めが!」
 
 怒声と同時に鎖が飛びます。
 男の眼球に、それは強く当たりました。
 
 男は身動きを封じられているせいで、もがくこともできません。
 ただただ悲痛の声を上げ続けるばかりです。
 
 そんな男に、女王は何度も何度も鎖を振るいました。
 
「そもそもは! おぬしが! わらわの言を勝手に曲解し! 先走って! わらわに無駄な忠告をよこしおったのだ! 愚か者! 無礼者! そなた! 聞く耳がないのか!? わらわが! 祭り事を中止にするなどと! いつ申した!? 言え! いつ申した!? それを! おぬしは! わらわに! 祭り事を続行すべきと! 馬鹿者が! そういったとは! 祭り事の中止を! 提案した者に! 申せ! 愚か者! 愚か者! 愚か者!」
 
 女王が最も嫌うこと。
 それは言葉が通じぬことでした。
 説明の足りぬ者には「人に伝わらぬ言葉など言葉ではない」と責め、理解が及ばぬ者には「正確な言葉を正確に聞けぬ者は人ではない」と責めました。
 
 今から記す物語は、遠い遠い昔の、ある国の御話です。
 
 現代の巷では太古の男女が抱き合ったまま発見されたとか。
 その数は三組に及ぶと耳にしております。
 
 ですが、世にある抱き合った男女の遺骨は果たしてその三組だけなのでしょうか?
 いえ、そうではありません。
 未だに見つからぬ四組目があるのです。
 
 片方は男。
 片方は女。
 
 女は、誰よりも人に苦しみを与えたこの女王です。
 彼女には地位があり、名誉があり、富があり、足りぬ物などありません。
 その権力は天にそびえる巨大な塔を建設させるに至っております。
 
 全てを与えられ、何不自由ない暮らしを続けると人はどうなってしまうのでしょうか。
 通常の娯楽では満たされず、女王は常に拷問を行うこと快感を得ておりました。
 
 あまりに酷い拷問に耐えられず、自分の非を認めることで逃れようとする者は少なくありません。
 しかし女王は不敵に笑みます。
 
「そうかそうか。ようやく解ったか。おぬしがどれだけうつけ者なのか、ようやく解ったか。人はな、頭が良いから人なのじゃ。言葉の通じぬそなたはしたがって、人とは程遠い。人間以下じゃ。そのような馬鹿はわらわの国に要らん」
 
 そう言って、今度は死に至るまで何日間も苦しめ続けるのでした。
 
 どんなに酷く痛めつけられても、女王に逆らい続ける民も稀にいます。
 そのような数少ない人種にも、彼女は高らかに笑いました。
 
「ほう。ここまでわらわが尽くしても、まだ解らぬと申すか。おぬしほどの阿呆は珍しい。褒美に、先ほど潰したおぬしの目、見えるよう戻してやろう」
 
 男の両目にしばらく手をかざしてから、女王は部下に合図をします。
 すると、男の前には巨大な水槽が運ばれてきました。
 中にはおびただしい数の小魚が泳いでいて、まるで風に散る花びらのようです。
 
「見えるか? 西より取り寄せた人喰いの魚じゃ」
 
 水槽に肉を放り込むと、魚たちが一斉にむらがって喰らい、あっという間に骨だけが水底に沈みます。
 
「この魚、血の匂いを好む好む」
 
 女王の目が残酷な光を帯びました。
 
「おぬし、妻があったな? 連れてきてある」
「おやめください!」
 
 何かしらの悪い予感を察して声を荒げる男の顔を、女王は冷たく一瞥します。
 
「うるさい」
 
 言うが同時に部下の一人が手慣れた手つきで男に猿ぐつわを噛ませました。
 
 石だけで作られた地下の拷問部屋に、男の妻が通されました。
 彼女は男と同様に後ろ手を縛られ、一糸纏わぬ姿です。
 
「なかなか美しい女ではないか」
 
 女王はそして、部屋中を見渡します。
 
「誰か! こやつを犯したい者はおるか! 何人でも構わんぞ」
 
 おお、と声がして、兵士の数名が手を挙げます。
 
 満足したかのように女王は深く頷き、他人の妻を部下たちに与えました。
 男は「んー!」と何度も喉を鳴らし、激しく首を横に振り続けます。
 その表情は、女王が最も見たかった光景でした。
 
 女王は片手を自らの乳房に、もう片方の手を下腹部に忍ばせます。
 自身を愛撫しながら、恍惚とした顔で命じました。
 
「大臣を呼んでまいれ」
 
 やがて兵士たちが果て、男とその妻ががっくりとうなだれる頃、女王は舌舐めずりをします。
 
「おぬしの妻、おぬしが馬鹿なせいでずいぶんと汚されてしまったのう。言葉が通ずる程度の最低限の英知がおぬしにあればよかったのにのう」
 
 言われた男は顔を上げ、涙をいっぱいに溜めた目で女王を睨みます。
 
「ははははは! まだ怒れるとは気の強い男じゃ! だが安心せい。おぬしの女、たっぷりと清めてくれようぞ」
 
 女王の合図で女は吊り上げられます。
 彼女の股から兵士たちの体液がボタボタとしたたりました。
 
 女王は小さな刃を持ち、女の足に当て、すっと引きます。
 白い素肌に、一本の赤い線が引かれました。
 
 女は「痛い」と声を出し、男は再び激しく喉を鳴らせ、許しを乞うような表情を浮かべます。
 女王はそれを、当然のように無視しました。
 
「そなた、わらわの言いたいことが理解できぬのであろ? ならばわらわも解らんな。そなたが何を望んでいるのか、わらわには見当もつかぬ」
 
 そして女王は小さな刃を走らせます。
 薄く小さく、女の足の指を、足首を、膝下を、太ももを。
 女の足元では、白い物と赤い物とが混ざりました。
 
「この魚、血の匂いを好む好む」
 
 先と同じことを言う女王の目の先には例の巨大な水槽があります。
 男がそれに気づき、今までにない大声を喉の奥で鳴らしました。
 妻は泣き叫び、全身全霊を持って抵抗しています。
 
 女王はその悲痛な妻の声を男に聞かせるために、わざと彼女に猿ぐつわを使わなかったのでした。
 
 妻の下半身は赤く染められ、もはや肌の色をした部分がありません。
 暴れれば暴れるほど滴が散って、女王の服に紅色の染みを作ってゆきます。
 
 自分の口元に跳ねてきた女の血を、女王はうっとりと舐め回しました。
 
「やれ」
 
 ジャラジャラと鎖の音がして、女が吊り上げられ、水槽の上まで運ばれます。
 地下室は、嫌がる女の声と男の大きな唸り声でいっぱいになりました。
 
 女は少しずつ、少しずつ降ろされてゆきます。
 しばらくは足を上げて逆らっていましたが、やがて足の一部が水面に達してしまいました。
 魚たちがバシャバシャと、まるで喜ぶ子供のように激しく飛び跳ねます。
 女を中心に赤い物が広がって、水槽の中がどうなっているのか見えなくなりました。
 
 女の悲鳴がさらに高く、大きく響きます。
 男の唸りもさらに激しく、大きくなりました。
 女王の高笑いが止まりません。
 
 女はさらにゆっくりと、少しずつ、少しずつ降ろされてゆきます。
 その都度、魚たちが飛び跳ねました。
 
 女王は先ほど呼んだ大臣を自分の背後に立たせます。
 大臣は既に下半身を露わにしており、男の中心を突き立てると、そのまま女王の中で踊らせました。
 
 貫かれながら女王は喜び、白目を剥いて気を失っている女と、血の涙を流している男の顔を交互に見比べ、快楽をむさぼり続けます。
 
 女王と大臣が満足をする頃になると、男の妻は腰まで水に浸かっていました。
 着衣の乱れを整えると女王はふっと一息つき、尻まで伸びた美しい金髪をかき上げます。
 
 男の猿ぐつわを外すと、女王は優しげに言いました。
 
「先ほどはわらわの部下がそなたの妻を犯してしまったであろう? それはそなたが愚か者だからなのじゃが、だからといってそなたの妻を孕ますのはわらわの本意ではない。子ができぬよう、計らってやったぞ」
 
 女王の合図で滑車が動きます。
 赤く濁っていた水から、女の下半身が引き上げられました。
 
 それを見た男は一瞬押し黙り、しかしすぐに何もかもを吐き出すかのようなとてつもない絶望の悲鳴を上げます。
 
 女王は「次はそなたの番じゃ」と微笑み、愛用の鎖を手にするのでした。
 
 彼女は人の怪我や病を治すことができたので「愛の女神」などと呼ばれ、持てはやされてきましたが、実際は残酷な女でしたから民は安心して暮らすことなどできません。
 いっそ別の言語を作り、会話が通じないことを女王に知られないように工夫する者まで現われる始末です。
 
 しかし女王は「痛み」に興味深々。
 あまりにも拷問をしたいとき、彼女は町娘に扮して街を行き、理不尽を探すようにさえなりました。
 
 酒場で議論を交わしている最中、人の話を途中で遮った酒飲み。
 息子に解りにくい指示を出しておきながら、間違えたら怒るといったパン屋。
 
 城の中でも女王の目は光ります。
 会議の際、気にすべきではないどうでもいいことにこだわった者。
 現実に行ったらどうなるかの想像をせず安易に「こっちのほうが早い」などと間違った手段を提示した者。
 
 彼女の鎖は、多くの者に飛びました。
 
 一方、城の者も国民も、女王に対して油断をしなくなってゆきます。
 どういったことで彼女が怒るのかを観察し、研究し、逆鱗に触れぬよう努めたのです。
 おかげで、拷問死させられる者は一時的に減りました。
 
 そうなると今度は女王が面白くありません。
 以前は自分を怒らせる者をこらしめていましたが、今となっては拷問できないことが腹立たしいことなのです。
 女王の矛先はそこで、娯楽の世界に向けられました。
 
「そなたの舞台、見させてもらったが、あれは一体なんじゃ? なぜあのような下品な言動で民が笑ったのじゃ?」
 
 そのように喰ってかかり、議論を生じさせるのです。
 論争になればこっちのもの。
 噛み合わない会話が出てくるまで言葉を交わし、そこを指摘し、拷問部屋に連行するだけです。
 
「わらわが思うに、そなたの作は二通りの解釈ができるように思う。一つは同じ題材の作品に対して明確な反論を呼びかけるという考え。もう一つは――」
「恐れながら女王様、それは誤った見方にございます」
「わらわの話はまだ途中じゃ! 何故もう一方の説を最後まで聞けぬのだ愚か者めが!」
 
 この流れは非常に便利で、ごく自然に人を痛めるつけることができます。
 女王はすっかり味を占めてしまいました。
 少しでも評判に上ると、どんな娯楽でも進んで観覧するようになります。
 音楽、本、舞台、絵、踊り。
 彼女は様々なものを味わい、わずかでも生じれば疑問をぶつけ、言葉が通じぬという理由で表現者を殺してしまうので、結果的には様々な娯楽をこの世から葬っていきました。
 
 そんな中、ある青年の噂を耳にします。
 彼は物語の使い手で、書ではなく噺で人を魅了するとか。
 
「文字ではなく、物語を喋るのか」
 
 女王は興味を持ちました。
 言葉を使う者がどれほど自分との会話を成立させられるか、試してみたくなったのです。
 
「その者を呼んでまいれ」
 
 再び女王の瞳が残酷に輝き、人を屠るための鎖を手で撫でました。
 
 しかし彼女は結局、その青年を責め殺すことができませんでした。
 彼の繰り広げる物語が、とてもとても面白かったからです。
 それは次のような、壮大で神秘的な物語でした。

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   最後のアダム
 
 
 
「天使の殺し方を知っていますか?」
 
 唐突な質問にあなたは、「いえ、知りません。そもそも殺せるのですか?」とわずかにたじろく。
 
 廃墟となった石の教会は一枚の壁だけを残してほとんどが朽ちていて、天使と悪魔の戦争をモチーフにした絵画がかろうじて残り、今は太陽の光に照らされている。
 
「天使と悪魔は、同じ生き物なのです」
 
 案内人は眩しそうに目を細め、巨大な壁画を見上げた。
 
「同じ生き物ですって? これが?」
 
 あなたも同じく目線を上げる。
 空と二つの太陽と色あせた絵とを同時に眺めてあなたはどこか懐かしさに似た感覚を覚える。
 
 白い翼を持った天使はどちらかというと人間に近い格好に見えた。
 悪魔はというとまるで魔物のようで、黒い肌から角やコウモリと同じような羽を生やさせ、残忍そうな笑みを浮かべている。
 
「これのどこが同じ生き物なのです?」
 
 あなたが訊ねると、案内人は静かに目を伏せた。
 
「この絵は、思い込んだ人間によって描かれたものです。想像の絵なのです」
「あなたは本当の天使と悪魔を見たことがあるのですか?」
 
 しかし案内人はあなたの質問に答えない。
 
「影を刺すのです。天使も悪魔も、体を攻めても死なせることはできません。影こそが彼らの本体だからです」
「影、が?」
 
 その時に、親友の明るい声が背後からした。
 
「みみみ、見て、見て! こんなに、たくたく、たくさん」
 
 相変わらずのどもった口調に振り返ると、ホコリにまみれたあなたの友は満面の笑みで、両手には数々のガラクタを抱えている。
 あなたは呆れてしまい、檄を飛ばす。
 
「そんな物、どこかに捨ててこい!」
「ででで、でも、でも! けけ、剣も、剣もある!」
「本当か?」
 
 しかしそれは剣と呼ぶにはあまりに小さく、そしてくたびれている。
 あなたは「ないよりはマシか」と言って短剣を受け取り、親友は「ぼぼぼ、僕は、ささ、さ、刺さないでね」と、にんまりと笑った。
 絵の中にいる悪魔とは対照的な笑顔に、あなたも「にー!」と彼に歯を見せる。
 
「さあ」
 
 案内人は、いつの間にかあなたたちの背後にいた。
 
「旅を続けましょう。砂時計の塔はもうすぐそこです」
 
 あなたはうなずくと雑然と散らばった瓦礫を避けて歩き、荒野へと歩を戻す。
 砂漠を振り返ると、数日前に歩いていた草原や森、砂に刻まれた自分達の足跡、様々な景色が一度に見えた。
 遠くの物も、近くの物も。
 
 空の高さは無限に思えて、どんな鳥も雲も、太陽でさえもその高みには永久に到達できそうにない。
 そのことを、あなたは最近になって初めて知った。
 
 今日の風は、強い。
 しかしそれが乾いた風なのか、湿気た風なのか、あなたはまだ判断できないでいる。
 風に吹かれることに、まだ慣れていないからだ。
 
 そもそもあなたは、それまで空を見たことがなかった。
 あなただけではない。
 両親も友人も学校の先生も、あなたの街の住民は余すことなく、空を知らずに一生を終える予定だった。
 あなたの街には空がないからだ。
 
 全てではないにしろ、人類が滅んだのは三千年前だったとあなたは記憶している。
 歴史によれば太古の人々は多くいて、偉大な知恵を持っていたという。
 丸い大地の反対側にいる者にも意思を疎通させ、天を刺すかのような巨大な塔を次々と建て、月の地面にさえも足を踏み入れていた。
 
 滅びの理由は様々だったのか一つだったのかは誰もが憶測を口にしていて、あなたにはよく解らない。
 ただ理解できるのは、自分たちの暮らす街が先住民によって作られた地下の都市であるということだけだ。
 
 あなたの家も学校も、それぞれの商店も迷宮の中にある。
 そこには旧人類の英知が未だに生きていて、光の射す頃と闇の頃があった。
 昼と夜。
 あなたたちはそう呼んでいる。
 
「なあ、ラト。太陽を見たいと思わないか?」
 
 あなたが親友の名を口にした場所は、お気に入りの「木の部屋」だ。
 殺風景な白い壁に囲まれたその部屋にはレイヤの木が一本だけ立っていて、あなたは自分の家の次にこの秘密の部屋が好きだった。
 
「んん、んー?」
 
 ラトは大好物のマナをほお張りながら、あなたに澄んだ瞳を向ける。
 
「んななな、なあに?」
「太陽だよ、ラト。太陽。見てみたいと思わないか?」
 
 そう訊ねつつもあなたはラトに顔を向けてはいなかった。
 ある工作に熱中しているからだ。
 あぐらをかいて、足の上に置いた電球に装飾を施している。
 
「ぼぼ、僕は、ん僕はね」
 
 やっと食べ物を飲み込んだ友が言う。
 
「よよよ、夜。夜がみみみ、見たい。夜」
 
 外は三千年前からずっと死の世界のままで、その光景は想像に頼るより他はなく、もし仮に人が外気に触れればたちまち焼きただれて死に至ると強く教え込まれた。
 砂しかない外の世界の景色はだから、絵でしか見たことがないのである。
 
「夜、か」
 
 ラトの斬新とも取れる発言に、あなたは「こいつらしい」とある種の感心をする。
 空が見たいという発想ではなく、夜。
 
「だだ、だってさ、だってさ、夜は、ほほほ、星が見れるから、ほほ、星」
「星? 天空にいくつも浮いているっていう、あの星のことか?」
「そそ、そう! そう! そーう!」
「途方もない遠くで浮いているんだぞ? そんな物が見られるものか」
「み、見れるもん! みみみ、見れる! ほほ、本! 本に! 本にかか、書いてあった。本」
「本当か? もし見られるとしたら、それは明るくないと見られないんじゃないのか? なんで暗い夜だと星が見られるんだ?」
「そそ、それは、しし、知らない」
「馬鹿だな、お前は。それは本のほうが間違えているんだ。先入観、ってやつだよラト」
 
 いつしかあなたの工作の手は止まっている。
 再び作業に戻ろうと手元を見ると、部屋が少しずつ薄暗くなってゆくことに気がついた。
 
「ああ、そろそろ夜か。ラト、お前が好きな夜だよ」
「よよ、夜ー!」
 
 偽物の夜にさえ喜ぶ親友が好ましく、あなたはラトに「にー!」と笑む。
 ラトも、あなたと同じように顔をしわくちゃにして、「にー!」と大きな声を出した。
 
「さて、ラト。夜は光がないから夜なんだ」
 
 あなたが作った物は、大きな花のような形をしている。
 人目を忍び、街外れの天井から電球を一つ拝借して作った。
 自分の身長ほどもある木の棒にそれを取り付け、地面から伸びた黒いロープと繋がるようにしてある。
 
 もう少し装飾を懲りたかったのだが、「まあいいか」とあなたは思う。
 
「今を昼にしてやるよ」
 
 あなたは得意げに言って、むき出しになっている電球とロープとを繋げた。
 
 あなたさえも予想していなかった強烈な光が部屋中を照らし出す。
 
「おうおうわー!」
 
 ラトが両手で目を押さえ、転げまわっている。
 
「どうだいラト。太陽を作ってみたんだ。みんなには内緒だぞ」
「まぶまぶ! 眩し! まま、眩しい! でででも、すす、凄い!」
 
 その光は強すぎて、あなたも目を細めている。
 ラトは少しだけ、指の間から目を覗かせた。
 
「でで、でもでも、ぼぼ、僕は、よよよ、夜が見たい! 夜も作って」
「それは無理だよ、ラト」
「あああっ!」
 
 突然、ラトが叫び声を発した。
 あなたはすかさず、何事か、と思う。
 
 ラトはもう、あなたのことも小さな太陽のことも見てはいなかった。
 友は下から照らされたレイヤの木を興味津々に注目していて、どうやら夜を作れという自分の依頼さえも忘れ去ってしまったようだ。
 
「ああ、あれ! あれあれ! みみ、あれ見て! みみ」
 
 レイヤの木を見上げると、あなたはそこに赤い木の実があることを知る。
 ラトはそれを見つけて興奮しているのだ。
 苦労して作った太陽よりも、たまたま実っていた実に興味を持っていかれて、あなたはわずかに機嫌を損ねる。
 
「ねね、ねえ! ねえ! ああ、あれを、あれを、とと、と、取って! あれ!」
 
 駄目だ。
 そう言うために、あなたは口を開こうとする。
 
 すると突然、あなたの目は見えなくなった。
 光が消えただけなのだが、あまりにも急だったために、そして闇が完全すぎたために、あなたは自分の目が見えなくなったのだと錯覚を起こしたのだ。
 地面が無くなり、重力から開放されたような浮遊感も同時にあった。
 
 覚えているのはそれまでで、あなたは意識を失った。
 
 目が覚めると最初に風を感じ、次に青い空間が見えた。
 あなたがそれを空だと理解するには、少しばかりの時間が必要だった。
 
 ここには壁も天井も存在しないし、地面の広さに果てがない。
 異常な世界だった。
 
 巨人でさえも手を届かせられないであろう位置にたたずんでいる物が太陽で、その下にある形を変えない真っ白な煙が雲。
 限りなく広がる草木の床が大地で、さらに遠くに見える波のような影が山。
 そして、終わりのない空間が空なのだと、あなたはそれまで全く知らずにいた。
 
 砂漠を通過して森を抜け、あなたたちは今、大草原を進んでいる。
 
「あそこで休憩しましょうか」
 
 案内人が泉を見つけ、それを指で差した。
 泉の周囲には、いかにも果実が実っているであろう樹木が生い茂っていて、それを見たラトが歓喜の声を上げる。
 
「みみ、実ー! 実!」
 
 友のはしゃぎように、あなたは少し笑った。
 そして「実」という言葉から、あなたは初めてこの世界に来た日のことを回想する。
 
 あなたがあの時、どうして気を失ってしまったのかは未だ自分でも解らない。
 あの落下するような感覚はなんだったのか。
 どうやってこの世界に来たのか。
 
 あの日、目覚めた瞬間から、あなたにとってはこの現実こそが夢のようだった。
 
 上半身だけを起こすと見たこともない壮大な景色が周囲を覆っていて、あなたは未知からくる恐怖のせいで混乱をした。
 
「お目覚めになられたようですね」
 
 すぐそばから発せられた声に、あなたは鋭く振り返る。
 細身の娘がしゃがんでいて、あなたを見つめていた。

 

 続く。

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プロフィール
HN:
めさ
年齢:
41
性別:
男性
誕生日:
1976/01/11
職業:
悪魔
趣味:
アウトドア、料理、格闘技、文章作成、旅行。
自己紹介:
 画像は、自室の天井に設置されたコタツだ。
 友人よ。
 なんで人の留守中に忍び込んで、コタツの熱くなる部分だけを天井に設置して帰るの?

 俺様は悪魔だ。
 ニコニコ動画などに色んな動画を上げてるぜ。

 基本的に、日記のコメントやメールのお返事はできぬ。
 ざまを見よ!
 本当にごめんなさい。
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