夢見町の史
Let’s どんまい!
2007
March 09
March 09
「あの日記にはね、実は続きがあるんだ」
このメンバーなら否定されることもないだろう。
仲間達に、ちょっとした裏話を披露する。
「ただ、この話にはね、事実だっていう証拠がないんだ。『めさの気のせいだ』って言われてもおかしくないのね? だから俺、この話は滅多にしないんだよ」
勿体振るつもりはなかったが、俺は付け加えた。
「この話を否定されても、俺は大丈夫なんだけど、信じてもらえないと、ある大事な人が傷ついちゃうのね。それでなかなか話さないんだ」
仲間達はすると、「それでも聞かせてほしいです」と言ってくれた。
「じゃあ、ちょっと長くなるけど」
前置きを入れ、俺は今年の母の日を振り返る。
旧サイトの日記に、俺はこのように書いていた。
タイトルは、私信「今回の夜景も最高だったべ?」
俺は映画「ゴースト」の主題曲を口ずさんだ。
雑貨屋でオモチャも買って、勇ましく電車に乗り込む。
港の見える丘公園はカップルが多くて目の毒だったけど、夜景が綺麗だった。
恰好つけることに慣れていないから、キザな演出は失敗してしまったけれど、カーネーションとオモチャを喜んでもらうことには成功した。
あの晩にランドマークタワーを訪れてから、丁度4年が経過している。
風邪薬の代わりに酒を飲んで、もう帰ろうかという時に、有線が曲目を変えなかったら、ここは普段通りの馬鹿日記だ。
日付けが変わって14日になり、しばらくしてからだった。
マスターが席を外したわずかな間に、アンチェンド・メロディが流れた。
聴いて、今日は母の日なのだと気がつく。
運命めいた縁に感じられ、すぐにカーネーションを買った。
N美さん、4年振り。
いつの間にか、俺のほうが年上になっちゃったね。
母の日にカーネーションなんて初めてだべ?
とびっきりのポイントまで届けるよ。
未来ちゃん、元気か?
俺や、俺の仲間達は、今でも全員が君の幸せを願っている。
これからも、絶対に忘れないよ。
2人とも、今日は久々だぜ。
恰好良くスーツを着込んで、思いっきりキザに、花を届ける名付けの親の勇姿を見よ。
雑貨屋でオモチャも買って、勇ましく電車に乗り込む。
港の見える丘公園はカップルが多くて目の毒だったけど、夜景が綺麗だった。
恰好つけることに慣れていないから、キザな演出は失敗してしまったけれど、カーネーションとオモチャを喜んでもらうことには成功した。
俺は映画「ゴースト」の主題曲を口ずさんだ。
(「未来とその母に捧ぐ」参照)
続きというのは、この翌日のことだ。
2006年5月15日、月曜日だった。
会社で俺は、後輩に自転車をロックされてしまっていた。
自分の自転車の鍵を失くしているから、俺は普段、チェーンだけでロックしている。
だから本来の鍵をかけられてしまうと、鍵をこじ開けるか、壊すかしなければならない。
「なんでチャリの移動を頼んだだけなのに、わざわざロックしちゃうわけ!? どんな効果を期待したんだよ! これじゃ俺、チャリに乗れないじゃん! ばーかじゃーん!」
叱ると後輩は、「さあ」と首を傾げただけだった。
あっちからこっちにチャリを手で持って移動させただけなのに、どうして鍵をかけてしまったのか、我ながらサッパリです。
彼はそんな表情を浮かべていた。
「しょうがないなあ。今日は俺、電車で帰るよ。チャリの鍵は、明日にでも壊すか」
いつもは、そこまでおバカさんな行動を取らない後輩だっただけに、不可解ではあった。
会社から駅まで、徒歩だと20分ほどかかるだろうか。
春が過ぎ、初夏を控えた時期だったから、寒くも暑くもない陽気だ。
晴れているらしかったが、夜なので判らない。
ふと、気配を感じた。
よく知っている気配だ。
「N美さんと未来ちゃんだ」
直感で、すぐに判った。
「さては、後輩に鍵をかけさせたのは君達だな?」
微笑みかけると、2人はイタズラがバレた子供のように、照れたように笑った。
そんな気がした。
本来、俺の霊感は眠っている。
必要以上に感覚を開放してしまうと、いつでも霊が見える人になってしまいそうで、怖い。
それで俺は無意識に第6感を眠らせているのだが、たまにどうしようもなく冴えてしまう時がある。
昨日はカーネーションとオモチャを渡しに行った。
2人の気配を感じたいと思っていたから、俺は自ら感覚を研ぎ澄ませてはいた。
港の見える丘公園で、俺はN美さんと未来ちゃんの気配を、それで確かに感じ取った。
今夜は、その余波のようなものなのだろうか。
いや、俺が冴えているというよりも、2人が自分から気配を濃く放出しているような気もする。
とにかく姿は見えないが、2人が今どこにいるのか、どんな顔をしているのか、俺には自然と察することができていた。
では、わざわざ鍵をかけ、俺を歩かせる理由はなんだろう。
そんな疑問が生じる。
一緒に歩きたいだけなら、2人は俺に気づかれることなく、何も言わずに歩くと思ったからだ。
それをしないということは、昨日のプレゼントをよほど喜んでもらえたのだろうか。
まさか、いつものルートで帰ったとしたら、事故に遭っていたとか?
いや、違うな。
もしそうだとしたら、この2人だったら鍵だけかけて、あとは知らん顔するはずだ。
だいたい、2人とも、今はなんだか嬉しそうな、はしゃいでいるような顔をしている。
俺のピンチを救いに来たような表情とは、少し違うように思えた。
じゃあ一体…。
なんだろうなんだろうと、俺は歩きながらずっと考えを巡らせる。
何か、それなりの理由があるはずだ。
ふと、俺達3人の立ち位置が気になった。
いつもとポジションが違う。
昨日のように、俺の右隣に未来ちゃん、未来ちゃんの右にN美さんが歩いているのではなかった。
今日は、俺が真ん中だ。
すぐ右手にN美さんがいて、未来ちゃんは俺の左側ではしゃいでいる。
以前赤ん坊だった未来ちゃんは、今はもう自由に駆け回るぐらいに大きくなっていた。
昨日のオモチャは、ちゃんと受け取ってもらえたようだ。
ヒモのついたアヒルが、未来ちゃんの後を追っていた。
N美さんも未来ちゃんも「早く早く」と、どこか嬉しそうに俺を急かす。
この態度からも、俺に危険が降りかかるわけではなさそうだな。
気持ち早歩きになりながら、そんなことを思った。
考え事も深まる。
結局これは、どういうことなんだろう。
チャリさえ使えれば、駅を利用するよりも早く帰宅できるのに。
遅いルートを選ばせたのに、どうして急がせるのだろう。
何か意味があるはずだ。
「あ」
ふと、やっとのことで思いが至る。
駅前の本屋だ。
俺が電車で帰る時は、必ず駅前の大きな本屋に立ち寄る。
ケータイを開いて時間を見ると、もうすぐ閉店の時刻だ。
俺はさらに速く歩いた。
「何か俺にメッセージがあるんでしょ。俺に読んでほしい、お勧めの本があるんだ。そうでしょ?」
問いかけると、2人はとびっきりの笑顔を見せてくれた。
そんな気がした。
駅前の本屋はなかなか広大で、俺は新刊のコーナーと、小説、マンガのコーナーしか把握していない。
ここで心底驚いたのは、有線の曲目がアンチェンド・メロディだったことだ。
これには、本当にびっくりした。
曲は終了間際だったから、来るのがあと1分遅れていたら聴けなかったはずだ。
同時に、2人の気配はやっぱり気のせいなんかじゃなかったと確信することができた。
2人はやはり本屋に来てほしかったようで、俺は手を引かれるように入店していた。
並べられた新刊を眺めながらも、2人に気を配る。
どうやら、先にある本が目的のようで、俺を奥に導こうとしているようだ。
ついでなので自分が読みたいコーナーも見て回る。
小説もマンガもしかし、目指す1冊ではなかったらしい。
気がつくと俺は本屋を一周し、出入り口まで戻ってしまっていた。
[あれえ、失敗失敗。もう1回」
心の中でつぶやき、今度は雑念を捨て、案内されるがままに進むことにした。
小説のコーナーを左に折れる。
さっきまでは知らなかったが、そこは文房具の陳列棚だ。
俺が買うべきなのは、本じゃないのか?
でもまあ、さらに先にあった絵本のコーナーかも知れないし、進んでみるか。
ところが2人は、そこで歩を止めてしまった。
算数用の学習ノートなど、懐かしいデザインの冊子が並んでいる。
振り返ると、月刊誌だ。
「これこれ!」
N美さんが指差すような態度を取った。
それでまた、俺はわけが解らなくなる。
彼女は、間違いなくそこを指で示していた。
見れば、育児や出産に関する雑誌が、平積みされている。
これを俺にどうしろって言うんだ。
出産などしないぞ俺は。
させる予定も今のところ、ないし。
N美さんも未来ちゃんもしかし、そんな俺の困惑を楽しんでいるかのような表情だ。
「めさに問題! これは果たして、どんな意味でしょーか!」
「どんないみでしょーか!」
聞こえていたとしたら、そのようなセリフだったはずだ。
2人とも、なぞなぞを出す子供のような無邪気さでにこにこしている。
適当な1冊を手に取って、適当にページを開いてみた。
アンケートのページが現れる。
父親の意識を調査した結果が、そこには載っていた。
「子供と接するのは週にどれくらい?」
「どんな時に子供に注意する?」
様々な円グラフが記載されていた。
「どんなメッセージでしょーか!」
「でしょーか!」
2人は相変わらず楽しそうだ。
こっちはさっぱり意味が解らない。
帰宅して、俺はベットに横になった。
雑誌は結局、買わずに帰った。
メッセージの意味が重要なのであって、特別な言葉が載った1冊を探し出すわけではないのだと察したからだ。
「俺にいつか子供が出来る時は、未来ちゃんが生まれ変わってくれるとか、そういうことかな?」
俺はずっとぶつぶつと悩んでいて、2人は「どうかなー」とでも言いたげに、やはり上機嫌だった。
「なんか近いけど、惜しいって感じかな」
「どうかなー?」
「ねー。どうかなー?」
「ううぬ」
考えをまとめてみよう。
そう思って、俺は目を閉じた。
わざわざ自転車に鍵をかけ、急ぎ足で本屋に向かわせてまでして、俺に伝えたかったメッセージ。
嬉しそうで挑戦的な2人の顔。
俺を真ん中にして歩いた理由。
本屋では俺、そこに育児や出産に関する雑誌があったってこと、初めて知ったっけ。
開いたページはお父さんの…、
「ああー!」
目を開き、つい大声を出す。
起き上がって、2人がいる空間に顔を向けた。
やっと解った!
「未来ちゃん!」
確信したぞ。
これが正解だろ!
「俺のことをお父さんだと思ってくれているのか!」
2人はすると、満面の笑みを浮かべてくれた。
「正解!」
「当たりー!」
耳には聞こえなかったが、パチパチと拍手をしてもらえた。
そんな気がした。
確かに、そんな気配を感じた。
「そうか! 俺がお父さんかー! そうかー! 未来! お父さんだぞー! お父さんですよー!」
これが、あの日記の続きで、俺達にとっても記念すべき日のことだ。
「その話、日記には書かないんですか?」
仲間の質問に応える。
「いやほら、最初にも言ったけど、この話って客観的に見てさ、事実だっていう証拠がないんだよ。霊的なものを全否定しちゃう方も大勢いらっしゃるだろうし、もしそうされたら、傷つくのは未来ちゃんなわけで。だから今のとこ、書こうって思ってないんだよね」
「でも、書いたらどうですか?」
「そうですよ。父親宣言になるじゃないですか」
父親宣言、か。
それは確かにしたい。
「書きましょうよ。子供の日とかに」
言われてみれば、子供にそれぐらいのことはしてやりたいなあ。
でも、子供の日かあ。
俺は腕を組んだ。
どうもしっくりこない。
俺が子供の頃、子供の日にわくわくしなかったからかも知れない。
「ねえ、あのさ、書くとしたらさあ」
せっかくだから、相談に乗ってもらおう。
「この話を書くのって、子供の日とクリスマスだったら、どっちがいいと思う?」
「めささんの好きなほうでいいんじゃないですか? 未来ちゃんも、それが嬉しいと思いますよ」
「そっかー。そうだよね。じゃあ俺、クリスマスに書くよ」
言葉にすると、改めてその判断は正しいように思えた。
未来に、クリスマスプレゼントをしよう。
まだ漢字は読めないかも知れないけども、そこはN美さんが伝えてくれるだろう。
というわけだ、未来。
これがパパからのクリスマスプレゼントです。
これからもパパは、ずっと未来のパパですよ。
2006年12月。
父親が1日だけサンタクロースになれる日に、愛する我が子に、さらなる愛を込めて。
メリークリスマス。
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