夢見町の史
Let’s どんまい!
February 14
人生初の和凧は、人智を超えた動きを思う存分に見せつけてくれた。
スピード感があって斬新で、なおかつ少しも飛ばなかった。
チーフの手から離された瞬間に凧は、「自分、高所恐怖症ですから」といわんばかりに地球に突撃した。
地下に潜ろうとしているのかと本気で思ったぐらいだ。
チーフは一体、何のために足を取り付けたのだろうか。
この凧を飛ばすぐらいなら、大仏を飛ばせたほうが手っ取り早そうに思える。
犬の呪いかも知れない。
「いい風吹いてるんだけど、やっぱり和凧は難しいね。もう1回やろう」
「そうだな」
チーフが再び凧を両手で持ち上げる。
ヒモを持った俺が、「いっせーの、せっ!」と号令を発し、駆け出す。
すると今度は、さっきよりも全然バッチリだった。
さっきよりもバッチリ、素晴らしい速度で凧は落ちた。
自然落下するよりも早い下降っぷりに驚愕の色が隠せない。
まるで凧の叫びが聞こえてくるかのようだ。
「俺は大地と共に生きる!」
見事に飛ぶ気配ゼロだった。
装飾用の凧だからなのか、単に俺たちのテクニックが足りなかったのか、はたまた犬に呪われているのか。
とにかくこの凧が宙を舞う様が想像できない。
たった2回の挑戦だったが、俺たちは容易に結論に達することができた。
「この凧を飛ばすのは不可能だ」
「スー君が持ってきた普通の凧を上げよう」
役立たずの和凧からヒモだけを回収し、スー君の凧糸にまずは連結をさせることに。
いつしか凧を持ち上げる係と、凧糸を持って走る係と、地面に落ちている糸を巻いて回収する係とに分担されていた。
糸の回収役であるスー君が、ここで意外な働きを見せてくれることになる。
「ああ! ああ! ああ! 絡まる~! 絡まる~!」
冗談かと思って見るとスー君は本当に絡まっていて、何が原因でそうなったのか全く理解できなかった。
ヒモを芯に巻きつけるだけの仕事なのだ。
苦戦どころか、絡まる意味が解らない。
「ヒモが! ヒモが! ああ~!」
「どうしてそんなピンチに陥っちゃうのか、意味がわかんねえ!」
見るに耐えないので、ヒモは俺が回収することに。
俺がヒモを巻いている間、同時進行で凧揚げも再開することになった。
チーフが走って、スー君が凧を離す。
この時、俺的には全米が泣いた。
なんと、凧が。
信じられないことに、どういったわけか、凧が、何故か飛んだのだ。
夢かCGじゃないのか?
いや現実だ。
凧が、なんでかよくわかんないけど、飛んでしもうた。
「うおおお!」
「飛んだー!」
「やったー! すげー!」
重ね重ね言うが、全員30代だ。
糸を引きながら凧を操って、チーフも満面の笑みを浮かべている。
「俺、今気づいたんだけど、凧揚げやると二日酔いが治る」
ホントだ!
と俺も大喜び。
「スー君もやってみるか?」
「やる!」
今度はスー君が凧を体験する。
「ああ!」
スー君が叫んだ。
「絡まる~! 絡まる~!」
凧を上空にやりたかったのだろう。
でも、何故それで糸と手が絡まって取れないことに?
「絡まるんだよう~」
「君、キング・オブ・不器用だな! 有り得ねえだろ! なんでそうなるんだよ、再びよ!」
またまた俺はスー君から仕事を奪い取る。
なんだか、負けた気分がしていた。
本来なら、俺こそが最も何も出来ないポジションに位置する人のはずなのだ。
それなのに、スー君のように、無条件で糸が絡まることはない。
ただひたすら、悔しかった。
俺以上に簡単なことさえ任せられない人がいるとは夢にも思わなかったからだ。
完敗だ。
凧揚げ自体は楽しいので、複雑な心境である。
「なんか、思ってた以上に楽しくないか?」
チーフは満足気に、「意外とテクニックが要る」などと言って悦に入っている。
彼の言う通りで、凧は何もしないと勝手に落ちてしまいそうで、ちょくちょく糸を引いたり場所を変えたりと、手間暇かけてやる必要があった。
ある程度の楽しさは予想していたが、まさかここまで面白いとは思わなかった。
「この凧を持ってきてくれたスー君に感謝だな。俺の凧しかなかったら、もう2度と凧揚げに挑戦しなかった」
これもチーフの言う通りだ。
あの決して飛ばない和凧は、飾る専用に作られた物だからなのか、今になって思えば変なところから糸がやたら伸びていて、バランスが取れるとは到底思えなかった。
和凧のみで挑んでいた場合、きっと俺たちは今頃、マスターを電話で呼び出していたことだろう。
「マスター! 凧が飛ばないの。公園まで来て」
突然の呼び出しに、凧揚げマスターもさぞかし反応に困ることだろう。
「いや、俺はいいよ、寒いし。凧揚げ、諦めなよ」
凧揚げのプロからのアドバイスが「諦めなよ」になってしまっては、こちらとしても諦めざるを得ない。
普通の、三角の凧を持ってきてくれたスー君は、もっと称えられるべきだろう。
しかし俺たちは結局、スー君にお礼を言うことができなかった。
スー君は先ほど、「ちょっと走ってくる」などと突拍子もないことを言い出し、800メートルのマラソンコースを回り始めたからだ。
せっかく飛んだ凧も涙目だ。
凧は、ぐんぐんと上昇していく。
一応、画像にも収めてみた。
謎の飛行物体みたいなことになっているが、凧だ。
「これさあ」
チーフも俺と同じく、空を見上げている。
「またやろうぜ? 春ぐらいに」
とてもさっきまで延期を訴えていた男の発言とは思えない。
でも、その意見には大賛成だった。
日が落ちてきたところで、凧をちょっとずつ下ろす。
最後に凧はふわりと地面に落ちて、俺は「夢をありがとう」とつぶやいた。
春になったら、また飛ばせてやっからな!
なあ、スー君?
と振り返ると、そこには誰もいない。
スー君は「あー! わんこちゃん!」などと感激して、人様の犬を追い駆け回していた。
よく走る人だ。
「思ってた以上に楽しかったねー」
「そうだなー」
スー君がそのままどっかに迷子にならないよう見守りながら、チーフと俺は余韻に浸っていた。
凧揚げはおそらく、定期的に続けられるに違いない。
俺は、ちゃんとした凧糸を用意しておこうと心を決めた。
February 14
凧揚げだったらやってもいい。
最初にそう言い出したのはチーフだ。
お正月に遊んでほしくて「構って構って」と駄々をこねたところ、返されたセリフがそれだった。
「たたた、凧揚げ!?」
隣に座っていたスー君が驚いて、体をぶるぶると震わせた。
絵に描いたかのようなびっくり具合だ。
チーフは普段からクールな印象なので、まさか少年心満載に「凧揚げ」とくるとは思わなかったのだろう。
だからってリアクションが大きすぎだ。
「この歳で凧揚げやったら、逆に面白いと思うんだよ」
そんなチーフの意見に、俺は瞳を輝かせる。
「やろう! 正月は凧揚げだー!」
で、何故か2月になった。
二日酔いだったりテンションが上がらなかったりで、延期になりまくったのだ。
一応、俺にもチーフにも、やる気だけはあった。
それは一緒に行くことになったスー君にしても同様だった。
スー君は姪っ子から凧を貰ってくれていたし、俺も繋ぎ足す用のヒモを大量に準備していた。
特に、言いだしっぺのチーフが素晴らしかった。
彼はわざわざ東急ハンズまで足を運び、凧の売り場を訪ねると、そんな物は販売されていないと思い知らされた。
チーフは結局、壁などに飾る用の和凧を購入したのだそうだ。
飛ぶのだろうか。
「俺が買った和凧には凧糸が付いてない。めさが用意したヒモと組み合わせて使おう」
「了解!」
俺が用意したのは凧糸というより、断然に重い作業用の麻紐である。
そのことだけは当日までの内緒だ。
でないとまた怒られる。
そうこうしているうちに、2月の13日。
起きて俺はチーフに電話を入れた。
前もって「今日こそは」と決めてあったのだ。
どんなに二日酔いであろうと、何があっても絶対に、次回こそは凧を上げよう!
例え風邪で熱が出てしまったとしても、必ず!
でも雨が降ったら延期ね?
男らしいのか軟弱なのかよく判らない意思表示も、前日からしてあった。
「もしもし、チーフ? 起きた?」
「なあ、めさ。相談なんだけど、今日はやめないか?」
「駄目! 絶対やるのー!」
「二日酔いが酷いよ」
「やだ! 絶対に凧上げる!」
「だいたい凧揚げって、企画からして良くないよ」
「チーフが言い出したんじゃん! とにかく公園に現地集合ね! 早く来てね!」
かくして俺は何度も「早くに集合しよう」とチーフに念を押した。
にもかかわらず、遅刻をしやがった。
ちなみに、遅刻をしたのは俺とスー君だ。
だだっ広い公園のベンチで、チーフが寒そうにタバコを吸っている。
「ごめんちょ。待った?」
「おう」
チーフの足元には、予想より遥かに大きな四角い凧が横たわっていた。
なんとなく、親愛なるバーの店主を思い出す。
イージーバレルのマスターは何気に凧揚げの達人で、いつかチーフにアドバイスをしていた。
「和凧は宙でクルクル回っちゃうから、足を2本ぐらい付けておくといいよ」
ここでいう「足」とは、帯状に切り取った紙のことだ。
これが凧の下方に付いていると、とっても安定した飛びっぷりを見せてくれるのだという。
チーフの凧に目をやる。
アドバイスの通り、いい感じにバランスが取れそうな新聞紙の足が2本、しっかりと装着されていた。
「俺、二日酔いの状態で、起きて5分で工作したのは初めてだ」
1人黙々と新聞紙にハサミを入れていた33歳。
お疲れ様です。
さて。
公園の、さらに開けたエリアに俺たちは移動する。
「ここでいっか?」
「だねー」
そこはたまたま、俺の思い出の場所だった。
数年前に、空手のライバルと決着をつけようと派手に決闘をした場所だ。
そんな昔話を、チーフに話す。
「こんな人目の多いとこでやったのか。聖戦だな」
「うん。なんかね? ハルマゲドン! って感じだった」
RPGのような会話をしつつ、まずは和凧に糸、というか、ヒモを取り付ける作業に入る。
「めさ、それは凧糸じゃねえ」
「風の力を信じようよ。なんだかんだいっても、結局は飛ぶって。飛ぶ飛ぶ」
「飛んでんのはお前の頭だ」
その瞬間、信じられない出来事が発生する。
そばを歩いていた犬が、いきなり猛ダッシュで駆け寄ってきて、地面に置いていた凧を全力で踏みつけた。
中型犬による、まさかのサプライズだ。
犬はかなりのハイテンションで、無駄に絶好調だった。
俊敏なフットワークで、凧にガンガン蹴りをくれている。
俺たちに何か恨みでもあるのだろうか。
犬に言葉が喋れたら、奴は間違いなくこう言っていたはずだ。
「ぜってー飛ばさせねーよ!? 上げるなっつーの! マーキングすっぞコラァ!」
こんなに酷い仕打ちは初めてだ。
やんわり撫でて、犬を凧じゃない土地に誘導しようと試みる。
俺やスー君が手を伸ばすと、犬はそれを素早くよけた。
どうやら犬は、構ってほしいのではなく、あくまで凧を攻撃したいだけらしい。
一瞬だけ逃げた犬は、驚くべきスピードで再び凧に飛び乗った。
「どうしても凧を飛ばすというのなら、俺を殺してからにしろ!」
とんでもない気迫の犬である。
「凧揚げだけは絶対に許さねえ! これでもか! これでもか! ひゃっほーう!」
人の凧の上で、この犬は実に楽しそうだ。
「ぜってー阻止してやる! たとえこの命に代えてもな!」
決死の覚悟をもった勇敢な中型犬。
「どかせるものなら、どかせてみな!」
しかし犬は、飼い主さんに怒られ、どっかに連れ去られてしまった。
「と、とにかく、上げようか」
「そうだな」
チーフにスー君に俺。
誰もが30代だ。
寒空の下、大の大人たちによる凧揚げが始まろうとしている。
「ヒモの取り付け、OK!」
「よし、めさ、走れ!」
「うい!」
「フランス語で返事をするな」
チーフに凧を構えてもらい、俺はヒモを手に、一気に走り出す。
後編に続く。
February 11
彼女はプロダクションに所属し、歌で生計を立てているのだそうだ。
歌手というより、シンガーソングライターに近いんだろうな。
そんな印象を、俺は持った。
「たいしたもんだね。凄いよ。歌で喰っていきたいって思ってる人、大勢いるだろうに。ホント凄いよ」
「そうでもないですよ」
憂うような表情を、彼女は浮かべていた。
「本当に唄いたい歌も唄えないし、書きたい詩も書けないんです」
聞けば「こんな感じの詩にしてくれ」とか「こういう曲を唄ってくれ」とか、事務所からの注文が細かくて、彼女は自分の表現をさせてもらえないのだそうだ。
そんなんでは、せっかく叶った夢が台無しだ。
「作りたい曲、あるのに」
彼女はそれで、うつむいた。
俺は俺で、この頃はスランプを感じている。
いつか創作した「砂時計」は1日で、「永遠の抱擁が始まる」は3週間で作り上げた。
にもかかわらず、最近は頭の中に物語が全くといっていいほど湧いてこない。
「俺さあ、夢の1つに、ルパン三世のシナリオを書くっていうのもあるんだよ」
気づけば酒の勢いで、俺は饒舌になっている。
「最近のルパンの映画ってさ、俺個人の基準なんだけど、全然面白いと思えないんだよ。昔は名作がたくさんあったように思えるのね? だからいつか作家になったら、昔のルパン映画を超えるようなシナリオを書いてみたいんだ」
その前に手始めといった形で、映画のような長編ではなく、簡単なシナリオを書いてみたいとも、俺は言った。
そして、今のままでは難しい、とも。
「だからさ」
1つ、彼女に提案を試みる。
「俺、近々、短編ぐらいの長さだろうけど、ルパンの話を作るよ。だから君も、自分が本当に作りたい曲を作ってみようよ」
喧騒の中、オフ会での1コマだ。
彼女は静かに、「いいですね、それ」と言った。
<ルパン3世 ――飛べ、総理大臣――>
「おいルパンよ、そのお宝ってのは、一体どこに埋めたんだ」
助手席の次元が、半ば寝ぼけたような調子で、灰皿からシケモクを取り出して咥えた。
長時間車に揺られ、疲れたのだろう。
シートを倒し、だらしなく身を沈めている。
シケモクに火を点ける様子はない。
「もーうちょっとだぜ~」
さっき訊かれた時も、全く同じセリフと陽気さで、ルパンは返していた。
次元は身動き1つしないまま、何かを諦めたように眠りにつく。
後部座席であぐらをかき、大仏のように座っている五右衛門は、相変わらず無口だ。
ルパンはカーラジオの音量を少し下げた。
ちらちらと降っていた雪は、わずかばかり強くなったようだ。
ワイパーが重たそうに左右している。
今、上空から見れば、ルパンの愛車によるスポットライトが、カーブする山道を縫っていることだろう。
お宝を埋めたのは20年前。
盗んですぐに使えば足がつく類の財産であったため、人気のない山中に埋め、眠らせることにした。
気づけば事件は時効を迎えていたので、久しぶりに日本の土を踏んだ次第だ。
そうでなければ、今のこの国には用がなかった。
バブル時代と呼ばれるような、経済的に豊かだった頃なら、あるいは盗みたい物の1つや2つ、あっただろう。
ターゲットに成り得る成金たちがうじゃうじゃいて、彼ら相手に悪ふざけをしていた当時が懐かしい。
「ん~?」
車を止め、ルパンは訝しげに眉をひそめる。
「おやま」
「ん~、どうしたルパン」
目を覚ましたらしい次元が、伸びをしている。
「こーりゃ参ったぜ~。次元、五右衛門、あれ、見てみ?」
車窓からは、雪と、それらが積もりつつある別荘らしき建物のシルエットが望めた。
別荘とはいっても、屋敷ほどの巨大さだ。
「こ~んな建物、20年前はなかったんだけんどねえ~」
「おいおい、まさかお宝、工事の時に見つけられちまったんじゃねえだろうな」
「いんや? たぶん無事だ~」
それまで寡黙だった五右衛門が、初めて口を開いた。
「なぜ解る」
「あっこに大きな柿の木が見えるだろ~? 庭の辺りさ。お宝は、あの木の根元なんだなあ~」
誰の物とも解らないこの別荘に忍び込まなければ、お宝は回収できないということらしい。
次元が溜め息をついた。
「取り合えず、どっかに車を停めねえとな」
別荘があるということは、人が来る可能性があるということだ。
目立たない場所を選んで、ルパンは車を駐車した。
一味はシャベル片手に別荘の塀をよじ登る。
「このご時世に、こーんな別荘建てちゃって、景気が良いことで、…って、おんや? 誰かいるぜ」
塀の上で、3人は目を細めた。
明かりの点いていない部屋に、人影がある。
ルパンたちが見守っているとも知らず、人影は暗い部屋で台に乗り、天井に何かをしていた。
ロープをくくりつけている様子だ。
輪になったロープの先端に、人影は頭を通す。
その人物はあろうことか、自ら踏み台を蹴って、ぶら下がってしまった。
「次元!」
ルパンが鋭く怒鳴る。
五右衛門も似たような視線を次元に向けた。
次元は言われるより早く懐から銃を抜き、首を吊っているロープ目がけ、撃った。
ガラスに、銃弾が弾かれる。
「マグナムが効かねえ! なんでえ、この別荘! ただの別荘じゃねえぞ!」
悲鳴のように次元が叫ぶと同時に、五右衛門が塀から飛び降りた。
雪が舞う。
身を低くして庭を走りぬけ、五右衛門は名刀を素早く抜いた。
闇夜に閃光が走り、強化ガラスが両断される。
五右衛門が剣を鞘に収めると同時に、人影は床に落ちた。
ロープの切断に成功したのだ。
「ふう~。ま~さか首吊り現場に遭遇するとは思わなかったぜ~」
寝室らしき部屋に運び入れると、別荘の主らしき人物は初老の男だった。
意識を失っているが、発見が早かったので、もうじき目を覚ますだろう。
「はてな、ど~っかで見たことある顔なんだよな~」
ルパンが男の顔を覗き込む。
確かに見覚えのある顔に思えた。
次元も「たぶんどっかの有名人だろうな」などと曖昧な感想を漏らしている。
「む。この老人、まさか」
五右衛門が言うと同時に、玄関のチャイムが鳴った。
「やっべ、来客だあ~」
ルパンはジャケットの内ポケットから粘土のような物を取り出し、まだ目覚めない男の顔に貼り付けている。
変装するための顔型を作っているのだ。
別荘の主に成りすまし、来客を誤魔化そうといった魂胆らしい。
「こーりゃ短時間じゃ無理だぜ~。五右衛門、行ってくれ」
「な、なぜ拙者が!?」
慌てふためく五右衛門に、ルパンはてきぱきと変装を施していく。
使用人の振りをして、客を適当に追い返してくれ、ということのようだ。
「拙者、そういう仕事には向いてなかろう!」
「次元はヒゲがあるから、召し使いって感じにならないんだよ~ん。はい完成っと」
いつの間にか着替えまで完成している。
もう1度、チャイムが鳴った。
「さ、早く行った行った~!」
「し、しかし!」
非難空しく、五右衛門は部屋を追い出されてしまう。
おのれルパンめ。
拙者に行かせた理由はヒゲの有無ではなく、たちの悪い悪戯心からであろうに。
その文句に思いが至った頃はすでに遅く、五右衛門は既に玄関に到着していた。
「夜分遅くに失礼します! インターポールの銭形です!」
「な…!」
銭形と、彼が提示している警察手帳を見て、五右衛門は目を丸くした。
天候はさらに悪化したのだろう。
お馴染みの茶色いトレンチコートと、同じ色をした帽子には雪が積もっている。
それにしても、なぜ銭形が。
「突然の訪問に驚かれるのも無理はありません。実は私、かの有名な犯罪者、ルパン三世とその一味を追っておる者でして」
どうやら銭形は、五右衛門の変装に気づいてはいないようだ。
「先ほど、パトロール中の部下から、ルパンの愛車がこの山道に入っていったとの情報が入りました。そこで私も慌てて追って来たのですが、いやはや、なんとも、実は車がエンコしてしまい、立ち往生してしまいました。お恥ずかしい限りです」
恥かしいのは使用人に扮した今の自分である。
来客が銭形だと知っていれば、さすがのルパンも拙者に変装なんぞさせたりはしなかったものを。
引きつった愛想笑いを浮かべながら、五右衛門はそんなことを思った。
「ご迷惑とは存じますが、電話を拝借させていただきたい」
「あ、ああ。そういうことでしたら、こちらへ」
「はッ! ご協力、感謝します! 失礼します!」
銭形を招き入れ、五右衛門は思いを巡らせる。
電話はどこだ。
「なあに~!? 雪が酷くて助けに来られない~!?」
受話器に向かって、銭形は怒鳴っている。
確かに外の雪は酷くなっていて、吹雪に近い状態だ。
「う、む。そうか解った」
警部は諦めたらしく、受話器を置いた。
使用人らしく、五右衛門はテーブルにコーヒーをすっと置く。
居間と思わしき部屋に最初に案内できたことも、コーヒーの場所が簡単に解ったことも、五右衛門にとっては奇跡的な幸運だ。
銭形が「恐れ入ります」とソファに腰を下ろした。
「や、これはこれは、痛み入ります」
砂糖もミルクも入れず、コーヒーをすすると、銭形は申し訳なさそうな顔をした。
「実は、この天候のせいで、私は身動きが取れなくなってしまったようでして」
「どうされましたかな?」
ようやくルパンが変装を終えたようだ。
ドアが開き、別荘の主がニコニコと入ってきた。
来客が主の知人だと思っていたからこそ、ルパンは苦労して主に化けたのだが、それなのに訪ねてきたのが銭形だったとはさすがに計算外だったらしい。
「とっつぁ…! いえ、初めまして。どちら様でしょうか」
「ご主人でいらっしゃいますか! 夜分に失礼しております! インターポールの銭形です!」
そっと部屋を後にしようと五右衛門がドアノブに手をかける。
その瞬間、銭形は変装したルパンに対し、聞き捨てならない言葉を言い放った。
「あなたはもしや! 総理大臣!? 首相ではないですか!」
これにはルパンも五右衛門も目を見開いた。
February 10
それぐらい、大いに盛り上がった。
「もう1週やるべきだったのに…。俺のばかッ!」
切にそう思う。
2月5日ではなく、最終日は翌週の12日にしておけばよかった。
お情けチョコを大量に頂戴する絶好の機会だったのに。
そう。
俺は、バレンタインのことをすっかり忘れ去っていたのだ。
無計画にオフ会の日取りを設定した時の自分をグーでぶってやりたい。
いや待てよ?
せっかくの日記スペースだ。
ここは1つ、ペンの力でチョコを大量入手するための心理トリックを施してみるべきじゃないか?
そうだそうだ、そうしよう。
というわけで、今さらだけど、女子の人はここから下だけをご覧ください。
上の文は読まないでちょ。
では、いきます。
「めささん、1つだけ言えることはね?」
主治医は神妙な面持ちだ。
「あなたの血糖値は低すぎます。何か甘い物を摂取しなければ、命にかかわりますよ」
「何ですってェ!?」
困ったことになった。
ドクター曰く、2月の中旬ぐらいに甘い物を大量に食べなくては、命がとっても危険なことになるらしい。
「しかし先生、俺にはお菓子を買うような金銭的余裕がありません」
「誰かに買ってもらうか、あるいは作ってもらう他ありませんな」
「マジですかー」
「マジですねー」
ここをご覧の皆さん。
今まで、本当にありがとうございました。
俺、今まで生きてきて、最高に楽しかったです。
2月の中旬といったら、あとわずか。
甘くて黒くて、お口で溶けて手で溶けない系の洋菓子でもあれば助かるのでしょうが、とてもじゃないけど俺にはチョコっとカカオです。
今になって思えば、皆さんに笑ってほしくて始めた日記ではありますが、最後の最後で悲しませるようなことを書いてしまって、本当にバレンタイン。
助かる見込みがあるとするならば、女子による手作り、いえ。
何でもありません。
ただの14日です。
それでは、どうか皆さんだけはお元気で。
今まで、本当にありがとうございました。
また来世でお逢いできることを、海よりも深く、ゴディバより高く願っています。
最高だったぜ、みんな!
絶対に忘れないからな!
だからみんなも、心の片隅でもいいから、俺のことをずっと甘党だと思ってください!
ありがとな!
これで良し、と。
我ながら、なんてさり気ない仕上がりだろうか。
January 27
ったく、冗談じゃない。
なんなんだ、あの映画は。
ふざけんな!
行きつけのアメリカンバー、イージーバレル。
頼んでもいないのに、マスターがDVDを再生させた。
邦画「恋空」は賛否両論あるようだが、俺は最初から興味を持っていなかった。
原作も読んだことがない。
それなのにマスターが、嗚呼マスターが。
「まあ、見てみてごらんよ」
仕方ないから拝見させていただいたが、本当に何なんだ、あの映画は!
文句を挙げたらキリがない。
まず、キャラ設定に問題ありまくりだろ。
数々の言動が優しくて恰好良くて、あんな男子がいたら男の俺でもうっかり惚れるわ!
ばかが!
同性をときめかせてんじゃねえよ!
ヒロインもだ。
切なさや思いやりがウゼーぐらいに素晴らしすぎて、心に染み込んできちまったじゃねえか!
こんなにも優しい気分になれるとは夢にも思わなかったぜ。
オメーみてえな女は、俺と結婚でもしてればいいさ!
で、俳優が美男美女?
ハァ!?
ここまできたらもう正直に、あえて言葉を選ばずに言わせてもらうぜ?
全然お似合いなんだよ!
このベストカップルが!
ホントぶっ飛ばしてえ。
ぶっ飛ばしたくてたまらねえよ。
テメーらみてえなカップルは、幸せにならねえとぶっ飛ばすって言ってんだよ!
キュンキュンくるんだよ、胸によォ!
だいたい、なんでなの?
なんで何かトラブルがある毎に、俺を頼って来ねえ!?
何よりもそこが許せねえ!
いや、キャラだけじゃねえ。
出演してる役者ども全員に対しても、説教したくてたまらねえよ!
恥ずかしくねえのか?
よくぞまあ、あんなにいい味を出せたもんだ。
演技はまるで成ってないね。
だって、ちっとも演技に見えなかったもんよ。
はっきり言ってやる。
所詮、お前らはただの天才だ!
で、最高級に駄目だったのは、忘れもしねえ。
ラストシーン、あれは見れたもんじゃねえ!
涙で目が霞んで、ちっとも見れたもんじゃなかったよ!
涙目のまま帰る客のことを、考えたことがありますか?
っつーか全体的に、ホント駄目。
理想的すぎて、なんか映画みたい。
あんな彼氏は彼氏じゃねえ。
英雄だ!
ホントにもう、こんな熱い気持ちは久々だろうが!
だから見たくなかったんだよ!
ばかが!