夢見町の史
Let’s どんまい!
January 20
続・永遠の抱擁が始まる 1
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続・永遠の抱擁が始まる 2
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続・永遠の抱擁が始まる 3
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続・永遠の抱擁が始まる 4
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続・永遠の抱擁が始まる 5
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/190/
続・永遠の抱擁が始まる 6
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続・永遠の抱擁が始まる 7
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/192/
続・永遠の抱擁が始まる 8
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/193/
続・永遠の抱擁が始まる 9
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/194/
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<阿修羅のように・ラスト>
天文学者ノアが私財の全てを費やして移動式シェルターの建設を始めてからというもの、巷では天変地異が噂されるようになっている。
とはいえ信じない者がほとんどで、かの天文学者は気が触れただけという説が定着しつつあるようだ。
クラークちゃんは言う。
「天変地異が起こるかどうかは別として、いざというときのために避難場所があったほうがいいと思うんです」
秘密基地の場所は、ここから遠く離れた巨峰の頂辺りにあるという。
他ではないクラークちゃんが言うのだから、それはきっと妄想の類ではないのだろう。
しかし、そんな遠くにどうやって、いつの間に秘密基地を作ったのかなどといった疑問に彼は答えてくれなかった。
アララット山といえば、長期旅行に行く程度の距離がある。
有事の際、避難するには遠すぎた。
「避難しなくてはいけない場合に、もしなったとしたら、そのときはまた奇跡が起こると思います」
質問を重ねられたくないらしく、彼はわずかにうつむいている。
「その場所にはあっという間に行けるでしょう。それが僕らに起こせる、最後の奇跡です」
ふと、窓を開けて空を見上げてみる。
夜はもう更けていて、天空には適当にばら撒いたかのように星が散らばり、月が異様に大きく佇んでいた。
天変地異は、本当に起こるのだろうか。
「だーかーらー! 何度も言ってるでしょ、クラちゃん」
背後から、長女の声が聞こえる。
「運命なんだってば。秘密基地にはどうやっても行けないよ。そこに行けない理由が絶対に起こるんだってば」
ロウちゃんの言った通りになることを、私は数日後に知る。
私はさる実業家のパーティーに招かれていて、手短な物語を披露することになっていた。
子供たちには家で留守番をお願いしてある。
「きゃ」
「ん? なんだ?」
最初は、屋敷が震えたのだと思った。
屋敷の振動は数秒で大きくなり、シャンデリアを揺らし、花瓶を倒し、壁の絵画を落とす。
揺れはそこから一気に加速して、家具や人間を立っていられない状態にした。
数々の悲鳴の中には、私の声も混ざっていたはずだ。
壁にひびが走り、天井はパラパラと破片を落とす。
物が倒れる音、壊れる音、人々の悲鳴が私をさらに恐怖させる。
建物の一部がこちらに覆いかぶさる瞬間、私は意識を失った。
「もしもし! もしもーし!」
遠くからの声がして、私はゆっくりと目を開ける。
ここが瓦礫の中だからか、暗闇だ。
私は、どれぐらい気を失っていたのだろう。
さっきの揺れは、この屋敷だけで起こったのだろうか。
地面そのものが震えたのだとしたら、家にいる子供たちが心配だ。
「っつ!」
体を動かせようとした途端、体験したことがないほどの激痛に襲われる。
瓦礫が、私の腰から下を押し潰しているらしい。
「もしもし! 私だ! いつか送ってもらったケータイからかけている!」
離れたところから、屋敷の主の声が聞こえる。
どうやら電話で話しているようだ。
ケータイというのが何かは解らないが、建物が倒壊するほどの中、電話が生きていることはありがたい。
主が呼ぶであろう救援が早く来ることを、私は祈る。
私以外にも、大勢の客が私と同じ状況になっているはずだからだ。
「例の天変地異で負傷した! 私と家族を治し、安全な場所まで連れていってくれ!」
主は確かに、客とは言わなかった。
「何!? ポイントが足りないだと!? どうにかしなさい! 今まで色々願いを叶えてきただろう!」
彼は一体、誰と話しているのだろうか。
「じゃあ、私1人を避難させることは可能か? 傷の治療もいらない。それなら足りるだろう?」
続けて主は「足りないはずないじゃないか」と怒鳴った。
「いや確かに天変地異のことは信じていなかったよ。だがな、こちとら魂をくれてやったんだ。少しぐらいのサービスはするべきだろう。いや、待ってくれ。君とはもう10年以上の付き合いじゃないか。最初の願い、覚えているだろう? そう、大型馬車の件だ。あれだって私のせがれが不注意で酒瓶を馬に投げつけたことが原因だったのに、君が上手いこと事実を隠蔽してくれたんじゃないか。あれと同じようにしよう。な? 君が個人的に、上司に内緒で私を助けてくれればいい。そうすれば君には、何? だから! ポイントが足りなくてもどうにかしたまえよ! こっちは足の骨が折れ…、くそが! 切りやがった!」
私は、話の内容を全て理解したわけではなかった。
ただ、悲しみが大きくて辛い。
人は、どうして他人のことを想像しようとしないのだろう。
何かを綺麗にするには、何かを汚さなければならない。
だが、何かを汚すために、何かを綺麗にする必要はないのだ。
自分のために、他人の心を汚してしまう人がいるのは何故だ。
汚す者に、それが罪であるという実感がないのは何故なのだ。
目から出た雫が、私の耳にまで伝わる。
「ママ!」
「ママー!」
聞き慣れた声。
幻聴の類かと思っているうちに、それははっきりと聞こえてくる。
「ママー! どこですか!?」
「大丈夫、ママー! 助けに来たよ!」
ロウちゃんとクラークちゃんだ!
「ここよ!」
大声を出すと下半身がズキンと痛む。
私はそれでも、精一杯に叫ぶ。
「ここにいるわよ!」
「いた!」
「よかった!」
2人が駆け寄ってきたらしく、声が近くなる。
私は腰の痛みに耐え、2人がいると思われる方向に怒鳴りつけた。
「なんで来たのよ! 早く戻りなさい!」
一言毎に、骨をハンマーで殴られたような衝撃が走る。
「戻って、大人たちを呼ぶの! あたしの他にも、たくさんの人が埋まってる! 助けを呼んだら、もうここには絶対に来ないで!」
「嫌です」
クラークちゃんだ。
「3人で秘密基地に行くんです」
秘密基地――。
避難場所があることを、私は思い出す。
しかし、私はこの怪我だ。
どこからなのか、巨大な滝のような低い音が響き渡っている。
その音は少しずつ大きくなっていて、天変地異の本領発揮を予感させるに充分だった。
「クラークちゃん、聞いて」
「はい」
「ママね? 大怪我してるの。だから秘密基地まで行けないの。ごめんね」
「怪我!?」
「いつか、顔が3つあって、手が6本ある神様の話、したよね? 覚えてる?」
「覚えてます。それより怪我って、どこを、どの程度?」
「クラークちゃん聞いて。ロウちゃんも一緒に。あたし達も、アシュラみたいにね? 3人で1人って思われるぐらい、仲いいよね?」
私は長らく、片腕だけの生活を送ってきた。
「アシュラだってさ、顔を1つ、腕を2本ぐらい無くしても、生きていけるでしょう? ママはしばらくここから離れられないから、2人で先に秘密基地に行ってなさい」
沈黙。
それを破ったのは、クラークちゃんだ。
「ロウ君! 瓦礫の撤去とママの治療、可能か!?」
「可能だよ。再生と違って、修復は安く済むからね。でも、そうするとシェルターまで移動するポイントが残らないよ?」
「構わん! すぐに取りかかってくれ!」
「そう言うと思って、もうやってる。でも、クラちゃん、ごめんね? 僕のポイント、もう使い果たしちゃっててさ」
不思議なことが起きた。
下半身に感じていた重みや痛みが薄らぎ、消えてゆく。
頭上を覆っていた瓦礫は小石を落とすことなく、ふわりと浮いて、どいていった。
奇跡の力を、この子たちは使ってしまったのだ。
「なんてことするの! あなたたちが避難できなくなったでしょう!」
「避難だったら、走ってすればいい。行きましょう!」
クラークちゃんが私の手を取り、立ち上がらせる。
屋敷の主は、足を引きずって逃げたのだろう。
既に姿を消していた。
生き残っているかも知れない皆に聞こえるよう、私は声を張り上げる。
「人を呼んできます!」
外に出てみると、私は耳鳴りを感じ、同時にさっきの発言をしたことに後悔をした。
人を呼ぶどころではなかったからだ。
町のいたるところから火の手が伸び、ほとんどの建物が崩れ去っている。
慌てて逃げようとして転んだ1人が集団を巻き込んだのだろう。
大勢の人が道端で倒れ、動かない。
胃液が逆流しそうになって、私は手で口を覆った。
「こっちに行こう」
ロウちゃんが森を示す。
クラークちゃんに手を引かれ、私はよろよろと歩を進める。
夜空は不気味な赤さを纏い、暗かった。
見たこともない大きな灰色の天体があって、実はそれこそが月なのだと気づく。
ごごごごごと、どこから発生しているのか解らない轟音を、さっきよりも近くに感じる。
森の中。
ちょっとした広場のような場所に出て、私は子供たちを抱きしめていた。
「ママはもう大丈夫。もう怖くないからね」
「うん」
「ねえ、ちょっと休憩しようよ」
ロウちゃんの言葉に甘え、私は地面に腰を下ろし、息を整える。
先ほど見た光景は私に恐れを抱かせ、今耳に届いている轟音は私に不安を与えてくる。
抱きしめた2人は、そんな臆病な私を安堵させている。
「そろそろだね」
ロウちゃんが木々の向こうに目を向けた。
地平線から伸びた壁のような物が、うっすらと窺える。
背筋が凍った。
あれは巨大な波で、こちらに向かってきているのではないか――。
「やはりこうなってしまったか」
クラークちゃんも、何かを覚悟したようだ。
逃げ道などどこにもないことを、この子たちは最初から知っていたのだろうか。
頭上では、鳥が津波と反対方向に逃げていく。
それを見送ると、ロウちゃんは弟に視線を移した。
「夢の録画、完了だね。クラちゃん、お願いができたよ。いつかの約束」
「もう私にポイントは残っていないんじゃないのか?」
謎のやり取りだったが、私はそれを黙って見守る。
「ううん。ほんのちょっぴりだけ残ってるよ。僕の願い、叶えてもらっていい?」
「好きにしていい。それと何度も言うが、女の子なんだから、僕はよせ」
「うっさいハゲ」
正真正銘、これが最後の奇跡なのだろう。
目覚しい速度で、花が咲いてゆく。
私たち親子の周りに、次々と黄色い花が咲き乱れていった。
不気味な天候とは裏腹に、この広場だけは楽園のようだ。
辺り一面に、今まで嗅いだことのない良い香りが立ち込めた。
「レミの花だよ」
ロウちゃんが微笑む。
「ママの言ってた通り、安心して眠くなっちゃう香りだね」
私は身を横たえながら、愛しい我が子を抱き寄せる。
「2人にね、聞かせたいお話があるの。聞いていて、眠くなったら、眠りなさい」
「どんなお話?」
「ある仲良し親子のお話よ。最後はね? みんな天使になって、ずっと幸せに暮らすの」
するとクラークちゃんは浮かない顔をした。
「僕は、生まれ変わっても、みんなと一緒になれない」
どういうこと?
と私が訊くよりも先に、ロウちゃんが声色を少し高くする。
「クラーク様、悪魔にとっての不正行為でございます」
「なに?」
また私には解らない内容なのだろう。
クラークちゃんが驚きの声を上げた。
「どういうことだ?」
「わたくしが悪魔をクビになる際、何をしたと思われますか?」
「自分のポイントを持ち出したんじゃないのか?」
「それはついででございます」
「じゃあ、一体何を…」
「ポイントを付与した状態のまま、クラーク様との契約を破棄させていただきました」
「なんだと? ということは」
「クラーク様の来世は虫などではございません。あの頃、わたくしは親子3名の死後についても調べさせていただきました」
「ああ」
「その結果、なんと3名とも天使に生まれ変わることが判明致しました」
「なんだって!? 3人とも!? 私もか!」
「はい、さようでございます。でなければ、わたくし、人間になるだなんて冒険は致しません」
「つまり君には最初から保障があったってわけか! この悪魔めが!」
「とんでもございません。死後、お目にかかれば解ります。わたくし、将来は天使でございます。ママも、クラちゃんもね」
次にロウちゃんは、寝ぼけ眼を私に向ける。
「ごめんね、ママ。話題に置き去りにしちゃった。改めて、お話聞かせてよ。とびっきりハッピーなやつね」
にっこりと、私は頷いた。
初めて出逢った日は創作に失敗して、この子たちにはつまらない思いをさせたままだ。
それでは語り部としての誇りが許さない。
最高の客からのリクエストに、今度こそ応えよう。
私が最後に語る物語。
それは自分なりに楽しんで考え出した、自作のおとぎ話だ。
「ある町に、3人の親子がいました。お母さんと、天使みたいに可愛い女の子と、お父さんみたいにしっかりした男の子」
――阿修羅のように・了――
フィナーレに続く。
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January 16
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<エンジェルコール・ラスト>
ぶっちゃけ僕は、裁判官のおじちゃんよりも、地球上の誰よりも長く生きている。
僕は霊的な存在で、肉体なんて無いわけだから、そもそも寿命なんてものがないんだ。
人間が思う「生きる死ぬ」とはまた違った概念になるんだろうけど、とにかく僕はかなり長いこと生きてきた。
その超長い人生の中で、ここまでびっくりしたのはさすがに初めてだ。
「ありえないよう!」
モニターに向かって思わず泣き叫びそうになっちゃった。
画面には、とんでもない事実が映し出されている。
おじちゃんから頼まれた調べ物をすればするほど、今度は僕個人の疑問が湧いちゃって、それで必要以上に調査しまくっちゃった。
16年後に起こる地球規模の大破壊。
色んな惑星の軌道がおかしくなって、それは地球にも凄いダメージを与えることになる。
月が落ちかけるもんだから地軸がずれて、北も南も変な方向にいっちゃうし、環境だってしっちゃかめっちゃかだ。
全土を襲う大地震、大洪水のレベルだって半端ない。
でも、そりゃそうだ。
地球の自然が起こす通常の天災なんかじゃなく、これは地球そのものが被害を受ける災害なんだもん。
星を水槽に例えれば、そこに悪ガキが5人ぐらい突っ込んでくるっていえばいいのかな。
要するにとにかく凄い。
運命調査班は、こんな報告を残してる。
「たった1日で大陸がバラバラですよ。遥か上空から見れば、スローモーションで割れるお皿みたいになっていたでしょうね。目に見えるスピードで陸地が移動していました。といってもその頃は大洪水が地表の全てを覆っている最中ですんで、動く大陸を目撃できる人間なんていないでしょうね」
散らばった大陸は少しずつ、長い年月をかけて速度を落とし続けて、それでいつか今以上に文明が発達する日が来るんだって。
でも、大破壊を乗り越える人が少なすぎてちゃんとした記録が残ってないから、誰もが「プレート移動は年間数センチだから逆算すると大陸が1つだったのは何億年も昔」って信じちゃってるんだってさ。
運命調査班のお兄さんは、さらにこう続けてた。
「大陸が少しでも動く時点で、それは過去に地表が割れたことがあるっていう証なんですがね。ちょっと見てきたんですが、人類は時に議論していましたよ。ムー大陸がどうのこうのって。元々自分らが住んでいた土地を幻の大陸呼ばわりしていました。まあ、破壊の規模が大きすぎて伝承や状況証拠しか残っていないわけだから、そうなるのも仕方ないんですけどね」
これから起こる大災害はつまり、人間にとって間違いなく人生に刻まれるぐらいの一大事に違いないよ。
でも僕にとっては、今このモニターに映し出されている現実のほうがよっぽど衝撃だ。
日付は16年後で、画像には死を覚悟して抱き合う3人の親子がクローズアップされている。
何度か見たはずなのに、今まで気づかなかった。
どういうことなんだ、これは。
どうしてこうなっているんだ。
過去を変えられないように、未来も変わることはない。
僕が未来の、この情報を見てしまうこともきっと運命に組み込まれたことなんだろう。
つまり、僕がこれに気づいてしまったからこそ、この親子は抱き合って死ぬってことだ。
でも、運命だからってそれは解せない。
どうすればいいんだ僕は。
「虫としての人生も、やってみれば案外悪くないかも知れん」
またしても、おじちゃんのあの言葉が脳裏に浮かぶ。
不思議と気が軽くなる自分がいた。
肩の力を抜いて、僕はゆっくりと背もたれに身を委ねる。
「あ」
リラックスしたからだろうか。
あることに思い当たった。
もしかして、僕は自分の意思に従っちゃって正解なんじゃ?
ガバッと身を起こし、腕まくりをする。
いつも以上に素早くリズミカルに、指先がキーボードを叩いていった。
調べたいのは、3人の死後だ。
おじちゃんに電話を入れたのは、僕が悩みに悩んでスッキリした翌日になってのことだった。
「もしもし、ロウでございます」
「ああ、待っていた。調査結果は出たかね?」
メモ帳には「ドS口調がこいつの望み」って書いておいたし、両隣の仕事仲間が通話状態に入ったことも確認済み。
準備オッケーだ。
「ええ、調査結果は全て上がっております」
「ありがとう。ポイントを消費して構わんから、聞かせてくれないか?」
「かしこまりました。それでは3名の人生がどれだけ充実していたか、報告させていただきますね」
僕はモニターを読み上げる。
「例の親子は3名とも、幸福を感じながら絶命しております。死因は土砂による窒息死なのですが、不思議なことに肉体的苦痛さえ一切感じておりません」
「何? 苦しんでない? 痛みも感じていないのか? 土砂に埋もれるのに」
「はい。これはわたくしにとっても謎なのですが、3人とも安らかでございました。わたくしの見解では、死を前にした緊張感が脳内麻薬を分泌したと見ております」
「まあ、そういうこともあるだろうな」
3人が苦しんでいない理由は正直、僕にも解らなかった。
普段だったら気を利かせて調べるところなんだけど、昨日は自分のことで夢中になっちゃってた。
ごめんね、おじちゃん。
と、内心謝る。
「続きまして、ルイカ様のご子息と思われるお子様ですが、この2名はルイカ様の実の子ではございません」
「なに、そうなのか?」
「ええ。ルイカ様は独身のまま、孤児を引き取ったようでございます」
「そうか。相変わらず優しい子だな」
「同感でございます。しかもですね、幸福度を調べましたところ、孤児2名よりも若干、ルイカ様のほうが強く幸せを感じて日々を送っていたようなんですね」
「ほほう」
「もちろん子供たちの幸福度も充分に高いのですが、ルイカ様にはそれがさらに喜びに繋がっているようなんですね。ルイカ様お1人では、こうはならないでしょう」
「そうか。なら、よかった」
「ところでお客様」
僕の口調が穏やかだったのは、きっと本当に口元がにんまりしていたからだろう。
「その他の報告の前に、私から進言したいことがございます」
「ほう、珍しいな。どんなことだ?」
「先日、わたくしが若返りについての説明をさせていただいた日の会話を覚えていらっしゃいますでしょうか?」
「ああ、もちろんだ。つい先日のことだからな。もしかして、叶えてほしい願い事ができたのかね?」
「ああいえ、それとはまた別でございます。その件は必ずお願い致しますので、もう少々お待ちいただければと思います」
「そうなのか。じゃあなんだ」
「はい、単刀直入に申し上げます」
とここで、少し間を置く。
真の取り引きを持ちかけるとき以上の緊張感と、微笑ましい気分が混ざったようなむずがゆい心境だ。
僕は、聞き返されないようにゆっくりと、はっきりと喋った。
「お客様は、若返るべきだと、わたくしは考えます」
「ふむ。まあ、それは今まだ興味が――」
「わたくしは、天使に戻る決意を致しました」
「何! 本当か!」
「ええ、おかげさまで。お客様とお話させていただいた際、自分にとっての幸福とは何かを考えさせていただきました。ですのでこの決断は、お客様あってのことでございます。誠に感謝しております」
「そんなことはいい! そうか、戻ることにしたのか! よかったな、それは!」
「お客様も、もうそろそろ自分のことを考えてもよろしいのではありませんか?」
僕が急に冷たい口調になったから、その温度差にびっくりしたんだろう。
おじちゃんは絶句している。
「お客様、失礼を承知で、わたくし、今から素の口調でお話させていただきます」
「え? あ、ああ。それは構わんが」
「では、失礼致します」
僕は小さくうなずき、コホンと咳払いをする。
「おじちゃんさあ」
「え? おじちゃん?」
「そう。おじちゃん。あんたいっつもいっつも自分のことは置いといて、人のことばっかりじゃん」
コールセンターには相応しくない荒い声に驚いたのだろう。
両隣の同僚が見開いた目を僕に向ける。
用意してあったメモに手を伸ばしながら、僕は続けた。
「他人優先するそんな生き方してさ、あんたは、あんたを見守る人を心配にさせるって思ったことないの? そんなに人の幸せ願うなら、まずオメーが幸せになれよ。僕に心配かけんじゃねえよ」
メモ用紙を見せながら、僕は仲間たちにウインクをする。
「ドS口調がこいつの望み」の文字を見て、同僚らは勝手に納得をしながら、それぞれのモニターに意識を戻していく。
「いつも見てる奴だっているんだよ! そいつに心配かけてんじゃねえよ!」
言い切ってから、ふうと息を吐く。
お客様から、怒られてしまうだろうか。
でも、構うもんか。
僕を怒ってみろ。
僕はもっと怒ってやるぞ。
「なあ、ロウ君」
「はい、すみませんでした。言い過ぎました」
「いや、いい。ありがとう。だが君に3つ言いたいことがある」
「はい、なんでございましょう?」
「1つは、私は今のところ、若返りに興味がないんだよ」
「存じております」
「2つ目。そこまで怒ってくれるなら、そろそろ私を名前で呼んでくれてもいいんじゃないのかね? お客様やおじちゃんではなく、本名でな」
「はい、かしこまりました」
「3つ目。君ね、素の口調とはいえ、さっきの言い方はなんだ。女の子なんだから、もう少しそれなりの喋り方をしなさい。なんだね『僕』って」
「まあ、癖のようなものでございます」
しかしお客様、と口が滑りかけ、僕は慌てて言い直す。
「しかしクラーク様、わたくしが進言した若返りには他の理由がございます」
「他の理由?」
「はい。クラーク様の大好きな、他人のためでございます」
「フフ。鼻につく言い方をするようになったじゃないか」
「ええ、先ほど言いたいことを言ってしまったので、吹っ切れたようです」
「さっきのは気持ちがよさそうだったからな。私も今度誰かにやってみよう」
あはは。
と、僕は久しぶりに声に出して笑った。
「クラーク様、先ほどわたくしが申し上げた報告内容が重要でございます」
「ほう」
「報告の中に『ルイカ様は子供がいたからこそ幸せだった』といったニュアンスがございましたよね?」
「ああ、あったな」
「クラーク様も以前、幼いルイカ様を引き取ろうとなさいました」
「うむ。それぐらい感謝しているからな」
「つまり、一緒に暮らしても構わないわけですよね?」
「ん? 何が言いたい?」
「16年後、3名の親子は死に至ります。全員の魂を調べましたところ、最年少と思われる少年は、クラーク様でございました」
「え? なんだって? 私? どういうことだ?」
「クラーク様、最も安いポイント消費量でご案内させていただきます。今の体を捨て、孤児としてルイカ様のところに行きましょう」
「ちょっと待ってくれ。なんの話か解らない」
「わたくしもご一緒させていただきます」
「なんだって!?」
「悪魔のルールを破り、悪魔をクビになるだけです」
悪魔にとっての不正行為。
それは俗にいう「良い行い」だから問題ない。
人間にされちゃうけど「虫としての人生も、やってみれば案外悪くないかも知れん」の精神だ。
「クラーク様、我々は兄弟ということに致しましょう。わたくし、見た目は人間と変わりありませんし、年齢にしてだいたい6歳ぐらいの容姿でございます。クラーク様に合う新しい肉体も必ず入手致しますし、その体を使用することで他者に迷惑がかかることもないように致しますので、どうぞご安心ください」
「おいおい、私に考える余地はないのかね?」
「ございません。運命です。それより聞いてください。わたくし、いや、もう僕でいいや」
「僕はやめろと言ったろうに」
「うっさいハゲ。僕悪魔だからさあ、霊子体から肉体に変換するのにだいたい10年から15年ぐらいかかるのね? だからクラちゃん、それまでに身辺整理してさ、どっかで仮死状態になっててよ」
「軽く言わないでくれ! 今までのように丁寧に説明してくれないと、私は今頭が混乱している!」
「いいからいいから。全部僕に任せて」
人間の子供になったら、まずはルイカさんを故郷にでも呼び出して、腕を生やしてあげよう。
肉体の再生にはとんでもないエネルギーが必要だけれども、本人のイメージの力が強ければ実は意外と少ないポイントでも可能なんだ。
クラちゃんの残りのポイントで、たぶんどうにかなるだろう。
腕が生えるイメージなんてどうやって想像させたらいいのかわかんないけど、クラちゃんと僕ならきっといい作戦が浮かぶはず。
「それにしても、あの親子のさ? 大きいほうの子が僕だったって知ったときは、ホント焦ったよ。僕は人間になりたくない派だったのに、意味わかんない」
「今意味が解っていないのは私だ」
「取り合えず、詳しくはまた電話するね。それがラストコールになるからー」
「待て! 待ってくれ!」
「うるさいなあ。僕、これから色々と忙しいんだよ。もう切るよ」
「ちょ、待て、この、悪魔めが!」
「とんでもございません、クラーク様」
回線を切断するまえに、僕はそれこそ天使のようににっこり微笑む。
「わたくしの将来は天使でございます」
――エンジェルコール・了――
阿修羅のように・ラストに続く。
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January 15
続・永遠の抱擁が始まる 1
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続・永遠の抱擁が始まる 7
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<阿修羅のように4>
郵便ポストには今日もたくさんの手紙が届いている。
「笑いあり、涙ありの青春ストーリーを聞かせてほしいです」
「神話を研究しているのですが、人類の始祖と地球最後の1人が同一人物であるといった話をご存知ありませんか?」
「ルイカさんの話を聞くと必ず良いことが起こると聞きました。簡単な物語でも良いので、是非話してほしいです」
一時とは大違いだ。
私は魔女なんかではなく、天の使いということになっているらしい。
おかげで休む間もないほど、充実した日々を送らせてもらっている。
「そろそろ行くよ。2人とも、準備はいい?」
「はい」
「しゅっぱーつ!」
今日はイベントで、世界のどこかに咲くという「レミの花」の物語を語ることになっている。
このような生活に戻れたのは、ここにいるまだ6歳の少女が何かをしたからだ。
あのとき彼女は、私には意味の解らないことを言っていた。
「実はね? 自分用のポイントも、たくさん持って来てたの」
それが何なのか全く解らないが、クラーク君はとにかく驚いていた。
「どうやって!? いや、そうか。なるほど」
勝手に納得をし、クラーク君は姉の手を引き、どこかに連れ出す。
それから数日も経たないうちに「ルイカの右手は神の奇跡によってもたらされた」という噂が広がっていった。
ほぼ同時に、私は縁起物のように持てはやされるようになる。
2人の子供は、天から舞い降りた幸運をもたらす精霊なのかも知れない。
そのような噂まで広がっていった。
「あなたたち、もしかして何かしたの?」
訊ねると、少女はクスリと笑う。
「簡単だよ。噂を振りまく何人かの発想、ベクトルを逆方向に変えてみたの」
答えになっているのかいないのか、私には判断できないセリフだ。
それでも、とにかく3人とも助かったのは事実だし、喜ぶべきことであろう。
「ありがとうね、2人とも」
しゃがんで、私は兄弟の頭をくしゃくしゃと撫でると、そのまま2人を抱きしめる。
2人は、照れたようにうつむいていた。
今は2人とも、私のことをママと呼ぶようになってくれている。
私も少しぐらいは、あの偉大なマザーに近づけたのだろうか。
「ねえねえママ、レミの花って何ー?」
街行く中、私は長女からの問いに答える。
「不思議な花でね? その花の香りを嗅いだ人は、凄く安心して気持ちよくなって、ついつい眠ってしまうの」
「ふーん。中毒性はないの?」
「どこで覚えたのよ、そんな言葉」
悪い噂が良い評判に変わってから、さらに1年が経過していた。
長女の起こす奇跡は、あれからも度々発生している。
仕事のし過ぎで声が全く出せなくなってしまったとき、長女は「任せて!」と胸を叩いて姿をくらませ、再び戻ってくる頃になると私の喉は治っていた。
近所の屋敷が火事になり、使用人や主が中に取り残されたときも、彼女は「大丈夫!」とどこかに行ってしまう。
するとすぐに豪雨が降って建物は鎮火し、彼女は誇らしげな表情で戻ってきたりもした。
もちろん、クラークちゃんも頼もしい存在だ。
彼の助言に何度助けられたことか。
どこで学んだのか、彼は文字の読み書きに非常に長けていて、自分の蓄えとやらで新聞を取っている。
そこで得た社会情勢などを踏まえ、「皮膚が変色し、目が見えなくなり、やがて死に至る病気が流行りそうだから、近いうちに予防接種をするべきだ」とか「あの地方は最近物騒だから今回の仕事は延期を頼んだほうが良い」などといったトラブルを未然に防ぐための進言をしてくれるし、お客さんが料金を踏み倒そうとしたときも「仕事の依頼は契約であるといった点を相手に注目させてみてください」と的確なアドバイスをくれる。
幼児であるはずなのに、彼の言うことはまるで父のようだ。
大通りを進み、馬車の停留場にたどり着く。
時刻表を見ると、次の馬車が来るまで少し待つようだ。
私たちは備え付けのベンチに腰を下ろす。
初めて2人と出逢った日と同じく、わずかに肌寒さを感じさせるそよ風が吹いた。
懐中時計を見るまでもなく、もうすぐ夕方である。
クラークちゃんは、石造りの街並みを眺めたまま、何気ない様子で口を開く。
「ママ、聞いてもいいですか?」
「なあに?」
「ママは何故、僕らのこと、何も訊いてこないんですか?」
「訊きたいと思ったら訊くわよ」
「でも、僕らはその、明らかに、子供としては不自然じゃないですか」
また風が吹く。
次の馬車に乗る予定があるのは、どうやら私たち3人だけらしい。
他に人影はない。
「どうして僕らの正体に疑問を持たないんですか?」
「正体も何もないでしょう」
私はクラークちゃんの頭に、そっと手を添える。
「どこの世界に自分の子の正体を気にする親がいるのよ」
息子たちは黙って、私の顔を見上げる。
今度は私が遠くに視線を逃がし、「いつか詳しく話すけど」と前置きを入れた。
数ある物語から1つを思い出し、私はそれを口にする。
「今よりも大昔、凄く遠い場所ではね? 3つの顔と、6本の手を持つ神様がいたとされているの」
神の名はアシュラ。
アシュラは異なった表情を3つ持ち、その6本の手で人々を助けたとされている。
「その神様の物語はいつか詳しく話すけど、あたしはね? こう思うの」
数ある神話の中にはある程度、実話がベースになっているものが含まれているのではないだろうか。
全くの空想から紡ぎ出されたのではなく、何かしらのドラマがあって、それが元になって作られた話があるのではないか。
「そう考えるとね? アシュラだって本当にいたのかも知れない。でも実際は、顔が3つもあって手が6本も生えてるような生き物はいないでしょう?」
本来なら子供には難易度の高い話題かも知れないが、この2人だったら難なく理解に及ぶだろう。
「これはあたしの想像なんだけど、神話の時代、ある3人組の英雄がいたんじゃないかしら」
その3人の英雄が大きく活躍をして、後世に名を残したのではないだろうか。
実話には尾ひれが付き、それを聞いた者がさらに想像力を羽ばたかせるといった連鎖が長く続いたのではないだろうか。
そこまで語り継がれるほどに3人のチームワークは良く、大仕事をこなしてしまったのではないだろうか。
「だからその3人はきっと、とっても仲が良かったんでしょうね。だって、3人なのに1人の神様ってことになるぐらいだもの」
ふと、蹄の音が耳に入る。
馬車がやって来たのだ。
「来た来た。じゃあ2人とも、乗るわよ。忘れ物、ない?」
この話の続きはしなくとも、私が何を言いたいのか、もう子供たちには伝わっていることだろう。
私は、自分の肉体を見てそれが何者かと疑うことがない。
同じように、私は自分の子供を見て、それが何者であるのかと気にすることはない。
実際口にするのは照れがあったので、私は心の中で、馬車によじ登ろうとしている2人に告げる。
あたしたちは、3人で1人なのよ。
出産の痛みも、育児のストレスも感じたことがない私が少しでも本当の母親に近づくには、他に何が必要なんだろう。
走り出した馬車に揺られながらそのような考え事をしていると、不意にクラークちゃんが口を開く。
彼らしくもない子供らしい発言に、私は小さく驚いた。
「ママ。実はある場所に、秘密基地を作っておいたんだ」
エンジェルコール・ラストに続く。
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January 13
続・永遠の抱擁が始まる 1
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続・永遠の抱擁が始まる 2
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続・永遠の抱擁が始まる 3
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続・永遠の抱擁が始まる 4
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<エンジェルコール4>
「考え直したほうがよろしいですよ」
僕はおじちゃんに、何度目かの念を押す。
おじちゃんの要望通り、女の子の件は手はずが整っていた。
そのために消費するポイント数も納得してもらった。
これで腕の痛みを感じずに、女の子は幸せな少女時代を過ごせるはずだ。
「ではロウ君、次の願いを叶えてくれたまえ」
おじちゃんは頑固だった。
僕は「そんなことにポイントを消費させるべきではございません」ってたくさん言ったのに。
「ロウ君、君の願いを叶える。それが私の願い事だ」
だってさ。
僕としては、お客様にポイントの大切さを知ってもらうことだって重要なんだ。
無駄使いさせたくないよ。
真の取り引きに持っていきにくくなるじゃないか。
「お客様、ポイントは大切になさってください。最初に付与させていただきました1000ポイントは、お客様の来世、つまりご自身の未来と引き換えに、ご自身で得たものでございます。わたくしのために消費されるべきではございません」
「構わんと言っている。優秀なボーイにチップを払わなかったら、それは私の恥だ」
「しかし」
「私は元々、来世のことなど考えていなかった。死ねばそこで全てが終わると思っていたからね」
「さようでございましたか」
「ああ。そもそも私がどんな生物に生まれ変わろうと、今の記憶は失っているんだろう?」
「はい、前世の記憶は残りません」
「だったら何も問題はない。虫としての人生も、やってみれば案外悪くないかも知れん」
要するに、おじちゃんは願い事を叶えてもらえることを、ただのラッキーだと思っているみたいだ。
それにしても「虫としての人生も悪くないかも」か。
言われてみたら、そうかも知れないなあ。
「君の願いは何だね?」
おじちゃんからの質問に、思わずハッとする。
業務上、僕は嘘を言うことができない。
でも、僕の願いって何だろう?
おじちゃんに1万ポイントあげて、魂を貰うこと?
なんのために?
お給料をたくさん貰いたいからだ。
お金をたくさん貰いたいのは、何故だろう。
色んな買い物したり、美味しいものを食べたり、遊びに出かけたり、贅沢したいからだ。
じゃあなんで僕は贅沢をしたいんだ?
安心したいし、幸せを感じたいから。
幸せでいたかったら、悩みがあったら邪魔だよね。
僕に悩みってあったっけ?
あ、人間でいうところの「天使」に、いつかまた戻れたらいいな。
悪魔やってると、何かと嫌な思いすることが多いからね。
「正直に申し上げます。わたくしは――」
そこで言葉をぐっと飲む込む。
天使になりたいなんて言ったら、僕が悪魔だってバレちゃうじゃないか。
「なんだね? 続きを言いたまえ」
「失礼致しました」
どうしよう。
僕は嘘をつけない。
嘘をついたら罰を受けてしまう。
悪魔にとっての罰は、人間になるということ。
それだけはごめんだ。
あんな何の能力もない生き物になんてなったら、僕は絶対に毎日ブルーだ。
こうなったら仕方ない。
このお客様に本当の取り引きを持ちかけるの、諦めよう。
僕は恐る恐る、ゆっくりと口を開く。
「わたくしは、天使に戻りたいと考えております」
「天使?」
「はい、さようでございます」
天使と悪魔は同じ生き物なのに、なんで呼び分けられてしまうのか。
答えは意外と簡単だったりする。
天使は自分よりも他者を優先する性質があるのね。
なんだか信じられない感覚だけれども、それが彼らにとっては当たり前のことなんだ。
でも悪魔は違う。
自分本位で他人を利用しちゃうの。
めちゃめちゃシビアな世界なんだけど、僕はあっという間に悪魔に堕ちた。
原因は、「ちょっと魔が差したことを思い描いた」から。
仲間が働いてる横で自分だけ休んじゃいたいとか、そんなようなことを思ったんだった気がする。
潔癖症な天使は、わずかでも悪の因子があると、天使失格って自分から思っちゃうのね。
1度でも悪魔になってしまうと、もう2度と天使には戻れない。
だって過去に魔が差しちゃってるからね。
どれだけ大昔のことなのか、とか、悪意の大小は全く関係ないの。
悪意が芽生える可能性が少しでもある魂は、天使にはなれないんだ。
でも正直、天使としての生活は悪魔よりも断然にオイシイ。
仲間もみんないい人ばっかりだし、仕事もキツくないし、毎日笑っていられるし。
そのようなことを僕は正直に、おじちゃんに説明をした。
「ですが、悪魔だからといって決してお約束を破るようなことは致しません。今後もお客様の願いを出来る限り低ポイントで――」
「天使に戻るためには何が必要なんだ?」
「はい?」
「君が天使に戻るための条件を訊いている。私のポイントで、その条件を満たすことは可能なのかね?」
驚いた。
人間からしてみれば僕は確実に悪魔なのに、おじちゃんはまだ僕の願いを叶えようとしている。
「わたくしの正体は、人様から見れば天使ではございません。そのような者に――」
僕が言えたのはそこまでだった。
「関係ない」
おじちゃんは、やっぱり頑固者だ。
「私が叶えたいのは神の願いでも魔王の願いでもない。ロウ君、君の願いだよ」
くっそ。
こうなったら仕方ない。
そこまで言うんなら、僕は僕の事情を話しちゃうぞ。
「お客様、誠にありがとうございます」
「いや、いい」
「わたくしが天使に戻りたい理由は『今の生活よりも幸福でいられるから』といった不純な動機でございますが、よろしいのですね?」
「もちろんだ」
「では、さらに正直に申し上げます」
「うむ」
「わたくしが天使に戻るためには、お客様のポイントは必要ございません」
「なんだと?」
「悪魔が天使に戻るには、たった1つの方法しかないのです」
「ほう、それはどんな方法なんだね?」
僕は辺りを見渡し、他のオペレーターに聞かれないように声を潜める。
「悪魔は、悪魔内のルールを犯しますと、人間にされてしまいます」
「ほう」
「そうなれば、わたくしは人として人間界で生きることになるんですね」
「ふむ」
「唯一、天使に生まれ変わる可能性がある種族が人間なのでございます」
「そうなのか」
「はい。したがって、わたくしが本当に天使になりたくば、悪魔にとっての不正行為を行うだけで済んでしまうんですね」
「人間が天使に生まれ変わるには何か条件があるんじゃないのか?」
「はい、ございます。人間が天使になるためには、自己犠牲を果たすレベルのですね? 少々気恥ずかしい言葉ではありますが、愛が必要でございます」
天使と悪魔は対立してる。
僕ら悪魔としては、天使に増えてほしくない。
そこで、悪魔たちは人々を誘惑するなどして、今から堕落させておきたいってわけだ。
人間が天使に生まれ変わってしまわないようにね。
魂を取ったり下等生物に生まれ変わらせたりするのも、実はそのため。
魔王ラト様は「魂のエネルギーを集めてもう1つの太陽を創造したい」なんて言ってるみたいだけど、そこんところはよくわかんない。
「愛というと、それはどっちのだ? ロウ君自身が愛情を持つ人物になることが重要なのか? それとも、周囲から愛されることが必要なんだろうか」
「両方でございます」
「そうなのか」
「ええ、非常に確率の低いことでございます」
天使って本当に極端な生き物だ。
愛を注げば、その分だけ注がれる愛もあるだろう。
なんて前提で考えられたルールだから、こんなにも厳しくなっちゃっている。
もうちょっと頭を柔らかくしてほしいもんだ。
「私のポイントは、その愛情を操作するに役立つかね?」
「可能ではございますが、それをやってしまうと今度は天使にとっての不正行為となってしまいます」
「そうか」
「ですのでお客様、わたくしの願いは結構でございますよ。何より、わたくしは人間としての生活を望んではおりませんし、リスクを犯してまで天使に戻りたいとも思っておりません」
「そうか。では、もっと簡単な願い事はないのかね?」
「そうですね。それでは、いつかわたくしに希望ができましたら、そのときは必ず報告させていただきます。お客様とお話させていただいたところ、遠慮は失礼に当たると感じましたので、隠すことは致しません」
「解った、信用しよう。思いついたときは、必ず願いを言ってくれたまえ」
「かしこまりました。それよりもお客様」
僕は本来の仕事へと戻る。
「例の天変地異まで、まだ16年もございます。そのことをお考えになられたほうがよろしいかと存じます」
「ふむ。確か、時間の操作は出来ないんだったな」
ん?
時間を操作したがってる?
今度はなんだ?
「ええ。残念ながら、過去や未来を変えることはポイント数以前の問題でございまして、不可能なんですね」
「では、やはりルイカ親子は16年後に死んでしまうのか」
どうやらまだあの親子のことを気にしているみたいだ。
どこまでお人好しなんだろう、この人。
普通だったら自分が助かるための準備を進めるべきじゃない?
「私のことを気にかけていてくれるのかね?」
ちょっと沈黙しちゃったもんだから、僕が何を考えているのか読まれちゃったらしい。
おじちゃんは言う。
「私はもうこんな歳だ。天変地異の際に生き延びたとしても、文明が無くなった後の世界では生きられまい」
「滅多なことを」
「いや、事実だろう」
「では、こうしてはいかがでしょう?」
生きる喜びを思い出させれば、それだけポイントの大事さが解る。
希望をちらつかせるっていうのが、僕の営業スタイルだ。
ポイントの大事さが解れば、魂を犠牲にしてでも1万ポイントを欲しがるに決まってる。
「ポイントの消費は著しいのですが、お客様を若返らせることは可能でございます」
「ほう、そうなのか」
「これにはいくつか方法がございまして、手段によってポイント消費量が異なるんですね」
「ふむ」
「まず、一気に若返ってしまっては周囲から怪しまれてしまいますので、ゆっくりと細胞を若返らせるといった方法がございます。これは870ポイント必要となりますが、お勧めでございます。何歳まで若返るのかといったご年齢も、もちろんお選びいただけます」
すると何故なんだか、おじちゃんは無口になる。
反応薄いなあ、興味ないのかなあ。
僕は一応、様子を探りながらも案内を進める。
「また逆に、若返りだけを目的とするならば、390ポイント以内で済みます。これは若い人間の、新しい死体を修復し、そこにお客様の魂を移植するといった手段なんですね」
「いや、うん、解った」
「ありがとうございます」
「そのことは、また今度に考えるとしよう」
「さようでございますか」
「今はまだ、あの親子のことが気にかかる。天変地異の際、つまり16年後だな。その頃の3人の情報を知りたい」
「かしこまりました」
僕はモニターの前で姿勢を正す。
「それでは、具体的に何をお知りになりたいのか、詳しくお願い致します」
すると、おじちゃんは次々と質問事項を繰り出す。
僕はそれを聞きながら、復唱しながらキーボードを叩いて願い事欄を埋めていった。
それにしても、ホントに人がいいっていうか、なんというか。
この人が天使になっちゃうんじゃないか?
ってぐらいの善人だ。
でもまあ、僕と最初の取り引きしちゃってるから、彼の来世は小動物に決定なんだけどね。
それにしても、さっきから引っかかる。
頭の中には何故か、さっきおじちゃんが言った言葉がぐるぐると回っていて、取れない。
何気ない一言だったんだけど、なんでこんなにも印象深く残っているんだろうか。
「虫としての人生も、やってみれば案外悪くないかも知れん」
続く。
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January 12
続・永遠の抱擁が始まる 1
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続・永遠の抱擁が始まる 2
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続・永遠の抱擁が始まる 3
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続・永遠の抱擁が始まる 5
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<阿修羅のように3>
木造で、いたるところにガタがきている小さな教会。
そこが私の第2の故郷であり、最も大切な場所だ。
私以外にもたくさんの孤児がいたから、今にして思えば毎日がトラブルの連続だった。
マザーはさぞかし苦労をしたことだろう。
私は、マザーから初めて叱ってもらった日の、あの言葉を忘れていない。
あれは私が教会の世話になってすぐのことで、当事は絶望の只中にいた。
右手と家族を失ったばかりで、自暴自棄になっていたのだ。
「片手だけじゃ生きていけないよ!」
何かの拍子に溜め込んでいた不満が爆発し、幼い私は泣き喚いていた。
他の子供たちにも血の繋がった家族などいないというのに、私は自分のことしか考えていなかったのだ。
「お母さんもお父さんも、妹も弟もいない! あたしは1人で死んじゃうんだ!」
すぐさま、マザーの平手が私の頬を打った。
「家族だったらここにいるでしょう!」
みんなが兄弟だ。
私だってあなたの家族なんだ。
マザーの涙が、そう語っていた。
「家族がいないなんて、もう言わないで」
私が商店から果物を盗んだと誤解をされたときも、マザーは詰め寄る商人たちの前に立ちはだかった。
「この子は絶対に盗みを働きません! 何かの間違いです!」
「でもね、シスター。見たって人がいるんですよ。その子が盗んだのをね」
「では見間違いです! その方に詳しい話を聞いてきてください!」
「いいから盗んだ物を返すか、料金を支払うかしなさいよ」
「ですから、この子は何も盗んでいません!」
「なんで赤の他人をそこまで信じるの?」
「私が信じないで、誰が信じるんですか!」
後日、私に濡れ衣を着せた大人が真犯人だったことが証明される。
いつしか、私はマザーのことを「ママ」と呼ぶようになっていた。
「どこか、掃除などしましょうか?」
クラーク君が小さい体をそわそわさせている。
相変わらず私に対する気遣いを忘れない子だ。
「ありがとう。じゃあ、お仕事お願いするね。お姉ちゃんと一緒に遊んできなさい。子供らしくね」
3人で暮らすようになって、もう半年ほどが過ぎただろうか。
誰の子なのか解らない2人と共に暮らすことに、不安や抵抗はなかった。
マザーが私にしてくれたように、身寄りのない子供がいたら可能な限り引き取って愛情を注ぐのが夢だったし、何よりこの兄弟は素直だ。
むしろ「素直すぎて不気味なぐらい」と表現しても過言ではないだろう。
2人とも、大はしゃぎして食器を割ることもないし、喧嘩をして泣き喚いたりもしない。
家事の手伝いなど、頼んでいなくとも率先して働いてくれる。
つくづく不思議な子供たちである。
「じゃあ公園行こう、クラちゃん!」
少女が手を引き、弟を外に連れ出す。
「馬車に気をつけるのよ」と、私は2人の背中に声をかけた。
玄関が閉まるのを確認し、深い溜め息をつく。
右手が蘇り、子供も2人できた。
ただそれが不穏な噂を呼んでいて、仕事の依頼が今は激減してしまっている。
「あの女は魔女だ。無かったはずの腕も生えたし、子供らしくない子供を匿っている。あの子らは悪魔の使いに違いない」
この噂が尾を引けば、最悪の場合、私たちは火あぶりにされてしまうかも知れない。
何よりも、そんな噂が子供たちの耳に入ることが怖い。
いくら大人びていても、6歳の女の子と3歳の男の子だ。
知れば、深く傷ついてしまうことだろう。
私自身、やはりご近所から様々なことを詮索された。
「ルイカさん、その腕は何故また?」
「よく出来ているでしょう? あるお医者さんから、最高級の義手を作っていただいたんです」
「あの子たちは?」
「親友の子供です。先日不幸があって、親友夫妻が子供を育てられなくなってしまって、引き取ることにしたんですよ。この義手も、医者をやっていたその親友がお礼として作ってくれたんです」
「2人とも、特に男の子、変わった子ですねえ」
「ええ、本当に。でもあの子たちの親は名の知れた天才ですからね。その血筋なのかも知れません」
どこまで誤魔化せたのか、正直自信がない。
私には医者の親友などいない。
かといって本当のことを話せば、2人がさらに追求されてしまうことになるだろう。
魔法のような力を出せと迫られ、たかられてしまうことにもなりかねない。
腕が生えたことは確かに不自然だし、2人の子供もあまり自分たちのことを話そうとはしない。
悪魔の使いだなんて噂に発展することも、解らないでもなかった。
それでも。
常に、マザーの微笑みは私のそばにある。
「私が信じないで、誰が信じるんですか!」
言葉を発し、立ち上がる。
引っ越しの準備をしよう。
お得意様も多いこの町を離れることは痛手だが、次の町でやり直せばいいだけの話だ。
新天地ならば、私の腕が本物であることを隠す必要もない。
子供たちは、私が産んだことにすれば良い。
「ただいま」
「ただいまー!」
玄関が開く。
2人がこれほど早く戻るとは思っていなかった。
クラーク少年が神妙な面持ちをしていることに、ふと嫌な予感を覚える。
彼はうつむき、ゆっくりと私の前まで来る。
「町で悪い噂を聞きました」
「え!?」
不安が的中すると、頭の中から何かが喪失してしまったような感覚に陥る。
たった今、私はそれを味わっている。
少年は「僕らのせいで、すみません」と深く頭を下げた。
「ちょっとなによ急に。何を聞いたっていうの?」
恐れていたことが現実になってしまった。
私にかかっている魔女疑惑。
2人の子供が悪魔の使いという噂。
この兄弟は誰から聞いたのか、知られたくない噂の内容を全て解ってしまった。
「僕らがいないほうがよければ、すぐにでも出ていく所存です」
「何を言い出すの!」
「もちろん噂はどうにかします。今まで、大変ご迷惑をおかけしました」
「ちょっと待ちなさい! 出ていってどうするのよ!」
「そこは心配なさらずに。生活面は大丈夫ですので」
クラーク少年の意志は固そうだ。
自分たちのせいで私の仕事に悪影響があったことを、彼は最も悔やんでいる。
悪魔の使い扱いをされていることには何も感じていないようだ。
そのことが様子から解るから、尚のこと私の心は痛む。
幼子は「役に立つために来たのに逆になってしまった」とか「先見の明がなかった」など、ぶつぶつとつぶやいている。
「もちろん、出ていくといっても2度と会えないわけではありません」
クラーク君は、蒼白な顔色になっていた。
よほど自分を責めているのだろう。
細かく震えてもいる。
「たまにこっそり遊びに来てもいいでしょうか?」
「いいから待ちなさい! 君は何も悪いことしてないでしょう! それに、ここを出て、どこで暮らすのよ!」
「どうにかします。元々僕らには家族もいませんし、身軽なもんです」
「家族だったらここにいるでしょう!」
いつからなのか、涙が止まらなくなっている。
泣きじゃくりながら、私はクラーク君を抱きしめていた。
「家族がいないなんて、もう言わないで」
「了解ー!」
この場にふさわしくない明るい声がした。
お姉ちゃんだ。
「じゃあ、今から全部何とかするね。だから、引っ越さなくても大丈夫だよ」
え?
私もクラーク君もポカンと少女を眺める。
彼女はただ、いつものように無邪気に微笑んでいた。
クラーク少年は確かに子供らしくない子供だ。
でも、本当に人間離れしているのは実は姉のほうだった。
続く。
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