夢見町の史
Let’s どんまい!
July 19
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/374/
るーずぼーいず(中編)
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/375/
るーずぼーいず(後編)
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/376/
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店の目の前に止められた黒い車にはスモークが張られ、内部が見られないようになっている。
ドアががちゃりと開いて、愛想の全くない男たちがぞろぞろと降り立った。
後部座席から現れたスーツ姿の男が、眼鏡をクイっと指で押し上げる。
神崎竜平を筆頭に、屈強そうな男3人がルーズ・ボーイの玄関を前にした。
店の外観を見ると窓にはシャッターが下ろされていて、営業しているようには見えない。
寺元康司が気を効かせて店主を脅し、邪魔者が入れないようにしておいたのだろうか。
ヤスにしては悪くねえ配慮だ。
そんなことを思いながら、神崎竜平はドアの取っ手を掴んで押す。
カランコロン。
音を耳にし、店内へ。
素早く見渡すと、客は数人いるようだが営業はやはりしていないらしい雰囲気だ。
既にいた客が余計な通報をしないように寺元康司が全員を閉じ込めていたのだとすれば、間抜けな部下への罰を少しぐらい軽くしてやってもいい。
神埼竜平は部下の姿を探した。
店は奥に向かって縦長の作りをしていて、出入口の付近にテーブル席が3つ、奥にカウンターが続いている。
玄関から最も近いテーブルにはサングラスをかけた老人が1人、おとなしくコーヒーを飲んでいる。
老人の椅子には白い杖が立てかけてあったので、彼の目は機能していないのだろう。
別のテーブル席には20歳そこそこぐらいの男が1人、ただ座ってこちらを見た。
黒のTシャツに細身の体。
顔つきから見ても、彼が素人だと解る。
青年の足元に見覚えのある紙袋が置かれていることが気にかかるところだ。
カウンターの中には店主と思わしき中年の男と、エプロン姿の娘の姿。
自分たちが入店しても挨拶を一切しないことと、その怯えた表情と見る限り、神崎竜平が何者なのかを既に理解している様子である。
カウンター席には未成年者と思われる女が1人でトマトジュースを前にうつむいて座っている。
どう見ても今回の件とは無関係だろう。
そして、店の1番奥の壁に、見覚えのあるパンチパーマがだらしなく倒れているのが見えた。
床に座り込むようにし、壁に背を預けている。
頭から大量の血を流し、どうやら気を失っているのだろう。
微動だにしなかった。
「おいガキ」
近くに座っている黒Tシャツに、神崎竜平は鋭い視線を向ける。
「お前のその、足元の紙袋はなんだ?」
訊くと青年は椅子をガタンと鳴らせて立ち上がる。
「オメーあのチンピラの仲間かよ!? オメーもやんのかよ!? ああ~!?」
やはり素人だ。
神埼竜平は噴き出しそうになる。
明らかに暴力の世界で生きていない者の気配だ。
こんな小僧に、寺元康司は打ち倒されたのだろうか。
細身の男はやかましく続けている。
「オメーらもやんのかよ!? やってやんよ! 俺マジつえーよ!? シャレなんねーよ!?」
これではどこかの中学生だ。
神埼竜平は溜め息混じりに口を開く。
「奥のチンピラやったの、お前か?」
「ああ俺だよ! 秒殺してやったよ! テメーも俺の荷物目当てかよ!?」
「まあそうだ。お前、ちょっとうちに来いよ」
この小僧は事務所で拷問だな。
そう考えて、神崎竜平は笑んだ。
「もう嫌! こんな店!」
不意に甲高い叫び声が上がった。
声の方向に目をやると、小柄な少女が泣きそうな顔をして立っている。
「喧嘩ばっかり! あたしもう帰る!」
少女がスタスタと早足で、玄関から出ていきたいのだろう。
神埼竜平に向かって歩いてきた。
いわゆる逆ギレというやつだ。
怒気を孕ませた少女は勢いよく進み、神崎竜平にドンとぶつかってそのまま店外へと飛び出していった。
「放っとけ」
部下たちが反応するよりも早く、神崎竜平は背後に控える3人に命じた。
警察を呼ぼうだなんて発想を、あの少女はしていない風だったからだ。
「さてと、お前」
若い男に、神崎竜平は再び向き直る。
「外に車が止めてある。ここは俺が奢ってやるから、乗れ」
「やだよバカ! 俺、そんなの乗んねーし!」
その言葉に、神埼竜平の部下たちが顔をこわばらせ、1人が青年の襟首を掴もうと手を伸ばした。
若い男はすると、声を張り上げる。
「レディース、アンド、ジェントルマン!」
次の瞬間、辺りが一瞬にして暗闇になる。
停電か?
いや、小僧の合図で店の人間がブレーカーを落とした!
神埼竜平は頭を巡らせる。
窓のシャッターを閉めていたのは寺元康司の指示ではない。
外から見られないようにするためではなく、表の光が入ってこないようにするためにシャッターは下ろされていたと考えるのが妥当だろう。
どうやらあの店主も事務所行きだな。
車をもう1台手配するか。
背後からは慌てたような部下たちの声がする。
「あれ?」
「んな!」
「な、ちょ! え?」
誰かが暴れるような音はしないが、背後で何事かが起こっているようだ。
闇が深すぎて状況が全く見えない。
神埼竜平はポケットからオイルライターを取り出し、火をつけようとする。
小さな炎はしかし、点けた瞬間に鋭い何かがぶつかってはじき飛ばされてしまった。
「誰だ!」
神埼竜平は思わず声を荒げる。
何者から攻撃されたのか、解らなかったからだ。
ライターが床に落ちた音がした。
オイルライターの火はさっきの鋭い攻撃によってできた風圧のせいで完全に消え去ってしまっている。
携帯電話で明かりをつけても、おそらく先ほどと同じようにはじき飛ばされてしまうに違いなかった。
これでは何も見えない。
「リクエストにお応えしましたよ」
出入り口のほうから老いた声がした。
それが合図だったのか、店の照明が復活する。
振り返ってみると、神崎竜平の部下は3人で手を繋ぐようにして輪になっており、背中を外側にしていた。
「何遊んでんだテメーらァ!」
声を荒げるもしかし、よく見ると部下たちはそれぞれ手を繋いでいるのではなく、手錠で繋がれているではないか。
「種も仕掛けも、まあございます」
テーブル席に座っていたはずの老人はいつの間にか立ち上がっていて、穏やかに笑顔を見せていた。
そうか!
と、神崎竜平は納得をする。
最初から目が見えないこのじじいにとって、闇はハンデにならない!
「じじい、テメーもグルか」
神埼竜平は静かに老人に詰め寄る。
「手錠の鍵はじいさん、あんたを痛めつけたらお貸し願えますかね?」
「じいちゃん!」
カウンターの中からウエイトレスの女が叫び、こちらに駆け寄った。
「あんた、こんな年寄りに暴力振るう気!?」
神埼竜平は笑う。
「お嬢ちゃん、俺ァこれでも平等をモットーにしているんだ。ガキだろうがじじいだろうが、お痛が過ぎた奴にゃあ手加減しねえ。もちろん、お前みたいな女にもな…!」
こみ上げるかのような神崎竜平の怒りの気配に、店内はゾッと静まり返る。
「さてと、じいさん、目だけでなく、耳も聴こえなくしてやろうか?」
「待て!」
ウエイトレスは勇ましく、神崎竜平と老人の間に割って入る。
「あんたなんて、棒さえあれば!」
娘が取ったその行動に、店主らしき男と黒Tシャツが初めて慌てたような態度を取った。
「由衣ちゃん!」
「変なアドリブ効かせんな由衣!」
「うっさい!」
ウエイトレスは続けて、老人が手にしていた白杖を奪い取る。
「じいちゃん、杖借りるね!」
女はそれを持って構え、杖の先端を神崎竜平の喉元に向けた。
なかなか堂に入った構えだ。
この女、できるな。
神埼竜平はそう感じた。
しかし獲物が刀だったらまだしも、たかが杖では自分を倒すことはできないことを知っている。
「由衣ちゃん、その杖は…」
「黙っててじいちゃん!」
由衣と呼ばれた女は杖を構え、じりじりと間合いを詰め寄った。
杖を掴んで奪うと同時に、この女は殴って前歯を数本折ってやろう。
神埼竜平が拳を軽く握る。
女が手にしていた杖がバサっと音を立てるのと、神崎竜平がそれを掴んだのは同時だ。
確かに白い杖だったはずの物体が、一瞬にして花束に変化している。
「なんだこりゃ」
思わぬ展開に、神崎竜平は丸くした目を手元にやった。
奪ったはずの杖が、花束になっている。
「由衣ちゃん、その杖はだね」
「うん。ごめんね、じいちゃん」
神埼竜平が見ると、ウエイトレスが申し訳なさそうな目をこちらに向けている。
女は奪い取られた花束を手で示した。
「その、よかったら、記念にどうぞ」
神埼竜平は花を後ろに放り投げ、スーツの内ポケットに手を忍ばせる。
拳銃を取り出すと、それをゆっくりと店内に向けた。
「なんなんだ、テメーらは」
銃口を見せつけられて、店内が沈黙をする。
「気が変わった」
神埼竜平は、もはや笑っていない。
「部下とブツだけ回収するつもりだったが、オメーら全員事務所までご足労願おうか」
銃で脅し、神崎竜平は老人もウエイトレスも黒Tシャツも、店の奥へと追いやった。
「その銃を捨てなさい!」
怖いもの知らずなのか、ウエイトレスが再び勇む。
見れば彼女も銃を持ち、こちらに向けているではないか。
ヤスの野郎に貸した銃じゃねえか。
あの野郎、銃まで奪われやがって。
と、神崎竜平は奥で気絶している部下を睨む。
「お前」
神埼竜平はウエイトレスの顔に銃口を突き出す。
「人が撃てるのか?」
その冷たい口調はまるで「俺は撃てるぜ」と言わんばかりだ。
「あんま撃てない」
ウエイトレスは正直だった。
「でも、あんただって撃てないクセに!」
「はは」
神埼竜平は呆れたように笑う。
「ここで人をバラしちゃ足がつくからな、確かに今は殺せない。でもなあ、お嬢ちゃん。銃は何も殺しだけに使うもんじゃねえ。指の何本かを吹き飛ばすことだってできるんだ」
神埼竜平は銃口を女の手元に定め、「こんな風にな」と引き金を引いた。
ポン。
銃声では有り得ない、間の抜けた音が鳴る。
銃口からは、小さな花が咲いていた。
「なんだと!?」
神埼竜平が驚きの声を上げた。
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「ここだよね?」
メモを片手に、相沢ひとみが訪れたのは小さめのビルだ。
事務所に掲げられた看板を確認して、少女は玄関の前にしゃがみ込む。
鞄から、小さく折りたたまれた紙袋を取り出した。
中には空になったビニール袋が入っていて、鑑識がこれを調べれば1発で麻薬が付着していることを見抜くだろう。
ここに紙袋を放置すれば、浅野大地からの頼まれ事は完了だ。
これでルーズ・ボーイで歌を唄わせてもらえるよう、マスターを説得してもらえる!
「でも、またあたし嘘ついちゃった」
相沢ひとみはペロっと舌を出す。
「もう絶対にスリはしませんって言ったけど、でもしょうがないよね」
相沢ひとみは紙袋を広げて、先ほど神崎竜平の上着から抜き取った拳銃を、ついでだからと中に入れた。
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神崎竜平の股間に衝撃があった。
自分の銃が花を咲かせた瞬間にできた隙を突かれたのだ。
目にも留まらぬ素早い蹴りが小さく浅く、一瞬で神崎竜平の急所を打った。
痛みを感じるまでの刹那、今度はパンと顔面に鞭のような打撃が続く。
目と鼻、そして股間の痛みが襲ってきて、神崎竜平はわずかに腰を折って前かがみになった。
今度はドスンと首の後ろに重たい何かが振り下ろされる。
どうやら手刀を叩き込まれたらしい。
遠のく意識の中で、神崎竜平は最後に見た一瞬の影を思い返す。
あの黒Tシャツの男は、素人じゃなかった。
ライターを叩き落としたのもこいつだったのだ。
「だから言ったろ? 俺マジつえーって」
遥か彼方から、憎たらしい声が聞こえる。
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やって来たパトカーに、4人の暴力団が連れ去られてゆく。
マスターが警察官に事情を説明している頃、ドサクサに紛れて店を出た寺元康司は公衆トイレで体を拭いていた。
トマトジュースの匂いが取れないが、このアロハシャツは洗って今日の記念にしておこう。
その発想は寺元康司を嬉しい気持ちにさせた。
「あとね、お巡りさん」
ルーズ・ボーイでは浅野大地がマスターの説明に補足をする。
「僕のこの枕を奪おうとしてたあの人たち、麻薬がどうのこうの言ってたんですよね。だから彼らの事務所とか調べたら、なんか出てくるかも知れません」
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「早く行かなきゃ、席がないかも」
「そうだな」
浅野大地と西塚由衣は今日もルーズ・ボーイにつま先を向ける。
ニュース番組でインタビューに応えた西塚司の言葉はこうだ。
「皆さんで協力して、麻薬の売人たちを捕まえたんですよ。人を幸せにするこの店の常連で、私はよかった」
目立ちたがりの西塚由衣も、祖父に続く。
「暴力団の人たちが逮捕されるのも当たり前って感じですかねー。ここ、常連客が持ち込むトラブルが全部解決されちゃうお店だから」
そのトラブルとやらをあれほどまでに嫌っていたマスターまでもがカメラを意識して、
「うちの店の名はルーズ・ボーイ。文字通り不良って意味です。ちょっとやそっとのフダツキなら歓迎ですがね、人様に迷惑をかけるような輩なら私は許しません」
さり気なく宣伝までしていた。
あの事件から2ヶ月。
浅野大地が店のドアを押し開け、西塚由衣が続く。
「いらっしゃーい!」
相沢ひとみが歓迎をしてくれた。
「由衣ちゃん、大地さん、こっち空いてるよー!」
「おー! ありがとー!」
2人がカウンター席に腰を降ろすと、他の客が相沢ひとみに声をかけている。
「ひとみちゃん、今日は唄わないの?」
「唄うよー! 司さんのマジックショーのあとに!」
「司さんの手品、やっぱ生バンドの演奏があるだけで格段にカッコよくなったよね」
「でしょー。あたしが連れてきた仲間だもん!」
マスターはというと、今日も忙しそうだ。
シェイカーを振っているマスターに、浅野大地が声を通す。
「マスター、あとででいいから、俺にいつものやつくださーい!」
「はいよー!」
「あたしもいつもの! 忙しそうなのに、ごめんねマスター」
「全くだ」
マスターが白い歯を見せる。
「あの事件以来、毎日クタクタだよ。由衣ちゃん、本気でウエイトレスやってくれないか?」
「あはは。考えとく」
「ひとみちゃんが唄ってる間は、私以外誰もいなくなるからね。人手が足りなくってしょうがない」
マスターは続けて「ああ忙しい」と楽しそうに嫌がった。
「お! そろそろだ!」
照明が暗くなって、店の奥をスポットライトが照らす。
ギターとベースの音がして、マジックショーのオープニングを告げた。
リズムを取っているのはトライアングルで、これが見物の1つとなっている。
三角形の鉄の棒は時に激しく、時に優しく連打され、小刻みでリズミカルな音を出す。
それまでのポリシーだったパンチパーマはすっかり取られ、寺元康司は勝負服である小汚いアロハシャツを今日も着て演奏に励んでいる。
スーツを着こんで登場したのは、西塚司だ。
老人はサングラス越しに客席に笑顔を向け、発音よく「レディース、アンド、ジェントルマン」と声を出した。
盛大な拍手が店内に響き渡って、老人が一礼する。
「今日もつたないながら、手品を披露させていただきますので、お見苦しいかも知れませんけれどお付き合い願います。その我慢を皆さんがなさったあとは、お待ちかね。ウエイトレスのひとみちゃんが歌を聴かせてくださいます。美しい歌い手さんは、私などの手品よりも絵になるに違いありません。おっと、美しいかどうか、私は目が見えないんでした」
どっと笑い声が起こる。
「はい、お待たせ」
マスターが浅野大地と西塚由衣の前にそれぞれ飲み物を置いて、声を小さくした。
「君たち、ライブのあと用事ないだろ? 残ってくれないか。あのときのメンバー全員、今日は私の奢りだ」
「いいの?」
と、西塚由衣。
「まあ、あのときと、あと今日のお礼だよ」
マスターが微笑んだ。
「続きましてのマジックは」
西塚司がハンカチを手に取る。
「親愛なるルーズ・ボーイのマスターにご協力いただきましょうか」
「え、私!?」
「さ、マスター、どうぞこちらに」
ヒューヒューと、客たちが沸き上がる。
西塚司はマスターの両手にハンカチを被せ、一瞬にしてそれをどかせる。
するとマスターの手には一体どこから出現したのか、大きな花束が持たされていた。
驚くマスターを尻目に、老人が嬉しそうな顔をする。
「手錠のマジックは、さすがに皆さん見飽きたことでしょう。そこで今日は特別な日ですから、少し趣向を変えさせていただきました」
称えるように、西塚司はマスターに両手の平を差し出した。
「ハッピーバースデイ、マスター!」
手品師の声と同時に演奏曲が変わり、誕生日を祝う曲になる。
いつの間にか相沢ひとみがエプロンを外し、簡易的に作られたステージに立っていた。
美しい歌声がして、客たちがそれに続く。
暖かい歌声の中には、浅野大地と西塚由衣のものも含まれていた。
――了――
July 16
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るーずぼーいず(中編)
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手錠を忘れてはならない。
大切な客からのリクエストだからだ。
1つ1つ丁寧に、手品の道具を鞄に詰め込む。
目を閉じていたが、老人は少年のような微笑を浮かべていた。
手品とは、手軽に起こせる奇跡のようなものだと西塚司は考える。
その小さな奇跡がいつか本当の奇跡に繋がって、誰かを助けることができたらどんなに幸せだろう。
最近できたその新しい夢は老いて尚青春を感じさせ、西塚司を嬉しい気持ちにさせていた。
今日は気分が良い。
にこにこと楽しそうに、西塚司は鞄を抱え、自宅を後にする。
少し遠回りをして、今日は公園の池を散歩してからルーズ・ボーイに向かうとしよう。
そんなことを考えていた。
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その池のほとりでは、浅野大地がベンチに座って頭を抱えている。
大量の白い粉が入っている紙袋はというと、足元だ。
謎の粉を全て池に溶かし込んで処分することを思いついたはいいものの、その軽はずみな行為が池の生態系を乱しそうで悩んでいる。
そこに現れたのは体格の良いアロハシャツだ。
見るからに落胆しており、寺元康司の心を声にするならば「一体どこを探せばいいんだ」といったところだろう。
運んでいた麻薬が、いつの間にかこんな変な枕に変わっちまいやがって。
寺元康司が憎憎しげに手にしている紙袋を睨む。
しかしすぐにその視線は力を失くし、死人のような目を地面に向けた。
駄目だ。
適当に歩いてたどり着いたこんな池で、探し物が見つかるわけがない。
死人のような目をしているのは浅野大地も一緒だった。
ふとした瞬間、寺元康司と浅野大地が焦点の合わない視線を同時に上げる。
呆然とした目と目が合い、互いの存在を認めた。
どちらの表情もぼんやりとしていたが、やがてどちらも同じ勢いで目を丸くする。
互いが持つ全く同じデザインの紙袋。
そしてあいつは急ブレーキをかけた電車の中でぶつかった相手だ!
寺元康司と浅野大地が同じ考えに至ったのはほぼ同時だった。
反射的に足元の紙袋を掴み、浅野大地が駆け出す。
「待てコラァ!」
逃がしてなるものかと、寺元康司がその後を追った。
拳銃はジーンズの腰元に差してある。
神崎竜平から預かったそれを、いざとなったら使うつもりだ。
しかしその切り札が走っているときの振動で抜け落ちてしまうことを、寺元康司は予測していない。
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「あたし、もうかっぱらいはやめます!」
「かっぱらいって言葉、久々に聞いたよ」
ルーズ・ボーイでは尚も相沢ひとみが熱く夢を語っている。
「スリも2度としません! 歌手になるから!」
マスターはすっかり困ってしまい、ノーギャラでいいのなら1度くらい店を貸してみようかと検討するも、いやいやレジの金が心配だと首を縦に振ろうとしない。
そんな折り、店の外から短い炸裂音が轟く。
何かが軽く爆発したかのような、大きな音だ。
何事かと、マスターと相沢ひとみが店の出入り口に視線を走らせる。
そこに立っていたのは、買い出しから戻った西塚由衣だ。
彼女はビニールに入れられたトマトジュースと、どういったわけか拳銃を手にしている。
銃口からわずかに煙が上がっているように見えて、マスターが驚きの表情を浮かべた。
「由衣、ちゃん…?」
「あのね!?」
西塚由衣はぜいぜいと肩で息をしている。
「モデルガンが落ちてると思って撃ってみたら、本物だったの!」
「なんでだよォ!」
マスターが悲痛の叫び声を上げた。
続いて浅野大地が大慌てで店内に入ってくる。
「マスター! 匿って!」
青年の手には、まだしっかりと紙袋が握られていた。
それを見たマスターが再び大声を出す。
「なんでみんなうちに犯罪の匂いがする物ばっかり持ち込むんだ!」
怒鳴られた浅野大地はしかし、「ごめんマスター! 池の生き物たちが心配だったから!」と意味の解らないことを口走る。
「とにかく匿って!」
浅野大地が勝手にカウンターの中に潜り込んだ。
「おい、大地君!」
「いいから! なんかチンピラっぽい人が来たら、俺はいないって言って! すぐに追い返して!」
マスターは泣きそうになりながら、「これは一体どういったストーリー展開なんだ」と力なくつぶやいた。
そのとき、またしても店のドアが音を立てる。
西塚由衣は慌てて銃を隠し、マスターが「今度は誰だ」と言わんばかりに玄関に目をやった。
薄い赤のアロハシャツにパンチパーマの男が、顔面を蒼白にしてテーブル席に腰を下ろす。
チンピラ風の男が来たら追い返せみたいなことを浅野大地が言っていたが、こうどっかりと座られては出て行けとなどと言いにくい。
軽食でも取ってもらえば長居されることはないだろうと、マスターは西塚由衣に指示を出した。
「由衣ちゃん、注文聞いてきてもらっていい?」
「はーい!」
相沢ひとみがいる手前、西塚由衣にはウエイトレスを演じさせる必要があるのだ。
西塚由衣はカウンターにトマトジュースを置くと、伝票を持ってテーブル席へと向かう。
寺元康司は両手で顔を覆い隠すようにして微動だにしない。
そんな男の顔を覗き込むように、西塚由衣は少ししゃがんだ。
「あの、ご注文よろしいですか?」
「ああ。もう駄目だ」
「駄目なんですか」
「俺ァ、これからどうすりゃいいんだ」
「注文すればいいんじゃないかと」
「1日に2つも大事な物を失くしちまった。俺ァどうすりゃいいんだよぉ」
何があったのかは解らないが、男の様子はあまりに気の毒に見えた。
西塚由衣が優しげな顔を見せる。
「お客さん、元気出してください。探し物なんて、案外近くにあったりもしますし」
現に麻薬も銃もこの店にあるのだが、寺元康司はそのことを知らない。
男はただただうなだれ、もはや「もう駄目だ」としか言わなくなっていた。
「元気出してくださいってば」
西塚由衣が男の肩をポンと叩く。
「嫌なことなんて生きていれば普通にありますよ。あたしもさっき嫌なことがあって、こう見えてもかなり凹んでるんですよ」
「ああ、もう駄目だ」
「あたし今、自動車免許取ろうって頑張ってて、やっと仮免までいったんです。でもね? その仮免で運転してたら事故起こしちゃって。たぶん誰も怪我してないと思うんだけど、1歩間違えたらたくさんの人を死なせちゃうって思ったら、凄く怖くなっちゃいました」
マスターが「だから最初、元気なかったのか」と独り言を言った。
西塚由衣は続ける。
「あたし今、お客さんに勝手に話を聞いてもらえたから、ちょっと元気になりました。誰かに打ち明けたら、お客さんも少しは楽になるんじゃないですか?」
「ああ、もう駄目だ」
「取り合えず何か飲みましょっか!」
「ああ、もう駄目だ」
と、そのとき。
店のドアがカランコロンと音を立てる。
いらっしゃいませと口を開きかけた西塚由衣の表情が一瞬で強張った。
「いらっしゃ、げえ! じいちゃん!」
大きな鞄と白杖を持った西塚司が嬉しそうに立っていた。
孫がウエイトレスの真似事をやっている事情など、西塚司は知らないでいる。
相沢ひとみを騙し続けるためには、祖父に「自分が西塚由衣である」と気づかれては上手くない。
じいちゃんの口から「由衣ちゃんはバイトなんてしてないよ」なんて言われたら全部台無しになっちゃう!
西塚由衣はそのように判断し、裏声を上げた。
「いらっしゃいませー!」
「お邪魔させていただきますよ。はて、ウエイトレスの方でしょうか?」
「はいっ! 最近使っていただくようになりました! 名乗るほどの者ではありませんけど、よろしくお願いします!」
明らかに甲高い西塚由衣の声色に、相沢ひとみがふとトマトジュースから口を離す。
「その声どうしたの? 由衣ちゃ」
「わー!」
マスターが慌てて助け舟を出した。
「司さん、お待ちしていましたよ! 相沢さんも見ていくといい。こちらの紳士が今からマジックショーのリハーサルしてくれるから!」
西塚司はというと、空いているテーブルの上に鞄を置きながら、ウエイトレスを気遣っている。
「名乗るほどの者ではないなんて、謙虚な娘さんですね」
「いえ! とんでもありません!」
「うちの孫も、あなたぐらいおしとやかだといいんですがねえ」
「ぐっ! お、お孫さんがいらっしゃるんですねっ!」
西塚由衣の声は裏返ったままである。
「きっと、もの凄く素晴らしいお孫さんなんでしょうね! もう、そうに決まってる!」
「いえいえ、それがとんでもないじゃじゃ馬娘でしてね、お恥ずかしい限りですよ。どこかに忍び込んで打ち上げ花火をして怒られたり、旅行に行ったかと思えば指名手配犯を捕まえてきたりと」
「うう…。で、でも凄いじゃないですかっ! お孫さん勇ましいんですね! あたしにはとても真似できない」
「真似なんてする必要ありません。剣道を習ったり1人旅に出たりだの。少しは落ち着いてほしいものですよ。今は車の免許を取ろうと頑張っているみたいですが、早々に事故の1つも起こしそうでね」
「うちのじいちゃんエスパーか…?」
「はい?」
「いえ! 手品のリハ、楽しみにしてますっ!」
西塚由衣は逃げるようにしてカウンターの中へと戻った。
「由衣ちゃん」
マスターが心配そうに小声を出す。
「事故って、大丈夫だったの?」
「うん」
西塚由衣はわずかに顔を曇らせた。
「アクセルとブレーキ間違えちゃって、踏み切りに突っ込んじゃったの」
「ええ!?」
マスターが大きくのぞける。
「そりゃ大変だ!」
「幸い無事だったんだけどさあ。電車がもの凄い音を立てて急ブレーキしてたよ」
「あの電車、お前のせいか!」
今まで厨房に隠れていた浅野大地が顔を出した。
「お前のおかげで酷い目に遭った!」
「ああ!」
テーブル席で顔を伏せていた寺元康司が勢いよく立ち上がる。
「見つけたぞ小僧!」
「やっべ!」
「あ! こっちにも!」
次に寺元康司は隣のテーブルに広げられている手品の道具に注目をした。
「あった! あった! やった!」
西塚司を押しのけ、寺元康司は拳銃を手に取る。
「あのう」
申し訳なさそうに西塚司が声を出したが、寺元康司は老人に気づかない。
ジーンズのポケットから携帯電話を取り出して耳に当てた。
「神崎さん、見つけましたよ!」
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「見つけた?」
神埼竜平が大理石の灰皿に煙草を押しつける。
電話の向こうから、興奮気味になった部下の声が続いた。
「はい! ブツを持ち逃げしやがった小僧、やっと見つけました! 今目の前にいます!」
「で、ブツは?」
「今から締め上げて吐かせます!」
「テメーだけじゃ心配だな。場所はどこだ?」
「はい! ルーズ・ボーイ? そんな名前のバーです! 場所は――」
神埼竜平が店の場所をメモに取った。
「今からその店に何人か連れて行く。俺が行くまでそのガキ逃がすんじゃねえぞ」
電話を切り、神崎竜平は事務所の中をギラリと見渡した。
「行くぞ」
目つきの悪い男が3人、無言で立ち上がり、神崎竜平の後に続く。
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「おい小僧、俺の紙袋、返せコラ」
寺元康司が浅野大地に銃を向ける。
「さっさと返せ!」
そこを西塚司が申し訳なさそうに口を挟んだ。
「あの、何かと勘違いしていませんか?」
「うるせえ! いいから小僧! 俺のアレ返せ! でねえと」
寺元康司は天井に向けて銃の引き金を引く。
すると銃口からポンと花が咲き、店内が静まり返った。
西塚司が言う。
「それ、私の手品の道具です」
浅野大地も罰が悪そうに顔をしかめていた。
「紙袋の中身、厨房に隠れてたとき、流しに流しちゃったんですよね」
それを聞いた寺元康司は「神崎さんが部下連れてここに来るんだぞ!」と悲鳴のような声を上げた。
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「そりゃ俺ァ昔っから悪さばっかりしてたよ」
寺元康司は来店時と同様、この世の終わりのような調子になっている。
誰に聞かせるわけでもなく、寺元康司は饒舌になっていた。
「気づきゃ堅気じゃねえ仕事に就いちまってよ、おふくろに逢わせる顔もねえ。神崎さんは俺のこと許さねえだろう。きっと、罰が当たったんだろうな。悪さばっかしてたからよお。こんなことなら、真面目に人生やってりゃよかった。死にたくねえよ。生まれ変わりてえよ」
「あたしも、同じでした」
相沢ひとみだった。
少女は力強い目で、寺元康司を見つめる。
「でもあたし、この店で人生をやり直すことにしたんです。お兄さんも頑張ろうよ」
「ちょっと待て。うちの店で私の許可なく人生やり直さないでくれるか」
マスターの横槍を、相沢ひとみは気にかけない。
「お兄さん、音楽やろうよ! 今うちのバンド、ドラムがいないんだ」
マスターが「うちにドラムは置けないよ!」と激しい口調で遮った。
「じゃあトライアングル!」
と相沢ひとみは瞳を輝かせる。
寺元康司が大きく首を横に振った。
「あのチーンってやつだろ? 恥ずかしくてできるかよ。それよりなんとかしねえと、神崎さんたち来ちまう! 逃げてもいつか捕まる。俺ァもう駄目だ」
「その神崎って人がボスですか?」
浅野大地が口を挟んだ。
「その人だけが逮捕されちゃえば問題ないわけですよね?」
すると西塚由衣が大きく手を挙げた。
「大地! あたしも作戦考える! そういうの大好き!」
その声に反応し、西塚司が見えない目を孫のほうに向ける。
「まさか、由衣ちゃん?」
「げえ! バレたあ!」
「由衣ちゃん、いつからいたんだい」
「だいぶ前から、ウエイトレスをしてました」
「ん? どういうことだい。さっきのウエイトレスの子が由衣ちゃん? 確かに不自然な声色だったけれど」
「もう誤魔化せないな」
マスターがふうと息を吐いた。
「司さん、あなたまで騙すようなことになってしまい、すみません。実は今日だけ、由衣ちゃんにウエイトレスを演じてもらっていたんですよ」
「演じる? どういうこと?」
相沢ひとみが不思議そうな顔をした。
「小細工までして悪かったね、相沢さん」
マスターは陰のある表情だ。
「うちは、どうしても君を雇うわけにはいかないんだよ。だから嘘をついた」
「なんで? 雇ってよ」
「それが、そうはいかないんだ。実はこの店、今月いっぱいで閉めるつもりでね」
これには全員が驚きの声を上げる。
「なんで!?」
「マジ!?」
「嘘でしょ!?」
しかしマスターの態度は真剣そのものだ。
「情けない話だが経営困難でね。ここしばらく、ずっと赤字続きなんだ」
マスターは寂しそうに店内を眺める。
「今日だって賑わっちゃいるが、誰も何も注文していない」
全員がそれで「ああ~」と深く何度も頷いた。
「いい店じゃねえかよ」
寺元康司が握った両方の拳に向かってつぶやく。
「俺ァこの店、初めて来たがいい店じゃねえかよ。俺みてえなチンピラの相談に乗ってくれる連中がこんなに集まるんだぜ? こんないい店ねえよ」
ゆっくりと、寺元康司が顔を上げる。
「この店、潰さなねえでくれよマスター! 俺も客になるよ!」
しかし、ふっとチンピラは自嘲気味に笑った。
「俺が無事だったらの話だけどな」
「このメンバーがいるなら、無事で済むかも知れないですよ」
浅野大地が自信あり気に微笑んでいる。
完結編に続く。
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/377/
July 14
るーずぼーいず(前編)
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/374/
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「問題は、今夜の俺は一体何を枕にしたらぐっすり眠れるかってことですよ」
「もっと重要な大問題があるだろ」
カウンターの上に両肘をつき、浅野大地は組んだ指に額を乗せている。
マスターはというと腕を組み、わずかにうつむいて顎鬚をさすっていた。
「こんな物」
マスターが視線を上げ、忌々しげにカウンターに置かれた紙袋を眺める。
「本物の麻薬かどうかは置いといて、他の客に見られるわけにはいかないな」
浅野大地がうんと頷いて見せた。
「どの道、処分しないといけないですよね。マスター、この店、ゴミ箱ありますか?」
「うちで捨てようとするなよ!」
紙袋に入れておいたはずの枕がいつの間にか謎の白い粉末と入れ替わっていた理由など、考えるのは後でよかった。
問題は、今2人の目の前にある大量の粉をどう処分するかだ。
万が一これが本物の麻薬であるのなら、所持しているだけで大問題になる。
浅野大地は自分側に置いてあった紙袋を押しのけるようにしてどかし、何気ない調子でマスターに粉を譲った。
「マスター、つまらない物ですが」
「つまらない物なんか要らない」
マスターによって押し戻され、紙袋が浅野大地の目の前にやってくる。
「いえいえいえいえ、ハッピーバースデイ、マスター」
浅野大地はしつこく、紙袋をマスターがいる方向に押して動かした。
「私の誕生日は再来月だ」
紙袋がマスターによって再び押し動かされる。
何度も戻ってくる紙袋はまるで、捨てても捨てても戻ってきてしまう呪われた日本人形のようだ。
「小麦粉か何かです」
浅野大地は必死で粉をマスターに押しつけた。
「調理に使ってお客がラリったらどうする!」
「中毒性があって癖になるかも」
「冗談じゃない!」
マスターが紙袋を持ち上げたちょうどそのとき、店の出入り口から男性の低い声が耳に入ってくる。
「ごめんください」
「ぎゃあ!」
唐突な声に、浅野大地もマスターも思わず悲鳴を上げた。
マスターが慌てて紙袋をカウンターの中に隠し、作り笑いを浮かべる。
「あ、どうも、司さん! いらっしゃいませ」
やってきた客は、浅野大地もよく知る老人だった。
西塚司は友人の祖父でもあり、年上の飲み仲間でもある。
白杖で小刻みに床に触れながら、西塚司は確かな足取りでカウンター席の手前までやってきた。
生まれたときから全盲の彼はハンディを持ちながらも手品が得意であったり、花火大会に出かけることが好きであったりと趣味や品がよく、マスターも浅野大地もこの老人のことを好いていた。
サングラス越しに、西塚司は笑顔を向ける。
「何やら取り組み中だったようですが?」
「いえいえいえいえ!」
マスターが「なんでもありません」と、老人には見られていないのに手と首を左右に振る。
「ちょっと大地君と世間話をしていただけです。さ、どうぞ」
着席を促された西塚司は「いえ、それには及びません」とにこやかに片手を挙げて制した。
「実はまたお願いしたいことがありまして、お訪ねした次第です」
「ほう! またやってくださいますか! うちは大歓迎ですよ」
表情を輝かせ、マスターはさり気なくカウンターの中から紙袋を取り出して浅野大地の前に置く。
浅野大地は「マジックショーですか?」と老人を見つめながら、紙袋を押しどけてマスターの前に戻した。
「ええ、恥ずかしながら」
西塚司は照れたように笑う。
「つたない手品ですけれど、以前ここでマジックを披露させていただいたとき、皆さん受け入れてくださったものですから、またご好意に甘えさせていただきたいのです」
「つたないだなんて、とんでもない!」
マスターが紙袋を押しどけたことで、粉が青年の前に移動する。
「司さんの手品、みんな感動していましたよ。あれは目が見えていたとしても凄いってね」
「俺も拝見しました! あの手錠の手品とか、また見たいなあ」
老人に視線を向けたままで、浅野大地は紙袋を遠ざける。
「司さんがお客さんの手の上にハンカチを一瞬だけ被せるやつ。パッて取ると、もう両手が手錠で繋がれてて、あれは驚いたなあ」
「大地君、ありがとう。じゃあ手錠のやつはリクエストということで、今回もやらせていただきますよ。よろしいでしょうか、マスター」
「もちろん!」
マスターが紙袋を再び青年に押しつける。
「いい客引きになりますし、こちらからお願いしたいぐらいですよ」
実際、西塚司の手品は見事なもので、趣味の範疇から大いに外れた高い完成度を誇っている。
しかし本人は「個人的な趣味を一方的に見せつけてしまうことは申し訳ない」と謙虚な態度を崩そうとしない。
「それでは、後ほど道具を持って、リハーサルをさせていただいてもよろしいですか?」
「どうぞどうぞ。お待ちしていますよ」
「お世話になります。では、しばらくしたらまたお邪魔させていただきますので」
西塚司が店を後にした。
「さて、大地君」
「うん、紙袋ですよね? 確かに2人で押しつけ合っても埒が明かない」
「それが解ったら、早いとこどっかで処分してきてくれ!」
「処分かあ。売りさばいたらいくらぐらいになるんだろうか」
「いいから早く行ってくれってば!」
困った青年を追い出すと、マスターは壁にもたれかかり、ふうと深い溜め息をついた。
浅野大地が残していった水やおしぼりを片付ける。
カウンターの拭き掃除が終わった頃になると、店の出入り口がカランコロンと音を立てた。
ショートヘアーの若い女性が沈んだ表情を浮かべている。
「やあ、由衣ちゃん。いらっしゃい」
声をかけたがしかし、西塚由衣は無言のままカウンターに腰を下ろした。
「さっきまでね、大地君が来てたよ。あと、由衣ちゃんのおじいちゃんもいた」
「はあ」
マスターの挨拶に、西塚由衣は憂鬱そうな溜め息で応じていた。
「おじいちゃん、あとでマジックショーのリハーサルしにまた来てくれるって」
青年にやったように、マスターはお冷とおしぼりを女性客の前に差し出す。
「由衣ちゃん、どうかしたのかい?」
西塚由衣は呆然と視線を伏せたまま口を開く。
「マスター」
「はいはい?」
「励まして」
「え?」
「あたしを励まして」
珍しい注文だった。
察するに、彼女は元気を失くすような何事かの体験をしたのだろう。
マスターは困惑しつつも、必死に言葉を振り絞る。
「由衣ちゃん、なんで元気がないのか解らないけど、君は長所ばっかりの素敵な女の子だよ」
「ですかねえ?」
「そうだとも! いつもみたいに元気いっぱいの由衣ちゃんも魅力的だし、容姿や性格だっていいしね!」
「そうかなあ」
「もちろん! それに、剣道で全国大会まで行ってるとなると、こりゃもう天は二物を与えすぎだよ! 美少女剣士とは君のことだ」
「美少女剣士だなんて、そんなあ~」
「いやいや、これは決して過言じゃない。実際の話さあ、どうなの? 例えば街の喧嘩とかに遭遇したらさ、棒か何かがあったら無敵だったりする?」
「正直、負ける気がしなーい!」
「そりゃ大したモンだよ! 大の男が揃っても由衣ちゃんには勝てないってわけでしょう?」
「うん、まあ、ねえ~」
「そうかそうか。それは本当に素晴らしい。で、どう? 由衣ちゃん、元気出た?」
「思い出させないでよ」
西塚由衣は再びうつむき、長い溜め息を吐いた。
思わずマスターも似たような表情を浮かべる。
「なんて難しい子なんだ」
そのとき、店の電話が鳴った。
「はい、もしもし。バー、ルーズ・ボーイです」
マスターが出ると受話器から若い娘の声がする。
しばらく通話を続けるマスターは徐々に歯切れが悪くなり、見るからに困惑していることが解った。
「いや、うちではそういうの、やってないんですよ」
だとか、
「他を当たったほうがいいですよ」
などと言い、何事かを断っているようだ。
やがてマスターは「実はもうウエイトレスを雇ったばかりなんで、来てもらってもいいけど要望は聞けませんよ」と受話器を置いた。
「どうしたのマスター?」
西塚由衣が尋ねると、マスターは「困った日だな今日は」と独り言のようにつぶやいた。
「アルバイト希望の女の子からだよ。うち、人を雇うほど儲かってないんだけどなあ。そうでなくとも問題児ってゆうか、名前を聞いたら評判の悪い子でね」
「へえ。誰?」
「由衣ちゃん知ってるかなあ? 相沢ひとみさん」
すると西塚由衣は大きく目を見開いた。
「知ってる! スリ師だよね、その子!」
「ああ。今の電話の話だと、しばらく捕まっていたんだそうだ。で、釈放されたから雇ってください、と」
「あたしが聞いたことある噂だと、その相沢さん、スリ以外にも色んな窃盗に関わってるって」
「とにかく雇うわけにはいかないから、咄嗟に嘘をついてしまったよ」
「もうウエイトレスを雇ってあるって?」
「そう。でも彼女、強引でね。困ったよ」
「なんて言ってたの?」
「とにかく面接を受けたいから、今から店に来るってさ」
「ふうん」
西塚由衣の表情からはいつしか鬱蒼とした気配が消え、普段通りの満面の笑みを浮かべている。
「ねえマスター、あたし、ウエイトレスのフリしてあげよっか?」
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「頼もう!」
まるで道場破りのような勇ましい声が店内に響く。
ルーズ・ボーイの玄関には小柄な少女が胸を張って仁王立ちをしている。
「さっき電話した相沢です! 雇ってください!」
エプロンをつけた西塚由衣もマスターも、当然の大声に驚きを隠せない。
マスターがぽつりと、「こんな高圧的なお願いのされ方、初めてだ」とこぼした。
「相沢さん、さっき電話でも言ったけど、うちはバイト募集してないんだ」
言いつつマスターがカウンター席を示す。
相沢ひとみはその椅子に飛び乗るかのように、ちょこんと座った。
少女が真っ直ぐとマスターの目を見つめる。
「じゃあ逆に訊きますけど、なんで募集しないんですか!?」
「だからほら、さっき電話でも言ったでしょ。もうバイト雇っちゃったんだよ。ほら、こちら、ウエイトレスの由衣ちゃん」
マスターに示されて、西塚由衣がニコっと会釈で挨拶をした。
しかし相沢ひとみはひるまない。
今度は西塚由衣の目を直視する。
「初めまして。相沢ひとみです。あのさ、由衣ちゃん。あっちにもっといいお店あったよ? そっちに移りなよ」
「あっちにもっといい店があるって、なんだか私が傷つくんだが」
マスターがうなだれる。
「とにかくね、相沢さん。このお店はもう誰も雇えないんだよ。どうしても働きたいなら、他を当たったほうがいいと思うんだけどなあ」
すると相沢ひとみは小さな胸を堂々と張った。
「他はもうみんな当たりました! でも駄目でした! あたし、めちゃくちゃ評判悪いんです。盗み癖あったから」
「聞いてて気持ちがいいぐらい正直な告白だ。そんな真っ直ぐな性格で、なんで盗み癖が?」
「あたし、歌が好きなんですよ」
相沢ひとみが遠くを見るような目をする。
「子供の頃から歌を唄うことが大好きで、でも段々大人になっていくと、いつの間にか唄うこと忘れちゃってて。気づいたら毎日がつまんなくなっちゃった。むしゃくしゃしてスリを始めたりして、色んな物を盗んで生計を立ててました」
「まさか生い立ちから話を聞けるとは思わなかったよ」
「もういっそあたし、ウエイトレスじゃなくてもいいです!」
「何を言い出すんだ、君は」
「ここで歌を唄わせてください! ギャラも要りません! バンド仲間も連れてきます! あたし、もう決めました!」
「それを決めていいのは君じゃなく、私なんだが」
「バンド仲間、みんないい子ばっかりなんです! 留置所で意気投合したんです!」
「つまり、何かしらの犯罪を犯した方々がここに集まってこようとしているのか」
マスターと相沢ひとみのやり取りを、西塚由衣は可笑しそうに眺めている。
「ねえ、マスター。せっかくだから、相沢さんに飲み物でもサービスしたら?」
「え、あ。まあ、そうだな。相沢さん、何か飲むかい?」
「じゃあトマトジュース! 体にいいから!」
「君はピンポイントで切らしている物を頼むね。由衣ちゃん、悪いけど買い物頼んでいいかな?」
「トマトジュースね! 了解!」
元気いっぱいに、西塚由衣が駆け足で店を出る。
マスターはふと浮かび上がった悪い予感を理性で一生懸命にかき消そうとしていた。
大丈夫だ。
今日はちょっと変な日だが、もうこれ以上トラブルはない。
あるはずがない。
大地君は変な粉を捨てることにちゃんと成功するし、この子も諦めて帰ってくれるし、もちろん思わぬイレギュラーなんて絶対に現れない。
現れるはずがない。
ルーズ・ボーイは今日も荒れない。
荒れるはずがない。
続く。
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/376/
July 12
まるで金切り声のような大音量だった。
車輪とレールが派手に火花を散らせる。
外は風もなく、青空には真っ白な雲たちがたたずんでいてその場を動こうとしない。
夏特有の強い日差しが、今日も猛暑を予感させている。
地元の町に向かい、浅野大地は紙袋を片手に電車に揺られていた。
強めに効いている車内のクーラーは彼の汗ばんだ黒のTシャツを乾かせている。
車両は、空席がないが満員でもないといった程度に込み合っていて、吊り革に掴まる乗客たちはそれぞれ互いに距離を取っていた。
浅野大地にも席はない。
やむを得ず立っている客の1人だったが、自分はまだ22だからと、そんな境遇にさしたる不満を感じなかった。
青年の横には20代後半ぐらいだろうか?
薄く赤味がかったアロハシャツを着、頭には古風にもパンチパーマを当てている、お世辞にも柄が良いとはいえない体格の良い男がやはり紙袋を手にし、浅野大地と同じく窓の外を見るともなく眺めている。
浅野大地もチンピラのような男も、互いが持つ紙袋が同一の物であることに気づいてはいない。
前触れなく、電車が急ブレーキをかける。
断末魔のような高い音と同時に、乗客たちは電車の進行方向に向かって放り出された。
思わず悲鳴を上げる者もいて、乗客の誰もが大事故を連想して恐怖したことだろう。
ただの一時的な急ブレーキであることを客たちは知らないからだ。
立っていたチンピラ風の男も吹っ飛び、車両と車両を繋ぐドアに叩きつけられる。
そこに覆いかぶさるように、浅野大地の細身の体が男に激突した。
「ってえなコラァ!」
反射的に柄の悪い男が声を上げる。
どう考えても不可抗力なのだが、浅野大地は「すみません」と手短に謝った。
急な停車を試みた電車に一体何があったのか、車両は止まりはせずにゆるゆると速度を上げ始めている。
どうやら大袈裟な事故には至らなかったようだ。
バランスを崩した乗客たちはズボンの埃を払いながら、再び元の位置へと戻っていく。
突然の急ブレーキを詫びる内容のアナウンスが車内に流れた。
柄の悪い男が小さく舌打ちをし、浅野大地はそれを聞いていない振りをした。
どちらも、互いの紙袋が入れ替わってしまったことに気がついていない。
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本名不明、年齢不詳、常連客たちは彼を「謎のマスター」と称している。
古びた木造の店内。
細かな傷のついたカウンターもテーブルも、こだわりの樫の木製だ。
少しばかり高めの天井にはファンがゆるやかに回っており、洋酒のロゴで縁取られた鏡や外国の古いポスターたちが壁を飾っている。
「ルーズ・ボーイ」というアバウトなネーミングがされたアメリカ調のバーは、今日も暇だ。
炎天下の中、誰か涼みに来ないものかと、マスターは1人カウンターに立ち、客を待っている。
ここのところ、昼のランチタイムも、酒盛りをすべき夜も、あまり景気の良い展開にはなっていない。
マスターは一杯になった自分の灰皿を持ち上げ、その中身を捨てた。
「こんちはー!」
出入り口からカランカランと音がして、見慣れた青年が入ってきた。
「おお、大地君。いらっしゃい」
マスターが水と使い捨てのおしぼりをカウンターにセットする。
「ランチタイムのときに来るなんて珍しいじゃない」
挨拶をすると、浅野大地はどこか照れたように「えへへ」と笑う。
「いや実はね、今日ちょっと友達とホラー映画見に行ってて」
常連客の言葉に、マスターは目を丸くした。
「ホラー? 大地君、そういうの怖くて見られないんじゃなかったっけ?」
「いやね? 友達が強引で断れなくってさあ。どうしても見に行かなきゃいけないって話になっちゃったから、泣く泣く」
「で、どうだった? 怖かった?」
「それが」
浅野大地はグラスの水に少し口をつけ、続ける。
「映画館まで行ったんだけど、見る予定だった映画がね、やってなかったんですよ」
「へえ、そりゃ残念だ」
「残念どころか、大助かりですよ。結局怖い思いしないで、帰ってこれた」
浅野大地はそこで、持参の紙袋を胸元まで持ち上げる。
彼は家から、抱き締めるために枕を用意していたのである。
映画館の暗闇の中、恐怖を紛らわせるための抱き枕だ。
これがないとホラー映画なんて、とてもじゃないが見ることができなかった。
成人しておきながら抱き枕を持参するだなんて、他者から見れば臆病すぎて恥ずかしいことだと、浅野大地は思う。
いっそ、それを笑い話してしまおうと青年はルーズ・ボーイを訪れたのだ。
「マスター、見てよ」
電車の中で紙袋が入れ違っているなどと思ってもいない浅野大地は、マスターに紙袋を渡す。
「俺、怖さを誤魔化すためのアイテムまで用意してたのに、映画やってないんだもんなあ」
「その怖さを誤魔化すアイテムってのが、これ?」
「うん、そう。こんなの用意しちゃった。俺、恥ずかしくない? まあ見てくださいよ」
言われるがままマスターがその中を覗き込むと、彼は大きく目を見開いた。
紙袋の中にはビニールに包まれた白い粉が大量に入っていたからだ。
浅野大地は抱き枕を見せたつもりになって、幸せそうに笑んでいる。
「ね? 恥ずかしいでしょ?」
しかし、麻薬らしき白い粉を目にしたマスターの表情は真剣そのものだ。
「人として恥ずかしいことだぞ」
それでも浅野大地はへらへらと続ける。
「もう俺、これがないと安心できなくってさあ」
「いつ頃から、これを?」
「そうだなあ。物心ついたときからかなあ」
「そんな昔から!?」
「映画館でもね、これで恐さを紛らわせようと思ったわけ」
「人に見られたらどうすんだ!」
「大丈夫大丈夫。映画が始まって、暗くなってからやるつもりだったから」
「なあ、大地君。私の目を見てくれ」
「なにマスター、急に改まって」
「いいから、お願いだから私の言うことを聞いてくれ!」
「え、あ、うん。なに?」
「もう、こんな物に頼るのはやめるんだ」
「へ?」
「このままじゃお前、人間として駄目になるぞ!」
「そこまで大袈裟なこと?」
「だいたいこれ、どこで買ってきたんだい!?」
「駅前のデパート」
「売ってんの!? デパートでこれ、売ってんの!?」
「なに慌ててるのマスター。こんなの普通に売ってるって」
「普通に!? レジとかちゃんと通すの!?」
「当たり前じゃん。ちなみにそれはセール品」
「世の中は、私が知らない間にどこまで狂っちまったんだ…」
「ねえマスター、ご飯の注文、してもいい?」
「ちょっと待ってもらっていいか? 私は今、ショックで何も出来そうもない」
「ホントどうしたのマスター! 俺、そんなに悪いことしてないよ?」
「麻薬のどこがそんなに悪くないことなんだよ!」
「麻薬!? なに言ってんの!」
その言葉にマスターはハッとなる。
白い粉というだけで、これが麻薬とは限らないと察したのだ。
「え? あ、ああ! ああ、そういうこと? これ、もしかして麻薬じゃないの?」
「あっはっは! なんだもー!」
浅野大地は可笑しそうに両手を叩く。
「なんでそれが麻薬に見えるのマスター!」
「え、ああ! ああ! そうだよな! 普通に考えたら、そういうアレなわけないもんな!」
「もーマスター! しっかりしてよー!」
「いやよかった、安心した。でもこれじゃあ普通、誤解もするだろ~!」
マスターが紙袋から粉を取り出すと、同時に浅野大地は口に含んでいた水を盛大に噴き出す。
「それ、俺のじゃないよ!」
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派手で威圧的な城など構えない。
一般的なオフィスのような地味で飾り気のない印象の事務所だが、今時の暴力団はそれが普通だ。
しかし頭の神埼竜平は部下の手前、威嚇するかのようにソファで足を組み、ふんぞり返るようにして座り、その鋭い眼光を寺元康司に向ける。
演技などではなく、その視線は実際に冷静で、どこか残酷性を感じさせた。
寺元康司は上司と目を合わさぬようにし、緊張を悟られないためにパンチパーマの乗った頭をポリポリと掻く。
「えっへっへ。いやあ、デカい仕入れだったんで、気合い入れましたよ」
紙袋一杯の麻薬の取り引き。
今までで間違いなく1番の大仕事だった。
その成功あって、寺元康司はすっかり安堵し切っている。
しかし何故か、神崎竜平は紙袋の中を見つめたまま固まり、無言無表情だ。
どこか重い空気に耐え切れず、寺元康司は愛想笑いを浮かべる。
「いやあ、これで安心して眠れますよ」
「確かによく眠れそうだな」
神埼竜平はゆっくりと、紙袋の中から枕を取り上げた。
「えっへっへ、そうでしょう?」
寺元康司はそう言って顔を上げ、ちらっと枕を目にする。
「って、なんじゃそりゃあ!」
「ヤスてめえ、ブツはどうした?」
「え? いや、なんで? あれえ?」
何がなんだか解らない。
まるで手品のようだった。
さっきまで確かに入っていた麻薬が、今はどういった理由からか、ただの枕に変化してしまっている。
原因は一切解らない。
解らないが、自分はどうやら大失敗をしてしまったらしい。
寺元康司は慌てて土下座をし、床にパンチパーマを擦りつけた。
「すんません神崎さん! どういった手違いか、運んでる途中でブツが入れ替わっちまったみたいで!」
神埼竜平はゆっくりとソファから立ち上がり、紙袋を寺元康司に投げつける。
「馬鹿野郎が! すぐに見つけ出してこい!」
「あ、はい!」
「いや、待て!」
「はい?」
すると神埼竜平はスーツの内ポケットにゆっくりと手を忍ばせ、懐から銃を取り出す。
撃たれる!
寺元康司の背筋に悪寒が走った。
しかし神崎竜平は「持ってけ」と銃を放って渡す。
あたふたと寺元康司は銃を受け取って、駆け足で事務所を飛び出した。
続く。
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/375/
July 12
なんか更新が久しぶりすぎて、文字を打つことに懐かしさまで覚える昨今、俺は夏風邪がまだ完治していませんか?
※知りません。
いやいやいやいや。
体調不良ではありましたけども、中性洗剤で歯磨きをしたからではありません。
そこは大丈夫大丈夫。
実はちょっと普通の風邪を引いてました。
しかもなんだかんだで用事まで立て込み、ツイッターでもあんまりつぶやけなかった次第です。
皆さんは元気にしていましたか?
こういった場で体調を崩したなんて書くと、お前たちはみんなおばかさんみたいに優しいですからご心配のコメントやメールをくださることが多いですけども、もうめっちゃ平気ですよん。
俺は34年間生きてきて、今まで1度も死んだことがありません。
だから大丈夫!
さて、それでもどうにか仕事や用事はこなしていたんで、今回はですね、日記に書けなかった出来事をダイジェストで紹介させていただこうと思います。
先日、職場のスナックに弟が飲みに来てくれました。
ほど良く酔っ払った弟が、トイレから戻ってきます。
彼はそして、不思議なことを口走りました。
「ねえ、前から気になってたんだけど、汚物人ってなに?」
誰もが頭上にクエスチョンマークを浮かべ、「オブツニン?」と首を傾げています。
弟よ。
それは「人」って字じゃなくて「入る」って漢字だ。
汚物人じゃなくて、汚物入れと読め。
「あ~、なるほど! で、汚物入れってなに?」
男の人は知らんでよろしい感じってゆうか…。
ヒント、月1!
こうして夜はいつもの雰囲気で更けていくのでした。
別の日。
俺は炭酸飲料が得意ではありません。
しゅわしゅわするからあんまり飲めないのです。
人から「え~!?」とか言われることが多いけど、コーラだって炭酸を抜いてから飲みます。
でも、炭酸を抜いたコーラをバカにしてはいけません。
個人的に味も好きだし、何よりエネルギー摂取という意味合いにおいて非常に効率が良いのです。
マラソン選手でさえ、炭酸抜きコーラを愛飲することがあるとか。
そんなうんちくを語りながら、俺はペットボトルをしゃかしゃか振ってコーラから炭酸を抜きます。
「コーラから炭酸を抜いたらただの砂糖水じゃないか、なんて言う人もいるけど、そいつは間違いだ。砂糖水に炭酸を入れてもコーラにならないように、コーラから炭酸を抜いても砂糖水にはならん。味が全然違うもの。しかもエネルギー的にめっちゃいい感じ」
「でもさ、そのコーラ、ゼロカロリーだけどいいの?」
意味ねえ。
風邪を引いても毎日楽し。
これからまた小まめに日記や動画をアップしていきますんで、今後ともよろしくお願いします。
めさでした。
マスターにご招待いただいて行き着けのバーにて落語を生で拝聴させてもらったり、弟の引っ越しを手伝ったり、腐れ縁の悪友たちとマジキャンプを企画したりと、他にも書きたいこといっぱいあるけども、それはまた別の機会に。