夢見町の史
Let’s どんまい!
June 28
講義がくだらないといった理由で都内有名大学を辞め、別の大学に入り直し、やがて精神科医にまでなった。
今ではマイホームをマンションに建て直し、管理をしている。
とても俺の親とは思えない優秀さだ。
どうして彼の息子たちはバカばっかりなのだろう。
俺と弟と妹はしかし、確かに学はないが、教養だってない。
※フォローばかりか、日本語まで失敗しました。
「寄生虫って、みんなの中にいるんでしょ?」
今年で29歳になる弟が、不思議なことを言い出した。
俺はまた、何かを聞き間違えているのだろうか。
すまん、もう1回言ってくれる?
「寄生虫って、みんなの中にいるんでしょ?」
ああ、いるさ。
寄生虫はいつまでも、ずっと俺たちの心の中にいるさ。
「いやマジで」
マジなのか。
もう大人なのに、マジなのか。
ちなみにね?
寄生虫って、滅んだわけじゃないけど、今の日本の食生活を普通に続けている人にはもう、寄生虫はいないはずだよ。
つまり、俺たちはたぶん、寄生されていない確率のほうがずっと高い。
「いやいや、それはないよ」
そこを否定されるとは思わなかった。
お前はアレか?
普段から日本人の体内に、何かしらの虫がいるって思ってたの?
「そりゃいるよー」
いねえよ。
江戸時代とか、すっごい昔はいたんだろうけど、今はほぼいねえよ。
1人1人調べたわけじゃないけどな。
ちなみに、花粉症になる人が増えた原因の1つは、「寄生虫を体内から追い出してしまったからだ」っていう説もあるぐらいだ。
「そんなバカな」
お前がバカな。
すると弟はインテリぶって、メガネをクイクイッと上下させる。
明らかにスカした態度だ。
「はは。兄さん、そりゃガセネタですよ。僕はこれでも医者の息子ですよ?」
俺もだ弟よ。
まさか兄弟で血筋を自慢されるとは思わなかった。
だいたい精神科医と寄生虫、あんま関係なくないか?
「え? 精神科医!?」
おう。
お前も今度、診てもらえ。
「うちの父さん、内科じゃなかったの!?」
どこで聞いた説だそれ。
うちのおとんは元だけど、精神科医だよ。
「マジで!? 俺の友達みんな、うちの父さん内科だと思ってるよ!?」
お前がガセネタ流したからじゃねえか!
お父さん。
結構なご子息をお持ちで何よりです。
June 25
<前日・女友達Sの視点>
めさちゃん家に集まって、皆でテレビ観賞。
タイ国にて、綺麗なニューハーフを探し出すといった番組だ。
「うわあ、すっごい綺麗だなあ」
「だなあ。とても男に見えない」
「マジでトップアイドルクラスじゃねえか?」
絶賛の声が次々に上がる。
無理もない。
ブラウン管の向こうには、絶世の美女、というか元男性なのだが、とにかく素晴らしく美しい人がいる。
めさちゃんも目を丸くしていた。
「こんな人と出会ったら、男かも知れないだなんて疑わずに惚れちゃうよなあ」
そう?
めさちゃんだって男っぽくないよ?
男っぽくないっていうか、男らしくない。
「そんなことないもん! 俺、男らしいもん!」
歳を考えて語尾を選べ。
ホント男らしくない。
私は化粧セットを手に取って、めさちゃんを見た。
「な、なに急に」
「めさちゃん、ちょっと動かないでね?」
悪い予感を感じているであろうめさちゃんににじり寄る。
くすくす。
どうメイクしようかなあ。
お湯でないと落ちないメイクだけど、気にしない気にしない。
<翌日・仕事仲間Hの視点>
朝っぱらから嫌なものを見た。
職場で、めささんが何故か小奇麗になっている。
この人、なんでたまに化粧して出勤してくるんだろう。
「そういえば昨日、テレビで見たんだけどさあ」
極めて不自然な奴が自然に話しかけてきた。
「綺麗なニューハーフを探すっていう番組だったんだけどね?」
ニューハーフを探したいなら鏡を見ていただきたい。
「すっげえ美人さんばっかりでさあ。ありゃ凄かったよ」
凄いのは化粧して会社に来たお前です。
「世の中、いるんだなあ。ニューハーフになるべくしてなった人」
自分のことか?
なんか遠まわしなカミングアウトだな。
あまりに気マズイので、僕は冗談で誤魔化す。
「そんなに綺麗だったの? でもいくら綺麗だからって、女装したら絶対、俺のほうが美人になるもんね!」
「ハッ! たかがお前がですか? 絶対にとんでもありません。お前なんて下の下ですよ」
むかつくオカマだな、こいつ。
ニューハーフ界の先輩風ってこんな感じなのだろうか。
「とにかく、それだけレベルの高い美人が揃ってたんだよ。ありゃマジで美しかった」
「それに影響されて、めささんもメイクしてきたの?」
恐る恐る訊ねると、めささんはもの凄い形相になって息を呑む。
「しまったァー! メイク落とすの忘れてたァー!」
まるで真の姿を見られたかのようなリアクション。
「違うのー! お湯でないと落ちないのー! 洗顔は水だろ!? そもそも昨日はそのまま寝ちゃって…! とにかく違うのー!」
意味わからん。
くねくね喋るな、この男女が。
思わずため息が漏れる。
普通の同僚がほしい。
June 14
単独での山登りは心細い気がするので、友達を誘うことにする。
どうよ山?
みたいな内容のメールを送る。
返答は、すぐにあった。
「…めさ、登山って、どこまで本気の登山…?」
どう見ても警戒してなきゃ書けない文面である。
びっくりだ。
いや、さすがに俺の友人をやっているだけのことはある。
どこに行くにしても、何かしらのトラブルが発生することを見抜いていらっしゃる。
「大丈夫だよう」
気持ち猫なで声になりながら、説得するためのメールを打つ。
「初心者でも気軽に登れるような簡単山を選ぶよう。ハイキングに毛が生えたぐらいのコースでいこう」
安心させるだけは、まだ足りないかも知れぬ。
うっかり誘われちゃうように、エサも撒くか。
「山頂でいい景色見ながらさ、持参した何かを食べようよ。で、下山したら温泉に入るのだ。のんびり1泊してもいいね。帰りは食べ歩きながら帰ろう」
我ながら最高のプランである。
これで喰らいつかない奴など、いるわけがない。
と、思う。
お。
返事がきたぞ。
「楽しそうじゃん!」
だろ?
「行ってらっしゃい!」
お前は本当にばかですね。
なんでそこでお見送りしてくれてんだよ。
空気読めよ。
俺に釣られてテンション上がれよ。
「だって、めさと行くと、無事じゃ済まなさそうなんだもん」
もんじゃねえよ。
分かった。
今回はトラブルを楽しむというコンセプトを外そうじゃないか。
それならどうよ?
「絶対に何かが起こる気がする」
何を言うか。
そういうのがいい思い出になるんでしょ?
危険を楽しめ、ばーか!
ばか!
お前なんか、たくさん蚊に刺されろ。
「お前が刺されろ。だいたい、なんでそんなに山に登りたいわけ?」
そこに山があるからに決まってるでしょ!?
「だったら、1人で行ってきたらいいじゃない」
いやだ!
お前も一緒に来てください!
「お友達と行ってきたらどう? 誰か誘ってみなよ」
だからお前を誘っているんじゃないでしょーか!?
ええい、もういい!
そうやって丸く収まって、平穏無事な人生を送ったらいいさ!
お大事に!
謎の文句を送信すると、俺はすねてケータイをポケットに仕舞った。
くっそ。
断られたのは、これで3人目だ。
May 31
「飲むー!」
毎度お世話になっているバー「イージーバレル」に妹を呼び出した。
まずは乾杯だ。
「なあモンブラン。お前、『相田みつを』って知ってるか?」
「知ってるー!」
相田みつを氏とは、一風変わった字体で一言メッセージを描く偉人だ。
その内容は読んだ者を元気づける物ばかり。
「つまづいたっていいじゃないか にんげんだもの みつを」
有名なこの作品を目にした方も多いのではなかろうか。
「モンブラン、相田みつをの作品、好き?」
「すっごい好きー!」
そうか、好きか。
よかった。
俺は色紙を手にした。
「お前へのプレゼントはな、そんな相田みつをさんの作品だ」
「マジ!?」
「おう、マジだ。ほら」
4枚の色紙を妹に手渡す。
瞬間、妹が椅子から崩れ落ちた。
「オメーの字じゃん! オメーの字じゃん!」
大泣きしながら大笑いしているので、他に言葉が選べない様子だ。
「オメーの字じゃーん!」
それしか言えてなかった。
「いいから読んでみろよ。癒されるぞ?」
床にべったりとくっ付いている妹を救い、椅子へと戻す。
彼女は1枚1枚、目に涙を溜めながら色紙を一読した。
「所詮、この世は金が全て。みつを」
「先にシャワー浴びてこいよ。みつを」
「合コン!? いついつ!? みつを」
そして最後の1枚は、なかなかの長文だ。
これはセリフの応酬といった形式で、相田みつを作品にしては珍しい構成となっている。
「渋谷ってさ、人多いよね」
「え? ああ、多いね」
「俺、スクランブルエッグが渡れなくってさあ」
「渡る必要ないだろ」
これの最後に「みつを」とサインがしてある。
妹の肩は、ずっと震えていた。
「ゼッテーみつを、こんなこと描かねえよう!」
有名な芸術家に対し、「みつを」と呼びつけ。
どうして妹は偉人と目線が対等なのだろうか。
「斬新なメッセージだろ? どうやら初期の作品みたいでな」と言っても、聞きやしない。
「もー! オメーの字じゃーん!」
「面白かった? できれば筆で描きたかったんだけど、あいにく油性ペンしかなくってさあ」
「オメーの字じゃーん!」
「これ、会社で書いたんだけどさ、凄い人気で、最初に書いた作品は他の社員に持っていかれちゃったよ。さすが相田みつをさん」
「オメーの字じゃーん!」
泣き笑いで、妹は紙に何かを書き出す。
礼状でもしたためているのだろうか。
「なに書いてんの? 見して」
そこには妹の丸文字で、こうあった。
「あにきの なみだ みえもしない モンブラン」
なに一句詠んでるのだろうか。
今度は俺が椅子から崩れ落ちた。
May 24
「めさ、B‘z好きだろ? 『OCEAN』って唄える?」
「オーシャン? いや、ごめん。わかんないや」
「じゃあ覚えろ! 今から俺が唄うから! すっげーいい曲なんだって! とにかく歌詞がいい!」
数年ぶりに会った親友は、相変わらず落ち着きがない。
気持ち良さそうにカラオケを唄うところなんかも、昔のまんまだ。
「な!? いい曲だっただろ!? お前、ぜってー覚えろよ!?」
いい感じに酔って、熱く語るところも変わっていない。
俺は「気が向いたらCDを買うよ」と、その場を誤魔化しておいた。
今から半年ほど前の話だ。
タカシとは、もう10年以上の腐れ縁になる。
いつもカラオケに行って、酒を飲んで、語り明かし、笑い合った。
5月22日。
スーツを着込み、電車に乗り込む。
あのタカシが今日、結婚式を挙げる。
なんで給料日前に式を挙げるのか。
ご祝儀なんて用意できないぞ。
というわけで、ご祝儀袋には葉っぱを5枚ほど入れておいた。
本当はもっとたくさん包んでやりたかったのだが、木が可哀想なのでやめた。
人間界では絶対に使えないご祝儀。
これを最初に確認する人物がご親戚の方などではなく、タカシ本人だったらいいな。
そう切に思う。
封筒には俺の個人情報を正直に記載してしまったからだ。
なんで匿名にしなかったのだろうか。
金額面にも「5枚」と、円じゃない通貨を書いてしまった。
用意したセリフはちなみに、「あんまり入れてやれなくって、ごめんな」である。
10年来の友情が、今日で終るかも知れない。
もうなんか、どっきどきだ。
さっさと受付でご祝儀を提出し、何もかも忘れ、式場内へ足を進める。
式は退屈なものだとばかり思っていたのだけれど、やはり新たな夫婦誕生の瞬間を見られるわけで、それが親友だったりするものだから、それなりに感慨深い。
らしくないけど、見ているこっちまで幸せな心地になれた。
なんで俺は、こんなにめでたい日に葉っぱなんて包んでしまったのだろうか。
「22という数字は、お2人にとって縁が深いようです」
司会の女性はさすがプロだけあって、美しい声をしておいでだ。
「タカシさんのお母様の誕生日、お2人の入籍日、全て22日のようですね」
だから給料日前、しかも平日の今日に式を挙げたわけか。
納得だ。
「そして今日、5月22日は新婦の誕生日でもあります」
おおー!
タカシの嫁さん、今日が誕生日だったのか。
急遽、皆でハッピーバースデイを合唱する。
単純なもので、俺はそれでさらに気分が良くなった。
「さて」
司会者が再びマイクを持つ。
「今の『おめでとう』は新婦の誕生日に向けられた『おめでとう』でした。なので今度は『結婚おめでとう』という意味で、お2人にもう1度、皆さんで『おめでとう』を言ってあげてください。大きな声でお願いします。いいですね? せーの!」
おめでとー!
と、出席者全員の声が暖かく揃う。
皆の声の大きさや響きから、何かが伝わったのだろう。
盛大な祝福を聞いた瞬間、タカシは目頭を押さえ、泣いた。
新郎新婦が退場する際、タカシが俺にハイタッチをしてくれたことが嬉しい。
いつの間にか、俺も目に涙を溜めていた。
「もしもし、タカシ? 今どこ? 俺今、お前のご友人と近くの店で飲んでるんだ」
ご祝儀が葉っぱだったので、2次会3次会の費用は俺が持とうとは最初から決めていたことだ。
半ば強引に新しい夫婦を呼び出す。
「なあ、これからカラオケ行こうぜ!」
どうしても彼らと行きたかった。
もう既にぐでんぐでんに酔っていたが、俺はどうにか選曲をする。
B‘zは以前、バースデイソングも作っていた。
まずはとっても手のかかる男と結婚してしまった女性に対して、それを贈る。
「誕生日おめでとう!」
このバースデイソングは、タカシの好きな『OCEAN』が入っているアルバムに収録されていた。
だから覚えることができたのだ。
しばらく後、再び俺の番がくる。
前奏が流れ、タカシが小さく反応する。
「あれ? めさ、これって…」
「おう、OCEANだ。今日のために覚えてきたんだっつーの! がはははは!」
次のおめでとうは、2人に対して、だ。
酔っ払いが精一杯、親友の大好きな曲を唄い始める。