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夢見町の史

Let’s どんまい!

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March 12
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2007
September 18

「K美ちゃんの結婚式でさ、俺たちも演奏することになったから」
「何故それを2週間前に言うんだ」

 曲は決まっているので詞を書いてくれ。
 とも言われた。

 結婚するK美ちゃんというのは、スナックSの2代目ママのことだ。
 つまり、俺の以前の上司ということになる。

 思えばなかなか長い縁が、彼女とはある。



 散々飲んで
 朝日を眺めたり
 品の無いジョーク
 飛ばし合ったり
 恋愛の話で盛り上がったり
 柄になく夢をマジで語って泣いたり



 K美ちゃん自身、バンドを組んで長いので、式場は彼女が慣れ親しんだライブハウスだ。
 関内のCLUB24。
 メジャーデビューしているアーティストがちょくちょく出入りしているような会場のステージに、まさか自分たちが立つことになるとは思わなかった。

 まともにバンド活動してない俺が、なんでCLUB24なのよ。

 俺の中で「ひゃっほう! 初ライブハウス!」っていう浮かれと、「マジで!? 初ライブハウス!?」っていう戸惑いが戦い始めた。

 そもそも練習時間がない。
 死刑宣告に近い電話をいきなりくださったギターの彼と、ベースの彼と、俺。
 3人とも忙しいだろうし、それぞれ職場が違うから、音合わせ1つにしても会うのは難しそうだ。

 演奏予定の曲は2曲だけだそうだが、うち1曲は大急ぎで作詞して、空で唄えるように覚えなきゃならない。
 最低でも1ヶ月は欲しい。

 だけれども、俺は電話口に了承の意を伝えてしまっていた。

 他ならないK美ちゃんの結婚式だからだ。



 あれからどれくらい経っただろう
 あなたは美しいままで
 世界を愛しながら
 夢を信じながら
 差し伸べられた彼の手を握り締めた



 音源は、すぐにギターの彼が持ってきてくれた。
 しかし俺は忙しく、結局3日間は別のことから手が離せないままだった。

 結婚式まで、あと10日。
 最初にやる曲は、以前に何度も演奏したことがあるので問題はない。
 ところが2曲目はというと、歌詞もアレンジもまるで決まっていないのである。

 どうしよう。

「もしもし、めさ君? 詩、出来上がった?」
「忙しくってまだ! 今から書く! 今夜中に完成させる!」

 電話を切り、お祝いの気持ちを精一杯込めて、パソコンに向う。
 式ではおそらく、もっと深く、もっと多くの祝福で溢れかえるに違いない。



 おめでとう
 今日は新しい愛のバースデイ
 あなたたち2人なら
 これからくる人生のトラブルなんてぶっ飛ばせる
 2人が包まれる
 たくさんの笑顔に



 新郎新婦の姿、性格、雰囲気を思い浮かべる。



 あなたたちが人から愛されるのは
 あなたたちこそが人を愛しているから
 ありがとう
 2人が出逢ってくれて
 ありがとう
 2人、元気でいてくれて



 それにしても、独身仲間が、また1人減ってしまうのか。
 めでたいんだけど、なんかアレだな。
 ま、いいけどさ。
 とっとと先に進んだらいいさ。

 なんて正直なことも考えた。



 そりゃちょっとぐらいなら寂しいとか
 切ない気分もあるけれど
 もっと確かな気持ちは
 揺るがない気分は
 嬉しくて
 僕らこそが幸せで



 なんだかんだで、歌詞は夜中になってやっと完成した。
 バンドメンバーに詩をメールして、床につく。

 眠い時に書いた詩だから、なんか心配である。
 
 翌日になって読み返してみたり、口ずさんでみたり。

 自分贔屓かもしれないけど、悪くないように思えた。

 歌はこれでいこう。
 変更はなしだ。
 2人の門出に、これを唄おう。



 新しい幸せ作りの旅が今始まる
 たくさん出来上がるでしょう
 寒い夜
 冷たい風
 余裕で乗り越えて
 無敵の2人でありますように



 結婚式当日。

 その日になって初めて、自分たちのバンド名を無理矢理につけることになる。
 グループ名がないと、司会の人が俺たちの呼び名に困っちゃうからだ。

「いきなり無茶な段取りを強いられたから、バンド名は『無茶振り』でいいんじゃない?」
「じゃあそれで!」

 なんとも微妙なネーミングセンスである。

 ローマ字で「MUTYABURI」なのか、カタカナで「ムチャブリ」なのか全く不明だが、そこが気になる人はいないだろう。
 俺たちも特に決めてない。

 初ステージという緊張感。
 早く唄いたくてたまらないという乗り気。
 なんだかそわそわしながら、舞台に立つ。

 演奏が始まる。
 どきどきしつつも、マイクに向って祝いの心を込める。



 おめでとう
 今日は新しい愛のバースデイ
 あなたたち2人なら
 これからくる人生のトラブルなんてぶっ飛ばせる
 2人が包まれる
 たくさんの笑顔に



 唄っていて、最高に気持ちがよかった。
 音楽をやっている人の気持ちを、さらに知れたような心地だ。

 2曲とも、どうにか無事に終ることができて、俺はもう1度だけマイクを口元にやる。

「おめでとう」

 客席から「ありがとー!」と、聞き慣れた元気な声がした。

拍手[4回]

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2007
June 04

 うむ、今日も盗まれていないな。
 よかった。
 この仕事後のお弁当がささやかな楽しみでね。
 というわけで、頂きますよーっと。

 弁当を喰えるって、本当に幸せなことだ。
 いやね、たまに弁当が盗まれる時があるんだよ。
 犯人は解ってる。
 間違いなくトメの仕業だ。

 そう。
 あの不良社員のトメ。
 奴とは中学からの腐れ縁なんだ。

 トメの野郎、思い出しただけで眼球を触ってやりたくなるぜ。

 ある日ね?
 俺は夜食用にチキンカツ弁当を注文していたんだよ。
 仕事が終って、いそいそと弁当の蓋を開けるだろ?
 そしたらさ、明らかにカツが小さいんだ。
 正式名称はビッグチキンカツなのに、あんまりビッグじゃないの。

 真ん中の、1番でかいパーツだけ喰われていたんだ。
 空いたスペースは、両サイドのカツを寄せることで埋められていた。
 まるで「最初からこのサイズのカツですよ」といわんばかりだった。

 なんだその芸の細かい浅はかな工夫は!
 バレバレなんだよ!
 しかもあの野郎!
 申し訳ない気持ちからなのか、他の弁当から竹の子を盗んで、カツの代わりに俺の弁当に入れやがって!
 俺は竹の子が苦手なんだよ!

 あ、すまん。
 取り乱しちまった。

 でもさ、トメに弁当を盗まれたのって、これだけじゃないんだよ。
 高2の時かな?
 昼飯にしようと思ってカバンから弁当を出したら、やたら弁当箱が軽くってさ。
 慌てて蓋を開けてみたら、案の定中身が空っぽになってて、紙切れが1枚だけ入ってたんだ。
 なんて書いてあったと思う?

「ごちそうさま。ルパン3世」

 どこの世界にルパンに弁当盗まれる高校生がいるんだよ!

「あああーッ! ルパンに弁当盗まれたー!」

 思わず現実離れした悲鳴が出たっつうの!

「おのれェい! ルパーン!」

 ちょっと銭型チックに怒鳴りながら、トメの教室に駆けつけてさ、問い質したんだ。

「テメー、ルパンだろ!」

 どんな言いがかり?
 そんな目を周りからされたよ。

「トメお前、俺の弁当喰っただろ!」
「俺じゃねえよ~」
「あの書き置きはどう考えてもお前っぽい発想だろうが! 筆跡鑑定するからこれに『ごちそうさま。ルパン3世』って書いてみろ!」
「んあ? いいぜ~」
「いや、やっぱいい。どうせ筆跡を変えて書くんだろ? 他の手でお前がルパンだって証明するからいい」
「いや、書くって~」
「いいよ、時間の無駄だ」
「いいから書かせろよ~」

 俺、何度も「書かなくていい」って言ったんだぜ?
 でもトメがどうしても書くって言って聞かないから、筆記用具を渡したんだ。

「ほら、書いたぜ? これで誰が犯人か判るだろ~?」
「ルパンが残したメモと全く同じ字なんですけど」
「な?」
「なにが『な?』だ! やっぱりテメーがルパンなんじゃねえか!」

 なんでトメ、あんなに強引に筆跡鑑定を受けたんだろう。
 やらなきゃいいのに。

 とにかく、そういったことがあったからさ、俺にとって弁当ってすっごく貴重な物なんだよ。
 盗まれただけでなく、強引に奪われたこともあったから。

 どうした?
 肩、震えてるよ?
 そうか。
 俺のために泣いてくれているのか。

 なあに、人にはそれぞれ、暗い過去の1つや2つあるものさ。

 でも、ごめんな?
 重い話、しちまって。
 でもたまには、こういった俺の陰の部分も見てもらいたく、え?
 違うって何がだ。

拍手[3回]

2007
March 30

 空手道初段。
 なかなかカッコイイ響きだ。
 しかし、それがきっかけになって、恐ろしく恥ずかしいあだ名が俺についた。

「めさー! みんながさあ、めさが空手の段を取ったお祝いに、飲み会やろうって言ってんだけど」

 友人の進言は、俺をとても嬉しい気分にさせた。
 もう時効なので書くが、当時の俺は高校生だったにも関わらず、お酒が大好きだったからだ。

 飲み会当日になると、友人が住む団地の屋上には、既に空手道部員や他の運動部員の皆が集まってくれている。

「ごめん、お待たせー! さあ飲むぞー!」
「ああ、めさ! 待ってたよ! お! ダンディなシャツ着てんじゃん!」

 俺はこの時、古い地図の絵がプリントされている大人びたシャツを着用していた。

「あ、ホントだー。ダンディー!(シャツが)」
「ダンディですう!(シャツが)」

 後輩の女の子達も、少しホロ酔い口調で俺(のシャツ)を絶賛してくれる。

 ぶっちゃけ、いい気分だ。
 シャツのこととはいえ、ダンディだなんて言われたのは生まれて初めてで、ちょっぴり浮かれる。
 皆のお祝いをありがたく頂戴し、この日は楽しく、大いに飲んだ。

 数日後。
 後輩の女子達がいつものように、学校で挨拶をしてくれる。

「ダンディせんぱーい! おはようございまーす!」
「おはようございます、ダンディ先輩!」

 俺の笑顔が一瞬にして凍りつく。

 ダンディ先輩と聞こえた。
 誰だそれは。
 そんな変な先輩、ドコにもいねえ。

 ところが後輩達は、しっかりと俺の目を見ていらっしゃる。
 どうやら今が、ダンディ先輩誕生の瞬間らしい。

 俺の風貌、どこもダンディじゃないのに。
 どんな角度から眺めても、絶対にダンディには見えないはずなのに。

 色んな意味で新しいこのニックネームはつまり、俺を非常に困らせた。

(ダンディって、シャツのことじゃなかったのー!? 俺なのー!?)

 このあだ名、恥ずかしいなんてレベルじゃない。
 だって、ただの俺なのにダンディだもの。
 例えるなら、日本猿を陛下と呼ぶようなものだ。
 とにかく、すっごく寒くて痛い。
 だいたい、知らない人がこのあだ名を聞いたら、俺は反感を買うんじゃないだろうか。
 自称してるわけじゃないのに「どこがダンディだこの野郎」と、何故かムカつかれるに違いない。
 もしくは痛い子だと思われる。

 そんな困惑をよそに、女子達の目はマジだ。

「ダンディ先輩ってのもナンだからさー、『ダンディめさ』って呼ぼうよ!」
「あ! それいい!」

 どうして反対意見が出ないのか。
 だいたい「ダンディめさ」なんて誰かに聞かれたら、インチキな日系人を連想されるに違いない。
 もしくは、勝てなさそうなボクサーのリングネーム第1位。
 この夢見る少女達に言わなくちゃ。
 痛々しいニックネームだから封印してって頼まなくっちゃ。

「あ、あのさあ…」
「ね!? いいですよね、『ダンディめさ』って呼んでも!」
「え!? ああ、いい、ンじゃないかな…」

 自分の意思の弱さを呪った。
 後輩達の嬉しそうな目の輝きを、俺はどうしても奪う事が出来なかったのさ。
 と、自分に言い聞かせておく。

 こうして俺は、嫌なんだけど、一部の女の子から「ダンディめさ」と呼ばれるようになってしまった。
 月日が流れると、いつの間にか「ダンディめさ」は省略されて「ダンディ」となり、完全なあだ名として定着することになる。
 どうして俺は自殺を考えなかったのだろう。

 しかし、慣れとは怖いものだ。
 こんな赤面もののあだ名でも呼ばれていくうちに、俺の中でも習慣になってしまい、半年も経てば何とも思わなくなる。
 いつしか後輩達もだんだんと敬語を使わなくなり、友達と交わすような親しさで、朝の挨拶をしてくれるようになっていた。

「ダンディ、おはよー!」
「おー、おはよう」

 ホント慣れって怖い。

 当初は俺がダンディと呼ばれている瞬間を、クラスメートや男子生徒に見られないように気を張ってもいたのだけれど、だんだんとそんな気遣いもなくなっていった。

 そんなある日の昇降口。
 悪友と共に、靴を履き替える。
 そこに後輩が通りかかり、いつものように声をかけてくれた。

「ダンディー! おはよー!」
「おー! おはよー!」

 タタタッと駆け足で後輩がどっかに行くまで、友人は何故か無言のままだ。

「さて、行こうか」

 促すと、彼は真顔になっていて、俺の顔をめっちゃ見ている。

「お前さ、ダンディって呼ばれてんの?」
「あ」

 しまった、聞かれた!
 一瞬にして顔が青ざめる。
 悪友に不自然極まりないあだ名を、とっても自然に聞かれちゃった…!

 焦った俺は、大慌てでフォローを入れにかかる。

「いやコレは…! 違うんだよ、あの子達が勝手にさ…! な!? 俺は嫌だったんだけどさ! 仕方なかったんだ!」

 浮気がバレた亭主か俺は。

「シャツがダンディなのに半年すると慣れてしまうから!」

 明かに回想シーン編集を失敗している。

「だからダンディじゃないのにダンディでさ! 解るだろ!?」
「何もかも解らねえ。要するにお前、ダンディって呼ばれてんだよな?」
「いやあ、地図の柄の段取った時に、空手のシャツが…」
「みんなに言ってこよっ!」

 急に走り出そうとしやがった悪友の腕を咄嗟に掴み、俺は「待てよ!」と声を荒げる。
 彼は振り向き様に、大きな声を通した。

「離せよダンディ!」

 ちなみにアクセントは、しっかりと「ダンディ」の部分に置かれていた。

 反射的に手を離す俺。
 走り出す悪友。
 追っかける俺。

 あの野郎!
 一体誰に話しやがるつもりだ!

 気が気じゃなかった。

 昼休みになると、空手のライバルが俺の教室まで遊びにくる。

「おう、ダンディ!」

 やたら発音の良い、でっかい声だった。
 奴の後ろには、先ほど昇降口で一緒だった悪友の姿も見える。
 どこからどう情報が流れたのか、一目瞭然だ。

「お前まで! いいから黙ってろよ!」

 必死の訴えはしかし、2人によって簡単にシカトされる。

「なあ、6組に行こうぜ。あそこにも空手部の連中いるし」
「あ~、そうだなあ。じゃ、行くかあ」
「行くなあ!」

 2人の腕を強く掴む。
 すると、

「離せよダンディ!」
「うるせえよダンディ!」
「痛えよダンディ!」
「ムキになるなよダンディ!」

 のぉーい!
 素晴らしく息の合ったコンビネーションで交互にダンディって言うなあ!

 クラスのみんなが不審な目でこっちを見ている。
 ダンディな要素なんて少しもないダンディが見られてる。

「大声出すなよダンディ!」
「うるせえよダンディ!」
「ダンディダンディうるせえのはテメーらだ! 言わないでお願い!」
「知るかよダンディ!」

 教室で大騒ぎする3名は、全員がダンディダンディとカバティのように叫び続けた。

 これに慣れるのに、もう半年ほどかかりそうだ。

拍手[6回]

2007
March 28

 ついたあだ名は、「死ねおばさん」 
 彼女のことを知ったのは、俺が中学に入るより少し前のことだ。
 近所では既に有名になっているらしい。

 彼女は道行く通りすがりに対して、「お前を殺す」だとか「お前は死ぬ」などといった死の宣告を一方的にして、どっかに行ってしまうのだという。
 恐ろしいことこの上ない通行人である。
 一体彼女にどんな過去があったんだか。

 身内では、最初に弟が、この「死ねおばさん」の犠牲になった。
 まだ小学生だった弟が、急ぎ足で台所に駆け込み、何がしたいのだろう。
 必死の形相で、自分の頭に塩を振っている。
 食材ごっこでも開発したのだろうか。

「何してんの? お前」

 訊ねると、弟は不思議なことを言い出した。

「呪われたから、塩で清めてんだよ、あーにき~」

 どうしてジャイアン口調なのだ。
 あえてそこには突っ込まず、問う。

「呪われた? どういうこと?」
「すっげえ怖えーよー! 知らないおばさんにさあ、『お前はいつか死ぬ』って言われたんだよ、あ~にき~」

 お前はいつか死ぬ?
 当たり前である。
 人間なんだから。

「あっはっは! お前バーカじゃーん。呪われたって何だよ。あっはっは!」
「笑い事じゃないよう、あーにき~」
「あーははは! まだ塩振ってる~! 儀式みたい! ひー!」

 自らの頭部に、一生懸命になって塩を振っている弟の様子が可笑しくて、俺の高笑いは止まらなかった。
 塩分の意味が解らん。

 月日は流れ、俺は中学2年生になった。
 親に無理矢理通わされていた塾をサボり、公園で時間を潰し、頃合いを見計らって、家路を行く。
 夜の裏道は怖い。
 俺は自転車を必要以上に飛ばし、スピードを上げた。

 前を歩いていたパーマのおばさんを追い越す。
 その瞬間、中年女性の声が耳に入った。

「おま…、…ぬぞ」
「ふえ?」

 立ち漕ぎ姿勢のままで振り向く。
 どこにでもいる普通のおばちゃんが、確かに言った。

「お前は死ぬぞ」

 超怖かった。
 見た目は普通のおばちゃんなのに声が低くて、ドスが利いていらっしゃった。
 それで自然な口調でデスですか。
 トラウマ決定だ。

 当時の俺は素晴らしく強気で、「俺がかよ!」とツッコミにも似た荒い怒声を声高に発し、もの凄い頑張ってチャリを加速すると、泣きそうになりながらしゃかしゃかと逃げた。
 マジで怖かったのだ。
 呪い殺されるかと思った。

 大急ぎで帰宅すると、俺は自宅の台所に明かりを点け、弟に内緒で頭に塩をかけた。

 死ねおばさんと最後に遭遇したのは、末っ子の妹だ。
 当時の妹は、まだ幼稚園を上がって間もなかった。

 妹は、昼に死の宣告を受けたのだそうだ。

「お前、死ぬぞ」

 これに対し妹は、兄貴達を軽く乗り越えるリアクションを見せる。

「お前が死ね、バーカ!」

 もう、凄いとしか言いようがない。
 2人の駄目兄貴は飛ぶようにして逃げ帰ったのに、まさかそこで綺麗に言い返してしまうとは恐れ入る。

 長男の威厳も忘れ、俺は妹に尊敬の眼差しを向けた。

「凄いな、お前! そしたら死ねおばさん、どうした!?」
「うんとね、すっごい怒った! ヘチマを振り回しながら走って追ってきたもん! 何度かヘチマでぶたれた!」

 なんでそんな微妙な物を武器に?

 普段から人に言っていることをそのまま返されただけなのに、死ねおばさんはめっちゃキレたらしい。
 妙に柔らかい武器をぶんぶんと振り回し、妹を追いかけた。

「キシャアアアア!」

 さすがの妹も泣き叫び、小学生の限界を超越した走りを見せる。

「うわあああああん!」

 どっちも日本語を喋れていない。

「それでそれで? どうやって逃げきったの?」
「コンビニに入って、かくまってもらった」
「マジかー。大変だったなー」
「うん。もうマジで怖かった! ありゃ塩を被りたくもなるよ」

 だったら「死ね」とか「バカ」とか言い返さなきゃいいじゃない。

 それにしても良かった。
 死ねおばさんは出現率こそ高いものの、死亡率は低いようだ。
 みんな生きてる。
 どうやら塩が利いたらしい。

拍手[3回]

2007
March 09

「あの日記にはね、実は続きがあるんだ」

 このメンバーなら否定されることもないだろう。
 仲間達に、ちょっとした裏話を披露する。

「ただ、この話にはね、事実だっていう証拠がないんだ。『めさの気のせいだ』って言われてもおかしくないのね? だから俺、この話は滅多にしないんだよ」

 勿体振るつもりはなかったが、俺は付け加えた。

「この話を否定されても、俺は大丈夫なんだけど、信じてもらえないと、ある大事な人が傷ついちゃうのね。それでなかなか話さないんだ」

 仲間達はすると、「それでも聞かせてほしいです」と言ってくれた。

「じゃあ、ちょっと長くなるけど」

 前置きを入れ、俺は今年の母の日を振り返る。
 旧サイトの日記に、俺はこのように書いていた。
 タイトルは、私信「今回の夜景も最高だったべ?」



 俺は映画「ゴースト」の主題曲を口ずさんだ。

 雑貨屋でオモチャも買って、勇ましく電車に乗り込む。
 港の見える丘公園はカップルが多くて目の毒だったけど、夜景が綺麗だった。
 恰好つけることに慣れていないから、キザな演出は失敗してしまったけれど、カーネーションとオモチャを喜んでもらうことには成功した。

 あの晩にランドマークタワーを訪れてから、丁度4年が経過している。 

 風邪薬の代わりに酒を飲んで、もう帰ろうかという時に、有線が曲目を変えなかったら、ここは普段通りの馬鹿日記だ。 

 日付けが変わって14日になり、しばらくしてからだった。
 マスターが席を外したわずかな間に、アンチェンド・メロディが流れた。
 聴いて、今日は母の日なのだと気がつく。
 運命めいた縁に感じられ、すぐにカーネーションを買った。 

 N美さん、4年振り。
 いつの間にか、俺のほうが年上になっちゃったね。
 母の日にカーネーションなんて初めてだべ?
 とびっきりのポイントまで届けるよ。 

 未来ちゃん、元気か?
 俺や、俺の仲間達は、今でも全員が君の幸せを願っている。
 これからも、絶対に忘れないよ。 

 2人とも、今日は久々だぜ。
 恰好良くスーツを着込んで、思いっきりキザに、花を届ける名付けの親の勇姿を見よ。

 雑貨屋でオモチャも買って、勇ましく電車に乗り込む。
 港の見える丘公園はカップルが多くて目の毒だったけど、夜景が綺麗だった。
 恰好つけることに慣れていないから、キザな演出は失敗してしまったけれど、カーネーションとオモチャを喜んでもらうことには成功した。

 俺は映画「ゴースト」の主題曲を口ずさんだ。 

「未来とその母に捧ぐ」参照)



 続きというのは、この翌日のことだ。
 2006年5月15日、月曜日だった。

 会社で俺は、後輩に自転車をロックされてしまっていた。
 自分の自転車の鍵を失くしているから、俺は普段、チェーンだけでロックしている。
 だから本来の鍵をかけられてしまうと、鍵をこじ開けるか、壊すかしなければならない。

「なんでチャリの移動を頼んだだけなのに、わざわざロックしちゃうわけ!? どんな効果を期待したんだよ! これじゃ俺、チャリに乗れないじゃん! ばーかじゃーん!」

 叱ると後輩は、「さあ」と首を傾げただけだった。
 あっちからこっちにチャリを手で持って移動させただけなのに、どうして鍵をかけてしまったのか、我ながらサッパリです。
 彼はそんな表情を浮かべていた。

「しょうがないなあ。今日は俺、電車で帰るよ。チャリの鍵は、明日にでも壊すか」

 いつもは、そこまでおバカさんな行動を取らない後輩だっただけに、不可解ではあった。

 会社から駅まで、徒歩だと20分ほどかかるだろうか。
 春が過ぎ、初夏を控えた時期だったから、寒くも暑くもない陽気だ。
 晴れているらしかったが、夜なので判らない。

 ふと、気配を感じた。
 よく知っている気配だ。

「N美さんと未来ちゃんだ」

 直感で、すぐに判った。

「さては、後輩に鍵をかけさせたのは君達だな?」

 微笑みかけると、2人はイタズラがバレた子供のように、照れたように笑った。
 そんな気がした。

 本来、俺の霊感は眠っている。
 必要以上に感覚を開放してしまうと、いつでも霊が見える人になってしまいそうで、怖い。
 それで俺は無意識に第6感を眠らせているのだが、たまにどうしようもなく冴えてしまう時がある。

 昨日はカーネーションとオモチャを渡しに行った。
 2人の気配を感じたいと思っていたから、俺は自ら感覚を研ぎ澄ませてはいた。
 港の見える丘公園で、俺はN美さんと未来ちゃんの気配を、それで確かに感じ取った。
 今夜は、その余波のようなものなのだろうか。
 いや、俺が冴えているというよりも、2人が自分から気配を濃く放出しているような気もする。
 とにかく姿は見えないが、2人が今どこにいるのか、どんな顔をしているのか、俺には自然と察することができていた。

 では、わざわざ鍵をかけ、俺を歩かせる理由はなんだろう。

 そんな疑問が生じる。
 一緒に歩きたいだけなら、2人は俺に気づかれることなく、何も言わずに歩くと思ったからだ。
 それをしないということは、昨日のプレゼントをよほど喜んでもらえたのだろうか。

 まさか、いつものルートで帰ったとしたら、事故に遭っていたとか?
 いや、違うな。
 もしそうだとしたら、この2人だったら鍵だけかけて、あとは知らん顔するはずだ。
 だいたい、2人とも、今はなんだか嬉しそうな、はしゃいでいるような顔をしている。
 俺のピンチを救いに来たような表情とは、少し違うように思えた。

 じゃあ一体…。

 なんだろうなんだろうと、俺は歩きながらずっと考えを巡らせる。
 何か、それなりの理由があるはずだ。

 ふと、俺達3人の立ち位置が気になった。
 いつもとポジションが違う。
 昨日のように、俺の右隣に未来ちゃん、未来ちゃんの右にN美さんが歩いているのではなかった。

 今日は、俺が真ん中だ。

 すぐ右手にN美さんがいて、未来ちゃんは俺の左側ではしゃいでいる。
 以前赤ん坊だった未来ちゃんは、今はもう自由に駆け回るぐらいに大きくなっていた。

 昨日のオモチャは、ちゃんと受け取ってもらえたようだ。
 ヒモのついたアヒルが、未来ちゃんの後を追っていた。

 N美さんも未来ちゃんも「早く早く」と、どこか嬉しそうに俺を急かす。
 この態度からも、俺に危険が降りかかるわけではなさそうだな。
 気持ち早歩きになりながら、そんなことを思った。

 考え事も深まる。

 結局これは、どういうことなんだろう。
 チャリさえ使えれば、駅を利用するよりも早く帰宅できるのに。
 遅いルートを選ばせたのに、どうして急がせるのだろう。
 何か意味があるはずだ。

「あ」

 ふと、やっとのことで思いが至る。
 駅前の本屋だ。
 俺が電車で帰る時は、必ず駅前の大きな本屋に立ち寄る。
 ケータイを開いて時間を見ると、もうすぐ閉店の時刻だ。
 俺はさらに速く歩いた。

「何か俺にメッセージがあるんでしょ。俺に読んでほしい、お勧めの本があるんだ。そうでしょ?」

 問いかけると、2人はとびっきりの笑顔を見せてくれた。
 そんな気がした。

 駅前の本屋はなかなか広大で、俺は新刊のコーナーと、小説、マンガのコーナーしか把握していない。
 ここで心底驚いたのは、有線の曲目がアンチェンド・メロディだったことだ。
 これには、本当にびっくりした。
 曲は終了間際だったから、来るのがあと1分遅れていたら聴けなかったはずだ。
 同時に、2人の気配はやっぱり気のせいなんかじゃなかったと確信することができた。

 2人はやはり本屋に来てほしかったようで、俺は手を引かれるように入店していた。
 並べられた新刊を眺めながらも、2人に気を配る。
 どうやら、先にある本が目的のようで、俺を奥に導こうとしているようだ。
 ついでなので自分が読みたいコーナーも見て回る。
 小説もマンガもしかし、目指す1冊ではなかったらしい。
 気がつくと俺は本屋を一周し、出入り口まで戻ってしまっていた。

[あれえ、失敗失敗。もう1回」

 心の中でつぶやき、今度は雑念を捨て、案内されるがままに進むことにした。
 小説のコーナーを左に折れる。
 さっきまでは知らなかったが、そこは文房具の陳列棚だ。

 俺が買うべきなのは、本じゃないのか?
 でもまあ、さらに先にあった絵本のコーナーかも知れないし、進んでみるか。

 ところが2人は、そこで歩を止めてしまった。
 算数用の学習ノートなど、懐かしいデザインの冊子が並んでいる。
 振り返ると、月刊誌だ。

「これこれ!」

 N美さんが指差すような態度を取った。
 それでまた、俺はわけが解らなくなる。
 彼女は、間違いなくそこを指で示していた。
 見れば、育児や出産に関する雑誌が、平積みされている。

 これを俺にどうしろって言うんだ。
 出産などしないぞ俺は。
 させる予定も今のところ、ないし。

 N美さんも未来ちゃんもしかし、そんな俺の困惑を楽しんでいるかのような表情だ。

「めさに問題! これは果たして、どんな意味でしょーか!」
「どんないみでしょーか!」

 聞こえていたとしたら、そのようなセリフだったはずだ。
 2人とも、なぞなぞを出す子供のような無邪気さでにこにこしている。

 適当な1冊を手に取って、適当にページを開いてみた。
 アンケートのページが現れる。
 父親の意識を調査した結果が、そこには載っていた。

「子供と接するのは週にどれくらい?」
「どんな時に子供に注意する?」

 様々な円グラフが記載されていた。

「どんなメッセージでしょーか!」
「でしょーか!」

 2人は相変わらず楽しそうだ。
 こっちはさっぱり意味が解らない。

 帰宅して、俺はベットに横になった。
 雑誌は結局、買わずに帰った。
 メッセージの意味が重要なのであって、特別な言葉が載った1冊を探し出すわけではないのだと察したからだ。

「俺にいつか子供が出来る時は、未来ちゃんが生まれ変わってくれるとか、そういうことかな?」

 俺はずっとぶつぶつと悩んでいて、2人は「どうかなー」とでも言いたげに、やはり上機嫌だった。

「なんか近いけど、惜しいって感じかな」
「どうかなー?」
「ねー。どうかなー?」
「ううぬ」

 考えをまとめてみよう。
 そう思って、俺は目を閉じた。

 わざわざ自転車に鍵をかけ、急ぎ足で本屋に向かわせてまでして、俺に伝えたかったメッセージ。
 嬉しそうで挑戦的な2人の顔。
 俺を真ん中にして歩いた理由。
 本屋では俺、そこに育児や出産に関する雑誌があったってこと、初めて知ったっけ。
 開いたページはお父さんの…、

「ああー!」

 目を開き、つい大声を出す。
 起き上がって、2人がいる空間に顔を向けた。

 やっと解った!

「未来ちゃん!」

 確信したぞ。
 これが正解だろ!

「俺のことをお父さんだと思ってくれているのか!」

 2人はすると、満面の笑みを浮かべてくれた。

「正解!」
「当たりー!」

 耳には聞こえなかったが、パチパチと拍手をしてもらえた。
 そんな気がした。
 確かに、そんな気配を感じた。

「そうか! 俺がお父さんかー! そうかー! 未来! お父さんだぞー! お父さんですよー!」

 これが、あの日記の続きで、俺達にとっても記念すべき日のことだ。

「その話、日記には書かないんですか?」

 仲間の質問に応える。

「いやほら、最初にも言ったけど、この話って客観的に見てさ、事実だっていう証拠がないんだよ。霊的なものを全否定しちゃう方も大勢いらっしゃるだろうし、もしそうされたら、傷つくのは未来ちゃんなわけで。だから今のとこ、書こうって思ってないんだよね」
「でも、書いたらどうですか?」
「そうですよ。父親宣言になるじゃないですか」

 父親宣言、か。
 それは確かにしたい。

「書きましょうよ。子供の日とかに」

 言われてみれば、子供にそれぐらいのことはしてやりたいなあ。
 でも、子供の日かあ。

 俺は腕を組んだ。

 どうもしっくりこない。
 俺が子供の頃、子供の日にわくわくしなかったからかも知れない。

「ねえ、あのさ、書くとしたらさあ」

 せっかくだから、相談に乗ってもらおう。

「この話を書くのって、子供の日とクリスマスだったら、どっちがいいと思う?」
「めささんの好きなほうでいいんじゃないですか? 未来ちゃんも、それが嬉しいと思いますよ」
「そっかー。そうだよね。じゃあ俺、クリスマスに書くよ」

 言葉にすると、改めてその判断は正しいように思えた。

 未来に、クリスマスプレゼントをしよう。
 まだ漢字は読めないかも知れないけども、そこはN美さんが伝えてくれるだろう。

 というわけだ、未来。
 これがパパからのクリスマスプレゼントです。
 これからもパパは、ずっと未来のパパですよ。

 2006年12月。
 父親が1日だけサンタクロースになれる日に、愛する我が子に、さらなる愛を込めて。
 メリークリスマス。

 

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プロフィール
HN:
めさ
年齢:
49
性別:
男性
誕生日:
1976/01/11
職業:
悪魔
趣味:
アウトドア、料理、格闘技、文章作成、旅行。
自己紹介:
 画像は、自室の天井に設置されたコタツだ。
 友人よ。
 なんで人の留守中に忍び込んで、コタツの熱くなる部分だけを天井に設置して帰るの?

 俺様は悪魔だ。
 ニコニコ動画などに色んな動画を上げてるぜ。

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 ざまを見よ!
 本当にごめんなさい。
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