夢見町の史
Let’s どんまい!
January 17
「なんて答えにくいことを…」
酒席では罰ゲームの嵐だ。
お店が暇だったので、数少ないお客さんと従業員たちとでちょっとしたアプリを楽しんでいる。
あたしがアイフォンにダウンロードしたゲームだ。
クリックすると、様々な質問がランダムに出題される仕組みになっている。
例えば「異性が身につける下着は何が理想?」とか「名前も知らない人と関係を持ったことがあるなら、その詳細を詳しく話せ」などなど、性的な内容が多い。
みんなもういい大人なので、多少エグい質問が出ても、だいたいがあっさりと「それは経験なし。次!」とか「昔あったなあ、そんなことも」などと平然と答えてゆく。
しかし、めさくんは違った。
「え~! そんなの言えない!」
潔くないし、なんだか気持が悪い。
いいから言え。
「えっとね? えっとね? そういった経験はね? もー無理!」
無理なのはそのキャラだ。
なんだその年齢設定と性別を間違えた感じは。
「だって、言いたくないんだもん!」
もん!
じゃない。
腹立たしい。
うざいからもう引っ張るな。
回答を強要すると彼は、以前女性に何かしらをされてしまった過去を赤面しながら話し、「なんだよ結局受け身かよ気持悪いな」とあたしの気分を害させた。
そんな中、店のボスであるK美ちゃんが思い出したかのように立ち上がる。
「こないだの、めーちゃんの誕生日会のときのケーキがあるんだった。みんな食べる? めさのチョコレートケーキ」
今までの話題が話題なだけに「めさのチョコレートケーキ」という言い回しがなんだかエロチックな比喩に思え、あたしは笑った。
皆はそれで、わざといやらしい意味に取れるような言い方をする。
「めさのチョコレートケーキ、甘~い」
「めさの、美味しい」
「どうだ! 俺の味は!」
この男、いきなり調子に乗り始めた?
めさくんの言えることと言えないことの区別が、あたしにはさっぱり解らない。
やがてアプリの質問事項も尽き、ゲームはやがてカラオケに移行する。
皆でマイクを回しながら歌い、画面が切り替わって歌詞が変わる毎に交代してゆく。
最後のフレーズを歌った者が負けだ。
めさくんが負け、彼が次の歌を入れる役となった。
「次、なんの歌にしようかなあ。あ、そうだ。みんな、コブクロ歌える?」
「有名なやつしか知らないなあ」
「蕾(つぼみ)とかって、どう?」
「それなら知ってるー」
「おっけい!」
めさくんが電目を操作した。
「じゃあみんなで歌おう。俺のコブクロを」
お前のじゃない。
なんでわざわざ「俺の」を付けた。
そっちのコブクロに興味はない。
「入れるよ? 俺の蕾」
何がどう卑猥なのか説明しないが、とにかくいい加減にしろ。
コブクロファンの方々、めさのバカが大変失礼いたしました。
December 14
あいつにな?
もう何年も前から「女紹介せえ。女紹介せえ」って亡霊みたいに言い続けてんねん。
なのにあいつ、俺にちっとも女紹介しようとせん。
「俺の女友達って、みんな結婚してたり彼氏がいたり、遠くに住んでたりしてるから紹介すんの難しいですってば」
「そんなん構わん! 俺はな? ただ楽しく酒が飲めればそれでいいねん」
「でもT内さん、そこまで女女って言うってことは、奥さんに内緒で、できれな深い仲になりなーとかって思ってるんでしょ?」
「そりゃそうや」
「俺の女友達に不倫するような奴いねえから!」
客に対してなんつう口の利き方すんねん。
男心の解らん奴や。
昨日も、めさ君に文句言ったった。
「お前はいつになったら女紹介すんねや!」
「仕方ないなあ」
めさ君はケータイ取り出してな?
「これ、たった今、真美って子から来たメールなんですけど」
って、俺にメール画面を見せてきたんや。
件名の、「今夜、泊めてもらっていいかな?」の文字に鼻血噴き出そうになったわ!
よっしゃ!
俺が泊めたる!
どこの女や!
「じゃあ一応、読み上げますね」
おう!
「いきなりごめんなさい。さっき家出しちゃって、泊まるとこがなくって、困ったのでメールしました」
家出したってことは、若い子っぽいやん!
それでそれで!?
「もうお金も残り少なくてかなりヤバイ状況なので、よければ家に泊めてくれませんか?」
ええで!
全力で泊めたるわ!
「泊めてくれたらご飯とか作れるから料理もするし、真美にできることなら何でもするよ?」
ななな、なんでもォーッ!?
いよっしゃあー!
めさ君!
その子紹介せえ!
「解りました。じゃあ今からURLを言うんで、そこにアクセスしていただきまして」
ふんふん。
「掲示板になってると思うんで、そこから真美ちゃんに返事書いてあげてください」
おっしゃ、解った!
掲示板にアクセスしてポイント買うて、何度か真美ちゃんとやり取りすればええんやな!?
よーし、プロフィール気合い入れて書くでー!
始めまして、T内です。
ってアホかーい!
それただの迷惑メールやん!
もうおのれには頼まん!
ぬか喜びや!
どんだけええタイミングで迷惑メール受けてんねん。
August 18
と、あたしは叫ぶ。
すると、めささんが「喜んで!」と返してきた。
違うでしょ。
そこは「なんだってェ!? だだだ、抱っこだと!? いやでも、こ、怖いんなら仕方ねえ」でしょ。
なに素になってんの、この大人。
「めささん、NG~!」
誰かが楽しそうにそう言った。
めささんがブログ上で「ベタ物語をボイスドラマにしたいから、声優やってみたい人、大募集!」みたいなことを言っていて、声優に憧れてたことがあったあたしとしては「気軽そうだしいい機会だな」なんて思い、応募をしてみた。
あたしが演技をしているときの声を聞いたメンバーたちは、めささんも含めて「ヒロイン役、決定だな」と口を揃える。
あたしなんかでいいのだろうか。
と正直に思ったけれど、意見としては満場一致で、嬉しいような申し訳ないような、なんだか複雑な心境だ。
「いやあ、NG出しちゃったな~俺」
練習中、めささんは嬉しそうな声を出す。
「いやしかし、練習中とはいえ、NGはよろしくありません。やり直そう。秋燈ちゃん、もう1回、『もう! 鈍いなあ! あたしを抱っこしててほしいの!』のとこからお願いします」
なんでそこからなのか。
いや、まあ、いいけど。
あたしは意識を高め、ヒロインと同じ心理になり切って声を出す。
「もう! 鈍いなあ! あたしを抱っこしててほしいの!」
「ああ…」
めささんや、他の男性メンバーの溜め息が聞こえた。
「秋燈ちゃん、ちょっと気になることがある」
と、真剣な声色のめささん。
「次のセリフを読み上げてってもらっていい?」
「あ、はい。どこですか?」
「今、送る」
スカイプのチャット欄に、次々とセリフが打ち出されていく。
「もう、鈍感…」
「どうせ、あたしに興味なんてないクセに…」
「どうしよう…。あたし、あなたのこと、好きになっちゃった…」
「あたしとじゃ、嫌…?」
なんだこの痛い男の願望セリフ。
しかし、男性陣は気持ちが悪いぐらい真面目な声だ。
「これは、作品作りにとっても大事なことなんだ」
「そうそう! 決して個人的に聞いてみたいとかじゃなくって」
「うむ。やはりベタなストーリーなわけだから、こういったセリフを言い慣れてもらわないとね」
なんだか妙な説得力だ。
でもまあ仕方ない。
あたしは普段だったら絶対に言わないであろう言葉を続けざまに口にしていった。
「もう、鈍感…」
「どうせ、あたしに興味なんてないクセに…」
「どうしよう…。あたし、あなたのこと、好きになっちゃった…」
「あたしとじゃ、嫌…?」
めささんが「嫌なんかじゃないさ!」と勝手に続いてきた。
他の男性メンバーは「めささん、ありがとう!」などと、着いていけない盛り上がり方だ。
「まあ冗談はさて置き、練習に戻ろうか」
まさか今の、冗談だったの!?
この男、主催者って立場を利用してた!?
「ではでは、次のシーンは、ここを練習しようか?」
指定されたのは、無人島で寝入るヒロインに、主人公がキスを迫るシーンだ。
「おい、寝てんのか?」
「ん」
「お前、そんな無防備だと、ほら、な?」
「んん」
「おいおい、起きろって」
「んー」
「起きろよ」
「ン…」
「起きねえとお前、キ、キスしちまうぞ?」
「ん」
「起きろって。本気だぞ?」
「ん…」
「い、いいんだな? ホントにやるぞ? お、お前がいいって言ったんだからな?」
「んんっ」
で、ナレーターが「ええい、もうどうにでもなれ!」と続く。
「ここのシーンは重要だ」
と、めささん。
「主人公の声、男役はじゃあ、君にやってもらおうかな。ナレーターは俺が言おう。ヒロインのセリフは引き続き秋燈ちゃんで。ではスタート!」
合図がして、演技が始まる。
「おい、寝てんのか?」
「ん」
「お前、そんな無防備だと、ほら、な?」
「んん」
「おいおい、起きろって」
「んー」
「起きろよ」
「ン…」
「起きねえとお前、キ、キスしちまうぞ?」
「ん」
「起きろって。本気だぞ?」
「ん…」
「い、いいんだな? ホントにやるぞ? お、お前がいいって言ったんだからな?」
「んんっ」
ところが、ナレーションの「ええい、もうどうにでもなれ!」の声がしない。
代わりに聞こえたのは、めささんの、
「ふむ。なんか引っかかるな」
不服そうな声だ。
「秋燈ちゃん、ここのセリフは『ん』しかないけど、できるだけエロく頼む。いやこれは職権乱用とかじゃ決してない!」
口元が緩んで聞こえるのは何故だろう。
まあ、いいけど。
男性役の人が再びセリフを読み上げ、あたしはそれに合わせる。
なるべく色気というやつを意識してみた。
「おい、寝てんのか?」
「ん」
「お前、そんな無防備だと、ほら、な?」
「んん」
「おいおい、起きろって」
「んー」
「起きろよ」
「ン…」
「起きねえとお前、キ、キスしちまうぞ?」
「ん」
「起きろって。本気だぞ?」
「ん…」
「い、いいんだな? ホントにやるぞ? お、お前がいいって言ったんだからな?」
「んんっ」
そして、めささんのナレーション。
「ええい! 録音しておけばよかったーッ!」
「めささん!」
怒ったような男性メンバーの声。
さすがに悪ふざけが過ぎると、めささんを注意してくれようとしている。
「めささんは年上だし、主催者だけど、一言だけ言わせてください!」
「なあに?」
「あんた、最高のシナリオ書いてくれたぜ!」
「でしょでしょ!? 俺はもしかしたら、今日この日のためにベタ物語を書いたのかも知れない」
…バカだ。
男って、みんなバカだ。
バカばっかりだ。
なんて肩を落としていたけれど、めささんは言う。
「女性陣のみんな、安心してくれ」
この空気のどこに安心できる要素があるってのよ。
「主人公役の彼の声、めちゃめちゃカッコイイだろ?」
ああ、確かに彼は上手いし、声がもの凄くいい。
「あの彼には、次のセリフを読み上げてもらって、そいつは録音してみんなに送ろう」
めささんが再びカタカタとキーボードを打った。
次のセリフが現れる。
「ほら、来いよ」
「お前、ほんとバカだな。…でも、お前みたいなバカ、嫌いじゃないぜ」
「俺は生まれ変わっても、必ずお前を見つけ出す!」
「お前のことが、好きだ」
どうだ?
と、めささん。
きゃー!
あたしもう、このチーム大好き!
めささんは、「このメンバーにチーム名をつけるとしたら『萌え部』だな」とつぶやいた。
それでいいと思います。
August 08
March 02
めささんがあたしの試合を見に来てくれて、その際に知らないプロレスファンに捕まってしまったことは、先日の彼に日記にあった通りだ。
出来れば試合内容についても触れてほしかったけど、まあいいだろう。
「それにしても、めささんってさ、よく知らない人に声かけられるよね」
彼は深夜に突然知らない人に家を訪ねられたばっかりだし、あたしは率直にそう思う。
「なんかそういう変なオーラ出てるんじゃない?」
「いやね? 実は俺ね?」
めささんは、あたしの試合には間に合ったけれど、最初の試合から観戦していたわけではなかった。
道に迷って遅れてしまったのだ。
「俺、迷子になってるときもさあ、中国人の人に捕まっちゃって、それでさらに遅くなっちゃったんだよねえ」
新宿の街で何すれば中国人に捕まることができるのだろうか。
スナック「スマイル」のお客さんたちも驚きの表情だ。
「どんな理由で中国人に!?」
「それがですね?」
めささんが道端で携帯電話を開いて地図を呼び出し、それを色んな角度で眺めながら困っていると、いきなり見知らぬ男性に何事かを言われたらしい。
「その言葉が中国語っぽかったし、顔もなんか肉まん好きそうに見えたし、あとカンフー上手そうだったから中国人だと思ったんだけどね? その人、俺に一生懸命に自分のケータイを見せて何か言ってんですよ」
めささんは急いでいたので「わかんない」と何度かは言ったけど、冷たくあしらったりはしなかったらしい。
「もし困ってる人だったら、冷たくしたら可哀想じゃん。それにしても言葉が通じなくて困った」
困ってる人に困らされてどうする。
「俺、めっちゃ急いでたんだけどさ、ちゃちゃっと彼の言いたいことを理解してあげることにしたんだ。彼の態度が申し訳なさそうな感じじゃなくて、なんか普通ってゆうか、堂々としてたんだけど、向こうの人は困ったときは態度に出さずに助けてもらうなんて風習があるのかも知れない」
なにその想像力。
「でね? その人のケータイ、090から始まる電話番号が表示されてんの。ジェスチャーからして『君の電話機でこの番号をプッシュしてくれ』ってことらしい」
それで、その番号にかけてあげちゃったの!?
「ううん、かけてないよ?」
ああ、ならいいんだけど。
「番号はプッシュしたんだけど、どうせかけたって通話相手に日本語、たぶん通じないでしょ? だから俺の電話を中国人の人に貸してあげた」
マジで!?
「マジで。その人、5分ぐらい俺の電話使って喋ってたよ~。俺、急いでんのにさあ」
なんで電話貸すの!?
「今の俺ぐらい、めっちゃ流暢な中国語で喋っていたアル」
オメーのそれは日本語だよ!
なんで電話、知らない奴に貸すんだよ!
「遅刻気味で急いでるときの5分って、ホント長く感じるよねえ。俺、焦っちゃったよ」
いいから質問に答えろ!
なんで電話貸すの!
国際電話とか、とんでもない通話料かかるかも知れないじゃん!
「大丈夫! ケータイの番号だった!」
そのケータイが海外にあったらどうすんの!
「なるほどね!」
喜ぶな!
めささんしかも、通話の内容、わかんないんでしょ!?
「今かけてるこの番号で登録しておいて」みたいなこと話してたら大変だよ!?
「おおー! その手があったか!」
オメーのさっきの変な想像力、どうしてこっち方向には使わねえんだよ!
「でも困った人かも知れないよ?」
困った奴はお前だよ!
横浜生まれのクセになんで田舎者!?
「じゃあさじゃあさ、もし来月にとんでもない請求が来たらさあ」
来たら?
「みんなに教えてあげる」
あ、それは教えてほしい。
来月、めささんの請求書が楽しみだ。