夢見町の史
Let’s どんまい!
September 08
山々や木々。
川の美しさからしても、ここが東京都内とは信じられない。
あまり寝ておらず、しかも前日に大酒かっ喰らったにも関わらず、不思議と二日酔いにはなっていなかった。
2日目の昼。
起きてからはしばらく、川で遊ぶことにした。
水着を持参していたのに着替えなかったのは、足だけ浸かる気でいたからだ。
あと、ただ単に面倒臭かった。
この時の俺はジンベエを着ていて、背中に宴会用グッズ「キューピットの羽」を着け、頭部には変な黄色いマスクを装着していた。
部屋でやったカードゲームで、また負けたからである。
どんな角度から見ても立派な変態であったが、罰ゲームなので仕方ない。
川辺に下りようと、数人で部屋を出る。
すると、一緒に泊まっていた女子が外の風に当たっているのが判った。
俺と目が合う。
彼女は俺の格好を見て、挨拶をしないと、不信そうな表情を露骨に見せた。
頭に被っていたのがマスクではなく、パンツだったとしても彼女は同じような目線を俺に向けていたに違いない。
「ち、違うんだ!」
浮気がバレた彼氏のように、俺は激しく言い訳をした。
「これはただの罰ゲームで、決して俺の個人的な趣味とかじゃないんだ! 解るでしょ!?」
彼女はたった一言、
「話しかけてこないでください」
涙が出そうになった。
川には他のコテージを利用している知らない人たちがいて、俺を見ないように気をつけている。
さすがに耐え切れなくなって、羽とマスクは脱いだ。
川の水に足を浸す。
ひんやりとしていて、実に気持ちがいい。
足場は石ころだらけで、うっかりすると転びそうだ。
そんな不安定な場所に、誰かがビーチボールを放ってきた。
それがきっかけだ。
みんな自然と円になり、川の浅瀬でビーチバレーが始まる。
ビニールのボールは大きくて、軽い。
ちょっとした風に簡単に流されてしまう。
「あ」
ボールは俺の頭上を大きく飛び超えて、川の中央部に落下した。
そこから最も近いのは、俺だ。
「めささん! 早く取ってきて!」
「やだよ!」
俺は水着を履いていないのだ。
ボールが落ちたエリアは間違いなく、腰まで浸かる程度に深い。
あんなところまでボールを取りに行ったら、濡れちゃうじゃないか。
徐々に流され行くボールを指差して、若者が叫ぶ。
「めささん! いいから早く! ボールが流されちゃう!」
やだってば!
水着の人が行ったらいいじゃん!
「俺、カナヅチなんですよ! めささんが行ったほうが、絶対にオイシイですって!」
そう?
でもやだ!
川の水、冷たい!
駄々をこねていると、男子の1人が手を挙げる。
「だったら俺が行くわ」
なんかカッコイイことを言い出した。
ちょっぴり嫉妬するけども、でも助かる提案だ。
するとほぼ同時に、他の男子2名も手を挙げた。
「いや、俺が行くよ」
「いやいや、俺が行くって」
3人とも徐々にムキになってゆく。
「俺が行くって!」
「いいってば! 俺が行くよ!」
「いやいや、ここは俺が!」
置いてきぼりにされた感があって、ついつい俺も手を挙げる。
「だったら俺が行くよ!」
すると3名、綺麗に声を揃えた。
「どうぞどうぞどうぞ!」
どちきしょう。
俺は上島竜兵のように川に飛び込んだ。
川は、思ったよりも深かった。
俺のジンベエがどうなってしまったかは、皆さんの想像にお任せしたいと思う。
ボールを救出して戻ってくると、いつの間にか新たな遊び道具が増えていることに気づく。
水鉄砲だ。
案の定、撃たれる。
「やめてやめて!」
俺は必死になって抵抗をした。
「俺、水に濡れたくない人なの!」
乾いた部分のほうが少ない男が一体何を言っているのだろうか。
「ところでさあ」
俺は下流に目をつける。
川を少し下ると、見るからに水の流れが速くなっているのだ。
もの凄く冒険心をくすぐられるじゃないか。
「ねえ、みんな。あっちに行ってみない?」
こうして、男子たちはざぶざぶと川の中を。
女子たちは陸地を歩き、皆で下流を目指す。
水位は太ももぐらい。
流れは思った以上に急だ。
急流の先は見た感じ、足が着かないような色をしていて深そうだった。
うっかり流されようものなら、軽く死ねる印象を受ける。
「こりゃあ、どこまで行けるか限界が知りたいね」
「ですね! すげーロマンがある!」
俺たち男子は、この時点で既にお馬鹿さんだった。
ギリギリまで進むということは、どこが限界であるのかを自分で見極めなくてはならないということだ。
それが判る頃というのは、流されている最中である。
先頭を行っていたのは、先ほどカナヅチ発言をしていた男子だ。
泳げない分、ウォーキングが上手で、彼はぐんぐん先に進んでいってしまう。
「すげー! 流れが速い!」
早いのはお前の歩調です。
さすがに危険を感じ、俺は彼に「ちょっと待って!」と口を開きかけた。
いざという時、掴める距離に彼にいてほしかったからだ。
ところが俺は「ちょ」までしか言えなかった。
カナヅチの男子が突如、スピードアップした。
あれはマラソンランナークラスの速度だった。
速すぎる。
どう見ても間違いない。
彼は流されていた。
今だからこそ笑って書けることだが、当時は本当に焦った。
遠目で見たら流しそうめんみたいに、彼はつるんと流されちゃっている。
だいたい、なんでカナヅチの奴が先にガンガン進んじゃってたんだよ!
心の中で毒づきながら、俺は流れの先を目指して飛び込む。
溺れてる人を助けるときは、正面からではなく、背後から近づく。
でないと掴まれて、助ける側まで溺れてしまうからだ。
後ろから近寄ったら胴体などを持ち、仰向けになるようにして呼吸をさせる。
間に合わなかったら、人工呼吸だ。
急流の中、平泳ぎで加速しながら、俺は救命方法を脳内で復唱していた。
ところがどっこい。
俺が着ているジンベエは、水中では邪魔にしかならない。
水の抵抗をモロに受けてしまう。
思った方向に泳ぐことが全くできない。
やがて足が届かないポイントに到達する頃になると、自分の顔を水面に出すので精一杯といった有様だった。
溺れるとしたら、恋に。
とか言ってる場合じゃない。
マジ流され、マジ溺れだ。
身動きが取れん。
どうしましょう。
先に行ったはずの男子に目をやる。
彼は自力で足の着く場所まで辿り着いていて、そこには本当に安心した。
あとは俺だけだ。
でもまあ、泳ぎにくい服装だったとはいえ、そこは流れも緩やかになっていたので無事、どうにか岸まで移動することができた。
「いやあ、怖かった!」
「でしたねー」
2人で無事を祝い合う。
「水難事故が起こる理由、リアルに解りましたよ」
「俺もだよ。この経験のおかげで、次からは無茶する奴を止めてやれるね」
「あれ?」
男子の視線に釣られて、俺も上流に目をくばらせる。
なんと、3人目の犠牲者が流されてくるところだった。
仲間が増えたと喜ぶところかも知れないが、さすがに冗談を言える状況ではない。
俺は川の中に戻り、彼を受け止める体勢を整えた。
「君も来たか」
「だって、めささんとあいつ、2人で流されて行っちゃうんですもん。助けなきゃ、と思って」
「俺が飛び込んだ動機と一緒だ。でもさ、流されている間は、誰か助けることなんて不可能だと思ったでしょ」
「思いました思いました! ありゃ無理ですよ」
「だよねー。とにかく、上まで戻ろう」
目指すべき上流に、再び視線を走らせる。
そこには、やはり俺たちを助けるつもりになっていたのだろう。
4人目の男子が心配そうに、こちらに来ようとしていた。
流された3人組は必死になって、大声を張り上げる。
「来るなーッ!」
「ひーきーかーえーせー!」
「こっちには絶対、来ちゃ駄目だーッ!」
このマジっぽさが、川の危険度を浮き彫りにしていた。
これをお読みになった皆さん、水難事故は簡単に発生します。
本当に気をつけて。
「山とか川だけじゃねえ。温泉にも危険はいっぱいだ」編に続く。
September 08
全員、俺よりも干支が1周ほど若いことにショックを受けていた。
駅に集合したのは10名ほどの若者たち。
「これで全員だよね? じゃあ行こう!」
コテージはもう借りてある。
これからみんなで、東京の外れで2泊3日だ。
「みんな聞いてー!」
電車を待つ間、俺は最年長者として、若き友人らを集める。
「これから行くキャンプ村では川遊びもできるのね? それ以外にも色んな危険性ってあると思うんだ。だから誰も死なないでね」
全員が注目してくれていることを感じつつ、俺は引き続き注意を呼びかける。
「こういう場合で誰か死ぬと、何故か1番年上が怒られるんだ。俺、叱られるのホント嫌だから、みんなマジで死なないでね」
なんか最低な大人である。
他にも反復横飛びをしながら、「浮かれて大はしゃぎするな」と大はしゃぎながら言っておいた。
完璧だ。
一同は、やってきた電車に乗り込む。
寝泊りする施設はコテージだ。
しかし場所がキャンプ村とのことなので、以降はこの小旅行を「キャンプ」と表記することにする。
夜にはちゃんとキャンプファイヤーをやる予定だし、みんなも自然に「キャンプ」って言ってたから、誤った表記ではあるけれど、とにかくキャンプだ。
このキャンプという特殊な環境の中では誰もがハイテンションになるといった、魔力にも似た不思議な力が脳に働きかける。
女子にしても、もちろん例外ではない。
俺は初日から、うら若き乙女の人々から何度も言われてしまうことになる。
「愛してる」
いやマジでだ。
本当に言われた。
32年間生きてきて、こんなの初めてだ。
20歳ちょいの女子から何度も何度も。
「愛してる」
きゃっはーい。
こんな飲み屋があったら絶対に儲かるよ!
って感じだ。
ラブコールは複数人から発せられた。
「好きだよ」
耳元でささやかれもした。
ありがとう夏の魔力。
よくぞ今、生きて日記が書けるものだ。
嬉しすぎて死んじゃうかと思った。
コテージに到着して、しばらくは自由行動になる。
バーベキューの準備をする者、持参のカードゲームに興じる者、川で遊ぶ者。
「あ、めささん! 丁度よかった!」
ちょっとした荷物を取りにコテージに入ると、男女が輪になっていて、何やら盛り上がっている。
「どうしたの?」
「いいから、こっち! ここに座ってください!」
言われるがまま円に入る。
畳の上に腰を下ろすと、ゲームの説明が始まった。
「めささん、『愛してるゲーム』って知ってます?」
「所詮、恋愛はゲームさ」
「いえ、そういうんじゃなくて」
「ですよねー」
「ってゆうか、めささん、そういうキャラになれない人じゃないですか」
「はい。自分で自分のこと、よく解ってます。ホントすみませんでした」
ゲームの概要はこうだ。
まず円状に、男女交互に座る。
自分の両隣にはつまり、必ず異性が座ることになる。
続けてジャンケンなどをし、最初の者を決める。
こうしてゲーム開始だ。
最初の人は左右どちらでもいいので、隣の異性に対し、ちゃんと目を見て「愛してる」と言わねばならない。
言われた側は「え?」と返すのだが、左右どちらの異性に振っても構わない。
「え?」と返された者は照れることなく、「愛してる」と目を見返すわけだが、やはり隣の異性であればどちらに言おうが自由だ。
全員にまんべんなく順番に繋がることもあれば、同じ人同士が何度も「愛してる」「え?」と繰り返すことも有り得るわけだ。
照れたり、目を見られなかったりしたら負け。
ゲーム趣旨やルールを理解すると、俺は両手で顔を覆った。
「そんなこと恥ずかしくて言えない!」
処女か俺は。
必死の抵抗も空しく、強制的にゲームは始まった。
「愛してる」
「え?」
「愛してる」
「え?」
イタリア人でもここまで言わないんじゃないだろうか。
なんだか恥ずかしい応酬である。
それにしても、みんな猛者だ。
なんで照れずに言えるのだ。
この場にいるだけで、どことなく気マズイ。
やがて隣の女子が、綺麗な瞳で俺の目を真っ直ぐに見つめてきた。
「愛してる」
ついに俺の番が来た。
瞬時に切り返す。
「恐れ入ります」
これ以上ない完敗だった。
もうホント無理。
この手のゲームで、俺より弱い奴ァいねえ。
「めささんの負けー!」
「だって照れちゃうんだもん! しょうがないじゃん!」
涙目になって訴えた。
それでも負けは負けなので、次は俺が最初に「愛してる」を言わねばならない。
でも、どっちの女子に?
右も左も可愛いんですけど。
「それは自由です。どっちでもいいですよ」
「どっちでもいいだなんて、そんな軽い気持ちだったわけ!?」
「だって、そういうゲームなんですもん」
「ゲームですって!? つまり遊びだったのね!?」
「誤魔化しはいいから、めささん早く」
楽しみにしていたキャンプで、なんでこんな目に。
考えれば考えるほど解らなくなる。
右の女子も左の女子もそれぞれ素敵だし、でもまだお互いよく知り合っていないのだ。
歳の差だってあるし、まずは交換日記から始めるべきところであろう。
それをあんた、どちらか片方に「愛してる」なんて大それたことを言わなくちゃいけないだなんて、そんな。
迷いに迷う。
やがて俺は男らしく腹を決め、両手で頭を抱えた。
「どっちか1人なんて、俺には選べないよう!」
なに1人だけマジに考え込んでいるのだろうか。
それでもどうにかして、俺はようやく重たかった口を開く。
「あ、愛してる」
「え?」
「なんで聞き返すのー!」
秒速で負ける。
俺は畳の上でジタバタと転がった。
「『え?』じゃないよー! ちゃんと聞こえたべ!? こういう言葉は何度も言えることじゃないじゃん! もー!」
ちなみに俺は32歳だ。
キャンプファイヤーが実に良い具合だ。
薪をくべる毎に、俺は「出火原因はあなたです」などと、ずっとぶつぶつ言っていた。
星空の下、川の畔で炎を見ながら飲む酒は格別だった。
精神的に満たされる最高の贅沢のように感じる。
皆で談笑。
話のテーマは、「キャンプ中に異性から言われたい一言」で、これは俺から提案した。
俺は恋バナが大好きなのである。
例えば、なんか気になる女子と一緒に夜風に当たっているとする。
川辺でふと、女子が口を開くのだ。
「どうせ来年も、あんたと一緒なんだろうなあ」
そんなことが実際にあったら、俺は「ちょっと待ってて」とか言ってその場を離れ、川原でゴロゴロとのた打ち回るに違いない。
「めささん!」
男子からの呼びかけに、妄想中断。
何事かというと、「あの子が凄い」とのことだった。
「凄いって、何が?」
「やばいっすよ! めちゃめちゃ凄い『異性を落とす一言』を、あの子が言ったんです!」
「なんだってェ!? そいつァ大変じゃねえか! 聞かせてもらおうか!」
一見すると、おとなしそうな女の子。
彼女がそれを言い放ったらしい。
どうやら耳元でささやくことで効果を発揮する類の名文句であるようだ。
ところがその女子は非常に困惑している。
「もう恥ずかしいから言えませんよ~」
うっせえ!
恥らい具合も、なんか可愛いんだよ!
誤ったキレ方をしながら詰め寄った。
彼女の元には、すでにちょっとした列が出来上がっている。
どうやら、ささやいてもらうために、みんな順番待ちをしているらしい。
心の底から恥ずかしいようで、その女子はもじもじとしていたが、列は少しずつ消化されていった。
耳にした女子は「それいい!」とか「きゃー!」などと喜び、男子は次々と倒れ、ザコキャラのように悶絶している。
やがて俺の番。
大いに照れながら、女子は俺の耳に片手を添えて、顔を近づける。
可愛らしい声が、妙にズルかった。
「好きだよ」
「ひゃっほーう!」
危うく川に飛び込みそうになるところだった。
夏の思い出を、本当にありがとう。
なんか日中からずっと、俺はキュン死にしそうになっている。
夏のキャンプに、まさかこのような危険性があったとは予想外だ。
このままだと死人が出るぞ。
火の番ついでに、呆然と炎を眺めている時もそうだった。
キャンプファイヤーという企画は大好評かつ大成功で、誰もが口を揃える。
「火を見ていると、安心する」
「物が燃えているのって、なんか好き」
「全てを焼き尽くし、何もかも灰にしてくれる!」
聞きようによっては連続放火魔の独り言のようだが、俺も同感だった。
酒を片手に、無心で火に見入る。
ふとした瞬間、頬に冷たい感触が突然あって、驚いた。
反射的に振り返ると、それはグラスを当てられた感覚であることに気づく。
「なーに黄昏てんのっ!」
その声は、めちゃめちゃ低音で野太かった。
背後に立っていたのは男子だったからだ。
「な! なんだよ! お、お前かよ!」
状況、行動、セリフ、俺のリアクションまで理想通りだ。
ただ1つだけ残念なのは、どっちも男である点だ。
「そういうんじゃないんだよ、俺が求めていたのはさ~!」
再び頭を抱え、俺はその場でうずくまった。
「お若いの、決して下流に行ってはならん。あそこに足を踏み入れて帰ってきた者はおらん」編に続く。
June 06
結構昔のことだなあ。
だから細かいところまでは覚えてないんだけど、ちょっといい話があってね。
彼は多分、アメリカ人なんだと思う。
白人で、ウエーブのかかった長髪でね、なかなかの男前だった。
ケニー・Gっていうんだけど、知ってる?
ケニーは世界的に有名なサックス奏者なんだ。
日本でも、ケニーに憧れる人は多いみたい。
俺が見た番組っていうのがね、街行く人に声をかけて、その通行人の夢を番組の総力を挙げて叶えてしまうっていう、素敵な企画だったわけ。
色んな人に夢を訊いて、誰の夢を叶えてあげるかを、スタジオで相談して決めていくんだ。
そんな中、とある女学生。
中学生なのか高校生なのかは忘れちゃったんだけどね。
番組スタッフは、とある制服姿の女の子に声をかけたんだ。
「あなたの夢を教えてください」
すると女の子はね、どこか照れながら、
「あたし、ケニーさんっていうサックス奏者の方を、すごく尊敬しているんです。いつか、ケニーさんと一緒に演奏してみたいです」
「演奏って、サックスの? 君もサックス吹けるの?」
「はい。あたしも吹奏楽部でサックスの練習してて、いや、下手なんですけど」
で、女の子は続けるんだ。
「その演奏を、天国にいるお父さんに聴いてほしいです」
けなげじゃね?
スタジオでは満場一致で、その娘さんの夢を叶えることに決まってたよ。
その子の夢が選ばれて、見てた俺も嬉しかったなあ。
ちなみにその女の子、妹さんもいてね。
姉妹でサックスの練習を始めるんだ。
ケニーと一緒に演奏するためにね。
番組スタッフは早速ケニーにアポ取って、姉妹のパスポートも用意して、共演の準備を進めていくんだ。
「ケニーさん側にアポを取ったところ、OKを貰いました」
「ホントですかー!」
「きゃー!」
2人とも、それはもう大喜びだよ。
そこでスタッフが「せっかくだから、お父さんの好きな曲を吹くってのはどう?」って提案すると、姉妹は恥ずかしそうに笑うんだ。
「お父さんが好きな曲、『矢切の渡し』なんです」
「ちょっとねー」
「ねー」
海外アーティストであるケニーに「矢切の渡し」はミスマッチだっていうことでね。
結局、共演する曲は、ケニーが作った曲ってことに決まるの。
それで2人とも、夜遅くまで猛練習するんだよ。
それで、とうとう当日。
姉妹は、たぶんアメリカかな?
ケニーの国まで飛ぶんだよ。
ケニーが待つホテルの一室で、2人は見るからに緊張しててさ。
自分たちがケニーを訪ねた理由を説明するんだ。
番組スタッフや通訳さんを交えてね。
「ケニーさんと一緒に演奏した曲を、天国のお父さんに聴いてもらいたいんです」
テレビだから、ケニーの言葉は吹き替えで、日本語になってたよ。
「君たちは素晴らしい! なんてお父さん想いなんだ。僕は感動したよ」
でもね、ケニーはそこで、残念そうな顔をするんだ。
「僕も、気持ちとしては君たちと一緒に演奏したい。でも僕は、レコード会社との契約があって、他者との共演は許されていないんだよ。本当にすまない」
事情が事情だけに、姉妹は残念そうに「そうなんですか」って言ってた。
ケニーは、日本の純粋な姉妹を傷つけたくなかったんだろうね。
「一緒に演奏はできないんだけど、せめて君たちが練習してきた曲を、僕にも聴かせてもらえるかい?」
そこで2人は、ケニーの前で、精一杯にサックスを吹くんだ。
緊張してて、所々間違えてしまうんだけど、それでも最後まで吹き続けた。
演奏が終わると、ケニーは手を叩いてくれるんだ。
「ブラボー! 最高だよ! 素晴らしい演奏だった!」
姉妹は、泣いちゃってたよ。
俺?
何を言ってるんだ。
号泣どころの騒ぎじゃねえよ、俺クラスになると。
でね、話はまだ終わりじゃないんだよ。
後日、今度はケニーから日本の姉妹に、要望があったんだ。
「先日は本当にありがとう。とても素晴らしい演奏だった。是非、あの子たちの演奏をもう1度聴かせてもらいたい」
2人はそれで、再びケニーの前に立つんだ。
やっぱり緊張しながら、前回と同じ曲を吹き始めるのね。
ケニーは微笑みながら、姉妹が一生懸命見つめている楽譜をね、2人の背後から覗き込んで、好ましそうに頷いているんだよ。
自分たちのすぐ後ろに、憧れのケニーが来たもんだから、2人の肩に力が入るのが解った。
ケニーは楽譜を覗き込んだまま、いつの間にか自分のサックスを持っていてね。
なんと彼は、姉妹と一緒に同じ曲を吹き始めたんだ。
レコード会社との契約をどうしたのかは解らないけど、とにかくケニーは共演してくれた。
お姉ちゃんも妹も、背後から聞こえるケニーの音色に気づいた途端、ぼろぼろと涙を流すんだ。
涙を流しながら、それでもサックスを吹き続けていてね。
3人で、同じ曲を吹き切ったんだよ。
演奏が終わると、ケニーは「ブラボー!」って笑顔で拍手をしてくれた。
「素晴らしい演奏だったよ! 本当に最高だった。天国にいる君たちのお父さんにも、きっと届いたよ! 実に気分がいい! こんなに気持ちがいいのは久しぶりだ! 本当にありがとう! 是非お礼をさせてください」
ケニーはサックスを胸元まで持ち上げてね、
「これは僕から、君たちのお父さんへのプレゼントだよ」
ケニーが再び、演奏を始めるんだ。
彼が吹いたのは、お父さんが大好きだった「矢切の渡し」
サックスから流れる演歌を聴きながら、姉妹は顔を上げられないぐらいに泣きじゃくっていたよ。
最近ふと、この話を思い出してね。
みんなにも聞いてほしくなったんだ。
たまにはいいでしょ?
ケニー最高じゃね?
May 17
これらを見て笑い死にそうになっているところ、俺はふと、あの女友達のことを思い出した。
彼女の名は、ラサ。
化石と土器の区別さえつかない猛者である。
おまけに21年間ずっと、月と太陽を同じ星だと思い続けてきた。
過去、数回に渡って日記に書いたことがある内容ではあるけれど、今回はラサ嬢の総集編をお届けしようと思う。
出題は電話によって行われた。
もしもし?
なあ、ラサ。
突然ですが問題です。
世界五大大陸を全て言ってみてくれない?
「大陸? あー、ドロンズ!」
ドロンズは大陸じゃない。
大陸を横断した芸人だ。
「じゃあうんと、地中海!」
地面すら無い。
「ってゆうか、大陸渡って来なかったっけ?」
何がだ。
「恐竜」
いつの話だ。
「ってゆうかさ、そんなの解るわけないじゃないですか。あたしにそういうことを求めないでください」
なんで怒ると敬語?
じゃあ、次の問題ね。
人類初の宇宙飛行士が、宇宙で初めて地球を目撃しました。
そのときに発せられた言葉は名言として残っています。
さて、彼は何と言ったでしょうか?
※答え・「地球は青かった」
それではラサさん、回答をお願いします。
「うんとね、地球を見たときでしょ?『鳥になりたい』」
宇宙まで来ておいて、それ以上どこまで飛び上がりたいのだ。
「地球は丸かった?」
そんな基礎知識もなしに宇宙飛行士になった奴がいたの!?
「ってゆうかさあ、めさちゃん。朝日と太陽と夕日って、同じ星?」
お前の星がどこだ。
もういい。
次ね。
イエス・キリストと聖徳太子の共通点は、何でしょうか?
※答え・「馬小屋で産まれた」
さあ、ラサさん、どうぞ。
「キリストと聖徳太子の共通点~? 天下を取った?」
偉人のキャラを勝手に変えるな。
「え~? じゃあ、2人とも、裸」
脱がすな。
何かしら普段着てる。
ヒントは、産まれたときの状況がね、2人とも一緒なんだよ。
「解った! 産まれたとき、裸!」
そんなの一般人だって裸だ。
「2人とも、想像妊娠で産まれた!」
想像妊娠の時点で産まれない。
そういうんじゃなくって、産まれたときの場所が一緒なの!
「橋の下?」
捨てられてどうする。
もういいや。
次にいこう。
問題。
聖徳太子の特技は、何でしょうか?
※答え・10人の話を同時に聞き取る。
真面目に考えるんですよ。
さあ、どうぞ。
「手がいっぱいある?」
それは千手観音だ。
「だって似てない?」
気持ちは解る。
けど、それってもし当たってたとしても、「手がいっぱいある」は特技じゃなくて、特徴じゃないか?
「じゃあ、モノマネ」
聖徳太子の特技が?
彼が一体、誰のマネを?
「鳥」
お前は本当に鳥が大好きなんだな。
でも、そんな偉人、俺は嫌だ。
仕方ない。
ヒントを出すよ。
聖徳太子は、大勢の人から相談をめっちゃ受ける人なのよ。
そんな状況で役立つスキルですよ。
「自分のそっくりさんがたくさんいる?」
モノマネから離れるんだラサ。
「解った! 兄弟がいっぱいいるんだ!」
子作りだったらそれはご両親の特技だろ。
「知らないもん! もう、あたしが問題出す!」
復讐か。
ようし、受けて立ってやろうじゃないか。
さあ、来い!
「うんとね、ADDとは何でしょうか? もしくはADHD」
もしくはって何だ。
なんで2つも言うのだ。
ADDと、あと何だって?
「ADDとね、ADHD」
世界初のカメラ付きケータイ?
「ぶー! 違います。ちなみに、ADDより、ADHDのほうが強いっていうか、意味が濃いっていうか…」
ふうん。
じゃあアレだ。
ADDがアジアで流行った伝染病。
ADHDが、もっと流行った伝染病。
「違います」
じゃあ、マンションの間取り?
「間取り!? じゃあAって何の略?」
ある程度広い。
「ならDDは? …あ! どこでもドア!」
む…!
確かにDDだ!
お前ホントは頭いいな!
続けると、「ある程度広いどこでもドア」か。
便利そうだけど、あまり間取りっぽくないな。
ちなみにADHDっていうのは?
「ある程度広い、どこでもハッキングドア」
部屋から出なくても良さそうな感じだな。
パソコン周辺機器、何もかも揃ってそう。
その部屋の住人、少しも日焼けしてなさそう。
で、実際の答えは?
「うん…。えっと…、脳の障害の、一種っていうか…」
今なんで明らかにテンション下がった?
実はお前がよく解ってないだろ。
「解るもん! えっと、前頭葉が発達し過ぎて、日常生活での集中力が落ち? 1つのことに集中しにくく…」
何を読んでいる。
「もういいや。次は、ことわざの問題です」
ああそうですか。
「これから言う、ことわざの意味を答えてください」
よかろう。
どんと来るが良い。
「でもね? あたし、そのことわざを知らないのね? だから言えないの」
何!?
じゃあ、どうすれば…?
「わかんない!」
堂々と返されたか俺。
いやしかし、お前がどんな問題を出すのかを当てるっていう斬新な問題が発生するとはな。
ちなみに、どう出題するつもりだったんだ?
「あのね? 壁、床、天井、防犯装置」
壁に耳あり障子に目あり。
「凄いね、めさちゃん! 正解!」
元はそういう問題じゃなかったのに。
「じゃあ次ね」
そうですか。
「新撰組の隊服は、何色でしょうか?」
黒じゃなかったっけ?
「あ、それもあるかも知れないけど、もう1つあるの」
そうなんだ?
じゃあ、紺色。
「ぶー」
藍色?
「ぶー」
違うんだ?
でもさ、黒に近い青なんじゃないの?
「そうだよ?」
なら紺色とか藍色で当ってるじゃないか。
「違います」
どういうことだ。
黒っぽい青なんでしょ?
「そう」
じゃあミッドナイトブルー。
「違います」
なら、コバルトブルー!
「ぶー」
マリッジブルー!
「ぶー!」
突っ込めよ!
もう紫!
「ぶぶー!」
人の話は否定から入っちゃいけませんって、いつも言ってるでしょ!
じゃあ答えは何!
「えっとね、浅葱色(あさぎいろ)」
浅葱色って、どんな色だ?
聞いたことない。
何故か偶然、手元に広辞苑があるから調べてみる。
あった。
なあラサ?
浅黄色って、青と緑の中間みたいな色じゃないか。
「そうだよ?」
お前…!
俺がさっき「黒に近い青じゃないの?」って聞いた際、「そうだ」って言ったじゃないか!
なんでそんな適当なこと言うの!
「わかんない!」
怖い子…。
そんなラサも今は一児の母。
さぞかし笑いの絶えない平和な家庭を築いているに違いない。
知識はなくとも、人を笑わせられるお前はやっぱり天才だぜ。
September 25
気持ちとしては、体の倦怠感とは裏腹に「とうとうやっちゃった。大人の階段、登っちゃった」などと高揚している。
初体験は、18歳の頃だった。
相手は年上の、優しい雰囲気のお姉さんだ。
場所はというと、当時にしてはちょっぴり珍しいかもしれない。
通常ならベットの上で行なうのだろうが、俺は車の中で、した。
子供には決してできない行為。
初めてだった俺に対し、お姉さんが何かとリードしてくれる。
「横になって?」
「は、はい」
心の中で、「優しくしてください」とテレパシーを送った。
「もしかして、初めて?」
あまりに俺が切ない表情になっていたからだろう。
お姉さんに見抜かれてしまった。
「はい、実は初めてで…。ちょっと緊張してるみたいです…」
横になりつつ、不安げに応える。
正直、怖い気持ちもあった。
でも、愛がなければ出来ない行為だ。
そして、1人で行なえることでもない。
頑張るぞう。
大人になるぞう。
お姉さん、経験豊富と思われる貴女のテクニックで、あんまり痛くしないでください。
「最初はこれで…」
見ると、お姉さんは見たこともない器具を手にしている。
それを、どうするつもり…?
ひゃ…。
い、たい…。
お姉さん、それは、入れるところが違うんじゃ…?
若かったのだろう。
俺は挿入と同時に、出してしまっていた。
何をかって?
体液だ体液。
俺の液だっつうの。
訊くな。
「じゃあ、いよいよ本番ね」
と、お姉さん。
どうやら、今までのは本番じゃなかったらしい。
初めてだったから知らなかった。
ああッ!
もっと太いの持ってるう!
まさか、ソレも俺に使うんですかッ!?
そんな太いの入れられたら俺、壊れちゃう!
んッ!
…ああ、入ってしまった…。
だんだん大人になってゆく俺。
入れられちゃった瞬間は確かに傷みを感じていたけれど、すぐにそれは気にならなくなった。
ただ、あんなに太いのを入れられるとは思っていなかったので、その点では本当に面喰らった。
恐怖だ、あれは。
俺の体に、太いアレがガッツリ入ってる。
声が漏れそうになる。
でも、聞かれたら恥ずかしくって、意識して黙った。
目を閉じていたかった。
けど、好奇心が勝って、ずっと結合部分を眺めていた。
俺の体内からは、あの液体がドクドクと勢いよく出てゆく。
俺は源泉かっつうの。
うつろな目のまま、自分の体液に触ってみる。
当然ながら、それは暖かかった。
人肌の温度。
いっぱい、出しちゃった。
初めてだったからだろう。
シーツに少し、血が付いてしまっていた。
「お疲れ様」
お姉さんが手渡してくれたジュースが美味かった。
初めての相手が、この人でよかったなあ。
うっとりと、そんなことを思った。
あれから13年。
今となっては何度も経験を重ねているから、すっかり慣れっこである。
基本的に受け身だ。
何人もの女性に手数をかけさせ、出させていただいた。
気持ちいいことだったぜ?
って感じの、終った後の一服がたまらない。
そんな感じ。
未経験者の方は、恐れることなく、是非チャレンジしていただきたいと思う。
痛いのは最初だけだから、大丈夫。
終ったあとも、気分がよろしい。
以上、初めて献血をした時の様子でした。
大人になりました。