夢見町の史
Let’s どんまい!
August 13
誰かに辞退してもらうのは嫌だったので、全員をお招きする所存です。
明日は、いよいよ夏のオフ会だ!
そんなにたくさん椅子がないけど、まあ、どんまい。
立ち飲みを了承してくださった皆さん、ラヴです。
ってゆうか大丈夫か、俺。
ちゃんと全員とお喋りできるのか。
心配だからせめて、セリフの練習だけでもしておこう。
「え~、本日は平日にもかかわらず、お集まりいただき、誠にお前たちはやることがないんですか?」
集合をかけた奴に言われたくない。
「それでは皆さん、グラスを手にしてくぅーださい! あ、でもその前に自己紹介する? いや、先に乾杯を済ませて、飲みながらにしようか? あ、まずは会費を回収しなきゃだよね? どうだろ。皆の意見が聞きたい」
ぐでぐでになる練習をしてどうする。
「ねえ、酔ってもいい?」
お前はやる気満々で合コンに来た女子か。
「そこ! 私語はやめなさい!」
ホントに黙られて会場が静寂に包まれたら困るクセに。
「ぎゃーす! 指がー! 俺の…! 俺の指があーッ! 無理するからだ」
何があったのか解らん。
「大丈夫です! 今日の疲れは2日後に来ますから」
歳じゃねえか。
「はっはっは! 皆さんは幸せ者ですよ。僕と一緒に飲めるだなんちぇね」
噛んでる。
あと、何気取り?
「靴が履けなぁい」
だからなんで酔うとバーで靴を脱ぐんだ。
しかも当日は雪駄だろ。
それぐらい頑張って履け。
ってゆうか脱ぐな。
そもそも靴が履けないアピールの練習をするな。
ナチュラルな自分と冷静な自分の熾烈な争いには、もう慣れました。
めさでした。
明日の件で連絡がつかなかった参加予定者様もいらっしゃるので、俺からの電話がなかった方は、改めてメールをくださいな。
気合入れて、だらだら飲むぞう。
August 05
「あの人は、なんか緑って感じがした。お前は紫、かなあ」
同僚は人を色で喩える。
その人の何を見て何色とするのかは、不明だ。
基準は彼にしか解らないことで、ただただ「なんとなく」なのだという。
「俺は俺は?」
「うーん。水色だなあ」
「じゃあ俺は何色?」
「赤」
何色だからどうだということはないのだろうけども、こういった話題は占いを彷彿させるのだろう。
なかなかに盛り上がっている。
自分が何色だと判断されるのか、ちょっぴり興味深い。
というわけで俺も皆と一緒になり、喰らいつく。
「ねえねえ、俺は何色?」
「めささんは、初めて見た時ねえ、グレーだと思ったよ」
「グレイ!?」
なんで俺だけ宇宙人なのだろうか。
子供ぐらいの身長で巨大な頭部。
すぐに牛を連れ去る。
人の記憶を勝手に消す。
1人の時でも「ワレワレハ…」と必ず複数形を使う。
裏で大国と取引をし、よく解らない乗り物で空を飛ぶ。
それがグレイだ。
所属しているサークルが、ミステリーサークル。
「俺のどこがグレイよ!?」
「どこがグレーかって訊かれても困るけど、ホントなんとなく」
俺、そんなに頭でっかち?
俺の身長、そんなもんか?
「俺以外にグレイな人って、他にもいたわけ?」
「いたよ?」
思いの他、地球は侵略されているらしい。
「そいつって、どんな奴だった?」
「そのグレーだった人とは俺、4年半つき合ったよ」
愛は大気圏すら越えていた。
「お前、スゲー人だったんですね」
「そう? ただのイメージなんだけど」
確かにイメージなのだろう。
俺もさっきから、CGみたいな画しか浮かんでこない。
そんなことより、俺は一体何色なのだ。
July 29
真面目にそう思った。
夕方から降り始めた雨が、俺を会社に留まらせている。
休憩室でだらだらしつつも、真剣に悩む。
濡れることを覚悟してチャリで帰るか、どうしようか。
「あれ? めささん、まだ帰ってなかったの?」
若き同僚から声をかけられた。
なんと素晴らしいタイミングだろう。
彼は確か最近、車を購入したはずだ。
19歳の男子に対し、俺は甘えた声を出す。
丁度いいとこに来たじゃん。
俺を車でしゃしゃしゃ~って送ってってよう。
「やだよ!」
力強い拒否、早かったね。
うちはね?
R町の3丁目。
よろしく頼むう。
「頼まれないってば! 俺の家と逆方向じゃん」
そう面倒臭がるなよう。
雨の中、傘差して帰るほうが面倒臭いだろ?
俺が。
「オメーがかよ!? なんでめささん、そんなに自分に甘いわけ!?」
その代わり、他人には厳しいさ。
「めちゃめちゃ駄目な大人じゃん! 歳いくつだよ!?」
…ンじゅう、1歳。
「31歳ー!?」
知ってるクセに!
なんでお前、わざわざそこで大声出すんですか!?
「干支、俺と同じじゃん! めささん何年!?」
どうでもいいでしょ!?
だいたい、人に干支を尋ねる時は、まず自分から干支を言えよ!
お前は何年ですか!?
「俺、辰年。めささんは?」
…辰年…。
「12歳も年上なのに、なんで頼ってくるんだよ!? 電車で帰ったらいいじゃん!」
無理。
疲れて立てない。
「なに力尽きてんだっつーの! どうにか電車に乗れよ!」
じゃあ、お金ちょうだい。
それが嫌なら、車でしゃしゃしゃ~って送っていただこうか。
「どんだけわがままなんだよ!? めささん、なんでそんなにお金ないの?」
さっきタバコ買ったから。
「それだけで無くなる金なら、最初から無いのと一緒じゃねえか!」
ついカッとなって買った。
今は後悔している。
「知らねえよ! なんでそこでニュースのフレーズ出るんだよ!」
もしくはジュース飲みたい。
買って。
「ジュースぐらい我慢しろよ! それで小銭貯めて、電車に乗ればいいじゃん!」
そういった貯蓄を提案するのか。
お前、ホント頭いいなー。
「知るか!」
吐き捨て、血も涙もない若者は立ち去る。
交渉決裂この上ない。
仕方ない。
自腹で、電車でしゃしゃしゃ~って帰ろう。
それにしても、そこそこ長いやり取りだったのに、まさか本当に送ってもらえないとは、ショックの色が隠せない。
July 03
なかなか珍しい願望だけれども、とにかく書くぞ、普通の日記。
午前10時、会社にて。
「どもぉー。お疲れ様でぃス」
「めささんソレ、誰のモノマネ?」
「浜崎あゆみ」
「死ねよ」
まさかの殺意に身が震える。
午前10時10分、会社にて。
「じゃあ、めささん。古畑任三郎やって」
「ン~。あなた、左利きですね~。んっふっふ。あなたが犯人ですぅ~。あの犯行は右利きにはできない!」
「似てねえ! 気持ちは分かるけど、似てねえ!」
思いの他、盛り上がる。
仕事はいつしているのだろうか。
午前10時30分、会社にて。
「めささん、次ね? 映画『タイタニック』の有名なシーン!」
「くそ! 青と赤、どっちを切る!?」
そんなシーンない。
午後3時、会社にて。
「あのさあ、マジで気になることがあるんだけど」
「なあに? めささん」
「本物の犯人って、実際にもいいリアクションするのかなあ」
「と言うと、どんなリアクション?」
「はっはっは! いや実に面白い想像ですよ! あなた探偵なんて辞めて、作家になったらいかがです!?」
「ああ、そういうことかあ」
「めっちゃ気になるだろう? 俺が思うに、人類史上に1人ぐらいはそういう犯人、いたと思うんだ」
他に悩むことはないのだろうか。
午後5時、会社にて。
「めささん、ビートルズのメンバーの名前、全員言える?」
「いやあ、俺、どうしても1人だけ名前を覚えられない人がいるんだよ」
「マジ? 誰だろう」
「あのね、坊ちゃん刈りの人」
「全員言えねえンじゃねえかよ」
いいから仕事しろ。
午後7時30分、電話にて。
「めささんに似合う髪形、やっと見つけたよ」
「マジで!? どんなヘアスタイル!?」
「タレントの玉木宏さんと同じ髪型がいいと思うんだ」
「玉木宏さんて、どなた?」
「ほらアレだよ。ウォーターボーイズでアフロだった人」
遠回しにアフロが似合うと言われ、動揺の色が隠せない。
それにしても難しいな、普通の日記って。
どうすれば書けるんだろ。
June 28
同僚たちが集まって、何やら話し込んでいる。
聞けばどうやら格闘技の話題のようだ。
「サウスポーってさ、なんかカッコよくね?」
耳にしただけで、どことなく胸が弾む。
引退してもう長いとはいえ、武道家としての心得はまだまだ自分の中に残っているのだろう。
「ああ、確かに。なんとなくカッコイイね、サウスポーって」
サウスポーというのは、右手右足を前に出して構えることを指す。
右利きの選手が多い中、このサウスポーというスタイルはなかなか珍しく、一般的にはやり辛い相手といえる。
オーソドックスなファイティングポーズとは、左右が逆だからだ。
空手の世界ではこのサウスポーのことを逆体(ぎゃくたい)と呼び、実は俺の得意な構えだったりする。
相手に合わせて左右を逆にしたり元に戻したりと、使い分けることができるのだ。
せっかくだから、ちょっと同僚たちに自慢しよう。
「ごほん! あー、ちなみにさあ」
さり気なく輪の中に入る。
「俺、逆体めっちゃ得意なんだよ」
談笑がピタリと止まり、皆の視線が集まる。
まさかこんなところにサウスポーを体現できる男がいるとは思わなかったのだろう。
みんな、小さく驚いたような表情を浮かべていた。
俺は調子こく。
「これでも俺、なかなか強いんだぜ?」
軽くファイティングポーズを取って見せた。
ふふ。
みんな驚いてる驚いてる。
尊敬の眼差し、ってやつか。
「逆体の時もね、だいたいの相手には勝ってたよ」
面白いぐらいに同僚たちは顔を青ざめさせ、俺に恐れを抱いた様子だ。
男としては、原始的なエクスタシーを感じざるを得ない。
「赤子の手をひねるようなもんさ。ありゃ? ちょっと調子に乗っちゃったかな?」
誰も反応を示さなかった。
そうか、そんなに俺が強そうに見えるか。
そうかそうか。
ふはは。
「でもまあ、これでも現役ン時はね、化け物扱いぐらいはされたものさ」
言い残して作業に戻る。
この後、みんなにちょっと優しくしてあげれば、なんだか尊敬されちゃうに違いない。
守ってやるぞ、お前ら。
意気揚々と俺はその場を立ち去った。
<同僚の視点>
「サウスポーってさ、なんかカッコよくね?」
「ああ、確かに。なんとなくカッコイイね、サウスポーって」
仕事の合間、会話が弾む。
サウスポーってなんか、響きがカッコイイ感じだ。
「ごほん! あー」
お、めささんも加わりに来たぞ。
「ちなみにさあ」
この直後、めささんがとんでもないセリフを吐く。
「俺、虐待、めっちゃ得意なんだよ」
談笑がピタリと止まり、皆が極悪非道な31歳に注目する。
確かに今、めささんは「虐待」ってハッキリと言った。
彼は、人間の心を持たぬことを美点と捉えてるのだろうか。
「これでも俺、なかなか強いんだぜ?」
弱い相手に強いことを、どう褒めてほしいのだろうか。
空手の有段者が、あろうことか虐待が得意だなどと抜かし、自慢げに喋っている。
世も末だ。
「虐待の時もね、だいたいの相手には勝ってたよ」
そりゃそうだろう。
負けてたら、それはそれで面白いけど、武道家としての腕に問題がある。
それにしても虐待だなんて。
犠牲者は誰なのだろうか。
「赤子の手をひねるようなもんさ」
赤子ときましたよ。
絶対にひねっちゃ駄目だろ。
でもなんか、突っ込むに突っ込めない雰囲気だ。
虐待なんかする男に正論が通じるとも思えない。
暴れられても面倒だ。
「ありゃ? ちょっと調子に乗っちゃったかな? でもまあ、これでも現役ン時はね、化け物扱いぐらいはされたものさ」
確かに人じゃない。
性根の腐り加減がもう、とにかく人じゃない。
人の心を持っていない。
悪魔自慢にやっと満足したのだろうか。
めささんが得意げに立ち去る。
何故か優しげな目をこっちに向けているけど、そこがまたマジで不気味だ。
絶対に目を合わせてはいけない。
普段から「俺は子供が好きだ」とか言ってたけど、あれってそういう意味で好きだったのか。
とにかく懲役モンだ、あの人。