夢見町の史
Let’s どんまい!
July 17
威風君、お元気ですか?
威風君が九州に旅立って、まだそんなに日は経っていませんが、君のことだからきっと楽しくやっているでしょう。
俺たちで立ち上げた劇団「りんく」のことが心配で、君はちょくちょく電話をかけてくれますね。
「稽古とか公演までには絶対に帰ってくるから」
そう告げてくれる君の、看板役者としてのプレッシャーや責任感。
それらが伝わってきて、俺はなんだか嬉しい心地がしています。
8月に開催する予定の、りんく主催のオフ会。
看板役者がまさかの欠席。
びっくりして、君を責めたこともありましたね。
「旅に出るって勝手に決めるな!」
その際、君が放った切り返しには、さらにびっくりしたものです。
「だって仕方ないやん」
何がどう仕方ないのか全く解らず、いささか混乱しました。
これには他の仲間もみんな呆れてしまい、何名かは「威風君は信用できない」と愚痴をこぼす始末です。
でもね?
威風君。
俺は仲間として、劇団の主催者として、いや、威風君の友として。
そのような君への反対意見には毅然とした態度で、威風君の知らないところで、実はいつも断言しているんですよ。
「威風君? あいつはそういう男だよ」
ナイス理解。
イエスッ!
ところで威風君。
公演前に配布する予定の、チラシのことを忘れていました。
役者さんたちに集合してもらい、それぞれの写真やチラシの表紙を撮影する予定なのですが、さすがに九州から関東に戻ってくるのは無理でしょう。
どうすんの。
最悪、表紙は君抜きで撮らなくてはいけません。
もの凄い主役がいたものです。
学校の集合写真みたいに、丸くカットした欠席者の写真を表紙の右上に貼り付けるしかありません。
なんて斬新なチラシでしょうか。
あ。
今気づいたのですが、それはそれで面白いかも知れません。
やっぱり問題なかったです。
大丈夫です。
そうそう、威風君。
チーフっているじゃないですか。
いつも冷静に俺たちにツッコミを入れてくれる、あの年上の男友達のことです。
チーフにね、先日いきなり怒られたんですよ。
「めさ! オメーんとこの看板役者がよォー!」
「どうしたのチーフ?」
「俺の誕生日プレゼントに、こんな物よこしやがった!」
見ると、君のフォトアルバムでした。
しかも普通にピースとかしてるような写真じゃなくて、しっかりした構図で撮られた物ばかり。
橋の上で空を見上げている君の横顔だとか、タバコに火をつけようとするうつむいた君。
撮影した方の腕があるものだから、逆にイラっときました。
俺の誕生日には、本当に何もしなくていいですからね。
いやマジで。
あ、そうそう。
これからチーフにも手紙をしたためようと思うので、君への便りはこの辺にしておきます。
それじゃあ、くれぐれも体に気をつけて。
ってゆうか、続きは面倒臭いからあとで電話します。
じゃーねー。
拝啓、チーフへ。
いつもお兄さん役、お疲れ様です。
先日は飲み足りないとわがままを言ってしまって、ごめんなさい。
それでも、なんだかんだ文句を言いながら、うちまで来てお酒に付き合ってくれたチーフが好きです。
俺は今、チーフもご存知の通り、スナック「スマイル」で働いています。
たまに飲みに来てくれて、実は何気に感謝しているんですよ。
「せっかく飲みに来たのに、なんでお前が俺を接客するんだよー!」
普段だったら部屋飲みだから数百円で飲めるシチュエーション。
なのにお店だから、同じ顔合わせなのに数千円かかってんの。
お疲れ様です。
閉店後、チーフは何故か文句を言いながらうちまで来ますよね。
「ったく、今日もお前ン家かよー」
すみませんチーフ。
呼んでません。
誘われても誘われていなくても、なんでリアクションが同じなんですか。
むしろ断っても着いてくるじゃないですか。
翌日は昼の仕事の面接だって言ったじゃないっすか。
なんで朝まで飲むっすか。
おかげで二日酔いっすよ。
面接、よく受かったもんっすよ。
だいたいなんで俺、敬語なんすか。
ってゆうか、真の文句はこれからっすよ。
そりゃ飲んでる最中は会話も弾んで、正直楽しいっすよ。
でも、どうしても1つだけ、あれだけは許せなかったっすよ。
チーフ。
あなたはとんでもない物を、うちに置き忘れていきました。
威風君のフォトアルバムです。
何故か大量のジャガイモまでありましたけれど、そっちは大丈夫です。
忘れたままでいてください。
いやね?
彼のフォトアルバム、最初のページからいきなりスカして写ってるものだから、気が遠くなってしまったんです。
あれは体に悪い。
だからチーフ、お願い!
早く取りに来て!
お酒ぐらいいくらでも付き合うから!
ああもう、面倒だからあとで電話します。
じゃ、お疲れっしたー!
追伸・お2人へ。
1枚だけ、威風君がもの凄い表情で写っている写真、あるじゃないですか。
唯一のカメラ目線で撮られた、あの常軌を逸した写真です。
爆発したのかと思うぐらいに髪が乱れ、到底シラフとは思えない気の抜けた表情。
見た者全ての気力をなぎ倒しかねない、あの腹立たしい傑作のことです。
あれ、チラシに使うかも。
ってゆうか使いたい。
どうしよう。
本当に使っちゃったら。
July 14
「12月まで旅に出るだって!?」
めささんがピヨピヨ怒ってる。
「お前、なんで行くって決定する前に俺や他のメンバーに相談しねーんだよ! 8月にやる劇団『りんく』のオフ会、看板役者なしでどうすんの! だいたい旅って、どこに!?」
九州まで。
彼女に逢いに。
「全国クラスの恋しやがって、お前は寅さんか!」
その喩え、なんか好きやなあ。
「反省の色がねえ! リアルに切腹のシーンとか書いてやろうか!」
まあまあ、めささん。
あんまり怒ると血圧が上がるよ?
もうええ歳なんやし、体には気をつけんと。
「うおおおお! お前…! 大ッ嫌い!」
相変わらず騒がしい人や。
いつものアメリカンバーで、俺は友人や劇団の仲間らを招いて、自分の送別会を開いていた。
でもなんか、みんな俺に対して冷たい雰囲気や。
イージーバレルって、こんな店やったっけ?
「へえ、チェス出来るんだ?」
めささんは俺なんかそっちのけで、テーブルの上にチェスの駒を並べ始めとる。
「チェスが出来るって言っても私、ルールを知ってるってだけで、凄く弱いですよ?」
「大丈夫大丈夫。せっかくだから一局打とうよ。そうだ! どうせだから何か賭けようぜ」
めささん、チェスじゃなくて、俺を見てください。
「賭け、ですか? でも私、ホント弱いんですよ?」
「大丈夫だってば。じゃあ思い切って、威風君の旅を賭けよう」
ん?
めささん、今何と?
俺の旅を賭けるって、どういう意味?
「俺が勝ったら、威風君は安心して旅立てる。でも、もし君が勝ったら威風君は関東から出られない。旅は中止だ」
それって他人が勝手に決めていいこと?
めささんが負けたら、俺、九州に行けへんやん。
「おい、そこの不安げなビーバーみたいな顔した役者!」
え、俺?
何?
「心配すんな。俺が負けると思うのか? ぜってーにお前を旅に出させてやるぜ」
賭け自体を中止にしたらええやん。
「いいから黙って見てろって。相手は素人の女の子だぜ? ハンデをつけて、左手でやってやる」
チェスのハンデになっとらん。
ところが、めささん。
俺が文句を言ってもお構いなしで勝負を始める。
めささんはめっちゃ作った声で、「威風の旅立ちは邪魔させねえぜ」などと言い放ち、次々と駒を動かしてゆく。
対戦者の女の子はたじたじで、あたふたとした態度だ。
めささんの大人げなさが、今回限りは頼もしい。
俺の出発を勝手に賭けられていることには釈然としないけど。
「そこだ!」
めささんが小さく鋭く怒鳴る。
そして、
「フッ! すまねえな」
心強い言葉が聞こえた。
対局はなんと、ものの5分でカタがつてしまったようだ。
「威風君、見ろ」
基盤を示し、めささんが胸を張っている。
「俺の負けだ。ごめんちょ」
負けたのーッ!?
ごめんちょじゃねえよ!
俺、旅立てないの!?
「勝負で負けたんだ。諦めるしかねえだろう」
あんたが勝手に提案した賭けで、あんたが勝手に負けたんやん!
「いやね? 違うの。彼女、強かったの」
あんたが劇的に弱いんやんか!
「大丈夫、運命だから」
大丈夫なもんか!
運命の意味が解らん!
「さてと、じゃあ次は誰だ。他にチェスのルールを知ってる者は?」
これ以上、まだ何か続ける気なの!?
「あ、僕、一応は前にやったことがあるんですけど」
名乗り出るな青年!
「ほう、君か。じゃあ、何を賭ける?」
「そうですねえ。100円とか?」
「いや、そういうんじゃなくて、威風君に関することがいい」
なんでピンポイントで俺なんだよ!
「じゃあ、めささんが負けたら、威風さんに坊主頭になってもらうとか?」
「髪ならまた生えるから駄目だ。もっとトラウマになるようなことを賭けたい」
「と、いいますと?」
「そうだなあ。威風君は一応、りんくの看板役者じゃん?」
「ええ」
「で、うちってさ、バンド隊がいるじゃない」
「はい、いますね」
「俺が負けたら、威風君は看板役者なのに、マイクスタンドとしてステージに立ってもらおうぜ」
「それ面白い!」
面白いけどやりたくないよ!
マイクスタンドの役なんて、やったことないよ!
そもそもマイクスタンドが役じゃないよ!
「電球とかたくさんつけて、世界一派手なマイクスタンドになってもらおう」
「そうしましょう!」
盛り上がるな!
「威風君、聞いてくれ」
なんだよ!
「俺は今から、彼とチェスで勝負する。俺が勝ったら、君は主役のままだ。でも万が一、俺が負けるようなことがあれば、威風君は次の旗揚げ公演でマイクスタンドになってもらう」
やめてしまえ、そんな賭け!
「俺が負けると思うのか? うちの大事な看板役者をマイクスタンドになんて、絶対にさせねえからな!」
デジャヴかよ!
さっきと同じ展開やん!
しかも、なんでちょっと嬉しそうな顔してんだよ!
「さあ、勝負開始だ。悪いが全力でいくぜ?」
めささんの瞳が妖しく光り、最初の1手を打つ。
俺は5分後に、めささんから次の言葉を聞くことになるやろう。
「えへへ。また負けちった。マイクスタンド、頑張ってちょ」
この夜から、俺のあだ名はマイクになりました。
July 12
<きあらさんの視点>
店内はそれなりに込み合い、雑然としている。
とあるハンバーガーショップ。
めささんが私のちょっとした大荷物を、カウンター席の下に収納した。
出来る範疇でのことならば、大抵の仕事を引き受けます。
めささんの日記にそう書いてあったものだから、私は彼に荷物持ちを依頼していた。
わざわざ都内まで足を運ぶからには、大量に買い溜めをするつもりだった。
めさ?
全て持て。
そして運びなさい。
古代エジプトの女王みたいな心境である。
「お待たせ致しました」
「どうも」
ショップの店員さんが、私たちの前にトレイを置いた。
いただきます。
と口を揃え、注文したハンバーガーと、ドリンクのストローをそれぞれ自分のペースで口に運ぶ。
「きあらさん、あのね?」
めささんは悪戯っ子のような表情だ。
「ちょっとお行儀悪いんだけど、氷食べてもいい?」
見ればめささんのドリンクは全て飲み干されていて、カップの底にはクラッシュアイスだけが「我らはどうせ溶ける運命です」といわんばかりに冷たくたたずんでいた。
めささんがカップを軽く振ると、氷たちはジャラジャラと音を立てる。
「俺、氷食べるの好きなんだ。でもさ、氷って噛み砕くとバリバリって凄い音するじゃない。だから前もって断ってから食べないとね、びっくりさせちゃうから」
「あ。それ、解ります」
私は思わず同意していた。
実は私も、氷を食べるのが大好きなのだ。
「へえ、きあらさんも?」
頷き、私はカップの蓋を外した。
クラッシュアイスの1つぶを、口に流し込む。
噛むと氷は砕けて、大袈裟な破壊音が頭蓋骨に響いた。
バリバリ!
大きな音は隣からも聞こえる。
めささんは1つぶではなく、数個いっぺんに噛み砕く派なのだろう。
戦国武将の酒席を彷彿させる豪快さだ。
「がーっはっはっは! 今宵は宴じゃー!」
「氷が足りぬわ! これ! もっと氷を持って来ぬか!」
「さあ、どんどん噛め!」
「この世の氷は全て噛み尽くしてくれるわ!」
「隊長! 自分はお腹が冷えたであります!」
なんかそんな感じだ。
「ほう」
氷を飲み込んだめささんが、感嘆の声を上げる。
「なかなかいい氷だね」
確かに。
気泡の具合といい硬度といい、これは質が良い。
いい店を選んだものだ。
「歯ごたえがあるのに、決して硬くない。いや、むしろ柔らかいぐらいだね」
そうですね。
溶けにくい工夫が施されて、このような質感になったんでしょうね。
「それはあり得るなあ。とにかく普通の製氷機で作られた氷じゃないよ。このお店、なかなかいい仕事をする」
バリバリ。
バリバリと。
私たちは次々と氷を堪能していく。
<店員の視点>
バリバリうるさい。
めっちゃ氷喰って、なんなんだ、あの客は。
氷のことばっか褒めやがって。
July 07
と、いきなり意味不明なお願いをされる。
劇団「りんく」の主催者、めささんからだ。
電話での第一声からして、話が全く見えない。
「もしもしヨッシー? 今ね? 俺、ヨッシーが通ってるK大学にいるの」
この32歳のプー太郎は、何故うちの大学まで足を運んだのだろうか。
「その大学の、空手の道場にいるんだけどさ」
だから何故。
そんなところで一体、何をやっているのだろうか。
切腹?
「話すと長いんだけどね」
そう断ってめささんは、今とある友人と一緒なのだと告げた。
そのお友達というのがK大学のOB、つまり僕の先輩に当たるらしい。
めささんのご友人は、様々な格闘技を習得しているとのことだ。
日曜の大学、誰もいない道場で男が2人。
決闘とキスしか、やることがなさそうである。
空手有段者と各種格闘技マスター。
男と男。
汗と汗。
見たいような、見たくないような。
「でさあ、ヨッシー」
めささんは、どこか嬉しそうな声を出す。
「今から来れない?」
体育館裏に呼び出されたほうがまだマシだ。
僕をどうするつもりだ。
新しい必殺技の実験か?
なんか怖かったのと、その日は日曜で講義もなかったので、やんわり断る。
「そっかー。来られないのかー」
めささんは残念そうだ。
「ちょっとヨッシーに日本刀を持ってもらって、斬りかかってきてほしかったのに」
すみません、めささん。
何を言っているのか解りません。
「違うの。ヨッシーは斬る側なの」
それはそれで嫌です。
だいたい、どうして僕がそんな物騒なことをしなきゃいけないの?
「あのね? 日本刀を持ってる奴を相手に、素手でどう対処したらいいのかを検証してたんだよ」
他の32歳たちはきっと他のことをしています。
「ところがね? 俺も友達も格闘技やってるから、日本刀なんて持ったら無敵なわけよ」
猛者と馬鹿は紙一重な感じが否めない。
「それはそれで参考になったんだけど、素人の人に日本刀を構えさせて、どう攻撃してくるのか、データが欲しくなったんだ」
僕が日本刀なんて持ったら、怖くて動けません。
「もちろん日本刀は偽物だし、実際は斬りつけてこなくっていいから、構えてみてほしいんだよねえ」
あ、そっか、解った!
めささんそれって、劇団で殺陣とかをやる予定とかあって、それで研究しているんですね?
「ううん。違うよ」
続いて衝撃的な一言。
「楽しいからさ」
何だこいつ。
「友達に誘ってもらったから道場まで来たんだけど、スゲー楽しい。ヨッシーも来れたらいいのにね」
そうですね。
通話を終え、自然と溜め息が漏れる。
誰と戦うつもりなんだ、あの人は。
July 05
職場のスナック「スマイル」は、俺以外は全員女性スタッフで構成されている。
そんな状況だからなのか、最近は店内で痴漢が多発するようになった。
従業員の1人が集中的に尻を触られてしまうのだ。
「いいケツしてんじゃねえかよ~」
「ちょ、やめてください」
しかもこのセクハラは、なんと営業時間中に行われているのである。
「へっへっへ。ホントいいケツしてるじゃねえか」
「や、やめてください! 大声出しますよ!」
お客様が見てるじゃないですか!
との抵抗も空しく終わる。
水商売とは、このような辱めを受けてしまうものなのだろうか。
そもそも、このハレンチ行為は従業員同士で行われているのだから絶句せざるを得ない。
「ほらほら~」
「ああー! お母さ~ん!」
ちなみに、尻を撫でられているのが俺だ。
お客さんに挨拶をしていても、お構いなしだ。
「初めまして、めさと申します。男の人が店にいて、びっくりなさったでしょう? 実は以前、何年かここでボーイみたいなことをさせてもらってたんですよ。最近カムバックさせてもらっ…、だから俺の尻を触るなァ! なんなんだ、この店は!」
普通、逆じゃなかろうか。
まさかやり返すわけにもいかないし。
毎日泣き寝入りである。