夢見町の史
Let’s どんまい!
2012
February 06
February 06
※今作には残虐な表現や性的描写が含まれています。
お読みになられる際は充分なご覚悟のほど、よろしくお願い申し上げます。
前編
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/465/
------------------------------
女王がその言葉を発するのは初めてのことでした。
「そなたの話は面白い。もっと聴かせよ」
特に悪い点のない娯楽、または女王にされた指摘を綺麗に切り返せた表現者はそれまでに何人かいて、そう いった賢き者は死に追い込まれることがありませんでした。
かのようにして生き永らえる者はあったのですが、女王から賛美の言葉をかけられた者や他の作品を求められた者は、それまで1人たりともおりません。
次の話を所望された青年が幸運かどうかは解りませんが、彼は女王にとってとても珍しく、特別な者であったようです。
「承知致しました。それでは、そうですね。太古にあった戦争の御話などいかがでございましょう? ある王が大剣を振りかざし、たった1人で様々な国を制してゆく物語にございます」
「よし、話せ」
青年の語る物語は、女王の興味を非常に駆りたてました。
ある話は新鮮で、ある話は痛快。
またある話は刺激的で、ある話は神秘に満ちています。
青年は次々に物語を繰り広げてゆきました。
最初、椅子に深く腰を下ろし、軽く頬杖をついていた女王ですが、いつしか身を乗り出し、その目を大きく見張って青年の話に没頭しています。
「かのようにし、その2人は園から追い出され、この地に住まうことになったのです」
「それで、裏切りの魔王はどうなったのじゃ?」
「彼もまた、男女と同様にこの地に堕ちました。力の全てを奪われた後に」
「では今もどこかに魔王はいるのか。面白いのう。是非とも逢ってみたいものじゃ」
あくる日もあくる日も、青年は物語を語ります。
女王は人を悶絶させたい衝動など忘れ、ずっと耳を傾けています。
青年はまるで竪琴を奏でるかの如く、流れるように言葉を紡いでゆきました。
「その男は言葉が足りないばかりか人の話さえも解しません。美しき姫は道理に合わぬことを許しませんから、その商人をひっ捕らえ、痛み渦巻く地下の部屋へと連れました。
男はこれから自分の身に降りかかる苦痛を予感し、止めてほしいと哀願します。自分には大切な1人娘がいるのだと。結婚したばかりで子を宿しているのだと。だから無傷で帰りたいのだと言い出します。その言がまたしても説明になっていなかったので、姫は怒って笑いました。
『孕んだ娘がいるから無事に帰りたい? 意味が解らんわ! 娘がいようといまいと関係なかろう! そんなに許してほしいなら、この15本の手投げの矢を全てあの的に当てよ』
指差す先には壁があって、そこは色とりどりに塗られています。 花畑のようなその壁には丸い印があって、的として盛り上がっておりました。大の大人が両の手を結んで作った輪ほどの大きさです。そこにはいやらしく笑う魔人の絵が描かれてありました。
姫が合図をすると楽団が高らかに陽気な曲を奏で、姫は男に『心して遊戯せよ』と命じました。
1投、また1投と商人は小さな矢を投げてゆきます。1本でも外れてしまえば殺されてしまいますから、その様はとても必死でござました。
ところが、途中で投げた矢が的に刺さらず、床へと落ちます。商人は青ざめて『お許しを』とひれ伏しました。しかし意外にも姫は寛大で『気にするな。1投ぐらい大目に見てやろう。今1度投げよ』と自ら矢を広い、男に手渡してあげるのです。
商人はそれで安堵し、やがて全ての矢を的に当てました。
『見事じゃ!』と姫が笑います。男はそれでさらに安心しました。しかしすぐ、男は大きな声で泣きじゃくることになるのでした。
明るい曲が止まり、兵士たちが彩り豊かな壁をどけると、そこには若い女が柱に括りつけられているのが解ります。
姫が高らかに言います。『娘がいるから無事に帰りたいのか、娘が子を宿しているから無事に帰りたいのか、おぬしの言いたいことがさっぱり解らぬが、両方ともいなければ問題なかろう? おぬしが自ら排除したのじゃ。これでもう、家に帰らずとも良いな?』
男が的だと思って矢を突き立てていた物は、落書きを施された1人娘の膨れた腹だったのでございます」
その話をとても不思議に思ったので、女王は青年に問いました。
「そなた、その話は本当に自分で作った物語か?」
「その問いに答える前に、わたくしに遊戯の提案をさせていただけませぬでしょうか?」
「許そう。なんだ?」
「質問の合戦にございます。女王様の問いに答えたら、今度はわたくしの問いに貴方様がお答になる。これを交互に繰り返すのです」
「ほう、面白い。乗ってやろう」
「ありがたき幸せ。では先の問いの答えを申し上げさせてくださいませ。今した噺は、わたくしの想像によるものではございません」
「ふむ。では、そなたが問う番じゃ」
「お訊ねします。何故、この噺が私の作ではないと気づかれましたか?」
「心当たりがあるからじゃ。では、わらわの番じゃな? そなたの物語、必ず最後に人が死んだり国が滅ぶのう。何故じゃ?」
「そこにお気づきになるとは、女王様の才にはつくづく思い知らされます」
「世辞も達者よのう」
「わたくしの物語は、わたくしが考え出すものではなく、亡骸が教えてくれるのでございます」
「亡骸が? どういうことじゃ?」
「恐れながら申し上げます。女王様、問いは交互とさせていただいております」
「おお、そうだったな。今のはわらわの失言であった。許せ」
ただの平民に謝罪をするのは初めてのことでしたが、女王は何1つ嫌な気がしません。
そのことが、自分でも不思議でした。
「お訊ねいたします。女王様は、今まで殺した者のことを覚えておられますか?」
「忘れることもあれば、思い出すこともある。で、 亡骸がそなたに物語を伝えるとは、どういうことじゃ? 詳しく申せ」
「は。女王様に癒しの力があるように、わたくしにも特別な力がございます」
「ほう」
「人の亡骸を見ると、その者が生前にどのような道を歩んでいたのか、まるで自分の思い出であるかのように知れてしまうのです」
「なるほどのう。先の話は、わらわが処刑した男の亡骸を、そなたが見たというわけか」
女王はそれで、責めに責め抜いた商人のことを思い返しました。
ささくれのような細かな返しの棘がたくさん付いた鉄の棒で、何度も何度も尻を犯したときの、あの男の表情といったら。
気を失う寸前に下郎の傷を癒し、再び体内を傷つけ、失神に成功されたら今度はへその穴に木の枝を刺して起こす。
そんなことを何度繰り返したことか。
女王はかすかに吐息を漏らし、足を組み直しました。
自分が湿ってい るのが自分でも解ります。
「遊戯は止めじゃ」
女王はまじまじと青年の唇を眺め回します。
彼は若く、たくましく、眼に力がありました。
「そなた、わらわの夜の相手をしてみるか?」
一国の長が庶民に体を委ねるなど、今までに例がありません。
しかし女王は続けました。
「わらわに面白い噺を聴かせた褒美じゃ」
椅子からゆっくりと立ち上がり、留めていた黄金色の髪をほどくと、女王は女の眼で青年の首筋に手を添えます。
「誰もが羨むこの身体、抱いてみい」
しかし、なんとしたことでしょう。
青年は片手を挙げて女王を制してしまうのでした。
「お断り申し上げます」
まさか拒絶されるとは思っていなかったので、女王は わずかに驚き、また同時に残酷な光を表情に浮かべます。
「おぬし、怖気づいたか? それとも自分には勿体ないと判断したか?」
答えによっては青年に命はありません。
女王は腰に下げた鎖に手を添えました。
青年は、まっすぐに女王の目を見つめます。
「わたくしと交われば、貴方様が死んでしまうのです」
「なに?」
思いもよらぬ答えでした。
「わらわが死ぬとな?」
「はい」
「何故じゃ」
「わたくしの病が移り、女王様の身体を汚してしまうからです」
「ほう。そなた病気か」
それならば問題が大きくありません。
女王は鎖の柄から手を離します。
「そなたは運が良い。わらわ自らが特別に治してくれようぞ。どこが悪い? 」
ここかここかと女王は青年の胸を、腰を、背に手をやります。
すると女王はたじろいて、青年の顔を、頭を、手を、足を、指を、隅々まで触ります。
「なんじゃこれは! 良いところなど1つもない! そなた、全身を冒されておるではないか!」
すると青年は寂しげに微笑みます。
「わたくしは、血を患っているのでございます」
「血だと!?」
女王にとってそれは聞いたことのない症例でした。
「治しても治しても、悪い血がすぐに良い血を汚してしまいます。わたくしの命はもう長くはないのです」
「なにを馬鹿な! 試しもせずに何故解る!?」
青年の服を脱がせ、女王はその胸板に両手を置いて念を込めます。
治しても治しても、その血はすぐに体内を流れてしまい、すぐに悪い血と混ざって汚れてしまいます。
女王は狼狽しました。
「わらわの治す早さが足りぬのか…」
「自分の身体にあるこの悪い予感、勘違いではありますまい」
「そなた、死ぬのか」
「はい。近いうちに、必ず」
「死ぬると人はどうなるのじゃ?」
今まで散々人を死に追いやっておきながら、そんな疑問は今の今まで持ったことがありません。
女王は若き男にすがります。
「教えよ。人は死んだあと、どこへ行く?」
「生まれ変わって、別の者になり、再び生きます」
「ではそなたが死んだら、すぐに生まれ変われ。わらわと逢って、面白い物語をもっと聞かせるのじゃ」
「それは叶いません」
「どうしてじゃ!?」
「次に生まれるときには、今のことを全て忘れてしまうからです」
「そうだ! そなたの血、全て移し替えしてしまおう! この国には腕の良い医者だって大勢おる! 血も屑どもから集めれば事足りよう」
「ありがたいお話ですが、それもできることではございません」
「何故に!?」
「理由が2つございます。どちらも大事なことです」
「申せ」
「はい。1つは、人の血には多くの種類があるのです。闇雲に他者の血をわたくしに入れてしまえば、馴染まぬ血はたちまちに我が身の中で暴れだし、わたくしは2度と動けなくなるでしょう」
「もう1つの理由とは?」
「もう1つは、わたくし自身の性質故でございます」
「性質とな?」
「はい。水のない場所で魚が生きられないのと同じく。わたくしは、自分のために誰かが犠牲になることを嫌います。そんなことがあるぐらいなら、わたくしは自らこの命を絶ってしまうことでしょう」
「そうか。では、どうにもならぬのか」
「なりませぬ」
それで女王は黙ってしまいました。
夜風がそよそよとバルコニーを流れ、松明の光を揺らせます。
「わたくしが死ぬまでの間――」
青年が沈黙を破りました。
「少しでも多く、女王様のお側に居させてはもらえぬでしょうか?」
「そなたは、なにを望んでおるのじゃ?」
「貴方様に、もっと多くの物語をお聴かせしたい。それがわたくしの希望にございます」
「何故じゃ? 何故そなたは命を使ってわらわに尽くす?」
「わたくしが物語を語るようになったのは女王様、貴方様にお聞き入れいただきたかったからに他なりません」
「それが解らん。わらわに慕情があるわけでもあるまいに」
「あります」
「ん? 今、なんと?」
「貴方はお美しい」
この言に女王はすっかり唖然としてしまい、もはや声を出すことが叶いません。
青年がすっと腰を上げ、女王の肩にローブをかけました。
「今宵は寒うございます。お身体を壊さぬよう」
彼は深々と女王に礼をします。
「それではまた明日に。失礼いたします」
それはそれは綺麗な月夜のことでございました。
詩人のように美しい気持ちを持つ青年。
彼の本当の願いが女王への復讐であることを、彼女はまだ知りません。
後編に続きます。
お読みになられる際は充分なご覚悟のほど、よろしくお願い申し上げます。
前編
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/465/
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女王がその言葉を発するのは初めてのことでした。
「そなたの話は面白い。もっと聴かせよ」
特に悪い点のない娯楽、または女王にされた指摘を綺麗に切り返せた表現者はそれまでに何人かいて、そう いった賢き者は死に追い込まれることがありませんでした。
かのようにして生き永らえる者はあったのですが、女王から賛美の言葉をかけられた者や他の作品を求められた者は、それまで1人たりともおりません。
次の話を所望された青年が幸運かどうかは解りませんが、彼は女王にとってとても珍しく、特別な者であったようです。
「承知致しました。それでは、そうですね。太古にあった戦争の御話などいかがでございましょう? ある王が大剣を振りかざし、たった1人で様々な国を制してゆく物語にございます」
「よし、話せ」
青年の語る物語は、女王の興味を非常に駆りたてました。
ある話は新鮮で、ある話は痛快。
またある話は刺激的で、ある話は神秘に満ちています。
青年は次々に物語を繰り広げてゆきました。
最初、椅子に深く腰を下ろし、軽く頬杖をついていた女王ですが、いつしか身を乗り出し、その目を大きく見張って青年の話に没頭しています。
「かのようにし、その2人は園から追い出され、この地に住まうことになったのです」
「それで、裏切りの魔王はどうなったのじゃ?」
「彼もまた、男女と同様にこの地に堕ちました。力の全てを奪われた後に」
「では今もどこかに魔王はいるのか。面白いのう。是非とも逢ってみたいものじゃ」
あくる日もあくる日も、青年は物語を語ります。
女王は人を悶絶させたい衝動など忘れ、ずっと耳を傾けています。
青年はまるで竪琴を奏でるかの如く、流れるように言葉を紡いでゆきました。
「その男は言葉が足りないばかりか人の話さえも解しません。美しき姫は道理に合わぬことを許しませんから、その商人をひっ捕らえ、痛み渦巻く地下の部屋へと連れました。
男はこれから自分の身に降りかかる苦痛を予感し、止めてほしいと哀願します。自分には大切な1人娘がいるのだと。結婚したばかりで子を宿しているのだと。だから無傷で帰りたいのだと言い出します。その言がまたしても説明になっていなかったので、姫は怒って笑いました。
『孕んだ娘がいるから無事に帰りたい? 意味が解らんわ! 娘がいようといまいと関係なかろう! そんなに許してほしいなら、この15本の手投げの矢を全てあの的に当てよ』
指差す先には壁があって、そこは色とりどりに塗られています。 花畑のようなその壁には丸い印があって、的として盛り上がっておりました。大の大人が両の手を結んで作った輪ほどの大きさです。そこにはいやらしく笑う魔人の絵が描かれてありました。
姫が合図をすると楽団が高らかに陽気な曲を奏で、姫は男に『心して遊戯せよ』と命じました。
1投、また1投と商人は小さな矢を投げてゆきます。1本でも外れてしまえば殺されてしまいますから、その様はとても必死でござました。
ところが、途中で投げた矢が的に刺さらず、床へと落ちます。商人は青ざめて『お許しを』とひれ伏しました。しかし意外にも姫は寛大で『気にするな。1投ぐらい大目に見てやろう。今1度投げよ』と自ら矢を広い、男に手渡してあげるのです。
商人はそれで安堵し、やがて全ての矢を的に当てました。
『見事じゃ!』と姫が笑います。男はそれでさらに安心しました。しかしすぐ、男は大きな声で泣きじゃくることになるのでした。
明るい曲が止まり、兵士たちが彩り豊かな壁をどけると、そこには若い女が柱に括りつけられているのが解ります。
姫が高らかに言います。『娘がいるから無事に帰りたいのか、娘が子を宿しているから無事に帰りたいのか、おぬしの言いたいことがさっぱり解らぬが、両方ともいなければ問題なかろう? おぬしが自ら排除したのじゃ。これでもう、家に帰らずとも良いな?』
男が的だと思って矢を突き立てていた物は、落書きを施された1人娘の膨れた腹だったのでございます」
その話をとても不思議に思ったので、女王は青年に問いました。
「そなた、その話は本当に自分で作った物語か?」
「その問いに答える前に、わたくしに遊戯の提案をさせていただけませぬでしょうか?」
「許そう。なんだ?」
「質問の合戦にございます。女王様の問いに答えたら、今度はわたくしの問いに貴方様がお答になる。これを交互に繰り返すのです」
「ほう、面白い。乗ってやろう」
「ありがたき幸せ。では先の問いの答えを申し上げさせてくださいませ。今した噺は、わたくしの想像によるものではございません」
「ふむ。では、そなたが問う番じゃ」
「お訊ねします。何故、この噺が私の作ではないと気づかれましたか?」
「心当たりがあるからじゃ。では、わらわの番じゃな? そなたの物語、必ず最後に人が死んだり国が滅ぶのう。何故じゃ?」
「そこにお気づきになるとは、女王様の才にはつくづく思い知らされます」
「世辞も達者よのう」
「わたくしの物語は、わたくしが考え出すものではなく、亡骸が教えてくれるのでございます」
「亡骸が? どういうことじゃ?」
「恐れながら申し上げます。女王様、問いは交互とさせていただいております」
「おお、そうだったな。今のはわらわの失言であった。許せ」
ただの平民に謝罪をするのは初めてのことでしたが、女王は何1つ嫌な気がしません。
そのことが、自分でも不思議でした。
「お訊ねいたします。女王様は、今まで殺した者のことを覚えておられますか?」
「忘れることもあれば、思い出すこともある。で、 亡骸がそなたに物語を伝えるとは、どういうことじゃ? 詳しく申せ」
「は。女王様に癒しの力があるように、わたくしにも特別な力がございます」
「ほう」
「人の亡骸を見ると、その者が生前にどのような道を歩んでいたのか、まるで自分の思い出であるかのように知れてしまうのです」
「なるほどのう。先の話は、わらわが処刑した男の亡骸を、そなたが見たというわけか」
女王はそれで、責めに責め抜いた商人のことを思い返しました。
ささくれのような細かな返しの棘がたくさん付いた鉄の棒で、何度も何度も尻を犯したときの、あの男の表情といったら。
気を失う寸前に下郎の傷を癒し、再び体内を傷つけ、失神に成功されたら今度はへその穴に木の枝を刺して起こす。
そんなことを何度繰り返したことか。
女王はかすかに吐息を漏らし、足を組み直しました。
自分が湿ってい るのが自分でも解ります。
「遊戯は止めじゃ」
女王はまじまじと青年の唇を眺め回します。
彼は若く、たくましく、眼に力がありました。
「そなた、わらわの夜の相手をしてみるか?」
一国の長が庶民に体を委ねるなど、今までに例がありません。
しかし女王は続けました。
「わらわに面白い噺を聴かせた褒美じゃ」
椅子からゆっくりと立ち上がり、留めていた黄金色の髪をほどくと、女王は女の眼で青年の首筋に手を添えます。
「誰もが羨むこの身体、抱いてみい」
しかし、なんとしたことでしょう。
青年は片手を挙げて女王を制してしまうのでした。
「お断り申し上げます」
まさか拒絶されるとは思っていなかったので、女王は わずかに驚き、また同時に残酷な光を表情に浮かべます。
「おぬし、怖気づいたか? それとも自分には勿体ないと判断したか?」
答えによっては青年に命はありません。
女王は腰に下げた鎖に手を添えました。
青年は、まっすぐに女王の目を見つめます。
「わたくしと交われば、貴方様が死んでしまうのです」
「なに?」
思いもよらぬ答えでした。
「わらわが死ぬとな?」
「はい」
「何故じゃ」
「わたくしの病が移り、女王様の身体を汚してしまうからです」
「ほう。そなた病気か」
それならば問題が大きくありません。
女王は鎖の柄から手を離します。
「そなたは運が良い。わらわ自らが特別に治してくれようぞ。どこが悪い? 」
ここかここかと女王は青年の胸を、腰を、背に手をやります。
すると女王はたじろいて、青年の顔を、頭を、手を、足を、指を、隅々まで触ります。
「なんじゃこれは! 良いところなど1つもない! そなた、全身を冒されておるではないか!」
すると青年は寂しげに微笑みます。
「わたくしは、血を患っているのでございます」
「血だと!?」
女王にとってそれは聞いたことのない症例でした。
「治しても治しても、悪い血がすぐに良い血を汚してしまいます。わたくしの命はもう長くはないのです」
「なにを馬鹿な! 試しもせずに何故解る!?」
青年の服を脱がせ、女王はその胸板に両手を置いて念を込めます。
治しても治しても、その血はすぐに体内を流れてしまい、すぐに悪い血と混ざって汚れてしまいます。
女王は狼狽しました。
「わらわの治す早さが足りぬのか…」
「自分の身体にあるこの悪い予感、勘違いではありますまい」
「そなた、死ぬのか」
「はい。近いうちに、必ず」
「死ぬると人はどうなるのじゃ?」
今まで散々人を死に追いやっておきながら、そんな疑問は今の今まで持ったことがありません。
女王は若き男にすがります。
「教えよ。人は死んだあと、どこへ行く?」
「生まれ変わって、別の者になり、再び生きます」
「ではそなたが死んだら、すぐに生まれ変われ。わらわと逢って、面白い物語をもっと聞かせるのじゃ」
「それは叶いません」
「どうしてじゃ!?」
「次に生まれるときには、今のことを全て忘れてしまうからです」
「そうだ! そなたの血、全て移し替えしてしまおう! この国には腕の良い医者だって大勢おる! 血も屑どもから集めれば事足りよう」
「ありがたいお話ですが、それもできることではございません」
「何故に!?」
「理由が2つございます。どちらも大事なことです」
「申せ」
「はい。1つは、人の血には多くの種類があるのです。闇雲に他者の血をわたくしに入れてしまえば、馴染まぬ血はたちまちに我が身の中で暴れだし、わたくしは2度と動けなくなるでしょう」
「もう1つの理由とは?」
「もう1つは、わたくし自身の性質故でございます」
「性質とな?」
「はい。水のない場所で魚が生きられないのと同じく。わたくしは、自分のために誰かが犠牲になることを嫌います。そんなことがあるぐらいなら、わたくしは自らこの命を絶ってしまうことでしょう」
「そうか。では、どうにもならぬのか」
「なりませぬ」
それで女王は黙ってしまいました。
夜風がそよそよとバルコニーを流れ、松明の光を揺らせます。
「わたくしが死ぬまでの間――」
青年が沈黙を破りました。
「少しでも多く、女王様のお側に居させてはもらえぬでしょうか?」
「そなたは、なにを望んでおるのじゃ?」
「貴方様に、もっと多くの物語をお聴かせしたい。それがわたくしの希望にございます」
「何故じゃ? 何故そなたは命を使ってわらわに尽くす?」
「わたくしが物語を語るようになったのは女王様、貴方様にお聞き入れいただきたかったからに他なりません」
「それが解らん。わらわに慕情があるわけでもあるまいに」
「あります」
「ん? 今、なんと?」
「貴方はお美しい」
この言に女王はすっかり唖然としてしまい、もはや声を出すことが叶いません。
青年がすっと腰を上げ、女王の肩にローブをかけました。
「今宵は寒うございます。お身体を壊さぬよう」
彼は深々と女王に礼をします。
「それではまた明日に。失礼いたします」
それはそれは綺麗な月夜のことでございました。
詩人のように美しい気持ちを持つ青年。
彼の本当の願いが女王への復讐であることを、彼女はまだ知りません。
後編に続きます。
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