夢見町の史
Let’s どんまい!
July 13
前回の日記を読んだらしい彼女からメールが届きました。
「めささんのサインを考えました!」
マジで!?
見たい!
送ってください!
で、届いたのがこれです。
俺じゃねえ。
俺と宇宙は関係ねえ。
「壮大な感じになりました!」
いやいや、めごさん。
NASAじゃなくてMESAです俺は。
July 12
ここ最近、サインを書く機会に恵まれている。
俺が編集をした寝言本が先日発売されたので、それを購入した友人知人から記念にサインを求めていただけるのである。
なんだけど、俺は字がめちゃくちゃ下手クソだ。
サインをするときは緊張もしているから、飲んでいてもいなくても手が震えそうになる。
そもそもサインをするという行為だけで「俺なんかがサインなんておこがましくってごめんなさい」と涙ながらに謝罪し、その場を走り去りたい衝動に駆られてしまう。
まず「何々さんへ」の時点で字が汚い。
サインそのものも慣れてないのでバランスが悪く、簡潔にいえば醜い。
パソコンで書いては駄目なのだろうか。
いっそのことプリントアウトで済ませてしまいたい。
直筆に関するセンスがまるで無いだけに、また自分がサインを書くという行為がまるで有名人ぶっているようにさえ思えてしまい、俺は毎回凄まじく申し訳ない気分になるのである。
なんで俺は「めさ」などというシンプルな名で活動してしまったのか。
ひらがな2文字。
普通に崩しにくい文字だ。
ネットで検索しても俺ではなく「しめさば」とか出てくるし。
そんな「めさ」のサインを考えてくれたのは男友達のチーフだ。
「こんな感じでいいんじゃない?」
ノートに刻まれた走り書きには非常にセンスの良い、サインっぽい文字が。
「め」の部分はそのままひらがなで、「さ」が小文字アルファベットの筆記体でいい感じに記されている。
「おおー! それいい! パクっていい?」
俺のサインが完成した瞬間である。
ところが自分で書くと、どうやってもチーフのように恰好良く決まらない。
どう見ても「ハエの軌道をなぞりました」って感じだ。
ダイイングメッセージみたいなことになっている。
うちに遊びに来た彼女でさえ俺が書いたサインではなく、チーフが書いたほうの俺のサインを写メに収めて帰っていった。
おかげで先日の出版記念パーティでサインを求められたときも、俺は平静を装ってはいたものの、内心では大声で訴え続けていた。
「誠に申し訳ございません!」
聞けば本へのサインというのは、例えそれが作者直筆のものであったとしても汚れと同様に扱われてしまい、古本屋では引き取ってくれなくなるらしい。
だから俺は寝言本にサインする直前にこう告げる。
「サインしたら古本屋で売れなくなりますよ?」
そもそも書くのは俺なんだから、それはサインというより本当に汚れである。
いつでも消せるように鉛筆を使用してあげるべきだった。
俺のサインを目にすると、人によっては「なんか変!」と笑いながら指摘してくれるのだが、気を遣っているのか微妙な笑顔のまま黙ってしまう方もいらっしゃる。
家が恋しくなる瞬間だ。
「いや、ほら、アレですよアレ」
フォローしようと俺は必死になる。
「俺の初期のサインは貴重ですよ?」
感じが悪くなっただけだった。
昨日も職場のスナックで、飲みに来ていた友人が寝言本を買ってくれた。
やはり「記念ですから」とサインを求められる。
同じく飲みに来ていたチーフに、俺は本能的にマジックと本を渡していた。
「チーフ! 俺のサイン書いて!」
冗談だと思った人がほとんどのようだったが、俺の目はマジだった。
それでも書かないわけにはいかず、俺はなるべく丁寧に「H君へ。めさ」の文字と今日の日付けを書く。
H君はそれを見て、
「チーフさん、めささんのサイン書いてもらっていいですか?」
お気に召されていなかった。
だいたいなんだ、俺のサインを他の人に書いてもらうって。
熱いものが俺の頬を伝わるぞ?
チーフは「いやいや、俺がめさのサインを書くわけにはいかないよ」などと断らないと、別の空白ページに俺のサインをさらりと書く。
なんか日付けとか斜めに書いたりして、様になっている。
どうして上手いのだ。
肝心の「めさ」の部分なんてバランスとセンスが良くて、ある種のオーラすら感じさせる。
俺のと違って、一目でそれがサインであると解った。
俺が書いたやつはなんだ?
チーフのと比べると、こんなのインクまみれのミミズが這った跡ではないか。
試しに他のお客さんに俺のサインとチーフの偽サインを見比べてもらうことにした。
あえて説明をせず、いきなり見せてみたのだ。
チーフの偽サインを見たお客さんの反応は「おおー! いい感じじゃん」と好評だった。
続けて俺が書いた本物のサインを見せてみる。
お客さんは絶句し、普通に言葉を失っておいでだった。
その顔にはこう書いてある。
「実に見苦しい」
心に響くノーコメントであった。
「めさ、あのさ」
ボスのKちゃんは親切心で、自分なりに考えた俺のサインをメモ帳に書いてくれていた。
「めさのサイン、こういう感じでさ、『め』の部分も崩して書くのってどう?」
見ると、それは普通にアリだった。
簡単には解読できない感が増して、Kちゃんが書いてくれたそれはサインとしての完成度を高めている。
「これもいいね! いや普通にいい! こういう手もあったかー」
ひとしきりの感心をして、俺はKちゃんにしか聞こえないように声を潜める。
「Kちゃん、このメモ、持って帰っていい?」
練習しておこうと心に決めた。
でも上手くなる日は来るのだろうか。
July 10
will【概要&目次】
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/207/
<万能の銀は1つだけ・3>
ガルドの家の前には多くの花が手向けられている。
やがて運び出されるであろう棺にも、少しでも死者を慰めようと色とりどりの花が敷き詰められているに違いない。
角にある花屋の脇道に入ってしばらく進むとレンガ作りの家並みが通行人の左右に展開される。
ガルドの家はその内の1軒で、そこは普段なら小鳥のさえずりぐらいしか耳に入らないような物静かな場所だ。
だが今は葬儀のため、すすり泣く訪問者たちの声に取り巻かれている。
待ち合わせに来ないガルドを心配に思い、レーテルがこの家を訪ねた頃はもう遅かった。
謎の連続殺人事件は親友の自宅でも発生していたのである。
現場検証のために既に集まっていた自衛士隊や家の周囲を取り囲む野次馬たち。
本来そこにあるべきではない彼らの存在がレーテルの血の気を引かせ、全身を総毛立たせる。
内心わずかに感じていた不安はもしかすると予感の一種だったのかも知れないと、レーテルは呆然と考えていた。
ぽつり、ぽつりと雨が降り始める。
弔いの儀はその翌日に行われた。
見晴らしの良い丘に棺を埋める頃になると雨は本格的に勢いを増し、それは号泣する天の涙を連想させた。
神父が祈りの言葉を捧げ、弔問者一同は雨具も身につけず両手を組んで目を閉じている。
棺に最後の土がかけられ、レーテルは静かにそれまで閉じていた目を開けた。
「ガルド」
ふと友の名を口にしてみる。
最愛の女性を殺されてしまったガルドの心境がどんな有り様なのか全く想像もつかなかったため、どう声をかけていいのかレーテルには判断がつかないのだ。
ガルドは黙って、10歳になる息子の背に手を添え、自分の妻が埋葬された辺りを見つめていた。
息子のルキアも無言で、下唇を噛んで何事かに耐えるような表情だ。
ガルドの家で一体何が起こったのか。
詳細までをレーテルは知らない。
現場に駆けつけていた自衛士や周囲の野次馬から集めた断片的な情報を組み立てみると、どうやらガルドの妻は息子をかばって背中を切りつけられ、死に至らしめられたらしい。
つまり息子であるルキアが犯人を目撃した可能性は極めて高いのである。
問題は、目の前で母親を殺されたばかりの子供に不躾な質問ができないことだ。
ガルドの妻は聡明で美しく、ガルドが剣士の資格を取るまえから彼をささえてきたと聞き及んでいる。
愛妻家として知られるガルドの悲しみも尋常ではあるまい。
小高い丘でひとしきりの冥福を祈り終えると、レーテルと同じ考えを持ったのか、はたまた剣士一家から近づきがたい気配を感じたのか、彼ら親子に声をかける者はなかった。
雨は、まだ降っていた。
翌日になってレーテルは残された親子のことが心配になり、自分からかける言葉がないことを知りつつも再びガルドの家を訪れる。
玄関の金具でノックをすると、普段着をだらしなく着崩したガルドが「おう」とレーテルを迎えてくれた。
飲んでいたらしく、ガルドからは酒の匂いがする。
居間にはいつものような明るさがなく、パンを焼くための釜戸も閉められていて、テーブルの上には商店から買ってきたと思われるパンと干し肉、そして酒瓶とで散らかっている。
ガルドの伴侶がもしいれば、ただちに片付けろと夫を叱っているに違いない。
レーテルが驚いたのは、ガルドの息子もテーブルについていたことだ。
ルキアの前にも当然のようにグラスが置かれている。
父親に似たのか10歳にしては大きな体の子供は少し顔を赤らめ、自分の膝を両手で鷲掴みにしていた。
「おいガルド」
レーテルは目を見張って親友に詰め寄る。
「まさかお前」
「ああ。ルキアにも飲ませた。朝っぱらからな」
そう堂々と返されては何も言えない。
レーテルは「そうか」とだけつぶやいた。
「酒はいい」
ガルドがフンと鼻を鳴らせる。
「怪我をしたら消毒もできるし、痛みも紛れさせる。心の痛みであってもな」
親友の言葉を聞いて、レーテルは「らしくない」と思ったが、いやそれほど妻を失った苦しみは凄まじいのだと考え直す。
息子に酒を振る舞ったのも、彼を慰めるためだろう。
神経を研ぎ澄ましてみると、まだわずかに血の臭気が空気に混じっている。
酒の香りでこれをかき消したいのかも知れない。
「せっかくだからオメーも付き合えや」
ガルドが台所に行き、やがて新しいグラスを片手に戻ってきた。
「乾杯はできねえけどな」
「ああ」
酒を受け取ると、レーテルはそれに口をつける。
おそらくこれは妻と毎晩飲むためにあった酒なのだろう。
「さらに、酒の良さは他にもある」
ガルドは不意に息子を眺めた。
「なあルキア。酒ってのは人をお喋りにさせるんだ。ちょいと語らせてもらうぜ」
声を出さずにルキアは頷く。
それを確認してガルドは言った。
「オメーの母ちゃんは偉大だった。俺の留守中、オメーを守って母ちゃんは死んだんだってな?」
ルキアは「うん」と答え、さらに目の前のグラスを持つとその中身を飲み干した。
「俺が選んだ女は、テメーの息子を命懸けで守れる女だったんだ」
ガルドは続ける。
「オメーは胸を張ってろルキア。そんなスゲー母ちゃんからオメーは生まれたんだ。ルキア、お前は強くなれ。剣士でなくてもいい。俺より強くなって、いつか母ちゃんみてーな女をテメーの手で守れ」
するとルキアは初めて顔を上げる。
その瞳には小さな炎のような光が宿っているように、レーテルには見えた。
「おう」
「いい返事だルキア。母ちゃんの敵討ちは俺たちに任せろ。ぜってーオメーの気も晴らしてやる。だがな、そのためには仇が何者なのか知りてえ。オメーが何を見たのか教えてくれ。そんなこと思い出させるのは酷かも知れねえが、オメーはいつか俺よりも強くなる男だろ?」
レーテルは理解をした。
ガルドが息子と共に酒を飲んだのは、現実から逃げるためでもルキアの気を紛らわせるためでもなかったのだ。
犯人拿捕のために自らが奮い立つためであり、そのための情報を子供から得るためだった。
空になった息子のグラスに、ガルドは酒を注ぐ。
「教えてくれルキア。オメーあの日、何を見た?」
優しげな父親の目を、ルキアは真っ直ぐと見つめ返した。
「壁にかけてあった短剣が勝手に動き出した」
「なに?」
ガルドが壁に目をやる。
そこには盾や2本の細身の剣が交差するようにかけられている。
短剣もいくつか横向きにレンガの壁に添えられていた。
「短剣って、そこの短剣か?」
「うん」
「勝手に?」
「ああ、勝手に。誰も触っていないのに、独りでに動いた。俺のほうに真っ直ぐ飛んできて、母ちゃんが俺をかばう感じで抱きついた」
ルキアの話によると、母親は何度も背中を切りつけられ、刺されたのだという。
さぞかし目を覆いたくなるような光景だったに違いない。
致命傷を受けながらも母親は近くにあった花瓶に手を伸ばし、窓の外にそれを投げて人を呼ぶと、再びルキアに覆いかぶさったのだそうだ。
「どの剣だ?」
ガルドが訊くと、ルキアは壁を見て「あれ?」と目を大きくする。
「なくなってる」
それまでレーテルにあった心当たりがつい口を突いた。
「もしかしてガルド、お前自分の大剣とは別に、クレア銀でできた剣を持ってるか?」
「あ?」
次にレーテルはルキアの目を見た。
「なあルキア、その短剣はクレア銀でできたやつじゃなかったか?」
親子の回答はというとほぼ同時だ。
「クレア銀の短剣なら1本持っている」
「飛んできたのはその剣だ!」
やはりクレア銀か!
レーテルの目にも光が宿り始めている。
親友が愛した女性の仇、必ず追い詰めてみせる。
「俺ァ女を見る目には元々自信があったんだ。やっぱり俺の目に狂いはなかったぜ」
ガルドは息子の頭をポンポンと軽く叩いた。
「俺の女房は大事なものを命懸けで守れる女だった。俺の女房が産んだ男は将来、俺よりも強くなれる男だった」
行くぜ相棒!
友からの声にレーテルは立ち上がる。
「今ルキアから聞いた話を自衛士らに教える」
「ああ、そうしよう」
「ルキア、オメーの世話は適当に頼んどく。俺がいねー間、この家を任せるぜ」
「おう!」
ちょっと着替えてくると言い残し、ガルドは居間を後にする。
窓から外を眺めると、雨はもう上がっていた。
<巨大な蜂の巣の中で・3>に続く。
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/291/
July 06
俺は基本的にモノマネが下手です。
ちょっとやってみましょうか?
「アユでぃす」
文字だからアレだけど、似てない感じだけは伝わったかと思います。
ちなみに今のは浜崎あゆみさんのつもり。
似てない似てないと思っていたけれど、やってみたら思いの他似ていませんでした。
そんな俺に唯一できるモノマネが、アニメキャラの声マネです。
天空の城ラピュタに登場するムスカ。
「流行りの服は嫌いですか?」
「どこに行こうというのかね!?」
「バカどもには丁度いい目くらましだ」
「私にも古い名前があってね。私の名は、ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ!」
「ひざまずけ! 命乞いをしろ!」
「あーっはっはっは! 人がゴミのようだァ!」
文字だから伝わらないと思うんですけど、似てるんです。
人でなしの感じが凄くよく出てる。
他にも、ルパン三世カリオストロの城より。
ジョドーと伯爵に関しては、2人のやり取りを1人で再現することが可能です。
「ジョドー。その背中の紙はなんだ?」
「こ、これは! いつの間に! …ルパンからの予告状です」
「読め」
「し、しかし」
「構わん」
「…色と欲の伯爵殿。花嫁をいただきに参ります。近日参上、ルパン三世」
似てるんです。
自分で言うのもなんだけど、結構いい感じで悪そうな気配が出せているんです。
何度も見てる大好きな映画だからセリフとかも結構頭に入っていますし。
思えば中学の頃から友人に言われ続けてきました。
「めさは悪役のマネだけ上手い」
これは喜んでいいことなのでしょうか?
でも、考えてみると俺、悪者が大好きなんですよね。
特に普段敬語を使ってる悪者なんかめっちゃツボです。
ああいうスーツ着たスカした悪者って、とんでもなく人の道から外れてるじゃないですか。
相当調子乗って散々悪いことやっちゃうじゃないですか。
でもやられるとき、
「た、頼む! 命だけは! 金だったらいくらでも払う! そうだ! お前に副社長の座を用意しよう! だから命だけは! あー!」
死に様が見苦しいとこなんかホント大好きです。
ヒロインの人とかさらった後も、
「お嬢さん。私は乱暴が嫌いでね。あまり野蛮なことはしたくないんですけどねえ」
とか言ってるじゃないですか。
「あなたのような美しい女性を傷つけるのは気が引ける。ですから、奴の居場所を教えてもらえませんか? その綺麗な顔を傷つけられたくなかったらね」
もーホント最悪。
たまりません。
で、ヒロインの人も強気だから、
「この、ヅラ野郎!」
悪者の顔にツバとか吐くわけですよ。
「きぃえええええぃ!」
すぐキレる悪者。
「この、クソアマがァ!」
バシッ!
縛られている人には強い悪者。
ヒロインの人に平手打ちとかしちゃいます。
器がめっちゃちっちゃい。
たまりません。
「はあ、はあ」
平手1発で息が切れてる悪者。
体力なさすぎ。
興奮しすぎ。
ホントたまりません。
大好きすぎる。
こういった悪者はヅラの位置を元に戻しながら「連れて行け!」などと偉そうに部下に命じるのです。
はっきりいって、もし俺が声優の体験なんてさせてもらえることがあったら、是非この手の悪い人をやってみたいです。
まず間違いなく俺はノリノリになるでしょう。
「俺の靴を舐めろ」
「いくらだ? 金ならいくらでもやろう。ほら、拾え」
「あっはっは! よくここまで来れましたねえ。褒めてあげますよ! まさかお仲間のためにこんなところにやって来るとはね。全くお涙モノですよ! …おまけに、反吐も出ますがね!」
「解った! 話し合おう! 私だって悪気があってやったわけじゃないんだよ! お願いだ! 頼むから私の話を! ふはは! かかったな! これでも喰らえ!」
「やだなー。今のはほんの冗談じゃないですかー。とっくに改心してますって。ねえ? 解るでしょ? ホントすんませんでしたー!」
「フン! バカが! こんな芝居に乗せられるほどお人好しとはな! 奴ら、このアジトがもうじき爆発するとは思うまい」
「ンな! バカな! ハッチが開かん! もう爆発が! うわああああ!」
楽しそうで何より。
でも、できれば正義の味方の声マネもできるようになりたいです。
めさでした。
「ここは俺に任せろ! お前らみんな先に行け! なあに、すぐに追いついてみせるさ」
ダメだ、しっくりこない。
July 04
移動の最中は皆がパジャマだから通行人たちからの視線が痛い。
今さらながら、牛柄のパジャマは目立つ。
ガチャピンやピンクパンサーの気ぐるみを身に着けた男子たちも俺と同じく、堂々と歩いたらいいのか恥じらったらいいのか判断がつかない様子だ。
挙動不審になっている。
俺は赤面しつつ、空を見上げた。
「へっ! 普通の服を着てるような連中に俺の気持ちなんて解んねーよ」
どこの世界の不良も発しないであろう不思議な一言だ。
居酒屋に入るときは示し合わせたかのように俺は1人きりにされ、どシラフの店員さんと対決させられた。
「あれ? 予約入っていませんか? ひらがなで、めさって名前で予約が」
入っているはずの予約が入っていなかったこと。
パジャマ姿で1人ぼっちにさせられたこと。
どう見ても日本人なのに「めさ」と名乗りを上げていること。
俺を辱めるには充分な環境である。
表からこちらを見守っている参加者さんたちを小刻みに手招きし、「早く来て!」と大音量でテレパシーを送る。
同時に店員さんに「今から大人数なんですけど入れますか?」と引きつった笑顔で問い、入店に必死だ。
みんなー!
誰か1人でいいから俺のそばに来いよォ!
なに玄関先から俺のテンパった様子を観察して楽しんでだよォ!
店員さん!
なんであんたら「どうしてパジャマをお召しで?」の一言が言えねえんだよ!
不思議だろうが、こんな三十路!
訊ねろよ!
そういうイベントやったんですってちゃんとした理由を説明させて!
俺が可哀想だろうが!
めさって、何それ?
本名?
みたいな顔はもっと陰でやってくれー!
様々な思惑により、このときの俺は相当あたふたとしていた。
俺は今までこんなに怪しい奴を見たことがない。
そのような、普通だったらしなくてもいい苦労をしてなだれ込んだ居酒屋にはステージなどないわけだから、俺は参加者様たちと同じテーブルを囲い、同じ目線で会話を楽しむことができる。
ピンクパンサーの彼が後半、たまらなくなったらしくトイレで私服に着替えたのを叱ったりした。
「なんで着替えるんだよ、もー! 空気読めよー!」
「めささんだってジンベエに着替えてるじゃないですか! いつの間に!?」
「ばか! 恥ずかしいからに決まってんだろ!」
イベント中よりもさらに饒舌になって、俺は散々喋り倒す。
挙句、最後のほうで俺は、
「せっかくのお台場だから海を見たい」
彼女のようなセリフを口にしていた。
「ねえ、海ってどっち?」
「基本的にはどっちに進んでもいつかは海には着きます」
「なるほど! 確かに! じゃあ最短の海はどっち?」
「最短の海、とは?」
日本語の難しさを実感しつつ、ほろ酔い加減の一行は浜辺へ。
レインボーブリッジやホテル、屋形船の明かりが綺麗だ。
しかもお台場に砂浜があることを知らなかったため、夜の砂地に俺のテンションは急上昇する。
「海だー! うおー! 浜辺スゲー! きゃっはーい!」
たまに自分で疑問に思う。
俺は本当に33なのか。
この嬉しくてたまらない感じは一体なんだ。
遠くでわずかに光る東京タワーもいい感じである。
夏の夜。
綺麗な夜景と目前の海。
ここは1つ、クサいセリフの1つも放つべきであろう。
ところが。
「めささーん! 海のほう、もっと景色がいいですよ! 行ってみて!」
「めささん、ちょっと座りましょうよ。そろそろ疲れてきたでしょ? さあ、どうぞここへ!」
俺を海に落とそうとする者、砂に埋めようとする者が多すぎだった。
バラエティ色ばっかりで、素敵さゼロだ。
試しに砂場であぐらをかいてみると、俺は一瞬にして取り囲まれる。
即行で足首に砂がかけられ、俺の素足は見えなくなった。
「なにすんの!」
「足首だけ、足首だけ」
「え~? まあ、足首だけなら…」
なんで俺はいつも気色の悪い許可の仕方をするのだろう。
初デートの処女みたいだ。
しかし、足首だけなら埋めてもいいなんて言ったのは普通に失敗で、俺は次の瞬間「約束が違う!」と声を荒げていた。
俺を埋めようと集まった有志の者が多すぎだった。
ものの数秒で俺の下半身は砂の下に。
「ちょっ! やめてよう!」
「いいからいいから」
「なにがいいんだよ、もー!」
「ここまできたら一緒でしょ。めささん横になってください」
「やだよ!」
「あ、そっか。あぐらをかいたまま横になるのは難しいかー」
「ううん、平気。ほら。俺、変なとこだけ体が柔らかいんだ」
俺はバカなのだろうか。
自慢げに体を横たえると、もはや顔だけを残し、あっという間に全身に砂をかけられてしまった。
いや、かけられるなんて生易しいものではない。
お台場は埋立地。
俺も今から埋立地だ。
気がつけばそこは、つまり俺はちょっとした山と化している。
グーグルアースからも確認できそうだ。
取り合えず口にしてみた胸キュン台詞も、
「あ~あ。来年もきっと、お前と一緒なんだろうな」
まるで説得力がなかった。
せっかくだからここで、埋められている最中の俺のつぶやきを記念に列挙しておこうと思う。
「俺、海パンじゃないのに。ジンベエなのに」
「夜の浜辺で埋められるとさー、マフィアに始末された死体の気分になれる」
「ねえ、早くない? 早くない? 人間を埋めるのってこんなに素早くできるもんだったの? ねえ、早い早い」
「海を見に来たのに、曇った夜空しか見えないんですけど」
何にせよ、滅多にできない貴重な体験ではあった。
砂山から脱出すると、皆自然と輪になって、めさ埋立地跡にさらに砂をかけ始めている。
砂の山はさらに大きさを増していった。
海そっちのけで俺も夢中になる。
「なんか楽しい。ねえ、みんな! エアーズロック作ろうぜ!」
世界最大の岩山、エアーズロック。
ゴールが見えない。
その間、それぞれは人を海に落とそうとしたり、倒して埋めようとしたり、野生の狩りのように走り回ったりと楽しそうに人間関係を悪化させている。
結局、浜辺では2時間ほど遊んでいただろうか。
ツワモノどもが夢の跡。
エアーズロックを残して一行はその場を後にした。
ジンベエのポケットに入っている砂を払いながら、俺たちは駅に向かう。
「楽しかったねー」
「ねー」
皆の声を耳にしつつ、さっそく寝言本のページをめくってみた。
普通に致命的な誤植を発見してしまったので本を閉じる。
俺のミスだと思われたらたまらないので、明日にでも出版社に連絡しておこう。
次にイベントの様子を回想する。
ミスパジャマ、やってなくね?
なんで誰も気づかなかったのだ。
俺もだ。
反省点はポケットに入っていた砂の数ほどありそうである。
次回はもっと楽しく、「大人の馬力で本気で枕投げをやると人はどうなるのか?」とか「男だけ参加可能の飲み会を開催したらどれだけ人が来ないのか」とか、喰いつきの良さそうな企画を立てる所存だ。
皆で持ち寄ったペットボトルのキャップだけでピラミッドを作って記念撮影をし、帰りにキャップを寄付し、発展途上国の子供たちのワクチンにしてもらうのも良さそうである。
次は何やるかねー。
追伸・ご来場の皆様、本当に楽しかったです。
わざわざ足を運んでくださって、ありがとうございました。
次の機会がありましたら、是非またいらしてやってくださいませ。
その日を楽しみにしています。
みんな最高でした!
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