夢見町の史
Let’s どんまい!
July 13
キーボードの上で、俺の手は止まっている。
気分が滅入る。
なんだか陳腐な発想しか浮かんでこないからだ。
「こんばんはー! 上がるよー!」
いつものようにノックを省略して、女友達が押しかけてきた。
「いやあ、空が混んじゃってさー」
彼女は玄関脇にホウキを立て掛ける。
「あんたン家、着陸するのが難しい! 電線が邪魔!」
「いきなり文句かよ!? なんでこの忙しい時に遊びに来るんだ!」
「ん? 何かやってたの?」
彼女がパソコンのモニターに注目したので、俺は「魔女ってお題で小説を書かなければならないんだ」と説明をした。
「締め切りがめっちゃ早くてさ。他にもやらなきゃいけないことがあるから、どうにかして今日中に仕上げたいんだ」
「ふうん、魔女かあ」
何気ない仕草で彼女が片腕を振る。
台所で物音がし、すぐに酒のボトルやらグラスやらが宙を移動して部屋に入ってくる。
スッと、ちゃぶ台の上に乗る。
この女、またしても勝手に人の酒を飲むつもりなのだ。
「俺の酒飲んでもいいけど、一緒にアイデア考えろよな」
「小説の?」
「そう。魔女ってお題、なかなか難しくってさ。正直、何も思いつかないんだよ」
「魔女ってお題じゃなきゃ駄目なの?」
「駄目なの。今回はそういう企画だから」
「ふうん」
彼女がメンソールのタバコを口に咥えた。
人差し指から小さな炎を生み出し、それに火をつける。
「難解なお題だなあ」
「だろ? 困っちゃってさあ。なんか魔女についての知識とか、ない?」
行儀悪く煙を吐きながら、「ないよ」と彼女はつぶやいた。
友人は空中を泳ぐ煙を睨み、ドクロにしたりハートにしたりと形を変えて遊んでいる。
「だいたい魔女でしょ? いるわけないじゃん、そんなの」
「だよなあ。どっかに本物の魔女がいたら、取材できるのになあ」
だからいないってば。
どこか色っぽく言って、彼女は笑った。
July 09
お前だよお前!
今回のも見てるんだろ!?
見てませんか、そうですか。
でも今回は、お前に文句が言いたいの!
お前がいじめられないようにURLとかは貼らないけどな、たっぷり叩かせてもらうぜ!?
覚悟はいいか!?
よくないですか、そうですか。
でも、言わせていただきますね?
確かに俺ァ以前、「誰か俺の日記をパクらないかなあ」なんて記事、どっかで書いたさ!
それがオメー、いざ実際にやられてもみろよ!
ものスゲー達成感だろうが!
どうしてくれんだ、この満ち足りた気分をよォ!
本当にありがとうございますだろうが!
ぶっちゃけ、お前がパクった日記にコメントしちゃおうかとも思ったよ。
「めちゃめちゃ上手い文章ですね! 最高です!」
どれだけ自分が好きなんだよ、俺はよ!
そりゃコメント思い留まりもするわ!
だって、オリジナルにそんなコメントされた日にゃオメー、俺に謝っちゃうだろ!?
しかもお前、謝罪と同時にパクった日記を削除するだろうが!
勿体無い!
せっかくパクってくれたのに、俺が申し訳ねえ気持ちになっちゃうじゃねえか!
ばかが!
だいたいテメー、なんで俺以外の奴からも日記パクってんだよ!
そこはお前、マジで謝れよ?
がっかりだよ。
もっと俺だけを見ててほしかったよ。
次からは俺の日記だけを盗作しろよな。
でねえとオメー、泣くよ?
俺が。
俺、A型だから。
特にパクりに関しては、相当うるさいぜ?
「他にもパクれる日記あるだろォーッ! なんで1点しかパクってねえンだよあァーッ! がー!」
な?
うるさいだろ?
以後、気をつけろよ。
ったく、感謝感謝だぜ。
July 03
なかなか珍しい願望だけれども、とにかく書くぞ、普通の日記。
午前10時、会社にて。
「どもぉー。お疲れ様でぃス」
「めささんソレ、誰のモノマネ?」
「浜崎あゆみ」
「死ねよ」
まさかの殺意に身が震える。
午前10時10分、会社にて。
「じゃあ、めささん。古畑任三郎やって」
「ン~。あなた、左利きですね~。んっふっふ。あなたが犯人ですぅ~。あの犯行は右利きにはできない!」
「似てねえ! 気持ちは分かるけど、似てねえ!」
思いの他、盛り上がる。
仕事はいつしているのだろうか。
午前10時30分、会社にて。
「めささん、次ね? 映画『タイタニック』の有名なシーン!」
「くそ! 青と赤、どっちを切る!?」
そんなシーンない。
午後3時、会社にて。
「あのさあ、マジで気になることがあるんだけど」
「なあに? めささん」
「本物の犯人って、実際にもいいリアクションするのかなあ」
「と言うと、どんなリアクション?」
「はっはっは! いや実に面白い想像ですよ! あなた探偵なんて辞めて、作家になったらいかがです!?」
「ああ、そういうことかあ」
「めっちゃ気になるだろう? 俺が思うに、人類史上に1人ぐらいはそういう犯人、いたと思うんだ」
他に悩むことはないのだろうか。
午後5時、会社にて。
「めささん、ビートルズのメンバーの名前、全員言える?」
「いやあ、俺、どうしても1人だけ名前を覚えられない人がいるんだよ」
「マジ? 誰だろう」
「あのね、坊ちゃん刈りの人」
「全員言えねえンじゃねえかよ」
いいから仕事しろ。
午後7時30分、電話にて。
「めささんに似合う髪形、やっと見つけたよ」
「マジで!? どんなヘアスタイル!?」
「タレントの玉木宏さんと同じ髪型がいいと思うんだ」
「玉木宏さんて、どなた?」
「ほらアレだよ。ウォーターボーイズでアフロだった人」
遠回しにアフロが似合うと言われ、動揺の色が隠せない。
それにしても難しいな、普通の日記って。
どうすれば書けるんだろ。
July 01
ちょっとした創作活動です。
今回は実験ということで、試しに「音楽」というお題で短文を書くことになりました。
記念にここに載せておきますね。
それではフィクションの短い物語、2つ続けてお楽しみください。
<せめて何か持て>
スポットライトの光と熱気。
逆光だからといって、ステージから客席が見えないなんてことはない。
僕らの音楽は、今夜も大勢を奮い立たせている。
「ではここで!」
エコーを絞ったマイクに、僕は声を通す。
「メンバー紹介をしたいと思います! まずはドラム! タカシ!」
心臓に直接響いてきそうな打撃音が打ち鳴らされる。
タカシのドラムソロはいつ聴いても熱く、激しい。
「続いてベース!」
タカシのドラムに、心地よい低音がリズミカルに加わった。
「ユタカ!」
小刻みなドラムと全く同じリズムで、ユタカは弦を弾く。
言いたくはないけれど、さすがだ。
「続いて!」
僕はヒロシをちらと見て、彼を手で示す。
「エアギター! ヒローシ!」
ヒロシが、まるでそこにギターがあるかのように、何もない宙を強くかきむしる。
素晴らしくスピーディで、心が込められている。
最高に熱く、激動的で、ヒロシのそれは、まるで獅子が咆えるかのようだった。
無音の雄たけびだ。
ヒロシは鋭く頭を上下させ、やがて恍惚とした表情を浮かべると、力尽きたかのようにその場にしゃがみ込む。
同時に、客席から歓声と拍手が盛大に起こった。
「サンキュー!」
手ぶらのまま、ヒロシが叫んだ。
再び盛大な拍手。
なんで盛り上がるんだろう、うちのバンド。
<地球の名曲>
「人類最大の発明は何だと思う?」
友からの唐突な問いかけに、僕は戸惑う。
「急に言われても…。えっと、なんだろう。お金かなあ」
なんだか違うような気がするけれど、でも、正しいと思われる解答がなかなか思い浮かばない。
なんだろうなんだろう。
きっと身近な物に違いない。
「あ! 解った!」
突然閃き、僕は確信を口にする。
「言葉だ!」
自信のある答えだった。
しかし友はというと、フンと鼻を鳴らせただけだ。
「言葉? 確かに言語は優れた発明だ。しかし、使いこなせる人間は少ない」
彼女らしい、シビアな演説が始まる。
「相手に理解させるための説明ができる奴は極めて少ない。相手からの説明を理解できる奴など、さらに稀少だ。人類に言葉など、まだ早い。宝の持ち腐れだ」
相変わらず手厳しい。
では友は、何こそが人類最大の発明だと言うのだろうか。
「間違いなく、音楽こそが人類の宝だろうな」
言い切るからには彼女のことだ。
何かしらの根拠があるのだろう。
「生物学的には、生きることに音楽は必要ない。音楽が無いせいで滅ぶことなどないだろう。人が音楽に興じるということはつまり、生物として余裕があるということだ。他の生物だったら生きるだけで精一杯で、音楽どころじゃないだろうからな。音楽の発明は、人類が余裕のある生物であることを証明している」
なんだか難しいけれど、なるほどなあ、と思う。
でも同時に、そうかなあ、とも思う。
音楽は、人類だけのものではないような気がしたのだ。
僕らは例えば、恋愛をする。
それは種族繁栄のためを思ってするのでは、当然ない。
ある鳥は求愛のために鳴くとされているけれど、訊ねてみれば案外、「自分の声が好きでね。鳴きたいから鳴いているのさ」なんて、さらりとした答えが返ってくるかも知れない。
僕は立ち上がり、窓に手を伸ばす。
「何をしている?」
「君に、聴いてもらいたい曲があってね」
唄う当人たちにしてみれば、それは奏でることを楽しんでいるだけなのかも知れない。
音を楽しんでいるのなら、それはもう立派な音楽だ。
窓を開けると、秋の風が、鈴虫の音色を部屋に招き入れる。
「どうだい? 人間の他にも、優秀な音楽家がいるだろう?」
「ふむ、確かに」
珍しく友は自説を曲げたようだ。
僕らは長椅子に背を預け、ゆっくりと目を閉じる。
June 28
同僚たちが集まって、何やら話し込んでいる。
聞けばどうやら格闘技の話題のようだ。
「サウスポーってさ、なんかカッコよくね?」
耳にしただけで、どことなく胸が弾む。
引退してもう長いとはいえ、武道家としての心得はまだまだ自分の中に残っているのだろう。
「ああ、確かに。なんとなくカッコイイね、サウスポーって」
サウスポーというのは、右手右足を前に出して構えることを指す。
右利きの選手が多い中、このサウスポーというスタイルはなかなか珍しく、一般的にはやり辛い相手といえる。
オーソドックスなファイティングポーズとは、左右が逆だからだ。
空手の世界ではこのサウスポーのことを逆体(ぎゃくたい)と呼び、実は俺の得意な構えだったりする。
相手に合わせて左右を逆にしたり元に戻したりと、使い分けることができるのだ。
せっかくだから、ちょっと同僚たちに自慢しよう。
「ごほん! あー、ちなみにさあ」
さり気なく輪の中に入る。
「俺、逆体めっちゃ得意なんだよ」
談笑がピタリと止まり、皆の視線が集まる。
まさかこんなところにサウスポーを体現できる男がいるとは思わなかったのだろう。
みんな、小さく驚いたような表情を浮かべていた。
俺は調子こく。
「これでも俺、なかなか強いんだぜ?」
軽くファイティングポーズを取って見せた。
ふふ。
みんな驚いてる驚いてる。
尊敬の眼差し、ってやつか。
「逆体の時もね、だいたいの相手には勝ってたよ」
面白いぐらいに同僚たちは顔を青ざめさせ、俺に恐れを抱いた様子だ。
男としては、原始的なエクスタシーを感じざるを得ない。
「赤子の手をひねるようなもんさ。ありゃ? ちょっと調子に乗っちゃったかな?」
誰も反応を示さなかった。
そうか、そんなに俺が強そうに見えるか。
そうかそうか。
ふはは。
「でもまあ、これでも現役ン時はね、化け物扱いぐらいはされたものさ」
言い残して作業に戻る。
この後、みんなにちょっと優しくしてあげれば、なんだか尊敬されちゃうに違いない。
守ってやるぞ、お前ら。
意気揚々と俺はその場を立ち去った。
<同僚の視点>
「サウスポーってさ、なんかカッコよくね?」
「ああ、確かに。なんとなくカッコイイね、サウスポーって」
仕事の合間、会話が弾む。
サウスポーってなんか、響きがカッコイイ感じだ。
「ごほん! あー」
お、めささんも加わりに来たぞ。
「ちなみにさあ」
この直後、めささんがとんでもないセリフを吐く。
「俺、虐待、めっちゃ得意なんだよ」
談笑がピタリと止まり、皆が極悪非道な31歳に注目する。
確かに今、めささんは「虐待」ってハッキリと言った。
彼は、人間の心を持たぬことを美点と捉えてるのだろうか。
「これでも俺、なかなか強いんだぜ?」
弱い相手に強いことを、どう褒めてほしいのだろうか。
空手の有段者が、あろうことか虐待が得意だなどと抜かし、自慢げに喋っている。
世も末だ。
「虐待の時もね、だいたいの相手には勝ってたよ」
そりゃそうだろう。
負けてたら、それはそれで面白いけど、武道家としての腕に問題がある。
それにしても虐待だなんて。
犠牲者は誰なのだろうか。
「赤子の手をひねるようなもんさ」
赤子ときましたよ。
絶対にひねっちゃ駄目だろ。
でもなんか、突っ込むに突っ込めない雰囲気だ。
虐待なんかする男に正論が通じるとも思えない。
暴れられても面倒だ。
「ありゃ? ちょっと調子に乗っちゃったかな? でもまあ、これでも現役ン時はね、化け物扱いぐらいはされたものさ」
確かに人じゃない。
性根の腐り加減がもう、とにかく人じゃない。
人の心を持っていない。
悪魔自慢にやっと満足したのだろうか。
めささんが得意げに立ち去る。
何故か優しげな目をこっちに向けているけど、そこがまたマジで不気味だ。
絶対に目を合わせてはいけない。
普段から「俺は子供が好きだ」とか言ってたけど、あれってそういう意味で好きだったのか。
とにかく懲役モンだ、あの人。