夢見町の史
Let’s どんまい!
March 15
またかしこまった店を選んだものだなと、私はキャンドルの向こうに座っている彼を眺める。
正装している彼は、なかなか様になっていた。
「たまには背伸びして、夜景の綺麗なレストランでデートってのも、良くないか?」
そう誘われた時は「最近はずっとお金がないって言ってたクセに」と意外に思ったものだが、普段は2人で部屋でだらだらしながら借りてきたDVDを見るだけだったし、たまに外出しても居酒屋で飲むぐらいで、デートらしいデートをしなくなってもう長いから、たまにはこういうのも新鮮で良い。
「たまにするから、贅沢は贅沢に感じるんだ」
恩着せがましく言って、彼はメニューをこちらに差し出す。
食前酒で乾杯をし、私はふと、今朝のニュースを思い出した。
「ねえ。あのニュース、もう見た? 今度ので3組目だって」
「ああ、あの抱き合った遺骨ね。君は1組目が発見された時から興味深々だったな」
最初の発見はイタリアでされた。
まるで愛し合っている最中に亡くなったかのような体勢。
互いを求めるように、愛でるように、抱き合った男女の遺骨。
2人が果てた後、何者かにそのような体勢に寝かせられたのか、先立たれた方が後になって相方の遺体に寄り添ったのか、死を覚悟した2人が永遠の愛を誓い合って同時に人生を終えたのかは、今となってはもう知るよしもないが、とにかく白骨化した男女の遺体は発見された。
「すっごい素敵だよね」
私としては、どうしてもロマンに溢れたドラマを空想してしまう。
こういった抱き合った男女の遺骨は、日本ではいつしか「ロックペア」と呼ばれるようになっていた。
「岩のように白骨化したからロックなのか、互いが互いに鍵をかけるように守り合っているからロックなのか、いまいち語源が解らないな」
「骨のロックじゃない? 単純に考えると」
「そういう歌詞のロックミュージックが、どっかにあるからかも知れないだろう」
「想像力豊かなことで」
談笑していると、前菜が届いた。
私達は行儀よく手を合わせ、頂きますと軽く頭を下げる。
ロックペアには、共通点があった。
抱き合っている男女は3組とも、そこそこに若いらしい。
どれも5000年から6000年前の住人だと推定されている。
不可思議なのが、発見場所が様々で、散らばっていることだ。
イタリア、アメリカ東部、エジプト。
特定された地域での風習で遺体同士を抱き合わせたのではなく、たまたま偶然それぞれの理由によって、抱き合う形で白骨化したと解釈するべきだろうか。
今世紀になって、初めて続々と発見されることも謎だ。
「それにしてもさあ、5000年も昔、どんなドラマがあったんだろうねえ」
食事の合間にも、私はロックペアの話題に夢中だった。
「ホント素敵。永遠の愛って感じでさ」
「そうでもないかも知れないぞ」
彼はゆっくりとフォークを置いた。
「彼らは、愛し合ったわけではないかも知れない」
「そりゃ、そうだけど」
「今から話すのは、とある1組の怖い話だ」
「急に何?」
彼は前菜の続きを楽しむことなく、テーブルの上で両手の指を組み合わせ、肘をついて私を見つめる。
March 09
友人から、1行だけのメールが届く。
「家の鍵、開いてますか?」
突然されるセキュリティの心配。
彼はどうやら、またうちに忍び込んでリフォームと称し、困ったイタズラを施したいらしい。
悪い予感しかしなかったので、「なんでだ」と4文字だけ返す。
また電話が鳴った。
「シンパイ、ナイ。コタエ、イウ、オマエ」
どうして昭和の電報みたいな調子になるのか。
いきなりカタコトになっている点にはあえて触れず、さらに返信。
「家の鍵は開いてるが、俺もいる」
「出てけ!」
俺の家なのにか。
日常ではなかなか聞くことのできない、貴重で理不尽な命令である。
じゃあ今から自分、部屋から出ますんで、お好きなように勝手なリフォームをよろしくお願いします。
ホントもう、何してもいいですから。
あ。
鍵は開けっぱなしでいいんで。
ではではー。
って、ばかちん!
まさかここで、苦手なノリツッコミまでやらされるとは思わなかった。
こんなことで休日を潰したくはない。
「今からお昼寝するから来ちゃ駄目だ! では、おやすみなさい」
一方的にやり取りを終了させ、俺は布団に潜り込む。
何時間、眠っただろうか。
目覚めると、見覚えのある青年が、俺の部屋でパソコンをカタカタやっている。
これ、夢だったらいいなあ。
寝惚け眼で、ぼんやりとそんなことを思った。
身を起こし、部屋を見渡す。
目立った異常は特にない。
ふすまを開け、隣室や台所も調べたが、これといった施しは見受けられなかった。
「と、いうことは…。玄関か!」
「勘がいいですね」
なんで近所の住人に見られちゃうような個所に何かしちゃうのだ、この人は。
大急ぎで玄関を開け、表に出る。
ドアの外に回り込んだ。
「おイうぅん」
電池の切れかかったアイボみたいな声が出るのも当然だ。
玄関の表側に、色々と紙が貼られているじゃないか。
表札の頭には、「あの有名な」と書き足されている。
続けて読めば、「あの有名な、めさ(※HN表記)」ということに。
自分で言うなって思われること請け合いだ。
なんだか手紙みたいな紙もベタベタと貼りつけられていて、借金取りに狙われている家みたいなことになっている。
恥ずかしくて、とてもその場では読めない。
何かしらの文章が記された紙だけを取って、部屋に戻る。
「お前はなんてことをするんですか!?」
友人を責める。
「ポストにピザのチラシが入ってた! ってことは、ピザ屋さんにも見られたじゃないか! この変な手紙をな! あ、ちなみに、『あの有名な』って紙だけは明日、明るくなったら写メに撮るから、まだ貼ったままにしてあります」
一気にまくしたてる俺は、何故かどこか誇らしげだ。
友人はというと、ただ「ゴヴェラヴェラヴェラ」と、満ち足りた顔で笑っている。
このメッセージのタチが悪いポイントは、知らない人が見たら、俺が書いたと思われちゃうことだ。
腰を下ろし、さっきまで自分ン家の玄関に貼ってあった手紙に目を通す。
1行目が、いきなり「旅に出ます」だった。
全身の力が抜ける。
誰に宛てた手紙なんだ、これ。
「いつ戻るのか、果たして戻ってこれるのかは分かりません。ただ、これだけは言えます。この闇に覆われた世界から平和を取り戻す、と」
闇に覆われているのはお前の頭です。
あ、つまり俺か。
「そして、闇の帝王が自分の兄だったと知った今…」
ちょっと待って頂きたい。
そんな重大な情報を、俺は一体どこで手入したのですか。
「兄の、あの優しい心を取り戻す。それまでは帰ることができません」
俺が長男なんですけど。
「闇の軍団は絶望的なまでに強い。そのため、まずは伝説の装備を見つけに行きます」
なんで俺、ご丁寧にスケジュールを明かしてるんだろう。
「伝説の装備は以下の物」
そんなファンタジックな詳細、要らなくないか?
「伝説の剣『思いっきり叩けば壊せない物はない棒』」
剣なのか棒なのか。
「伝説の盾『やる気充分! 全ての攻撃をはね返したいという気迫を感じる板』」
ただの気休めじゃん。
「伝説の鎧『巫女』装備経験あり」
違うのー!
あれは女装パーティで仕方なく…!
だいたい巫女は鎧じゃない。
職業だ。
「伝説の兜『モヒカン』」
そんな突拍子もない髪形で攻撃を防げば、そりゃ伝説にもなるわ。
「伝説の靴『底抜け』」
結果的には素足。
「これらを全て集めても、闇の軍団に勝てるか分かりません」
こんな装備で勝っちゃったら、闇の軍団の皆様に申し訳ないのですが。
ってゆうかこれ、誰かに見られていたら、どうしてくれるのか。
友人には、しっかりと文句を言わねばならない。
彼に鋭い眼光を向ける。
「モヒカンの巫女はビジュアル的にナシだろうがー!」
全く。
少しは考えてほしいものである。
March 09
ごほん!
えっとですね、今回は怖い話をしたいと思います。
そういうのが苦手っていう方は、どうか無理をなさらないで、他の記事をご覧になって下さいね。
さて。
霊体験による思わずゾッとする話は、テレビや本でもよく見かけるであろうと思ったんでね、今回はちょっと変わった話をしたいと思うんですよ。
俗にいう、闇金って、ありますよね。
俺、テレビで以前見たんですけど、あれって取り立てが乱暴な組織っていうのも当然あって、相手がお年寄りでもお構いなく、
「テメー、早く金払えっつってんだババァ!」
なんて、もの凄い剣幕で取り立てているんらしいんです。
ニュースの特番で見た知識なんですけどね、今のは。
ああいった闇金には、取り立て専門の部署、っていうんですかね?
取り立て屋、みたいな人がいるんだそうです。
喧嘩の強そうな、いや、実際に強いんでしょうね。
顔の怖いお兄さんが任命されてます。
そんなお兄さんが、このお話の主人公。
もうお兄さんなんて歳じゃないので、「男」と表記しますが、この男も、アパートで一人暮らしをしている老婆から、借金の取り立てに出向いていました。
もう、思いつく限りの脅し文句を、容赦なくお年寄りにぶつけるわけです。
痛々しい描写で申し訳ないのですが、老婆は涙ながらに訴えるんですよ。
「お金は、もうちょっと待ってやって下さい」
「ちょっと待てじゃねンだくそババァ! 借りた物も返せねえような奴ァ、死んじまえ!」
「お願いします。もうちょっとだけ待って下さい。優しい人になって下さい」
「払うモン払えば勘弁してやるっつってんだろうがボケコラァ!」
「自分の行いが、未来の自分を助けるんですよ」
「やかましいババァ! テメーマジでぶっ殺すぞ!」
でもね、男がどんなに凄んでも、ない物は払えません。
その日はつまり、取り立て失敗です。
男はね、翌日も老婆のアパートを訪ねました。
「くそババァが! 今日こそ金ェ返してもらうからな!」
ところがですね、その日は、おばあちゃん、居留守でも使っているんでしょうか。
鍵がかかっていて、玄関は開きません。
男は居留守だって一方的に決め付けてね、
「おい! 開けろ!」
怒鳴り続けたんですよ。
ドアをガンガン蹴飛ばしながら。
するとですね、ちょっとおかしなことが起こったんです。
ドアの向こうから男性の怒声がしたんですね。
「開けてくれ!」
向こう側からも、ドアを叩いているんでしょう。
玄関が、ドンドンと鳴っています。
男からしたら、意味が解りません。
内側からなら、鍵を外せるじゃないですか。
不可解な理不尽さに、男は怒りに覆われました。
「あ!? 何言ってんだコラ」
しかし、玄関の向こう、つまり家の中からは、
「開けてくれって言ってんだ!」
これでは話になりません。
開けて欲しいのは、こっちなんですからね。
家の外と中とで、男達の応酬が続きました。
「テメーが開けろや! わけ解ンねェこと言ってんじゃねえ!」
「うるせえ! 開けろって言ってんだ!」
「バカかテメーは! テメーが開けろ!」
するとですね、玄関の向こうにいる男性、いきなり悲鳴を上げたんです。
「うわあ!」って。
「頼むから! 開けてくれ!」
頼まれたって、こっちがドアを開けるには、壊すしかありません。
男は「知るかタコ! テメーはずっとそうしてろ!」って吐き捨てて、その日も諦め、帰っていきました。
次の日です。
老婆は、とうとう首を吊って自殺していました。
男が訪れた時は、もう救急車やら何やらが来ていてね、おばあちゃんには身寄りがないから、遺体をどこに引き渡すかどうかなんてことを、周囲の者が揉めていましたよ。
取り立てられるような状況じゃなくって、男は現場を後にしました。
で、あんまり詳しくないのですが、お金を借りた人が亡くなってしまったら、その所持品や財産などは、金貸しが持って行ってもいいのかな?
そこはよく解りませんが、男は大家から鍵を借り、再びアパートを訪れたんです。
部屋に上がるとね、なんか異様なんですって。
異臭がして、男は思わず鼻を覆いました。
台所を越えて、老婆の寝室に進むと、男はびっくりしたでしょうね。
部屋の真ん中に、老婆がぶら下がっていました。
明らかに、お金を借りていた老婆です。
亡くなった際、遺体はどこかに運ばれたはずなのに、まるで放置されっぱなしのような状態で、どういった訳か遺体は部屋にありました。
さすがにこれでは、部屋の物色なんて出来ません。
腐乱しかけた遺体に背を向けて、男は外に出ようとしました。
そしたらね、何故だかドアが開かないんですよ。
鍵もかかっていないのに、きっちり固定され、動きそうな手応えはありません。
「だからァ…」
どこかから、声が聞こえたような気がしました。
遺体の部屋に戻って、窓から出ようと男は試みたのですが、どういうわけか窓も開きません。
適当な物を投げつけたり、叩いたりしても、ガラスは割れませんでした。
「だからァ」
さっきより、近くで聞こえたように思えました。
男は慌てて、脱出の手をね、あれやこれやと試すんですよ。
でも、どこも異常なまでに頑丈でした。
「だからァ…」
しゃがれた声が遺体から出ているように聞こえ、男はもう必死です。
そんな時、助けとも思える声も聞こえました。
「くそババァが! 今日こそ金ェ返してもらうからな!」
玄関が、外から叩かれています。
「おい! 開けろ!」
乱暴な印象の怒鳴り声でしたが、これぞ天の助け。
男はワラにもすがる思いで、玄関に走ります。
「開けてくれ!」
必死になって、ドアを叩きました。
しかし、ドアは外側から叩かれ返されます。
「あ!? 何言ってんだコラ」
家の外と中とで、男達の応酬が続きました。
「開けてくれって言ってんだ!」
「テメーが開けろや! わけ解ンねェこと言ってんじゃねえ!」
「うるせえ!」
怒鳴りながら、男はふと気がついてしまいました。
ドアの外にいるのは、俺じゃないのか?
つい先日の、過去の自分なんじゃないのか?
「開けろって言ってんだ!」
必死に絶叫しながら、男は老婆の言葉を思い出します。
「自分の行いが、未来の自分を助けるんですよ」
そういえばあの時、俺はドアを開けずに帰ってしまった…!
このドアは、もう2度と開かないのか?
「開けろって言ってんだ!」
もう切羽詰って、物を頼む口調にもなれません。
恐怖から、涙が溢れ出ています。
しかし、外側の男は、
「バカかテメーは! テメーが開けろ!」
聞き覚えのあるセリフしか返してくれません。
「だからァ」
例の声がして、咄嗟に振り返ります。
男の背後には、腐乱した老婆が立っていました。
乾燥した眼球が、男を見ています。
老婆の口がパリパリと音を立て、確かに動きました。
「だからァ…。お前が、お前を殺したんだ」
「うわあ!」
男は叫び、ドアにすがります。
「頼むから! 開けてくれ!」
しかしドアからは、確かに以前、自分が放った、自分自身の言葉が。
「知るかタコ! テメーはずっとそうしてろ!」
この話は、これでお終いです。
彼は後日死体となって発見されるのですが、老婆の姿はありませんでした。
では何故、この話を俺が知っているのか。
それには実は、事情があるんです。
チャット大会で怖い話をすることになったのですが、ネタがなくってね。
今の話を大急ぎで作ったんですよ。
だから、この話が表に出てしまった理由、まだ考えてないんです。
でもまあ、いっか!
そこまで設定を細かくする必要もないでしょう。
それにしても、うちもアパートなんですけどね、安普請でいけません。
壁が薄くってね、よく色んな声が聞こえるんですよ。
あの借金取りは、やり方が派手でした。
March 09
今日の現場は、悪友トメと一緒に行った。
やたらデッカイ工場。
そこから出た廃棄物を回収する。
ブツをチラ見すると、どうやら木の台だ。
大きくて、このままではトラックに積めない。
「チェーンソーを持って来てって指示、受けませんでした?」
工場の責任者らしき男性は、何度も何度も「チェーンソーが必要なんで、そう伝えておいたのに」などと心配そうな顔をする。
このおっさんは、なんでそこまでチェーンソーにこだわるんだろう。
俺とトメは一瞬目を合わせ、念で語る。
「お前、チェーンソーのことなんて、誰かから聞いた?」
「いや? 聞いてねえぜ」
心の中で頷き、おっさんに胸を張った。
俺ら一応プロだぜ?
どんなにデカい木台でも、要するにバラバラに解体して積み込めばいいんだろうが。
余計な心配は無用。
あんたは積み込んで欲しいブツがどれなのかだけ、教えてくれればいいさ。
まあ見てろって。
木台の真横にトラックを停める。
作業開始だ。
ターゲットを確認。
最初に、すっごく驚いた。
これって、こんなにデカかったでしたっけ?
それに、なんでここまで頑丈に作ったんですか?
家でも乗せるつもり?
しかも、2つもあるじゃないですか。
いきなり無口にさせられる。
トメと一生懸命、ボルトを開け、釘を抜き、人知を超えた大きなハンマーで木を叩き、ちまちまと解体していく。
たまに責任者が様子を見に来た。
作業は全然はかどっていない。
言おうかどうしようか迷った。
「これ、時間かかりますね。だってチェーンソーがないんだもん」
しかし結局、おっさんの存在には気がつかないフリをした。
おっさんの顔に、こう書いてあったからだ。
「お前らA型? 凄くコマメですよね。おたくの会社では、皆さんそういった原始的な作業をお好みで?」
ちなみに木は、最も太い部分で俺のウエストの3倍ぐらい。
そいつが4メートルの長きに及んでいる。
大自然の脅威。
こんなの、どうやって手で運ぶんですか。
さっき自分で発した心の声を思い出す。
「まあ見てろって」
やっぱり、あんまり見なられたくない。
「さっきっから俺ら、スーパー地球人になってるっていうのに…」
「コアを完全に破壊しねえと駄目だ」
悪友と冗談を言い合うしかなかった。
可能な限りボルトや釘を外し、分解しても限度がある。
1番デカいパーツだけは、切断しないとお持ち帰りできない。
トメは素晴らしいスピードでさっそく諦め、会社に電話した。
「1日じゃ終わンねえよ~」
ついでに電動のノコギリを届けてもらえるよう、要請している。
でも会社にある電ノコは、刃が円形だ。
これでは刃が、向こう側まで達しない。
それほどまでに、木は太い。
待てよ!?
思い出した。
確か作業員のFさんが、小型のチェーンソーをどこかに仕舞っていなかったか!?
「トメ、届けてくれる人に言ってくれ! 出る前に、Fさんに声をかけるように! チェーンソー、あるかも!」
届いたチェーンソーは、やっと引き抜けた伝説の剣に見えた。
スイッチを入れる。
最終兵器始動!
ウイーン!
これでも喰らえ!
がりがりがりがり。
「どう、切れそう?」
「うん。なんかね、ハワイがちょっとずつ日本に近づいてくる感じに似てる」
刃がボロッボロだった。
最終兵器は、木に細かい傷をつけただけに終わった。
工場の責任者が再び、様子を見にやってくる。
その表情が、ちょっぴり輝いた。
「お! やっとチェーンソー使う気になりましたか。今更遅い気もしますが、まあ頑張って文明に追いついて下さい」
そういう目だった。
しかし何を考えているのか、俺とトメはチェーンソーに触れようともしない。
丸ノコで切り目を入れ、手に持つ普通のノコギリでこつこつとダメージを追加。
最後にハンマーでトドメを刺した。
それを見ていたおっさんは、「君達、何時代から来たの?」とテレパシーを送ってくる。
ばか!
このチェーンソーは誰よりも優しいんだ!
こいつはもう、何も傷つけたくないんだよォ!
ほっといて下さい。
結局、そのまま閉館時間となる。
半端な形でお仕事は終了。
帰り道。
トメが俺に見せたのは、ちっちゃいスパナだった。
「Fさんがよ~、『これは大事だから、絶対に失くすな』だってよ~」
コレがどう大事なの?
「チェーンソーのカバーがたまに外れかけて、ガタガタいうんだってよ~。その時は、このスパナで直せってさ~」
他に直すべき箇所があるだろうが!
刃をどうにかしろよ!
なにカバーって!?
ってゆうか次、あの現場に行く人が心配だ。
ちゃんとチェーンソーとスパナ、渡しておかなくちゃ。
March 09
「あの日記にはね、実は続きがあるんだ」
このメンバーなら否定されることもないだろう。
仲間達に、ちょっとした裏話を披露する。
「ただ、この話にはね、事実だっていう証拠がないんだ。『めさの気のせいだ』って言われてもおかしくないのね? だから俺、この話は滅多にしないんだよ」
勿体振るつもりはなかったが、俺は付け加えた。
「この話を否定されても、俺は大丈夫なんだけど、信じてもらえないと、ある大事な人が傷ついちゃうのね。それでなかなか話さないんだ」
仲間達はすると、「それでも聞かせてほしいです」と言ってくれた。
「じゃあ、ちょっと長くなるけど」
前置きを入れ、俺は今年の母の日を振り返る。
旧サイトの日記に、俺はこのように書いていた。
タイトルは、私信「今回の夜景も最高だったべ?」
俺は映画「ゴースト」の主題曲を口ずさんだ。
雑貨屋でオモチャも買って、勇ましく電車に乗り込む。
港の見える丘公園はカップルが多くて目の毒だったけど、夜景が綺麗だった。
恰好つけることに慣れていないから、キザな演出は失敗してしまったけれど、カーネーションとオモチャを喜んでもらうことには成功した。
あの晩にランドマークタワーを訪れてから、丁度4年が経過している。
風邪薬の代わりに酒を飲んで、もう帰ろうかという時に、有線が曲目を変えなかったら、ここは普段通りの馬鹿日記だ。
日付けが変わって14日になり、しばらくしてからだった。
マスターが席を外したわずかな間に、アンチェンド・メロディが流れた。
聴いて、今日は母の日なのだと気がつく。
運命めいた縁に感じられ、すぐにカーネーションを買った。
N美さん、4年振り。
いつの間にか、俺のほうが年上になっちゃったね。
母の日にカーネーションなんて初めてだべ?
とびっきりのポイントまで届けるよ。
未来ちゃん、元気か?
俺や、俺の仲間達は、今でも全員が君の幸せを願っている。
これからも、絶対に忘れないよ。
2人とも、今日は久々だぜ。
恰好良くスーツを着込んで、思いっきりキザに、花を届ける名付けの親の勇姿を見よ。
雑貨屋でオモチャも買って、勇ましく電車に乗り込む。
港の見える丘公園はカップルが多くて目の毒だったけど、夜景が綺麗だった。
恰好つけることに慣れていないから、キザな演出は失敗してしまったけれど、カーネーションとオモチャを喜んでもらうことには成功した。
俺は映画「ゴースト」の主題曲を口ずさんだ。
(「未来とその母に捧ぐ」参照)
続きというのは、この翌日のことだ。
2006年5月15日、月曜日だった。
会社で俺は、後輩に自転車をロックされてしまっていた。
自分の自転車の鍵を失くしているから、俺は普段、チェーンだけでロックしている。
だから本来の鍵をかけられてしまうと、鍵をこじ開けるか、壊すかしなければならない。
「なんでチャリの移動を頼んだだけなのに、わざわざロックしちゃうわけ!? どんな効果を期待したんだよ! これじゃ俺、チャリに乗れないじゃん! ばーかじゃーん!」
叱ると後輩は、「さあ」と首を傾げただけだった。
あっちからこっちにチャリを手で持って移動させただけなのに、どうして鍵をかけてしまったのか、我ながらサッパリです。
彼はそんな表情を浮かべていた。
「しょうがないなあ。今日は俺、電車で帰るよ。チャリの鍵は、明日にでも壊すか」
いつもは、そこまでおバカさんな行動を取らない後輩だっただけに、不可解ではあった。
会社から駅まで、徒歩だと20分ほどかかるだろうか。
春が過ぎ、初夏を控えた時期だったから、寒くも暑くもない陽気だ。
晴れているらしかったが、夜なので判らない。
ふと、気配を感じた。
よく知っている気配だ。
「N美さんと未来ちゃんだ」
直感で、すぐに判った。
「さては、後輩に鍵をかけさせたのは君達だな?」
微笑みかけると、2人はイタズラがバレた子供のように、照れたように笑った。
そんな気がした。
本来、俺の霊感は眠っている。
必要以上に感覚を開放してしまうと、いつでも霊が見える人になってしまいそうで、怖い。
それで俺は無意識に第6感を眠らせているのだが、たまにどうしようもなく冴えてしまう時がある。
昨日はカーネーションとオモチャを渡しに行った。
2人の気配を感じたいと思っていたから、俺は自ら感覚を研ぎ澄ませてはいた。
港の見える丘公園で、俺はN美さんと未来ちゃんの気配を、それで確かに感じ取った。
今夜は、その余波のようなものなのだろうか。
いや、俺が冴えているというよりも、2人が自分から気配を濃く放出しているような気もする。
とにかく姿は見えないが、2人が今どこにいるのか、どんな顔をしているのか、俺には自然と察することができていた。
では、わざわざ鍵をかけ、俺を歩かせる理由はなんだろう。
そんな疑問が生じる。
一緒に歩きたいだけなら、2人は俺に気づかれることなく、何も言わずに歩くと思ったからだ。
それをしないということは、昨日のプレゼントをよほど喜んでもらえたのだろうか。
まさか、いつものルートで帰ったとしたら、事故に遭っていたとか?
いや、違うな。
もしそうだとしたら、この2人だったら鍵だけかけて、あとは知らん顔するはずだ。
だいたい、2人とも、今はなんだか嬉しそうな、はしゃいでいるような顔をしている。
俺のピンチを救いに来たような表情とは、少し違うように思えた。
じゃあ一体…。
なんだろうなんだろうと、俺は歩きながらずっと考えを巡らせる。
何か、それなりの理由があるはずだ。
ふと、俺達3人の立ち位置が気になった。
いつもとポジションが違う。
昨日のように、俺の右隣に未来ちゃん、未来ちゃんの右にN美さんが歩いているのではなかった。
今日は、俺が真ん中だ。
すぐ右手にN美さんがいて、未来ちゃんは俺の左側ではしゃいでいる。
以前赤ん坊だった未来ちゃんは、今はもう自由に駆け回るぐらいに大きくなっていた。
昨日のオモチャは、ちゃんと受け取ってもらえたようだ。
ヒモのついたアヒルが、未来ちゃんの後を追っていた。
N美さんも未来ちゃんも「早く早く」と、どこか嬉しそうに俺を急かす。
この態度からも、俺に危険が降りかかるわけではなさそうだな。
気持ち早歩きになりながら、そんなことを思った。
考え事も深まる。
結局これは、どういうことなんだろう。
チャリさえ使えれば、駅を利用するよりも早く帰宅できるのに。
遅いルートを選ばせたのに、どうして急がせるのだろう。
何か意味があるはずだ。
「あ」
ふと、やっとのことで思いが至る。
駅前の本屋だ。
俺が電車で帰る時は、必ず駅前の大きな本屋に立ち寄る。
ケータイを開いて時間を見ると、もうすぐ閉店の時刻だ。
俺はさらに速く歩いた。
「何か俺にメッセージがあるんでしょ。俺に読んでほしい、お勧めの本があるんだ。そうでしょ?」
問いかけると、2人はとびっきりの笑顔を見せてくれた。
そんな気がした。
駅前の本屋はなかなか広大で、俺は新刊のコーナーと、小説、マンガのコーナーしか把握していない。
ここで心底驚いたのは、有線の曲目がアンチェンド・メロディだったことだ。
これには、本当にびっくりした。
曲は終了間際だったから、来るのがあと1分遅れていたら聴けなかったはずだ。
同時に、2人の気配はやっぱり気のせいなんかじゃなかったと確信することができた。
2人はやはり本屋に来てほしかったようで、俺は手を引かれるように入店していた。
並べられた新刊を眺めながらも、2人に気を配る。
どうやら、先にある本が目的のようで、俺を奥に導こうとしているようだ。
ついでなので自分が読みたいコーナーも見て回る。
小説もマンガもしかし、目指す1冊ではなかったらしい。
気がつくと俺は本屋を一周し、出入り口まで戻ってしまっていた。
[あれえ、失敗失敗。もう1回」
心の中でつぶやき、今度は雑念を捨て、案内されるがままに進むことにした。
小説のコーナーを左に折れる。
さっきまでは知らなかったが、そこは文房具の陳列棚だ。
俺が買うべきなのは、本じゃないのか?
でもまあ、さらに先にあった絵本のコーナーかも知れないし、進んでみるか。
ところが2人は、そこで歩を止めてしまった。
算数用の学習ノートなど、懐かしいデザインの冊子が並んでいる。
振り返ると、月刊誌だ。
「これこれ!」
N美さんが指差すような態度を取った。
それでまた、俺はわけが解らなくなる。
彼女は、間違いなくそこを指で示していた。
見れば、育児や出産に関する雑誌が、平積みされている。
これを俺にどうしろって言うんだ。
出産などしないぞ俺は。
させる予定も今のところ、ないし。
N美さんも未来ちゃんもしかし、そんな俺の困惑を楽しんでいるかのような表情だ。
「めさに問題! これは果たして、どんな意味でしょーか!」
「どんないみでしょーか!」
聞こえていたとしたら、そのようなセリフだったはずだ。
2人とも、なぞなぞを出す子供のような無邪気さでにこにこしている。
適当な1冊を手に取って、適当にページを開いてみた。
アンケートのページが現れる。
父親の意識を調査した結果が、そこには載っていた。
「子供と接するのは週にどれくらい?」
「どんな時に子供に注意する?」
様々な円グラフが記載されていた。
「どんなメッセージでしょーか!」
「でしょーか!」
2人は相変わらず楽しそうだ。
こっちはさっぱり意味が解らない。
帰宅して、俺はベットに横になった。
雑誌は結局、買わずに帰った。
メッセージの意味が重要なのであって、特別な言葉が載った1冊を探し出すわけではないのだと察したからだ。
「俺にいつか子供が出来る時は、未来ちゃんが生まれ変わってくれるとか、そういうことかな?」
俺はずっとぶつぶつと悩んでいて、2人は「どうかなー」とでも言いたげに、やはり上機嫌だった。
「なんか近いけど、惜しいって感じかな」
「どうかなー?」
「ねー。どうかなー?」
「ううぬ」
考えをまとめてみよう。
そう思って、俺は目を閉じた。
わざわざ自転車に鍵をかけ、急ぎ足で本屋に向かわせてまでして、俺に伝えたかったメッセージ。
嬉しそうで挑戦的な2人の顔。
俺を真ん中にして歩いた理由。
本屋では俺、そこに育児や出産に関する雑誌があったってこと、初めて知ったっけ。
開いたページはお父さんの…、
「ああー!」
目を開き、つい大声を出す。
起き上がって、2人がいる空間に顔を向けた。
やっと解った!
「未来ちゃん!」
確信したぞ。
これが正解だろ!
「俺のことをお父さんだと思ってくれているのか!」
2人はすると、満面の笑みを浮かべてくれた。
「正解!」
「当たりー!」
耳には聞こえなかったが、パチパチと拍手をしてもらえた。
そんな気がした。
確かに、そんな気配を感じた。
「そうか! 俺がお父さんかー! そうかー! 未来! お父さんだぞー! お父さんですよー!」
これが、あの日記の続きで、俺達にとっても記念すべき日のことだ。
「その話、日記には書かないんですか?」
仲間の質問に応える。
「いやほら、最初にも言ったけど、この話って客観的に見てさ、事実だっていう証拠がないんだよ。霊的なものを全否定しちゃう方も大勢いらっしゃるだろうし、もしそうされたら、傷つくのは未来ちゃんなわけで。だから今のとこ、書こうって思ってないんだよね」
「でも、書いたらどうですか?」
「そうですよ。父親宣言になるじゃないですか」
父親宣言、か。
それは確かにしたい。
「書きましょうよ。子供の日とかに」
言われてみれば、子供にそれぐらいのことはしてやりたいなあ。
でも、子供の日かあ。
俺は腕を組んだ。
どうもしっくりこない。
俺が子供の頃、子供の日にわくわくしなかったからかも知れない。
「ねえ、あのさ、書くとしたらさあ」
せっかくだから、相談に乗ってもらおう。
「この話を書くのって、子供の日とクリスマスだったら、どっちがいいと思う?」
「めささんの好きなほうでいいんじゃないですか? 未来ちゃんも、それが嬉しいと思いますよ」
「そっかー。そうだよね。じゃあ俺、クリスマスに書くよ」
言葉にすると、改めてその判断は正しいように思えた。
未来に、クリスマスプレゼントをしよう。
まだ漢字は読めないかも知れないけども、そこはN美さんが伝えてくれるだろう。
というわけだ、未来。
これがパパからのクリスマスプレゼントです。
これからもパパは、ずっと未来のパパですよ。
2006年12月。
父親が1日だけサンタクロースになれる日に、愛する我が子に、さらなる愛を込めて。
メリークリスマス。