夢見町の史
Let’s どんまい!
March 09
友人から、1行だけのメールが届く。
「家の鍵、開いてますか?」
突然されるセキュリティの心配。
彼はどうやら、またうちに忍び込んでリフォームと称し、困ったイタズラを施したいらしい。
悪い予感しかしなかったので、「なんでだ」と4文字だけ返す。
また電話が鳴った。
「シンパイ、ナイ。コタエ、イウ、オマエ」
どうして昭和の電報みたいな調子になるのか。
いきなりカタコトになっている点にはあえて触れず、さらに返信。
「家の鍵は開いてるが、俺もいる」
「出てけ!」
俺の家なのにか。
日常ではなかなか聞くことのできない、貴重で理不尽な命令である。
じゃあ今から自分、部屋から出ますんで、お好きなように勝手なリフォームをよろしくお願いします。
ホントもう、何してもいいですから。
あ。
鍵は開けっぱなしでいいんで。
ではではー。
って、ばかちん!
まさかここで、苦手なノリツッコミまでやらされるとは思わなかった。
こんなことで休日を潰したくはない。
「今からお昼寝するから来ちゃ駄目だ! では、おやすみなさい」
一方的にやり取りを終了させ、俺は布団に潜り込む。
何時間、眠っただろうか。
目覚めると、見覚えのある青年が、俺の部屋でパソコンをカタカタやっている。
これ、夢だったらいいなあ。
寝惚け眼で、ぼんやりとそんなことを思った。
身を起こし、部屋を見渡す。
目立った異常は特にない。
ふすまを開け、隣室や台所も調べたが、これといった施しは見受けられなかった。
「と、いうことは…。玄関か!」
「勘がいいですね」
なんで近所の住人に見られちゃうような個所に何かしちゃうのだ、この人は。
大急ぎで玄関を開け、表に出る。
ドアの外に回り込んだ。
「おイうぅん」
電池の切れかかったアイボみたいな声が出るのも当然だ。
玄関の表側に、色々と紙が貼られているじゃないか。
表札の頭には、「あの有名な」と書き足されている。
続けて読めば、「あの有名な、めさ(※HN表記)」ということに。
自分で言うなって思われること請け合いだ。
なんだか手紙みたいな紙もベタベタと貼りつけられていて、借金取りに狙われている家みたいなことになっている。
恥ずかしくて、とてもその場では読めない。
何かしらの文章が記された紙だけを取って、部屋に戻る。
「お前はなんてことをするんですか!?」
友人を責める。
「ポストにピザのチラシが入ってた! ってことは、ピザ屋さんにも見られたじゃないか! この変な手紙をな! あ、ちなみに、『あの有名な』って紙だけは明日、明るくなったら写メに撮るから、まだ貼ったままにしてあります」
一気にまくしたてる俺は、何故かどこか誇らしげだ。
友人はというと、ただ「ゴヴェラヴェラヴェラ」と、満ち足りた顔で笑っている。
このメッセージのタチが悪いポイントは、知らない人が見たら、俺が書いたと思われちゃうことだ。
腰を下ろし、さっきまで自分ン家の玄関に貼ってあった手紙に目を通す。
1行目が、いきなり「旅に出ます」だった。
全身の力が抜ける。
誰に宛てた手紙なんだ、これ。
「いつ戻るのか、果たして戻ってこれるのかは分かりません。ただ、これだけは言えます。この闇に覆われた世界から平和を取り戻す、と」
闇に覆われているのはお前の頭です。
あ、つまり俺か。
「そして、闇の帝王が自分の兄だったと知った今…」
ちょっと待って頂きたい。
そんな重大な情報を、俺は一体どこで手入したのですか。
「兄の、あの優しい心を取り戻す。それまでは帰ることができません」
俺が長男なんですけど。
「闇の軍団は絶望的なまでに強い。そのため、まずは伝説の装備を見つけに行きます」
なんで俺、ご丁寧にスケジュールを明かしてるんだろう。
「伝説の装備は以下の物」
そんなファンタジックな詳細、要らなくないか?
「伝説の剣『思いっきり叩けば壊せない物はない棒』」
剣なのか棒なのか。
「伝説の盾『やる気充分! 全ての攻撃をはね返したいという気迫を感じる板』」
ただの気休めじゃん。
「伝説の鎧『巫女』装備経験あり」
違うのー!
あれは女装パーティで仕方なく…!
だいたい巫女は鎧じゃない。
職業だ。
「伝説の兜『モヒカン』」
そんな突拍子もない髪形で攻撃を防げば、そりゃ伝説にもなるわ。
「伝説の靴『底抜け』」
結果的には素足。
「これらを全て集めても、闇の軍団に勝てるか分かりません」
こんな装備で勝っちゃったら、闇の軍団の皆様に申し訳ないのですが。
ってゆうかこれ、誰かに見られていたら、どうしてくれるのか。
友人には、しっかりと文句を言わねばならない。
彼に鋭い眼光を向ける。
「モヒカンの巫女はビジュアル的にナシだろうがー!」
全く。
少しは考えてほしいものである。