夢見町の史
Let’s どんまい!
December 11
用件はほどほどで、話題の中心はただの雑談だ。
彼女とお話してみるとなんていうかもう、色々とびっくりした。
まずめごさんは、俺のことを本気でゲイだと思っている。
もしくは男性にマジ恋してほしいと真剣に願っているらしい。
このくそ寒い真冬である昨今、タンクトップで街に出ろとか言い出す。
ついでだからレザーパンツも履いてやろうかと思った。
このようなベタなイメージを持ってしまっていることを、ゲイでいらっしゃる方々に謝りたい。
ごめんなさい。
確かに俺と仲良くなる紳士は、まっこいさんとか悪魔王子の兄貴とかトメとかチーフとか、何故かいかつい人が多くて、そんな中で俺は可愛らしくマスコット的なキャラで通したいと思っているのだけれど、めごさんは完全に俺の恋愛観による好みのタイプで友人を選んでいると信じて疑わない。
イヴの夜、悪魔王子の兄貴に告白しろって命令された。
勇気を出せと無駄に励まされた。
告白しろって言われても、そんなことしたら2人の関係が気マズくなるではないか。
万が一「いいよ」とか受け入れられても困る。
兄貴と俺は家が超遠いから、遠距離になっちゃう。
というか、今キーボードを打ちながら素直に疑問に思ったのだけれど、俺は一体何を書いているのだ。
上の主張もなんかおかしい。
どうせコメント欄に「めささんやっぱりガチホモだったんですね」などと色々書かれてしまうような自爆日記になってしまっている。
めごさんにいくら「違う」と言っても信じてもらえなかったように、読者様にだってどうせ俺の否定はスルーされてしまうであろう。
もう好きにすればいい。
ゲイでいいよ、もう。
俺は女の人がめちゃめちゃ好きだから、これは油断させるための大作戦だ。
女性の皆さん、気をつけたまえ。
ばか!
だいたい俺はめごさんの話を書きたかっただけなのに、なんでこんな目に…。
いや、そうそう。
めごさんには余計なことまで話してしまった。
「俺の妹が、子供の頃やった兄弟喧嘩をまるで最近のことのように言いふらしたせいで、俺、みんなからDVだと思われてるんですよ。これもゲイ説と一緒で、いくら『違う』って言っても誰も聞いてくれないの。誰よりも俺のことを知ってる俺本人の発言なのになんで信じてもらえないのか意味わかんない」
こないだも職場で、「めさ、昨日も女の子の髪を掴んで振り回したんでしょ?」とキラーパスを貰ったので開き直ることで事なきを得た。
「ああ振り回してやったよ! 左右両方の手で、2人同時にな!」
あれはもう本当に気持ちがいいぐらい完璧なアウトだった。
ゲイでオカマでDVと、ノーマルな要素が1つもない自分の立場を考えると、オイシイを楽に通り越して将来が心配だ。
いたってアブノーマルなイメージではないか。
なんだか素で暗い気分になってきたので、めごさんが話してくれた別の話題に切り替えたいと思う。
「あたしのお店、サメの心臓を刺身で出すんですよ」
ほう。
それは珍しい。
食べたことないなあ。
「美味しいですよ? で、伝票を書くんですけど、メニュー名をそのまま書くんじゃなくって、略すんですよ」
ああ、生ビールのことを生中って書くみたいな?
「そうそう。で、『さめ』って書こうとしたんですけど、急いで書いたから間違って『めさ』って書いちゃった」
俺をバラ売りするな。
「面白かったから、その伝票、写メ撮って悪魔王子さんに送りました」
なんで当人である俺にじゃなくって兄貴に送るんですか。
「じゃあ、めささん、イヴの夜、悪魔王子の兄貴に告白してください」
どこの世界の罰ゲーム!?
じゃあってなんだよ!
なんで話をそっちに戻すんだ!
その後、めごさんから「電話しながら取ったメモを送ります」とメールが来たんだけど、これを見て内容が把握できたらその人はエスパーだと思う。
December 02
この日記を書いている今、熱は下がっていて体調は万全だ。
嘘だ。
二日酔いだからやっぱり具合が悪い。
それにしても、どうして発熱中に見る夢は変なのだろう。
夢独特の変なシチュエーションであるにもかかわらず、一方俺の頭は冷静なまま働いてしまうから、起きる頃にはツッコミ疲れてくたくただ。
夢の中で、俺はドラゴンゾンビと戦っていた。
ドラゴンの時点で絶対に強いのに、それがなんとゾンビになってしまっている。
勝てる気がしない。
一方、俺は素手。
気の毒なほど丸腰だ。
聖剣エクスカリバーなんかでもいいから5本ぐらいは欲しい。
ドラゴンは肋骨とか丸見えのクセしてやる気満々な態度を見せている。
歯をガチンガチン鳴らせながら、こちらにズンズンと迫ってくる。
テンション高すぎだ。
後方に下がりながら、俺は仲間と思われる女性に問う。
「俺が何をした。どうしてこんな状況になった」
女の人はゲームでいうところの僧侶のような服装だった。
彼女は俺にバリアの魔法をかけないと、冷静に口を開く。
「ドラゴンは生前に出来ることと出来ないことがあり、ゾンビ化することによってその行動の制限が変化します」
そうですか。
俺の質問は無駄でしたか。
「あのドラゴン、火炎を吐く器官が腐敗していますね。ブレス攻撃の心配はありません」
爪とか牙による攻撃の心配はあるってことですね?
「ドラゴンの火炎の元は胃酸です」
そうですか。
また堂々と無視しますか。
「ドラゴンの胃酸はすぐに気化するので、炎上しやすいのです。通常のドラゴンは歯を噛み合わせることによって口内で火花を散らせ、それと同時に胃酸を吐くことで火炎を放射してきます」
この人、空想上の生物にやたら詳しい。
あとあなた、殺されそうな状況なので、落ち着いてないで戦おうとする姿勢を見せていただいてもよろしいでしょうか?
「あのドラゴン、胃が既に腐っていますね。したがって炎を吐くことはないでしょう」
それはもう聞いた。
知識の披露、お疲れ様です。
そんなことよりさ、君は魔法とか使えないの?
RPGだと決まって、ゾンビを1発で昇天させる都合のいい呪文とかがあるじゃないか。
そいつを是非お願いします。
「爪や牙、尾による物理攻撃にご注意ください」
丸腰の俺が頑張らなきゃいけないってわけですね?
っつーかそもそもゾンビってどういう現象だよ!
死体が動くってどういうことだよ!
逆ギレしねえと自分を保てねえ。
「何者か、おそらく魔法の使い手がドラゴンの死体にエネルギーを注いでいるようですね。ゾンビの動力は魔力です」
うっせえ!
魔力ってなんだよ!?
どういう力なのか結局あやふやじゃねえか!
だいたい死体が動くだけってことならまだしも、あのクソ竜、眼球もねえクセして明らかに俺たちを敵視してきてる!
その行動の動機はなんだっつーの!
俺が何をした!
「あのドラゴン、生きている頃は攻撃的な性格だったようですね。エネルギーを得た動く死体は、生前の残留思念によって行動パターンを変えます」
残留思念?
ああ、あれか!
首をはねたニワトリがしばらく走り回るみたいな。
「それは脊髄反射です」
最後の最後にツッコミ返されるとは思いませんでした。
ドラゴンゾンビの行動原理とかよりも、役に立ちそうな僧侶が行動しない理由が1番に気になる。
November 22
文字通り笑顔の絶えない楽しい飲み屋だ。
しかし、このスマイルをたった一声で凍りつかせてしまったのはボスである2代目ママ、K美ちゃんだった。
思えば彼女は以前にも「会話中に英単語を言ったらダメダメよゲーム」の最中に、前触れなく大声で「エビフライ」と叫んだことがあった。
誰も死なない自爆テロだ。
しかし今回のこれは、間違いなく今までにない大胆不敵なフレーズで、周囲の瞳孔を開かせた。
あれは本当にとんでもない一言だった。
ふとした瞬間、K美ちゃんは何気なくさらりと凄いことを口にする。
「あたしさー、酔ったらおちんちん欲しくなるんだよね」
エロ漫画かなにかのセリフ!?
どれだけ好き者なんでしょうか。
けしかりません。
びっくりしすぎて心の声が既に敬語だ。
こんな話、日記に書いちゃって大丈夫なのでしょうか。
大胆極まりない人妻のカミングアウトに、俺を含めて店内の全員が目を大きく見開いて動きを止める。
そうそう。
あまり公共の場で「おちんちん」などと直接的な単語を多用したくないので、ここでは男性器のことをジャクソニーと表記することにする。
よりによって女性が「酔うとジャクソニーが欲しくなる発言」は性的な意味で問題というか、いや健康な証拠なのかも知れないけれど、そういった欲求は秘密ノートなどに書き留めておくべきだ。
声を大にし、みんなに聞かせてどうする。
K美ちゃんはハッとし、慌ててぶんぶんと手を左右に振る。
「ち、違うの!」
K美ちゃん。
なにがどう違うのか解らないけど、今からフォロー入れたってもう取り戻せないでしょ。
過去に例がない最高の問題発言、ありがとうございました。
「違うの! 違うの! 酔うとお手洗いのとき面倒だから、ジャクソニーが自分に付いてたら立ったままできるじゃん!」
ジャクソニーが欲しいってそういうことか!
だったらなんでよりによって「酔うとジャクソニーが欲しくなる」って誤解しかされない端折り方したの!?
言葉の中にトイレって単語が登場してなかったしね!?
前情報がないにも程がある!
「ジャクソニーがあるとトイレが楽だと思って…」
それはもう解ったから!
K美ちゃんはジャクソニーを装備したいんだよね!?
解る解る!
だからもっと大きい声で!
まだ誤解してる人がいるかも知れない!
やっぱりスマイルはスマイルのままでした。
October 14
前回までのあらすじ。
仕事仲間のAちゃんに職場の鍵を失くされた。
今回のあらすじ。
俺のズボンのポケットに見覚えのある鍵が、どういうわけか入ってる。
これは恥ずかしいことだ。
状況から見れば、どう考えても俺が悪い。
酔った俺が鍵を己のポケットに避難させ、そのことを綺麗に忘れ去ってしまったのだろう。
自分で鍵を持っているにもかかわらず、俺はずっとAちゃんに失くされたのだと思い込んでいたのだ。
先日の自分を全力でつねってやりたい。
どうしよう。
俺は「Aちゃんに鍵を失くされた~。Aちゃんに鍵を失くされた~」と話題の種として面白おかしく皆に言いふらし、あまつさえAちゃんからはコーヒーを奢ってもらっちゃっている。
鍵、俺のポケットに入ってたのに。
しかもボスからは新たなスペアキーまで受け取ってしまった。
なんで俺は今、職場の鍵を2つも持っているのか。
とっても不思議だ。
科学で解明できるとは到底思えない謎の現象が今、俺に降りかかっている。
ああもう。
何もかも見なかったことにして片方の鍵だけ思いっきり海に投げてしまいたい。
もしくは、男友達の家に行って鍵だけをそっと置いて帰ってみるか。
同棲していた女性に逃げられた感がかもし出せそうだ。
ってゆうか、Aちゃんを寛大な感じで快く許しておいて本当によかった。
これでもし嫌味の1つでも言っていたとしたら、俺は赤面の余り発熱し、地球の平均温度を上げてしまうだろう。
さて、どうするか。
職場のスナックで開店準備をしつつ、俺は脳を回転させる。
知らばっくれてしまうことは簡単だ。
俺さえ黙っていればいい。
全ては過ぎてしまったことだし、わざわざぶり返すこともないだろう。
Aちゃんには後ろめたいので、これからは適当に優しくしておけばいい。
あ、そうだ!
ボスに「自腹でスペアキー作ってきたよ」とか言いながら余った鍵を返せば、俺の好感度が上がるじゃないか。
そこまでの嘘は顔に出るから無理だ、という点に目をつぶればこれは良策だ。
黙っておこうかなあ。
黙っておきたいなあ。
Aちゃんが鍵を失くした犯人だという証拠はないけれど、犯人ではないという証拠だってないのだ。
俺さえ黙っていれば、この話は自然に流れる。
何より、正直に打ち明けるには恥ずかしすぎる。
「Aちゃん、君は鍵なんて失くしていないよ。失くしたのは、俺のほうなんだ」
ドラマっぽく口にしてみたけど、ちっとも素敵じゃない。
余計に恥ずかしいことをしてしまった。
腕時計に目を走らせる。
あと5分もすればAちゃんがやって来るはずだ。
打ち明けるか否か、それまでに決めねばならない。
いや、俺の心はとっくに決まっていた。
正直に「鍵を失くしていたのは俺です」と告白をするべきだ。
怒られるかも知れないが、言うしかない。
日記に書いたとき、どうせバレるからだ。
清く正しく生きるためとかっていう理由では決してない。
鍵のことをアップしないという選択肢もあるけれど、このネタは正直オイシイので逃したくない。
それにしても、みんな遅いな。
普段だったら一緒に開店準備をしている頃なのに。
おや?
頼んでおいたビールが来てないじゃないか!
まさか酒屋さん、今日は休み!?
なんで休みなんだよ!
ビールがないのは痛い!
おっと、そうか。
今日は休日だったんだな。
それじゃあ酒屋さんだって休みなわけだ。
休日ということは、だ。
嫌な予感がする。
あっと、そうそう。
Aちゃんには電話で謝ろうっと。
おそらく彼女は今日、店に出ない。
あ、もしもし、Aちゃん?
「うん、お疲れ様ー」
お疲れさん。
あのさ、今いい?
「うん、いいよ?」
怒んない?
「え、なに?」
あのね?
スマイルの鍵なんだけどね?
「うん」
不思議なことにね?
何故か俺のポケットに入ってた。
「んな! ったく、このヤロー! コーヒーまで飲んでおいて!」
ごめーん!
許してちょ。
それとね?
「うん?」
もしかして今日はこの店、お休みの日でしょうか?
「休みだよ?」
ですよねー。
俺、最初からそう思ってたもん。
だから決して俺は出勤なんてしていません。
「また休みの日に店に来たのー!?」
き、来てねーよ!
来てなんてねーよ!
わざわざスーツ着て開店準備なんてしてねーよ!
言いがかりはやめてください。
取り合えず、今日は店のゴミだけ捨てて帰る。
「やっぱり来てんじゃねえか!」
みんなには言わないでー!
Aちゃんには、わかんないだろ!?
きっちり仕度して休業中の職場にやって来る恥ずかしさが!
俺だって解りたくなかったよ!
ああ、もー!
「はいはい。帰り、ちゃんと鍵かけてってね」
大丈夫。
今日の俺は店の鍵を何故か2つも持っている。
というわけで、またねー!
「はいよ、またねー」
電話を切って、ポケットに仕舞う。
まさか出勤日まで間違っていたとは。
たまにやってしまうのだが、俺はこれを運命のいたずらと呼んでいる。
あ、そうだ!
俺はあえて、Aちゃんの怒りを逸らすために、わざわざ休みの日に出勤してから電話をかけたのだった。
要件を伝えつつも鍵の件を誤魔化すという、俺の綿密なる計算である。
ということにしよう、そうしよう。
なんかもう、恥ずかしさが恥ずかしさを呼んでいる。
October 13
いつものように、お店を閉める頃になると俺たち従業員は大いに酔っ払い、誰もが酔拳の使い手みたいなことになっている。
スナックの業務という名目でお酒を飲める幸せ。
「早く帰りますよ~っと」
ふらふらしながら俺は財布からお店の鍵を取り出した。
段取り的にはフロアレディたちを帰したあと、俺が戸締りをする流れだ。
ところが。
俺は流しにやり残した仕事を見つけてしまった。
財布と鍵をカウンターの上に置き、洗い物の片付けを始める。
後片付けに励む俺の正面、つまりカウンター越しに、フロアレディのAちゃんが座った。
彼女も大変に酔っ払っており、果たして何を考えているのか、何も考えていないのか、俺には解らない。
Aちゃんが満面の笑みを浮かべ、俺の財布をニコニコしながらいじり始めた。
その様は本当に楽しそうで、時折り「んふふ」と微笑んでいて、まるで般若のような形相だ。
「よっし、オッケ~、お仕事完了よ~っと。じゃあAちゃん、帰ろう~」
再び財布を手に、俺は店を出ようと鍵を用意する。
はずだった。
「あれ?」
鍵がない。
お店の鍵が綺麗に消えてしまっている。
「Aちゃん、俺の鍵は? いや、うちの鍵じゃなくって、スマイルの鍵」
「ふはは!」
Aちゃんは本当に楽しそうだった。
「めさ! あんたの後ろに女の霊がいる! あはは!」
あははじゃねえよ。
店の鍵はどこだ。
ってゆうか、女の霊ってなんだよ、もー!
ホントやだ。
霊ってどんな?
あと鍵は?
「めさ、憑かれてるー! はひゅぃ~」
2度と発音できない溜め息と共に恐ろしいこと言うな!
早く鍵返して~!
怖いから家に帰りたい。
眠って何もかもを忘れたい。
鍵!
「ない!」
そうですか。
迎えの車を待つ間、Aちゃんはソファーで横になってぐーぐー言い出す。
この女、夢の中に逃げやがった。
脇腹を突いても起きる様子はなく、ついでに鍵もない。
仕方なく、その日は別のフロアレディに全てを託し、Aちゃんが持っている鍵で戸締りをお願いして俺は帰宅をした。
普段だったら俺も一緒に迎えの車を待つのだが、霊がどうのこうの言われて怖かったので彼女たちを置いて男らしく帰る。
後日。
Aちゃんは当時の記憶をがっつり無くし、ついでに俺の鍵も無くしていた。
「めさちゃん、ホントごめん!」
お詫びということで買ってもらったコーヒーが美味しかったので、俺は「いいよいいよ」と笑顔で許す。
ボスからスペアキーも貰ったし、問題なしだ。
「ホントごめんね~。あたし鍵、どこにやったんだろ」
「いいっていいって。どんまいどんまい」
寛大な感じで、俺は缶コーヒーを飲み干した。
しかし。
この鍵の行方が後に俺を最大限に辱めることになる。
後編に続く。