夢見町の史
Let’s どんまい!
January 08
続・永遠の抱擁が始まる 1
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/186/
続・永遠の抱擁が始まる 2
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/187/
続・永遠の抱擁が始まる 3
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/188/
続・永遠の抱擁が始まる 4
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/189/
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小出しに運ばれてくるいくつもの料理に舌鼓を打つ。
キャンドルに灯った小さな炎がわずかになびき、それがあたしには喜びに震えているように見えた。
このような錯覚を起こすあたり、自分は単純なのだろう。
「展開からしてさ」
テーブルの上に指を組んで、あたしはそこに顎を乗せる。
「まだ続くんでしょ? その話」
ワインで少し頬を赤くしながら、彼は頷く。
「もちろん」
キャンドルの炎が、また小さく揺れる。
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<エンジェルコール3>
裁判官のおじちゃんは、懺悔すると宣言しておきながら、なかなか最初の一言を切り出そうとしない。
お客様が話しやすくするために、僕からフォローを入れなきゃ駄目みたいだ。
僕は微笑みかけるように問う。
「お客様のようなお仕事の場合、一般的には珍しいケースに遭遇することもおありではございませんか?」
「ああ、まあ、そうかも知れないな」
何でもいいから喋らせれば、人間はいつの間にか饒舌になってゆく。
僕はその習性を利用するために、わざとどうでもいい話題を口にさせる。
「例えば、どのような?」
「ロウ君は、私のことを見守っていたのではないのかね?」
「見守るといっても期間がございましたし、お客様のプライバシーに関わりそうなことには触れぬよう注意しておりました」
「そうか」
「ですので、お客様がどのような体験をなさったのか、全てを知っているわけではないんですね」
「まあ、そうだろうな。すまん」
「いえいえ、とんでもございません」
僕は再びモニターに向かって頭を下げた。
裁判官のおじちゃん曰く、ほとんどの公判は「どちらか一方が悪い」っていう事件は少ないらしい。
だいたいは揉めてる両方に何かしら、それぞれの非があるんだって。
なんだけど例外もたまにあって、おじちゃんの印象に残っているのは、ある小学校の土地の権利を争った裁判だって言ってた。
「あれは楽だったな」
「と、申しますと?」
「被告も原告も、どちらも嘘を言わないんだ」
「ほう。それはまた何故でございましょう?」
「解らん。学校を守るための訴えを起こした教師側が正直なのは解るが、何故だか不正行為を犯していた土地貸しまで嘘を言わない。嘘をついたとしても、自ら『嘘だけど』と口を滑らせてしまうんだな。もちろん学校側の大勝利で幕を閉じた」
「それは審議が楽でございましたでしょうね」
「皆、ああだったらいいんだがな」
おじちゃんは少し苦笑した。
いつも苦労してるんだろう。
僕は再び、優しげな声を出す。
「懺悔の内容というのも、やはりお仕事に関することでございますか?」
「関係なくはないが、話はもっと前まで遡る」
「さようでございますか」
「ああ。私が妻と死別しているのは知っているかね?」
ええ、存じております。
って応えたら、おじちゃんは声のトーンを暗くした。
「妻は、重い病にかかっていた」
あえて相槌を打たず、僕は黙って続きを待つ。
「脳にまで影響があったんだろうな。末期になると、実際には無い記憶を持つようになっていった。錯乱状態というべきか」
「実際には無い記憶、といいますと?」
「自分の鼻の穴は10個以上あったはずだとか、まえからあった家よりも巨大な剣士の像が無くなっているとか、それはまあ色々と騒いでいたよ」
「それはご苦労なさったことでしょう」
「いやなに。ただ、最も厄介だったのが『幼い娘がいる』という記憶だった」
「お嬢様が?」
「いや、うちは子宝に恵まれなくてな。娘なんて最初から居ないんだ」
「ええ、さようでございますよね」
「その記憶だけはなかなか消えてくれない」
「と、なりますと」
「ああ。毎日のように妻は『娘はどこだ』と探し出そうとするんだ。最初から存在していない娘をな」
そんな折り、おじちゃん夫妻は病院で、栗毛の綺麗な女の子と出逢ったんだって。
女の子は予防接種か何かで病院にいたみたい。
奥さんは、その女の子を「私の子だ」って思い込んじゃって、大変だったらしい。
「よその子に、妻は泣きながら抱きつくんだ。自分で名付けたであろう架空の娘の名前を叫んでな」
あれは奇跡のような子供だったって、おじちゃんは言う。
「その子は妻の様子と、慌てている私の顔を見て、何かを察してくれたんだと思う」
女の子は、おじちゃんの奥さんに「心配かけてごめんね、お母さん」って、確かに言ったんだって。
「賢いのか、妻の迫力のような気配に流されたのかは解らないが、まだ小さな女の子が、妻に対して『お母さん』と」
それがどれだけ私と妻を救ったのか計り知れない。
って、半分泣き声でおじちゃんは言った。
「女の子がしてくれたのは、それだけじゃない」
「ほほう」
「既に入院状態だった妻に、毎日逢いに来てくれた。妻は嬉しそうに、その子に本を読んで聞かせていたよ」
「それはまた、心が洗われるようなお子様でございますね」
「全くだ。結局その子は、妻を看取ってまでくれた。私と一緒に涙まで流してくれたよ」
で、それから数年後。
つまり最近のことだ。
ある事故が起きちゃったらしい。
どっかの大富豪が乗っていた大型の馬車が暴走して、通行人に突っ込んでしまったんだって。
「大通りでのことだったから、被害者は大勢いてね。裁判は長引くことが予想された。なんせ大事故だ。富豪は腕のいい弁護士を雇い、慰謝料を抑えようとする。『不可抗力の事故』として処理しようとするわけだ。被害を受けた側は、仕方なかったでは納得できない」
「そういうものでございましょうね」
「被害者のリストを見て、私は愕然としたよ」
「あ、まさか」
「ああ。妻が娘と信じた、あの子の名があった」
あの子は両親も兄弟も、右腕も失っていたよ。
おじちゃんは沈んだ調子で、そう言った。
「その裁判は、まだ続いているのでございますか?」
「いや、先日、終えた」
「結果は…」
「私は、法を守る立場にある。いかなる理由があろうとも、個人的な判断による判決は出せない」
事故の原因になったお金持ちは結局、慰謝料を最低限に抑えることに成功しちゃったみたい。
「女の子は、もう10歳になっていた」
「お逢いには、なられたんですか?」
「1度だけ、本人確認の意味もあって見舞いにな。確かにあの子だった。最も昏睡状態で話は出来なかったが」
そこで突然、変な音が耳元で鳴った。
ヘッドフォンが壊れたのか、通信障害でも起きたのかって思っちゃったけど、それはおじちゃんの泣き声だったんだ。
「私と妻の心を救った恩人に、私は何もしてやれなかった!」
猛獣が吠えるみたいな大泣きだ。
ここまで涙を流す成体なんて、初めて。
「ロウ君、お願いだ。あの子を救ってほしい」
「かしこまりました。わたくしにお任せください」
よーし、魂ゲットのチャンスだ。
ここは精一杯恩を売るぞ。
僕は内心、両拳を天に突き立てる。
「今後のためにお客様のポイントを最小限に抑えつつ、その子が救われるような手はずを整えましょう」
「あの子の家族は、生き返らせられないんだったな」
「はい、残念ながら。腕の再生に関しましても、凄まじいエネルギーを必要とします。とても1000ポイントでは足りません」
「ではせめて、あの子から苦痛を取り除いてやってくれないか?」
「かしこまりました。ただ精神的な苦痛を取り除いてしまいますと、今後少女が冷たい人間に育ってしまう可能性がございます。ですので今回は、一時的に肉体的な痛みのみを取り除きましょう」
「しかし彼女はまだ10歳だぞ? 家族を失った精神的ダメージに耐えられないのではないか?」
「そこもお任せください。傷が完治した後、少女はすぐに施設に送られると思うのですが」
「ああ、そうなるだろうな。私が引き取っても構わないんだが、家族愛で癒してやることが私1人では難しいと思うんだ。正直、どこで暮らすことが少女にとって幸せなのか、悩んでいる」
「さようでございますよね。では、こうしてはいかがでしょう? わたくしがすぐ、少女が暮らすに適した環境を捜索致します。基準は、『少女の将来性を高めること』と『少女が幸福感を得られること』を前提と致します」
「うむ」
「もちろん、お客様のご自宅も選択肢の中に含んだ上で、彼女にとっての1番を探させていただきますのでご安心ください」
「そうか、すまん」
「とんでもございません。ただですね? お客様のご自宅が選考から漏れてしまった場合は」
「解っている。了承しよう」
「ありがとうございます」
それではすぐに理想的な施設を探し出し、そこに入れるよう手配させていただきます。
おじちゃんにそう伝えると、彼はまた泣いた。
もう大人なのに、よく泣く人だなあ。
でも、なんかいい人だな。
「ありがとう、ロウ君。本当にありがとう」
「いえ、そんな、とんでもございません!」
見えてないのに、慌てておじぎをして返す。
ありがとうってたくさん言われちゃった。
いいことすると、なんか気持ちいいなあ。
僕はちょっとだけ、ほっこりした気分になった。
おじちゃんはというと、懺悔も済んでスッキリしたんだろうね。
さっきとは全く逆で、ご機嫌な声色になっている。
「ロウ君。次の願いなんだが、今決めたよ」
「今、でございますか? 慎重になったほうがよろしいですよ?」
「ああ。慎重だし、冷静だとも」
続けておじちゃんは願い事を言う。
それを聞いて、僕は思わず「ええ!?」って大きな声を出しちゃっていた。
ヘッドフォンをしたまま、改めて広大なオフィスを見渡す。
数え切れないぐらい、もの凄い数の悪魔たちがお仕事してる。
周りの仕事仲間たちに聞こえないよう、おじちゃんには忠告を何度も残した。
でも、意思は固いみたい。
僕はペコペコとおじぎをしながら回線を切る。
これだけいるオペレーターの中でも、きっと僕が初めてだろう。
当コールセンター史上初の願い事を、おじちゃんは次に叶えようとしている。
続く。
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/191/
January 05
続・永遠の抱擁が始まる 1
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続・永遠の抱擁が始まる 2
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続・永遠の抱擁が始まる 3
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あたしはお酒を止めているから、きっと雰囲気に酔ったのだろう。
窓から望める夜景がさっきよりも綺麗に思える。
前菜の効果なのか空腹感が増して、次の料理も楽しみだ。
彼が胸のポケットに手を忍ばせる。
「ちょっとタバコ、失礼してもいい?」
あたしは笑顔で「駄目」と断言した。
「いつになく厳しいな」
「まあね。でもさ、あんたも相変わらずよく色々と考えるよ」
「そりゃ、ねえ? あそこまで手の込んだプロポーズをしておいて、今回何も考えてなかったらよくないと思って」
「ありがと」
「いえいえ。それにしても、今後また抱き合った遺骨が発見されたらと思うと、気が気じゃないよ。また何かと考えなきゃならない」
あはは。
と、あたしは笑う。
「いいじゃない、お話考えたら」
ルイカさんみたいにさ。
そう付け加えた。
「ルイカさんみたいに、か」
彼はそこで再びグラスに手を伸ばす。
「彼女も僕と同様、話を作るのに苦労した」
「へえ。どんな風に?」
彼は微笑むと、一口だけワインを飲み、喉を潤す。
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<阿修羅のように2>
私は、私自身をモデルにすることしか思い浮かばなかった。
10歳の頃を自然と思い出す。
あの頃に失った右腕と、家族の顔。
そういえば、どことなくこの兄弟は私の妹と弟に似ている。
精神がチクリと痛んだが、あたしは笑顔を見せた。
「じゃあ、お話始めるね?」
クラーク少年は「すみません」と礼儀正しくペコリと頭を下げ、少女は「やったー!」と万歳をした。
2人をベンチに座らせ、私は通るように声を張り上げる。
「昔々ある町に、10歳の女の子がいました」
大型馬車の事故に遭って、家族と一緒にいたその子は、色んな物をいっぺんに失ってしまうの。
なんて重い話、こんな子供に聞かせてしまって大丈夫だろうか。
片腕を失うほどの重症だったのに、後日になっても痛みを感じなかったことが今でも印象的だ。
深すぎる傷に痛覚が麻痺したのだろうか。
公園は静かで、私たち3人以外に人影はない。
たまに吹くささやかな風が涼しく、背まで伸びた私の栗毛をなびかせる。
「女の子はね? 何もかも無くすような大きな事故に遭ってしまって、行くところがなくってね。ある教会の、とても親切なシスターに引き取ってもらったの」
マザーと呼ばれていた、老齢のシスター。
現在はもう亡くなっていて、私と同い年ぐらいの娘さんが跡を継ぎ、今でも身寄りのない子供たちを引き取って暮らしている。
まあ、そんな話は端折って構わない内容だろう。
「女の子は本を読んでもらうことが大好きだったから、たくさん勉強して字が読めるようになっていたのね。その教会でもたくさん本を読んで、昔自分がしてもらったように、まだ字が読めない他の子供たちに話をして、色んな物語を聞かせていったの」
あの頃。
話を聞いてくれた子が「もっと!」と喜んでくれて、私まで嬉しくなったものだ。
そこで私は暇さえあれば本を読み、次の話を蓄えていった。
今にして思えば、私が語り部という道を選んだのも皆のおかげだ。
マザーや教会のみんなには、今でも深く感謝している。
「こうして、女の子は大人になる頃、物語を話して聞かせるっていうお仕事を始めていたのね?」
さて、ここからどうしよう。
この先は自分の想像力に頼らなくてはならない。
気がつけば、もうすぐ夕方なのだろう。
さっきよりも影が伸びかけていて、少し肌寒くなっている。
なんだかんだで私は、「魔法使いに出逢って、様々な試練をこなし、褒美に新しい右腕を貰う」なんていう陳腐な話を長々と語るといった恥ずべき事態に陥っていた。
「ごめんね」
クラーク少年の希望通り、結末は腕が復活するというくだりで締めくくってはみたものの、やはり喋ると同時に物語を想像するなんて、私には難しい。
「つまらなかったでしょう? 今度時間があるときに、あたしまた来るから、そしたらもっと楽しい話、色々してあげる」
もちろんお金は要らないから、今回はこんな話になってしまったことを許してね。
そう加えようとしたところ、クラーク少年に制される。
「いえ、非常に楽しめました」
「はあ」
見た目も声も子供なのに、どうしてこう大人びたことを言うのだろう。
落ち着いた雰囲気は、まるで大人そのものではないか。
「ただ、もう1つだけお願いが」
「なあに?」
少年はすると、またもや目を伏せる。
「最後、新しい腕が生えるといった部分なのですが、そこの描写をもっと詳しく聞かせていただけませんか?」
私は再び「はあ」と覇気のない返答をする。
クラーク君は小声で「すみません」と口にした。
「腕が蘇る部分ね? いいよ」
再び私の語りが始まる。
よりリアルに話をするために、私は瞬時にイメージを膨らませていった。
芽が育つかのように腕が生え、あっという間に手の形に形成されるイメージ。
出来る限り詳しく話せるように、出来る限り鮮明に、細部に渡って――。
「見る見るうちに肌色の棒は手と同じような形に育っていって、それと同時に『動かせること』まではっきり解るようになってね? 肘に当たる部分を曲げたりして感覚を確かめているうちに、指のような棒が先っぽに5本生えて――」
小さな子供に解るような言葉を選べなかったのは、やはりクラーク少年の大人びた気配のせいだろう。
「爪が作られ、うっすらとした産毛まで生えて、気づけばその女の子は、新しい右手で髪をかきあげていたの」
ジェスチャーで示すように、私は右手で実際に髪をかきあげる。
その瞬間、私は「え?」と固まってしまった。
腕が、ある。
無かったはずの右手が確かにある!
「どうして!?」
先ほどまで自分でイメージしていたような感覚が、右腕を作ってしまったかのようだ。
両手を交互に見比べる。
どっちも、同じ手だ。
私の手だ。
「新しい腕は、楽しい話をしてくださったチップです」
クラーク少年が微笑んでいた。
初めてみる彼の笑顔だ。
私はあたふたと「え? だって」を何度も言い、混乱を隠せない。
「それと、これは正規の報酬です。受け取ってください。もしよければ、その右手で」
「え? 何?」
クラーク君は私の右手に素早く封筒を握らせた。
呆然とする私に、少年はさらに驚くべき提案を始める。
「先ほど、僕らに両親はいないと言いましたよね?」
「え? はい」
「実は住み家もないんです」
「あ、そうなの? はい」
「そこでお願いなんですが…」
「ええ」
「僕ら2人を、あなたの家に置いていただけませんでしょうか?」
「え?」
「いえ、決して迷惑はかけません。生活に必要な費用はあります」
「ちょ、何?」
姉らしき少女は早くも大はしゃぎで、「2年ぐらいお世話になりまーす!」とそこら辺を飛び跳ねている。
ちょっと落ち着くまで待って。
気持ちを整えたいから。
たったそれだけがなかなか言えず、私は何度も自分の両手と兄弟を交互に見やる。
空の片隅が、少しだけオレンジ色に染まり始めていた。
優しい日の光は、確かに私の右手も照らしている。
続く。
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January 04
続・永遠の抱擁が始まる 1
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続・永遠の抱擁が始まる 2
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/187/
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「ちょっと待ってよ」
珍しく、あたしは彼の話を遮っていた。
「あの3人のお話をするって、あんた言ったじゃない」
すると彼は「言ったよ」と、やはり涼しげな顔のままだ。
その平然とした態度が、なんとなく癇に障る。
「だったら」
気づけば、あたしは目の前の紅茶を飲むことさえ忘れている。
「噺家の女の人、なんで腕が片方ないの? 発見された3体の遺骨は、全員腕が2本ずつあるのに」
「まあまあ。今日の君はせっかちだな」
「だってさあ」
あたしは頬を膨らませた。
「最初はいきなり関係の無い話とか始められるし、そんなの聞かされたらさ? あたしだって『ちゃんと話してくれるの?』って不安にもなるよ」
「関係ない話?」
「そう。コールセンターの話とか、いきなり始めたじゃん」
「関係ない話なんて、僕はしてないぞ?」
「え?」
「関係、大いにあるんだ」
「え、ホントに?」
「ホントに」
すると彼は頬杖をついて、「聞いていれば解るさ」と自信に満ちた目をあたしに向ける。
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<エンジェルコール2>
裁判官のおじちゃんは、僕に色んなことを確認してきた。
彼が特にこだわったのが、夢の内容についてだ。
「ロウ君、あれは本当に起こる未来なのか?」
「はい、残念ながら事実でございます」
よほど怖い「世界の終末」を見たのだろう。
「私に見せたあの夢なんだが、誰の視点かね?」
「視点は何度か変わったかと思うのですが」
「うむ、確かに」
「前半は主に、各地で暮らす人々の視点でございますね。後半はより広く被害をご覧いただくため、鳥の目線でお送りさせていただきました」
「君たち天使が私以外の者にこういった大災害の夢を見させた場合なんだが、夢の内容は私と全く同じものになるのかね? それとも、人によって内容は微妙に違ったりするのか?」
ん?
この人、なんでそんなことを気にするんだ?
まあ、いっか。
「夢の内容はですね」
僕は相変わらず丁重に、また余計な疑惑を持たれないように、言葉を選ぶ。
「録画のようなものでございます。どなたがご覧になっても、夢の内容は細部に置いて全く同じ内容、景色でございます」
「そうか…」
僕らは悪魔なんだけど、基本的に嘘をついちゃいけない決まりになっている。
だから16年後に天変地異が起こるっていうのも、魂の調整が取れないっていうのも、本当のことだ。
お客様に夢を利用して見せる「大災害当事の様子」もだから、全くのホント。
そうやってお客様の信用を得ることが第一だって、魔王ラト様は判断してる。
とってもいい営業方針だと、僕も思う。
最初に「天使だ」って名乗っちゃったけど、天使も悪魔も同じ生き物だもん。
人間が勝手に呼び分けてるだけなのね。
だからまあ、苦しいけど僕が天使だってことも、ある意味ホント。
「気になるシーンがあった」
裁判官のおじちゃんは、あくまで夢にこだわってる。
「その人物が誰かなどの詳しい情報が知りたい」
「さようでございますか。ただ、そういった情報の提供でございますと、それは『願いを叶える』の範疇になってしまうんですね。ですので――」
「解った」
「はい?」
「願いとして、君に頼みたい」
「と、いいますと、来世では微生物や虫に生まれ変わってしまっても」
「構わん」
思わぬところで契約取れちゃった。
こんなオッケーの貰い方、初めてだ。
でもラッキー。
お給料アップの予感だ。
「かしこまりました」
僕は浮ついてることを隠し、穏やかな口調をキープする。
「それでは形式的ではありますが、願いのポイントを発行するために、いくつかこちらからご説明させていただきますね」
「うむ」
1つでも納得してもらえなかったら、契約破棄って形になっちゃう。
僕は詰めを誤らないよう、緊張感を高めて色々なことをお話しした。
来世はやっぱり人にしてくれとか、そういった生まれ変わりについてのお願い事はできません、とか。
それと同じように魂を扱う願い事には応じられない場合がございます、とか。
ポイントが配布されたら、使い切る前に死んじゃったとしても、来世は人にはなれませんよ、とか。
タイムワープなどの時間操作や死者を生き返らせることは不可能です、とか。
もちろん「ポイントを増やせ」なんて願い事は論外でございます、とか。
他、細かいこと色々。
「さて、以上でございます。全てご了承いただけましたら、今すぐに願いを叶えるためのポイントを1000点、付与させていただきます」
「解った、了承しよう」
「ありがとうございます。それではですね、願い事ができましたら、わたくしまでお電話いただけますと、なるべく早く叶えさせていただきますので気軽にご連絡ください」
「解った」
「さっそく、先ほどの願いをお叶えになりますか?」
「ああ、頼む」
「先ほどお客様が口にされた願い事は情報収集に該当しますので、その情報の持つ重要度から消費ポイントを計算致します。納得のいかない場合は願いをキャンセルさせていただきますので、ご安心くださいませ」
「解った」
「それでは、知りたい内容を詳しくお聞かせください」
「あの夢では、天変地異の瞬間、抱き合って人生を終える親子らしき3人がいたね。他にも肌が変色する病にかかった若い男女なんてのもいたが」
「はい、おりましたね」
「その親子のほうだ。あの母親の名が知りたい」
「はい、かしこまりました。名前だけでよろしいのですか?」
「ああ、今はな。場合によっては、さらに色々と調べてもらうことになるが」
「もちろん構いません。ちなみにですね、それだけの情報でございますと、1ポイントのみの消費で叶えさせていただきます。よろしいでしょうか?」
「ああ、頼む」
「了解致しました。それでは調査致しますので、少々お待ちください」
挨拶をして、電話を切る。
あの女の人の名前が知りたいなんて、なんでだろ?
ちょっと気になって、僕はモニターに映し出されているお客様の個人情報に改めて目を通す。
奥さんとは死別してて、愛人さんは無し。
妹さんとか娘さんとか、そういう女の人も無し。
親しい女友達も見当たらない。
じゃあ、なんでだろ。
気になるなー。
ま、いっか。
続けて僕は「大破壊の夢」のデータベースに入る。
あの母親の人は、と。
あったあった。
彼女の名前はルイカ、26歳か。
一応このルイカさんの個人情報も目を通したけれど、裁判官のおじちゃんとの接点がなさそうに思える。
僕は再びマイク一体型のヘッドフォンを装着した。
「もしもし? ロウでございます」
「ああ、どうだった?」
「はい。例の女性のお名前が判明致しました。お伝えしますと1ポイント消費されますが、よろしいしょうか?」
「ああ、構わん」
「それではお伝え致します。彼女の名はルイカ、と申します」
「そうか、やはりな」
「お知り合いでございますか?」
好奇心から訊いてみた。
だけどおじちゃんは上の空で、「似ているからもしやと思ったが」とか「ならあの腕は義手か」とか「立派になって」とか、ぶつぶつつぶやいている。
僕は黙って、おじちゃんが現実に戻ってくるのを待った。
「なあ、ロウ君。次の願いなんだが」
「はい、何でございましょう?」
おじちゃんの願いは、僕のオペレーター人生の中で初めてのものだった。
「私の懺悔を聞いてほしい。どれぐらいのポイントが必要かね?」
「懺悔? わたくしに、でございますか?」
「そうだ。どのぐらいかかる?」
意外なことを言い出す人だなあ。
僕は笑顔が伝わるよう、優しく伝える。
「それでは申し上げますね。その願いは、0ポイントでございます」
「本当か」
「ええ、もちろんでございますよ。わたくしでよければ、いくらでもお話しください」
そしたらおじちゃんは、心から言ってるような感じで「ありがとう」って言った。
とんでもございませんと、僕は見られてもいないのに頭を下げる。
僕ら悪魔の本当の目的は、1万ポイントあげる代わりに魂を貰うことだもん。
そのために来世がどうのこうの言って、1000ポイント分の願いを叶えさせ、「願い事が叶う中毒」にしちゃうわけ。
だから親身にもなるよ。
話ぐらいタダで聞いて信用を得たほうが、後々に本当の取り引きに持っていきやすいじゃん。
モニターにはない個人情報も手に入るし、一石二鳥だね。
「恥じらいなどもおありとは思うのですが、わたくしでよろしければ、是非お話しになってください」
僕は再びモニター越しにおじぎをし、にやりと笑む。
続く。
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January 04
続・永遠の抱擁が始まる 1
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/186/
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「ねえ、それ、なんの話?」
3人の遺骨と関係のなさそうなことを彼が言い出すものだから、あたしは素直な疑問を口にしていた。
「コールセンターなんて、5000年前はなかったじゃん」
彼はというと、何事もなかったかのように前菜に手を伸ばしている。
「これは屁理屈だけどね」と、彼は前置きを入れた。
「5000年前にコールセンターが無かったなんて証明はされてないじゃないか。もしかしたら、あったかも知れない」
「ホントに屁理屈だ」
「まあね。そもそも僕はさ、何についての話をするとか、まだ何も宣言していないよ?」
「まあ、そうだけど」
何か引っかかる。
彼が遺骨と無関係の話を持ち出すとは思えない。
しかし彼の話には女性が登場していないのだ。
今の物語が、果たして何に結びつくのだろうか。
できれば仲良し親子が抱き合って天国に行くといったような、素敵な終わり方をする話が聞きたい。
それを話してほしい理由が、あたしにはあるのだ。
あたしは攻め方を変えた。
「じゃあ、してよ、宣言」
「そうきたか」
「あの3人のお話をするって、宣言して」
「仕方ないな」
彼はフォークを置くと、そっと口元を拭う。
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<阿修羅のように1>
ぶっきらぼうな印象の馬車乗りに料金を支払い、私は故郷の地に足を降ろす。
埃っぽい風が、私のスカートをはためかせた。
仕事の依頼がなかったら、自らここを訪れることはなかっただろう。
ここには様々な思い出がある。
楽しいこともたくさんあったが、それらを帳消しにするような不幸も、ここで味わった。
「まだ10歳だったなあ」
独り言が自然に出て、私は1人、苦笑する。
懐から手紙を取り出し、差出人の名に目をやると、今回の依頼人は男性であるようだ。
指定された広場へと、私は歩を進めた。
私は様々な物語を数多く覚えていて、それらを大衆に語ることによって生計を立てている。
いわゆる語り部というやつだ。
イベントという形で自ら人を集めて喋ることもあれば、今回のように依頼を受け、出向くこともある。
上手に話すことに関してはまだまだ修行の必要を感じるが、生活出来る程度の収入ならあって、そこそこに名も広がってきている。
女が語り部をやっていることも、片腕が無いことも珍しいのだろう。
同情されるのか、私に定期的に依頼してくれる固定客までいる。
広場に着く。
遊具やベンチが設置されているところを見ると、小さな公園であるようだ。
兄弟らしき小さな子供が2人、ブランコに乗って遊んでいた。
依頼者は、まだ到着していないのだろう。
私はベンチに腰を下ろす。
「お姉ちゃん!」
ブランコに乗っていた子供たちが、私のほうに駆け寄ってきた。
女の子と男の子だ。
6歳と3歳の兄弟といったところか。
姉らしき少女が目を輝かせている。
「お姉ちゃん、お話聞かせてくれる人?」
「え? そうだよ」
この子たちはどうやら依頼人の関係者らしい。
子供と接すると、自然と笑顔になる。
私は兄弟たちに微笑んだ。
「ねえ、お嬢ちゃん。クラークさんは、いつぐらいになったら来るかしら」
「もう来てるよ!」
「え?」
さっと辺りを見渡す。
それらしき人物は、どこにも見当たらなかった。
「どこかしら?」
「ほらここ。クラークだよ。クラークの、クラちゃん」
「え?」
少女は、自分の弟らしき少年を示している。
私は思わず目を見開いた。
「この子が? 手紙は、大人の人が書いたみたいだけど」
「いえ、とんでもない。あの手紙は僕が書きました」
少年から発せられた大人びた口調に驚く。
どう見ても3歳ぐらいなのに、この子があんなしっかりとした文章で、あたしに仕事の依頼を?
「本当に? 君がお手紙で、あたしにお話を頼んでくれたの?」
懐から依頼状を取り出し、クラーク少年に見せる。
「これを、君が書いたの?」
「はい、僕からの依頼です」
「はあ」
最近の子はどうなっているのだろう。
マセているどころのレベルではない。
彼から感じる知性や品格は何事なのだ。
このクラーク少年が本当に依頼状をしたためたのだとしても納得いきそうに思えることが不思議でならない。
「報酬についてはご心配なく。手紙にあった額をきちんとお支払いしますので」
「はあ」
「お姉ちゃん、早くお話して!」
少女が嬉しそうにピョンとジャンプした。
「でも、ちょっと待って」
私はベンチから腰を上げ、2人の前でしゃがむような体勢を取った。
「お金なんだけど、それって、どこから持ってきたの? お父さんやお母さんに貰ったの?」
クラーク少年は、静かに口を開いた。
「僕らには両親がいません」
「あ、そうなの。ごめんね」
「いえ。ちなみに今回用意したお金なんですが」
「うん」
「元々蓄えてあったものです」
「あ、そうですか」
まさか3歳児に敬語を使う日が来るとは思わなかった。
「じゃあ、今日のお客さんは、君たち2人ってことでいいのかな?」
「ええ、そうですね」
「そう! お話してー!」
「そっか」
子供から料金を頂戴することに、なんだか複雑な気分になる。
話し終えたあと、報酬額は半分ぐらいに負けておこう。
「じゃあ、2人ともベンチで座って聞いてね。どんなお話がいい?」
すると依頼者、クラーク少年はわずかに目を伏せる。
「失礼を承知でお願いします」
「はい?」
「あなたが既に知っている物語ではなく、あなたが想像しながら物語を作り、それを聞かせていただけませんか?」
「え?」
どういうことだろう。
そんな依頼は初めてだ。
私は正直、戸惑いを隠せなかった。
「あたしがストーリーを作るの? いや、そういうのはやったことが」
「是非、お願いします。報酬を倍にしてくださっても構いません」
「いや、ちょ、それはいい!」
「お願い、お姉ちゃん!」
少女が泣きそうな顔で横槍を入れた。
「お願いします」
クラーク少年も真剣な眼差しだ。
「解った! 解ったよ!」
私は大袈裟に片手を挙げて、降参の意を示す。
「でも、つまらない話になると思うよ? いいの?」
「構いません」
「構わないんだ…」
なんだか不思議な依頼である。
子供らしい子供から頼まれたなら、それはただの気まぐれによる依頼だと判断できる。
だがこのクラーク少年、何か他に真意がありそうで怖い。
「じゃあ」
あたしはある種の覚悟を決め、改めて2人を前にする。
「どんなお話がいい?」
「無礼や失礼を承知でお願いします。気に障ってしまうとは思うのですが、どうしてもお話していただきたいことが」
「ん?」
クラーク少年は、痛みに耐えるかのような、辛そうな表情を浮かべている。
彼から発せられた次の言葉は、私の頭を一瞬だけ真っ白にした。
「片腕の女性が主人公で、失った腕が蘇るような結末にしてください」
続く。
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January 03
今度の遺骨は3体だった。
そのことが、まるで私たちの素晴らしい未来を暗示しているように思えてならない。
面倒臭がる彼を強引に正装をさせ、あたしはあの店が良いと強く望んだ。
「まあ、この店は僕らにとっても思い出深いからね」
「でしょ? 結婚記念日には最適でしょ?」
彼と結婚して、今日で丁度1年だ。
お祝いということで、少しお高い印象の、この店を選んだ。
去年はここで、あたしは彼からプロポーズを受けたのだ。
ウエイターがキャンドルに火を灯し、去る。
「ねえ」
彼に、見方によっては意地の悪そうな笑顔を向けた。
「また見つかったね」
「ああ」
彼がメニューから顔を上げる。
「僕も見たよ。今度のは3体で1組」
去年は、抱き合う男女の遺骨が海外で発見され、ちょっとした話題を呼んだ。
5000年から6000年前のもので、その抱き合う様は素晴らしく綺麗に見えた。
直情的に「死ぬときは愛する人とこうなりたい」なんて、少女のような夢想を当時はしたものだ。
最近発見された遺骨はというと、親子バージョンとでもいうべきだろうか。
3体の遺骨が抱き合っている。
やはり5000年以上も昔の人骨だ。
母親と思われる女性と、2人の子供。
外側の子が8歳ぐらいで、真ん中の子が5歳ぐらいと推定されている。
その3人が抱き合った状態で発掘されたのだ。
「あの3人はさ、なんであんな風に抱き合ってたの?」
あたしが5000年以上も前のことを彼に質問するには訳がある。
彼は去年、太古の男女が抱き合って果てた理由を独自に想像していて、その物語をあたしに聞かせてくれたのだ。
怖い話もあったけど、好みの話もあった。
彼のことだから、今回の話も用意しているのではないか?
そう思ったのだ。
彼は「まずは乾杯しようよ」と、ウエイターを呼ぶ。
選んだ食前酒は、去年と同じ銘柄だった。
あたしはそれとは別にソフトドリンクを注文する。
「お互い、結婚生活1年達成、おめでとう」
グラスを鳴らせた。
「でさ、さっきの話は? あの3人は、なんで抱き合ってたの?」
居ても経ってもいられないといった体で、あたしはキャンドル越しに彼にせがむ。
「あれは残念だけど、他者から埋葬された可能性が高いね」
涼しい顔で、彼は手元にグラスを置いた。
「え?」
「何らかの理由で死んだ親子が埋葬時、抱き合わせられたんじゃないかな」
「なんでよ!」
「だって、下には花が敷き詰められた形跡があるんでしょ?」
「う。そうだけどさ」
なんだかガッカリだ。
彼のことだから、今度も何かしらのストーリーを思い描いていたのかと期待していたのに。
結婚2年目からして、早くも倦怠期だろうか。
「そんなことよりさ、君、あの世から電話があったら、どうする?」
「へ?」
話の展開がまるで解らない変な問いに、あたしは間の抜けた声を出した。
「あの世からの電話?」
「そう」
「どうするって言われても、誰からなのか、とか、何の用事なのかによるでしょ?」
「まあ、そうだよね」
そこで彼はクスリと笑う。
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<エンジェルコール1>
モニターには、ある男の人の個人情報が全て映し出されている。
次のお客様は初老で、職業は裁判官。
頭が良くなきゃこなせないお仕事なんだろうな。
脳の性能を見ると、凄くいい。
賢い人ほど慎重だから、今回は手強いかも知れないなあ。
僕はいつものようにヘッドフォンをし、カタカタとキーボードを操作する。
今日は休日とあるから、長話に持ち込むのは難しくなさそうだ。
通話ボタンをクリックすると、呼び出し音が耳の奥で鳴った。
職場ではたくさんの仲間たちの話し声が、ちょっとしたざわめきのように満ちている。
礼儀正しくデスクが並んで、その1つ1つにモニターと機器、回転椅子と同僚がセットになって、続いている。
真横を向けば合わせ鏡みたいだ。
これが何列もある。
自分の職場ながら、規模の大きさが頼もしい感じ。
「もしもし?」
先方が出たみたいだ。
僕は丁重で、少し高めの声を意識した。
「お休み中のところ、大変失礼致します。わたくし、先日まで見守らせていただいておりました、天使のロウと申します」
「天使?」
「はい、さようでございます」
人間のほとんどは、この時点で驚きの声を上げる。
この人も例外じゃないみたいだ。
「天使、とは? 見守っていた?」
「はい、見守らせていただいておりました」
嘘じゃないよ。
モニター越しにだけど、この人のことは先日まで見てた。
「天使だとして、何故私に電話を?」
「はい、本日はですね? 人生に関わる重大な情報をお知らせするため、お電話させていただきました」
「ほう」
「実は、大変申し上げにくいのですが、地球はじき、惑星規模の天変地異に見舞われてしまいます」
そこで相手は返事をしなくなっちゃった。
この人頭いいから、きっと話の真偽を図っているんだろうな。
慌てたら怪しがられるから、構わず続けちゃえ。
「混乱させてしまい、誠に申し訳ございません。今から16年後のことでございます。地表に生きる9割もの生物が死滅するといった大規模な災害が起こってしまうんですね」
「それが事実なのだと、どう証明する?」
「未来のことですので証明自体は難しいのですが、もしよろしければ、今宵の夢にその災害時の映像を流させていただくことは可能でございます。そういった手段が使える点も考慮していただいて、わたくしが天使であることをご信頼いただければと思うのですが、いかが致しましょう?」
「そんなことが出来るなら、やってもらおうか」
「かしこまりました。ただ激しい災害の夢でございますので、非常に恐怖を感じさせる内容となっているんですね? そこのところ、ご了承いただければと存じます」
「いいだろう。今夜だな?」
「はい。正確には、明日の朝方ですね。起床されるしばらく前に、夢を放映させていただきます」
「解った。それで、そんな大きな災害が起こることを教えて、どうしたいんだ? えっと、君は天使の…」
「はい、ロウでございます」
「ロウ君の用件は、何かね?」
実は用件があるってこと、見抜いちゃったかー。
察しがいいのは助かるけど、こっちのペースを崩されるから困るよ。
「はい、問題は、その天変地異が起きた後のことでございます」
「ほう」
「先ほど申し上げました通り、地表の生物は9割も死滅してしまいます。そこで人間の数も著しく減少してしまうんですね」
「そうだろうな」
「そうなりますと、魂の調整が取れなくなってしまいます。通常の場合ですと、人は死亡しますと魂が抜け、あの世で留まった後、再び人へと生まれ変わりを果たします」
「ふむ」
「しかし天変地異が起きますと、1度に多くの魂が天に召されてしまいます。一方現世では少数の方しか生き残れないんですね? そうなりますと将来、多くの魂が生まれ変わりをする際、人間になりたくとも、その頃はもう、人間の数が足りないのです」
「つまるところ、人間以外の動物に生まれ変わる可能性が高いというわけだね?」
「はい、さようでございます。ただ問題なのは、哺乳類や爬虫類なども数が減ってしまいますので、プランクトンですとか虫などといった、非常に小さい生物に生まれ変わってしまう可能性がございます」
「ふむ、それで?」
いよいよ本題その1だ。
僕はきゅうっと息を飲んだ。
「はい。そこで僭越ではございますが、来世で人間になることを今から諦めていただきますと、私どもとしても助かるんですね。その代わりといってはなんですが、より充実した人生を楽しんでいただくために、わたくしどもからプレゼントをご用意させていただきました」
「プレゼント?」
「はい。願いを叶えさせていただいております」
「願い? 願いといっても、範囲があるんじゃないのかね?」
「ええ。一応ですね、こちらで設けさせていただいたポイントがございます。小さな願い事ですと数ポイントで叶いますが、大きな願い事ならそれだけ多くのポイントを消費するといった形になるんですね」
「なるほどな。だいたいでいいから教えてもらいたんだが」
「はい、なんでございましょう?」
「何を叶えると何ポイント必要なのか、1ポイントあたりの価値を知りたい」
「そうですね。まちまちではございますが、例えば億万長者になるといった願い事ですと、その規模にもよるのですが、だいたい500ポイントほど消費するかと思います。もし今何かしら叶えたいことがございましたら、わたくしがお調べし、消費ポイントのお見積もりをさせていただくことも可能でございますよ」
「いや、結構だ。それで、もし私がイエスといえば、何ポイント配給されるのかね?」
「はい、人生を楽しむに充分な1000ポイントでございます。今を大切にするためにも、是非わたくしにお任せください」
「任せると言った場合は、具体的にどういった契約を結ぶんだね?」
「はい、このお電話でお申し付けいただくだけで、わたくしが責任持って、今後の生活を手助けさせていただきます。面倒なことは一切ございませんので、安心してお楽しみください」
すると、沈黙。
もう一言、僕からなんか言ったほうがいいのかな。
でも、考えてるのを邪魔して怒られても嫌だし。
「そうだな。少し時間をもらえるかね。色々と考えてみたい」
「そうですよね。大切なことでございますから、慎重になられたほうが良いかと思います」
こりゃ逃げられちゃうかなあ。
契約取れないと、お給料に響くんだよなあ。
「ロウ君といったな。明日の夜にまた電話をくれないか」
「かしこまりました。夜といいますと、19時ぐらいでよろしいでしょうか?」
「そうだな。それぐらいで頼む」
「かしこまりました。それではわたくし、担当のロウが、明日またお電話させていただきます。ご対応のほど、よろしくお願い致します」
「うむ」
「今宵の夢は非常に恐ろしいものとなるかと思いますので、どうぞ心を決め、就寝なさってくださいませ」
「解った」
「本日はお電話の時間をいただき、誠にありがとうございます」
それでは失礼しますって言って、僕は「回線切断」のボタンをクリックする。
夢アリの欄にもチェックして、と。
これでオーケー。
僕が実は悪魔なんだってこと、バレてなさそうだ。
向こうから電話してくれって言ってきてたもん。
もしかしたら、明日はいい返事貰えるかも。
期待しちゃうね、こりゃ。
続く。
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