夢見町の史
Let’s どんまい!
May 18
今しがた思い出した過去の話。
あれは何年前だったか、俺は友人との待ち合わせで繁華街に向かうバスに揺られていた。
しばらく乗っていると、後からおばあちゃんが車内に。
お歳を召されているので足元はかなり危なっかしく、よろよろと乗り込んできた。
おばあちゃんは乗務員に対し、曲がっていた腰をさらに折り曲げる。
「ありがとうございます。乗せていただいて、本当にありがとうございます。感謝しています」
バスがバス停で止まることも、乗客を乗せることも当たり前だと思っていた俺にとって、このおばあちゃんの言動には心を打たれた。
なんて感じの良いご婦人なのだろう。
少しほっこりした気持ちになった。
やがてバスは終点へ。
皆が降りようとする中、おばあちゃんは足が良くないだろうに、乗務員の元にわざわざ向かう。
何をしに?
そう思っていたら、おばあちゃんは再び、
「乗せてくださって本当にありがとうございます。感謝しています。どうもありがとうございます」
なんとお礼を言うだけのためだった。
おばあちゃんはよろよろと、バスを下車。
俺はご婦人に悟られぬよう、ぴったりとおばあちゃんに着いて歩く。
この街のバス停は高齢者の方には不便で、一旦地下街に降り、再び地上に出なければどこにも行けない。
つまり、足の良くないおばあちゃんにとって、長い階段の上り下りはかなりのご苦労になるはずだ。
足でも滑らせたら大変じゃないか。
俺は気配を殺しながらも、おばあちゃんがいつ転んでも支えられる位置をゆっくり歩く。
おばあちゃんと同じ歩調をキープした。
友人との待ち合わせには遅れてしまうけれど、これは仕方ない。
地下街を抜け、地上に出たあとまで勝手におばあちゃんのボディガードを、俺は気取った。
おばあちゃんが転ばなくって本当によかった。
ご婦人の背中を見守り、今度は急いで友人の元へ。
友達に「遅れてごめん!」と告げ、言い訳なんだけどと断りを入れてから、俺は今までのいきさつを話した。
凄く感じのいいおばあちゃんがいてさあ、と。
すると、友人の一言。
「そんなの、遅刻しなきゃ駄目だ! よく遅れて来てくれた!」
世の中って、案外いい奴が多いのかも知れない。