夢見町の史
Let’s どんまい!
January 13
続・永遠の抱擁が始まる 1
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続・永遠の抱擁が始まる 2
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/187/
続・永遠の抱擁が始まる 3
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/188/
続・永遠の抱擁が始まる 4
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/189/
続・永遠の抱擁が始まる 5
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続・永遠の抱擁が始まる 6
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<エンジェルコール4>
「考え直したほうがよろしいですよ」
僕はおじちゃんに、何度目かの念を押す。
おじちゃんの要望通り、女の子の件は手はずが整っていた。
そのために消費するポイント数も納得してもらった。
これで腕の痛みを感じずに、女の子は幸せな少女時代を過ごせるはずだ。
「ではロウ君、次の願いを叶えてくれたまえ」
おじちゃんは頑固だった。
僕は「そんなことにポイントを消費させるべきではございません」ってたくさん言ったのに。
「ロウ君、君の願いを叶える。それが私の願い事だ」
だってさ。
僕としては、お客様にポイントの大切さを知ってもらうことだって重要なんだ。
無駄使いさせたくないよ。
真の取り引きに持っていきにくくなるじゃないか。
「お客様、ポイントは大切になさってください。最初に付与させていただきました1000ポイントは、お客様の来世、つまりご自身の未来と引き換えに、ご自身で得たものでございます。わたくしのために消費されるべきではございません」
「構わんと言っている。優秀なボーイにチップを払わなかったら、それは私の恥だ」
「しかし」
「私は元々、来世のことなど考えていなかった。死ねばそこで全てが終わると思っていたからね」
「さようでございましたか」
「ああ。そもそも私がどんな生物に生まれ変わろうと、今の記憶は失っているんだろう?」
「はい、前世の記憶は残りません」
「だったら何も問題はない。虫としての人生も、やってみれば案外悪くないかも知れん」
要するに、おじちゃんは願い事を叶えてもらえることを、ただのラッキーだと思っているみたいだ。
それにしても「虫としての人生も悪くないかも」か。
言われてみたら、そうかも知れないなあ。
「君の願いは何だね?」
おじちゃんからの質問に、思わずハッとする。
業務上、僕は嘘を言うことができない。
でも、僕の願いって何だろう?
おじちゃんに1万ポイントあげて、魂を貰うこと?
なんのために?
お給料をたくさん貰いたいからだ。
お金をたくさん貰いたいのは、何故だろう。
色んな買い物したり、美味しいものを食べたり、遊びに出かけたり、贅沢したいからだ。
じゃあなんで僕は贅沢をしたいんだ?
安心したいし、幸せを感じたいから。
幸せでいたかったら、悩みがあったら邪魔だよね。
僕に悩みってあったっけ?
あ、人間でいうところの「天使」に、いつかまた戻れたらいいな。
悪魔やってると、何かと嫌な思いすることが多いからね。
「正直に申し上げます。わたくしは――」
そこで言葉をぐっと飲む込む。
天使になりたいなんて言ったら、僕が悪魔だってバレちゃうじゃないか。
「なんだね? 続きを言いたまえ」
「失礼致しました」
どうしよう。
僕は嘘をつけない。
嘘をついたら罰を受けてしまう。
悪魔にとっての罰は、人間になるということ。
それだけはごめんだ。
あんな何の能力もない生き物になんてなったら、僕は絶対に毎日ブルーだ。
こうなったら仕方ない。
このお客様に本当の取り引きを持ちかけるの、諦めよう。
僕は恐る恐る、ゆっくりと口を開く。
「わたくしは、天使に戻りたいと考えております」
「天使?」
「はい、さようでございます」
天使と悪魔は同じ生き物なのに、なんで呼び分けられてしまうのか。
答えは意外と簡単だったりする。
天使は自分よりも他者を優先する性質があるのね。
なんだか信じられない感覚だけれども、それが彼らにとっては当たり前のことなんだ。
でも悪魔は違う。
自分本位で他人を利用しちゃうの。
めちゃめちゃシビアな世界なんだけど、僕はあっという間に悪魔に堕ちた。
原因は、「ちょっと魔が差したことを思い描いた」から。
仲間が働いてる横で自分だけ休んじゃいたいとか、そんなようなことを思ったんだった気がする。
潔癖症な天使は、わずかでも悪の因子があると、天使失格って自分から思っちゃうのね。
1度でも悪魔になってしまうと、もう2度と天使には戻れない。
だって過去に魔が差しちゃってるからね。
どれだけ大昔のことなのか、とか、悪意の大小は全く関係ないの。
悪意が芽生える可能性が少しでもある魂は、天使にはなれないんだ。
でも正直、天使としての生活は悪魔よりも断然にオイシイ。
仲間もみんないい人ばっかりだし、仕事もキツくないし、毎日笑っていられるし。
そのようなことを僕は正直に、おじちゃんに説明をした。
「ですが、悪魔だからといって決してお約束を破るようなことは致しません。今後もお客様の願いを出来る限り低ポイントで――」
「天使に戻るためには何が必要なんだ?」
「はい?」
「君が天使に戻るための条件を訊いている。私のポイントで、その条件を満たすことは可能なのかね?」
驚いた。
人間からしてみれば僕は確実に悪魔なのに、おじちゃんはまだ僕の願いを叶えようとしている。
「わたくしの正体は、人様から見れば天使ではございません。そのような者に――」
僕が言えたのはそこまでだった。
「関係ない」
おじちゃんは、やっぱり頑固者だ。
「私が叶えたいのは神の願いでも魔王の願いでもない。ロウ君、君の願いだよ」
くっそ。
こうなったら仕方ない。
そこまで言うんなら、僕は僕の事情を話しちゃうぞ。
「お客様、誠にありがとうございます」
「いや、いい」
「わたくしが天使に戻りたい理由は『今の生活よりも幸福でいられるから』といった不純な動機でございますが、よろしいのですね?」
「もちろんだ」
「では、さらに正直に申し上げます」
「うむ」
「わたくしが天使に戻るためには、お客様のポイントは必要ございません」
「なんだと?」
「悪魔が天使に戻るには、たった1つの方法しかないのです」
「ほう、それはどんな方法なんだね?」
僕は辺りを見渡し、他のオペレーターに聞かれないように声を潜める。
「悪魔は、悪魔内のルールを犯しますと、人間にされてしまいます」
「ほう」
「そうなれば、わたくしは人として人間界で生きることになるんですね」
「ふむ」
「唯一、天使に生まれ変わる可能性がある種族が人間なのでございます」
「そうなのか」
「はい。したがって、わたくしが本当に天使になりたくば、悪魔にとっての不正行為を行うだけで済んでしまうんですね」
「人間が天使に生まれ変わるには何か条件があるんじゃないのか?」
「はい、ございます。人間が天使になるためには、自己犠牲を果たすレベルのですね? 少々気恥ずかしい言葉ではありますが、愛が必要でございます」
天使と悪魔は対立してる。
僕ら悪魔としては、天使に増えてほしくない。
そこで、悪魔たちは人々を誘惑するなどして、今から堕落させておきたいってわけだ。
人間が天使に生まれ変わってしまわないようにね。
魂を取ったり下等生物に生まれ変わらせたりするのも、実はそのため。
魔王ラト様は「魂のエネルギーを集めてもう1つの太陽を創造したい」なんて言ってるみたいだけど、そこんところはよくわかんない。
「愛というと、それはどっちのだ? ロウ君自身が愛情を持つ人物になることが重要なのか? それとも、周囲から愛されることが必要なんだろうか」
「両方でございます」
「そうなのか」
「ええ、非常に確率の低いことでございます」
天使って本当に極端な生き物だ。
愛を注げば、その分だけ注がれる愛もあるだろう。
なんて前提で考えられたルールだから、こんなにも厳しくなっちゃっている。
もうちょっと頭を柔らかくしてほしいもんだ。
「私のポイントは、その愛情を操作するに役立つかね?」
「可能ではございますが、それをやってしまうと今度は天使にとっての不正行為となってしまいます」
「そうか」
「ですのでお客様、わたくしの願いは結構でございますよ。何より、わたくしは人間としての生活を望んではおりませんし、リスクを犯してまで天使に戻りたいとも思っておりません」
「そうか。では、もっと簡単な願い事はないのかね?」
「そうですね。それでは、いつかわたくしに希望ができましたら、そのときは必ず報告させていただきます。お客様とお話させていただいたところ、遠慮は失礼に当たると感じましたので、隠すことは致しません」
「解った、信用しよう。思いついたときは、必ず願いを言ってくれたまえ」
「かしこまりました。それよりもお客様」
僕は本来の仕事へと戻る。
「例の天変地異まで、まだ16年もございます。そのことをお考えになられたほうがよろしいかと存じます」
「ふむ。確か、時間の操作は出来ないんだったな」
ん?
時間を操作したがってる?
今度はなんだ?
「ええ。残念ながら、過去や未来を変えることはポイント数以前の問題でございまして、不可能なんですね」
「では、やはりルイカ親子は16年後に死んでしまうのか」
どうやらまだあの親子のことを気にしているみたいだ。
どこまでお人好しなんだろう、この人。
普通だったら自分が助かるための準備を進めるべきじゃない?
「私のことを気にかけていてくれるのかね?」
ちょっと沈黙しちゃったもんだから、僕が何を考えているのか読まれちゃったらしい。
おじちゃんは言う。
「私はもうこんな歳だ。天変地異の際に生き延びたとしても、文明が無くなった後の世界では生きられまい」
「滅多なことを」
「いや、事実だろう」
「では、こうしてはいかがでしょう?」
生きる喜びを思い出させれば、それだけポイントの大事さが解る。
希望をちらつかせるっていうのが、僕の営業スタイルだ。
ポイントの大事さが解れば、魂を犠牲にしてでも1万ポイントを欲しがるに決まってる。
「ポイントの消費は著しいのですが、お客様を若返らせることは可能でございます」
「ほう、そうなのか」
「これにはいくつか方法がございまして、手段によってポイント消費量が異なるんですね」
「ふむ」
「まず、一気に若返ってしまっては周囲から怪しまれてしまいますので、ゆっくりと細胞を若返らせるといった方法がございます。これは870ポイント必要となりますが、お勧めでございます。何歳まで若返るのかといったご年齢も、もちろんお選びいただけます」
すると何故なんだか、おじちゃんは無口になる。
反応薄いなあ、興味ないのかなあ。
僕は一応、様子を探りながらも案内を進める。
「また逆に、若返りだけを目的とするならば、390ポイント以内で済みます。これは若い人間の、新しい死体を修復し、そこにお客様の魂を移植するといった手段なんですね」
「いや、うん、解った」
「ありがとうございます」
「そのことは、また今度に考えるとしよう」
「さようでございますか」
「今はまだ、あの親子のことが気にかかる。天変地異の際、つまり16年後だな。その頃の3人の情報を知りたい」
「かしこまりました」
僕はモニターの前で姿勢を正す。
「それでは、具体的に何をお知りになりたいのか、詳しくお願い致します」
すると、おじちゃんは次々と質問事項を繰り出す。
僕はそれを聞きながら、復唱しながらキーボードを叩いて願い事欄を埋めていった。
それにしても、ホントに人がいいっていうか、なんというか。
この人が天使になっちゃうんじゃないか?
ってぐらいの善人だ。
でもまあ、僕と最初の取り引きしちゃってるから、彼の来世は小動物に決定なんだけどね。
それにしても、さっきから引っかかる。
頭の中には何故か、さっきおじちゃんが言った言葉がぐるぐると回っていて、取れない。
何気ない一言だったんだけど、なんでこんなにも印象深く残っているんだろうか。
「虫としての人生も、やってみれば案外悪くないかも知れん」
続く。
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January 12
続・永遠の抱擁が始まる 1
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続・永遠の抱擁が始まる 2
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続・永遠の抱擁が始まる 3
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続・永遠の抱擁が始まる 4
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続・永遠の抱擁が始まる 5
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<阿修羅のように3>
木造で、いたるところにガタがきている小さな教会。
そこが私の第2の故郷であり、最も大切な場所だ。
私以外にもたくさんの孤児がいたから、今にして思えば毎日がトラブルの連続だった。
マザーはさぞかし苦労をしたことだろう。
私は、マザーから初めて叱ってもらった日の、あの言葉を忘れていない。
あれは私が教会の世話になってすぐのことで、当事は絶望の只中にいた。
右手と家族を失ったばかりで、自暴自棄になっていたのだ。
「片手だけじゃ生きていけないよ!」
何かの拍子に溜め込んでいた不満が爆発し、幼い私は泣き喚いていた。
他の子供たちにも血の繋がった家族などいないというのに、私は自分のことしか考えていなかったのだ。
「お母さんもお父さんも、妹も弟もいない! あたしは1人で死んじゃうんだ!」
すぐさま、マザーの平手が私の頬を打った。
「家族だったらここにいるでしょう!」
みんなが兄弟だ。
私だってあなたの家族なんだ。
マザーの涙が、そう語っていた。
「家族がいないなんて、もう言わないで」
私が商店から果物を盗んだと誤解をされたときも、マザーは詰め寄る商人たちの前に立ちはだかった。
「この子は絶対に盗みを働きません! 何かの間違いです!」
「でもね、シスター。見たって人がいるんですよ。その子が盗んだのをね」
「では見間違いです! その方に詳しい話を聞いてきてください!」
「いいから盗んだ物を返すか、料金を支払うかしなさいよ」
「ですから、この子は何も盗んでいません!」
「なんで赤の他人をそこまで信じるの?」
「私が信じないで、誰が信じるんですか!」
後日、私に濡れ衣を着せた大人が真犯人だったことが証明される。
いつしか、私はマザーのことを「ママ」と呼ぶようになっていた。
「どこか、掃除などしましょうか?」
クラーク君が小さい体をそわそわさせている。
相変わらず私に対する気遣いを忘れない子だ。
「ありがとう。じゃあ、お仕事お願いするね。お姉ちゃんと一緒に遊んできなさい。子供らしくね」
3人で暮らすようになって、もう半年ほどが過ぎただろうか。
誰の子なのか解らない2人と共に暮らすことに、不安や抵抗はなかった。
マザーが私にしてくれたように、身寄りのない子供がいたら可能な限り引き取って愛情を注ぐのが夢だったし、何よりこの兄弟は素直だ。
むしろ「素直すぎて不気味なぐらい」と表現しても過言ではないだろう。
2人とも、大はしゃぎして食器を割ることもないし、喧嘩をして泣き喚いたりもしない。
家事の手伝いなど、頼んでいなくとも率先して働いてくれる。
つくづく不思議な子供たちである。
「じゃあ公園行こう、クラちゃん!」
少女が手を引き、弟を外に連れ出す。
「馬車に気をつけるのよ」と、私は2人の背中に声をかけた。
玄関が閉まるのを確認し、深い溜め息をつく。
右手が蘇り、子供も2人できた。
ただそれが不穏な噂を呼んでいて、仕事の依頼が今は激減してしまっている。
「あの女は魔女だ。無かったはずの腕も生えたし、子供らしくない子供を匿っている。あの子らは悪魔の使いに違いない」
この噂が尾を引けば、最悪の場合、私たちは火あぶりにされてしまうかも知れない。
何よりも、そんな噂が子供たちの耳に入ることが怖い。
いくら大人びていても、6歳の女の子と3歳の男の子だ。
知れば、深く傷ついてしまうことだろう。
私自身、やはりご近所から様々なことを詮索された。
「ルイカさん、その腕は何故また?」
「よく出来ているでしょう? あるお医者さんから、最高級の義手を作っていただいたんです」
「あの子たちは?」
「親友の子供です。先日不幸があって、親友夫妻が子供を育てられなくなってしまって、引き取ることにしたんですよ。この義手も、医者をやっていたその親友がお礼として作ってくれたんです」
「2人とも、特に男の子、変わった子ですねえ」
「ええ、本当に。でもあの子たちの親は名の知れた天才ですからね。その血筋なのかも知れません」
どこまで誤魔化せたのか、正直自信がない。
私には医者の親友などいない。
かといって本当のことを話せば、2人がさらに追求されてしまうことになるだろう。
魔法のような力を出せと迫られ、たかられてしまうことにもなりかねない。
腕が生えたことは確かに不自然だし、2人の子供もあまり自分たちのことを話そうとはしない。
悪魔の使いだなんて噂に発展することも、解らないでもなかった。
それでも。
常に、マザーの微笑みは私のそばにある。
「私が信じないで、誰が信じるんですか!」
言葉を発し、立ち上がる。
引っ越しの準備をしよう。
お得意様も多いこの町を離れることは痛手だが、次の町でやり直せばいいだけの話だ。
新天地ならば、私の腕が本物であることを隠す必要もない。
子供たちは、私が産んだことにすれば良い。
「ただいま」
「ただいまー!」
玄関が開く。
2人がこれほど早く戻るとは思っていなかった。
クラーク少年が神妙な面持ちをしていることに、ふと嫌な予感を覚える。
彼はうつむき、ゆっくりと私の前まで来る。
「町で悪い噂を聞きました」
「え!?」
不安が的中すると、頭の中から何かが喪失してしまったような感覚に陥る。
たった今、私はそれを味わっている。
少年は「僕らのせいで、すみません」と深く頭を下げた。
「ちょっとなによ急に。何を聞いたっていうの?」
恐れていたことが現実になってしまった。
私にかかっている魔女疑惑。
2人の子供が悪魔の使いという噂。
この兄弟は誰から聞いたのか、知られたくない噂の内容を全て解ってしまった。
「僕らがいないほうがよければ、すぐにでも出ていく所存です」
「何を言い出すの!」
「もちろん噂はどうにかします。今まで、大変ご迷惑をおかけしました」
「ちょっと待ちなさい! 出ていってどうするのよ!」
「そこは心配なさらずに。生活面は大丈夫ですので」
クラーク少年の意志は固そうだ。
自分たちのせいで私の仕事に悪影響があったことを、彼は最も悔やんでいる。
悪魔の使い扱いをされていることには何も感じていないようだ。
そのことが様子から解るから、尚のこと私の心は痛む。
幼子は「役に立つために来たのに逆になってしまった」とか「先見の明がなかった」など、ぶつぶつとつぶやいている。
「もちろん、出ていくといっても2度と会えないわけではありません」
クラーク君は、蒼白な顔色になっていた。
よほど自分を責めているのだろう。
細かく震えてもいる。
「たまにこっそり遊びに来てもいいでしょうか?」
「いいから待ちなさい! 君は何も悪いことしてないでしょう! それに、ここを出て、どこで暮らすのよ!」
「どうにかします。元々僕らには家族もいませんし、身軽なもんです」
「家族だったらここにいるでしょう!」
いつからなのか、涙が止まらなくなっている。
泣きじゃくりながら、私はクラーク君を抱きしめていた。
「家族がいないなんて、もう言わないで」
「了解ー!」
この場にふさわしくない明るい声がした。
お姉ちゃんだ。
「じゃあ、今から全部何とかするね。だから、引っ越さなくても大丈夫だよ」
え?
私もクラーク君もポカンと少女を眺める。
彼女はただ、いつものように無邪気に微笑んでいた。
クラーク少年は確かに子供らしくない子供だ。
でも、本当に人間離れしているのは実は姉のほうだった。
続く。
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January 08
続・永遠の抱擁が始まる 1
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続・永遠の抱擁が始まる 2
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続・永遠の抱擁が始まる 3
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続・永遠の抱擁が始まる 4
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小出しに運ばれてくるいくつもの料理に舌鼓を打つ。
キャンドルに灯った小さな炎がわずかになびき、それがあたしには喜びに震えているように見えた。
このような錯覚を起こすあたり、自分は単純なのだろう。
「展開からしてさ」
テーブルの上に指を組んで、あたしはそこに顎を乗せる。
「まだ続くんでしょ? その話」
ワインで少し頬を赤くしながら、彼は頷く。
「もちろん」
キャンドルの炎が、また小さく揺れる。
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<エンジェルコール3>
裁判官のおじちゃんは、懺悔すると宣言しておきながら、なかなか最初の一言を切り出そうとしない。
お客様が話しやすくするために、僕からフォローを入れなきゃ駄目みたいだ。
僕は微笑みかけるように問う。
「お客様のようなお仕事の場合、一般的には珍しいケースに遭遇することもおありではございませんか?」
「ああ、まあ、そうかも知れないな」
何でもいいから喋らせれば、人間はいつの間にか饒舌になってゆく。
僕はその習性を利用するために、わざとどうでもいい話題を口にさせる。
「例えば、どのような?」
「ロウ君は、私のことを見守っていたのではないのかね?」
「見守るといっても期間がございましたし、お客様のプライバシーに関わりそうなことには触れぬよう注意しておりました」
「そうか」
「ですので、お客様がどのような体験をなさったのか、全てを知っているわけではないんですね」
「まあ、そうだろうな。すまん」
「いえいえ、とんでもございません」
僕は再びモニターに向かって頭を下げた。
裁判官のおじちゃん曰く、ほとんどの公判は「どちらか一方が悪い」っていう事件は少ないらしい。
だいたいは揉めてる両方に何かしら、それぞれの非があるんだって。
なんだけど例外もたまにあって、おじちゃんの印象に残っているのは、ある小学校の土地の権利を争った裁判だって言ってた。
「あれは楽だったな」
「と、申しますと?」
「被告も原告も、どちらも嘘を言わないんだ」
「ほう。それはまた何故でございましょう?」
「解らん。学校を守るための訴えを起こした教師側が正直なのは解るが、何故だか不正行為を犯していた土地貸しまで嘘を言わない。嘘をついたとしても、自ら『嘘だけど』と口を滑らせてしまうんだな。もちろん学校側の大勝利で幕を閉じた」
「それは審議が楽でございましたでしょうね」
「皆、ああだったらいいんだがな」
おじちゃんは少し苦笑した。
いつも苦労してるんだろう。
僕は再び、優しげな声を出す。
「懺悔の内容というのも、やはりお仕事に関することでございますか?」
「関係なくはないが、話はもっと前まで遡る」
「さようでございますか」
「ああ。私が妻と死別しているのは知っているかね?」
ええ、存じております。
って応えたら、おじちゃんは声のトーンを暗くした。
「妻は、重い病にかかっていた」
あえて相槌を打たず、僕は黙って続きを待つ。
「脳にまで影響があったんだろうな。末期になると、実際には無い記憶を持つようになっていった。錯乱状態というべきか」
「実際には無い記憶、といいますと?」
「自分の鼻の穴は10個以上あったはずだとか、まえからあった家よりも巨大な剣士の像が無くなっているとか、それはまあ色々と騒いでいたよ」
「それはご苦労なさったことでしょう」
「いやなに。ただ、最も厄介だったのが『幼い娘がいる』という記憶だった」
「お嬢様が?」
「いや、うちは子宝に恵まれなくてな。娘なんて最初から居ないんだ」
「ええ、さようでございますよね」
「その記憶だけはなかなか消えてくれない」
「と、なりますと」
「ああ。毎日のように妻は『娘はどこだ』と探し出そうとするんだ。最初から存在していない娘をな」
そんな折り、おじちゃん夫妻は病院で、栗毛の綺麗な女の子と出逢ったんだって。
女の子は予防接種か何かで病院にいたみたい。
奥さんは、その女の子を「私の子だ」って思い込んじゃって、大変だったらしい。
「よその子に、妻は泣きながら抱きつくんだ。自分で名付けたであろう架空の娘の名前を叫んでな」
あれは奇跡のような子供だったって、おじちゃんは言う。
「その子は妻の様子と、慌てている私の顔を見て、何かを察してくれたんだと思う」
女の子は、おじちゃんの奥さんに「心配かけてごめんね、お母さん」って、確かに言ったんだって。
「賢いのか、妻の迫力のような気配に流されたのかは解らないが、まだ小さな女の子が、妻に対して『お母さん』と」
それがどれだけ私と妻を救ったのか計り知れない。
って、半分泣き声でおじちゃんは言った。
「女の子がしてくれたのは、それだけじゃない」
「ほほう」
「既に入院状態だった妻に、毎日逢いに来てくれた。妻は嬉しそうに、その子に本を読んで聞かせていたよ」
「それはまた、心が洗われるようなお子様でございますね」
「全くだ。結局その子は、妻を看取ってまでくれた。私と一緒に涙まで流してくれたよ」
で、それから数年後。
つまり最近のことだ。
ある事故が起きちゃったらしい。
どっかの大富豪が乗っていた大型の馬車が暴走して、通行人に突っ込んでしまったんだって。
「大通りでのことだったから、被害者は大勢いてね。裁判は長引くことが予想された。なんせ大事故だ。富豪は腕のいい弁護士を雇い、慰謝料を抑えようとする。『不可抗力の事故』として処理しようとするわけだ。被害を受けた側は、仕方なかったでは納得できない」
「そういうものでございましょうね」
「被害者のリストを見て、私は愕然としたよ」
「あ、まさか」
「ああ。妻が娘と信じた、あの子の名があった」
あの子は両親も兄弟も、右腕も失っていたよ。
おじちゃんは沈んだ調子で、そう言った。
「その裁判は、まだ続いているのでございますか?」
「いや、先日、終えた」
「結果は…」
「私は、法を守る立場にある。いかなる理由があろうとも、個人的な判断による判決は出せない」
事故の原因になったお金持ちは結局、慰謝料を最低限に抑えることに成功しちゃったみたい。
「女の子は、もう10歳になっていた」
「お逢いには、なられたんですか?」
「1度だけ、本人確認の意味もあって見舞いにな。確かにあの子だった。最も昏睡状態で話は出来なかったが」
そこで突然、変な音が耳元で鳴った。
ヘッドフォンが壊れたのか、通信障害でも起きたのかって思っちゃったけど、それはおじちゃんの泣き声だったんだ。
「私と妻の心を救った恩人に、私は何もしてやれなかった!」
猛獣が吠えるみたいな大泣きだ。
ここまで涙を流す成体なんて、初めて。
「ロウ君、お願いだ。あの子を救ってほしい」
「かしこまりました。わたくしにお任せください」
よーし、魂ゲットのチャンスだ。
ここは精一杯恩を売るぞ。
僕は内心、両拳を天に突き立てる。
「今後のためにお客様のポイントを最小限に抑えつつ、その子が救われるような手はずを整えましょう」
「あの子の家族は、生き返らせられないんだったな」
「はい、残念ながら。腕の再生に関しましても、凄まじいエネルギーを必要とします。とても1000ポイントでは足りません」
「ではせめて、あの子から苦痛を取り除いてやってくれないか?」
「かしこまりました。ただ精神的な苦痛を取り除いてしまいますと、今後少女が冷たい人間に育ってしまう可能性がございます。ですので今回は、一時的に肉体的な痛みのみを取り除きましょう」
「しかし彼女はまだ10歳だぞ? 家族を失った精神的ダメージに耐えられないのではないか?」
「そこもお任せください。傷が完治した後、少女はすぐに施設に送られると思うのですが」
「ああ、そうなるだろうな。私が引き取っても構わないんだが、家族愛で癒してやることが私1人では難しいと思うんだ。正直、どこで暮らすことが少女にとって幸せなのか、悩んでいる」
「さようでございますよね。では、こうしてはいかがでしょう? わたくしがすぐ、少女が暮らすに適した環境を捜索致します。基準は、『少女の将来性を高めること』と『少女が幸福感を得られること』を前提と致します」
「うむ」
「もちろん、お客様のご自宅も選択肢の中に含んだ上で、彼女にとっての1番を探させていただきますのでご安心ください」
「そうか、すまん」
「とんでもございません。ただですね? お客様のご自宅が選考から漏れてしまった場合は」
「解っている。了承しよう」
「ありがとうございます」
それではすぐに理想的な施設を探し出し、そこに入れるよう手配させていただきます。
おじちゃんにそう伝えると、彼はまた泣いた。
もう大人なのに、よく泣く人だなあ。
でも、なんかいい人だな。
「ありがとう、ロウ君。本当にありがとう」
「いえ、そんな、とんでもございません!」
見えてないのに、慌てておじぎをして返す。
ありがとうってたくさん言われちゃった。
いいことすると、なんか気持ちいいなあ。
僕はちょっとだけ、ほっこりした気分になった。
おじちゃんはというと、懺悔も済んでスッキリしたんだろうね。
さっきとは全く逆で、ご機嫌な声色になっている。
「ロウ君。次の願いなんだが、今決めたよ」
「今、でございますか? 慎重になったほうがよろしいですよ?」
「ああ。慎重だし、冷静だとも」
続けておじちゃんは願い事を言う。
それを聞いて、僕は思わず「ええ!?」って大きな声を出しちゃっていた。
ヘッドフォンをしたまま、改めて広大なオフィスを見渡す。
数え切れないぐらい、もの凄い数の悪魔たちがお仕事してる。
周りの仕事仲間たちに聞こえないよう、おじちゃんには忠告を何度も残した。
でも、意思は固いみたい。
僕はペコペコとおじぎをしながら回線を切る。
これだけいるオペレーターの中でも、きっと僕が初めてだろう。
当コールセンター史上初の願い事を、おじちゃんは次に叶えようとしている。
続く。
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January 05
続・永遠の抱擁が始まる 1
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/186/
続・永遠の抱擁が始まる 2
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/187/
続・永遠の抱擁が始まる 3
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あたしはお酒を止めているから、きっと雰囲気に酔ったのだろう。
窓から望める夜景がさっきよりも綺麗に思える。
前菜の効果なのか空腹感が増して、次の料理も楽しみだ。
彼が胸のポケットに手を忍ばせる。
「ちょっとタバコ、失礼してもいい?」
あたしは笑顔で「駄目」と断言した。
「いつになく厳しいな」
「まあね。でもさ、あんたも相変わらずよく色々と考えるよ」
「そりゃ、ねえ? あそこまで手の込んだプロポーズをしておいて、今回何も考えてなかったらよくないと思って」
「ありがと」
「いえいえ。それにしても、今後また抱き合った遺骨が発見されたらと思うと、気が気じゃないよ。また何かと考えなきゃならない」
あはは。
と、あたしは笑う。
「いいじゃない、お話考えたら」
ルイカさんみたいにさ。
そう付け加えた。
「ルイカさんみたいに、か」
彼はそこで再びグラスに手を伸ばす。
「彼女も僕と同様、話を作るのに苦労した」
「へえ。どんな風に?」
彼は微笑むと、一口だけワインを飲み、喉を潤す。
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<阿修羅のように2>
私は、私自身をモデルにすることしか思い浮かばなかった。
10歳の頃を自然と思い出す。
あの頃に失った右腕と、家族の顔。
そういえば、どことなくこの兄弟は私の妹と弟に似ている。
精神がチクリと痛んだが、あたしは笑顔を見せた。
「じゃあ、お話始めるね?」
クラーク少年は「すみません」と礼儀正しくペコリと頭を下げ、少女は「やったー!」と万歳をした。
2人をベンチに座らせ、私は通るように声を張り上げる。
「昔々ある町に、10歳の女の子がいました」
大型馬車の事故に遭って、家族と一緒にいたその子は、色んな物をいっぺんに失ってしまうの。
なんて重い話、こんな子供に聞かせてしまって大丈夫だろうか。
片腕を失うほどの重症だったのに、後日になっても痛みを感じなかったことが今でも印象的だ。
深すぎる傷に痛覚が麻痺したのだろうか。
公園は静かで、私たち3人以外に人影はない。
たまに吹くささやかな風が涼しく、背まで伸びた私の栗毛をなびかせる。
「女の子はね? 何もかも無くすような大きな事故に遭ってしまって、行くところがなくってね。ある教会の、とても親切なシスターに引き取ってもらったの」
マザーと呼ばれていた、老齢のシスター。
現在はもう亡くなっていて、私と同い年ぐらいの娘さんが跡を継ぎ、今でも身寄りのない子供たちを引き取って暮らしている。
まあ、そんな話は端折って構わない内容だろう。
「女の子は本を読んでもらうことが大好きだったから、たくさん勉強して字が読めるようになっていたのね。その教会でもたくさん本を読んで、昔自分がしてもらったように、まだ字が読めない他の子供たちに話をして、色んな物語を聞かせていったの」
あの頃。
話を聞いてくれた子が「もっと!」と喜んでくれて、私まで嬉しくなったものだ。
そこで私は暇さえあれば本を読み、次の話を蓄えていった。
今にして思えば、私が語り部という道を選んだのも皆のおかげだ。
マザーや教会のみんなには、今でも深く感謝している。
「こうして、女の子は大人になる頃、物語を話して聞かせるっていうお仕事を始めていたのね?」
さて、ここからどうしよう。
この先は自分の想像力に頼らなくてはならない。
気がつけば、もうすぐ夕方なのだろう。
さっきよりも影が伸びかけていて、少し肌寒くなっている。
なんだかんだで私は、「魔法使いに出逢って、様々な試練をこなし、褒美に新しい右腕を貰う」なんていう陳腐な話を長々と語るといった恥ずべき事態に陥っていた。
「ごめんね」
クラーク少年の希望通り、結末は腕が復活するというくだりで締めくくってはみたものの、やはり喋ると同時に物語を想像するなんて、私には難しい。
「つまらなかったでしょう? 今度時間があるときに、あたしまた来るから、そしたらもっと楽しい話、色々してあげる」
もちろんお金は要らないから、今回はこんな話になってしまったことを許してね。
そう加えようとしたところ、クラーク少年に制される。
「いえ、非常に楽しめました」
「はあ」
見た目も声も子供なのに、どうしてこう大人びたことを言うのだろう。
落ち着いた雰囲気は、まるで大人そのものではないか。
「ただ、もう1つだけお願いが」
「なあに?」
少年はすると、またもや目を伏せる。
「最後、新しい腕が生えるといった部分なのですが、そこの描写をもっと詳しく聞かせていただけませんか?」
私は再び「はあ」と覇気のない返答をする。
クラーク君は小声で「すみません」と口にした。
「腕が蘇る部分ね? いいよ」
再び私の語りが始まる。
よりリアルに話をするために、私は瞬時にイメージを膨らませていった。
芽が育つかのように腕が生え、あっという間に手の形に形成されるイメージ。
出来る限り詳しく話せるように、出来る限り鮮明に、細部に渡って――。
「見る見るうちに肌色の棒は手と同じような形に育っていって、それと同時に『動かせること』まではっきり解るようになってね? 肘に当たる部分を曲げたりして感覚を確かめているうちに、指のような棒が先っぽに5本生えて――」
小さな子供に解るような言葉を選べなかったのは、やはりクラーク少年の大人びた気配のせいだろう。
「爪が作られ、うっすらとした産毛まで生えて、気づけばその女の子は、新しい右手で髪をかきあげていたの」
ジェスチャーで示すように、私は右手で実際に髪をかきあげる。
その瞬間、私は「え?」と固まってしまった。
腕が、ある。
無かったはずの右手が確かにある!
「どうして!?」
先ほどまで自分でイメージしていたような感覚が、右腕を作ってしまったかのようだ。
両手を交互に見比べる。
どっちも、同じ手だ。
私の手だ。
「新しい腕は、楽しい話をしてくださったチップです」
クラーク少年が微笑んでいた。
初めてみる彼の笑顔だ。
私はあたふたと「え? だって」を何度も言い、混乱を隠せない。
「それと、これは正規の報酬です。受け取ってください。もしよければ、その右手で」
「え? 何?」
クラーク君は私の右手に素早く封筒を握らせた。
呆然とする私に、少年はさらに驚くべき提案を始める。
「先ほど、僕らに両親はいないと言いましたよね?」
「え? はい」
「実は住み家もないんです」
「あ、そうなの? はい」
「そこでお願いなんですが…」
「ええ」
「僕ら2人を、あなたの家に置いていただけませんでしょうか?」
「え?」
「いえ、決して迷惑はかけません。生活に必要な費用はあります」
「ちょ、何?」
姉らしき少女は早くも大はしゃぎで、「2年ぐらいお世話になりまーす!」とそこら辺を飛び跳ねている。
ちょっと落ち着くまで待って。
気持ちを整えたいから。
たったそれだけがなかなか言えず、私は何度も自分の両手と兄弟を交互に見やる。
空の片隅が、少しだけオレンジ色に染まり始めていた。
優しい日の光は、確かに私の右手も照らしている。
続く。
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January 04
続・永遠の抱擁が始まる 1
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続・永遠の抱擁が始まる 2
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「ちょっと待ってよ」
珍しく、あたしは彼の話を遮っていた。
「あの3人のお話をするって、あんた言ったじゃない」
すると彼は「言ったよ」と、やはり涼しげな顔のままだ。
その平然とした態度が、なんとなく癇に障る。
「だったら」
気づけば、あたしは目の前の紅茶を飲むことさえ忘れている。
「噺家の女の人、なんで腕が片方ないの? 発見された3体の遺骨は、全員腕が2本ずつあるのに」
「まあまあ。今日の君はせっかちだな」
「だってさあ」
あたしは頬を膨らませた。
「最初はいきなり関係の無い話とか始められるし、そんなの聞かされたらさ? あたしだって『ちゃんと話してくれるの?』って不安にもなるよ」
「関係ない話?」
「そう。コールセンターの話とか、いきなり始めたじゃん」
「関係ない話なんて、僕はしてないぞ?」
「え?」
「関係、大いにあるんだ」
「え、ホントに?」
「ホントに」
すると彼は頬杖をついて、「聞いていれば解るさ」と自信に満ちた目をあたしに向ける。
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<エンジェルコール2>
裁判官のおじちゃんは、僕に色んなことを確認してきた。
彼が特にこだわったのが、夢の内容についてだ。
「ロウ君、あれは本当に起こる未来なのか?」
「はい、残念ながら事実でございます」
よほど怖い「世界の終末」を見たのだろう。
「私に見せたあの夢なんだが、誰の視点かね?」
「視点は何度か変わったかと思うのですが」
「うむ、確かに」
「前半は主に、各地で暮らす人々の視点でございますね。後半はより広く被害をご覧いただくため、鳥の目線でお送りさせていただきました」
「君たち天使が私以外の者にこういった大災害の夢を見させた場合なんだが、夢の内容は私と全く同じものになるのかね? それとも、人によって内容は微妙に違ったりするのか?」
ん?
この人、なんでそんなことを気にするんだ?
まあ、いっか。
「夢の内容はですね」
僕は相変わらず丁重に、また余計な疑惑を持たれないように、言葉を選ぶ。
「録画のようなものでございます。どなたがご覧になっても、夢の内容は細部に置いて全く同じ内容、景色でございます」
「そうか…」
僕らは悪魔なんだけど、基本的に嘘をついちゃいけない決まりになっている。
だから16年後に天変地異が起こるっていうのも、魂の調整が取れないっていうのも、本当のことだ。
お客様に夢を利用して見せる「大災害当事の様子」もだから、全くのホント。
そうやってお客様の信用を得ることが第一だって、魔王ラト様は判断してる。
とってもいい営業方針だと、僕も思う。
最初に「天使だ」って名乗っちゃったけど、天使も悪魔も同じ生き物だもん。
人間が勝手に呼び分けてるだけなのね。
だからまあ、苦しいけど僕が天使だってことも、ある意味ホント。
「気になるシーンがあった」
裁判官のおじちゃんは、あくまで夢にこだわってる。
「その人物が誰かなどの詳しい情報が知りたい」
「さようでございますか。ただ、そういった情報の提供でございますと、それは『願いを叶える』の範疇になってしまうんですね。ですので――」
「解った」
「はい?」
「願いとして、君に頼みたい」
「と、いいますと、来世では微生物や虫に生まれ変わってしまっても」
「構わん」
思わぬところで契約取れちゃった。
こんなオッケーの貰い方、初めてだ。
でもラッキー。
お給料アップの予感だ。
「かしこまりました」
僕は浮ついてることを隠し、穏やかな口調をキープする。
「それでは形式的ではありますが、願いのポイントを発行するために、いくつかこちらからご説明させていただきますね」
「うむ」
1つでも納得してもらえなかったら、契約破棄って形になっちゃう。
僕は詰めを誤らないよう、緊張感を高めて色々なことをお話しした。
来世はやっぱり人にしてくれとか、そういった生まれ変わりについてのお願い事はできません、とか。
それと同じように魂を扱う願い事には応じられない場合がございます、とか。
ポイントが配布されたら、使い切る前に死んじゃったとしても、来世は人にはなれませんよ、とか。
タイムワープなどの時間操作や死者を生き返らせることは不可能です、とか。
もちろん「ポイントを増やせ」なんて願い事は論外でございます、とか。
他、細かいこと色々。
「さて、以上でございます。全てご了承いただけましたら、今すぐに願いを叶えるためのポイントを1000点、付与させていただきます」
「解った、了承しよう」
「ありがとうございます。それではですね、願い事ができましたら、わたくしまでお電話いただけますと、なるべく早く叶えさせていただきますので気軽にご連絡ください」
「解った」
「さっそく、先ほどの願いをお叶えになりますか?」
「ああ、頼む」
「先ほどお客様が口にされた願い事は情報収集に該当しますので、その情報の持つ重要度から消費ポイントを計算致します。納得のいかない場合は願いをキャンセルさせていただきますので、ご安心くださいませ」
「解った」
「それでは、知りたい内容を詳しくお聞かせください」
「あの夢では、天変地異の瞬間、抱き合って人生を終える親子らしき3人がいたね。他にも肌が変色する病にかかった若い男女なんてのもいたが」
「はい、おりましたね」
「その親子のほうだ。あの母親の名が知りたい」
「はい、かしこまりました。名前だけでよろしいのですか?」
「ああ、今はな。場合によっては、さらに色々と調べてもらうことになるが」
「もちろん構いません。ちなみにですね、それだけの情報でございますと、1ポイントのみの消費で叶えさせていただきます。よろしいでしょうか?」
「ああ、頼む」
「了解致しました。それでは調査致しますので、少々お待ちください」
挨拶をして、電話を切る。
あの女の人の名前が知りたいなんて、なんでだろ?
ちょっと気になって、僕はモニターに映し出されているお客様の個人情報に改めて目を通す。
奥さんとは死別してて、愛人さんは無し。
妹さんとか娘さんとか、そういう女の人も無し。
親しい女友達も見当たらない。
じゃあ、なんでだろ。
気になるなー。
ま、いっか。
続けて僕は「大破壊の夢」のデータベースに入る。
あの母親の人は、と。
あったあった。
彼女の名前はルイカ、26歳か。
一応このルイカさんの個人情報も目を通したけれど、裁判官のおじちゃんとの接点がなさそうに思える。
僕は再びマイク一体型のヘッドフォンを装着した。
「もしもし? ロウでございます」
「ああ、どうだった?」
「はい。例の女性のお名前が判明致しました。お伝えしますと1ポイント消費されますが、よろしいしょうか?」
「ああ、構わん」
「それではお伝え致します。彼女の名はルイカ、と申します」
「そうか、やはりな」
「お知り合いでございますか?」
好奇心から訊いてみた。
だけどおじちゃんは上の空で、「似ているからもしやと思ったが」とか「ならあの腕は義手か」とか「立派になって」とか、ぶつぶつつぶやいている。
僕は黙って、おじちゃんが現実に戻ってくるのを待った。
「なあ、ロウ君。次の願いなんだが」
「はい、何でございましょう?」
おじちゃんの願いは、僕のオペレーター人生の中で初めてのものだった。
「私の懺悔を聞いてほしい。どれぐらいのポイントが必要かね?」
「懺悔? わたくしに、でございますか?」
「そうだ。どのぐらいかかる?」
意外なことを言い出す人だなあ。
僕は笑顔が伝わるよう、優しく伝える。
「それでは申し上げますね。その願いは、0ポイントでございます」
「本当か」
「ええ、もちろんでございますよ。わたくしでよければ、いくらでもお話しください」
そしたらおじちゃんは、心から言ってるような感じで「ありがとう」って言った。
とんでもございませんと、僕は見られてもいないのに頭を下げる。
僕ら悪魔の本当の目的は、1万ポイントあげる代わりに魂を貰うことだもん。
そのために来世がどうのこうの言って、1000ポイント分の願いを叶えさせ、「願い事が叶う中毒」にしちゃうわけ。
だから親身にもなるよ。
話ぐらいタダで聞いて信用を得たほうが、後々に本当の取り引きに持っていきやすいじゃん。
モニターにはない個人情報も手に入るし、一石二鳥だね。
「恥じらいなどもおありとは思うのですが、わたくしでよろしければ、是非お話しになってください」
僕は再びモニター越しにおじぎをし、にやりと笑む。
続く。
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