夢見町の史
Let’s どんまい!
April 05
「俺、夢があるんだよ。でも、やっぱ無理なのかなあ」
「簡単に諦めるなよ! 叶わねえ夢なんてねえよ! ずっと頑張ってれば、いつか絶対に叶うって! だから諦めるなよ!」
「そう? じゃあ俺、もうちょっとだけ自分を信じてみるよ。いつか、女子アナになるために」
「いやそれは諦めろよ」
皆さん、おはようございます。
年度末とかいう意味の解らない時期のせいで、仕事が相当に忙しく、久々の更新となっちゃいました。
朝から深夜まで、起きてる時間が全部仕事って、どういうことですか神様。
名刺の肩書きが「働き蟻」ですか俺は。
休日は休日で、やはり予定が入りまくっていました。
付き合いでフィリピンパブに連れていかれ、
「オウ! お兄サン、ホントに32サイ!? 若いねい! 童貞みたいな顔してる!」
枕を濡らした夜もありました。
先日はというと、数年振りにお花見もしましたよ。
「結局、集まったのは俺と、めさと、彼か」
ここまで花のない花見も珍しかったです。
そんなこんなで、日記のネタはあるのですけども、ちょいとリハビリチックに、今回はバトンに挑戦してみたいと思うんですよ。
友人のまっこいさんが、もの凄い形相で回してくださいました。
題して「それでも愛せるかバトン」だそうです。
お題は【めさ】とのこと。
愛せるに決まってるじゃないですか。
ばかが。
俺は自分が大好きです。
というわけで、レッツ、ポジティブシンキングでーすよ。
◆蝶々結びがどんなに頑張っても固結びになる【めさ】
愛せません。
解けねえじゃねえかよ。
ちゃんと結べよ。
◆スキップできない【めさ】
この世の不器用を全て極めるおつもりですか?
ごめんね。
ちょっと忙しくなってきちゃったから、悪いんだけど、帰って。
お前の大好きなスキップでな。
くすッ!
◆横断歩道の白い部分のみを踏んで渡る【めさ】
あれは仕方なかった。
◆人見知りの【めさ】
オフ会、やってもいいんだけど、主催者が人見知りのため、皆さん積極的に俺に話しかけてあげてちょ。
でなければ、俺は誰とも目を合わせられません。
頑張って盛り上げてくーださい!
うむ。
便利かも知れぬ。
◆炭酸でむせる【めさ】
ついカッとなって飲んだ。
今は後悔している。
◆毎日自動改札に引っ掛かる【めさ】
1人だと、リアクションが取れなくて困るんだよなあ。
なんで誰も見てくれてないの?
ホントやだ。
◆猫を「にゃんにゃん」犬を「わんわん」と呼ぶ【めさ】
すみません。
実際に今、口に出してみました。
自分のことなのに、ドン引きです。
ホントすんませんでした。
◆回転ドアに入るタイミングがつかめない【めさ】
ホントすみません。
これは可愛いので、取り入れます。
◆何を思ったか自主製作に入る【めさ】
いいじゃん。
いつも入ってるもん。
いいじゃん。
さて。
本来なら5名にこのバトンを回すのですが、さすがに指定はできそうもありません。
なので、お題になるキーワードだけ用意しておきますので、お好きにお持ち帰りください。
【マフィア】
【ドッペルゲンガー】
【番長】
【カーナビ】
【大統領】
ここのコメント欄でも、ご自分の日記スペースでも、ご自由にどうぞですよ。
お勧めのお題は「カーナビ」です。
自動改札口に引っかかるカーナビとか言って、電車で移動しようとしてるところがイカす。
めさでした。
時期的にはそろそろ落ち着いてきています。
リフレッシュも完了したことだし、これで更新頻度を上げられそう。
書くぞー!
March 24
どうやら俺は日常的にケンタウロスを目撃していたらしい。
ケンタウロスというのは半獣半人の、神話に登場する架空の生き物だ。
体が馬で、本来なら首が生えている部分から人間の上半身が伸びている。
弓を構えている絵が有名で、星座にもなっているから、知らない方は少ないだろう。
チーム「りんく」の歌姫、ぴぃは、音楽と同時にエロを担当している。
エロを担当するといっても、誰かに何かをしてしまうわけではないのだけれど、とにかく彼女はエロ担当だ。
小柄で可愛らしい顔に似合わず、ぴぃは下ネタの王者なのである。
おかげ様で、俺は何度も「ぴぃ、なんてこと言うのー!」などと赤面し、パーカーのフードを被ってちっちゃくならせていただいている。
具体的に、ぴぃが何を口走ったのかというと、すみません。
書けません。
そんなぴぃから、俺は不思議な質問をされた。
「ねえ、めさ兄。ケータイに、あたしの名前、なんて登録してる?」
うん?
以前は「ぴぃさん」って登録してたけど、今は本名で登録してるよ。
「そんなのつまんない! あたしはみんなの名前、肩書きで登録してるのに」
ほほう、なるほど!
意味が解りません。
「あたしのことは、『肉欲の妖精』って名前で登録してほしい」
そんな名前で登録しているのを人に見られたらどうするのだ。
だいたい、肉欲の妖精って、あんた。
官能小説のタイトルぐらいアグレッシブな登録名を、どうして自ら考案したのか。
そんなの、ふさわしすぎるじゃないか。
ちなみに俺は、日常会話で「肉欲」って初めて聞いた。
ってゆうかさ、ぴぃ。
俺はじゃあ、なんて登録されてるの?
「めさ兄はね、あたしのケータイに『いやんピヨピヨ反応』って登録されてる」
いやん。
「32歳ピヨピヨ反応にしようか、今検討中」
なんでリアルな年齢を取り入れる?
来年はどうするのさ。
「また変える」
ああそう。
とそこで、かづき君が起き出す。
彼は役者と睡眠を担当している。
爽やかな短髪で、お洒落な髭をたくわえており、中途半端な男前。
「ねえ、ぴぃ。かづき君は、なんて登録されてるの?」
「かづ兄はね」
俺はおそらく、次のフレーズを一生忘れない。
「かづ兄は、顔がケンタウロス」
一瞬にして、俺の中で何かがはじけた。
「がはははは! 顔が、顔がケンタウロス! 確かにかづき君、ケンタウロスみたいな顔してる! ケンタウロスなんて見たことねえけど、似てる~! がはははは!」
何度も何度も、俺の中で「顔がケンタウロス」という言葉がぐるぐる回る。
呼吸ができない。
顔だけケンタウロスって、要するにただの人である。
「ひー! ケンタウロス! あ~はははは! 顔だけて! ケンタウロスの特徴一切ねえ~! あはははは!」
ケンタウロス本人はというと、どこか寂しそうな顔をしていた。
ようやく笑い終えた俺も、ふと悲しくなる。
想像してしまったのだ。
「皆さん、こんばんはー! 肉欲の妖精です!」
「いやんピヨピヨ反応です!」
「顔がケンタウロスです!」
どう考えても、ケンタウロスが1番オイシイ。
だいたい2人とも、妖精だのケンタウロスだのと。
なんで俺だけ伝説の生き物っぽくないのさ。
いやん。
ピヨピヨ反応。
March 19
部屋の内装も、手料理もエキゾチックだった。
シンガーソングライターぴぃのお家で、俺たちはご飯をご馳走してもらうことになって、その美味さと飲み物の無さにちょっとした悲鳴を上げさせていただいた。
「美味い!」
「これ、金取れるよ!」
「水がないのは何故ですか?」
部屋に流れている曲もまた、センスがある。
歌詞からすると日本の曲なんだけど、俺もかづき君も、聞いたことのない曲調だ。
「これって、ジャンルは何になるの?」
問うと、ぴぃは「ジャンルってゆうか、ミクスチャー?」と疑問系で応えてくれた。
「やっぱりね!」
「そうだと思った!」
俺とかづき君は同時に笑顔を引きつらせる。
「さすがぴぃ! いいミクスチャーを知ってるね!」
「俺たち、ミクスチャーに目がなくってさあ!」
こうなると、もう2度と「ミクスチャーって何ですか?」と素直に訊ねることができない。
3度の飯よりミクスチャーが好きなどとよく解らないことを言いながら、俺とかづき君の知ったかぶりが続く。
「俺とめささん、ミクスチャーの話だけで朝まで語り合ってましたよね!」
あー、あの夜ね!
あの夜は熱く語ったねー!
俺もまさか、かづき君がミクスチャー好きとは知らなかったから、かなりテンション上がったよ!
周りの友達に、そこまで詳しい奴がいないからなあ。
「ミクスチャーの話題、普段からしたいんだけど、俺たちのレベルに周りが合わないんですよね」
そうそう!
簡単に説明してあげたくても、ついつい専門用語が出ちゃうんだよね。
でも、かづき君だったら、なんて説明する?
「え!? いやあ、俺はねえ? ぴぃだったら、なんて言う? ああ、 『色んなものを混ぜた感じってゆうか?』 ふうん。まあ、そう言うしかないもんね」
まあ、妥当な線だよね。
「ですねー。俺とめささんぐらいになると、逆に難しく言っちゃうもんね。それぐらい、俺たちミクスチャーがないと生きられないもん!」
ホントだよね。
もうミクスチャーって、俺たちにとって、何なんだろう?
呼吸?
「むしろ俺とめささんがミクスチャー! ぐらいなもんだからね!」
上手いこと言うなー!
さすが!
じゃあ、せっかくだから、ベテランからミクスチャーの解説をしてあげてよ。
「そこで裏切るんですか!?」
あ!
ちょっと待って!
ここ!
あ~。
やっぱ今ンとこ、最高!
「あの、めささん。いつ、やめましょうか?」
わかんない!
謎と不思議がミクスチャー。
色んな意味で、お腹いっぱいになりました。
March 08
素晴らしい。
見事なまでに協調性がない。
ここまでバラバラなのって、かなり珍しいことだ。
俺たち3人は、自分らのチームに「りんく」という名前をつけた。
繋がり、という意味合いだ。
シンガーの「ぴぃ」は音楽担当。
彼女はかなりの感覚派だ。
3人で鍋を囲もうという日、俺は玉子を用意しておいた。
雑炊のとき、溶き玉子にする用だ。
するとぴぃは、「ゆで卵を作ってみせる」などと錬金術師みたいなことを言い出し、買っておいた玉子を全て煮た。
これでめでたく、溶き卵ができなくなった。
「この世の玉子は全て私の物」
彼女の目は、そう語っていた。
ちなみに男性陣は、いい感じのゆで卵の作り方を知らない。
ぴぃに全てを委ねるしかないのだ。
「ねえ、ぴぃ。どれぐらい煮る予定?」
「だいたい4分」
こうして待つこと15分間、ガスコンロの前で、ぴぃはずっと仁王立ちだった。
俺の脚本が舞台になった暁には、かづき君が主役を勤めることになる。
彼は役者を志望している好青年だ。
毎週のように、俺たちは公演に向けての打ち合わせをしている。
毎週のように、かづき君はご飯を食べたら満足げな笑顔で寝始める。
彼は一体、ここに何をしに来ているのか。
「めささん、来週はお好み焼きを食べましょ!」
お前は何のためにこの世に生まれてきたのだ。
「俺のケータイ見て! この女優さん、可愛いでしょ! 俺、この人といつか共演するのが夢なんですよ。だから、めささんもぴぃも、頑張ってね」
よし。
りんくは解散するか。
「おおー! 名作見っけ! めささん! このゲーム、借りてもいい!?」
りんくって、3人のチーム名じゃないから。
俺とぴぃのコンビ名だから。
「いや、ホント俺、このゲーム好きなんですよ。貸して~」
仕方ないなあ。
ちゃんと返すんですよ。
すると、かづき君は大喜びで、ゲームソフトの箱だけを大切そうに持って帰った。
ゲームその物はちなみに、うちのゲーム機本体に差してある。
彼は自宅で、俺からの悪意を勝手に感じ取り、「関東人、怖い」とつぶやいたのだそうだ。
めさ「ってゆうかさ、俺ら、本当に気が合わないよね。目玉焼きにかけるのがソースか醤油かで揉めるタイプだ」
かづき「いえ? 目玉焼きには何もかけませんよ」
ぴぃ「えええ! 何言ってんの! なんで何もかけないの!」
かづき「かけないって!」
めさ「OK、お前ら! この3人で目玉焼きを食べるのは絶対にやめよう!」
それでも、3人とも本気ではある。
酒を飲み交わしながら熱く語り合い、打ち合わせは進行し、かづき君が幸せそうな笑顔で横になる。
気がつけば、なんとも不思議なことに、空気はただの飲み会に。
最終的な議題はというと、「来週は何を食べようか」である。
一体何の集いなのだろうか。
2人には内緒だが、これでも俺は今、猛烈に困っているのだ。
来週は、カレーにするべきか、お好み焼きにするべきか。
March 06
風に吹かれることのない無数の白い瞬きが、つくづく空の無限さを感じさせていた。
満月が赤く、三人の旅路を照らしている。
視界が許す限りに、膝ほどに高い草の絨毯がどこまでも広がっていて、遠方には山々がぼんやりと眺められた。
初めて目撃する夜に親友は大いにはしゃぎ、それを尻目に案内人が口を開く。
「この世界には昼の季節と夜の季節とがあって、夜とは必ずしも毎日訪れるものではありません。この『夜がくる場所』を除いては」
レビトは前方をまっすぐに見つめ、あなたの前を歩いていたが、やがてふと立ち止まる。
「さあ、ご覧なさい。あれが砂時計の塔です」
「なんと! あそこまで巨大な塔だとは思っていませんでした」
塔は闇のせいで形しか判らず、それでも遠くから強大な存在感をあなたに与えた。
雲一つない星空を背景に、塔は大地から生えた角のようにどっしりとし、天に向かって伸びている。
もし雲があればそれに届きそうなほどに高い。
砂時計の塔という名称から、あなたは上下対称のアンバランスな形状を想像していたのだが、実際には上にいくほどに塔は細まっている。
「さあ、あの扉を」
見上げても頂上が見えないほどに塔に近づく頃になると、レビトは入り口を示す。
塔は全て木で作られているようで、重そうな両開きの扉も同様だ。
あなたは竜の浮き彫りが施された扉の、取っ手を掴む。
ラトが「神の実が成る樹を見に行きたい」と駄々をこねたのを、あなたは一喝した。
砂時計の塔は内部さえも全て木造で、あなたは足を踏み入れた瞬間にどういったわけか馴染み深い空気を感じ取る。
「この塔の、どこまで登れば僕らは元の世界に戻れるのでしょうか?」
木で出来た長い螺旋階段を上りながらあなたが問うと、レビトはうつむいた。
「もう、すぐです」
「おや?」
あるべき気配がなくなっていることにあなたは気づき、身の毛が立つような心地に襲われる。
「ラトがいない!」
階段を見下ろすと、手すりのない螺旋が闇に向かって下りていて、底が見えることはない。
背後から着いてきていたはずの親友の姿がなく、あなたは激しく狼狽する。
落ちていたら助からないと思い、あなたは背筋を凍らせた。
「ラト! ラトー! どこだ!」
「この世界には、人間は二人しかいません」
案内人が、謎の言葉を発する。
「次の扉を開ければ、あなたは元の世界に戻れるでしょう」
「そんなことより、ラトがいなくなりました! 彼を探さなければ!」
「彼は、大丈夫です。消えてしまったのは、あなたのほうなのだから」
「どういうことです!?」
「彼が一緒だと困るのです。先ほど私が魔術を使い、あなたと共に彼から逃げました」
「なんですって!?」
「さあ、扉を開きましょう」
階段がようやく終わり、レビトが扉の前に立つ。
「ちょっと待ってください!」
あなたは案内人に激しく詰め寄る。
「ラトから逃げたとは一体どういうことなんですか!?」
レビトは儚い者を見るかのように、あなたの目を見つめている。
「何もかもお話しします。そのためにもまず、この扉を開くことが必要なのです」
彼女が扉を押し開けた。
開かれた扉の向こうには見覚えがある景色が広がっていて、だからこそあなたは現実を信じることができない。
そこは、あなたが暮らしていた街だった。
偽の夜に覆われた街並みには一切の人気がなく、見慣れたはずの光景をどこか不気味にあなたは感じた。
「さあ、元の世界です」
「どういうことですか、これは!」
無人の街並に、あなたは踊り出る。
「僕の街が、どうしてここに! それに、何故誰もいないんだ!」
案内人は、そこでもやはりあなたの前に立ち、先を進んでいく。
あなたは早足になってレビトの後を追った。
彼女はうつむいて、あなたの目を見ようとせず、悲しげに言う。
「あなたは今まで疑ったことがないのですか?」
「なにを!」
「自分が今まで知ったことの全てが、真実であるか、否かを」
レビトは角を曲がり、商店を抜け、やがて袋小路に差し掛かる。
樽に隠されたドアに手をかけた。
「あなたが地下だと思って育ったこの場所は地下ではなく、むしろ上空にあったのです。この塔こそが、あなたが暮らしていた町」
「なんですって!?」
「あなたは、ただ単に外に出てしまっただけなのです」
「そんな馬鹿な! 外は灼熱の世界のはずです!」
「三千年も経てば、汚染は浄化されます。あなたは、生まれた時から嘘を教え込まれてきたのです」
「まさか! 外に出ただけですって!? ここが異世界だと言ったのはレビト! あなたではないですか!」
「それは、近くにラトがいたからです」
「太陽だって二つもあった! それこそ異世界のように!」
「三千年前、小さな太陽は木星と呼ばれていました。当時は惑星規模でも大変動が起こり、この世界の軌道も変わったし、木星が高熱化し、第二の太陽となったのです」
レビトがドアの中に入ってゆく。
そこは、あなたもよく知った場所、木の部屋だ。
あなたは彼女を追うように続いて部屋に入る。
室内は、あの時のままだった。
あなたの作った小さな太陽が倒れていて、レイヤの木が立っていて、薄暗い。
「私は、この実を食べることを目的としていました」
熟れて地面に落ちていた赤い木の実を、レビトは拾い上げる。
以前、手作り太陽をラトに見せた日に、あなたも一緒に見た、一つだけ実ったレイヤの実だ。
「この実を口にした者は、楽園から追放されることになります。それは言い換えれば、この世界から脱出するということ」
実を手にし、レビトはあなたに体を向ける。
「私はずっと待っていました。この神の果実が実るのを」
「それはレイヤの実だ! 神の実なんかじゃない!」
「いえ、神の実です」
レビトはさらに哀愁を瞳に宿らせ、あなたを見つめている。
「神の実を実らせる巨木は人を飼う者の手によって削られ、塔の形にされました。この世界で最も大きな樹こそが、砂時計の塔。それがあなたの故郷です。あなたは元々地下ではなく、大木の中で暮らしていたのですよ」
「意味が解らない! そもそも、そんな、樹を削るだなんて馬鹿げたことを! そんなことをしたのは何者ですか! 人を飼う者ですって!?」
「あなたは今までずっと飼われ、監視されていました。この世には、人間はもう二人しかいないのです。あなたと私の二人だけしか」
最後のお別れにと、レビトは全てを語り出す。
「私は科学という名の魔術で、この部屋に穴を開けました。この実が熟し、落ちる頃に」
あなたは顔を青ざめさせ、それでも彼女の話に黙って聞き入る。
「空間を繋げ、落下した実が私の元にくるようにしてあったのです。しかし落ちてきたのは実ではなく、あなた方でした。この部屋に開けた穴は、物が通過したら消滅し、そして二度と開けることができません。あなた方が落ちてしまったことにより、穴は永久に閉じてしまったのです。私は予定を変更し、あなた方をこの塔まで送り届けることにしました。私一人に対しては、この塔は扉を開いてはくれません。したがって私はあなたを飼い主に回収させると同時に、自分で直接この部屋に来ることにしたのです」
「信じられない!」
あなたは絶叫する。
「ここが僕の街であるはずがない! この世界こそが偽物なんだ!」
「まだ気づいていないのですか?」
レビトの銀色の瞳には、涙が浮かび始めている。
「あなたの友人の名は?」
「ラトがどうした!」
「では、私の名は?」
「レビト! 偽名でないのならな!」
「あなたの父、母の名は?」
「ルークにマナト! それがどうしたんだ!」
「それでは、あなたの名は?」
まるで頭に岩を落とされたかのような衝撃を、あなたは味わう。
あなたは今まで生きてきて、ただの一度も名を呼ばれたことがなかった。
「あなたには名前がありません」
呆然と、それでもどこかで激しく頭を巡らせ、あなたはただ立ち尽くしている。
レビトの目からついに雫がこぼれた。
「あなたは、他の者と区別される必要がないのです。だから名前を与えられませんでした」
「嘘だ」
「この街の住民は、あなた以外は全員、人を飼う者の操り人形です。ご両親も、ご友人も、全て」
「やめろ」
「この街も、与えられる情報も、何もかもあなた一人のために作られた虚構なのです」
「やめろ!」
今までの生涯で最も大きい声を、あなたは出す。
「僕に、世界を返してくれ!」
あなたが叫ぶと同時に、何かが破裂したかのような炸裂音が部屋中に響き渡った。
赤い実がレビトの手を離れ、床を転がり落ち、止まる。
案内人は崩れ去るかのように両膝を床について、やがてゆっくりと前のめりに倒れ込んだ。
うつ伏せになった彼女の向こうには、ラトの姿があった。
「ラト!」
あなたは親友に駆け寄ろうとする。
しかし違和感があって、あなたは足を止め、ラトの様子を伺った。
表情の全くない彼を見るのは、初めてのことだった。
ラトは右手に黒い道具を持っていて、それは短い棒を直角に折り曲げたような形をしている。
あなたはそれが武器なのだと直感した。
ラトが口の端を吊り上げる。
「この女、最初に異世界に迷い込んだなどと嘘を言ったのは、やはり俺の目を気にしてのことか。この人間を気絶でもさせてここまで運ぶようならまだしも、何もかもバラしやがった」
「ラ、ラト? どういうことだ?」
「人飼いはもうやめだ。それにしても、まだ外に人間の生き残りがいたとはな。全て滅んだとばかり思っていたが、この女はどうやって生き延びたんだろうな。殺す前に訊いておけばよかったか」
「ラト、お前、なにを?」
「お前を身近で観察し、想像を巡らせては楽しんでいたよ。あと数十年ほど飼って、その頃にこの世界の正体を教えれば、お前は今以上に苦しんでいたんだろうってな」
「おい、冗談はよせよ、ラト」
「お前が産まれる前はな、いくらか他の人間もいたんだ。だが思うように繁殖しなくてな。徐々に数を減らしていった。お前が最後の1人だったんだ」
「おい、なに言ってんだよ、ラト。お前、本当にラトなのか?」
「ちなみにお前の両親な、お前を産ませてすぐ始末してやった。使い道が思いつかなくなったんだ」
「なんだよ、はは。お前、ちゃんと喋れるんじゃないか」
「どけ。その実は俺が喰う。実は、最初から直接自分で取って喰うつもりだったんだ。それを、そこに転がる女に邪魔をされたのさ」
「そうだ、ラト!」
あなたは親友に顔を近づけ、「にー!」と笑ってみせる。
どのような感情からか、あなたは涙を流していた。
人を飼う者は、冷ややかに「どけ」ともう一度言った。
「ラト! 目を覚ませよ! お前、操られてるんだな? それとも偽物か? はは。いつもの調子に戻れよ。頼むよ。戻ってくれよ」
するとラトはあなたに笑って見せる。
いつか見た絵画にあった、悪魔のような残酷さを秘めた笑顔だ。
暗くなった殺風景な部屋に、その表情はどこか映えて見えた。
ラトが、覚えのある言葉を発する。
「馬鹿だな、お前は。それは今までの人生のほうが間違えているんだ。先入観、ってやつだよ」
「うわああああ!」
あなたはついに暴走し、親友に殴りかかる。
この世のどこまでが嘘で、どれが真実なのか解らない。
疑うべきが何で、受け止めるべき事実はどこにあるのか。
上とか下といった概念さえも嘘なのか、目に見えるものも、耳に入る音や声も信じてはいけないのだろうか。
自分は果たして、存在しているのだろうか。
あなたが知っているラトは、もう2度と現れないのだろうか。
この偽物を倒せば、あるいは強く叩けば、親友は元の無邪気さを取り戻してくれるのだろうか。
あなたの攻撃を一切避けようともせず、微動だにしないで、ラトは残虐そうに高笑いを続けている。
あなたはやがて疲れて、ラトにしがみついたまま崩れ、嗚咽した。
「世界は正体を現すと、僕から友人さえも奪うのか!」
ラトは「フン」と鼻を鳴らせ、実に向かって歩こうとした。
案内人はそこで死体を演じることをやめて立ち上がり、あなたが作った太陽を起こし、起動させる。
強力な光は、部屋にある物全てを照らし出した。
壁に映った木や、自分や、ラトの影を見て、あなたはボロボロになった短剣に手を添える。
以前ラトから受け取った刃は、廃墟となった教会をあなたに思い出させた。
「天使の殺し方を知っていますか?」
「天使と悪魔は、同じ生き物なのです」
「影を刺すのです」
「ぼぼぼ、僕は、ささ、さ、刺さないでね」
あなたは再び絶叫をする。
壁に投影された友の影に、渾身の力を込めて刃を突き立てた。
ラトは驚いたような表情を浮かべ、両手で胸を押さえ、その場に座り込む。
「ラト!」
短剣を捨て、あなたは親友に駆け寄って、抱き起こした。
手製の太陽に照らされながらラトは、真っ直ぐにあなたを見つめている。
「その実は、お前らが喰っても無駄だ。俺に喰わせろ。喰えば、俺は輪廻の輪から外れ、無になることができる。人飼いなんて余興に構う必要もなくなる」
「ラト! ラト! すまん! ラト!」
「また1からやり直しだ。お前ら、人間どものせいでな」
「ラト! 大丈夫か! ラトぉ!」
「フン」
ラトは最後に、思いっきり明るい笑顔をあなたに見せる。
「ぼ、ぼぼ、僕は刺さないでねって、いい、い、言ったのに」
そして彼は、目を閉じた。
「うわあああ! ラトー!」
あなたは親友を抱きしめる。
電球の寿命がきて、あなたの太陽は消え、木の部屋が再び闇を取り戻す。
あなたは二度と動くことのない親友を床に横たえると、頭を抱えてうずくまる。
やがてよろよろと立ち上がると、あなたは無心で木の実を拾った。
赤子のように泣きじゃくりながら、あなたは実にかじりつく。
味など解らず、ただひたすらにかじり続けた。
その実には、この世界から脱する効果がある。
ただの人間であるあなたにとって、それは死ぬということだ。
レビトと名乗った案内人、つまり私は二千年も昔にこの樹から実を取って口にし、永遠に死ぬことができない体になってしまっていた。
太古の武器でさえ私を殺すことはできない。
不死になってからさらに千年後に私は再び実を食し、膨大な知恵や知識を手に入れる。
神の木が育つ条件が二つの太陽であることや人類の真の歴史、千年毎に実る神の実の効果などの全てを知る。
次に実る追放の果実を食べなければ、私は永久に生き続けるしかないのだ。
そのことを、知恵の実は私に教えていた。
私は黙って、銀の瞳であなたの背中を見つめている。
案内人として、あなたを導こうではないか。
その実であなたは解放される。
せめて安らかにと、私は実を食すあなたを止めないだろう。
このまま始まりを終え、終わりを始めようではないか。
背後に立っている私の気配に気づくことなく、あなたは夢中で実をむさぼり続ける。
あなたはやがて、呼吸を止めた。
私はあなたの亡骸に近づいて、半分になってしまった実を拾い上げ、口へと運ぶ。