夢見町の史
Let’s どんまい!
March 09
遠路はるばる、名古屋の友人が横浜までやってくる。
明日が楽しみだ。
着信音がして、ケータイを見ると友人からだった。
明日、落ち合う場所の相談などであろう。
もしもし?
「あ、めささんですか? 明後日の件なんですけど」
明後日?
おいおい、何言ってんの。
俺らが会うのは明日だべ?
明日がっつり飲むのだから、俺はその翌日を休日にしたのですよ。
ばかが。
「ばかはめささんです! 僕が横浜行くの、明後日ですよ!」
俺の休みだって明後日ですよ!
「飲めないじゃないですか!」
そりゃそうだよ。
だって俺、次の日は仕事だもん。
「マジすか!? 何回もめささん、確認してましたよね!? 6日の夜に飲むって僕、何度も言いましたよね!? それでめささん、7日に休むって話だったじゃないですか!?」
今日の君はよく喋りますね。
だいたい俺、6とか7とかじゃ、わかんないよ!
なんで数字で表現するんですか!?
「めささん、もう大人ですよね!?」
おかげ様で30です。
「ってゆうか冗談でしょ!? ホントに休み、間違えちゃったんですか!?」
バッチリ間違えておいたよ。
「じゃあ僕、どうすればいいんですか!」
1日早く来て。
「無理ですよう!」
そうか。
いや実に残念だ。
「もー! めささーん!」
ばっきゃろう!
こっちだって楽しみにしてたんだ!
同僚に無理言って、それでようやく休み代わってもらったんだぜ!?
なのに、24時間間違えてました!
くすくす。
「何が可笑しいんですか!」
いやあ、運命のイタズラ。
「おっちょこちょいなだけじゃないですか!」
全くです。
君も大変ですね。
わざわざ名古屋から遠征してくる友人を気の毒に思う。
でも、こればっかりは仕方ない。
仕方ないので、結局俺は翌日に仕事なのに、お酒を飲むことにしました。
ホント世話の焼ける人です。
俺が。
March 08
すき焼きを食べよう。
でも、モヒカンは勘弁してもらおう。
具合が悪いから来ないでくれと言ってあったにもかかわらず、友人2名がうちにやって来ていた。
彼らは、俺が以前貸したゲームを忘れてきたのに、バリカンだけは持ってきている。
俺をモヒカンにする気満々だ。
「めささん、試しに1回だけ! リハーサルだけやってみましょうよ」
「そうですよ。気に入らなかったら本番はナシでいいですから」
よく解らない説得をされる。
これでもし俺がモヒカンになって職場復帰を果たしたら、変な髪型にされたせいで休んでいたと思われてしまうじゃないか。
「もー! 今チャットやってて気が散るから、話しかけないでよ!」
パソコンに向かい、ニート丸出しの拒み方で2人を遠ざけた。
「食材も買ってきましたよ」
ふん。
どうせそれも嫌がらせ効果を狙ってチョイスした食料なんでしょ。
節分の豆の残りとか、スープをどっかに失くしたラーメンとか。
「すき焼きですよ」
ほうら、やっぱり。
そんなこったろうと思っ、…え?
す、き、や、き…?
「そうですよ。ほら、すき焼きの具材」
目の錯覚…?
なんか、牛肉に見える…。
仕事に行けないせいで生活費もない状態だったので、この世に牛肉なる物が存在していたことをすっかり忘れてしまっていた。
確かに、それは牛肉だった。
ネギも豆腐もあるし、シラタキまであるじゃないか。
迷い込んだ砂漠でオアシスの幻を見ているようなものだと最初は本気で思ったが、これは本当にすき焼きセットだ。
「実は、不調が長引いた原因は、牛肉が足りなかったからなんだ…」
果てしなく可哀相な設定を咄嗟に設ける。
「土鍋、あります?」
さっそく調理か!
きゃっほう!
いきなり張り切ることにした。
土鍋はキッチンの下だ!
そのビニールにゴミを入れて!
違う!
カセットコンロはまだ早い!
前半はガスコンロを使うんだ!
包丁はそこ!
「いいからあっち行ってて下さい」
はーい。
おとなしくしてます。
キッチンからはやがて、「なんで醤油がないんだ、この家は!」と、困った時の声がした。
「ってゆうか、どうせすき焼き作ってくれるなら、俺がご飯食べる前に来てよねー」
「え!? めささん、もうご飯食べちゃったんですか?」
「うん。2人が来るちょっと前に」
「だったらなんであんた、食べるペースが俺らと変わんねえンですか」
すき焼きは、本当に美味かった。
久し振りの味だった。
前回のすき焼きがいつだったのかは、思い出せないぐらい遠い過去だ。
「さてと、じゃあやりますか」
片方が腰を上げ、片方がバリカンを準備する。
なんだこの段取り。
「俺、モヒにしないからね!」
「駄目ですよ」
「駄目ってなんだよ! そっちが駄目だ!」
「じゃあ何モヒならいいんです?」
「モヒって属性が既に嫌だ!」
以前彼にはサイト上で、モヒカンについての話題を強引に振ってしまったことがある。
それがきっかけで、友人は何故か俺をリアルでモヒカンにするという迷惑な使命に目覚めてしまっていた。
どこでそんな発想をしちゃったのだろう。
「めささんがモヒカンになったら、いい日記書けると思って」
絵に描いたようなありがた迷惑なんですけど。
「芸人として、もう限界なんですか?」
俺は普通の会社員だ!
「めささんトコの読者さんが、ガッカリしますよ?」
君らが勝手に立てた企画が潰れたぐらいで、ガッカリされてたまるか!
いや、されるね…。
えっと、じゃあ、読者様なんてガッカリすればいい!
「開き直ったー! すき焼きまで食べといて」
あのすき焼きはだって、アレでしょ?
俺に対する日頃の感謝の印とかじゃないの?
「あなたに何を感謝するんですか」
なんかこう、生まれてくれてありがとう的な…。
「だいぶ髪が長いから、中央だけ残して全部刈っても誤魔化せるよね」
「大丈夫でしょ、これなら」
話を聞いて。
今夜泊まってっていいから!
「そりゃ泊まりますよ。もう電車ないんだから」
ですよねー。
ってゆうか違うのー!
会社では奇抜な髪型になっちゃいけないのー!
というわけで、お腹いっぱいになったことだし、もう寝ます。
「その状態だと、半端なモヒになりますよ?」
パーカーのフードを被ります。
おやすみなさい。
早々とベットに横になり、毛布に潜り込む。
2人の目がマジだっただけに、本当に危なかった。
March 08
<めさの視点>
これでも一応は、365日、24時間、常に頭のどこかで作家になることを考えている。
今年は1つの物語を大切に仕上げよう。
そして、いよいよ来年に、具体的な行動を起こそうではないか。
そんな計画を立てた。
親愛なるバー「イージーバレル」では、ちょうど今年の目標は何にするかといった話題になっており、俺は自分の気持ちを抑えず、マスターに告げる。
「2007年は、助走に専念しようと思うんですよ」
自分の表情が輝いているのが、自分でも判る。
しかしマスターは、どういうわけか無言無表情だ。
きっと、俺の情熱に感動でもしているのだろう。
追い討ちをかけるように、俺はさらに饒舌になる。
「来年に、本格的に行動する計画です」
マスターは、やはり黙ったままだ。
「遅咲きってことになるんでしょうけどねー」
ここのところ、才気溢れる若い書き手さんが多いことだし、頑張らなくっちゃ。
負けないぞう、とばかりに、俺はグラスを煽る。
<マスターの視点>
今年の目標は何にするの?
そう訊ねたら、めさ君がまた訳の解らないことを言い出した。
「2007年は、女装に専念しようと思うんですよ」
そうか…。
またやるのか…。
いつも嫌がってる風にしていたのは、ポーズだったんだ。
この人、目覚めちゃってたんだ…。
さすがの私も言葉に詰まる。
女装に専念するってこの人、まさかうちの店でやるんじゃないだろうな…。
だいたい女装なんてして、将来何になりたいんだろうか。
「来年に、本格的に行動する計画です」
手術を受ける宣言されても困る。
瞳が熱く輝いてるところとか、本気で気味が悪い。
だいたい、仕事はどうするの?
「遅咲きってことになるんでしょうけどねー」
30超えてオカマデビューは、確かに遅咲きだ。
私が1歩引いたことに、めさ君は気づいていない。
相変わらず「デビューがどうの」とか「売れっ子になりたい」などと、性転換への夢を語っている。
普通のお客さん、来ないかなあ。
March 08
電話での問いに「そうだ」と告げると、どういう訳なのだろう。
友人は満足したようだ。
「そうですか。解りました。仕事中ならいいんです。じゃあ」
待て。
不思議な質問だけしておいて、一方的に電話を切ろうとするな。
俺が今家にいないことを、なんで確認したのかを問い質したい。
「いいんです。今回も頑張りますんで」
何がいいものか。
今回「も」って、俺ン家で何をどう頑張るつもりなのか。
悪い胸騒ぎがする。
友人は前回、俺ン家の玄関に「お手洗い」との札をぶら下げて去った。
勝手にだ。
それがリフォームなのですなどと、聞いたことのない主張をされた。
そんなリフォーム、一生頼まない自信がある。
どこの世界に住宅を公衆便所にランクダウンさせるリフォームがあるものか。
電話の声には張りがあった。
むかつくぐらい楽しそうなその声から察するに、今回の彼、気合いが尋常じゃない。
他に情熱を燃やすべきことはないのだろうか。
俺ン家に、今度は何をするつもりなのですか?
恐る恐る帰宅する。
案の定、人の気配はない。
気が済んだのだろう、友人は帰っていた。
なんで俺本体ではなく、俺の部屋だけに用事があるのだ、あいつは。
靴を脱いで、部屋の電気を点ける。
「なんだと!?」
俺の部屋は今回、殺人現場にリフォームされていた。
人の形をした白線が、タタミの上に引かれている。
誰が死んだのだ。
俺の部屋で勝手に死なないで頂きたい。
1とか5とか、何を示すのか解らないナンバープレートが要所要所に置いてある。
何故かそこにあるバナナの皮も丸で囲まれていた。
このバナナ、事件に関わっているということか。
落ちていたのはバナナだけではない。
俺は紙切れを拾い上げ、タイトルを読み上げる。
「ダイイングメッセージでーすよ」
何この明るさ。
誰だ陽気に殺されたのは。
ダイイングメッセージを読むのなんて、生まれて初めてだ。
しかもどうやらそれは、俺が書いたという設定らしい。
「めさです。皆さん、おはようございます」
礼儀正しく挨拶から入るぐらいなら、救急車ぐらい呼べたのではないだろうか。
ってゆうか、死ぬ間際に書いたにしてはずいぶんと余裕のある文章だ。
やたら長い。
「俺は夢も希望も、彼女も金も地位も名誉もないまま、もうじきこの生涯を終えようとしています」
極めてネガティブな状況説明に、涙が出そうになった。
まるで遺書のような流れですが、これってダイイングメッセージなんですよね?
続きに目を通す。
「何故なら、奴に致命傷を与えられたからです。俺も格闘家のはしくれ、もう助からないことは解ります。奴を逮捕し、俺の無念を晴らしてくぅ~ださい」
格闘家のはしくれとは思えない語尾だ。
「とはいっても奴とは顔見知り。すぐに捕まえてくれることだと思います。奴の名前は、おっとその前に奴の動機から話しましょうか」
その余力は、違うことに費やすべきだ。
「奴が俺に対して殺意を持ち出したのは、忘れもしない」
この「忘れもしない」という供述が、けっこう重要になる。
「10年だったかその位昔、雨が降っていたような晴れていたような。場所は詳しくは覚えていない」
いきなり忘れてる。
「そこで奴は、俺が何て言ったか忘れたけれど、凄く怒っていた。たぶんそれが原因なんじゃないかなぁと思う」
やっぱり忘れてる。
記憶がアバウト過ぎる。
動機の説明を明らかに失敗している。
「でも正直、心当たりがあり過ぎて断定できません」
今までの長文が、これで完全に台無しになった。
「そろそろ、おむかえがきたようです。さいごに」
字が薄くなって、漢字も使えなくなっている。
こうなる前に大事なことを書いておくべきだ。
「はんにんのなまえは」
これからっていう大事なところなのに、文字はそこで途切れていた。
ようやく力尽きたらしい。
ってゆうか、何これ。
長々と書いておいて、結局何1つ伝えられていないじゃないか。
こいつバカだ。
あ、俺か。
ダイイングメッセージというのは解読が困難なのだと、改めて痛感させられた。
タタミに目を戻す。
つまりこの白線は、俺の死体をかたどったものだった。
不恰好を極めたこの変な人型は、自分自身のシルエットだったのだ。
まじまじと観察する。
泣きそうになった。
見れば見るほど、すんごいカッコ悪い。
直視して損した気分だ。
まず、頭がでかい。
不自然なぐらい、でかい。
宇宙人よりも巨大な頭部だ。
これでどうやってバランスを取っていたのかと、生前の自分を心配に思う。
足はやたら短い。
おまけ程度の長さだ。
もう大人なのに、足の長さが20センチってどういう人間だ。
歩けるのか、こいつ。
胴体には、くびれがない。
ドラム缶みたいにずん胴だ。
足が足りていない分を、胴でカバーしてますよ。
って感じに長いのがショックだ。
改めて全体を見渡す。
未確認生物かコイツは。
頭でかい。
めっちゃ短足。
体に凹凸がない。
ガチャピンでも死んだのかと思った。
だいたい、なんで死んだのだ俺は。
死因は何だ。
首の部分には、わざとらしくストッキングが横たわっている。
まさかこんな柔らかい物で、俺は大人しく首を絞められたのだろうか。
バナナの皮には、ご丁寧に「毒」と書いてある。
ちゃんと毒って書いてあったのに、俺はそれをピンポイントで食べちゃったのだろうか。
バカだ。
食べちゃった俺もバカだが、毒を盛って「毒」と書いた犯人もバカだ。
真犯人に会いに行く。
彼は今夜、いつものバーで飲んでいるはずだ。
もう我慢ならん。
言いたい放題言ってやる!
「あー! いた! アレは傑作ですよ先生!」
俺よ。
喜んでどうする。