忍者ブログ

夢見町の史

Let’s どんまい!

  • « 2017.05.
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • 10
  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • 24
  • 25
  • 26
  • 27
  • 28
  • 29
  • 30
  • 31
  • »
2017
May 01
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

2013
July 08
 友人が急に「今日はベガとアルタイルが逢う日だから七夕ってテーマでなんか書こう」と言い出したので急遽お話を作ることになった。
 記念に載せておくことにする。
 
------------------------------
 
 心の中には水面があって、奥へ奥へと流れている。
 想いは決して口に出さず、言霊を笹の葉に乗せて次々に流した。
 ひらり、ひらりと言葉たちは行き場を求めて掻き消えてゆく。
 私は今日も笑っているけれど、本当は泣き出してしまいたいことを私だけが知っている。
 
 あの人とは高校1年生からの付き合いで、でもそれは友人としての仲だった。
 演劇部での活動では恋人同士になったことがあったけれど、でもそれは虚の世界でのことで、普段から彼と視線が交わうことは少ない。
 私が彼を見ていても、彼は他の人を見ているから。
 
「あんたさ、あの子に気があるでしょ」
 
 問うと彼は判りやすく困惑をし、大げさに手足をばたばたさせて否定をしていたけれど、その仕草は明らかに演技をたしなむ者として失敗をしていた。
 それがどれだけ私の胸を締め付けただろう。
 
 私が彼に抱いていた感情は、友情ではなかった。
 
 感情は表情に出る。
 言葉にも出る。
 それで否応なしに想いを封印する術を覚えることになった。
 私は精一杯の演技を余儀なくされて、それは今までで1番の試練で。
 しんと静まり返った地底湖のようなそこに、私は毎日のように笹舟を流していった。
 
「彼女にさ、その、交際を申し込んだ」
 
 皮肉にも彼が相談役として抜擢したのは私で、私に張り付いた笑顔は不幸にも彼を騙すには充分で、それが余計に私を悲しくさせる。
 
「ふうん。で、彼女はなんて?」
「取り敢えずは友達としてって言われた」
「デートの約束は?」
「した。7月7日に逢う。…けど、どうしていいか分からん」
「仕方ないなあ」
 
 恋人の練習。
 なんて甘美な響きだろう。
 映画を見て、食事をして、公園で夜景を眺めて。
 楽しくて幸せなことが辛く、彼が私の化粧に気づいていないことが切ない。
 
「この先の練習も、する?」
 
 提案すると彼は少しだけ慌てた。
 
「この先?」
 
 冷水を浴びさせられたような驚きの表情だ。
 
「冗談よ」
 
 言って私は髪を耳にかけ、闇夜に向かって歩き出す。
 
「待てよ」
「ここから先は自分でどうにかして」
 
 足早だったのは、彼に涙を見られたくなかったから。
 
「待てって。一緒に帰ろうぜ! 今日のお礼もしたいし」
「いいよ、お礼なんて」
「そうはいかない。俺の気が済まないだろ?」
「いいってば」
 
 彼はデート当日、あの子と過ごす。
 その出来事が必ず起こるかと思うと心の底がにわかに波を荒げ、水がどろりと濁ったような心地がした。
 
 テレビが梅雨明けを宣言していただけあって空には雲1つない。
 今夜の星はさぞかし綺麗に見えるに違いないという確固たる予感が私を憂鬱にさせる。
 
 枕を抱きしめてベットの隅でうずくまるといったお決まりの姿勢は安いドラマを彷彿させている。
 テレビから流れるバラエティの笑い声が今の心境とは不釣り合いで自分自身が滑稽に思えてならない。
 
 今頃2人はどうしているのだろう。
 上手くいっているだろうか。
 これを機に正式に交際が始まってしまうなんて話に発展はしていないだろうか。
 
 私はわざとらしく「えい」と空元気を出して服を着替える。
 
 天気予報が熱帯夜を報じているだけあって風は蒸し暑く、しっとりとブラウスの下に汗をかかせていた。
 彼と過ごしたあの公園には人影がなくて、遠くに少しだけ自動車の音が聞こえるぐらいの静けさだ。
 小高い丘まで登ってそこからは今日も夜景が綺麗に広がっているはずだけど、私は顔を眼下ではなく、上空へと向けた。
 
「好きだよー」
 
 心の中の川にではなく、私は言霊を空へと放つ。
 
「大好きだよー」
 
 言葉はまるで笹の葉に乗せられているかのように、次々に天の川へと流れた。
 
「ずっとずっと前から好きだよー。これからも好きだよー」
 
 こぼれた雫は天の川の体積を1滴分増したかのようだ。
 天空を流れる雄大な星の川に、1滴1滴と涙が溶け込んでゆく。
 
 互いに愛しく想っていても年に1度しか逢えないことと、叶わぬ恋心を引きずったまま毎日のように顔を合わせることと、辛いのはどちらなのだろう。
 私は、今なのだと思う。
 
 ぐいっと乱暴に腕で涙をぬぐい、私は立ち上がる。
 彼に想いを告げようと思った。
 失恋をして、心が散ってしまってもいい。
 このままではやがて年に1度すら逢えなくなる。
 そんな気がした。
 
「頑張ってくるね」
 
 織姫と彦星に宣言をし、私は踵を返して歩き出す。
 
 公園の出口で振り返って見上げると、そこにはおびただしい数の星々が運河を描き、まるで巨大な樹のようだ。
 その脇に一際輝く2つの星に、私は古めかしくVサインを作って小さく振り、少しだけ強がりの笑みを浮かべた。
 願わくば自分もベガになれますようにと想いを込めて。

拍手[150回]

PR
2012
November 30
 俺さ、小人飼ってんだよ。
 孵化させてからというもの、それからずっと育ててんの。

 見たい?
 後で見せてあげるよ。

 でさ、普通に飼うだけじゃつまらない。
 だから俺、こいつのために色々セットを組んでさ、世界観も細かく設定してやったんだ。
 つまりね、生まれたてのこいつには一切本当のことを教えず、俺がでっち上げた嘘の世界で生きてもらうっていう、なんていうのかなあ。
 俺の気まぐれなイタズラってやつだ。

 本当はこいつ1匹しかいないのに、他の小人がいるようにも見せかけてさ。
 色んなコミュニケーションを取らせて喜ばせたり悩ませたり。

 嘘の世界の嘘歴史も教え込んだし、俺からしたら有り得ない突拍子のない非常識も常識として信じ込ませた。

 こいつ、疑ったことあるのかなあ。
 今までの人生で知った全てが嘘だったなんて空想、したことあるのかなあ。

 なんて思ってね、またまた疼く俺のイタズラ心。
 この小人に本当の世界のことを少しだけ教えてやることにしたんだ。
 
 犬とか猫とか、魚とかトカゲとかカエルとかさ、本来なら存在しない生き物が当たり前のようにいるように思ってる小人に。
 豊臣なんとかとか、ナポ、ナポ、なんだっけ?
 そんな偉人が大昔にいたなんて本気で思っている小人に。
 地球、だったな、世界の名前は。
 地球が丸いなんて思ってる小人にね、少しだけ真実を教えてみて、その反応を眺めてみたくなった。

 だからこの文を読ませてみたよ。
 その小人は今、めさとかいう架空の存在が書いた「騙され小人」ってタイトルの文章を読んでいる。

 冒頭辺りで小人を見せてあげるって言ったでしょ?
 というわけでご覧いただこうか。

 鏡を見ろ。

拍手[153回]

2012
October 29
<真矢>

「あなた、彼の人生を変えることはできる?」

 グラスに口もつけず、無表情のまま彼女が視線で示す。
 その先にはヘルプで着いている俺の後輩が笑顔を絶やさずにいた。

 俺はわざと目を大きく開いて驚きの表情を浮かべる。

「人生を、ですか? 彼の」

 若手の後輩と女性議員の顔を交互に眺めてみせた。

「そうよ」
「いやあ」

 後輩が清々しく頭をかく。

「真矢さんにはもう既に人生変えさせてもらってますよ。いつも面倒見ていただいてますし」

 まだ新入りにもかかわらず、零士のリップサービスは悪くない。

「真矢さんの影響で、人生っていうんでしょうか? いい意味で意識が変わったホストやお客様は少なくないですよ」
「そう」

 年齢にしたら50手前だろうか。
 ショートカットにした黒髪を耳にかけながら、初見の客は目を鋭く細めて俺を見る。

「なら、私の人生も変えてみなさい」

 これには少なからず仰天させられた。

「目黒さんの、ですか?」
「彼の人生を変えられるのなら、私の人生だって変えられるでしょう? 期限は1週間」

 最初は暗に恋人になれと命じられたのかとも考えたが、この客は肉体関係に興味がある風ではない。
 単なる余興なのだろうか。

「この仕事に就いて短くはありませんけれど、そんな要望は初めてですよ。僕にどこまでできるか分かりませんけれど、精一杯お応えしたいですね」

 笑顔を見せてから今日で丁度1週間。

 雑踏に紛れ、俺は駅前の喫煙ブースに入る。
 ジャケットの内ポケットからシガレットケースを取り出した。

 目黒が固定客になったら間違いなく上客に位置づけされることになる。
 しかし彼女の目的がまるで解らない。
 デートをしようにも側近が常にいるし、店内での会話からもその真意が図れずにいる。
 まさか本気で人の人生を1週間で変えろと命じたわけではないだろうし。

 吐いた煙をぼんやりと眺める。

 今日でラストだ。
 何かしら彼女が納得するアクションを起こさなければみすみすデカい魚を逃がすことになるだろう。

 目黒とはもう連絡をつけてある。
 使いが車を出してくれるとのことだ。

「お待たせしました!」

 肩を叩かれて振り向くと俺よりもやや年上といった風の男がにこやかに立っていた。
 その風貌は意外なことに古びたジャンパーにジーンズといった完全な私服で、とても議員の使いとは思えない。

「どうぞ! こちらへ!」

 どこか嬉しそうに男が車を示すと、それは黒塗りのベンツでも何でもない普通の自家用車。
 予想するにこの男、休日のところを急遽呼び出されたのだろう。

「恐れ入ります」

 俺も笑顔で応じ、助手席に乗り込む。

 小さないびきのような音を立てて車が進んだ。

「いやあ、もう秋も終わりですねえ」

 ハンドルを握る男は気さくな人物らしく、よく喋る。

「ここ最近急に冷え込むもんだから、私風邪引いちゃって」
「それは大変でしたね」

 相槌も会話も苦痛ではない。
 彼も目黒の関係者だ。
 愛想よく付き合っても損はないだろう。

 男がチラリと横目で俺を見る。

「それにしても、今日はいつもと雰囲気違うんですね」
「そうですか?」
「ええ、なんていうか品があるってゆうかね」
「それはそれは恐縮です」
「言葉遣いも綺麗だ。やっぱアレですか?」
「はい?」
「今日は失敗できないから緊張してるとか?」
「あはは。いつでも緊張していますよ」

 談笑していると、見覚えが全くない場所で車が停車する。
 古い幼稚園を彷彿させる建物の前だ。

「到着です。お疲れ様でした」

 にかっと気持ちのいい笑顔で男が歯を見せた。

 頭上にクエスチョンマークを浮かべながら車を降りる。

 剥がれかけたペンキ、くたびれたフェンス。
 看板には「やすらぎの家」とあった。
 児童を預かる施設なのだとしばらくしてから気がつく。

 目黒は何のつもりで俺をこんな場所まで案内したのだろうか。



<裕次郎>

 今日が駄目だったら僕には才能がない。
 だからすっぱり諦めよう!
 そうやって心の中で賭けをして、僕は煙草をもみ消す。

 喫煙ブースから出た途端、スーツを着たおじさんが品良く「お待たせしました」と僕に頭を下げた。

 繁華街は人が多くて今日も雑然としている。
 人並みを縫うようにして進むおじさんに着いて歩き、僕は用意してもらった車に乗り込んだ。
 なんか黒くて長い高級っぽい車だ。
 僕は後部座席に通された。

 あの施設のおばあさん、市からの援助金が減ってお金がないなんてぼやいていたけども、この車に予算をかけすぎたからなんじゃないかと思う。
 座席はふかふかだ。

「いやあ、いいお車ですねえ」

 本番前の緊張を紛らわす効果に期待して、僕は軽口を叩く。
 口数の多さが自信のなさを表しているようで我ながらみっともないけれど仕方がない。

「今日がラストチャンスって思うと気合入れなきゃって思います。楽しんでもらえたらいいんですけどね」
「左様ですか。リラックスなさるといいですよ」
「そうですね。なるべくそうしたいです」
「今日はお召し物がフランクなんですね。とても親しみやすいですよ」
「そうですか? でもまあ後でちゃんと別の衣装に着替えますけどね」

 肩の高さまで紙袋を持ち上げ、僕はそれをポンポンと軽く叩いてみせた。

 一発屋にすらなれない僕からすれば、お笑い芸人として成功している人たちは本当に凄いと思う。
 ネタを考える頭の良さと、それを再現するノリの良さ、演技力、トーク力、機転を利かせる能力だって必要だし、もちろんユーモアのセンスだって要る。
 そのどれもが充分ではない僕は武者修行の旅に出ることにして、だから今もこうして車に揺られている。

 町から町へ。
 ジプシーのように旅を続けて、色んな子供たちと触れ合った。
 お笑いにシビアな小学生、素直すぎてどこが笑うところなのか解らない幼稚園児、なかなか手厳しいお客さんたちである。

 僕が定めた自分への掟は、誰かを笑わせなければ次の町に進めないというもの。

 時には病室で、時には体育館で、僕はネタをやらせてもらって、ウケなかったら翌日リベンジ!
 笑ってもらうまで何度も挑戦することにしたんだ。

 なんだけど、ここ最近の僕は情けないことに自信が全くない。
 コントを10回やって1回笑ってもらえるなんてアベレージ、芸人の卵と名乗ることすらおこがましい。

 自分を責めて、悩んで、考えて、迷って、それでようやく僕は心を決めた。
 やすらぎの家で昨日やったネタは完全に滑った。
 もし今日も同じ結果で、誰1人として笑顔にできなかったら、僕は夢を諦める。
 諦め、られるだろうか。
 いや、諦める!
 それぐらいの覚悟で望むんだ!

「ご乗車お疲れ様です」

 紳士から穏やかに告げられ、僕はハッと我に帰る。
 ご丁寧に車のドアを開けてもらって表に出ると、僕は直立不動のまま口をポカンと開け、紙袋を垂直に落としてしまった。

 立派な門構えの向こうには品のいいお庭が広がっていて、池にはカラフルな鯉が泳いでいる。
 その脇には竹がカコーンって鳴るやつまであるじゃないか!

 どこよここ。

 おじさんが僕の前に立った。

「さ、どうぞ」

 何をどうぞされたんだ僕は。

「目黒様がお待ちです」

 誰よそれ。

 防犯カメラがめっちゃあるけど、これってどっきりを撮影しているからってわけじゃ、ないよねえ?



<真矢>

「私の人生を変えろ」とは、もしかしたら親子の復縁だとか、そういったことを期待した上での要望である可能性は充分にあった。

 この施設、おそらく彼女と無縁ではあるまい。
 実は隠し子がいてここで育てられているとか、何かしらの繋がりがあるに違いない。
 俺は今、試されているのだ。

 くたびれたスライド式の玄関は立て付けが悪いらしく、細かくガタガタと音を立てる。

「おやまあ、お待ちしていましたよ」

 出迎えてくれたのはいかにも人の良さそうな老婆だ。
 しわくちゃの顔が満面の笑みを浮かべている。

「始める前にお茶でもいかがですか?」

 始める?
 これから何かが始まるのか。

 婦人はどこか寂しげににこりと笑うと、パタパタとスリッパを鳴らして奥へと歩いてゆく。
 失礼しますと一礼をし、靴を脱いで俺も続いた。

 まずは現状を把握しなくてはならない。
 世間話から得られる情報は山ほどあるから、お茶を出されるのはそういった意味でありがたかった。

「いただきます」

 息を短く2度吐いて湯気を散らせ、湯呑みにそっと口をつける。
 やや肌寒い陽気のせいか玉露が身体に染み込んでゆくのが判った。

「子供たちはね、あれでみんな喜んでいたんですよ」

 ご婦人はやはりどこか陰を持っていて儚げに見える。
 俺は「ええ」と、あえてどうとでも取れる返事をして頷く。

 おそらく色んな人に何度も話したであろう、老婆の身の上話が始まる。

「去年ねえ、うちの主人が他界したから、もうここにはサンタクロースが来なくなってしまってねえ。あら、昨日もお話しましたっけ?」
「いえ、僕は伺ってないですよ」

 昨日も何も、この婦人と俺とは初対面なのだ。
 しっかりしたように見えるご婦人だが、さすがに高齢のせいか物覚えに支障があるのかも知れない。

「うちはねえ、血気盛んな子もいれば難しい年頃の子だっているでしょう?」
「ええ」

 俺が目黒から前情報を何1つ聞いていないことを、この婦人は知らされていないのだろう。
 その口調は既に事情を知る者に対する言い方だ。

「あたしがねえ、せめて主人の代わりにって思ったんだけど、最近のオモチャは高いし、色んな種類があってねえ。あたしには難しくって。あなたご存知? ミンテンドウ、デーエス?」
「DSですね? 存じています」
「それが解らなくて、あたし違う種類のゲーム機を買っちゃってねえ」

 歳のせいだろうか。
 彼女の話は長かった。

 去年に旦那さんが亡くなり、クリスマスの時期に現れるはずのサンタクロース役がいなくなってしまって、代わりに老婆がその役目に挑んだとの内容だ。
 サンタに宛てられた手紙には子供らが欲しい物がそれぞれ書かれていて、彼女は自分の年金でそれらを購入したのだが、どうやら携帯ゲーム機を間違えて、古い機種を買ってしまったらしい。

「あたし、夜中のうちにみんなの部屋にプレゼントを置いたのよ。翌朝、みんなが喜ぶ顔を見るのが楽しみでねえ。でもねえ、ミンテンドウなんちゃらを欲しがってた子がねえ、嬉しそうに包装紙を開けたら今度は泣き出しそうな顔になってねえ、これじゃない! って叫んでねえ、プレゼント投げ捨てちゃったのよ。あたし、駄目ねえ。安くない買い物だったのに、違うの買っちゃって、主人がいないとやっぱり駄目ねえ」

 胸の痛む話である。
 さらに辛辣なことに、この児童施設、市からの援助金が減らされたこともあって資金が不足し、今月いっぱいで閉鎖してしまうらしい。

「主人もいなくなったし、跡取りもいないしねえ。あたしだっていつまで生きられるか判らない。建物だって、あたしたちが結婚したときからずっと持ちこたえてくれてるけど、もうボロボロでねえ。こないだ役人さんが来て、このままじゃ運営させられませんってはっきり言われちゃってねえ。だから今月いっぱい。11月でもってここは閉鎖します。子供同士で仲良しになった子もいっぱいいるから、みんなが離れ離れになってしまうのが嫌なんだけどねえ、でも仕方ないから」

 ご婦人は最後に「やっぱり昨日もお話しませんでしたっけ?」と首を傾げた。

 お茶はすっかり冷めてしまって、ぬるい。
 俺はそれを一気に流し込んだ。

「お茶、お代わりいかがですか?」
「いえいえ、ご馳走様です。もう結構ですよ」
「そう」

 老婆は言って湯呑みを盆に乗せる。

「だからねえ、今日がたぶん最後のイベント。よろしくお願いしますね。昨日はああだったけど、みんなちゃんと楽しんでいましたから」

 特に後半のセリフが意味不明だったが、そんなことよりもまず知りたいことがある。
 これからここで俺に対する何かが始まるとばかり思っていたのだが、もしかして何かするのは俺のほうなのか?
 何をやらされるというのだ。
 まさか子供らに楽しい酒を提供するわけにもいくまい。

「準備はよろしいんですか?」

 にこやかに婦人は言って、盆を台所まで運ぶ。
 こちらに背を向けたままで彼女は続けた。

「子供たちには昨日と同じ時間に集合してもらっています。みんなね、お笑いの舞台を見るのは初めてだったから、今日も楽しみにしているのよ」
「もしや、それってお笑いライブのことですか?」

 問うと老婆はころころと笑った。

「そうそう、今時はそう言うのね。舞台じゃなくて、ライブ、ね。失礼しました」
「いえ、そうじゃなくて」

 今まで数多くの客から様々な無理難題を押し付けられたことがあるが、ここまで突拍子のない難しい注文は初めてだ。
 お笑いライブ?
 この俺が?

「少し準備したいのでお時間いただけますか?」

 振り絞るように言い、俺はスマホに手を忍ばせる。



<裕次郎>

 どうしてこうなった。
 この窮地に立たされてしまっていること事態がもはやいいネタになりそうだ。

「あの、あの」と言ってるうちに僕は広い洋室に通されて、そこにはどっかで見たことがあるようなショートカットのおばさんが長椅子にもたれかかって庭を見ている。
 おばさんはローブを着ていて、こちらに目もくれない。

「どうも」

 沈黙が重たいから出た言葉だ。
 なにがどうもなのか自分でも判らない。
 この人どなた?

「今日で最後ね」

 庭を見たままで、おばさんは鋭い口調で言った。
 引退の覚悟を完全に見透かされている。
 今日が最後って、この人どこで僕のことを知ったんだろう。

 僕は少し下唇を噛んだ。

「今日が駄目だったら、諦めます。夢を捨てる覚悟です」
「大袈裟ね」

 クスリと笑って、ようやくおばさんが顔をこちらに向ける。

「あなたを選んだことに深い理由はないのよ。ただそこに居たからってだけ」

 え、どういうこと?
 つまり僕は着いていく車を間違えていたってこと?
 あの喫煙所にたまたまいた人だったら僕じゃなくてもよかったって意味?
 となると、酷い話だぞこれは。

 あのおじさんは勝手に僕に目をつけて、勝手にここに運んだってわけだ。
 そりゃ僕だって迎えのお車なんだって勘違いちゃって、疑いはしなかったけどさ?
 でもだからって、あんな普通の感じで案内されたら車に乗るじゃん。
 行き先も言わないで、有無を言わせず人を運んじゃうってのは理不尽極まりないことじゃないか?
 僕は今日、小さいながらも人生最後になるかもしれないライブがあるのに。
 れっきとした用事があるのに。

「それは酷いですよ!」

 ふつふつと怒りがこみあげてくる。
 妙に迫力のある人だけど、悪いのはそっちっていう大義名分があって、僕は堂々とおばさんに向き直った。

「僕にだってやりたい事があるんです! それなのに、ただそこに居たから僕だなんて!」
「やりたいこと? それは初耳ね」
「そりゃそうですよ! 話す暇なんてなかったですもん! あなた一方的なんですよ!」
「そう、悪かったわね。あなたがやりたいことってのは、なにかしら?」
「僕は、人を笑わせることが夢です。まだまだ未熟だし修行中の身だけど、いつか大勢の人に笑ってもらえるようになりたいんです。そりゃ才能があるなんて思ってないですよ。でも、できそうだからやるとか、できなさそうだからやらないとか、そういうことを考えて決めたんじゃないんです!」

 おばさんは無表情のまま僕を見つめている。
 沈黙するとまた空気が重たくなりそうで、だから僕は必要以上にまくし立てた。

「今回もし失敗したら夢を諦めようって、そう覚悟して出てきたんです。今日は僕にとってそれだけ大事な日だったんです。それなのに、たまたまそこに居たからって、適当に石を投げたら当たったみたいじゃないですか!」
「そう、そこまで真剣に考えてくれていたのね」
「くれていたってなんですか! あなたのためじゃないですよ!」
「面白いことを言うのね」

 おばさんが少し怖い顔になる。

「私のためじゃないのなら、なんのため? お店のためかしら?」

 お店というのはきっとやすらぎの家のことだろう。
 ああいった児童を育てる施設もお店って言い方をするのか。

「今日はそう、お店のためです」
「意外。正直なところもあるのね」

 僕はこんなセレブなおばさん知らないけど、向こうは僕のことを知っているような節がある。
 さっきはたまたまランダムに僕を選んだみたいなことを言ってたけど、果たして真相はどっちなんだろう。

「今からでもまだ間に合います」

 僕は力強く胸を張った。

「次のステージに進めるかここで夢を諦めるかの瀬戸際なんです! こんなところであなたの余興にお付き合いする暇はないんです! 僕を舞台に立たせてください!」
「あなた、ますます興味深いことを言うのね。そこまで言うのなら私も見届けさせてもらうわよ」

 言うとおばさんは立ち上がって室内電話に手をかける。

「車を回しなさい」

 手短に言って受話器を置いた。

 どうやら会場には行けそうな雰囲気になりはしたけれど、なんでこの人着いてこようとしてるわけ?



<真矢>

「なにか面白い話してよ」

 水商売をやっていてよく言われるセリフの1つがこれだ。
 大抵のホストはここで言葉に詰まるのだが、場数のある者は違う。

「それ、かなりの無茶振りだよ! なんでそんな酷いことするの!?」

 と目を大きく開いて、次に念を押す。

「じゃあ本当に面白い話をするよ。いいんだね? ホント面白いよ?」

 このように自らハードルを上げることで相手を油断させ、既に用意してあるいくつかの鉄板エピソードの中から1つを選び、披露するのだ。

 しかし店とこことでは雰囲気が違う。
 俺は正直、どこか冷めたような目をしている子供たちの前に少なからず戸惑っていた。

 小学校低学年から高校生ぐらいまで、ざっと10人ぐらいはいるだろうか。
 この子らは、娯楽を何も期待していないような目をしている。
 前回のイベントではさぞかし退屈をさせられたのだろう。

 腕時計に目をやる。

 時間になっても何故だか零士は来なかった。
 もう1度電話をかけようにもスマホのバッテリーが上がってしまったし、ここには充電器もない。

 つまるところ、俺はこのまま小道具なしに彼らを楽しませなければならないというわけだ。

 営業中によくやるとびっきりの笑顔を作り、俺は子供たち全員に行き届くように視線を配った。

「突然こんなこと言うのもなんだけど、なんでみんなこんなに暗いの!? 今日誰か死んだ!?」

 アメリカ人顔負けの身振り手振りも交える。

「でね、今日はお笑いライブってことで僕今ここにいさせてもらってるんだけどね、実は今日なんにも用意してないんだよ」

 残念でたまらない、そんな表情を作った。

「みんなを笑わせるようなネタなんて僕は持ってないんですねー。だから君たち、僕がなにを言っても笑ったら駄目だよ? いいかい? みんなが笑っちゃったら僕が嘘つきになってしまう」

 わずかに空気が和らぐような感があって、俺は内心胸を撫で下ろす。

「僕ね? 弟がいるんだけど、天然っていうのかな。変わっててねー。
 工事現場でお仕事してるんだけど、ある日ね? ガス管が破裂しちゃって、その破片が飛んできたんだって! で、それが弟の頭に当たっちゃったんだよ。死ぬとか重症ってわけじゃ全然ないかすり傷なんだけど、頭の怪我だから心配でしょう?
 会社の人がね、『お前今日は仕事もういいから病院行け』って言ってくれて、車まで出してくれたんだって。
 そしたら弟がね?『自分がよく行く病院あるんで、そこまで乗せてもらっていいですか?』って言い出すもんだから、会社の先輩も『いいよー』って。
 でね、弟! 頭を怪我してるのにだよ!? 何故か歯医者に行ったんだ!」

 ここで幼い何人かが笑い声を立てて、俺は慌てたような表情を浮かべる。

「あ~! 駄目駄目! 笑っちゃ駄目~! 我慢しててよ! いい? いいね? 笑っちゃ駄目だよ~!
 でね! 弟なんだけど、受け付けで手続きをして待って! 名前を呼ばれて! 先生にどうしましたか? って訊かれて! 歯医者さんに向かって、頭が痛いんです。…痛いのはお前だよ!」

 これで笑い声がさっきの倍になった。

「笑ったら駄目って言ってるでしょ~! 耐えて耐えて!
 でさ、先生が言うの。『ここは歯医者なんで頭の怪我は直せないです』
 そりゃそうだよ! こんな正しい意見、聞いたことがない!
 で、弟が『そうですか』ってやっと病院出たんだけどさ、僕思うんだよ。
 会社の先輩! あんたも頭怪我した奴を歯医者の前で降ろすなよ!」

 どうにか全員を笑わせることができた。

 引き続きハズレのないエピソードをいくつか話し、締めくくる。

「なんだよ、結局みんな笑っちゃったねー。あれほど駄目だって言ったのに、参ったな。ま、今日は僕が負けたってことでいっか。今日はみんなの前でお喋りできて楽しかったよ。ありがとうね。大勝利おめでとう!」

 拍手を背に部屋から去る。
 腕時計に目をやるともう夕刻。
 一旦帰宅して仕事の用意をしなければ。
 まだまだ謎が多いがやむを得ない。
 運営者の婦人に挨拶をして今日は退散することにする。

 背後の拍手はまだ続いていて「楽しかったね」とか「面白かった」などといった声も耳に入ってきた。
 心に充実感が残る。



<裕次郎>

 謎のおばさんと一緒に、やすらぎの家前で車から降りる。
 同時に別の車がこっちに来て、スーツ姿で茶髪のカッコイイお兄さんが運転席から現れた。

「あ、いたいた! お疲れ様です!」

 最初はおばさんに対して言ったのかと思ったんだけどそうではなくて、彼は両手で抱えられそうに大きな白い袋を僕に渡そうとしてくる。

「これ、頼まれたやつです」
「え? え?」
「じゃあ僕もお客さんお待たせしてるんで、これで失礼しますね! 夜にまた!」

 手短に告げると青年は颯爽と車に乗り込んで走り去ってしまった。

 今のお兄さん誰?
 この巨大な袋は何?
 僕の隣に当然のようにいるこのおばさんだって何者なんだか知らされないままだし、なんだか今日はわけの解らないことばっかりだ。

 インターフォンは壊れているので玄関はノックをする。
 軽く叩いてもガラス戸はガシャンガシャンと派手な音を立てた。

「あらまあ」

 管理者のおばあさんは今日も愛想良くしてくれる。

「これはこれはどうもお疲れ様でした」

 深々と頭を下げられ、僕も釣られておじぎで返す。

 顔を上げると、おばあさんは嬉しそうに笑った。

「みんなねえ、本当に楽しそうに笑っててねえ。あんなに楽しそうな子供たちは久しぶりですよ」

 それは昨日の話をしているのだろうか。
 めちゃめちゃ静まり返してしまったのに、実は喜んでもらえてたってこと?
 とてもそうは思えなかったけれども。

 おばあさんは不思議そうにしている僕の様子に気がついていないらしく、絶賛の嵐だ。

「さすがお話が上手ねえ。もっと聞きたい、またあのお兄さんに来てもらいたい、ってねえ、たった今も子供たちみんな言ってたのよ」

 この言葉に背後から謎のおばさんが「へえ、やるじゃない」とつぶやいた。

「それで、あの」

 と、おばあさんの言葉を遮る。

「ちょっと遅くなっちゃって申し訳ないんですけど、今からまたやらせてもらってもいいですか?」

 するとおばあさん、「え、また!?」とやたら大きく驚いた。

 昨日のネタがやっぱり面白くなかったからだろう。
 僕は焦って両手をバタバタと左右に振る。

「あ、あ、違うんです! 前回とは全く違う内容なんで、是非やらせてください! こちらの都合でこんな時間になってしまったのでお願いしにくいんですけども、どうかお願いします!」
「いいええ、とんでもないですよ。子供たちも喜びます。じゃあちょっとみんなに声かけてきますね」
「ありがとうございます! あ、どっか着替えるところはありますか?」

 こうして僕は再び子供たちの前に立っている。

 若いお客さんたちは誰もが目をキラキラと輝かせていて、中には期待感たっぷりといった体で身を乗り出している子までいる。
 まるでもう既に会場が温まっているかのような和んだ空気だ。

「みんな、遅くなってごめんね! また来たよ!」

 元気よく言うと子供らは歓声を上げ、大きな拍手で迎えてくれた。

 なんか僕もの凄く好かれてる。
 こんな感じは初めてだ。
 めちゃめちゃやりやすい。

 僕は自分が着ているサンタの衣装が見えるよう、両手を広げて見せた。

「ご覧の通り、僕ね、実はサンタさんだったんだよ。いやあ、本当に遅くなっちゃった。ねえ君!」

 僕から近い席に座っている小学生の女の子に声をかける。

「今ってさ、何月なのかなあ? 判る?」

 すると女の子はとても高いテンションで「11月ー!」と大きな声を出した。

「11月ー!?」

 僕はわざとらしくびっくりし、その勢いで後ろにひっくり返ってみせる。
 途端、数々響く笑いの声。

 なんだこの好感触。
 めちゃくちゃ楽しいぞ!
 こんなにも自分を出しやすいライブは初めてだ!

 よろよろと尻をさすりながら立ち上がる。

「いてて…。そっか、11月かあ…。なんてこったい。ってことは僕、11ヶ月も遅れてきちゃったのかあ。みんな本当にごめんね!」

 謎のおばさんはというと部屋の奥で腕組みをして黙って見てる。
 あの人のことは気にせず楽に続けよう。

 今日のネタは、昨日一晩かけて一生懸命考えた。
 経営者のおばあさんから聞いた切ないお話をモデルにさせてもらっている。

 テーマは、へこたれないサンタさん。

「今転んだお尻がまだ痛い。もうね、僕いつもこうだよ。去年なんてこんな感じだった」

 チワワに追われ、噛まれる状況を動作とセリフで表現する。
 すると笑い声。

 次は煙突を探してうろうろしていたらお巡りさんに見つかってしまうシーン。
 常軌を逸した苦しい言い逃れで誤魔化す場面を演じる。
 また笑い声。

 忍び込んだ家で泥棒と間違われ、通報されるとさっきのお巡りさんにまた出くわしちゃった!
 大爆笑!

 もう楽しくて楽しくて。
 楽しんでもらえてることが最高に楽しくて。
 ネタ作りのときには想定していなかったアドリブを調子づいて入り混ぜちゃったりなんかもして。

「サンタクロースはね、人数が少ないからプレゼント配るの大変なんだ。君たちのところにだってそうだし、大勢の子供たちの元に行かなくちゃいけない」

 いよいよ締めに取り掛かる。
 僕の中で再び緊張感が蘇る。

「僕ぐらいドジなサンタさんは珍しいけれど、それでもね、サンタは全員、みんな頑張っているんだよ。なんだけど、今日みたいに遅れちゃったり、プレゼントを間違えてしまったりすること、これからもたくさんあると思います。ごめんなさい。
 でもね! サンタクロースは諦めない! 最近のオモチャのことが判らなくても、1年2年遅くなってしまっても、僕ら一生懸命やるから! みんなが笑顔で過ごせるように頑張るから! だから、たまにしか来てあげられなくて申し訳ないけど、僕たちからのプレゼント、大事に大事に使ってあげてください。貰った物は大切に使ってください」

 僕は最後に「物を大切に扱える素敵な大人になってください」と付け加え、その場を後にする。

 子供たちはさっきと違って静まり返っていたけれど、やがて誰かがパチパチと手を叩いて、思い出したかのように他の拍手が起こって、やがて音が土砂降りのような音量にまで育って、僕はそれを背中で聞いた。

 これで、僕は次の町に旅立てる。
 そう思った。

 気づけば暖かい涙が頬を伝わっている。

 よかった。
 本当によかった。
 これからも僕は、諦めなくてもいいんだ。
 夢を追い続けても、いいんだ。

「見させてもらったわ」

 あのおばさんが壁に寄りかかっている。

 僕は慌てて涙を拭った。

「はあ。ありがとうございます」

 結局この人がどこの誰なのかは判らないままだけど、今更訊くのもおかしい気がするし、もういいやと思う。

「僕、このまま行きますね、おばあさんに挨拶してから」
「そう。あたしはじゃあ、その後にしようかしら」
「え?」
「ちょっとね、ここの運営者に訊きたいことができたのよ」
「はあ、そうですか」
「また会いましょう」
「え、あ、はい」

 やすらぎの家を出て、僕は駅へと歩を進める。
 近所のおじさんにまた車をお願いするのも悪いから、徒歩だ。

 見上げるとすっかり日が暮れていて、星が綺麗に見える。

 人は誰でもサンタクロースになれるのだ。
 そんな当たり前のことを思って、口に出してみる。

「人は誰でもサンタクロースになれるのだ」

 そう。
 そして、サンタクロースはへこたれない!
 どんなに遅れても、サンタは絶対に諦めないのだ!
 僕だってサンタ候補、負けてなんかいられない。
 いつか必ずお笑い芸人になってやる!

 駅についたらコインロッカーに預けた荷物を引き取って、そしたら切符売り場の前でコイントスをしよう。
 そうして次の行き先を決めるんだ。

 次の町を想い、僕は早くもその景色を想像する。
 そうだ。
 せっかく用意したんだからサンタの衣装はまた使おうかな。

「あ」

 つい口に出る。
 サンタの衣装で思い出した。
 あの茶髪のお兄さんがくれた白い大袋、やすらぎの家に置いてきちゃった。
 あれの中身、一体何だったんだろう。



<真矢>

「いらっしゃいませ。この時間帯にいらっしゃるだなんて珍しいですね。それにお1人だなんて初めてじゃないですか」
「ちょっと色々しててね、遅くなっちゃったのよ」
「いえいえ、嬉しいですよ」

 目黒が店にやってきたのは日付が変わる間際の頃だ。

 いつものように奥へと通し、ソファに座ってもらう。
 スマートに見えるよう、流れるように水割りを作って差し出す。
 ご一緒しても良いですかと短く断りを入れ、了承を受けて自分の酒も用意した。

「いただきます。乾杯」
「お疲れ様」

 2人同時に酒を口に含んだ。

 グラスを置いて、俺はバツが悪そうに顔を歪める。

「僕の負けです」
「やられたわ、あなたには」

 ほぼ同じタイミングで目黒も開口していた。

「え?」

 驚いて彼女を見る。
 目黒は涼しげな調子だ。

「見事にやってくれたわね。私の負けよ」

 彼女は何を言っているのだろうか。
 1週間で人生を変えろとのお達しは今日が最終日で、俺は何もできなかったではないか。

 相変わらず真意が読めず、聞きに徹することしかできない。

「やすらぎの家、っていったかしら?」

 やはりあの施設、目黒と関係があったのだ。
 俺は「ええ」とだけ返しておいた。

「吉川さんに色々と話を聞いたんだけど」
「吉川?」
「呆れた。あなたあそこの経営者の名前も知らなかったの?」
「ああ、いえ、失礼しました」
「吉川さんから色々と伺ったわ」

 どうやら目黒もあのご婦人から長話を聞かされたらしい。

「今の市長は駄目ね。前々から予算の使い方が偏っていたとは感じてた。どう考えても予算の優先順位がおかしいわ」

 珍しく感情的になって、目黒は2口目を飲んだ。

「予算の問題、なんとかしましょう。市長に影響力のあるコネぐらい、私にだってあるわ」

 その発言に俺は目を丸くした。

「ということは、あの施設、閉鎖しないで済むんですか!?」
「ええ、そういうことにしてみせる」
「老朽化した建物はどうするんです?」
「これね、吉川さんからお借りしてきたの」

 言って目黒はボロボロになった大学ノートを鞄から取り出す。
 中を拝見すると個人名とその住所、連絡先などが書いてある。

「全部で62人、あの施設から出ているの。みんなそれぞれ仕事をするなり家庭を持ったり、しっかりと暮らしているみたい」
「へえ、いわばあの施設の卒業生ってわけですか」
「全員と連絡を取ったわ」
「え!? 今日ですか!?」
「そう。さすがに誰もが在宅していたわけじゃなかったから全員と話せたわけじゃないけど」

 目黒が穏やかに笑んで続ける。

「事情を話したら何人かの主婦が交代交代で手伝いを名乗り出てくれたわ」
「へえ、それはいい。あのおばあさん、助かるでしょうね」
「大工になっている人もいたし、建設業に携わっている人もいた。来月から忙しくなるわよ」
「あ」

 目黒が言いたいことが解ったような気がした。

「そう、察しがいいわね。安く請け負うと約束はしてくれたけど、さすがに市から出るお金だけじゃ足りないでしょう。これは私が個人で負担します」

 綺麗に建て直されたやすらぎの家がふっと脳裏に浮かんで、思わず鳥肌を立ててしまった。
 もしかして俺は今感動しているのか?

「全く」

 目黒がふっと息を吐いた。

「あなたにしてやられたわ。まさか若い頃の情熱を蘇らせるなんてね」
「いえ、僕は何もしていません」

 これは謙遜しているわけでもなんでもなく、本当に何もしていないから出た言葉だ。
 しかし目黒の耳には届いていなかった。

「たまたまとはいえ、あなたに頼んでよかった」

 加えて目黒はぼそりと「病気に負けてる場合じゃないわね」とつぶやいた。
 寂しさを帯びたその言葉が、あの要望の根源にあるような気がした。

「見届けさせていただきます。最後まで」

 言うと目黒は初めて笑顔を見せる。

「お願いするわ。…あ、そうそう」

 せかせかとした様子で目黒が再び鞄をまさぐる。

「これ、返品ですって。サンタクロースさん」

 差し出された小箱は1度梱包が解かれた形跡があった。
 それが再び包み直されている。
 なんだろうと開けると、中にはミンテンドウDSが入っているではないか。

 どうやら零士の奴、遅刻はしたがちゃんと頼んだ物を持って来ていたらしい。
 万が一ウケが悪かったときのため、金に物を言わせて用意した子供たちへのプレゼント。
 いわば袖の下ってやつだ。
 ご婦人から話を聞いていたから物の1つはDSを選んだのだが、それが返されてしまうとはどういうことだろうか。
 他のオモチャはちゃんと全員に行き渡ったとは思うのだが。

「あそこの子から預かってきたの」

 首を傾げていると、目黒から水色の封筒を渡された。

「今読んでも?」
「ええ、どうぞ」
「ちょっと失礼」

 目を通すと、子供の文字が次のように並んでいる。

 サンタさん、ミンテンドウDSをくれて、どうもありがとうございます。
 でも、ぼくは、これはいりません。
 ぼくはきょねん、ミンテンドウDSをほしいといったのに、ゲームワールドアドバンスが入っていて、そして、それをよしかわママの前ですててしまいました。
 あとになって、サンタクロースがだれなのか気がついて、ぼくはゲームワールドアドバンスをひろって、そして、いっしょに入っていたゲームで遊んでみました。
 とても面白かったです。
 でも、よしかわママにかわいそうなことをしてしまいました。
 よしかわママに、いつか、ありがとうとごめんなさいを言いたいです。
 ゲームワールドアドバンスでもうれしいです。
 だから、ぼくは、ミンテンドウDSはいりません。
 サンタさんがせっかくくれたのに、かえしてごめんなさい。
 これは、ほかの子供にあげてあげてください。
 さっきサンタさんが言っていたように、ぼくは、物を大事にしようと思います。
 ゲームワールドアドバンスを大事にして、そして、色んなゲームで遊ぼうと思います。
 でも、サンタさんには、また来て、そして、面白いお話をもっとたくさんしてほしいです。
 だから、また来てください。

 読み終えて、俺はグラスを持ち上げ、中身を少し飲む。

「これは吉川さんに教えてあげたいですね」
「そうね」
「目黒さん」
「なあに?」

 俺は改めて目黒と向かい合う。

「僕の名前、真矢ってのは源氏名です」
「ええ、そうでしょね」
「普段隠している本名なんですが、これがその、親には申し訳ないんですが、率直に言いますとダサくてね」
「へえ、なんて名前なの?」
「漢数字の三に太郎の太。三太っていうんですよ」

 あはは。
 2人で声に出して笑い合う。

「ふう」

 俺は背もたれに身を預ける。

 そうか。
 あの施設、まだこれからも運営を続けられるのか。

「目黒さん、やっぱり負けたのは僕のほうです」
「あら、どうして」
「あなたの人生を変えようと意気込んでみましたが、結果、人生を変えられてしまったのは僕のほうでした」

 今度は目黒が目を丸くする。

「どういうこと?」
「やすらぎの家、跡取りがいないとも言ってましたね、吉川さんは」
「ええ、おっしゃっていたわね」
「ホストなんて一生続けられる仕事じゃないです」
「あら」
「ああ、いえ、今日思いついたことなんで、まだ決心はしていないんですよ。でも今、やすらぎの家が無くならないことを伺いましたし、ちょっと腰を据えて考えてみてもいいかな、と」
「いいんじゃない? 向いてるわよ、あなた。子供にウケがいいもの」
「え!? もしかして、見ていらしたんですか!?」
「あら、気づかなかったの? 真正面にいたのよ? 部屋の隅だったけど」
「これはお恥ずかしいところをお見せ致しました」
「いいえ、楽しかったわよ」

 再び笑い合う。
 まさかこの人とこんなに気安く談笑をすることになるだなんて、昨日までは思いもしなかった。

「目黒さん、もう1度乾杯しませんか?」
「いいわよ。何に?」
「子供たちと吉川さんに」

 再度、グラスが小さく音を立てる。

「メリークリスマス」

 気取った調子になって、俺は精一杯キザにグラスを掲げた。



 ――了――

拍手[63回]

2012
July 29
【第1話・出逢い編】
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/380/

【第2話・部活編】
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/381/

【第3話・肝試し編】
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/382/

【第4話・海編】
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/383/

【第5話・無人島編】
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/384/

【第6話・文化祭編】
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/385/

【第7話・恋のライバル編】
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/386/

【第8話・クリスマス編】
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/387/

------------------------------

「春樹せんぱーい!」

 あの引退試合からというもの、美香ちゃんのアタックはさらに激しく熱烈になっている。
 3年生が、つまり春樹がサッカー部を引退してしまったからなのだろう。
 マネージャーという立場ではもう会えないから、美香ちゃんとしてはこうするしかない。

 彼女は、今日も春樹の後を追ってきた。

「ねえねえ、春樹先輩! 次の日曜って何してますか?」
「え!? つ、次の日曜…?」

 放課後の帰り道。
 あたしが一緒にいるというのに美香ちゃんときたらお構いなしだ。
「春樹せんぱぁ~い」などと甘い声を出している。

 なんだか腹が立ってしまって、あたしはわずかに頬を膨らませた。
 ついつい美香ちゃんの猛攻に聞き耳を立ててしまう。

「こないだオープンした桜ヶ丘メルヘンランドあるじゃないですか!?」
「え、あ、おう、あるな」
「あそこ行きましょうよ!」
「え? いや、えっと…」
「遊園地、嫌いですか?」
「いや、嫌いじゃねえけどよ…」
「じゃあ決定ー! 2人で遊びに行きましょ!」
「え、いや、その…。なあ?」

 春樹はおどおどとあたしの顔を盗み見した。

 もー!
 なにそのはっきりしない態度!
 なんできっぱり断らないわけ!?

 美香ちゃんはというと、悲しげな表情を浮かべてしゅんと顔を伏せる。

「あ…、もしかして春樹先輩、あたしとデートするの、嫌、なんですか…?」

 その上目遣いはなんなのよ!
 春樹さっさと断りなさいよ!
 もー!

「いや、嫌ってわけじゃ…、なあ?」

 さっきっからなにが「なあ?」なの!?
 そんな曖昧な態度だから美香ちゃんにつけ込まれるんでしょ!?

 春樹の「嫌ってわけじゃ」発言に対し、美香ちゃんがパッと明るく表情を輝かせる。

「よかったー! 嫌じゃないんですねっ! じゃあ決定! 次の日曜、デートしましょ!」
「え、いや、なあ?」
「楽しみにしてますねっ!」

 それはさすがに強引すぎるでしょ美香ちゃん!

 心の中にある不機嫌メーターがとうとう上限に達してしまい、あたしは思わず横槍を入れる。

「ちょっとごめんね美香ちゃん! 春樹は次の日曜、用事あるの!」
「え? 用事? なんでそんなこと佐伯先輩が言うんですか?」
「ぐ…!」

 美香ちゃんは次に春樹に顔を向けた。

「春樹先輩、用事があるって本当ですか? どんな用事なんですか?」

 追求される春樹は相変わらず「え!? いやその…」とはっきりしない態度だ。

「用事なんて、ないですよねー」

 美香ちゃんのこの挑発的な笑顔を前に、あたしはこの後すぐに、とんでもない発言をしてしまうことになる。

------------------------------

 なんつうか、帰りてえ。
 なんとかしてこの空気から脱出してえ。

 だいたいなんで佐伯と美香が険悪な雰囲気になってるんだ?
 誰のせいでこうなった。

「お、おいおい、ふ、2人とも、なあ…?」

 2人の間に割って入ろうと俺は片手でチョップのような形を作り、それを小刻みに上下に振った。
 佐伯がそれをやや乱暴に振り払う。

「春樹には用事あるんだったら! でしょ春樹!?」
「え!? いや、え?」

 あたふたとしていたら佐伯がさらに語気を強める。
 次のセリフに俺は万歳のポーズで驚いた。

「春樹はあたしとデートの約束があるの!」

 えええええーっ!?
 俺の知らねえ俺の予定がある!?

 美香が人差し指を口に付け、不思議そうに首を傾げた。

「デート? 春樹先輩と佐伯先輩が? なんでですか? まえに佐伯先輩、言ってましたよね? 春樹先輩のことどうも想ってないって」
「いや、あの…! あ、あれからね? その、色々あって…」
「色々あって?」
「い、今あたし、は、春樹と付き合ってるのっ!」

 んなッ、なんだってェ!?
 俺たちいつの間に付き合ってたんだ!?
 そういう大事なことはもっと早く教えてくれませんか佐伯さん。

「ふうん」

 美香は冷ややかな目になると、そっと腕を組む。

「本当ですか? 春樹先輩と本当に付き合ってるんですか?」
「も、もちろんほ、本当よ! 桜ヶ丘メルヘンランドには、あ、あたしが春樹と行くんだから」
「ふうん」

 美香が冷笑を浮かべる。

「だったら」

 この美香の言葉に、俺は再び万歳の格好をすることになる。

「本当にデートするのかどうか、あたし見に行っていいです?」

 佐伯があたふたと「ももも、もちろんよ!」と切り返した。

 なんでこうなる。

 っつーかこいつら、俺に次の日曜、別の用事がもしあったらどうすんだ…?

------------------------------

 天気は快晴。
 青空には飛行船やアドバルーンが色とりどりに浮いていて、時折ぱんぱんと小さな花火が白い煙を上げる。
 派手な衣装のピエロがひょうきんなポーズで道行く子供たちに手を振っていた。

「はあ」

 賑やかな雰囲気とは裏腹に、あたしの心は暗い。

 せっかくの遊園地なのに、なんでこんなシチュエーションなんだろう。
 そりゃあたしにも少し不用意なとこ、あったけどさ。

 美香ちゃんからの鋭い視線は相変わらずで、背後からそれをひしひしと感じる。
 ちらっと振り返ると案の定だ。
 数歩離れて着いてくる彼女はむっとした表情のままであたしたちの背中を睨んでいる。
 その目はまるで「少しでも怪しいところがあったら見逃すものか。2人が恋人じゃないことを絶対に見抜いてやる」とでも言いたげだ。

 少しはあたしもお洒落してきたつもりだし、春樹の服装もなんだかんだで様になっている。
 アイスクリームはストロベリーとチョコミントの2段重ねにしてもらった。
 ピエロからは風船だって貰ったのに…。

 もう1度ちらっと背後に目をやる。
 美香ちゃんの殺気は弱まる気配がなくて、あたしは再び溜め息をついた。

 普通にデート、したいなあ。
 
------------------------------

 俺は一体、何をするためにここにいるんだろうか。
 なんだか解らんが、とにかくこれだけは言える。
 落ち着かん。
 ジェットコースターに乗ってもメリーゴーランドに乗っても、気が気じゃねえ。

「ちょっと春樹」

 佐伯が小声を出し、俺の肘あたりの袖をちょんちょんと小さく引いた。

「あんた、もっと楽しそうにしなさいよ」

 佐伯と同じく、俺も声を小さくする。

「お、おう。でもどうすりゃいいんだよ」
「とにかく楽しそうにするの! あたしたちが付き合ってないって、美香ちゃんにバレていいの?」

 バレるも何も、俺からはそんな嘘一言もついていないんだが。

 佐伯がさらに声を潜めた。

「腕、組も」
「え!?」
「しっ! 声大きい! 恋人っぽくしなきゃダメでしょ?」
「え、あ、おう。そ、そうだな。ででででも、腕って…! どどど、どうやって組むんだ…?」
「もう」

 呆れたように息を吐くと、佐伯が俺の腕にすっと自分の腕を絡ませる。

「もっと寄って。肩が付くぐらい」
「は、はい。これぐらいでしょうか?」

 なんで敬語なんだ俺。

「うん。あと、ぎくしゃくしない」
「あ、はい、すみません…」 

 なんだかいい匂いがする…。
 これでぎくしゃくするなって言われても…。
 歩くときに首を振るなって命じられた鳩ってこんな気分なんだろう。

 デートらしくないデートは延々と続いていったが、何に乗ったんだかはあまり印象に残っていない。
 集中力を他に持っていかれていたからだ。

 日が傾く頃になって俺たちと美香は遊園地を後にする。

「これで解ったでしょ?」

 土手道で、佐伯が振り返って声を投げた。

「あたしと春樹、付き合ってるの」

 すると美香は冷めた目のまま首を傾げた。

「なんだか不自然なんですよねえ」
「ふ、不自然なんかじゃないわよ! ね、ねえ春樹?」
「あ、おおお、おう。ふふふ、不自然なとこなんて、いいい、一箇所もねえさ。ええ、ないですね」
「ふうん」

 美香が自分のあご先を指で摘んだ。

「本当に付き合ってるんですか?」
「つ、付き合ってるよ? ねえ春樹?」
「え、あ、はい。いつもお世話になってます」
「ふうん」

 美香の目が光ったように、俺には見えた。

「だったらキス、してみてくださいよ」
「えええ!?」

 これには俺も佐伯も同時にびっくりだ。
 今なんて言ったんだ美香!

「キスぐらいできますよね? 恋人同士なんだから」
「いや、ちょ、ででで、でも…!」

 佐伯が両手を激しくばたばたと振る。

「そそそ、それは人前ですることじゃ…! ね、ねえ? 春樹!?」
「そ、そそ、そうだぞ美香! け、け、け、けしからねえ!」
「いいですって、あたしは」

 今日初めて見る美香の笑顔だ。

「そういうのあたし、気にしませんから。やっちゃってください。いつもしてるんでしょう?」
「ぐ…!」

 佐伯が言葉に詰まる。

「で、で、でも…」
「お2人が今ここでキスしたら、あたし信じます。ああ、2人は本当に付き合ってるんだなあ、って」
「で、でもそれは…」
「できないんですかあ? じゃあやっぱり付き合ってるなんて嘘だったんだあ」
「は、は、は、春樹!」

 突然呼ばれ、俺はハッとなる。

「お、おう、なんだ?」
「す、するよ!」
「え!? な、なにをだ…?」
「き、キス! い、いつもするように、してっ!」

 いつもするようにって、いつもしてねえ場合はできなくね?

 佐伯がぎゅっと強く目をつぶり、俺に顔を向ける。
 こいつ歓迎体制を整えやがった!?

 美香は美香でどこか冷めた笑顔でそれを眺めている。
 どうせできないクセに、とその顔に書いてあった。

 これはもう、し、仕方ねえ…!

 油を差していないロボットのようにぎくしゃくと、俺は佐伯の肩、両方を掴む。
 触れた瞬間、佐伯はびくっと身体を震わせたが、目は閉じられたままだ。

 まさかこんな展開でファーストキスをすることになるとは。

「い、いくぞ」

 これは自分に言い聞かせた言葉だが、告げた瞬間佐伯は再び身体を震わせ、硬直した。

 俺も目をつぶり、まぶたに力を込める。
 唇を大きく突き出し、顔を徐々に近づける。

 鼻先に何かが当たった。
 俺たちの鼻同士が触れたのだ。

 あとすこし顔を前に出せば、あるいは顎を前に突き出せば、次に触れるのは唇だろう。
 あとほんの少し!
 い、いくぜ!

 ところが、

「やっぱりダメーッ!」
「ぐあ!」

 突然の衝撃。
 佐伯が俺を激しく突き飛ばしたのだ。

「やっぱり無理ー!」

 佐伯が顔を両手で覆いながら走り出す。
 猛ダッシュであっという間に去って行ってしまった。

 美香がふふんと笑い「やっぱり」と独り言をつぶやく。

------------------------------

 初めてのキスが人前でなんてどうしても嫌だった。
 とはいえ、あたしのせいで台無しだ。
 せっかくデートのフリまでしたのに、結局美香ちゃんにバレてしまった。

「はあ~」

 これでまた美香ちゃんのアタックは続くんだろうと思うと、あたしの溜め息は重くなる。

 土手に座って息を整え、あたしは頬杖をついた。

「佐伯先輩」

 突然の声に「え?」と振り返る。
 そこには美香ちゃんが不敵な笑みを浮かべていた。

「春樹先輩と付き合ってるなんて、やっぱり嘘だったんですね」
「う…。ご、ごめんなさい…」
「いえ。あたし、今日見てて1つ判ったことがあるんです。佐伯先輩のことで」
「え? あたし…?」

 なんだか嫌な予感がする。
 なんだろう。
 あたしなんか変な癖があるのかな。
 服装、おかしなとこがあったのかな。

 彼女を騙していた引け目もあって、あたしは上目遣いでおずおずと口を開く。

「ど、どんなこと、かな…?」

 美香ちゃんは笑顔のまま、挑戦的な目をあたしに向けた。

「佐伯先輩が、春樹先輩のことを大好きなんだってことが今日、よーく判りました」
「え!?」
「あたし、負けませんからね」

 美香ちゃんは宣言をすると、そのまま駆け足で背を向ける。

 あたしはその場を動けず、ただ口をぽかんと開けた。
 美香ちゃんにあたしの本当の気持ちを見抜かれてしまったからだ。

 第9話・バレンタイン編に続く。
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/388/

拍手[9回]

2012
May 20
   阿修羅のように5
 
 
 
 ノアが私財の全てを費やして移動式シェルターの建設を始めてからというもの、巷では天変地異が噂されるようになっている。
 とはいえ信じない者がほとんどで、かの動物好きは気が触れただけという説が定着しつつあるようだ。
 
 クラークちゃんは言う。
 
「天変地異が起こるかどうかは別として、いざというときのために避難場所があったほうがいいと思うんです」
 
 秘密基地の場所はここから遠く離れた巨峰の頂辺りにあるという。
 他ではないクラークちゃんが言うのだから、それはきっと妄想の類ではないのだろう。
 
 しかしそんな遠くにどうやって、いつの間に秘密基地なんて施設を作ったのかなどといった疑問に彼は答えてくれなかった。
 アララット山といえば長期旅行に行く程度の距離がある。
 有事の際、避難するには遠すぎた。
 
「もし避難しなくてはいけないような災害が起こったとしたら、そのときはまた奇跡が起こると思います」
 
 質問を重ねられたくないらしく、彼はわずかにうつむいている。
 
「その場所にはあっという間に行けるでしょう。それが僕らに起こせる、最後の奇跡です」
 
 ふと、窓を開けて空を見上げてみる。
 夜はもう更けていて、天空には適当にばら撒いたかのように星が散らばり、月が大きく佇んでいた。
 天変地異は本当に起こるのだろうか。
 
「だーかーらー! 何度も言ってるでしょ、クラちゃん」
 
 背後から長女の声が聞こえる。
 
「運命なんだってば。秘密基地にはどうやっても行けないよ。そこに行けない理由が絶対に起こるんだってば」
 
 ロウちゃんの言った通りになることを、私は数日後に知る。
 
 私はさる実業家のパーティーに招かれていて、手短な物語を披露することになっていた。
 子供たちには家で留守番をお願いしてある。
 
「きゃ」
「ん? なんだ?」
 
 最初は大広間が震えたのだと思った。
 屋敷の振動は数秒で大きくなり、シャンデリアを揺らし、花瓶を倒し、壁の絵画を落とす。
 揺れはそこからまたさらに一気に加速して家具や人間を立っていられない状態にした。
 数々の悲鳴の中には私の声も混ざっていたはずだ。
 壁にひびが走り、天井がパラパラと破片を落とす。
 物が倒れる音、壊れる音、人々の悲鳴が私をさらに恐怖させる。
 
 建物の一部がこちらに覆いかぶさる瞬間、私は意識を失った。
 
「もしもし! もしもーし!」
 
 遠くからの声がして、私はゆっくりと目を開ける。
 ここが瓦礫の中だからなのか、暗闇だ。
 私はどれぐらい気を失っていたのだろう。
 さっきの揺れはこの屋敷だけで起こったのだろうか。
 もっと広い範囲で地面そのものが震えたのだとしたら、家にいる子供たちが心配だ。
 
「っつ!」
 
 体を動かせようとした途端、体験したことがないほどの激痛に襲われる。
 瓦礫が、私の腰から下を押し潰しているらしい。
 
「もしもし! 私だ! いつか送ってもらったケータイからかけている!」
 
 離れたところから屋敷の主の声が聞こえる。
 どうやら電話で話しているようだ。
 ケータイというのが何かは分からないが、建物が倒壊するほどの中、電話が生きていることはありがたい。
 主が呼ぶであろう救援が早く来ることを私は祈る。
 私以外にも、大勢の客が私と同じ状況になっているはずだからだ。
 
「例の天変地異で負傷した! 私と家族を治し、安全な場所まで連れていってくれ!」
 
 主は確かに、客とは言わなかった。
 
「なに!? ポイントが足りないだと!? どうにかしなさい! 今まで色々願いを叶えてきただろう!」
 
 彼は一体、誰と話しているのだろうか。
 
「じゃあ、私一人を避難させることは可能か? 傷の治療もいらない。それなら足りるだろう?」
 
 続けて主は「足りないはずないじゃないか」と怒鳴った。
 
「いや確かに天変地異のことは信じていなかったよ。だがな、こちとら魂をくれてやったんだ。少しぐらいのサービスはするべきだろう。いや、待ってくれ。君とはもう十年以上の付き合いじゃないか。最初の願い、覚えているだろう? そう、大型馬車の件だ。あれだって私のせがれが不注意で酒瓶を馬に投げつけたことが原因だったのに、君が上手いこと事実を隠蔽してくれたんじゃないか。あれと同じようにしよう。な? 君が個人的に、上司に内緒で私を助けてくれればいい。そうすれば君には、なに? だから! ポイントが足りなくてもどうにかしたまえよ! こっちは足の骨が折れ……、くそが! 切りやがった!」
 
 私は、話の内容を全て理解したわけではなかった。
 ただ、悲しみが大きくて辛い。
 人はどうして他人のことを想像しようとしないのだろう。
 何かを綺麗にするには、別の何かを汚さなければならない。
 しかし、何かを汚すために何かを綺麗にする必要はないのだ。
 自分のために、他人の心を汚してしまう人がいるのは何故だ。
 汚す者に、それが罪であるという実感がないのは何故なのだ。
 目から出た雫が耳にまで伝わる。
 
「ママ!」
「ママー!」
 
 聞き慣れた声。
 幻聴の類かと思っているうちに、それははっきりと聞こえてくる。
 
「ママー! どこですか!?」
「大丈夫、ママー! 助けに来たよ!」
 
 ロウちゃんとクラークちゃんだ!
 
「ここよ!」
 
 大声を出すと下半身がズキンと痛む。
 私はそれでも精一杯に叫ぶ。
 
「ここにいるわよ!」
「いた!」
「よかった!」
 
 二人が駆け寄ってきたらしく、声が近くなる。
 私は腰の痛みに耐え、二人がいると思われる方向に怒鳴りつけた。
 
「なんで来たの! 早く戻りなさい!」
 
 一言毎に、骨をハンマーで殴られたような衝撃が走る。
 
「戻って、大人たちを呼ぶの! あたしの他にもたくさんの人が埋まってる! 助けを呼んだら、もうここには絶対に来ないで!」
「嫌です」
 
 クラークちゃんだ。
 
「三人で秘密基地に行くんです」
 
 秘密基地――。
 避難場所があることをそういえば私は思い出す。
 しかし、私はこの怪我だ。
 
 どこからなのか、巨大な滝のような低い音が響き渡っている。
 その音は少しずつ大きくなっていて天変地異の本領発揮を予感させるに充分だった。
 
「クラークちゃん、聞いて」
「はい」
「ママね? 大怪我してるの。だから秘密基地まで行けないの。ごめんね」
「怪我!?」
「いつか、顔が三つあって、手が六本ある神様の話、したよね? 覚えてる?」
「覚えてます。それより怪我って、どこをどの程度?」
「クラークちゃん聞いて。ロウちゃんも一緒に。あたしたちも、アシュラみたいにね? 三人で一人って思われるぐらい、仲良し家族よね?」
 
 私は長らく、片腕だけの生活を送ってきた。
 
「アシュラだってさ、顔を一つ、腕を二本ぐらい無くしても、生きていけるでしょう? ママはしばらくここから離れられないから、二人で先に秘密基地に行ってなさい」
 
 沈黙。
 それを破ったのはクラークちゃんだ。
 
「ロウ君! 瓦礫の撤去とママの治療、可能か!?」
「可能だよ。再生と違って修復は安く済むからね。でも、そうするとシェルターまで移動するポイントが残らないよ?」
「構わん! すぐに取りかかってくれ!」
「そう言うと思って、もうやってる。クラちゃん、ごめんね? 僕のポイント、もう使い果たしちゃっててさ」
 
 不思議なことが起きた。
 下半身に感じていた重みや痛みが薄らぎ、消えてゆく。
 頭上を覆っていた瓦礫は小石を落とすことなく、ふわりと浮いてどいていった。
 奇跡の力を、この子たちは使ってしまったのだ。
 
「なんてことするの! あなたたちが避難できなくなったでしょう!」
「避難だったら走ってすればいい。行きましょう!」
 
 クラークちゃんが私の手を取り、立ち上がらせる。
 
 屋敷の主は足を引きずって逃げたのだろう。
 既に姿を消していた。
 
 生き残っているかも知れない皆に聞こえるよう、私は声を張り上げる。
 
「人を呼んできます!」
 
 外に出てみると私は耳鳴りを感じ、同時にさっきの発言をしたことに後悔をした。
 人を呼ぶどころではなかったからだ。
 
 町のいたるところから火の手が伸び、ほとんどの建物が崩れ去っている。
 慌てて逃げようとして転んだ一人が集団を巻き込んだのだろう。
 大勢の人が道端で倒れ、動かない。
 胃液が逆流しそうになって、私は手で口を覆った。
 
「こっちに行こう」
 
 ロウちゃんが森を示す。
 クラークちゃんに手を引かれ、私はよろよろと歩を進める。
 
 夜空は不気味な赤さを纏い、暗かった。
 ごごごごごと、どこから発生しているのか判らない轟音をさっきよりも近くに感じる。
 
 森の中。
 ちょっとした広場のような場所に出て、私は子供たちを抱きしめていた。
 
「ママはもう大丈夫。もう怖くないからね」
「うん」
「ねえ、ちょっと休憩しようよ」
 
 ロウちゃんの言葉に甘え、私は地面に腰を下ろし、息を整える。
 先ほど見た光景は私に恐れを抱かせ、今耳に届いている轟音は私に不安を与えてくる。
 抱きしめた二人は、そんな臆病な私を安堵させている。
 
「そろそろだね」
 
 ロウちゃんが木々の向こうに目を向けた。
 地平線から伸びた壁のような物がうっすらと窺える。
 背筋が凍った。
 あれは巨大な波で、こちらに向かってきているのではないか――。
 
「やはりこうなってしまったか」
 
 クラークちゃんは何かしらを覚悟したようだ。
 逃げ道などどこにもないことを、この子たちは最初から知っていたのだろうか。
 
 頭上では鳥が津波と反対方向に逃げていく。
 それを見送ると、ロウちゃんは弟に視線を移した。
 
「夢の録画、完了だね。クラちゃん、お願いができたよ。いつかの約束」
「もう私にポイントは残っていないんじゃないのか?」
 
 謎のやり取りだったが、私はそれを黙って見守る。
 
「ううん。ほんのちょっぴりだけ残ってるよ。僕の願い、叶えてもらっていい?」
「好きにしていい。それと何度も言うが、女の子なんだから僕はよせ」
「うっさいハゲ」
 
 正真正銘、これが最後の奇跡なのだろう。
 目覚しい速度で、花が咲いてゆく。
 私たち親子の周りに、次々と黄色い花が咲き乱れていった。
 不気味な天候とは裏腹に、この広場だけはまるで楽園のようだ。
 辺り一面に今まで嗅いだことのない良い香りが立ち込めた。
 
「レミの花だよ」
 
 ロウちゃんが微笑む。
 
「ママの言ってた通り、安心して眠くなっちゃう香りだね」
 
 私は身を横たえながら、愛しい我が子らを抱き寄せる。
 
「二人にね、聞かせたいお話があるの。聞いていて、眠くなったら、眠りなさい」
「どんなお話?」
「ある仲良し親子のお話よ。最後はね? みんな天使になって、ずっとずっと幸せに暮らすの」
 
 するとクラークちゃんが浮かない顔をする。
 
「僕は、生まれ変わってもみんなと一緒になれない」
 
 どういうこと?
 と私が訊くよりも先に、ロウちゃんが声色を少し高くする。
 
「クラーク様、悪魔にとっての不正行為でございます」
「なに?」
 
 また私には解らない内容なのだろう。
 クラークちゃんが驚きの声を上げた。
 
「どういうことだ?」
「わたくしが悪魔をクビになるために、以前どのような悪事を働いたと思われますか?」
「自分のポイントを持ち出したんじゃないのか?」
「それはついででございます」
「じゃあ、一体何を……?」
「わたくしの身勝手な独断で、ポイントを付与した状態のままクラーク様との契約を破棄させていただきました」
「なんだと? ということは――」
「クラーク様の来世は虫でもプランクトンでもございません。あの頃、わたくしは親子三名の死後についても調べさせていただきました」
「ああ」
「その結果、なんと三名とも天使に生まれ変わることが判明いたしました」
「なんだって!? 三人とも!? 私もか!」
「はい、さようでございます。でなければわたくし、人間になるだなんて冒険はいたしません」
「つまり君には最初から保障があったってわけか! この悪魔めが!」
「とんでもございません。死後、お目にかかれば判ります。わたくし、将来は天使でございます。ママも、クラちゃんもね」
 
 次にロウちゃんは寝ぼけ眼を私に向ける。
 
「ごめんね、ママ。話題に置き去りにしちゃった。改めて、お話聞かせてよ。とびっきりハッピーなやつね」
 
 にっこりと私は頷いた。
 
 初めて出逢った日は創作に失敗して、この子たちにはつまらない思いをさせたままだ。
 それでは語り部としての誇りが許さない。
 最高の客からのリクエストに今度こそ応えよう。
 
 私が最後に語る物語。
 それは自分なりに楽しんで考え出した、自作のおとぎ話だ。
 
「ある町に三人の親子がいました。お母さんと、天使みたいに可愛い女の子と、お父さんみたいにしっかりした男の子」
 
 ――阿修羅のように・了――

 ------------------------------

 空いたメインディッシュのお皿が下げられ、あたしは紅茶のお替りを頼む。
 窓から望める夜景がさらにあたしを優雅な気分にさせた。
 
「どうだった?」
 
 すっかりワインが回っているのだろう。
 彼は上機嫌だ。
 
「怖くない話でよかった」
 
 と、あたしは下腹部を撫でる。
 
「でもさ、毎回毎回よくそんな凝った話、考えるもんだよね」
「僕も語り部になれるかも」
「なれそう」
「真の語り部に必要な条件は愛する者のために自分で話を作ることなのかも知れないなあ」
「あはは。ありがとう」
 
 新しい紅茶が運ばれ、あたしはウエイターに礼を言う。
 カップに注ぐとゆるやかに湯気が舞った。
 
 彼はテーブルの上で指を組む。
 
「今回も、裏設定っていうのかな。あるんだよ」
「へえ。どんな?」
「まずね、僕の中では五千年前に地震を経験した人はいない」
「へ? なんで?」
「地表が安定していてプレートが移動していないから」
「難しい話なら結構です」
「はは。やっぱり手厳しい。でもまあ火山の噴火ぐらいはあっただろうからね、地震が起こるとしたらそれぐらいかな。だから正確には少しぐらいなら地震を体験した人が当時いたかも知れない」
「あ、もしかして、だから?」
「なにが?」
「地震っていう単語、ルイカさん使わなかったでしょ」
「気づいてくれて嬉しい」
 
 彼が小さく拍手をする。
 
「地震っていう言葉が発明されてないから、ルイカさんは屋敷が震えたとか地面が揺れたなんて表現をしたんだ」
「凝り性だなあ」
 
 彼はそれを褒め言葉と受け取ったようだ。
 当事の電話機は子供が入りそうなぐらい大きいだとか、一部の上流階級の自宅にしか普及されていなかったとか、自分なりに考えた世界観を語っている。
 
「あたしとしてはハッピーエンドだったらそれでオッケーだよ」
「君の性格上、そうだろうね」
「ねえ、あたしにプロポーズしたときのこと、覚えてる?」
 
 すると彼は照れたように頭をかく。
 
「うん、まあ」
「お返し、してもいい?」
「どういうことだい?」
「今度はね、あたしから問題を出すの」
「へえ、興味深い」
 
 紅茶を少しすすり、あたしは「では第一問目」と笑む。
 
「あたしがお酒をやめたのは何故でしょうか?」
「美容と健康のため」
「ブー! 続けて二問目ね。さっきあんたに煙草を吸わせなかったのは何故でしょう?」
「実は元々煙草の煙が苦手だった」
「ハズレ。それでは最終問題」
「もう?」
「うん。あたしは今回、ハッピーエンドで終わる三人の話をどうしても聞きたかったの。それは何故でしょうか?」
「知的好奇心の故」
「もー、鈍いなあ」
 
 彼はさほど問題の答えに気が向いていないようだ。
「なら正解はなんだい?」と涼しげな顔でグラスに口をつけている。
 
「あんたさあ、いつか酔って『ずっと二人でいたい』みたいなこと、あたしに言ったことあるよね?」
「持ち出さないでくれ。恥ずかしい」
「残念ながら、あたしたちは二人でいられません」
「なんだって? どういうことだい」
「ふふ」
 
 あたしは心の中で「阿修羅のように」とつぶやく。
 
「二人じゃないの」
「ん?」
「三人になるの」
「え!? ああ!」
 
 あたしは再び下腹部に手を添える。
 
「ハッピーエンドで本当によかった。もし後味の悪い話だったら縁起でもないから」
「君、もしかして、え? 本当に、その……」
「今の話、将来また聞かせてね」
 
 お父さん。
 と付け加え、あたしは愛しい我が子を腹の上から撫でる。
 
 キャンドルの炎が、また小さく揺れた。
 
 
 
 ――了――

拍手[24回]

[1] [2] [3] [4] [5] [6]
プロフィール
HN:
めさ
年齢:
41
性別:
男性
誕生日:
1976/01/11
職業:
悪魔
趣味:
アウトドア、料理、格闘技、文章作成、旅行。
自己紹介:
 画像は、自室の天井に設置されたコタツだ。
 友人よ。
 なんで人の留守中に忍び込んで、コタツの熱くなる部分だけを天井に設置して帰るの?

 俺様は悪魔だ。
 ニコニコ動画などに色んな動画を上げてるぜ。

 基本的に、日記のコメントやメールのお返事はできぬ。
 ざまを見よ!
 本当にごめんなさい。
 それでもいいのならコチラをクリックするとメールが送れるぜい。

 当ブログはリンクフリーだ。
 必要なものがあったら遠慮なく気軽に、どこにでも貼ってやって人類を堕落させるといい。
リンク1

Powered by Ninja.blog * TemplateDesign by TMP


Hit

Yicha.jp急上昇キーワード[?]

忍者ブログ[PR]