夢見町の史
Let’s どんまい!
May 04
中に入ってメニューを見ると、ここはどうやら昼から営業してはいるが、ハワイアンバーであるようだ。
店主はアロハシャツを着て、ファンキーなシルバーアクセサリーをじゃらじゃら付けている。
年配の女性だ。
髪は、若者顔負けで、格好良くカラーリングされている。
おばちゃんなんだけど、印象から彼女を「おばちゃん」とは呼べない感覚。
服装だけでなく、表情まで生き生きとして若いからだろう。
メニューには、聞き覚えのないカクテル名が並んでいる。
かと思えばそれはノンアルコールカクテルで、俺が今まで知らなかったことも納得だ。
「あの」
おばちゃんに、いや。
おアロハ姉さんに声をかける。
「この、シンデレラって何ですか?」
なんか、飲んでみたかったのだ。
すると姉さん、思わず耳を疑いたくなるようなことを言い出す。
「それはやめたほうがいい」
え?
あの、今、何と?
「それは美味しくないよ」
そ、そうなんですか。
続けて彼女は、俺が手にしているメニューを細かく指差した。
「それと、それと、あとこれもやめたほうがいい。美味しくないから」
自分の店の品物を完全否定している店主を、俺は初めて目撃した。
「そのカクテルはハワイの原料を使わないの。だから、やめたほうがいい」
だったら何故メニューに載せているのか。
あ、いかん!
ふとした確実な予感が、脳裏をよぎる。
俺、このお店、大好きだ!
この姉さんはきっと、一生お若いままでいらっしゃるんだろうな。
俺も、こんなエレガントな歳の取り方をしたいものだ。
それにしても、俺は一体いつになったらシンデレラの味を知ることができるのだろう。
どう美味しくないのか、逆に気になる。
May 02
登録のきっかけは、テレビのCMだった。
「メンバーが足りません」
誠心誠意を感じさせる瞳が、切実そうにこちらに向けられている。
お金をかけてCMを流すほど、メンバーが不足しているのか。
深く考えたこともなかったし、今まで知らなかった。
人の命に関わることなのに、その無知は恥ずべきことだ。
慌てて携帯電話を取り出し、ブラウン管に映し出されている電話番号をプッシュする。
そのまま電話をかけて資料を請求し、次の休日には俺も骨髄バンクにドナー登録をした。
今から3年ほど前のことだ。
以来、ドナーとしていつか骨髄を提供したいと、まるで夢を見るかのように思い続けてきた。
以前どこかの日記で、俺は「元気になってくれて、ありがとうを言いたい」というフレーズを書いたことがある。
その言い回しは実をいうと、資料の中にあった言葉をそのまま使ったものだ。
骨髄移植をすると、患者とドナーは身分を明かし合うことはできないが、手紙のやり取りは可能であるという。
資料には、そんな手紙がサンプルとしていくつか記載されていた。
ドナーからの手紙。
そのタイトルが、「元気になってくれて、ありがとう」
鳥肌が立った。
見た瞬間、泣いた。
なんて素晴らしい心意気が篭った、なんて素晴らしい言霊なんだろう。
いつか俺も、誰かにそう言ってやるぞと心に決めた。
人によっては、10年経っても適合者が現れず、待ち続けている登録者もいらっしゃるようだ。
たった3年で、その封筒が届いた俺はだから、運が良かった方だろう。
「この度、貴方様と骨髄バンクの登録患者さんのHLA型(白血球の型)が一致し、ドナー候補者のお一人に選ばれました」
うおおおお!
マジかよ!
やった!
適合した!
選ばれた!
俺は人を笑わせるのが大好きだ!
元気にして、笑わせてやるぞ!
うおおおお!
そりゃチャリを漕ぐ足に力も入るというものだ。
その日は普段よりも10分も早く会社に到着した。
「俺、ついに適合したんです! 骨髄バンクに登録して、初めて! いつになるか分からないけど、俺、近々、何日か入院してきます!」
それを快く認めてくれた会社にも感謝の念が止まらない。
コーディネイターと呼ばれる仲介人も決まり、ウェブ上の日記に書いても構わない範疇を確認した。
親や仲間からの承諾も得た。
認めてくれてありがとう。
近いうちに検査を受けて、それで問題がなかったら骨髄を提供してきます。
笑える人を増やしてくるぜ。
(財)骨髄移植推進財団
TEL 03-5283-5625
FAX 03-5283-5629
May 01
彼女の話は、唐突に始まった。
「めさ兄に彼女ができてさ、その彼女、あたしの彼氏と浮気すんのね?」
なるほど。
話がさっぱり解らない。
「だから、めさ兄に彼女がいるんだって。で、その彼女さんと、あたしの彼氏が、くっ付いてんの」
空?
何の話なんだか全然読めないんだけど、1つだけお訊ねしたい。
人間関係って何ですか?
「そこで、めさ兄が大激怒してね? 浮気してた2人を殺しちゃうの」
そんな大それたキレ方が許されるのって、何時代の話?
「で、めさ兄は、あたしのところに来るの」
浮気された腹いせに、俺は空を狙っちゃうってわけだ。
とてもウェブ上では描写できないようなことを、なんか、ねえ?
俺は、空のことを、うんとね?
襲っちゃう感じなのでしょうか?
「そうそう。めさ兄は包丁を持って、白目になって、あたしに襲いかかってくるの」
そっちかよ。
そっちの「襲う」なのかよ。
そりゃ確かに細かく描写したくないよ。
いとも簡単に殺意を抱いたりして、何を考えてんだよ、俺はよ。
白目になったら、前が見えないじゃないか。
「あたしは自分の家に逃げ込んでね? そこに、かづ兄と、ぱー兄が来るの」
かづき君と、白ぱーさんが?
いや、間違えた。
これからは俺、我がチームの役者さんのことを日記で書くときは知名度のためにも、芸名で書くことにしたんだった。
なので、空。
もう1回言ってくれる?
「だから、あたしの家に、かづ兄とね?」
ほうほう。
土方威風君と?
「ぱー兄が来たの」
宇喜田志光氏がかー。
どうだ。
俺はいやらしいだろう?
俺のそういうところが、母性本能をくすぐっちゃうのかなー。
「はいはい。で、あの2人ね? うちに勝手に入ってきたから、あたし怒るのね? 『勝手に人の部屋に入ってくるな!』って」
実に図々しい2人だなあ。
そりゃ怒ったほうがいいよ。
「で、かづ兄と、ぱー兄は、すぐ死んじゃうの」
すぐ死ぬってあんた、スペランカーじゃねえんだから。
脈絡なく天に召されても困るから。
だいたい、なんで死んだ?
死因は一体何になるわけ?
「わかんない。とにかく死ぬの」
儚いにもほどがある。
「そんで、めさ兄が追いついてきてさあ」
しつこい野郎だな、そいつ。
あ、俺か。
「やっぱ包丁を持って、あたしに襲いかかってくるのね?」
俺が目指すのは何系のホラーだ?
「でも、めさ兄はね、背後から撃たれて、死んじゃうの」
さっきから聞いてれば、「魔女狩りか!」ってぐらい殺戮の嵐なんですけど。
「撃ったのは、うちのプロダクションの社長」
おたくの社長さんは、どうして拳銃をお持ちで?
「社長は、助けてくれたと見せかけて、やっぱりあたしを殺そうとするの」
どこの世界のヒロインも、普通は味方がいるはずだよね?
君、恨み買いすぎじゃね?
「で、話はこれで、おしまい。えへへ」
嬉しそうなのは何故だ。
まあ、いっか。
今のって、夢の話でしょう?
「ううん、違う」
夢じゃない?
じゃあ、どういうこと?
「あたしの彼氏が作った物語」
何考えてんだ彼氏!
最初からドロドロな物語展開しちゃってて、夢と希望の無さにびっくりしたよ!
だいたい、途中で出てきた役者部隊の2人は、何のために生まれてきたんだよ!
作中の俺、超しつこいし!
そんな話、俺は日記に書かないからね!
って、言ってるそばから書いちゃってる。
えへへ。
俺のそういうところが、母性本能をくすぐっちゃうのかなー。
今の一文で、また新たな殺意を感じてしまった今日この頃。
どうか背後から撃たれませんように。
April 24
それが俺の言い分だった。
この意見を、チーフがたった一言で全否定する。
「下見しとかねえと、当日ぐだぐだになるだろ!」
全くですよねー。
すっごく同感。
こうして当日、漲る二日酔いに負けそうになりながら、俺は7日目のセミみたいなコンディションでチーフに電話を入れる。
もしもしぃ~。
チーフ~?
生~き~て~る~?
「おう、駄目だ。飲みすぎた。正直、どこにも行きたくない」
やっぱり?
でも行くの~!
実は昨日、チーム「りんく」の仲間らとうちで飲んでたんだけどね?
さっき俺が起きたら、みんな帰ってて、誰もいなくなってんの。
寂しくて泣きそう。
誰か人に会わなければ、俺はもう死んじゃいます。
「お前は小動物か。っつーかマジで行くのかよ~。下見なんて、どうでもいいじゃねえかよー!」
あのね?
毎度同じ指摘ですみません。
チーフが言い出した企画です。
さて。
下見の主な目的はいくつかある。
バーベキュー当日に迷子にならないよう、正しい道順の記憶。
食料を確保するための販売店がどこにあるのかを把握しておくこと。
現地の雰囲気を確認。
駅を降りて、俺はすぐに酒屋を発見した。
「チーフ、お酒売ってる!」
「酒の確保、OK!」
「あそこにあるの、スーパーじゃね?」
「食料、OK」
「チーフ! メガネも売っとる!」
「メガネOK! おや? めさ、ドーナッツも売ってるぞ」
「ドーナッツは要らない」
メガネは必要なのに、ドーナッツは外されてしまう。
俺たちは一体、どのようなバーベキューを目指しているのだろうか。
「チーフ! お弁当屋さんもある! これで現地では料理しなくて済むね!」
「おう、そうだな」
「お! 病院もあるよ!」
「動物病院、か。まあ大丈夫だろう」
ここまでくると、おかしなことに突っ込んではいけない暗黙のルールみたいなものが発生している。
目的地に到着すると、そこは大自然をそのまま利用している雄大な公園だ。
「すげーいい!」
「なんか、最高だな」
森林や池。
土の道を歩くのも久し振りだ。
公園内というより、のどかな田舎を旅しているかのような錯覚に陥る。
「なんか、撮影とかで使われてそうだな」
チーフも俺と同様、公園に来たおかげで何故か二日酔いが治っている風だ。
「そうだ、めさ。ここで自作映画みたいな感じで、何か撮ったら面白そうじゃねえ?」
楽しそう!
思い浮かぶのは、創造性豊かな仲間たちの顔。
シンガーぴぃのプロモーションビデオなんて、撮ってみたいな。
または役者である、かづき君の一人芝居とか。
そうだ!
かづき君には、ぴぃのマイクスタンド役として活躍してもらうか。
曲の合間合間で、彼にはセリフを言ってもらおう。
「主役やるの、ホンマ大変」
なんて生意気なマイクスタンドだ。
「なあ、めさ」
チーフの声が、俺を現実に引き戻す。
彼は、少女の銅像を指差していた。
丸い石の上で、全裸の少女が伸び伸びと座っている。
両手で股間を覆い隠し、背筋を少し寝かせかけているような体勢だ。
「恥じらいがあるんだか、ないんだか解らねえ」
相槌を打つと同時に、俺にあるアイデアが舞い降りる。
「そうだチーフ! 自作映像の内容、浮かんだ!」
「どんなの?」
「かづき君に、この銅像にマジ告白してもらうの! 初の共演者が、銅像」
「それ、素晴らしいな!」
それではここで、かづき君のために、そのシナリオの全貌を記しておくことにする。
「いきなり呼び出して、ごめんな」
かづき君、銅像相手に気を遣う。
「はは。なんか、やっぱ緊張するわ」
かづき君、絶対に動かない相手に気を張る。
「あんな? 俺、お前にな? 言いたいこと、あってん。あ、そうだ。そんな格好じゃ寒いやろ?」
銅像に上着をかけ、優しさを見せるかづき君。
「お前、気づいとった? その、なんていうか、俺の気持ち?」
ここで銅像の顔、アップ。
何が言いたいのか解らない表情だ。
ポケットに両手を入れ、銅像に背を向けるかづき君。
何故か空を見上げている。
「俺、お前のことをさ? 前から、ずっとな? …好きやった」
沈黙。
かづき君は無言になり、銅像も引き続き喋らない。
「俺、今やってるマイクスタンドの仕事も頑張るよ! 今度やる劇なんて俺、主役やることになったんやで? ワカメの役や。俺、ワカメの役だったら自信あんねん」
逆に拝見したいお仕事である。
「だから、結婚しよ? 子供はさ、2人欲しいな」
なんか突っ込むのも面倒だ。
かづき君は、ここで大声を張り上げる。
「お前じゃないと駄目なんや! 俺、お前のこと、大好きやー!」
銅像を背後から抱きしめるかづき君。
「頼む! 俺と、結婚してくれ!」
再び静寂。
つい立ち止まり、それまで成り行きを見守っていた通行人のおばあちゃんが、手を合わせて祈る。
「え? ホンマか?」
驚きの表情で、銅像を直視するかづき君。
あ、もう書かなくていいですか?
「いやったー! ありがとう! 俺、一生お前のこと大事にするわ!」
銅像をですか。
気がづけば、通行人たちが足を止めている。
1人が拍手を始めると、他の者も釣られて手を叩き出す。
その拍手はやがて盛大な祝福となって、1人と1体に降り注いだ。
ハッピーエンドだ。
「できれば、土砂降りの中で撮影したいな」
「めさ、それ撮ったらさ、ニコニコ動画とかでアップすればいいじゃん」
「それ、サイコー!」
最低である。
でも、凄く見たいので撮影は実行することにした。
役者本人の意向は訊いてないけど、まあ大丈夫だろう。
それにしても困ったものだ。
バーベキューの下見で、バーベキューよりも楽しげなことを思いついてしまった。
かづき君による、迫真の演技に期待大だ。
April 21
でも、そんな嫌がらせやったら、めささんだって俺にたくさんしとるやん!
俺のこと、似てへんのにケンタウロスって呼ぶし。
俺な?
めっちゃ暇やってん、めささん家に遊びに行ったんよ。
あのときは、歓迎のお茶が出なくて本当にびっくりしたわ。
「めささん、お茶ぐらい出さんの? 俺、大事なお客様やで?」
「はあ!?」
あれは、「俺の中の悪魔が目覚めるぞ」ってゆう脅しみたいな顔やった。
「あのなあ、かづき君。お茶ぐらい自分で買ってきたまえよ。俺は今から脚本を書くんだから。かづき君が主演するホンなんだから、早く書き上げてほしいでしょ?」
「そんなん今はええわ」
なんであのとき、めささんは壁にかかった日本刀に目がいったんやろか。
「まあ、いいか。脚本は確かに、1人きりのときに書きたいからなあ」
めささんがペンを片手に、ちゃぶ台の上にあったメモ帳を開きはった。
「俺たちチーム『りんく』の、シンボルマークでも考えようか」
そんなことより、俺は喉が渇いたんですけど。
「こんな感じの、どうかなあ」
シカトですか、そうですか。
めささんは「単純だけどね」なんて言いながら、3つの輪が連なったマークや、図形やらをせかせかと描いてはる。
意地でもお茶は出さん気らしい。
「お! かづき君! これ見て! なんか、カッコよくない!?」
見たら、それぞれ形の違う3枚の翼が絡まったようなデザインで、言いたかないけど確かにそこそこええ感じや。
「この翼のやつか、もしくはこっちだな」
もう片方に目をやると、そこにはめちゃめちゃ腹立つ下手な絵が書いてある。
「めささん、これは何?」
「ケンタウロス」
冗談やろ?
見ただけで人の神経を逆なでするような、酷い絵やん。
病気にかかった人面犬かと思うたわ。
めっちゃむかつく顔しとる。
で、めささん。
なんでこの人面犬、漫画みたいなフキダシがついてて、「すんません、かづきです」って書いてあるん?
何故か俺の名を語り、問答無用で謝っとるんですけど。
俺だけを示してるような気がするのは何故?
「お前はうちの、大事な看板役者だろうが!」
キレた!?
熱く怒っていらっしゃいますけどね?
怒りたいのは勝手にモチーフにされた俺やんか!
なんでチームのシンボルマークが、俺1人を表しとるん!?
「この、なんていうか、むかつく感じを出すのが凄く苦労したんだよね~」
あのな?
めささん。
俺それ、絶対に認めへんよ?
シンボルマークとしても認めんし、俺に似せてあるってことも認めとうない。
「解ってるって。これはあくまで冗談だよ。やっぱこっちの、翼のマークのほうがカッコイイしね」
なあんだ。
なら、よかったわ。
こんな嫌生物をシンボルにされたら、メンバーでいるだけで恥ずかしいもん。
こっちの翼のやつで、ホンマよかったー。
それが、数日前のことやってん。
さっき、めささんから電話があったんよ。
「かづき君、あのさあ、今度俺、りんくのコミュニティをネット上に立ち上げておこうと思うんだ。メンバー専用のやつをね。ちょっとづつ仲間も増えつつあるし、そういう場があれば、色んな情報をみんなで共有できるでしょ?」
おおー。
それはナイスアイデアやん。
「コミュニティの看板画像には、もちろん例のシンボルマークを使うよ」
ほうほう。
「実は昨日ね、他のメンバー全員にも見せたんだ。そしたらね? やっぱり満場一致! シンボルマークが正式に決定したよ」
おー。
そうでっかー。
「だから、かづき君。気を落とさないでね?」
え?
ちょ、何?
「もう決定だから、覆されない」
なんで!?
まさか、めささん!?
あの犬だか馬だかの、わけの解らん絵が採用されちゃったの!?
嘘やん!
めささん、あの翼のマークが選ばれたんだよね!?
「プツッ。 ツー、ツー、ツー」
切りおった。
嘘やーん!
ここだけの話、あの絵、心の底から似てへんし!
あんの阿呆、いつか絶対に告訴したる。
もう、関東人、怖い…。