夢見町の史
Let’s どんまい!
July 12
まるで金切り声のような大音量だった。
車輪とレールが派手に火花を散らせる。
外は風もなく、青空には真っ白な雲たちがたたずんでいてその場を動こうとしない。
夏特有の強い日差しが、今日も猛暑を予感させている。
地元の町に向かい、浅野大地は紙袋を片手に電車に揺られていた。
強めに効いている車内のクーラーは彼の汗ばんだ黒のTシャツを乾かせている。
車両は、空席がないが満員でもないといった程度に込み合っていて、吊り革に掴まる乗客たちはそれぞれ互いに距離を取っていた。
浅野大地にも席はない。
やむを得ず立っている客の1人だったが、自分はまだ22だからと、そんな境遇にさしたる不満を感じなかった。
青年の横には20代後半ぐらいだろうか?
薄く赤味がかったアロハシャツを着、頭には古風にもパンチパーマを当てている、お世辞にも柄が良いとはいえない体格の良い男がやはり紙袋を手にし、浅野大地と同じく窓の外を見るともなく眺めている。
浅野大地もチンピラのような男も、互いが持つ紙袋が同一の物であることに気づいてはいない。
前触れなく、電車が急ブレーキをかける。
断末魔のような高い音と同時に、乗客たちは電車の進行方向に向かって放り出された。
思わず悲鳴を上げる者もいて、乗客の誰もが大事故を連想して恐怖したことだろう。
ただの一時的な急ブレーキであることを客たちは知らないからだ。
立っていたチンピラ風の男も吹っ飛び、車両と車両を繋ぐドアに叩きつけられる。
そこに覆いかぶさるように、浅野大地の細身の体が男に激突した。
「ってえなコラァ!」
反射的に柄の悪い男が声を上げる。
どう考えても不可抗力なのだが、浅野大地は「すみません」と手短に謝った。
急な停車を試みた電車に一体何があったのか、車両は止まりはせずにゆるゆると速度を上げ始めている。
どうやら大袈裟な事故には至らなかったようだ。
バランスを崩した乗客たちはズボンの埃を払いながら、再び元の位置へと戻っていく。
突然の急ブレーキを詫びる内容のアナウンスが車内に流れた。
柄の悪い男が小さく舌打ちをし、浅野大地はそれを聞いていない振りをした。
どちらも、互いの紙袋が入れ替わってしまったことに気がついていない。
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本名不明、年齢不詳、常連客たちは彼を「謎のマスター」と称している。
古びた木造の店内。
細かな傷のついたカウンターもテーブルも、こだわりの樫の木製だ。
少しばかり高めの天井にはファンがゆるやかに回っており、洋酒のロゴで縁取られた鏡や外国の古いポスターたちが壁を飾っている。
「ルーズ・ボーイ」というアバウトなネーミングがされたアメリカ調のバーは、今日も暇だ。
炎天下の中、誰か涼みに来ないものかと、マスターは1人カウンターに立ち、客を待っている。
ここのところ、昼のランチタイムも、酒盛りをすべき夜も、あまり景気の良い展開にはなっていない。
マスターは一杯になった自分の灰皿を持ち上げ、その中身を捨てた。
「こんちはー!」
出入り口からカランカランと音がして、見慣れた青年が入ってきた。
「おお、大地君。いらっしゃい」
マスターが水と使い捨てのおしぼりをカウンターにセットする。
「ランチタイムのときに来るなんて珍しいじゃない」
挨拶をすると、浅野大地はどこか照れたように「えへへ」と笑う。
「いや実はね、今日ちょっと友達とホラー映画見に行ってて」
常連客の言葉に、マスターは目を丸くした。
「ホラー? 大地君、そういうの怖くて見られないんじゃなかったっけ?」
「いやね? 友達が強引で断れなくってさあ。どうしても見に行かなきゃいけないって話になっちゃったから、泣く泣く」
「で、どうだった? 怖かった?」
「それが」
浅野大地はグラスの水に少し口をつけ、続ける。
「映画館まで行ったんだけど、見る予定だった映画がね、やってなかったんですよ」
「へえ、そりゃ残念だ」
「残念どころか、大助かりですよ。結局怖い思いしないで、帰ってこれた」
浅野大地はそこで、持参の紙袋を胸元まで持ち上げる。
彼は家から、抱き締めるために枕を用意していたのである。
映画館の暗闇の中、恐怖を紛らわせるための抱き枕だ。
これがないとホラー映画なんて、とてもじゃないが見ることができなかった。
成人しておきながら抱き枕を持参するだなんて、他者から見れば臆病すぎて恥ずかしいことだと、浅野大地は思う。
いっそ、それを笑い話してしまおうと青年はルーズ・ボーイを訪れたのだ。
「マスター、見てよ」
電車の中で紙袋が入れ違っているなどと思ってもいない浅野大地は、マスターに紙袋を渡す。
「俺、怖さを誤魔化すためのアイテムまで用意してたのに、映画やってないんだもんなあ」
「その怖さを誤魔化すアイテムってのが、これ?」
「うん、そう。こんなの用意しちゃった。俺、恥ずかしくない? まあ見てくださいよ」
言われるがままマスターがその中を覗き込むと、彼は大きく目を見開いた。
紙袋の中にはビニールに包まれた白い粉が大量に入っていたからだ。
浅野大地は抱き枕を見せたつもりになって、幸せそうに笑んでいる。
「ね? 恥ずかしいでしょ?」
しかし、麻薬らしき白い粉を目にしたマスターの表情は真剣そのものだ。
「人として恥ずかしいことだぞ」
それでも浅野大地はへらへらと続ける。
「もう俺、これがないと安心できなくってさあ」
「いつ頃から、これを?」
「そうだなあ。物心ついたときからかなあ」
「そんな昔から!?」
「映画館でもね、これで恐さを紛らわせようと思ったわけ」
「人に見られたらどうすんだ!」
「大丈夫大丈夫。映画が始まって、暗くなってからやるつもりだったから」
「なあ、大地君。私の目を見てくれ」
「なにマスター、急に改まって」
「いいから、お願いだから私の言うことを聞いてくれ!」
「え、あ、うん。なに?」
「もう、こんな物に頼るのはやめるんだ」
「へ?」
「このままじゃお前、人間として駄目になるぞ!」
「そこまで大袈裟なこと?」
「だいたいこれ、どこで買ってきたんだい!?」
「駅前のデパート」
「売ってんの!? デパートでこれ、売ってんの!?」
「なに慌ててるのマスター。こんなの普通に売ってるって」
「普通に!? レジとかちゃんと通すの!?」
「当たり前じゃん。ちなみにそれはセール品」
「世の中は、私が知らない間にどこまで狂っちまったんだ…」
「ねえマスター、ご飯の注文、してもいい?」
「ちょっと待ってもらっていいか? 私は今、ショックで何も出来そうもない」
「ホントどうしたのマスター! 俺、そんなに悪いことしてないよ?」
「麻薬のどこがそんなに悪くないことなんだよ!」
「麻薬!? なに言ってんの!」
その言葉にマスターはハッとなる。
白い粉というだけで、これが麻薬とは限らないと察したのだ。
「え? あ、ああ! ああ、そういうこと? これ、もしかして麻薬じゃないの?」
「あっはっは! なんだもー!」
浅野大地は可笑しそうに両手を叩く。
「なんでそれが麻薬に見えるのマスター!」
「え、ああ! ああ! そうだよな! 普通に考えたら、そういうアレなわけないもんな!」
「もーマスター! しっかりしてよー!」
「いやよかった、安心した。でもこれじゃあ普通、誤解もするだろ~!」
マスターが紙袋から粉を取り出すと、同時に浅野大地は口に含んでいた水を盛大に噴き出す。
「それ、俺のじゃないよ!」
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派手で威圧的な城など構えない。
一般的なオフィスのような地味で飾り気のない印象の事務所だが、今時の暴力団はそれが普通だ。
しかし頭の神埼竜平は部下の手前、威嚇するかのようにソファで足を組み、ふんぞり返るようにして座り、その鋭い眼光を寺元康司に向ける。
演技などではなく、その視線は実際に冷静で、どこか残酷性を感じさせた。
寺元康司は上司と目を合わさぬようにし、緊張を悟られないためにパンチパーマの乗った頭をポリポリと掻く。
「えっへっへ。いやあ、デカい仕入れだったんで、気合い入れましたよ」
紙袋一杯の麻薬の取り引き。
今までで間違いなく1番の大仕事だった。
その成功あって、寺元康司はすっかり安堵し切っている。
しかし何故か、神崎竜平は紙袋の中を見つめたまま固まり、無言無表情だ。
どこか重い空気に耐え切れず、寺元康司は愛想笑いを浮かべる。
「いやあ、これで安心して眠れますよ」
「確かによく眠れそうだな」
神埼竜平はゆっくりと、紙袋の中から枕を取り上げた。
「えっへっへ、そうでしょう?」
寺元康司はそう言って顔を上げ、ちらっと枕を目にする。
「って、なんじゃそりゃあ!」
「ヤスてめえ、ブツはどうした?」
「え? いや、なんで? あれえ?」
何がなんだか解らない。
まるで手品のようだった。
さっきまで確かに入っていた麻薬が、今はどういった理由からか、ただの枕に変化してしまっている。
原因は一切解らない。
解らないが、自分はどうやら大失敗をしてしまったらしい。
寺元康司は慌てて土下座をし、床にパンチパーマを擦りつけた。
「すんません神崎さん! どういった手違いか、運んでる途中でブツが入れ替わっちまったみたいで!」
神埼竜平はゆっくりとソファから立ち上がり、紙袋を寺元康司に投げつける。
「馬鹿野郎が! すぐに見つけ出してこい!」
「あ、はい!」
「いや、待て!」
「はい?」
すると神埼竜平はスーツの内ポケットにゆっくりと手を忍ばせ、懐から銃を取り出す。
撃たれる!
寺元康司の背筋に悪寒が走った。
しかし神崎竜平は「持ってけ」と銃を放って渡す。
あたふたと寺元康司は銃を受け取って、駆け足で事務所を飛び出した。
続く。
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/375/
原作としてアップしていくことにしました。
ちょちょいのちょいと完結させますので、ぜひお付き合いくださいませ。
このお話はただ今連載中の長編小説「will」で活躍する、大地と由衣、2人のキャラクターも登場します。
時間軸的には、willの出来事が起こる1年前と解釈してやってください。
ついでに裏話。
永遠の抱擁シリーズの死神エリーは現代で人に生まれ変わり、生活しています。
今回の「るーずぼーいず」には登場しませせんけれど、彼女は大学で剣道部に所属し、由衣の後輩になっています。
そんなエリーのエピソードはまた別の機会にお贈りさせていただきますね。
それでは新シリーズ、手短ではありますけれど、お目通しいただけたら幸いです。
今から続き、書きますねー。
もちろんwillのことも忘れないでやってくださいませ。
筆が遅いけども、続けさせていただきます。
マスターとのやり取りのところは、笑ってしまいました。
つい、助走と女装の勘違いの話を思い出してしまいましたwww
これから大地がどうなってしまうのかとっても気になります。
期待してます!(^◇^)
あと謝らなくてはいけないことがあります。
僕の始めたブログを友達に紹介する時、夢見町の史みたいなブログを目指してるって言ったら、勝手に上がりこんでプロフィール改ざんされてまして、ほとんどめさ兄さんと同じような内容になっていました。ほんとすいません。書き換えました。でも内容の書きかたはめさ兄さんのを少しパクッてるところもあっちゃったりして・・・すいません。そういうの不快ならすぐやめますんで。
ということで、次のうpまってま~す(*^_^*)