夢見町の史
Let’s どんまい!
July 12
まるで金切り声のような大音量だった。
車輪とレールが派手に火花を散らせる。
外は風もなく、青空には真っ白な雲たちがたたずんでいてその場を動こうとしない。
夏特有の強い日差しが、今日も猛暑を予感させている。
地元の町に向かい、浅野大地は紙袋を片手に電車に揺られていた。
強めに効いている車内のクーラーは彼の汗ばんだ黒のTシャツを乾かせている。
車両は、空席がないが満員でもないといった程度に込み合っていて、吊り革に掴まる乗客たちはそれぞれ互いに距離を取っていた。
浅野大地にも席はない。
やむを得ず立っている客の1人だったが、自分はまだ22だからと、そんな境遇にさしたる不満を感じなかった。
青年の横には20代後半ぐらいだろうか?
薄く赤味がかったアロハシャツを着、頭には古風にもパンチパーマを当てている、お世辞にも柄が良いとはいえない体格の良い男がやはり紙袋を手にし、浅野大地と同じく窓の外を見るともなく眺めている。
浅野大地もチンピラのような男も、互いが持つ紙袋が同一の物であることに気づいてはいない。
前触れなく、電車が急ブレーキをかける。
断末魔のような高い音と同時に、乗客たちは電車の進行方向に向かって放り出された。
思わず悲鳴を上げる者もいて、乗客の誰もが大事故を連想して恐怖したことだろう。
ただの一時的な急ブレーキであることを客たちは知らないからだ。
立っていたチンピラ風の男も吹っ飛び、車両と車両を繋ぐドアに叩きつけられる。
そこに覆いかぶさるように、浅野大地の細身の体が男に激突した。
「ってえなコラァ!」
反射的に柄の悪い男が声を上げる。
どう考えても不可抗力なのだが、浅野大地は「すみません」と手短に謝った。
急な停車を試みた電車に一体何があったのか、車両は止まりはせずにゆるゆると速度を上げ始めている。
どうやら大袈裟な事故には至らなかったようだ。
バランスを崩した乗客たちはズボンの埃を払いながら、再び元の位置へと戻っていく。
突然の急ブレーキを詫びる内容のアナウンスが車内に流れた。
柄の悪い男が小さく舌打ちをし、浅野大地はそれを聞いていない振りをした。
どちらも、互いの紙袋が入れ替わってしまったことに気がついていない。
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本名不明、年齢不詳、常連客たちは彼を「謎のマスター」と称している。
古びた木造の店内。
細かな傷のついたカウンターもテーブルも、こだわりの樫の木製だ。
少しばかり高めの天井にはファンがゆるやかに回っており、洋酒のロゴで縁取られた鏡や外国の古いポスターたちが壁を飾っている。
「ルーズ・ボーイ」というアバウトなネーミングがされたアメリカ調のバーは、今日も暇だ。
炎天下の中、誰か涼みに来ないものかと、マスターは1人カウンターに立ち、客を待っている。
ここのところ、昼のランチタイムも、酒盛りをすべき夜も、あまり景気の良い展開にはなっていない。
マスターは一杯になった自分の灰皿を持ち上げ、その中身を捨てた。
「こんちはー!」
出入り口からカランカランと音がして、見慣れた青年が入ってきた。
「おお、大地君。いらっしゃい」
マスターが水と使い捨てのおしぼりをカウンターにセットする。
「ランチタイムのときに来るなんて珍しいじゃない」
挨拶をすると、浅野大地はどこか照れたように「えへへ」と笑う。
「いや実はね、今日ちょっと友達とホラー映画見に行ってて」
常連客の言葉に、マスターは目を丸くした。
「ホラー? 大地君、そういうの怖くて見られないんじゃなかったっけ?」
「いやね? 友達が強引で断れなくってさあ。どうしても見に行かなきゃいけないって話になっちゃったから、泣く泣く」
「で、どうだった? 怖かった?」
「それが」
浅野大地はグラスの水に少し口をつけ、続ける。
「映画館まで行ったんだけど、見る予定だった映画がね、やってなかったんですよ」
「へえ、そりゃ残念だ」
「残念どころか、大助かりですよ。結局怖い思いしないで、帰ってこれた」
浅野大地はそこで、持参の紙袋を胸元まで持ち上げる。
彼は家から、抱き締めるために枕を用意していたのである。
映画館の暗闇の中、恐怖を紛らわせるための抱き枕だ。
これがないとホラー映画なんて、とてもじゃないが見ることができなかった。
成人しておきながら抱き枕を持参するだなんて、他者から見れば臆病すぎて恥ずかしいことだと、浅野大地は思う。
いっそ、それを笑い話してしまおうと青年はルーズ・ボーイを訪れたのだ。
「マスター、見てよ」
電車の中で紙袋が入れ違っているなどと思ってもいない浅野大地は、マスターに紙袋を渡す。
「俺、怖さを誤魔化すためのアイテムまで用意してたのに、映画やってないんだもんなあ」
「その怖さを誤魔化すアイテムってのが、これ?」
「うん、そう。こんなの用意しちゃった。俺、恥ずかしくない? まあ見てくださいよ」
言われるがままマスターがその中を覗き込むと、彼は大きく目を見開いた。
紙袋の中にはビニールに包まれた白い粉が大量に入っていたからだ。
浅野大地は抱き枕を見せたつもりになって、幸せそうに笑んでいる。
「ね? 恥ずかしいでしょ?」
しかし、麻薬らしき白い粉を目にしたマスターの表情は真剣そのものだ。
「人として恥ずかしいことだぞ」
それでも浅野大地はへらへらと続ける。
「もう俺、これがないと安心できなくってさあ」
「いつ頃から、これを?」
「そうだなあ。物心ついたときからかなあ」
「そんな昔から!?」
「映画館でもね、これで恐さを紛らわせようと思ったわけ」
「人に見られたらどうすんだ!」
「大丈夫大丈夫。映画が始まって、暗くなってからやるつもりだったから」
「なあ、大地君。私の目を見てくれ」
「なにマスター、急に改まって」
「いいから、お願いだから私の言うことを聞いてくれ!」
「え、あ、うん。なに?」
「もう、こんな物に頼るのはやめるんだ」
「へ?」
「このままじゃお前、人間として駄目になるぞ!」
「そこまで大袈裟なこと?」
「だいたいこれ、どこで買ってきたんだい!?」
「駅前のデパート」
「売ってんの!? デパートでこれ、売ってんの!?」
「なに慌ててるのマスター。こんなの普通に売ってるって」
「普通に!? レジとかちゃんと通すの!?」
「当たり前じゃん。ちなみにそれはセール品」
「世の中は、私が知らない間にどこまで狂っちまったんだ…」
「ねえマスター、ご飯の注文、してもいい?」
「ちょっと待ってもらっていいか? 私は今、ショックで何も出来そうもない」
「ホントどうしたのマスター! 俺、そんなに悪いことしてないよ?」
「麻薬のどこがそんなに悪くないことなんだよ!」
「麻薬!? なに言ってんの!」
その言葉にマスターはハッとなる。
白い粉というだけで、これが麻薬とは限らないと察したのだ。
「え? あ、ああ! ああ、そういうこと? これ、もしかして麻薬じゃないの?」
「あっはっは! なんだもー!」
浅野大地は可笑しそうに両手を叩く。
「なんでそれが麻薬に見えるのマスター!」
「え、ああ! ああ! そうだよな! 普通に考えたら、そういうアレなわけないもんな!」
「もーマスター! しっかりしてよー!」
「いやよかった、安心した。でもこれじゃあ普通、誤解もするだろ~!」
マスターが紙袋から粉を取り出すと、同時に浅野大地は口に含んでいた水を盛大に噴き出す。
「それ、俺のじゃないよ!」
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派手で威圧的な城など構えない。
一般的なオフィスのような地味で飾り気のない印象の事務所だが、今時の暴力団はそれが普通だ。
しかし頭の神埼竜平は部下の手前、威嚇するかのようにソファで足を組み、ふんぞり返るようにして座り、その鋭い眼光を寺元康司に向ける。
演技などではなく、その視線は実際に冷静で、どこか残酷性を感じさせた。
寺元康司は上司と目を合わさぬようにし、緊張を悟られないためにパンチパーマの乗った頭をポリポリと掻く。
「えっへっへ。いやあ、デカい仕入れだったんで、気合い入れましたよ」
紙袋一杯の麻薬の取り引き。
今までで間違いなく1番の大仕事だった。
その成功あって、寺元康司はすっかり安堵し切っている。
しかし何故か、神崎竜平は紙袋の中を見つめたまま固まり、無言無表情だ。
どこか重い空気に耐え切れず、寺元康司は愛想笑いを浮かべる。
「いやあ、これで安心して眠れますよ」
「確かによく眠れそうだな」
神埼竜平はゆっくりと、紙袋の中から枕を取り上げた。
「えっへっへ、そうでしょう?」
寺元康司はそう言って顔を上げ、ちらっと枕を目にする。
「って、なんじゃそりゃあ!」
「ヤスてめえ、ブツはどうした?」
「え? いや、なんで? あれえ?」
何がなんだか解らない。
まるで手品のようだった。
さっきまで確かに入っていた麻薬が、今はどういった理由からか、ただの枕に変化してしまっている。
原因は一切解らない。
解らないが、自分はどうやら大失敗をしてしまったらしい。
寺元康司は慌てて土下座をし、床にパンチパーマを擦りつけた。
「すんません神崎さん! どういった手違いか、運んでる途中でブツが入れ替わっちまったみたいで!」
神埼竜平はゆっくりとソファから立ち上がり、紙袋を寺元康司に投げつける。
「馬鹿野郎が! すぐに見つけ出してこい!」
「あ、はい!」
「いや、待て!」
「はい?」
すると神埼竜平はスーツの内ポケットにゆっくりと手を忍ばせ、懐から銃を取り出す。
撃たれる!
寺元康司の背筋に悪寒が走った。
しかし神崎竜平は「持ってけ」と銃を放って渡す。
あたふたと寺元康司は銃を受け取って、駆け足で事務所を飛び出した。
続く。
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/375/
April 30
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/207/
<そこはもう街ではなく・5>
この日の上空を表現するのに、雲1つない晴天という言葉は間違ってはいない。
それでも薄く白いもやが空をわずかに霞ませている。
そのことに最初に気づいたのは涼だった。
「大地、あれ、煙じゃね?」
大地と涼の一行は、無人だった和也の家を後にし、別の友人宅へと歩を進めているところだ。
その間、先ほど出遭ったような低身長の白いロボットと2度ほど遭遇したが、どちらも大地がその機能を完全に停止させている。
いつ折れてもおかしくない大地の木刀は、今は涼が持っていて、涼がそれまで持っていた持参のバールはしばらく大地が身につけることになっていた。
敵と戦うことになる主戦力が大地だからだ。
車1台がやっと通れる狭い道路の両脇には、今や新築の一軒家は姿を消して、昔ながらの木造アパートだったりだとか、納屋のような古びた住居たちが並んでいる。
十字路を越えると道は緩やかに上昇し、じき急な坂道となって通行人の前に立ち塞がる。
小学生の頃、「ここを自転車で1度も降りずに登りきった奴は勇者」などと言われていた坂だ。
その坂に差しかかったところで、涼が上空の異変に気づく。
「煙?」
大地が問うと、涼は「今見えたんだよ」と前方の空を指差した。
人差し指が示す方向に、大地は視線をやって目を細める。
「なんもないけど?」
「よく見てろって。風が強いからすぐかき消されちゃったけど、今のは煙だった。たぶんまた見える」
坂を登りきるとそこは団地で、このまま真っ直ぐ行けば市内で最も広い冬空公園が姿を現すはずだ。
目指すべき由衣の家はここを左に曲がって夢見中学校に向かう方向なのだが、煙というのが気になって、大地たちは直進することにする。
「あ! ホントだ!」
涼の言う通りだった。
確かに前方には白煙が上がっており、それが強風のためすぐに散ってしまっている。
おそらく何かが燃えているのだろう。
ということは、この無人の街で、何者かが火を焚いているのかも知れない。
大地と涼は煙の方向、すなわち冬空公園へと足を早めた。
勇みながら、大地は思う。
運動不足とはいえ、今日は異常に息が切れる。
こんな体力で、この先何かあったとき、俺は戦えるのだろうか。
公園の正面入口に到着する。
地面には石のタイルが広げられており、その先には腰ぐらいの高さに組まれた石垣が並んでいる。
普段だったら日中である今頃、キャッチボールをする子供やら、犬の散歩をしている住人やら、ベビーカーを押す母親の姿が望めるはずだが、今はやはり誰もいない。
風の渦巻く音だけが大地たちを囲んでいる。
石垣の向こうは小高い丘になっていて、てっぺんには大きな杉の木が1本と林の木々が立ち並んでいる。
白煙はどうやら、その林辺りから立ち昇っているようだ。
「大地、誰かいるっぽいぞ!」
最初に人影を見たのは、眼鏡をかけている涼だ。
「2人ぐらいいる!」
大地はそこで歩みを進めつつも大声を出す。
「おーい! どなたですかー!? おーい!」
敵か味方か解らぬ以上、近づくよりも先に相手の反応を見ておきたかった。
大地の声は強風に負けず、丘の上まで届く。
すると、男と女の声がかすかに、ほぼ同時に返ってきた。
「だいちー!」
「だいちかー!?」
そのように聞こえた。
声を聞き取ったらしい涼が目を輝かせる。
「カズと由衣じゃねえ?」
「確かに」
丘の上の人物の声は、昔ながらの友人である和也と由衣の声に確かに似ていた。
遠目だが、服装の色合いや体格なども共通しているように見える。
「マジかよ」
涼が嬉しそうに駆け出そうとした。
「あいつらも街に残ってたんだ」
しかし素早く、大地は涼の袖を掴んで彼の行動を制する。
「待て涼」
「なんだよ」
「あいつら、本当にカズと由衣か?」
「見りゃ解るだろ。俺の眼鏡はお前の裸眼より度がいいぞ」
「そうじゃない」
大地は慎重だった。
思い返すは、小夜子の家での出来事だ。
「あいつらも小夜子ンときみてえに、偽者なんじゃねえだろうな?」
涼は声に出さず、「あっ!」と口を開く。
<万能の銀は1つだけ・5>に続く。
April 13
will【概要&目次】
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<巨大な蜂の巣の中で・4>
アンドロイドを相手に「生け捕りにする」という表現は正しくなさそうだ。
しかしだからといって他に相応しい言い回しが思い浮かぶこともない。
私は窓に「透けろ」とつぶやいた。
言い終わると同時に曇りガラスのようだった窓が透明になり、色鮮やかなシティの夜景を映し出す。
外は生憎の天気で、霧雨が遠くのネオンを擦れさせてしまっている。
私は湯気を立ち昇らせるコーヒーに、ゆっくりと口を近づけた。
どうやら、ナースのジルが人間ではないという情報は正しいことらしい。
短く溜め息を吐くと、薄い湯気が小さく私の口から漏れる。
メリアと同じ姿を持つアンドロイドは昨日、約束通り私のマンションを訪ねてきていた。
「レミットさん、夜分にすみません」
「ああ、構わないよ。詳しい話をしてくれるかな?」
「はい。先ほどの電話でも報告しましたが、ナースのジルはアンドロイドです。向こうから私に接触がありました」
彼女たちアンドロイドはテレパシーというべきか、携帯電話のような機能が頭部に内蔵されているらしい。
アンドロイド同士であれば、実際に喋ることなく、思念の声でコミュニケーションが取れるのだそうだ。
ジルはそれを用い、メリア型のアンドロイドに通信をしてきた。
「ちょっと待ってくれないか」
私はメリアの、いや。
メリアのようなロボットの話を遮る。
「そんな通信が可能だったなんて知らなかった。その機能を君が使えば、アンドロイドの特定なんて簡単だったんじゃないか?」
「それが」
困ったときに唇を少し尖らせ、泣きそうな表情になってしまうところも、このロボットはメリアを完璧に再現している。
「私は他のアンドロイドのIDが解らないのです。IDがないと、通話ができません」
「じゃあジル君が君のIDを一方的に知っていて、一方、君のほうでは連絡可能なアンドロイドはいないというわけか」
「はい、申し訳ありません。ただ、1度通話をしたことから、ジルさんに扮したアンドロイドとは通話が可能になりました」
「なるほどね。で、彼女はなんと?」
「それが一言だけ。『計画は進んでいるか?』と」
「患者の洗脳がどれぐらい進行しているのかを訊かれたわけだね。それで君は、どう返したんだい?」
「私が相談をしたい内容は、実はこの先にあるのです」
メリアに成りすましているこのアンドロイドは、この「計画は進んでいるか?」という単純な質問にどう答えるかで大いに悩んだという。
実際は誰も洗脳していないので、「計画が進んでいる」と返せば近い将来、何事も変化しないことから必ず嘘が発覚してしまう。
かといって正直に「計画が滞っている」と報告するのも好ましくない。
計画通りに行かない理由や原因を追求されでもしたら、それこそ嘘を上塗りすることになり、ボロが出やすくなってしまったことだろう。
「じゃあ君は、どう切り替えしたんだい?」
「その場では得策といえるような回答が浮かびませんでした」
「確かに難しい質問をされたもんだね。同情するよ」
「やむを得ず、どうにか絞り出した言葉は、『連絡があって助かった。トラブル発生。私の記憶が一部欠損したらしく、計画について思い出せない。相談に乗ってほしい』――」
つまりアンドロイドは問題を先送りにし、私のところにやってきたということらしい。
彼女はメリアが困ったときと全く同じ顔を、私に向けてきている。
このアンドロイドにはおそらく、本当に何かしらのデータ欠損、もしくはプログラムミスがあるのだと私は思っている。
ソドム博士によって作製されておきながら、博士の計画を阻止するために行動しているからだ。
ところが今回、ジルが接触してきたことで、メリアは自分の記憶に不備があることを伝えてしまった。
下手をすれば本来あるべき状態に、メリアは直されてしまう恐れがこれで出てきた。
「私の独断で回答してしまい、すみません」
「いや、仕方ないよ。で、ジルはなんと?」
「彼女は明日、私の部屋まで来るそうです。おそらく私を診断することが目的でしょう。もしかしたら、私はその場で回収されてしまうかも知れません」
「診断をされてしまったらお終いだな」
「はい。こちらから先手を打って攻撃することも、リスクを伴います」
ここで彼女のいうリスクとは、やはりアンドロイドの自爆機能のことだろう。
不意打ちをかけることによって我々からの攻撃は成功するだろうが、それによってジルが自爆という行動を選択を取ることは当然のように思える。
そうなっては騒ぎが大きくなるし、得たい情報も得られなくなるし、何よりもメリアまでもが壊れてしまう。
そこまで考えて、私は短く「あ」と口にした。
「どうかしましたか? レミットさん」
「いや、なんでもない」
私はこのロボットのことを心の中で、たまに「メリア」と人間の名で呼んでいなかったか?
「とにかく、ジルを生け捕りにする作戦を考えよう。明日までにね」
こうして今日、私はメリアの部屋で待機をしている。
窓に「曇れ」と命じ、ガラスの透明度を元通りにする。
時計に目をやると、そろそろ2体のアンドロイドがこの部屋にやってくる頃だ。
私はクローゼットの中に身を潜ませ、「消灯」と口にすることで部屋の明かりを消しておく。
私が勝手に使っていたコーヒーカップは自動的に洗浄され、食器棚に戻っていくので問題ない。
真っ暗闇とメリアの洋服の香りに包まれ、私は自然と息を殺す。
我々の作戦はいたってシンプルなものだ。
「私の考えでは、アンドロイドは首を切断してしまえば爆発できなくなります」
どうやら彼女たちアンドロイドは人間と同じように、頭部から体中に指示を出すことで動いているようだ。
「一方、自爆の機能は胴体部分に搭載されています」
「つまり、自爆するなんて判断をされるまえに首を切断すれば問題ないと?」
「はい」
「危険だ。リスクが大きすぎる。それに、切断が成功したとしても、そうなってはもうジル君に扮したアンドロイドからは情報なんて聞き出せないんじゃないのか?」
「メモリも頭部にあります。私ならそれを解析できます」
「しかし成功率があまりにも――」
「立体映像を使います」
このアンドロイドにのみ許された個別の機能を、私は思い出す。
彼女の眼球と、アタッチメントである携帯電話との間であれば、それこそ実物と区別ができないまでに見事な立体映像を照射できる。
「私は玄関ポストに携帯電話を忍ばせておきます。暗殺専用アンドロイドの幻影を作り、ジルさんを攻撃するかのように見せかけます」
ジル型アンドロイドが幻に対して抵抗しているところを見計らって、メリア型である彼女が背後からレーザーナイフで敵の首をはねる。
失敗したとしても、アンドロイドがする自爆とは、自分の半径1メートルほどを完璧に溶かすといった範囲が定められるものであって、少し離れさえすれば何の被害もないらしい。
メリアと同じ顔が、心配いりませんと弱々しく私に微笑んでいた。
しかし私はこうして銃を携え、メリアの部屋に潜伏している。
何かあったら手を貸したいと思ったし、もう1つ見ておきたいものがあったからだ。
私はメリアと同じ声色を思い返す。
「暗殺専用アンドロイドの幻影を作り、ジルさんを攻撃するかのように見せかけます」
暗殺専用アンドロイド。
それはつまり、本物のメリアを殺し、その死体を消滅させてしまった奴のことだと私は察しをつけた。
コードネームは確かデリートといったか。
そのデリートの幻影をこの目に焼きつけることが、私の中ではとても無視できない目的となっている。
おそらく、メリアに似せて作られたロボットに「デリートの顔を立体映像で見せてくれ」と頼んでも無駄だろう。
彼女はメリアと同じ記憶と性格を設定されているから、私が復讐を望むことに反対するだろうし、ましてやその復讐を実行するだなんてとんでもないことに違いない。
私はしかし、復讐のためにデリートというアンドロイドの顔を見る。
そのように決意を固めてしまっていたのだ。
ところが今日、結果だけを述べてしまえば、私の望みは叶わない。
デリートとやらの顔を確認できなかったのだ。
メリアと同じ姿のアンドロイドが、作戦を発動させるまでに至らなかった。
戦闘すらが発生しなかったからだ。
本来のジルは明るいナースといった雰囲気で、笑顔の眩しい娘だ。
黒のショートカットがよく似合っていて、患者からの人気も高いし、医師たちからの人望も厚い。
そんなジルの表情や発声は、クローゼットの中から観察する限り、異常な冷たさをはらんでいた。
しかしそれは間違いなく、ジルの声だ。
「なあメリア。私と一緒にソドムの計画を阻止し、彼を暗殺しないか?」
<そこはもう街ではなく・5>に続く。
April 01
恥ずかしい話だけれど、僕は小学生の頃、女の子を泣かせるのが大好きな子供だった。
今となっては考えられない感覚だ。
スカートをめくったり、筆箱を持って逃げたり。
可愛いと思った女の子には特に意地悪をし、それこそ毎日のように泣かせたものだ。
なのだけど、僕が何をしても平然とし、泣かない女子がうちのクラスに1人だけいた。
今にして思えば、その子は人一倍、根性があるタイプだったように思う。
思いつく限りの悪口を言っても、怖いお面をかぶって驚かせても、彼女は決して涙を見せることをしない。
あたしに意地悪の効果なんてありませんと言わんばかりに、悪戯っ子のようにペロっと舌を出すだけで彼女のリアクションは終わる。
子供ながらに、プライドを傷つけられた心地だ。
僕はいつしか、その島田という女の子を泣かせることだけを考えるようになっていた。
3年生になっても、島田と僕が一緒のクラスになれますようにと、それはそれは強く邪悪に望んでしまったものだ。
彼女に今まで以上の悪さをしようと、僕は身勝手な決意を固めていた。
ところが運命というのは時として無情なもので、島田と一緒に3年生になれないことがすぐに解る。
「ねえねえ、めさ君、聞いて聞いて。あたし、転校するんだ」
彼女の言葉を初めて聞いたときは動揺を隠しきれなかった。
お前の勝ち逃げじゃねえか。
僕は本気でそのように考えてしまっていた。
もう、どんな手段を使っても構わない。
絶対に彼女を泣かせなければ気が済まない。
僕は悪ガキ仲間に集まってもらうことにした。
いや、それだけじゃ足りない。
クラスメイトほぼ全員に、僕は連絡を取る。
「島田を呼び出して泣かせようぜ。ぜってー来いよ」
そして、春休みの4月1日。
親がいない頃を見計らって、僕は再び受話器を手にする。
「もしもし、島田? 今から公園に来いよ。みんなと遊ぼうぜ」
公園では既に、うちのクラスの連中が待機していた。
やがてやって来た島田に、僕は勝ち誇ったように怒鳴りつける。
「誰がテメーなんかと遊ぶかバーカ! 今から全員で、お前が泣くまでぶっとばすからな!」
一瞬にして、皆が島田を取り囲む。
さすがの島田も青ざめていたが、まだまだこんなものじゃ僕の気は収まらなかった。
「目ェつぶれ」
高圧的に、僕は命じる。
「俺がいいって言うまで、目ェつぶってろよ。言うこと聞かねえと、もっと酷い目に合わせるぞ!」
少し震えながら、ゆっくりと島田が目を閉じる。
彼女は下を向き、両手を強く握っていた。
それを確認して、僕は集まってもらった連中に「やれ」と目で合図をする。
次の瞬間、まるで刑事ドラマの撃ち合いのような音。
銃声にも似た数々の破裂音が四方八方から島田に襲いかかる。
突然の大きな音に、島田がビクッと体を緊張させた。
やがて、破裂音が途切れ、消える。
僕は静かに「もう目ェ開けていいぞ」と島田に告げた。
恐る恐るといった風に、島田がゆっくりと目を開ける。
このとき、彼女の目には予想外のものが映ったはずだ。
自分を囲うたくさんの笑顔と、1人1人が手にしているパーティ用のクラッカー。
照れくさそうに花束を持っている僕の姿。
島田はキョトンとしていて、完全に言葉を失っていた。
気恥ずかしい気持ちがあって、僕は島田の目を見ず、ぶっきらぼうに言い捨てる。
「お前をぶっとばすなんて、エイプリルフールの嘘だバーカ。お前が春休みの間に引っ越すって言うから、学校でお別れ会できねえじゃん。だから今日、やることにした」
ほらよ。
と乱暴に、僕は島田に花束を持たせる。
続けて島田と仲の良い女子が皆を代表して、クラスメイト全員で書いた色紙をプレゼントした。
「島田、俺たちのこと、ぜってー忘れるなよ! 忘れたら今度は本当にぶっとばすからな!」
僕が本音を言うと、島田は涙でぐしゃぐしゃになりながら「ありがとう」と言ってくれた。
やっとだ。
やっとこの女を泣かせることができたぞ。
僕は満足感でいっぱいになる。
僕や、集まってもらったみんなまで泣いてしまったのは計算外だけれど、まあいいか。
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あれからずいぶんと時が流れ、僕は年齢だけを見れば立派な大人になっている。
恋人にこの話をすると、彼女は「ホント酷い」と言ってコロコロと笑うばかりだ。
「まあ、確かに当時の俺は酷かったけどさ、小学生のやることじゃん。それに、お別れ会のアイデアは悪くなかったと思わない?」
「うん、悪くない。ねえ、覚えてる?」
「何を?」
「めさ、あの時『いつか絶対にまた逢うからな!』って大泣きしてたよねー」
「うおい、恥ずかしいこと思い出すなよ」
「大人になってからでも何でも、いつか絶対また逢うからなー。うえええん」
「うわあ、やめてくれよ、恥ずかしい!」
「子供の頃の仕返し」
悪戯っ子のようにペロっと舌を出す彼女の仕草は、あの頃のままだった。
ちなみに彼女はもうすぐ、島田ではなく、僕と同じ苗字になる予定だ。
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という嘘エピソードを、エイプリルフールにアップしてみる。
皆さん、ハッピーエイプリル!
April 01
自分の誕生日よりもクリスマスよりも、エイプリルフールである今日だけは必ず日記を綴るように心掛けている。
なのだが、毎年のように俺は4月1日が来るという当たり前のことを忘れてしまう。
いつも当日になって初めて気づき、どのような嘘を書くべきかと慌てふためくのだ。
今もそう。
キーボードに手を添えながら、どのような嘘をつくべきかと一生懸命に頭を働かせている。
いや、正確にいえば、実際にキーボードに手を添えているのはうちの執事で、俺が口にした言葉をそのまま文章にしてもらっている。
俺はというと執事の背後でソファに座り、片手でワイングラスを回し、残る手でペルシャ猫を撫でているのだが、今日ばかりはエイプリルフールだからそのような本当のことは書けない。
さて、今年はどのような嘘を披露するべきか。
今回は大急ぎで日記を更新せねば。
早くしないとベガスの会議に遅れてしまう。
あ、いっけね。
ベガスで会議とか、また本当のことを言ってしまった。
えっと、嘘を言わねば。
1本2000円の葉巻しか吸わないとか、そういう本当のことじゃなくって、嘘をつかなければ。
嘘といえば、そうそう。
これは昨日のことなのだが、ちょっと目についた株があったので1億で購入させていただいた。
ふはは。
もちろん嘘だ。
本当は3億で買った。
ぬう、なんか今年の嘘はグダグダだ。
高校時代にちょっとしたショートショートを卒業文集で書いて、それがノーベル文学賞に輝いたエピソードも本当のことだから書けないし、ホント困った。
ねえ、セバスチャン。
なんかいいアイデアない?
って、何やってんのセバスチャン!
今の俺の言葉は打っちゃダメでしょ!?
今のは素の言葉なのであって、文章の内容を喋ったわけじゃないよ。
しっかりしてよねー。
場合によっては、セバスチャンが俺のゴーストライターだってことがバレちゃうかも知れないでしょうが。
今書いちゃったやつ、ちゃんと消しといてね。
消した?
消したのね?
ホント?
じゃあ今回は短いけど、もうアップしちゃっていいよ。
俺もう空港に行くから。
リムジン待たせてるから先に行ってるよ?
しっかり更新しておいてね。
じゃ、あとよろしくー!
行ってきまーす!
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さて皆さん、改めてご挨拶させていただきます。
普段から、めさ様の代筆を勤めさせていただいております、執事のセバスチャンでございます。
本日は嘘をついてもいい日とのことで、わたくしは今しがた、めさ様に嘘をついてみました。
「ご安心ください、めさ様。今申されました素のお言葉の部分はきちんと削除させていただきましたよ」
めさ様はおバカさんでございますから、わたくしの嘘を信じてしまわれたようです。
実際は皆様にご覧いただいた通り、めさ様のお言葉を消してはおりません。
たまに配信させていただいている創作小説などを考案し、執筆しているのは、実はめさ様ではなく、わたくしなのでございます。
今後とも、わたくしセバスチャンの作品をご覧いただけますよう、どうぞよろしくお願い申し上げます。
めさでした。
じゃなかった。
セバスチャンでした。