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夢見町の史

Let’s どんまい!

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2017
June 27
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2011
August 22
 ボランティア員は、不思議と再会の挨拶や約束をしねえ。
 ボランティア員同士でも「ではまた!」とは言い合わねえし、ましてや依頼者さんに「またね」とはほとんどが、自然と口にしねえもんだ。
 例外もあるかも知れねえが、俺が見てきた限りだと、自分も含め、誰もがそうだった。

 俺たちボランティア員は、災害があったからこそ集まった集団だ。
 もし今回の震災がなかったら、顔を合わせることはなかった。
 出逢うことになるとしても、それは別の形で出逢っていることだろう。

 みんな心のどこかに、「ボランティア員として再会してしまうとき。それはまた何かしらの災害が起きてしまったときだ」と考えているのだと思う。
「また会いましょう」は、ここでは縁起でもないことなのだ。

 早朝に起き、自分の分のお弁当を作ってテントをたたむ。
 ささやかな我が家、撤収だ。

 めちゃめちゃ早起きをしていたので、昼食のお弁当を作ってから俺は、受け付け開始の1時間前にボランティアセンターに到着していた。
 まだ誰も来ていなかったが、今回も第1陣で出発したかったので、早くも列が出来ると思われる場所に荷物を下ろす。

 そうしていると、佐賀県からボランティア人員をたくさん乗せたバスが到着したり、ボランティア員が個々、ちらほらと集まってきたり、職員さんが出勤されたり、徐々に人が集まってきやがる。

 飽きもせず、今日もぴよぴよと群れてきやがって。
 これでも喰らいやがれ!
 挨拶代わりだ!

「おはようございまーす!」
「おはようございますー!」

 挨拶代わりってゆうか、本当にただの挨拶だが、まあ今日は許しておいてやろう。

「おはようございます」

 俺に近づいてきやがったのは1人のご老人。
 日に焼けているところを見ると、俺とは違ってもう何日も滞在しているボランティアのベテランと見た。
 彼も並びたいのだろう。
 俺のすぐそばに来た。
 自然と、雑談が始まる。

「僕ぁね、もう色んなところボランティアして、もう何週間かなあ。いわき市を手伝ってからは、もう1週間ぐらいになるんですけどね?」

 予想通り、このご老人はボランティア経験が豊富のようだ。
 彼はところどころ抜けて隙間が開いている前歯をニカッと見せる。

「色んなとこお手伝いさせてもらったけどね、みんないい表情してるんだ。このボランティアってさ、いわゆる3Kってやつじゃない。危険、キツい、えっと…」
「汚い、ですか?」
「そうそう! 危険、キツい、汚いの3K! なのにね、作業内容に文句言ってる人なんて1人も見たことないんだなあ。それどころかね、みんな休憩しようとしないの。リーダーに『そろそろ休み取りましょうよ』って誰も言い出さないんだなあ」
「そうですね。僕、そんなこと言ってる人、見ませんでしたね」

 でもまあ、ボランティア員だって健康を維持せねばならない。
 気持ちは解るが、休憩だけはしっかりと入れてほしいところだ。
 1人が「自分は休憩要りません」などと言って勝手に作業を続けられては、他の人が休みにくい心境になっちまうしな。
 休憩は無理にでも取るようにな!

 おじいちゃんは続ける。

「もうね、お家の人がね、心から『ありがとう』って言ってくれてね。中には涙流す人までいてね。そこまで感謝されるとさ、正直感動するよ」

 確かに、素直になるとそう思えてしまう。
 だが俺は悪魔なので素直じゃねえし!
 だから感動とかしてねえし!
 フンだ!

「ボランティアの人たちね、みんない~い表情してんだ」

 と、おじいちゃん。

 ばかが!
 オメー人のこと言えねえし!
 あんたの笑顔だって充分に爽やかなんだよ!

 笑顔が爽やかという理由で怒ったのは初めてだ。

 さて。
 今日の現場なんだが、「ヘドロの除去」という作業を最初のほうで紹介されたので、これを選んだ。
 4人で必要な備品をボランティアセンターにて借り、車に乗り込む。
 場所についてはわかんないが、なんかこう、北上したんだったと思う。
 ドライバーとナビ係の男性に全てを託したので、地図を見る機会がなかったのだ。
 どんまい!

 到着したそこは田んぼの真ん中で、ちらほらと一軒家が立ち並んでいる。
 見たところ洪水の被害とは無縁に思えたのだが、それはただここが海辺の見えないという景色だからなのであって、実際は海の爪はここまで届いていた。
 そのことを、俺たちはすぐに知ることになる。

 ボランティア員4名を出迎えてくれたのは、おじいちゃんおばあちゃんの老夫婦。
 こちらのお家は土台がわずかに歪み、少しだけ玄関などの立て付けが悪くなっているようだが、充分に住める状態みてえだ。
 家の前の地面はアスファルトで、そこが地震のせいで盛り上がっていた。

 おじいちゃんに、現場を見せてもらう。
 そこは家のすぐ裏だった。
 田んぼと家の間に小道が伸びていて、ヘドロが溜まったのはどうやらこの小道みてえだ。
 家と小道の間にはブロック塀が立っていやがるから、ヘドロはここで塞き止められている。

 洪水は田んぼを越え、海のヘドロをここまで運んできたというわけか。
 ってことは、海水に撫でられちまったこの広い田んぼも、しばらく使えないんじゃねえだろうか。
 そう考えるとブルーになった。
 デビルブルーだ。

 ヘドロはというと、一見黒いので土のように見えなくもないが、ブロック塀の根元に溜まっていやがる。
 こいつらを一網打尽にすることが、今回の作業だ。
 各自がスコップ片手に、ブロック塀に向かって腰を下ろした。

 今回も土嚢袋(どのうぶくろ)という、工事なんかでよく使う頑丈な袋をたくさん用意してきていた。
 スコップでヘドロをすくい、袋に詰めてゆく。

 土嚢袋いっぱいまで中身を入れてしまうと、その重さは50キロにも達しちまうだろう。
 リーダーの男性が「袋を運ぶとき腰を痛めないように、土嚢袋に半分ぐらいヘドロ入れたら次の袋使っちゃってくださいねー」と的確な指示を口にしていた。

 手分けをしていたので4人のボランティア員は離れ離れに距離を置きながら作業をしている。
 各自、その背後には土嚢袋が積まれていった。
 やがて全てのヘドロが袋詰めになる。
 4人の内、1人が女の人だったので、俺は彼女に「袋の口を縛る係をお願いしていいですか?」と頼み、その間、俺は袋を運んで1箇所にまとめることにした。

 最後に、消臭と消毒を兼ね、リーダーが石膏(せっこう)と呼ばれる粉を撒く。
 さっきまで黒いヘドロが積もっていた場所は、この石膏によって真っ白になった。


1137065_1151749589_164large.jpg







 この画像、右側に白い粉が撒かれているだろう?
 さっきまで、そこにヘドロが積もっていたというわけだ。
 左側に積んであるのがヘドロを詰め込んだ土嚢袋。
 ふはははは!
 片付けてやったぞ!
 いい汗をかいた。

 時計を見ると、まだ午前中。
 家主さんに挨拶をし、車で昼食を済ませる。

 今回のリーダーは関西からお越しの感じのいいお兄さんだ。
 今まで俺が知る中で、彼が最もリーダーに相応しい人材であると思える。
 明るくはつらつとしており、聡明。
 行動力も充分に見受けられた。
 加えて家主さんやボランティア員への配慮を怠らず、非常にいい具合でコミュニケーションを取り合ってくれる。
 俺様が心の中で勝手に100ポイント進呈したことを、彼は知るまい。
 めさポイントは何点貯めても何にもならんが、まあ気持ちだ。
 取っとけ!

 そんな優秀なリーダーが言う。

「まだ時間あるんで、もう1発近くに現場がないか訊いてみていいですか?」

 言って彼はボランティアセンターに電話をかけた。

 今俺たちがいるここの現場から1度ボランティアセンターに帰り、次の準備をする時間はさすがにねえ。

 現状のまま、直接手伝いに行ける現場があればいいのだが…。
 せっかく1日長く滞在したのだ。
 これで終いにしたくねえ。

 案じていると、リーダーは電話をポケットに仕舞いながら、ニカッと白い歯を見せる。

「ここからちょっと行った先に、住宅の瓦礫撤去の作業があるそうです。キツそうですけど、皆さん行けますか?」

 この言葉に、誰もが反射的に深く何度も頷いた。

 こうしてやってきた最後の現場なんだが、ここが最も酷かった。
 あまりに面喰ったので写メは撮らなかったが、そうだな…。
 被害の度合いとしては、福島県内で最も酷いとされる久之浜と同じぐらい酷い。
 久之浜の状況はだいたいこんな感じだったわけだが…。


1137065_1151749622_18large.jpg







1137065_1151749627_228large.jpg







 ここも似たようなもんだった。

 瓦礫の撤去っつったって、どのゴミをどこに運んだらいいんだ?
 ゴミをかき混ぜるだけと同じなんじゃねえか?

 パッと見、そうとしか思えないほど現場はしっちゃかめっちゃかに散らかっている。

 復興するまで、何年かかるんだ…?
 心の底から疑問が沸いた。

 遠くを見るとシャベルカーが何かしらしている。
 風が少し吹くだけで粉塵が舞い、目に入った。
 どこかで2ヶ月前の食材が腐っているのか、悪臭も鼻につく。
 悪い想像だが、もしかしたら地面の下にいるペットや人間の腐敗臭が混じっているのかも知れない。

 大きく見渡してみる。

 これで死人が出なかったわけがない。
 その確信が自分を悲しくさせた。

 俺は帽子を深く被り、マスクで口を覆った。

 リーダーたちが車を止めている間、俺は家主さんや、既に活動をしていたボランティア員に声をかけ、挨拶をする。

 だだっ広くなった土地に、ポツンとその家は残っていたが、それはもはや家ではなかった。
 家の形をした木片だ。
 そう思えるほど、ご自宅はボロボロにされてしまっていた。

 説明を聞くと、ここでの目的はご自宅の周りに流されてきた瓦礫を撤去するとのこと。
 木材はあっちへ。
 瓦や石、ブロックのかけらはあそこへ。
 鉄類はそこに。
 そんな具合で一応、簡易的なゴミ置き場は設定されているようだ。

 やがてここに来るはずのリーダーたちに、俺から説明できるよう、家主さんにお訊ねする。

「僕ら4人、増援って形で応援に来たんですけど、先に作業していらしたボランティアさんたちと同じことをすればいいんですかね?」

 すると日に焼けた中年男性は目を大きく見開いた。

「男の子だったの!? 女の子だと思ってた」

 これには俺も大きく目を見開いた。

 あたしのどこに女の子に見える要素があるってゆうのよう!
 男の子って歳でもないしね!?
 俺は悪魔なんだっつうのー!

 全身はレインコートだし、帽子を目深に被り、マスクで顔を覆っているから、俺の顔は見えなかったんであろう。
 どんまい俺!

 俺は悪魔だから泣かないのだ。

 作業は、なかなかはかどらなかった。
 ゴミの山を見れば、あれだけの量を運び出すことに成功したのだと思える。
 なのだが、ご自宅に目を向けると、ちっとも片付けられた気にならない。
 いくらやっても、瓦礫が減らねえんだ。

「っせーのッ!」

 何度目かの掛け声がかかる。
 ずりずりと、巨大な木片が動いた。
 俺のウエスト以上に太いその木は、家の柱だった物だろう。
 このご自宅の柱なのか、流されてきた物なのかは解らない。
 木にはロープが巻かれ、それを大勢で引っ張ることで動かす。
 こんなことを幾度となく繰り返した。

 巨木を動かせないときは、細々とした瓦礫を手でかき出し、どけてゆく。
 木はあっちへ、石や瓦はそっちへ、鉄類はそこへ。
 人に当たらぬよう、片っ端から放り投げた。
 それを別のボランティア員が、あるいは運び、あるいは土嚢袋に詰め込んでいく。

 町だったここは、本当に酷い有様だった。

 早くも悪臭に慣れてしまった自分がいる。
 炎天下の中だったので素肌の上にレインコートを着てしまったことは本当に失敗だったが、夢中だったので気にならない。
 汚れてもいいTシャツなどは、次回のボランティアのときに用意すればいいと思った。
 誰もが夢中で作業に明け暮れた。

 どういう感情からなのか、泣き出してしまいたくなっている。
 その涙をぐっとこらえた。

 俺は悪魔だから泣かないのだ。

 被災してしまった方の前では絶対に泣くべきではないと、俺は個人的に思う。
 横浜で平和に過ごせる俺が、大変な目に遭ってしまった方の前で涙を見せるなんてちゃんちゃらおかしいことだ。
 俺はなんとなく、そう思っていた。

「あ」

 俺様のデビルアイが、瓦礫の中から金目の物を発見!
 旧千円札だ!

 俺はいそいそと家主さんに駆け寄る。

「少ないけど、お金ありました」
「ああ、ありがとう」

 無口でぶっきらぼうな印象だった中年男性は、静かに頭を下げ、大切そうにお金を受け取り、懐に仕舞うと、悲しそうな目で遠くに視線を泳がせた。

 途中、休憩を入れることになった。

 家主さんは、俺たちのためにお茶を箱買いして用意してくれていた。
 それらのお茶や心遣いを無駄にしたくない一心で、皆「いただきます」と口を揃える。

 ここで勝手にボランティアを代表し、悪魔であるこの俺様から、依頼主さんたちに文句がある。
 あくまで俺個人のお願いなので聞かなくてもいいんだが、家主さんどもよ!

 茶の1つも用意しねえで自分ン家の片付けを手伝ってもらうのは気が引けるであろう。
 せめて飲み物ぐらい、って気持ちも解る。
 だけどな!
 俺たちボランティアに報酬なんて要らねえんだよ!
 飲み物だって各自、自分で用意してあるんだ!
 だから、余計なお金、遣うなよ!
 俺ァな!
 さっき千円札を見つけたとき、ポケットのないレインコートを着てたから財布なんて持ってなかった。
 だからできなかったんだが、もし財布が手元にあれば、こっそり手持ちの金足して「これ落ちてました」って多く渡したかったんだ。
 手伝ってもらうことで感謝の気持ちも、申し訳ねえ気持ちもあるだろうが、頼むからボランティア員のために金を遣わねえでくれ!
 そのお金は自分のために遣いやがれ!
 代わりに、関東が被災したら、そのときはよろしく頼むぜ。

 たいした作業もできないまま、やがて解散時刻が訪れる。

 ボランティア員たちは家主さんに一礼をし、それぞれの車に乗り込んだ。
 このとき、14名もボランティア員がいたが、やはり誰も「いずれまた」などの再会の挨拶をしなかった。

 ボランティアセンターに戻り、リーダーは「今日のことを忘れたくないから」と写真撮影を提案してくれた。
 4人で写っているその画像は、魔界に大切に保管しておくとしよう。

 女性ボランティアの方はここ福島出身の方で、「町が直ったら同窓会をしましょう。再会はそのときに」と言ってくれた。
 しかし、彼女も俺も、誰もが連絡先の交換を申し出ない。
 やはりなんとなく、「また逢おう」は縁起でもない気がするのだろう。

 リーダーが報告書を提出するため、建物へと入ってゆく。
 今日結成されたばかりの4人のチームは、これにて解散だ。

 俺はリュックを背負った。

 ボランティアセンターの職員さんは、この3日で俺の顔を覚えてくれたみたいだ。

「お疲れ様です!」

 めちゃめちゃいい笑顔で見送ってくれた。

 俺は人間ぶって、深く頭を下げる。

「僕は今日がラストだったんで、もう帰ります。町が復興したあと、今度は遊びに来ますんで」

 口にした瞬間、突発的に涙があふれ、語尾まできちんと発音できなかった。
 帽子のツバで目を隠し、おじぎするかのように顔を伏せ、そそくさとその場を立ち去る。

 職員さんたちは穏やかに笑いながら、手を振ってくれていた。

 なんで涙がこみあげてきたのか、自分でも解らなかった。
 でも、俺は悪魔だから泣かないのだ。

 いわき市のバス乗り場。
 帰りの高速バスが来るまで時間を作っていたので、お土産屋さんに入る。

 近所の人や職場の仲間に、いや違う。
 魔界に住まう極悪な魔物どものために福島の土産を強奪せねば。
 嫌がる売り子に無理矢理お金を渡し、数少ない物資を強引にこう…、もういい。
 普通にお買い物をしてやろう。

 これくーださい。

「ありがとうございます。あの、ボランティアの方ですか?」

 まるで旅人のような俺の荷物を見たからだろう。
 売店のおばちゃんがそう訊ねてきたので、俺は「ええまあ、そうです」と恥ずかしながらも返す。

「それはそれは…。どちらいらしたんですか?」
「魔界です」
「横浜から…。それはまた遠くから…。夜は眠れましたか?」

 ばっきゃろう!
 オメーそれを俺に訊くってことで、自分たちが眠れぬ夜を経験したってことが浮き彫りになってんじゃねえか!
 眠れなかったのかよ!?
 それなのに被災してねえ俺を気遣うのかよ!?

「はい、僕は大丈夫です。あの、僕また、福島の野菜とかお酒取り寄せますんで、売り上げとか大変だと思うんですけど、えっと、また遊びに来ますんで、うんと…」

 コメントが固まってねえのに喋るとこうなるという見本をお前らに見せつけてやったわけだが、ここでも涙が溢れてくる。
 でも、俺は悪魔だから泣かないのだ。

 再び帽子のツバを深く下げた。

 おばちゃんが、小さなお菓子をいくつか手渡してくれる。

「これ、帰りに召し上がってください」

 お菓子を両手で受け取り、店を後にした。

 魔界に着いて、俺は世話になったYと、そのおふくろさんに電話で礼を言い、疲れた体を横にして深く眠る。
 できれば、もっと滞在したかった。
 俺にお金と時間がたくさんあればよかったのに。
 くそ。

 さて。
 いわき市にいる間、ずっと考えていた疑問がある。
 それは「募金するのとボランティアに行くの、どっちが有効なのだろう」ということだ。

 俺は今回、3日間お手伝いをさせてもらった。
 例えばこの3日間、被災地に行かずに普通に働いて稼いだとしよう。
 プラス、往復するための足代も使った。
 そういったお金を計算すると、だいたい3~4万円といったところか。
 俺はボランティアに行くためにこの3~4万を費やしたという言い方ができるわけだ。

 ボランティアとして拘束される時間は、なんだかんだで6~7時間。
 時給1000円と仮定すれば、1日あたり6000~7000円の労働をしたと言い換えられる。
 3日でつまり、俺は最大で21000円の仕事をしたと喩えることができるってこった。

 だったらわざわざボランティア行かねえで3~4万ポンと募金したれや。
 と、俺は自分に対して思ってしまったわけだ。

 だが、それでも俺はボランティアに行ったほうがいいのだと結論を出した。

 自分の人生勉強になるし、その体験を人に伝えることもできるから。
 というのはもちろんのこと、俺にはまた別のところに考えがある。

 地震が来て、津波の被害に遭ってしまって、「家がこんなことになってしまった」と肩を落とし、途方に暮れている人間がいるとしよう。
「これを直すための工事を頼んだら、一体何十万の費用がかかるだろう」と悲観している人間がいて、そんなとき、大勢が助けに来てくれたと思ってみてほしい。

「報酬は要りません。一緒に立て直しましょう」

 この言葉と行動によって生じる感情は、決して募金だけでは得られまい。

 いやらしくお金の話をしてもいいか?
 依頼主さんからすれば、工事費の何十万が浮いてしまうのだ。

 だから、偽善でもカッコつけでも、1日だけでもいい。
 可能な奴はボランティアに参加してみてほしい。

 中には感謝されることを目的としているせいで、人に「ボランティアめっちゃ楽しいです!」と表情を輝かせてしまう者も少なからずいるみてえだが、まあそれでも構わねえ。
 行ける奴は、ぜひ行ってみてほしい。

 また、「自分はボランティアにも行けないし募金もしていない」って奴、気を落とすな。
 そういったことは、お金がある奴、時間がある奴に任せておけばいいんだ。
 募金した奴は偉い、ボランティアに行った奴は偉いなんてことは一切ねえ!
 逆に、募金しなかった奴は非情、ボランティアに行ってねえ奴は非情なんてことも一切ねえ! 

 そのことで人を責める奴は弱えだけだ。
 いつ自分に災害が降りかかるか解らねえしな。
 そんなときのために蓄えておけ。

 あなた募金してないの?
 ボランティア、自分は行ったけど君は行ってないの?

 そう訊いてくる奴は自分の善行に酔ってるだけだ。
 気にすんな!

 最期に、俺は悪魔だからな。
 冒頭でも「縁起でもねえからボランティア員は再会の挨拶や約束をしねえ」と書いたが、俺様は違うぜ。
 ふはは。

 めちゃめちゃ悪い顔をしながら、再会のメッセージを刻んできてやった。
 ボランティアセンターの掲示板に刻んだ悪魔の爪痕を見るがいい!


1137065_1151749549_31large.jpg







 書きながら泣いたなんてこたぁ、もちろんねえ。
 俺は悪魔だから泣かないのだ。

「次は遊びに来るから、早く復興してな! めさ」

 ――了――



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http://nanos.jp/innocentsense/page/15/

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はじめて・・・
めささんのブログにはじめてコメントさせていただきます。
わたしは福岡に住んでいる18歳なのですが、わたしの1つ上の先輩は、3月、第一志望校の受験をしに関東へ行き、災害にあいました。
その大学は、受験を取りやめてしまいました。
先輩は、第一志望の大学にいけなくなってしまいました。
でも、先輩はそんなことは気にせず、あっちでずっとボランティアをやっていたそうです。
学校は他のところへいきました。
今度わたしの受験の番になり、志望を文学部から看護へかえました。
先輩みたいに現地でボランティアできてないけど。
こんなとき受験でほんともどかしいけど。
でも、先輩のおかげでわたしの学校のみんなは少なくとも変われたと思います。
めささん、先輩、ありがとう!
これからは、日本のみーんなで変わっていきましょう!!
変わって、そして、新しい日本に作り変えましょう!!

長文失礼しました。
黒幕: 2011.08/22(Mon) 21:27 Edit
初めまして
僕は先日、祖母の実家である水害被害の有った福島県の只見市に行ってきました。
祖母の家は幸運にも被害は全く無かったものの周りは土砂で家の半分が埋まっている所がちらほら。
実際、土砂の撤去作業を行いましたが、住民の方々の逞しさを痛感しました。

助けたいが為に行ったものの、寧ろ貰うものの方が多いのかもしれません。

めささんの記事を読んでふと思って書かせて頂きました。
喋る空気: 2011.08/22(Mon) 21:29 Edit
無題
ボランティア本当にお疲れ様でした。
私の出身は山形県です。同じ東北の地が悲惨な状態なのをみる度に、自分の故郷はどうなのだろうか、これからどうなるのだろうかと考えます。 東北だけと言わず日本中が危機的状況の中で、仕事として、使命として懸命に復興作業をする方、ボランティアとして遠い地から東北に向かう方、自分にはこれしか出来ないからと、自分の生活費の一部を募金をする方。
感謝してもしきれません。
日本の一日も早い復興を祈ります。
沙和: URL 2011.08/22(Mon) 22:29 Edit
ここにURLは・・・
ここにURLはっていいですかね?

といって了承を得る前にはりますw

これはようつべですが、思わず泣いちゃいました。

サッカーの試合中に亡くなったサッカー選手の動画なんですが、涙が止まりませんでした。

見たことあったらすみませんw

見てなかったらぜひ見てください!
福ちゃん: URL 2011.08/25(Thu) 17:26 Edit
はじめまして、、、
初めてめささんのブログを見ました。

私は宮城県に住んでいて、自転車ですぐ行けちゃうような場所まで津波が来ました。

小学校の卒業式の練習中に地震がきて、家に帰ると中はもぅぐちゃぐちゃで。。。

水も電気もなく、海の近くに住んでいた親戚も。。。

そして今、普通に中学校に通っています。
小学生も、小学校が使えないので中学校を借りて授業をしています。

今では本当に被災地なのかというほど普通に日常を送っています。

しかし、海のほうへ行くと目を覆いたくなるような風景が広がっています。
鼻が曲がるようなにおい。。。

そんな中、めささんのような人がいて本当に良かったと思います。

私も、できることは少なかったですが、片づけの手伝いや学校の手伝いをしました。

色んな人が、「がんばってるねぇ」とほめてくれてうれしかったです。

もぅちょっと大きくなって、いろんな場所へ行けるようになったら、めささんのよぅにボランティアをして、みんなに笑顔になってもらいたいと思いました。


がんばろぅ、日本!


長文失礼しました。。。
灰猫: 2011.08/27(Sat) 12:56 Edit
無題
人っていうのは弱いものだと思います
でも人は皆で力を合わせた時に、
とてつもなく強くなれるのだと思います
だからめささんのような人(悪魔?)が
一人でも多く出てくるといいですね
これからも頑張って下さい
cry: 2011.08/28(Sun) 16:26 Edit
はじめまして
いつも動画見させてもらっています。
はじめまして。

今このブログを読んで、涙が溢れました。感動しました。

11日の大震災で私の住んでいる千葉は特になんの被害もありませんでした。
でも、次の日の12日。ニュースで津波の被害で亡くなってしまった家族の方達を見て、胸が痛くなりました。これは何かを手伝わなきゃ!と思い、私は現在コンビニなどで進んで募金をしています。


めささん達が被災地へボランティアに行ったという事は、被災地にまたひとつ、笑顔ができたということです。
私も被災地復興を願ってたくさんボランティアをしていこうと思います!


めささん、これからも頑張ってください!応援してます!


ほのボノ: 2011.09/02(Fri) 16:03 Edit
こんにちは。
初めてコメントさせて頂きます。
私は宮城県東松島市という被災地に住んでいたのですが、家は土台しか残りませんでした。近所の住宅も一軒も残らず、自分が住んでいた街は壊滅でした。
当分の間は、避難所で生活させて頂いたのですが、本当にボランティアの方にはお世話になり、非常に感謝しています。
しかし、ボランティアをしてくれる方達の行動力には驚きの一言です。
自分は他の誰かがもし、被災してたらボランティア出来たのか疑問です。
ですが、皆さんのボランティア精神に触発されて自分の気の持ちようが変わったのも確かでした。
ニコ動で動画閲覧しました。: 2011.09/09(Fri) 17:32 Edit
お初にお目にかかります
初めまして、幽鬼Pと申します。
悪魔ぶって検索してみたシリーズ毎回楽しく拝見させて頂いております。
小学生が見ていいんですかね(黙)w可愛い悪魔さん大好きです!
初めて文章を拝見させていただきました。感想は、述べるまでもなく。



…やべ、涙が。

千円札の所で少し…な、泣いてませんよ、ええw大丈夫です、泣いてなんかいませんよーだ!グスッ(←

あ、あと昨日の風邪直った記念生放送で曲名答えてくれてありがとうございますw「え?あぁ、そう」ですねw
これからも(特に検索してはいけない)拝見させて頂きます!宜しくお願いします!


追記:リクしたいけどメールの仕方分かんないのでもう少し待ってくださいw続編希望!!!
幽鬼P: URL 2011.10/08(Sat) 18:05 Edit
今年の夏・・・
こんにちは
めささんのブログに初めて
コメントをさせていただきます。

実はボクも2011年8月15日の
夏に被災地へ行きました。

仙台市へ行ったのですが、
本当に、めささんの写真どおりの
光景が広がっていました。

ボクは演劇部で
岡山県コンクールで
最優秀賞をいただき、
全国中学校総合文化祭
に出場するため、
岩手県へ向かう道中、
仙台市へ部員全員と行きました。

荒れた街並みは、
今でも忘れられません

1階が無くなった家

瓦礫の山となった町

近づくことができなかった学校

水面と水位が同じになった港

打ち上げられた船

異様に広く感じる空

どれも忘れられません。

そんなある日

YOUTUBEでめささんの
【めさらじお】東日本は魔界よりも強え
を見させて頂きました。

全てを聞いたとき
ボクは勇気を頂きました。

めささん。 
本当にありがとうございます。

これからも
被災地の方々
自衛隊の皆さん
そして、
めささんを応援します。

長文、すみませんでした
夕(Ra)×2: 2012.01/06(Fri) 14:13 Edit
今年の夏・・・
こんにちは
めささんのブログに初めて
コメントをさせていただきます。

実はボクも2011年8月15日の
夏に被災地へ行きました。

仙台市へ行ったのですが、
本当に、めささんの写真どおりの
光景が広がっていました。

ボクは演劇部で
岡山県コンクールで
最優秀賞をいただき、
全国中学校総合文化祭
に出場するため、
岩手県へ向かう道中、
仙台市へ部員全員と行きました。

荒れた街並みは、
今でも忘れられません

1階が無くなった家

瓦礫の山となった町

近づくことができなかった学校

水面と水位が同じになった港

打ち上げられた船

異様に広く感じる空

どれも忘れられません。

そんなある日

YOUTUBEでめささんの
【めさらじお】東日本は魔界よりも強え
を見させて頂きました。

全てを聞いたとき
ボクは勇気を頂きました。

めささん。 
本当にありがとうございます。

これからも
被災地の方々
自衛隊の皆さん
そして、
めささんを応援します。

長文、すみませんでした
夕(Ra)×2: 2012.01/06(Fri) 14:49 Edit
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プロフィール
HN:
めさ
年齢:
41
性別:
男性
誕生日:
1976/01/11
職業:
悪魔
趣味:
アウトドア、料理、格闘技、文章作成、旅行。
自己紹介:
 画像は、自室の天井に設置されたコタツだ。
 友人よ。
 なんで人の留守中に忍び込んで、コタツの熱くなる部分だけを天井に設置して帰るの?

 俺様は悪魔だ。
 ニコニコ動画などに色んな動画を上げてるぜ。

 基本的に、日記のコメントやメールのお返事はできぬ。
 ざまを見よ!
 本当にごめんなさい。
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 必要なものがあったら遠慮なく気軽に、どこにでも貼ってやって人類を堕落させるといい。
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