夢見町の史
Let’s どんまい!
March 29
女友達から電話が入る。
声の調子からして、どうやら困っているようだ。
どうした?
「あのね!? 大仏って何人いるの!?」
こんなに難しい質問は初めてだ。
まず、意味が解らない。
どういうことだ?
「だからね? 大仏って何人いるの?」
この女はもう駄目だ。
もはや同じことしか言わなくなっている。
仕方なく、脳内で自分コンピューターを起動させる。
自分なりに、この変な問いの意味を解析するしかない。
大仏は何人いるのか?
像としての大仏が何体現存しているのか、これはそういう質問なのだろうか。
いや、大仏のモデルになった人物が何名いるのか、という意味にも取れる。
どっちにしろ、どうでもいい。
「ねえ、大仏って何人いるの?」
知らん。
「じゃあさ、マレーシアって、何国?」
え…?
「マレーシアって何国?」
自分コンピューター起動。
マレーシアって、何国?
これはまあ簡単だ。
マレーシアは、どこの国の都市なのか。
そういう質問なのだろう。
しかしマレーシアは都市じゃない。
既に国だ。
「神奈川県て何県?」と訊かれるに等しい。
「ねえねえ、マレーシアって何国?」
「えっとね? マレーシア。くすくす」
「なんで笑うの~? マレーシアって何国?」
「可笑しいからその訊き方やめて! マレーシア」
「え? マレーシアだよ? だから何国?」
「がはははは! だからマレーシア!」
「違うのー! 何国?」
「がはははは! マレーシアー! ひ~」
どっちもバカなのだろうか。
話は全然進まず、「ナニコク」と「マレーシア」の応酬をずっと繰り返す。
息が切れた。
「な~に~こ~く~?」
「ゼ~、ゼ~、マレーシア…」
その後、生きたマーライオンは意外にも手の平サイズだとか、ああ見えて実は草食だとか、半端な水陸両用でどっちにも対応できずに苦労しているとか、俺による嘘話まで始まって、彼女は莫大な電話料金を無駄にする。
そもそもこの人、どうして大仏やマレーシアに興味を持ったのだろう。
自分コンピューター起動。
いや、やっぱやめとこう。
たぶん解析不能だ。
March 28
ご飯を食べに行ったら、友達の女の子がいた。
韓国出身の天然ボケ兵器、通称みんちゃんだ。
みんちゃんは、常連さん達が作る輪の一部として楽しそうに飲んでいる。
俺は普段、大きなシルバーのネックレスをしている。
韓国ではネックレスを、「もっこり」と発音する。
彼女は俺のことを、それでもっこりさんと呼ぶ。
どんなに日本語が上手になっても、もっこりさん。
本名を教えても、もっこりさん。
事情を知らない人が大勢いても、もっこりさん。
女の子が人前でそんなこと言っちゃいけませんって叱っても、もっこりさん。
「あー! もっこりさーん!」
やはり今日もか。
でも残念だったな、みんちゃん。
俺は今日、丸首の服だから、ネックレスが隠れている。
以前のように、「もっこり大きい」とか「もっこりの形がいい」とか「いつももっこりしてる」とか、ギリギリなことは言えないであろう。
言えるものなら言ってみよ。
「あれ? 今日はもっこりしてないね」
言えちゃいましたか。
「もっこりしてないの?」
いや、今日もしてるよ?
隠れて見えないだけで、ちゃんともっこりして…、否!
もっこりなどしてはいない!
「もっこりしてるの? してないの? どっち?」
してはいる。
でも、もっこりしてるわけじゃない!
「ふうん、やっぱりもっこりさんだ!」
なんで今、わざわざ店中に聞こえるような大声を出しました?
実に恥ずかしい。
知らない人もいっぱいいるのに、もっこり呼ばわりだ。
ご飯食べに来ただけなのに、なんでこんな目に。
そっちのもっこりじゃないことを皆さんにアピールしなくては、とっても恥ずかしい。
俺は店内を見渡した。
「違うんです! 俺、あの、もっこりしてるからもっこりさんって呼ばれているんです! だから違うんです!」
何がどう違うのか解らない説明をする。
「それでもっこりさんなんだけど、でも、もっこりしてるわけじゃないんです!」
説明がテンパった。
「ねえ」
再びみんちゃんだ。
「ちゃんともっこりしてるか、見せて」
なんだその純粋な瞳は!
そんな綺麗な目で、発言がギリじゃねえか!
「いいから見せて。もっこり」
なんでそこだけ意地でも韓国語なんだ!
そんなにもっこりが好きか!
ならば見せてやる!
これが俺のもっこりだー!
もはや俺までネックレスって言わなくなっていた。
お客さん達は、何故か俺を見ないようにしていました。
March 28
ついたあだ名は、「死ねおばさん」
彼女のことを知ったのは、俺が中学に入るより少し前のことだ。
近所では既に有名になっているらしい。
彼女は道行く通りすがりに対して、「お前を殺す」だとか「お前は死ぬ」などといった死の宣告を一方的にして、どっかに行ってしまうのだという。
恐ろしいことこの上ない通行人である。
一体彼女にどんな過去があったんだか。
身内では、最初に弟が、この「死ねおばさん」の犠牲になった。
まだ小学生だった弟が、急ぎ足で台所に駆け込み、何がしたいのだろう。
必死の形相で、自分の頭に塩を振っている。
食材ごっこでも開発したのだろうか。
「何してんの? お前」
訊ねると、弟は不思議なことを言い出した。
「呪われたから、塩で清めてんだよ、あーにき~」
どうしてジャイアン口調なのだ。
あえてそこには突っ込まず、問う。
「呪われた? どういうこと?」
「すっげえ怖えーよー! 知らないおばさんにさあ、『お前はいつか死ぬ』って言われたんだよ、あ~にき~」
お前はいつか死ぬ?
当たり前である。
人間なんだから。
「あっはっは! お前バーカじゃーん。呪われたって何だよ。あっはっは!」
「笑い事じゃないよう、あーにき~」
「あーははは! まだ塩振ってる~! 儀式みたい! ひー!」
自らの頭部に、一生懸命になって塩を振っている弟の様子が可笑しくて、俺の高笑いは止まらなかった。
塩分の意味が解らん。
月日は流れ、俺は中学2年生になった。
親に無理矢理通わされていた塾をサボり、公園で時間を潰し、頃合いを見計らって、家路を行く。
夜の裏道は怖い。
俺は自転車を必要以上に飛ばし、スピードを上げた。
前を歩いていたパーマのおばさんを追い越す。
その瞬間、中年女性の声が耳に入った。
「おま…、…ぬぞ」
「ふえ?」
立ち漕ぎ姿勢のままで振り向く。
どこにでもいる普通のおばちゃんが、確かに言った。
「お前は死ぬぞ」
超怖かった。
見た目は普通のおばちゃんなのに声が低くて、ドスが利いていらっしゃった。
それで自然な口調でデスですか。
トラウマ決定だ。
当時の俺は素晴らしく強気で、「俺がかよ!」とツッコミにも似た荒い怒声を声高に発し、もの凄い頑張ってチャリを加速すると、泣きそうになりながらしゃかしゃかと逃げた。
マジで怖かったのだ。
呪い殺されるかと思った。
大急ぎで帰宅すると、俺は自宅の台所に明かりを点け、弟に内緒で頭に塩をかけた。
死ねおばさんと最後に遭遇したのは、末っ子の妹だ。
当時の妹は、まだ幼稚園を上がって間もなかった。
妹は、昼に死の宣告を受けたのだそうだ。
「お前、死ぬぞ」
これに対し妹は、兄貴達を軽く乗り越えるリアクションを見せる。
「お前が死ね、バーカ!」
もう、凄いとしか言いようがない。
2人の駄目兄貴は飛ぶようにして逃げ帰ったのに、まさかそこで綺麗に言い返してしまうとは恐れ入る。
長男の威厳も忘れ、俺は妹に尊敬の眼差しを向けた。
「凄いな、お前! そしたら死ねおばさん、どうした!?」
「うんとね、すっごい怒った! ヘチマを振り回しながら走って追ってきたもん! 何度かヘチマでぶたれた!」
なんでそんな微妙な物を武器に?
普段から人に言っていることをそのまま返されただけなのに、死ねおばさんはめっちゃキレたらしい。
妙に柔らかい武器をぶんぶんと振り回し、妹を追いかけた。
「キシャアアアア!」
さすがの妹も泣き叫び、小学生の限界を超越した走りを見せる。
「うわあああああん!」
どっちも日本語を喋れていない。
「それでそれで? どうやって逃げきったの?」
「コンビニに入って、かくまってもらった」
「マジかー。大変だったなー」
「うん。もうマジで怖かった! ありゃ塩を被りたくもなるよ」
だったら「死ね」とか「バカ」とか言い返さなきゃいいじゃない。
それにしても良かった。
死ねおばさんは出現率こそ高いものの、死亡率は低いようだ。
みんな生きてる。
どうやら塩が利いたらしい。
March 26
世間に疎いので、勉強しようと思ったのだ。
ズラリと検索されるのは、聞いたことがない芸能人らしき方々の名前。
元々俺は芸能界に詳しくないので、そういうのは見なかったことにする。
お菓子メーカーの不二家とか、任天堂の新ゲーム機種「wii」など、覚えのある単語を発見し、勝手に一安心。
インフルエンザといったキーワードが上位にきているのも、風物詩といったところだろう。
さて。
問題なのは、俺にとって、全く知らない言葉がリストアップされている事実だ。
これらが地名なのか人名なのか、宇宙の果てに何があるのかぐらいサッパリ解らない。
これは困った。
脳内に住まう複数の自分達を呼び出し、急遽1人ミーティングを開く。
未知のキーワードがどんな意味であるのか、検証によって導き出そうといった魂胆だ。
「まず、最初のキーワードだ」
仕切るのは、主人格の俺。
「すもももももも、だな。これが何なのかを、皆に考えてもらいたい」
「すまん。もう1度キーワードを言ってもらえるか?」
「ああ。すもももももも、だ」
「いきなりハードルが高いな…」
会場、っていうか脳内がざわめく。
「擬音じゃないのか?」
「いやいや、どんな時に鳴るんだよ、『すもももももも』なんてよ」
「なんかこう、例えば風邪とかでさ、鼻の詰まった園児の寝息を感じさせるよな」
「ぜってー感じねえよ、そんなの。オメーはガキの頃、すももももももなんて言って寝てたわけ!?」
「確かに。取り消すよ。俺が子供の頃の寝息は『ふもうもう』だった」
「そこまで無駄な記憶力も珍しいな」
「ってゆうかさ、擬音がキーワードになるわけないじゃん。もの凄い果物とかじゃない?」
「そんなの普通に『凄い桃』でいいだろ」
「誰か、納得いく答え出せねえのか?」
そこで鼻を鳴らし、メガネをクイっと持ち上げたのは、俺の中で最も知能指数の高い俺だ。
「この単語、明かに『も』の個数が多過ぎます。日常会話で使うには、いささか困難を伴うでしょう」
「と、いうことは?」
「おそらく固有名詞かと。今話題のバンドとか、芸人じゃないですか?」
「おお!」
こんばんは、すももももももです。
新曲、聞いて下さい。
「君だけにジュテーム」
「ありそうだ!」
「だな! 曲のタイトルもイカしてるぜ!」
「ホントにそうか?」
「最高! この調子で、次いこうぜ! いい感じのテンションだし!」
「ああそう」
会議に熱が入る。
※「すもももももも」が何なのか、マジで知らずに書いています。
もし本当にグループや人を表す名称だったら、その関係者様やファンの皆様、ごめんなさい。
「よし、じゃあ次のキーワードだ」
「おう! よし来ーい!」
「次は、あばれヌンチャク」
「あばれ、なんだって?」
「ヌンチャクだよ、ヌンチャク。あばれヌンチャク」
「そりゃ確かに暴れるけど、どっちかっていうと、暴れるのは使用者のほうじゃないか?」
「何が目的で検索されてるんだ…」
一同、俺の頭の中で頭を抱える。
「なんだろう。ドラクエの敵?」
「あばれヌンチャクが現れた!」
「さっそく装備するかい?」
「お前ら、やめろよ! あばれヌンチャクの人が聞いたら傷つくだろ!?」
「誰だよ、その物々しい人物は! 暴れてんのはお前の発想だよ!」
「お前の意見が訊きたい」
メガネの俺に、再び注目が集まる。
「そうですね。暴れることが目的ならば、ヌンチャク以外の武器でも良いわけです。つまりこの単語は、ことわざ的なニュアンスではないでしょう」
「と、なると?」
「人気ヒーローの使う必殺技ではないかと思われます」
「おおー!」
おのれ怪人め!
この技を受けて見ろ!
必殺、あばれヌンチャク!
「それはナシだろ」
「うん。あんま格好良くない」
「それで倒された敵が可哀相」
「なんで平成にもなって武器がアナログなんだよ」
一気に冷める俺の脳内。
っていうか自分会議場。
※「あばれヌンチャク」が何なのか、マジで知らずに書いています。
もしもグループや人を表す名称だったら、その関係者様やファンの皆様、ホントごめんなさい。
「じゃ、じゃあ!」
メガネの俺は必死だ。
「そこまで言うなら『あばれヌンチャク』で検索して、確かめたらいいじゃないか!」
その一言に、全員の俺が唖然とする。
「お前、ホント頭いいな~」
「全くだ。だいたい、知らないことを考えたって、答えなんて出ないもんな。だって知らないんだもん」
「スゲーよお前、やっぱ天才だよ」
「いえいえ、当然のことを言ったまでですよ」
できればもっと早く言ってほしかった。
March 26
忙しい日々に追われ、すっかり忘れていた。
エイプリルフールが近い。
思えば毎年、4月1日は邸内の室内プールでまったりしたり、ラスベガスの夜景を眺めたり、大統領との会食を断ってデートしたりと、色んな嘘を日記に書いた。
今年はどんな嘘を言ったり書いたりしようかな。
そろそろ考えておかなくちゃ。
「実は俺さ、けっこう前から、付き合ってる人、いたんだよね」
ちなみに以前この嘘をついた時は、女友達を中心に誰からもガッカリされなくて、こっちがガッカリしてしまったことがある。
「実は俺さ、人間じゃないんだ」
自然な態度で「なんか解る」とか言われて納得されたら傷つくので、これも駄目。
「実はお前さ、人間じゃないんだ」
俺がお前の何を知っているんだ。
あまりに聞き慣れてないセリフなもんだから、ツッコミを失敗してしまった。
「こないだ、お前の母ちゃんと久し振りに会ったよ。出会い系サイトのおかげで」
弟や妹には使えない嘘だ。
「ニュース見た? 2008年から先は1年が370日になるらしいぜ。詳しくはホームページで!」
「詳しくはホームページで!」が言いたいだけだろう。
「この世界は実は偽物で、お前は人間なんだ! 生まれてからずっと、今までアレだったんだお前は。じき誰か死ぬけど、試練だから大丈夫。死んだ奴も登場人物の関係で、そのうちまた出てくるから。なので一応は殴るな。むしろ入籍するが良い。誓うんだ愛を。ちなみにこれ、神に内緒な! やたらと悲しまないで下さい」
長いセリフを覚えられなかったことが悲しいっつうの。
何が言いたいのか解らん。
「明日の試合でホームランを打ったら、呪術を受けてくれるね?」
それを言うなら手術だ。
「めさ? フィクション上の人物ですよ」
ネット上だと、よく言われます。
「お前が好きだ」
ドン引き。
「お腹すいた」
事実。
「笑止!」
どんな場面?
存在自体が嘘臭い。
めさでした。
とにかくエイプリルフールにどんな日記を書くか、どんな嘘を言うか、たくさん考えておかなくちゃ。