夢見町の史
Let’s どんまい!
January 03
明けましておめでとうございます。
皆さんの年明けはいかがでしたでしょうか?
俺は例年通り、行きつけのバーで年を越しました。
イージーバレルには、見慣れた面々が楽しそうにお酒をたしなんでいます。
「去年の反省って意味でさ」
マスターが皆の顔を見渡しました。
「2007年の自分に足りなかったものを、みんなで打ち明けていこうよ」
昨年の自分に足りなかったもの?
地位と名誉と富が、俺には全然足りていませんでした。
足りてないどころか、欠片もありません。
もはや夢も希望もありません。
「そういうんじゃなくてさ、もっとこう、精神的なもの」
それで皆口々に、忍耐だとか余裕だとか集中だとか人としての心だとか、真摯に自分を受け止めた上での「自分に不足しているもの」を述べていきます。
「Yさんには、何が足りてなかったと思う?」
常連の美女、Yさんも回答を迫られていました。
彼女の声は店内の喧騒に負けてしまい、俺たちの耳には次のように入ってきます。
「私に足りないのは、そうだなあ。放尿かな?」
確かに放尿って聞こえました。
これは一大事です。
嫁入り前の美人が言うに事欠いて、「2007年は放尿が足りなかった」と涼しい顔で公表しました。
1年間、彼女の腎臓は一体何をしていたのでしょうか。
ギネスもんです。
全員、それはもうビックリしてしまい、誰もが「父さんはな、実は母さんなんだ」と言われたかのようなもの凄い形相になっていました。
「わ、Yさん? 放尿は日常的に行おうよ」
「ち、違う! 私そんなこと言ってない!」
「っつーかトイレか病院に行きなって」
「放尿なんて言ってないってば!」
「年単位か…。とんでもないな、それは」
「違うんだったらー!」
俺は今でも、そばにいた友人が発した一言が忘れられません。
「めさ、『永遠の放尿が始まる』って短編でも書いてあげればいいじゃん」
始まらねえよ、そんなもの。
それにしても「放尿」なんてアグレッシブなキーワードだけで盛り上がるバーなんて初めてです。
「Yさん、大胆な告白ありがとう」
「ち、ちが、私は…!」
「じゃあ次の人」
最後の最後まで、彼女1人だけが、本当は何が言いたかったのかを聞いてもらえていませんでした。
俺は俺で既に、Yさんの排泄事情とは別のことに好奇心が起こっています。
みんなに訊ねてみたい質問が思い浮かんでいました。
「ところでみんな、去年の抱負って覚えてる? それってちゃんとクリアできてた? せっかくだから聞きたいなあ」
自分の中で、非常に興味がある事柄でした。
Yさんはどうだった?
去年は、どんな抱負を持っていた?
話を振ると彼女は、
「私? えっとねえ」
そこから先は、やはり喧騒にかき消されていて、俺たちにはこう聞こえました。
「去年の抱負は、カタカタいわないこと」
一体どこの音なのでしょうか。
彼女の何がカタカタ鳴っていたのでしょうか。
今までの会話をまとめると、こうです。
「去年の自分に足りていなかったものは?」
「放尿」
「じゃあ去年の抱負は?」
「カタカタいわないこと」
俺たちはアンドロイドと喋っているのでしょうか。
またしても、彼女は全員からガン見されていました。
「Yさん、カタカタってそれ、何が鳴ってたの? どこの音?」
「だから、そんなこと言ってないってば!」
「大丈夫だよYさん。俺が知る限り、去年のYさんはカタカタいってなかったよ。大丈夫」
「違うって言ってるじゃん!」
「Yさん、油断するとまたカタカタ鳴るかも知れないから気をつけて」
「油断すると鳴るって何よー! 私は1度もカタカタなんていってない!」
最終的にYさんは、涙目でした。
Yさんって何?
新手の天才?
彼女が結局、何を言いたかったのかは最後まで解らずじまい。
前触れなく出現した初謎に、俺たちは頭を悩ませたのでした。
本人に訊いたらいいのに。
さて、2008年。
この1年も、皆さんの何かがカタカタいいませんように。
そして、余すことなく笑いと幸福に包まれますように。
この日記をもちまして、親愛なる皆様への新年のご挨拶と代えさせていただきますね。
めさでした。
本年も、どうぞよろしくお願い申し上げます。
December 31
何を書こう。
日記のネタは色々とあるのに、今日何か綴るとしたら、タイミング的にはこの1年間を振り返らなきゃいけない空気じゃんか。
何故なら今日は大晦日。
あれもこれも書きたかったのに。
日々の忙しさが悔やまれる。
クリスマスに2人で飲みに行ったこととか、書きたかったなあ。
なんてことを考えていて自然に発生するのは、俺の中の天使と悪魔だ。
悪魔「いいから書いちまえよ。書いて、欲望の全てを満たしちまえよ」
めさ「え~、そう~? じゃあ、書いちゃおうかなあ」
天使「いけません! そんなことを書いて満足しているようでは、人間として失格です! だから死ね?」
めさ「お前が天使っぽいのは最初の一言だけじゃん」
悪魔「とにかく、どうだったんだよ、クリスマスの夜は」
めさ「フッ! それはもう、熱く語り合ったものさ」
天使「会社の先輩とね」
めさ「余計な一言を付け足すな」
天使「スガマラ氏、ご覧になっておりますでしょうか? 男同士でクリスマスに飲んでいたことが公表されています。告訴すべき事態です」
めさ「俺はお前を告訴したいよ」
悪魔「どんなことを話したんだ?」
めさ「では、再現VTRをどうぞ」
スガマラ「めささん」
めさ「はい?」
スガマラ「社内にいる、うちらの世代でね? 結婚してないの、俺とめささんだけなんですよ」
めさ「なんでそんな大事なこと、この聖なる夜に気づかせるんですか!」
めさ「忘れられないクリスマスだったよ。できれば再現したくなかった…」
悪魔「つまり書きたくなかったんじゃねえか」
めさ「他にもね? 今までゴルフボールだったのに、リンゴン球になったことも嬉しかった」
天使「ものの見事に意味が解りません」
悪魔「まさか天使に同意する日が来るとは思わなかったぜ」
めさ「違うのー! 俺は最近、左手を多様することで、右脳に刺激を与えるようにしているんだ。右脳というのは主にインスピレーションや勘を携るとされているからね。神経の作りから、体の左側面を使うと、右の脳を働きやすくすると言われているのさ。そこで思い出したのが、リンゴン球!」
悪魔「それが解らねえって言ってんだ。オメー右とかじゃなくて、脳は全体的に鍛えろよ」
天使「いけません! 話が長そうなので、読者様が実家に帰りたくなってしまいます」
めさ「それは大変じゃないか! くそう。じゃあ、仕事の見本で指をガンってした話も、6個の予備ゴルフボールを一気にアレした話も、次回に譲るとしよう」
悪魔「もう1度言う。お前は右だけじゃなく、脳全体を鍛えろ。ちょっとした言語障害になってるぞ」
天使「元旦に大の大人だけで集まって凧揚げをやろうとしている計画も、別の機会にお願いします」
めさ「ロマン溢れる企画だべ?」
悪魔「誰も来なさそうだけどな」
めさ「とにかく振り返るぞ! 2007年を!」
天使「いけません! 疲れました」
悪魔「来年にしろよ、そういうのはよ」
めさ「駄目だ駄目だ! ったく、ばかが! だって明日も色々あるから更新できないじゃん? ってことは今やらなきゃ!」
悪魔「ああそう。仕方ねえな。じゃあ、訊いてやるけどよ、どうだったんだ、今年はよ」
めさ「人並みに色々ありました」
天使「それで、来年の抱負は?」
めさ「ある意味、新天地を目指します」
悪魔「話にならねえ」
天使「いいえ、これは素晴らしいことです! これだけの行数を使って、最終的に何1つ誰にも伝えられないというのは、実に恐ろしい才能です」
めさ「お前らがいなきゃ、もう少し話をまとめられたんだよォ!」
悪魔「分かった分かった。じゃあ黙っててやるからよ、まとめてみろよ」
めさ「2007年は希望と絶望の狭間で、俺は人間として生きるための葛藤を胸に秘め、つまりね? 色々あったわけ」
天使「ねえよ」
めさ「邪魔するなって言ってんだよォー! だいたい『ねえよ』ってお前、あったらどうすんだよ! そこを否定するなよ! ああもう、今日の俺はよく喋る。とにかく、最初から言うね? 2007年は希望と絶」
もう過去は振り返らない。
って言ったらカッコイイけど、実は振り返るともっと長くなってしまうので、やめちゃいました。
上記に挙げた謎のエピソードの詳細は、近々時間を作って紹介させていただきますね。
あと、来年は久しぶりに犯人当てクイズを作ってみたい。
文字のみで表現できる斬新な仕掛けも作ってみたい。
ミクシィで「変な寝言が忘れられない」の他にも、もう1つぐらい大きくなりそうなコミュニティを作ってみたい。
やりたいこと、いっぱいで幸せ。
皆さん、今年も本当にお世話になりました。
来年も楽しんでいただけるよう頑張りたいと思っています。
どうか引き続き、お付き合いくださいませ。
2008年も、よろしくお願い申し上げます。
めさでした。
December 21
カウンター席には、Y氏が先に着席していた。
「お、Yさん、こんばんは」
「ども」
手短に挨拶を済ませ、俺もカウンターの空席に腰を下ろす。
最近は忙しかったり貧乏だったりで、すっかり馴染みのアメリカンバーから遠のいてしまっていた。
だから、イージーバレルでゆったりと飲むのは久しぶりのことだ。
もうすぐクリスマスだというのに、サンタやツリーのが飾られていないところが、いかにもこのお店らしい。
「めさ君、これ」
前触れなく、Y氏は俺に小さな包みを差し出してきた。
「え!? 何々!?」
突然のプレゼントに、俺は嬉しそうに困って慌てふためく。
「なんでなんで!? これ何!? 今日って俺、誕生日でしたっけ!? きゃー!」
お前の誕生日は来月である。
「あ! じゃあもしかして、クリスマスプレゼント!? イエスッ!」
キラキラした目で、俺はY氏を直視した。
彼は煙草の煙を吐いて、そしてフッと笑う。
「違う。昔めさ君から貸してもらった本」
文庫本を返すのに、わざわざ紛らわしい梱包を施していたY氏。
これはこれでサプライズである。
ところが俺には、Y氏に本を貸した記憶なんてない。
「俺、Yさんに本なんて貸しましたっけ?」
訊ねながら、せかせかと中身を取り出した。
すると、5年ぐらい前に無理矢理Y氏に貸しつけた推理小説が出現。
瞬時に全ての合点がいく。
謎は解けた。
俺は彼に頼まれてもいないのに本を貸していた。
すっかり忘れてた。
「よく覚えてましたね、この本のこと。貸した俺が忘れてた」
「部屋の掃除をしてたらね、たまたま出てきたんだ」
つまり、5年で返ってきたのは早かったということなのかも知れない。
「ちぇ。クリスマスプレゼントなのかと思ったのに」
唇をとんがらせていると、すかさずマスターがフォローを入れてくれる。
「めさ君、ちゃんと本の中身をチェックした? Yさん気を利かせて、1万円ぐらい入れてくれてるかもよ?」
なんだってェ!?
仕舞った文庫本を再び取り出し、パラパラとページをめくる。
俺の心の中では既に、福沢諭吉が10人ぐらいで大爆笑していた。
「なんだよう、Yさぁん。凝ったことするなあ。ニクイ!」
気味が悪いぐらいの満面の笑みだ。
しかし、ない。
10人どころか、福沢さんなど1人もいない。
眼光鋭く、俺はYさんを見た。
「どういうことです?」
こんな酷い仕打ちは初めてだ。
ショックの色が隠せない。
「Yさん、何か入れ忘れてますね」
「え!? 何も忘れてないよ!」
「やだ。入ってないもん。もう1度貸します」
Y氏に強引に本を押し付け、俺は「次こそちゃんと入れといてね!」と強く念を押した。
Y氏、何も悪いことしてないのに。
December 20
<まえがき>
前回の「1+1=おかしな話」にはちょっとした暗号が組み込んであったため、文全体にどこか違和感を感じられたことと思います。
なので今回は気楽にお読みいただけるよう暗号をなくし、読みやすさに重点を置いてみました。
内容は前回と全く同じです。
今回の文章は、前回のおまけと解釈してやってください。
ぶっちゃけこれは、縦読み加工をする前の、原作に当たる記事です。
楽しんでいただけたら幸いです。
<文章A・あるアグレッシブな乙女の心情>
ずっと憧れだった彼と初めて、ようやく2人きりになれる。
もう、胸のドキドキが止まらない。
今日こそ、絶対に告白してやる。
もちろん今日のは勝負パンツだ。
ちょっと大胆にスケスケの生地で、Tバックのやつを履いてきた。
もうすぐだ。
もうすぐ彼と、やっと2人きりになれる!
待ち合わせ場所にはわざと遅れて行こうかとも思っていたんだけど、やっぱりそれはできなかった。
彼、早く来ないかしら。
なんだか、ぞくぞくしちゃう。
こうなったらもう、自分からキスしてしまおうか。
ううん駄目よ、恥ずかしい。
なんてことを考えていると、2人の時間はいつの間にか始まっていた。
「あの、好きな食べ物って何?」
「別に、俺は何でも好きだけど。ってゆうか、そんなのどうでもいいじゃないか」
そんな素っ気無い素振りの彼に、もうメロメロだ。
なんだか変な気分になってしまいそうで怖い。
すっごい強力な恋心の波動に、我ながら戸惑う。
…このまま2人でお泊りなんて、できたら最高なんだけどなあ。
彼がすぐ目の前にいるにもかかわらず、さっきから妄想が止まらない。
「ははは、最高の夜だね」
「今夜は、帰りたくないなあ。なんか、酔っちゃったみたい」
「おいおい、妄想だからってそれ、急展開すぎるだろ」
ナイスツッコミ!
そのまま盛り上がって、それで夜には…。
めっちゃヨダレが止まらない。
ドMな自分としては、果てしなく猛烈に攻めてきていただきたい。
逆に、こっちから先に脱いだりとかしちゃおうか。
とにかくもう、どうにかしてくっ付きたくてたまらない。
1度でも掴んだら、もう2度と離さない!
抱き合ったまま一緒に歳を取って、一生を幸せに暮らすの。
なーんてね。
さすがにそれは無理か。
では、気を取り直して会話タイムだ。
「よぉし! うんと、えっと…、あの、ねえ? そろそろお腹、空かない?」
「あれ? この前ダイエットするって言ってなかったっけ?」
「今日はいいの! なんでも食べていい日なの、今日は」
「と言っても、なんだかね。気軽に焼肉屋に連れてくわけにもね。構わないならご馳走するけどさ」
「そういうの賛成! お肉大好きー!」
だんだんいい雰囲気になってきた。
色んな意味で、大好物が今、目前に広がっている。
というわけで、いただきます!
ジューシーなお肉に手を出した。
彼は既に上着を脱いでいて、そのたくましい体型にどうしても目がいってしまう。
「ホント美味しそうだよなあ」
彼から可愛く見えるよう意識しながら、こくりとうなずいて見せる。
彼に笑顔が増えてきたことも嬉しい。
めくるめくおピンクな夜が、これから訪れようとしている。
<文章B・あるプロボクサーの状況>
いよいよ待ちに待ったタイトルマッチだ。
俺は今夜、挑戦者としてリングに立つ。
会いたかったぜ、チャンピオン。
それだけが頭を巡り続けている。
獲物を前に興奮する、飢えた獣のような心境だ。
「がんばってー!」
客席から届いた声援が、さら俺を奮い立たせた。
ロープをまたぎ、ガウンを脱ぎ去る。
試合用トランクスがあらわになり、観客たちは「おおー!」と沸き立った。
俺は挑戦者だから、チャンプより先にリングに上がることになっている。
ようやく入場してきたチャンプに、俺は熱の篭った視線を投げつけた。
向こうも気合いが入っているらしく、俺を睨みつけてくる。
ここで気迫負けてなどしてはいられない。
相手に歩み寄り、俺はギラギラした目つきで額と額とを接触させた。
やがて大歓声の中、ゴングの音が鳴り響く。
まずは様子見だ。
ジャブを数発、連射する。
本気で攻めているというのに、さすがはチャンピオンだ。
ガードが固い。
はっとした次の瞬間、相手は俺の顔面めがけ、殴りかかっくるところだった。
やられる!
無我夢中になって身をかわし、慌ててガードを上げる。
ここからのチャンプは、まさしく鬼のようだった。
ベルトを奪取するにも、そう簡単にはいかないということだ。
どうにかしなくては。
できるだけ被弾を避けながら、俺はすっと相手の懐に潜り込む。
クリンチだ。
そうこうしているうちに、第1ラウンド終了をゴングが告げる。
さすがにすぐには、何もさせてもらえなかったか。
コーナーに戻ると、セコンド陣からの激が矢継ぎ早に飛んできた。
「なんだあのザマは! もっと自分から積極的に行け!」
「一体あの減量は何のためだったんだ!?」
「水も飲まずメシも喰わず、今日のために頑張ってきただろうが!」
「最後まで諦めるなよ!? まずは相手の足止めをするんだ」
「もっと強気に! 狙いはボディだ!」
俺はうなずき、マウスピースを咥える。
やるか、やられるかだ。
俺は覚悟を決め、捨て身になって突進することにした。
狙いは胴体。
ナイスボディ!
と、セコンドが賞賛の声を上げた。
チャンピオンの拳1つ1つに込められた殺気が、だんだん見えるようになってきた。
これなら、どうにかやれそうな気がする。
まだまだ勝負はこれからだ!
<文章A+文章B>
いよいよ待ちに待ったタイトルマッチだ。
俺は今夜、挑戦者としてリングに立つ。
ずっと憧れだった彼と初めて、ようやく2人きりになれる。
もう、胸のドキドキが止まらない。
会いたかったぜ、チャンピオン。
それだけが頭を巡り続けている。
今日こそ、絶対に告白してやる。
獲物を前に興奮する、飢えた獣のような心境だ。
「がんばってー!」
客席から届いた声援が、さら俺を奮い立たせた。
ロープをまたぎ、ガウンを脱ぎ去る。
試合用トランクスがあらわになり、観客たちは「おおー!」と沸き立った。
もちろん今日のは勝負パンツだ。
ちょっと大胆にスケスケの生地で、Tバックのやつを履いてきた。
もうすぐだ。
もうすぐ彼と、やっと2人きりになれる!
待ち合わせ場所にはわざと遅れて行こうかとも思っていたんだけど、やっぱりそれはできなかった。
俺は挑戦者だから、チャンプより先にリングに上がることになっている。
彼、早く来ないかしら。
ようやく入場してきたチャンプに、俺は熱の篭った視線を投げつけた。
向こうも気合いが入っているらしく、俺を睨みつけてくる。
なんだか、ぞくぞくしちゃう。
ここで気迫負けてなどしてはいられない。
相手に歩み寄り、俺はギラギラした目つきで額と額とを接触させた。
こうなったらもう、自分からキスしてしまおうか。
ううん駄目よ、恥ずかしい。
なんてことを考えていると、2人の時間はいつの間にか始まっていた。
やがて大歓声の中、ゴングの音が鳴り響く。
まずは様子見だ。
ジャブを数発、連射する。
「あの、好きな食べ物って何?」
「別に、俺は何でも好きだけど。ってゆうか、そんなのどうでもいいじゃないか」
本気で攻めているというのに、さすがはチャンピオンだ。
ガードが固い。
そんな素っ気無い素振りの彼に、もうメロメロだ。
なんだか変な気分になってしまいそうで怖い。
すっごい強力な恋心の波動に、我ながら戸惑う。
…このまま2人でお泊りなんて、できたら最高なんだけどなあ。
彼がすぐ目の前にいるにもかかわらず、さっきから妄想が止まらない。
「ははは、最高の夜だね」
「今夜は、帰りたくないなあ。なんか、酔っちゃったみたい」
「おいおい、妄想だからってそれ、急展開すぎるだろ」
はっとした次の瞬間、相手は俺の顔面めがけ、殴りかかっくるところだった。
ナイスツッコミ!
そのまま盛り上がって、それで夜には…。
やられる!
めっちゃヨダレが止まらない。
無我夢中になって身をかわし、慌ててガードを上げる。
ここからのチャンプは、まさしく鬼のようだった。
ドMな自分としては、果てしなく猛烈に攻めてきていただきたい。
ベルトを奪取するにも、そう簡単にはいかないということだ。
逆に、こっちから先に脱いだりとかしちゃおうか。
とにかくもう、どうにかしてくっ付きたくてたまらない。
どうにかしなくては。
できるだけ被弾を避けながら、俺はすっと相手の懐に潜り込む。
クリンチだ。
1度でも掴んだら、もう2度と離さない!
抱き合ったまま一緒に歳を取って、一生を幸せに暮らすの。
なーんてね。
さすがにそれは無理か。
そうこうしているうちに、第1ラウンド終了をゴングが告げる。
さすがにすぐには、何もさせてもらえなかったか。
コーナーに戻ると、セコンド陣からの激が矢継ぎ早に飛んできた。
では、気を取り直して会話タイムだ。
「なんだあのザマは! もっと自分から積極的に行け!」
「よぉし! うんと、えっと…、あの、ねえ? そろそろお腹、空かない?」
「一体あの減量は何のためだったんだ!?」
「あれ? この前ダイエットするって言ってなかったっけ?」
「水も飲まずメシも喰わず、今日のために頑張ってきただろうが!」
「今日はいいの! なんでも食べていい日なの、今日は」
「最後まで諦めるなよ!? まずは相手の足止めをするんだ」
「と言っても、なんだかね。気軽に焼肉屋に連れてくわけにもね。構わないならご馳走するけどさ」
「もっと強気に! 狙いはボディだ!」
「そういうの賛成! お肉大好きー!」
俺はうなずき、マウスピースを咥える。
だんだんいい雰囲気になってきた。
やるか、やられるかだ。
色んな意味で、大好物が今、目前に広がっている。
俺は覚悟を決め、捨て身になって突進することにした。
というわけで、いただきます!
ジューシーなお肉に手を出した。
狙いは胴体。
彼は既に上着を脱いでいて、そのたくましい体型にどうしても目がいってしまう。
ナイスボディ!
「ホント美味しそうだよなあ」
と、セコンドが賞賛の声を上げた。
彼から可愛く見えるよう意識しながら、こくりとうなずいて見せる。
チャンピオンの拳1つ1つに込められた殺気が、だんだん見えるようになってきた。
彼に笑顔が増えてきたことも嬉しい。
これなら、どうにかやれそうな気がする。
まだまだ勝負はこれからだ!
めくるめくおピンクな夜が、これから訪れようとしている。
December 18
<文章A・あるアグレッシブな乙女の心情>
きゅんと胸が締めつけられるのは、ずっと憧れだった彼と初めて2人きりになれるからだろう。
だからこそ、変な吐息が自然と漏れる。
よく恋は盲目というけれど、本当にそうなるから恐ろしい。
「いつもあなたのこと、考えてます。ずっとずっと、あなたのことが好きでした」
つまりそう、なんというか、今日こそは告白をしたいと考えている。
もうそろそろ、しっかりと伝えたい。
くふふ、もちろん今日のは勝負パンツよ。
だって今日は、やっと彼と2人きりになれる!
さっきまで、待ち合わせ場所にはわざと遅れて行こうかとも思っていたんだけど、やっぱりそれはできなかった。
本当にぞくぞくしちゃう。
もう自分からキス、してしまおうか。
ううん駄目駄目恥ずかしい、なんてことを考えていると、デートはいつの間にか始まっていた。
「あの、好きな食べ物って何? 例えば果物とかだと」
「りんごかなあ? でも別に、俺は何でも好きだけど。ってゆうか、そんなのどうでもいいじゃないか」
うん、やっぱりいいわ、この人。
ごめんなさい、私は素っ気無い素振りのあなたに、ぞっこんラブです。
ざっくばらんなやり取りをしているだけで、満面の笑みが浮かんでしまう。
いけない!
また変な気分になってしまいそうだ。
すっごい強力な恋心の波動に、我ながら戸惑う。
…このまま2人でお泊りなんて、できたら最高なんだけどなあ。
実は、彼がすぐ目の前にいるにもかかわらず、さっきから妄想が止まらない。
「ははは、最高の夜だね」
「今夜は、帰りたくないなあ。なんか、酔っちゃったみたい」
「回収しちゃうぜ? いいのかい君?」
「のりちゃん、って呼んで。君なんて呼び方、イヤ」
「おいおい、妄想だからってそれ、急展開すぎるだろ」
話にならん、と想像の中の彼に叱られる。
ナイスツッコミ!
シックなベットの上とかで、そんな調子で攻められちゃったりしたらもう…。
めっちゃヨダレが止まらない。
う~ん、それにしてもこの男、素敵すぎる。
なんかこう、彼には妄想以上に激しく、日記に書けないレベルで攻めてきていただきたい。
とりあえず逆に、こっちから先に脱いだりとかしちゃおうか。
思想が異常だってことは、正直自分でも解っている。
っとに、何を考えてるのだろうか。
たぶん自分は今、世界の変態ランキングの上位に位置している。
のんびりと構えつつ、それでいて純愛に気合いを入れなくては。
がっつり掴んだら、何があっても離さないんだから!
…それで、抱き合ったまま一緒に歳を取って、一生幸せに暮らすの。
では、気を取り直して会話タイムだ。
「よぉし! うんと、えっと…、あの、ねえ? そろそろお腹、空かない?」
「是非とも何か食べたいね。あれ? でもダイエット中だって言ってなかったっけ?」
「今日はいいの! なんでも食べていい日なの、今日は」
「と言っても、なんだかね。気軽に焼肉屋に連れてくわけにもね。構わないならご馳走するけどさ」
「楽しそうじゃん! そういうの賛成! お肉大好きー!」
ん、だんだんいい雰囲気になってきた。
では、いただきます!
てぐすね引いて待ちわびた大好物が今、目前に広がっている。
ねえ、上着を脱いだあなたは、どうして体型までもが素敵なの?
「よく見ると、ホント美味しそうだなあ」
しっかりと可愛さを意識しながら、こくりとうなずいて見せる。
めくるめくおピンクな夜が、これから訪れようとしている。
<文章B・あるプロボクサーの状況>
大晦日の今日は、いよいよ待ちに待ったタイトルマッチだ。
好戦的に奮い立つ気持ちを胸に秘め、俺は今夜、リングに立つ。
皆の人気者、チャンピオンさんよ、会いたかったぜ。
…それだけが頭を巡り続ける。
お目当てだった獲物を前に興奮する獣のような心境だ。
読もうと欲するは相手の心情、見つめ直すは我が肉体、染み入るはスポットライトと観客の熱気、様々な想いと空気が交差する。
みるみるうちに俺の瞳は熱く燃え上がり、試合用トランクスさえも焦がす勢いだ。
つまらない取り決めだとは思うが、俺は挑戦者だから、チャンプより先にリングに上がっていた。
てくてくと、まるで余裕を見せつけるかのような足取りで入場してくるチャンプを睨みつけると、向こうも俺と同じように眼光を鋭くしてくる。
当然のことながら、ここで気迫負けてなどしてはいられない。
にじり寄り、額と額を接触させるぐらいに近づけ、俺はさらに相手を威嚇する。
大歓声の中、ゴングの音が鳴り響いた。
感慨に浸るより先に、まずは様子見だ。
激しくジャブを連射する。
がんがん攻めているというのに、さすがはチャンピオンだ。
とてもじゃないが、この強固なガードは簡単には崩せそうもない。
はっとした次の瞬間、相手は俺の顔面めがけ、殴りかかっくるところだった。
やられる!
とにかく俺は夢中になって身をかわし、慌ててガードを上げる。
ここからのチャンプは、まさしく鬼のようだった。
どうにか猛攻に耐えられたのは、ベルトだけは絶対に奪ってやるという決意の表れだ。
できるだけ被弾を避けながら、俺は必死になって相手の懐に潜り込み、クリンチでしのぐ。
するとチャンプは身をよじり、逃れようとあがいた。
頑として譲らぬまま、第1ラウンド終了をゴングが告げる。
張り合うには少々荷が重い相手だがしかし、勝負はまだまだこれからだ。
つい頭の中で泣き言と強がりを同時に言ってしまい、我ながら情けなく思う。
たどたどしくコーナーに戻ると、セコンド陣からの激が矢継ぎ早に飛んできた。
「しっかりしろ! なんだあのザマは! もっと自分から積極的に行け!」
「…おい! 一体あの減量は何のためだったんだ!?」
「非の打ち所がないぐらいの努力をずっとしてきただろうが! お前は水さえも飲まなかった! ろくにメシも喰ってねえ! それでもお前は泣き言1つ言わず、頑張ってきた! それもこれも全て、今日のためだろうが!」
「後に引いてどうするんだよ! まずは相手の足止めをするんだ」
「もっと強気に! 狙いはボディだ!」
しっかりとうなずき、俺はマウスピースを咥える。
やるか、やられるかだ。
ついに俺は捨て身になって突進し、猛然と拳を突き出す。
…ナイスボディ!
ろくな褒め言葉も知らないセコンドが、賞賛の声を上げた。
くる!
…チャンピオンの拳1つ1つに込められた殺気が、だんだん見えるようになってきた。
さあ、勝負はこれからだ!
<文章A+文章B>
大晦日の今日は、いよいよ待ちに待ったタイトルマッチだ。
好戦的に奮い立つ気持ちを胸に秘め、俺は今夜、リングに立つ。
きゅんと胸が締めつけられるのは、ずっと憧れだった彼と初めて2人きりになれるからだろう。
だからこそ、変な吐息が自然と漏れる。
よく恋は盲目というけれど、本当にそうなるから恐ろしい。
皆の人気者、チャンピオンさんよ、会いたかったぜ。
…それだけが頭を巡り続ける。
「いつもあなたのこと、考えてます。ずっとずっと、あなたのことが好きでした」
つまりそう、なんというか、今日こそは告白をしたいと考えている。
もうそろそろ、しっかり伝えたい。
お目当てだった獲物を前に興奮する獣のような心境だ。
読もうと欲するは相手の心情、見つめ直すは我が肉体、染み入るはスポットライトと観客の熱気、様々な想いと空気が交差する。
みるみるうちに俺の瞳は熱く燃え上がり、試合用トランクスさえも焦がす勢いだ。
くふふ、もちろん今日のは勝負パンツよ。
だって今日は、やっと彼と2人きりになれる!
さっきまで、待ち合わせ場所にはわざと遅れて行こうかとも思っていたんだけど、やっぱりそれはできなかった。
つまらない取り決めだとは思うが、俺は挑戦者だから、チャンプより先にリングに上がっていた。
てくてくと、まるで余裕を見せつけるかのような足取りで入場してくるチャンプを睨みつけると、向こうも俺と同じように眼光を鋭くしてくる。
本当にぞくぞくしちゃう。
当然のことながら、ここで気迫負けてなどしてはいられない。
にじり寄り、額と額を接触させるぐらいに近づけ、俺はさらに相手を威嚇する。
もう自分からキス、してしまおうか。
ううん駄目よ駄目よ恥ずかしい、なんてことを考えていると、デートはいつの間にか始まっていた。
大歓声の中、ゴングの音が鳴り響いた。
感慨に浸るより先に、まずは様子見だ。
激しくジャブを連射する。
「あの、好きな食べ物って何? 例えば果物とかだと」
「りんごかなあ? でも別に、俺は何でも好きだけど。ってゆうか、そんなのどうでもいいじゃないか」
がんがん攻めているというのに、さすがはチャンピオンだ。
とてもじゃないが、この強固なガードは簡単には崩せそうもない。
うん、やっぱりいいわ、この人。
ごめんなさい、私は素っ気無い素振りのあなたに、ぞっこんラブです。
ざっくばらんなやり取りをしているだけで、満面の笑みが浮かんでしまう。
いけない!
また変な気分になってしまいそうだ。
すっごい強力な恋心の波動に、我ながら戸惑う。
…このまま2人でお泊りなんて、できたら最高なんだけどなあ。
実は、彼がすぐ目の前にいるにもかかわらず、さっきから妄想が止まらない。
「ははは、最高の夜だね」
「今夜は、帰りたくないなあ。なんか、酔っちゃったみたい」
「回収しちゃうぜ? いいのかい君?」
「のりちゃん、って呼んで。君なんて呼び方、イヤ」
「おいおい、妄想だからってそれ、急展開すぎるだろ」
話にならん、と想像の中の彼に叱られる。
はっとした次の瞬間、相手は俺の顔面めがけ、殴りかかっくるところだった。
ナイスツッコミ!
シックなベットの上とかで、そんな調子で攻められちゃったりしたらもう…。
やられる!
めっちゃヨダレが止まらない。
とにかく俺は夢中になって身をかわし、慌ててガードを上げる。
ここからのチャンプは、まさしく鬼のようだった。
う~ん、それにしてもこの男、素敵すぎる。
なんかこう、彼には妄想以上に激しく、日記に書けないレベルで攻めてきていただきたい。
どうにか猛攻に耐えられたのは、ベルトだけは絶対に奪ってやるという決意の表れだ。
とりあえず逆に、こっちから先に脱いだりとかしちゃおうか。
思想が異常だってことは、正直自分でも解っている。
っとに、何を考えてるのだろうか。
たぶん自分は今、世界の変態ランキングの上位に位置している。
のんびりと構えつつ、それでいて純愛に気合いを入れなくては。
できるだけ被弾を避けながら、俺は必死になって相手の懐に潜り込み、クリンチでしのぐ。
するとチャンプは身をよじり、逃れようとあがいた。
がっつり掴んだら、何があっても離さないんだから!
…それで、抱き合ったまま一緒に歳を取って、一生幸せに暮らすの。
頑として譲らぬまま、第1ラウンド終了をゴングが告げる。
張り合うには少々荷が重い相手だがしかし、勝負はまだまだこれからだ。
つい頭の中で泣き言と強がりを同時に言ってしまい、我ながら情けなく思う。
たどたどしくコーナーに戻ると、セコンド陣からの激が矢継ぎ早に飛んできた。
では、気を取り直して会話タイムだ。
「しっかりしろ! なんだあのザマは! もっと自分から積極的に行け!」
「よぉし! うんと、えっと…、あの、ねえ? そろそろお腹、空かない?」
「…おい! 一体あの減量は何のためだったんだ!?」
「是非とも何か食べたいね。あれ? でもダイエット中だって言ってなかったっけ?」
「非の打ち所がないぐらいの努力をずっとしてきただろうが! お前は水さえも飲まなかった! ろくにメシも喰ってねえ! それでもお前は泣き言1つ言わず、頑張ってきた! それもこれも全て、今日のためだろうが!」
「今日はいいの! なんでも食べていい日なの、今日は」
「後に引いてどうするんだよ! まずは相手の足止めをするんだ」
「と言っても、なんだかね。気軽に焼肉屋に連れてくわけにもね。構わないならご馳走するけどさ」
「もっと強気に! 狙いはボディだ!」
「楽しそうじゃん! そういうの賛成! お肉大好きー!」
しっかりとうなずき、俺はマウスピースを咥える。
ん、だんだんいい雰囲気になってきた。
では、いただきます!
やるか、やられるかだ。
ついに俺は捨て身になって突進し、猛然と拳を突き出す。
てぐすね引いて待ちわびた大好物が今、目前に広がっている。
ねえ、上着を脱いだあなたは、どうして体型までもが素敵なの?
…ナイスボディ!
「よく見ると、ホント美味しそうだなあ」
ろくな褒め言葉も知らないセコンドが、賞賛の声を上げた。
しっかりと可愛さを意識しながら、こくりとうなずいて見せる。
くる!
…チャンピオンの拳1つ1つに込められた殺気が、だんだん見えるようになってきた。
めくるめくおピンクな夜が、これから訪れようとしている。
さあ、勝負はこれからだ!
<あとがき>
実は今回の作品には、もう1つ仕掛けが施してあります。
文章A+文章Bの、行始めの1文字目だけを拾って縦に読んでみてください。
画面上で1番左にくる文字全て、という意味ではなく、あくまで各行の出だしの1文字目です。
空白とかカギカッコの、次の文字のことですね。
そこだけを目で追っていただくと、また別の文章になっています。
俺からの、ささやかなメッセージです。