夢見町の史
Let’s どんまい!
August 25
俺は今、猛烈に喜んでいる。
プラトーンみたいなポーズで「うおおおおおー!」って叫びたい気分だ。
俺は今夜、文明に追いついた。
なんか最近みんな持ってるやつが、やっと利用できるようになったのだ。
すっごいお金が無いのに、すっごい無理をしたのは4ヶ月前。
どうしてもどうしても街中で音楽が聴きたくて、俺は歯を喰いしばりながら買い物をした。
購入したのは、MP3とかいうメディアプレイヤーだ。
これがまた凄い。
パソコンに取り入れた曲を、その小さなボディに移植して、持ち歩き聴くことができるのだという。
お店の人が言っていたのだから間違いない。
わくわくしながら帰宅し、パソコンにMP3を接続する。
インストールとかいう謎の儀式も無事終える。
あとはパソコンに入っている音楽ファイルを、プレイヤーに移動させるだけだ。
「ふはは」
あの画面を目にした時、なんで俺は笑っちゃったのだろうか。
モニターに、何やら事務的な一文が表示されていた。
「この形式のファイルには対応していません」
笑顔は一瞬にして凍りつく。
何かの冗談ではないようだ。
徐々に信じられないといわんばかりの顔をして、やがて俺は泣いた。
なんでか知らんけど、「お前がパソコンに保存していた音楽ファイルは、わざわざお金出して買ったMP3に入りません」ということだ。
このままじゃこの最新機器、ただの高いラジオじゃないか。
説明書に目を通す。
プレイヤーに曲を吸わせるには、どうしたらいいのだ。
「USBケーブルの小さいほうの端末をコンピュータのUSBポートに差し込み、大きいほうの端末を製品本体のドックコネクタポートに差し込みます」
意味わかんねえ。
かろうじて解るのは、ケーブルの両端は、それぞれ正解の穴に差し込むってことぐらいだ。
それぐらい、既に勘で出来てるっつーの。
だいたい、MP3って何の略なのかも解らん。
マジックポイント残り3?
なんで魔力に頼るのだ。
だから説明書は嫌いなんだ。
解らない人のための文章なのに、どうして専門用語を使うのか。
理解させる気があるのだろうか。
ばかが!
パソコンの基礎知識が一切ない自分の無知さ加減は棚に上げておいた。
駄目元で、もう1度トライしてみる。
パソコンに収納されている音楽ファイルを、プレイヤー本体へ移動、と。
「この形式のファイルには対応していません」
認めたくないっていうか、涙で文字が読めない。
断腸の思いで、生活を切り詰めてまでして買ったのに。
チャリでしゃしゃしゃ~って走りながら、音楽が聴きたいのに。
いや、「この形式のファイルには対応していません」という血も涙もない一文は、ヒントと見るべきだ。
この形式のファイルでは駄目、ということは、音楽ファイルを別の形式に変換してしまえば良い。
そこからは戦いだった。
色んなキーワードで検索をして、ファイル変換ソフトをダウンロードしたり、友達に相談したり。
まだ持ち歩かないクセに、プレイヤーが壊れないようにと専用のケースまで用意していた。
この時点で、なんか泣ける。
これって俺、ドキュメント番組に出られるんじゃねえか?
ってぐらい頑張った。
おばかさんを超えて、可哀想である。
「この形式のファイルには対応していません」
見慣れた文字。
この形式に変えても駄目だったか。
でも、負けないぞう。
音楽を聴きながらチャリに乗れば、俺はテンション上がって気分もよろし。
頑張るぞう。
で、4ヶ月が経った。
別のやり方を思いついて、試したら、簡単に出来ちった。
シンプルすぎて逆に説明が難しいから、その方法については割愛するけども、ホントすっごい簡単だった。
あれだけ一生懸命やっていたファイル形式の変換とかって、ぶっちゃけ関係なかった。
変換、特に要らなかった。
あれはただの深読みだった。
またしても泣きそうになる。
やっと曲が移植できたぞ、という感動。
なんでもっと早くこの手を試さなかったのか、っていう情けなさ。
4ヶ月もの間、俺は一体何を頑張っていたのだろうか。
何、ファイル形式の変換って。
そんなの最初からしなくていいのに。
でも、改めて説明書を見てみると、やっぱりそんなこと書いてないから、俺は間違ってはいないのだと思う。
俺は間違ってはいない。
正解できなかっただけだ。
いやしかし、とにかく嬉しい。
これでやっと外でも音楽が聴ける。
喜びの舞いを踊ろう。
日記にも書こう。
機械オンチ万歳。
よかった。
本当によかった。
購入店に怒りに行かなくて、本当によかった。
もし店を訪れていたら、「こんな簡単なこと出来なかったお客さんは、あなたが初めてですよ」ぐらい言われたに違いない。
色んな意味で、ホントよかった。
俺は頑張った。
無駄に頑張ってた。
これからは、機械オンチの人にも優しくしよう。
そうしよう。