夢見町の史
Let’s どんまい!
May 07
昔から世話になっているマスターが、今はここで勤めている。
弟から着信があり、それがきっかけで俺は今夜もカウンターに腰を下ろしていた。
隣には弟が座っている他に、妹も賑やかにしている。
兄弟3人で飲むのは何年ぶりだろう。
俺は2人に微笑みながらグラスに口をつけ、飲みに来たことに心の底から後悔していた。
弟も妹も、酒癖がいい感じに悪いからだ。
しかも悪さのジャンルがそれぞれ異なっている。
弟が静の酒とするならば、妹は動だ。
光と闇みたいなコンビである。
「めさちゃん! めさちゃん!」
極めて内容の薄い話題でも妹はわざわざピンポイントで俺を呼んでくれる。
誰とも会話をさせてもらえない。
「はぁい。ええ。ええ。はぁい」
弟は誰からも話しかけられていないのに、何故か相槌を打っている。
こいつには霊でも見えているのだろうか。
久々に逢った弟と何かしらを喋っていれば、放置されたと勘違いをした妹が怒り出す。
彼女は少しでも自分が会話から外れると、内なる獣をすぐに目覚めさせるのだ。
だからといって今度は妹と喋ってみれば、それはそれでビーストみたいな女なので最初から日本語が通じない。
親兄弟の顔が見たいものである。
しかもこのバカ兄弟、酔っ払ってからが本番といわんばかりに、酒を飲むペースが半端なく上がる。
弟に至ってはオアシスを見つけた砂漠の旅人のようにごくごく飲んで、もはや「ミントビアーうめー」しか言わなくなっている。
さり気なく水を与えれば、「まるで水のようだー!」などと水を飲みそうな勢いだから、俺はさり気なく水を与えてみたりした。
このような長男殺しの2人と飲んでいて、俺が酔えるはずがない。
通算100回ぐらい「うざい」と口にしたのは今日が初めてだろう。
妹は妹で、今度は店の女性バーテンダーに絡み、マスターを苦笑させている。
「ねえねえ、どっちのお兄ちゃんがいい? どっちかと結婚してあげてー!」
妹よ。
お前がすぐそういうことを言うから、俺は告白してもいない女性からフラれるのだ。
「ねえねえ、これ飲みやすくない?」
水だからな、弟よ。
「トイレ行ってくるー!」
戻ってこなくていいぞ妹。
「行ってもいーい? 行ってもいーい? あたしがいないと寂しくなーい?」
101回目になるが、再び言おう。
うざい。
「あ~、ミントビアーうめー」
弟よ。
それ水だ。
「ねえ、めさちゃんは何飲んでんのー?」
お前はまだトイレ行ってないのか!
俺が飲んでるのはバーボンの水割りだ。
満足か?
解ったら早くトイレに行きなさい。
「じゃあお姉さん、一緒にトイレ行こうよ!」
お店の従業員に迷惑かけない!
トイレ一緒に入ってお前は何を出すつもりなんだ。
その後、俺は1時30分になったら帰ろうなと2人に約束をし、12時に「もう時間だぞ」と迷わず嘘をつく。
ところがこの兄弟、なかなか帰ろうとしない。
妹は「いいもの見つけた!」と店内の飾りであるギターなどを手にし、帰るどころかトイレにすらまだ行ってない。
弟は移動しようと腰を上げたが、背の高い椅子を迂回するのではなく、何故か直進して乗り越えようと頑張る。
こうして彼は失敗して派手に転んだ。
「お前ら! もう店を散らかすな!」
そう叫んではみたものの、妹は別の楽器を台から外そうと必死に戦い始める。
ばかばっかりだ。
親兄弟の顔が見たい。
2人を無理矢理タクシーに押し込み、「家に帰ったら電話で無事を知らせろよ」と手を振ったが、ばかたちはなかなか車を発車させない。
窓から一生懸命顔を出す2人の様は、エサを欲しがる雛鳥みたいだ。
「あのさ、めさちゃん! あたし今度さあ?」
お前はどうしてその長そうな話をさっき飲んでるときにしなかった?
「じゃあさ、じゃあさ、カラオケ行こうぜ~、あーにき~」
それはお前が歌えるコンディションのときにしよう。
さらばだ。
家に着いたら絶対電話よこせよ。
じゃあ!
走って逃げ、店に戻って飲みなおす。
あいつら、悪い方向にパワーアップしてる…。
April 30
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/207/
<そこはもう街ではなく・5>
この日の上空を表現するのに、雲1つない晴天という言葉は間違ってはいない。
それでも薄く白いもやが空をわずかに霞ませている。
そのことに最初に気づいたのは涼だった。
「大地、あれ、煙じゃね?」
大地と涼の一行は、無人だった和也の家を後にし、別の友人宅へと歩を進めているところだ。
その間、先ほど出遭ったような低身長の白いロボットと2度ほど遭遇したが、どちらも大地がその機能を完全に停止させている。
いつ折れてもおかしくない大地の木刀は、今は涼が持っていて、涼がそれまで持っていた持参のバールはしばらく大地が身につけることになっていた。
敵と戦うことになる主戦力が大地だからだ。
車1台がやっと通れる狭い道路の両脇には、今や新築の一軒家は姿を消して、昔ながらの木造アパートだったりだとか、納屋のような古びた住居たちが並んでいる。
十字路を越えると道は緩やかに上昇し、じき急な坂道となって通行人の前に立ち塞がる。
小学生の頃、「ここを自転車で1度も降りずに登りきった奴は勇者」などと言われていた坂だ。
その坂に差しかかったところで、涼が上空の異変に気づく。
「煙?」
大地が問うと、涼は「今見えたんだよ」と前方の空を指差した。
人差し指が示す方向に、大地は視線をやって目を細める。
「なんもないけど?」
「よく見てろって。風が強いからすぐかき消されちゃったけど、今のは煙だった。たぶんまた見える」
坂を登りきるとそこは団地で、このまま真っ直ぐ行けば市内で最も広い冬空公園が姿を現すはずだ。
目指すべき由衣の家はここを左に曲がって夢見中学校に向かう方向なのだが、煙というのが気になって、大地たちは直進することにする。
「あ! ホントだ!」
涼の言う通りだった。
確かに前方には白煙が上がっており、それが強風のためすぐに散ってしまっている。
おそらく何かが燃えているのだろう。
ということは、この無人の街で、何者かが火を焚いているのかも知れない。
大地と涼は煙の方向、すなわち冬空公園へと足を早めた。
勇みながら、大地は思う。
運動不足とはいえ、今日は異常に息が切れる。
こんな体力で、この先何かあったとき、俺は戦えるのだろうか。
公園の正面入口に到着する。
地面には石のタイルが広げられており、その先には腰ぐらいの高さに組まれた石垣が並んでいる。
普段だったら日中である今頃、キャッチボールをする子供やら、犬の散歩をしている住人やら、ベビーカーを押す母親の姿が望めるはずだが、今はやはり誰もいない。
風の渦巻く音だけが大地たちを囲んでいる。
石垣の向こうは小高い丘になっていて、てっぺんには大きな杉の木が1本と林の木々が立ち並んでいる。
白煙はどうやら、その林辺りから立ち昇っているようだ。
「大地、誰かいるっぽいぞ!」
最初に人影を見たのは、眼鏡をかけている涼だ。
「2人ぐらいいる!」
大地はそこで歩みを進めつつも大声を出す。
「おーい! どなたですかー!? おーい!」
敵か味方か解らぬ以上、近づくよりも先に相手の反応を見ておきたかった。
大地の声は強風に負けず、丘の上まで届く。
すると、男と女の声がかすかに、ほぼ同時に返ってきた。
「だいちー!」
「だいちかー!?」
そのように聞こえた。
声を聞き取ったらしい涼が目を輝かせる。
「カズと由衣じゃねえ?」
「確かに」
丘の上の人物の声は、昔ながらの友人である和也と由衣の声に確かに似ていた。
遠目だが、服装の色合いや体格なども共通しているように見える。
「マジかよ」
涼が嬉しそうに駆け出そうとした。
「あいつらも街に残ってたんだ」
しかし素早く、大地は涼の袖を掴んで彼の行動を制する。
「待て涼」
「なんだよ」
「あいつら、本当にカズと由衣か?」
「見りゃ解るだろ。俺の眼鏡はお前の裸眼より度がいいぞ」
「そうじゃない」
大地は慎重だった。
思い返すは、小夜子の家での出来事だ。
「あいつらも小夜子ンときみてえに、偽者なんじゃねえだろうな?」
涼は声に出さず、「あっ!」と口を開く。
<万能の銀は1つだけ・5>に続く。
April 26
なんだけど実際は男同士なので、ゲイものDVDのパッケージみたいなことになっている。
悪友のトメと、後輩のモンジ。
この2人は昔から悪い意味で仲が良い。
車の中でも職場の事務所でも所構わず、モンジが子猫のようにトメにすり寄り、頬擦りなどするのだ。
俺が見ていてもいなくても、モンジは大抵トメに身を寄せる。
マーキングでもしているのだろうか。
聞けば、人目がない場所でもだいたいこんな感じなのだそうだ。
しかも、トメがあんまり嫌がらない。
付き合っているのだろうか。
付き合ってしまえばいいのに。
居酒屋では今日も、トメとモンジは隣り合って飲んでいる。
後輩はトメの顔を下から持ち、顎をたぷたぷ触って遊んでいた。
見慣れた光景だ。
このモンジには他にも変わった癖がある。
人に本名以外の名を勝手に命名し、間違った名を記憶するのだ。
俺はマイキーだし、トメはライアン。
ちなみに俺の弟はスヴェンと呼ばれ、妹だけ何故か日本語で「ご立腹」だ。
「お前のケータイ、いつか見せてもらったことあるけど凄いよなあ」
グラスを置いて、俺はモンジに問いかける。
「アドレス全部、日本人の名前なかったもんなあ。今もそうなの?」
するとモンジの態度はさも当然のようだった。
「ええ。今もそうですよ。おかげで書類書くときとか、社員の本名が解らなくって困りますよ」
「そういえばお前!」
今度はトメがモンジに問う。
その内容は、俺や他の友人たちを驚かせた。
「こないだ俺が寝てる間によ~、俺のケータイいじって、電話帳の内容変えたのお前だろ~! 人の名前ンとこだけ全部違う名前に変わってたよ~」
お前それは仕事に差し障るレベルじゃないのか?
ところがモンジの様子に焦りはない。
「いえ? それやったの、俺ですよ?」
要するにお前じゃねえか!
もう好きにしたらいい。
電話帳を勝手に操作されていた被害者の反応はというと、
「あっはっは! やっぱりオメーかよ~」
あっはっはじゃない。
もう好きにしたらいい。
付き合ってしまえ。
April 20
待ち合わせの駅で腕時計を確認し、俺は15分早く来てしまったことを後悔する。
改札口を行き交う人々の中に、見覚えがある顔はない。
俺は心の中で大きく叫ぶ。
「その記憶は遥か忘却の彼方に!」
つまり俺は、 空手部の連中に時間を守る奴が1人もいないことを忘れていた。
高校時代、共に汗を流した仲間たちと俺は今日、久々に逢う。
空手部の皆と飲み会なんて、かれこれ10年振りだ。
その間、母校であるK高校は廃校となり、今では専門的な学校の校舎に生まれ変わっている。
俺たちの場所だった道場も、噂によれば教室に作り変えられているらしい。
母校は3両編成のローカル線で5駅目。
当時は練習後、あえてそれには乗らず、歩いて帰り、お喋りを楽しんだものだ。
そこで俺は待ち合わせ場所に皆が集合したあと、提案するつもりだった。
「今から校舎を見に行かないか? そこから当時のルートを歩いて戻ってさ、街並みがどう変わったのか見ようよ。飲む店はその途中で適当に決めようぜ」
当時、必ず買っていた焼き鳥の屋台はまだあるだろうか?
お気に入りのコーンポタージュを置いていた自販機は、今は春だから売り物を変えているだろうな。
そんなことを思っていた。
俺は自然と微笑みを浮かべる。
あいつらなら、俺の提案に反対しないだろうな。
ただ、待ち合わせ時刻に誰も来ないとは計算外だ。
17時にあの改札口で。
奴らにそのままの時間を伝えたのは失敗だった。
16時って言えばよかった。
ばかばっかりだ。
悪友であるトメにいたっては、17時ちょうどに俺に電話をよこし、
「今日って何時集合だっけ?」
言葉を失うほどびっくりさせられた。
お前!
昨日ちゃんと確認の電話入れただろうが!
後輩が「トメさん夕方の6時集合だって思ってますよ」って言ってたから、俺電話したじゃん!
6時じゃないぞ、5時だぞって!
あのときのお前の「解った」って返事は幻か!?
「その電話のせいで俺、6時だと思ったんだよ~」
意味わかんねえ!
不思議すぎて突っ込めねえよ!
自分の腕のなさを実感させられたわ!
こうして「10分遅れます」とメールをくれた後輩は20分後に到着し、「15分遅れます」と言ってた奴は30分後に来た。
それでもまだ「1時間後に行く」とかちゃんとしてない奴ばっかりで、俺は早々と校舎見学を諦める。
トメに至っては、予想到着時刻すら知らせてこない。
みんな、相変わらず自由で何よりだ。
April 13
will【概要&目次】
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/207/
<巨大な蜂の巣の中で・4>
アンドロイドを相手に「生け捕りにする」という表現は正しくなさそうだ。
しかしだからといって他に相応しい言い回しが思い浮かぶこともない。
私は窓に「透けろ」とつぶやいた。
言い終わると同時に曇りガラスのようだった窓が透明になり、色鮮やかなシティの夜景を映し出す。
外は生憎の天気で、霧雨が遠くのネオンを擦れさせてしまっている。
私は湯気を立ち昇らせるコーヒーに、ゆっくりと口を近づけた。
どうやら、ナースのジルが人間ではないという情報は正しいことらしい。
短く溜め息を吐くと、薄い湯気が小さく私の口から漏れる。
メリアと同じ姿を持つアンドロイドは昨日、約束通り私のマンションを訪ねてきていた。
「レミットさん、夜分にすみません」
「ああ、構わないよ。詳しい話をしてくれるかな?」
「はい。先ほどの電話でも報告しましたが、ナースのジルはアンドロイドです。向こうから私に接触がありました」
彼女たちアンドロイドはテレパシーというべきか、携帯電話のような機能が頭部に内蔵されているらしい。
アンドロイド同士であれば、実際に喋ることなく、思念の声でコミュニケーションが取れるのだそうだ。
ジルはそれを用い、メリア型のアンドロイドに通信をしてきた。
「ちょっと待ってくれないか」
私はメリアの、いや。
メリアのようなロボットの話を遮る。
「そんな通信が可能だったなんて知らなかった。その機能を君が使えば、アンドロイドの特定なんて簡単だったんじゃないか?」
「それが」
困ったときに唇を少し尖らせ、泣きそうな表情になってしまうところも、このロボットはメリアを完璧に再現している。
「私は他のアンドロイドのIDが解らないのです。IDがないと、通話ができません」
「じゃあジル君が君のIDを一方的に知っていて、一方、君のほうでは連絡可能なアンドロイドはいないというわけか」
「はい、申し訳ありません。ただ、1度通話をしたことから、ジルさんに扮したアンドロイドとは通話が可能になりました」
「なるほどね。で、彼女はなんと?」
「それが一言だけ。『計画は進んでいるか?』と」
「患者の洗脳がどれぐらい進行しているのかを訊かれたわけだね。それで君は、どう返したんだい?」
「私が相談をしたい内容は、実はこの先にあるのです」
メリアに成りすましているこのアンドロイドは、この「計画は進んでいるか?」という単純な質問にどう答えるかで大いに悩んだという。
実際は誰も洗脳していないので、「計画が進んでいる」と返せば近い将来、何事も変化しないことから必ず嘘が発覚してしまう。
かといって正直に「計画が滞っている」と報告するのも好ましくない。
計画通りに行かない理由や原因を追求されでもしたら、それこそ嘘を上塗りすることになり、ボロが出やすくなってしまったことだろう。
「じゃあ君は、どう切り替えしたんだい?」
「その場では得策といえるような回答が浮かびませんでした」
「確かに難しい質問をされたもんだね。同情するよ」
「やむを得ず、どうにか絞り出した言葉は、『連絡があって助かった。トラブル発生。私の記憶が一部欠損したらしく、計画について思い出せない。相談に乗ってほしい』――」
つまりアンドロイドは問題を先送りにし、私のところにやってきたということらしい。
彼女はメリアが困ったときと全く同じ顔を、私に向けてきている。
このアンドロイドにはおそらく、本当に何かしらのデータ欠損、もしくはプログラムミスがあるのだと私は思っている。
ソドム博士によって作製されておきながら、博士の計画を阻止するために行動しているからだ。
ところが今回、ジルが接触してきたことで、メリアは自分の記憶に不備があることを伝えてしまった。
下手をすれば本来あるべき状態に、メリアは直されてしまう恐れがこれで出てきた。
「私の独断で回答してしまい、すみません」
「いや、仕方ないよ。で、ジルはなんと?」
「彼女は明日、私の部屋まで来るそうです。おそらく私を診断することが目的でしょう。もしかしたら、私はその場で回収されてしまうかも知れません」
「診断をされてしまったらお終いだな」
「はい。こちらから先手を打って攻撃することも、リスクを伴います」
ここで彼女のいうリスクとは、やはりアンドロイドの自爆機能のことだろう。
不意打ちをかけることによって我々からの攻撃は成功するだろうが、それによってジルが自爆という行動を選択を取ることは当然のように思える。
そうなっては騒ぎが大きくなるし、得たい情報も得られなくなるし、何よりもメリアまでもが壊れてしまう。
そこまで考えて、私は短く「あ」と口にした。
「どうかしましたか? レミットさん」
「いや、なんでもない」
私はこのロボットのことを心の中で、たまに「メリア」と人間の名で呼んでいなかったか?
「とにかく、ジルを生け捕りにする作戦を考えよう。明日までにね」
こうして今日、私はメリアの部屋で待機をしている。
窓に「曇れ」と命じ、ガラスの透明度を元通りにする。
時計に目をやると、そろそろ2体のアンドロイドがこの部屋にやってくる頃だ。
私はクローゼットの中に身を潜ませ、「消灯」と口にすることで部屋の明かりを消しておく。
私が勝手に使っていたコーヒーカップは自動的に洗浄され、食器棚に戻っていくので問題ない。
真っ暗闇とメリアの洋服の香りに包まれ、私は自然と息を殺す。
我々の作戦はいたってシンプルなものだ。
「私の考えでは、アンドロイドは首を切断してしまえば爆発できなくなります」
どうやら彼女たちアンドロイドは人間と同じように、頭部から体中に指示を出すことで動いているようだ。
「一方、自爆の機能は胴体部分に搭載されています」
「つまり、自爆するなんて判断をされるまえに首を切断すれば問題ないと?」
「はい」
「危険だ。リスクが大きすぎる。それに、切断が成功したとしても、そうなってはもうジル君に扮したアンドロイドからは情報なんて聞き出せないんじゃないのか?」
「メモリも頭部にあります。私ならそれを解析できます」
「しかし成功率があまりにも――」
「立体映像を使います」
このアンドロイドにのみ許された個別の機能を、私は思い出す。
彼女の眼球と、アタッチメントである携帯電話との間であれば、それこそ実物と区別ができないまでに見事な立体映像を照射できる。
「私は玄関ポストに携帯電話を忍ばせておきます。暗殺専用アンドロイドの幻影を作り、ジルさんを攻撃するかのように見せかけます」
ジル型アンドロイドが幻に対して抵抗しているところを見計らって、メリア型である彼女が背後からレーザーナイフで敵の首をはねる。
失敗したとしても、アンドロイドがする自爆とは、自分の半径1メートルほどを完璧に溶かすといった範囲が定められるものであって、少し離れさえすれば何の被害もないらしい。
メリアと同じ顔が、心配いりませんと弱々しく私に微笑んでいた。
しかし私はこうして銃を携え、メリアの部屋に潜伏している。
何かあったら手を貸したいと思ったし、もう1つ見ておきたいものがあったからだ。
私はメリアと同じ声色を思い返す。
「暗殺専用アンドロイドの幻影を作り、ジルさんを攻撃するかのように見せかけます」
暗殺専用アンドロイド。
それはつまり、本物のメリアを殺し、その死体を消滅させてしまった奴のことだと私は察しをつけた。
コードネームは確かデリートといったか。
そのデリートの幻影をこの目に焼きつけることが、私の中ではとても無視できない目的となっている。
おそらく、メリアに似せて作られたロボットに「デリートの顔を立体映像で見せてくれ」と頼んでも無駄だろう。
彼女はメリアと同じ記憶と性格を設定されているから、私が復讐を望むことに反対するだろうし、ましてやその復讐を実行するだなんてとんでもないことに違いない。
私はしかし、復讐のためにデリートというアンドロイドの顔を見る。
そのように決意を固めてしまっていたのだ。
ところが今日、結果だけを述べてしまえば、私の望みは叶わない。
デリートとやらの顔を確認できなかったのだ。
メリアと同じ姿のアンドロイドが、作戦を発動させるまでに至らなかった。
戦闘すらが発生しなかったからだ。
本来のジルは明るいナースといった雰囲気で、笑顔の眩しい娘だ。
黒のショートカットがよく似合っていて、患者からの人気も高いし、医師たちからの人望も厚い。
そんなジルの表情や発声は、クローゼットの中から観察する限り、異常な冷たさをはらんでいた。
しかしそれは間違いなく、ジルの声だ。
「なあメリア。私と一緒にソドムの計画を阻止し、彼を暗殺しないか?」
<そこはもう街ではなく・5>に続く。