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夢見町の史

Let’s どんまい!

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April 19
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2010
August 04

【第1話・出逢い編】
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/380/

【第2話・部活編】
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/381/

【第3話・肝試し編】
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/382/

【第4話・海編】
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/383/

【第5話・無人島編】
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/384/

【第6話・文化祭編】
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/385/

------------------------------

「文化祭では迷惑をかけたね」

 秋の風が伊集院の髪を乱す。
 俺は「別にいいよ」とさらりと言った。

 伊集院はわざわざ、そのことを詫びるためだけに俺をここに呼び出したのだろうか。

 校舎の屋上に出ていると風が強く、わずかに寒い。
 俺はぶるっと身震いをする。

「伊集院、盲腸はもういいのかよ?」

 手櫛で髪を整えると、伊集院は「おかげさまでね」とはにかむ。

「退院してからは順調そのものだよ」
「そりゃ何よりだ」
「春樹君」
「ん?」
「君に訊きたいことがあるんだ。真剣に答えてくれ」
「なんだよ、急に改まって」
「君と佐伯さんは、どういう関係なんだい?」
「な…!」

 思いがけない質問だった。
 反射的に焦って、俺は強がりを見せる。

「べ、別にあいつとはなんにもねーよ! あいつとはただの腐れ縁で…! たまたま家が隣ってだけで…!」
「それを聞いて安心したよ」
「え? なにが」
「僕が佐伯さんに交際を申し込んでも、問題ないということでいいんだね?」
「え? いや、まあ、お、おう」

 ついいつものクセで、俺は胸を張る。

「あ、あいつがいいって言えば、いいんじゃねえか?」
「そうか」

 伊集院が再び「それを聞いて安心したよ」と髪をかき上げる。

------------------------------

 いつものように、あたしは自室の窓から手を伸ばし、春樹の部屋の窓を勝手にあける。
 春樹はまた格闘ゲームをやっていた。
 コントローラーを持って「なんだよ、またお前かよ」と毎度のセリフを口にしている。

「お邪魔するよー」
「ったく、せめてノックぐらいしろよな!」
「なによ今さら。いいでしょ? 別に」

 あたしは足元に擦り寄ってきた猫を抱き上げ、定位置である春樹のベットに腰を下ろす。
 ただ呆然と、あたしはゲーム画面を眺めていた。
 筋肉質のレスラーと、線の細いチャイナ服の女の子が、時折手から光線のようなものを発射しながら戦っている。

「今日はなんの用だよ」

 あたしが黙り込んだままでいたからだろう。
 画面に注目したまま、春樹がそう訊ねてきた。

「あのさ?」

 あたしは静かに、大吾郎の頭を撫でる。

「あたし、伊集院君から告白されちゃった」

 ちゅどーん。
 と、テレビから音がした。
 画面には「ゲームオーバー」と表示されている。
 春樹はどうやら負けてしまったようだ。
 コントローラーをかちゃかちゃと操作しながら、コンテニューを選択している。

「で、なんて答えたんだよ?」
「ううん、返事はまだ。『もし交際してくれるなら、次の日曜に学校のピロティまで来てほしい』って言われただけ」
「次の日曜って、3年の引退試合の日だぞ。マネージャー休むのかよ」

 自分が動かすキャラクターを選ぶと、春樹はポンとボタンを押した。
 その横顔を見ながら、あたしは溜め息混じりに口を開く。

「あたし、どうしたらいいかな?」
「そ、そんなの、お前の好きにしたらいいじゃねえか。なんで俺に訊くんだよ」

 こっちに顔すら向けないその春樹の態度に、あたしは少しカチンとくる。

「なによ!」

 テレビが「ファイッ」と戦闘開始を合図した。

「あたしが伊集院君と付き合ってもいいって言うの!?」
「そんなのお前の問題だろ!? 俺が決めることじゃねえじゃねえか!」
「なによそれ!? 春樹はあたしが誰と付き合おうが関係ないんだ!?」
「そういうことじゃなくて!」
「じゃあどういうことよ!」

 大吾郎があたしの膝から降り、ベットの下へと避難する。
 気づけばあたしは立ち上がっていて、ゲームを続ける春樹を見下ろす形になっていた。

「あんたっていつもそう! 人の気も知らないで!」
「なんだと!?」
「なによ!」

 あたしは乱暴に窓をガラガラと開け放つ。

「もういい! あたし次の日曜、試合見に行かないから!」

 自分の部屋の窓も開けて、あたしは淵に足をかけた。

「どういうことだよ!?」

 背後からした春樹の声に、あたしは勢い余って断言をする。

「伊集院君はあんたと違って頭もいいしカッコイイし紳士的だし、せっかく日曜待っててくれるんだからピロティまで行ってくる!」

 テレビがまた「ちゅどーん」と音を立てた。
 黙り込んでしまった春樹を尻目に、あたしは窓をまたいで部屋へと戻る。
 荒々しく窓を閉め、しゃっとカーテンを引いた。

 なによ、あいつ。

 握っていたカーテンを離し、あたしはそこに寄りかかる。

「もう、鈍感なんだから」

 その晩は、なかなか寝つけなかった。
 あたしは悩みに悩んだ末、1つの決心をして布団に潜り込む。

 翌日。
 あたしは練習の後に、顧問の安田先生に時間を作ってもらっていた。
 先生が体育教官室のドアを開ける。

「なんだ佐伯、先生に相談って」
「実は、次の日曜なんですけど…」

 サッカー部の3年生たちによる高校最後の引退試合は、親交の深い他校にて行われる。
 あたしはその日、用事があってそこには行けませんと先生に告げた。

「休むのは構わんが、どうしたんだ佐伯? 顔色が良くないぞ?」
「いえ、なんでもありません」
「まあ、入れ」

 教官室に招き入れられ、あたしは椅子を勧められる。
 先生がコーヒーを淹れてくれた。

「ほら、飲め。砂糖とミルクはそこにあるから」
「あ、ありがとうございます」

 ふうふうと冷ましながらカップに口をつける。
 先生は何も言わず、あたしの正面に椅子を持ってきて座った。

「美味いか?」
「はい」

 あたしは顔を伏せ、黙ってコーヒーをいただく。
 そうしていたら、両手で抱え込むようにして持たれているカップに、ポタリと雫が落ちた。
 ポタリ。
 ポタリ。
 またポタリ。

 いつの間にか、あたしは肩を小刻みに上下させ、ひっくひっくと顔をくしゃくしゃにしている。

「やっぱり悩みがあるんだな? そういうのはな、佐伯。誰かに聞いてもらうだけでも、楽になるもんだ」

 下を向いていたので見えなかったけど、先生はきっとこのとき、優しげに微笑んでいた。

------------------------------

 あれから眠れない日が続いたせいか、今日のコンディションは最悪だ。
 シュートをミスるどころか、ろくにパスも回せないし、なんだか足が上手く回転しない。

 あいつそろそろ、ピロティで伊集院と逢うんだろうな。

 佐伯の顔が、どうしても頭から離れないでいる。
 ぼんやりしていると俺の目の前をボールが通り過ぎ、それを相手チームの選手がさらっていった。

「春樹ー! なにやってんだ!」

 安田先生の怒声がして、俺はハッとなる。

「す、すみません!」

 すると、あっけなく前半戦の終了を告げるホイッスルが鳴り響いた。

「春樹、ちょっと来い」

 ハーフタイム中、先生がグランドの隅に俺を呼び出す。

「さっきのプレイは一体なんなんだ!?」
「すみません!」

 深々と頭を下げたが、先生の怒りは収まりそうもない。

「あんなんじゃ、チームの足を引っ張るだけだ!」
「はい! 後半戦は気をつけます!」
「後半戦?」

 先生はフンと鼻を鳴らす。

「お前みたいな奴は、後半戦に出せん」
「そんな! お願いします! 今後は気をつけるんで出させてください!」
「駄目だ駄目だ! 佐伯から聞いたぞ。お前どうせ、佐伯のことが気になって試合に集中できなかったんだろ? そんな軟弱な精神の奴を試合に出すことはできん!」
「いえ、もう大丈夫です! 試合に集中します! だからプレイさせてください!」
「駄目だと言っているだろう! 前半でみんなの足を引っ張った罰だ」

 先生は尻のポケットから財布を取り出すと、千円札を何枚か取り出して俺に握らせる。

「これでみんなの分のジュースを買ってこい! …桜ヶ丘学園のピロティまでな」
「…え?」
「俺、コーラな。先生、そこで売っているコーラしか口に合わないんだ」
「先生…」

 ニヤリと笑ったかと思うと、先生は踵を返す。
 すたすたと遠ざかってゆく安田先生の背中に、俺は精一杯に頭を下げた。

「すみませんでした! 行ってきます!」

 俺に背を向けたまま、先生がひらひらと片手を挙げる。

「行きのタクシー代も持たせたけどな、帰りは炭酸が抜けないようにゆっくり戻ってこいよ」
「はい!」

 ユニフォーム姿のまま、俺は走り出す。

------------------------------

「待ってたよ、佐伯さん」

 自販機横のベンチに座っていた伊集院君が、すっと立ち上がってあたしに歩み寄る。

「ここに来てくれたってことは、僕と交際してくれるんだね?」

 あたしは手を前で軽く組み、つま先を見つめている。
 口を開かないあたしに、伊集院君は「どうかしたのかい?」と優しく訊ねた。

 あたしは意を決し、バッと頭を下げる。

「ごめんなさい! 今日は、伊集院君にお礼を言いに来たんです」
「お礼?」
「はい。こんなあたしなのに好きになってくれて、ありがとうございました!」

 しばらくの静寂。
 あたしはゆっくりと頭を上げる。
 なんだけど申し訳ない気持ちばっかりで、またしても自分のつま先に目がいってしまう。

 伊集院君が「そうか」と溜め息をついた。

「そんなことだろうと思っていたよ。君は、やっぱり春樹君のことが好きなんだね」

 あたしはゆっくりと顔を上げ、しっかりと伊集院君の目を正面から見据える。

「はい、好きです」

 はっきりと答えることが、せめてもの誠意だと思った。

「参ったな」

 伊集院君が自嘲気味に笑う。

「やっぱり君たちの絆には敵わなかったってわけか」
「絆なんて、そんな!」

 あたしは手をぶんぶんと振った。

「あいつきっと、あたしに興味なんてないんですよ」

 泣きたくなるのをこらえながら、あたしはへらへらと笑ってみせる。

「あいつ、今日のことだって話したのに無関心だったんです。あたしを引き止めてくれなかったし…。だからこれ、あたしの片想いなんです」
「そうでも、ないみたいだよ?」
「え?」

 伊集院君が指差す方向に目をやる。
 遠く、学校の外にタクシーが止まっていて、見慣れたユニフォームが代金を支払っているのが見えた。

「さてと、邪魔者は退散しますか」

 気取った素振りで肩をすぼめると、伊集院君があたしに右手を差し出す。

「佐伯さん、素敵な恋だった。ありがとう」

 あたしはその手を握る。

「はい」
「お幸せに」

 手を離すと、伊集院君は颯爽と歩き出し、タクシーとは逆方向へと去っていった。

「おーい!」

 遠くから聞きなれた声がする。

「佐伯ー!」
「なによー」

 あたしは後ろ手を組んで、てくてくと春樹に向かって歩き出す。

「あんた、試合はどうしたのよ?」

 春樹はぜいぜいと肩で息をさせている。

「そんなことより、伊集院は?」
「もう帰ったよ」
「そうなのか。それで、どうなったんだ?」
「どうなったって、なにがー?」

 あたしは意地悪く笑う。
 春樹は「だから、その、付き合うことになったのか?」とおろおろするばかりだ。

 あたしは春樹の手を取った。

「行こ」
「え、でも、その」
「まだ試合、終わってないんでしょ?」
「え、ああ、そうだな。先生と、あとみんなにジュース買って戻らねえと」

 春樹が自販機に千円札を入れる。

 大量のスポーツドリンクと、コーラを1本。
 袋も鞄もないのに、そのジュースどうやって運ぶのよ。
 全くバカねと、あたしは春樹の腰を叩いて、そして笑った。

 続く。
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/387/

拍手[17回]

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2010
August 03
【第1話・出逢い編】
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/380/

【第2話・部活編】
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/381/

【第3話・肝試し編】
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/382/

【第4話・海編】
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/383/

【第5話・無人島編】
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/384/

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 どうにもラストシーンが気に入らない。
 俺自身よく解らないが、なんだかむしゃくしゃする。

 伊集院が主役に選ばれたのはクラスのみんなでやった投票の結果だし仕方がない。

「伊集院君、凄いなあ。あんな長いセリフ覚えられちゃうなんて」

 佐伯の賞賛する声にもなんだか腹が立った。

 文化祭の出し物で、うちのクラスは劇をやることになる。
 俺は読んだことがないけど、脚本は「千年交差」っていう小説が元になっているらしい。
 悲恋を続けては死んで、また生まれてを繰り返す、ある男女の生まれ変わりを描いた物語なんだそうだ。
 1000年間も転生を続け、最後の最後にようやく結ばれるといった内容のようだ。
 これのハッピーエンドの部分だけをクローズアップして劇にする。
 最後はキスシーンで終わるんだが、それはさすがに高校生がやるには問題があるということで抱き合うって形で表現することになるんだが、いかん、思い出したらイライラしてきた。

 伊集院と佐伯が熱い抱擁を交わしている場面が勝手に脳裏をよぎり、俺はそれをぶんぶんと首を振ってかき消す。

 麗子さんのほうがヒロインにふさわしいと、きっと何人もの男子が思っていただろうに、肝心の麗子さん本人が「目立つのは苦手なんです」と早々に辞退したこともあって、何故か佐伯がヒロインをやることになったのだ。

 背景に使うベニヤ板にペンキを塗っていると、嫌でも2人の練習する声が耳に入ってくる。
 どうやら今はクライマックスシーンをやっているらしい。
 伊集院が佐伯の前に立った。

「長いこと探していたものがあるんだ。でもそれは自分で探していたことにさえ気づけないもので、俺はそれを見つけ出していても、見つかったことをずっと知らないままでいた。気づくまで長かったよ。でも、お前はそれでも待ってくれていた。俺が、俺の運命と感情に気がつく今日までの間、待たせたな。ずっと前から言わなきゃいけなかった言葉を俺はようやく今、口にできるよ。ずっと前から、お前のことが好きだった」

 すると佐伯は「待たせすぎよ、バカ」と泣き顔になる。
 で、2人で抱き合って終わり、と。

 なんなんだ、このムカつく感じは。
 よく解らん感情だ。

 俺は力いっぱいペンキを塗りたくる。

------------------------------

 演技とはいえ、人前で男の人と抱き合うなんて嫌だなあ。

 練習中、実際に抱き合うようになるのは本番近くになってからだ。
 だから今はまだ平気なんだけど、やっぱりどうも乗り気がしない。
 でも、今さら誰かにヒロインを代わってもらうのもクラスのみんなに迷惑かけちゃうだけだし、困ったものだ。

 頬杖をつきながら、軽い溜め息をつく。

 チャイムの音がして、教室に安田先生が入ってきた。

 起立、礼、着席といつもの流れをやったあと、先生は困ったようにポリポリと頭を掻く。

「ちょっとお前らに大事な知らせがある」

 先生は言いにくそうに「実は」と間を空けた。

「昨日、伊集院の家から連絡があってな。伊集院の奴、盲腸で入院してしまったらしいんだ」

 どよどよと教室内がざわめき、先生は「静かに!」と声を通す。

「文化祭まであと少ししかないけどな、主役は別の誰かに頑張ってもらうしかないと思うんだ」

 当たり前だけど、主役は出番が1番多い。
 今から文化祭までの短い期間で、全ての演技とセリフを覚えようとする男子が果たしているだろうか。
 誰もがそう感じているらしく、男子生徒の「そんなの無理だよなあ」という声がいくつか耳に入ってくる。

「大変だとは思うんだがなあ」

 先生は申し訳なさそうな顔であたしたちを見渡した。

「誰か、主役に立候補してくれる奴はいないか?」

 誰も手を挙げないだろうな。
 あたしはそう思っていた。

 しかし、

「俺やります!」

 この発言にはクラス全体がびっくりしたに違いない。
 高々と手を挙げたのは、春樹だった。

「あんた、主役なんて引き受けて大丈夫なの?」

 すっかり成長した猫の大吾郎が、あたしの膝でごろごろとくつろいでいる。

 夜になって、あたしはいつものように窓から春樹の部屋に侵入していた。

「うるせえなあ。集中できねえだろ? 大丈夫だって。俺はやるときにはやる男だ」

 春樹はこちらに目もくれず、机に向かって熱心に台本を読んでいる。
 鉢巻までしていて、なんだか受験生みたいだ。

 こいつ、こんなに真面目な顔もできるんだ。
 ちょっとぐらい協力してあげようかな。

 あたしはその横顔を見つめた。

「ねえ春樹。読んでるだけじゃなくて、実際に口に出したほうが覚えやすいよ?」
「え? そうなのか?」

 春樹が顔を上げる。

「うん。あたしがそうだったし、伊集院君もそうやって覚えたみたい」
「なるほど、そうなのか。あ!」

 ポンと手を叩いて、春樹が嬉しそうに叫ぶ。

「お前、付き合ってくれよ!」
「な、え? え?」

 いきなり付き合ってくれって、どういうこと!?
 あたし今、もしかして告白されてるの!?
 なんでこの流れで交際申し込んでくるのよ、この男!

 そんなあたしの困惑をよそに、春樹は必死に両手を合わす。

「頼む! お前でなきゃ駄目なんだ!」
「そ、そんな、いきなり、なによ」
「いいだろ!? 頼むから! ちょっとでいいから付き合ってくれよ!」
「へ? ちょっと? なによ、ちょっとって」
「いやだから、ちょっとでもいいって意味だ」
「どういうことよそれ! そんないい加減な気持ちだったわけ!?」
「ンなわけねえだろ!? 俺は大真面目だ!」
「大真面目なら、ちょっとでもいいなんて言わないでよ!」
「なんだ。ってことは、とことん俺の練習に付き合ってくれんのか?」
「へ? 練習?」
「ん? お前なんの話だと思ってたんだ?」
「し、知らないわよ! っこのバカッ!」

 顔を真っ赤にして、あたしは春樹を殴りつける。
 あたしが何を勘違いしたのか、これは一生誰にも言わないでおこう。

------------------------------

 それ以上騒ぐと親に迷惑だから、俺はとっておきの場所まで佐伯を連れ出す。

「今日のお礼によ、クリスマスになったらまたこの場所に連れてきてやるよ」

 そこはちょっとした小高い丘で、手すりの向こうにはささやかな夜景が広がっている。
 公園になっているわけではないし、ベンチすらないけど、ここは俺が見つけた絶好のポイントだ。
 何もなさすぎて人だって来ない。

「クリスマス?」

 佐伯が俺から顔を逸らす。

「な、なんであんたと一緒にクリスマス過ごさなきゃならないのよ」
「ここから見る商店街のイルミネーションが最高なんだ。マジすげーぞ」
「イルミネーション?」
「桜ヶ丘では、クリスマスに毎年やるんだ」
「そ、そのことならどっかで聞いたことあるけど」
「そのイルミネーション、普通に見ても綺麗なんだけど、ここから眺めるともっと凄いんだぜ」

 しかし、佐伯は何故か俺の目を見ない。

「ま、まあ、そういうことなら、クリスマス、空けといてあげてもいいけど」

 俺は上機嫌で「よし!」と台本を手に取った。

「じゃあ練習しようぜ!」

 ところが、演劇ってのがこんなに難しいものだとは思わなかった。
 普通に言ってるつもりでもセリフが棒読みだと指摘されるし、動作を覚えるとセリフを忘れる。
 セリフを覚えたら今度は動作が着いてこない。
 何より、クライマックスのセリフがやたらと長くて、こいつが俺にとって最大の難所になりそうだ。

「長いこと探していたものがあるんだ。でもそれは自分で…、なんだっけ?」
「でもそれは自分で探していたことにさえ気づけないもので、俺はそれを見つけ出していても、見つかったことをずっと知らないままでいた。でしょ?」
「くっそ。もう1回!」

 練習は学校でもやっていたが、夜のここにも毎日のように俺たちは通い続ける。
 最も肝心な最後のセリフはそれでもなかなか身につかない。

 佐伯が呆れたように両手を腰に当てた。

「あんたねー、なにが『俺はやるときはやる男だ』よ。明日はもう文化祭、本番なんだからね」
「解ってるよ! いいからもう1回! 今度こそキメるから!」
「はいはい」

 佐伯が俺の前に立った。
 演技で、泣きそうな顔を作っている。

「じゃ、いくからな」

 宣言をして、俺は意識を高め、佐伯の目をじっと見つめた。

「長いこと探していたものがあるんだ。でもそれは自分で探していたことにさえ気づけないもので、俺はそれを見つけ出していても、見つかったことをずっと知らないままでいた。気づくまで長かったよ。でも、お前はそれでも待ってくれていた。俺が、俺の運命と感情に気がつく今日までの間、待たせたな。ずっと前から言わなきゃいけなかった言葉を俺はようやく今、口にできるよ。ずっと前から、お前のことが好きだった」

 言えた!
 初めて最後までつまずかずに言い切れた!
 やったぞ!

 と喜びそうになった瞬間、佐伯が俺の胸に顔を埋めてくる。
 細い腕がぎゅっと強く、俺を抱きしめた。

「待たせすぎよ、バカ」

 と、佐伯の震える声。

 そ、そうだ。
 まだ演技の途中だった。

 俺はせかせかと佐伯の背中に手を回し、力を込める。

 心臓の音がやたら激しくなっていて、そのことを佐伯に悟られないか心配だ。

 どれぐらい抱き合っていただろう。
 俺たちはほぼ同時に力を緩めてゆく。
 それでも手はそれぞれ相手に添えられたままで、体だけを少しだけ離した。

 俺の両手は佐伯の肩に。
 佐伯の両手は俺の腰に。

 目と目が合った。
 互いにそのまま見つめ続ける。
 やがて俺たちは自然と目を閉じた。
 佐伯が顔を上げたまま背伸びをし、俺は顎を下げて顔を少し傾ける。
 佐伯の吐息が俺の顔まで届いた。

 どん!

 突然佐伯に突き飛ばされて、俺は一瞬なにが起こったのか解らなかった。
 佐伯がコホンと咳払いをしている。

「ま、まあ、こんな感じでい、いいんじゃない?」
「え、ああ。そう、だな」

 夜風がそよそよと吹いた。
 なんだか微妙な沈黙が訪れる。
 それを破ったのは佐伯だった。

「じゃ、明日の本番、頑張ってね。あたしも頑張るから」
「え、あ、おう」
「じゃあね!」

 佐伯は走って帰ってしまった。

 なんだよあいつ、どうせ家が隣なんだから一緒に帰ればいいのに。
 変な奴だな。
 それにしても、さっきの妙に自然な流れは一体なんだったんだろう。
 いやいや、いかんいかん!
 明日が本番だからな、もうちょっと1人で練習していよう!

 俺はなるべく、さっき抱き合った後に起こりそうになったことについては考えないよう努めた。

 演技が上手いかと訊かれれば俺はそうでもないと思うんだが、本番はそこそこ無難に進行してゆく。
 緊張しまくりだけど、見ている観客たちから野次を飛ばされるなんてことは今のところはない。
 問題はやはりクライマックスのあのセリフだ。

 体育館のステージ中央に、俺は立つ。
 目の前には衣装を身に纏った佐伯が涙ぐんでいた。

 いよいよか。
 あのセリフが成功したのは結局夕べの1回だけだった。
 だからって、ここまで来たらもう引き返せない!

 俺は視線を佐伯の目に合わせ、ごくりと唾を飲む。

「長いこと探していたものがあるんだ。でもそれは自分で探していたことにさえ気づけないもので、俺はそれを見つけ出していても、見つかったことをずっと知らないままでいた」

 半分ぐらいを口にしたところで、俺は思わずパニックを起こしそうになる。

 なんてこった!
 ここから先のセリフが全く出てこない!
 頭ン中が真っ白だ!

 固まっていると、観客たちがどよめき出す。
 俺がわざと間を作っているのか、セリフが飛んでしまったのかを測りかねているみたいだ。

 どうしようどうしようどうしよう。
 なんだっけなんだっけ。
 このままセリフが出てこなかったら、高校最後の文化祭が台無しになっちまう!

 困っていたそのとき、佐伯が意外な行動に出た。
 まだセリフの途中なのに、俺に抱きついてきたのだ。

 バカお前、まだ早い!
 と思ってあたふたしたら、佐伯は小さく短く、俺の耳元でささやく。

「そのままあたしを抱きしめて」

 わけのわからないまま、それでも俺は言われた通りに手を伸ばし、佐伯の体に手を回す。

 佐伯が再び俺の耳元でささやいた。

「気づくまで長かったよ。でも、お前はそれでも待ってくれていた」

 その言葉が何なのか すぐにピンとくる。
 セリフの続きだ!

 俺は佐伯の言葉をそのまま復唱する。

「気づくまで長かったよ。でも、お前はそれでも待ってくれていた」

 佐伯が続きを言い、俺がそれを次々となぞってゆく。

「俺が、俺の運命と感情に気がつく今日までの間、待たせたな」
「俺が、俺の運命と感情に気がつく今日までの間、待たせたな」
「ずっと前から言わなきゃいけなかった言葉を俺はようやく今、口にできるよ」
「ずっと前から言わなきゃいけなかった言葉を俺はようやく今、口にできるよ」

 さっきの混乱のせいで俺の声は自然と震えている。
 聞いてるお客にそれは、俺が泣くのを我慢しているように耳に入っていることだろう。

「ずっと前から、お前のことが好きだった」
「ずっと前から、お前のことが好きだった!」

 すると佐伯は俺の腕からするりと抜けて、笑い泣きのような表情で大声を出した。

「待たせすぎよ! バカァ!」

 続けて佐伯が覆いかぶさるかのように飛びついてきて、俺はそれを受け止める。

 ステージには幕がゆるゆると下りてきて、観客たちは盛大な拍手を俺たちに贈ってくれた。

「お前にはホント助けられたよ」

 クラスのみんなで成功を祝い、その帰り道。
 俺は佐伯にジンジャーエールを奢った。

「それにしても」

 気が抜けてしまって、俺はついだらしない声を出す。

「無事終わってよかった。一時はどうなることかと」
「ねえ、春樹」
「ん?」
「なんであんた、主役に立候補したの?」

 どういった感情からなのか、佐伯はにやにやと薄ら笑いを浮かべている。
 そんな質問、答えられるわけねえじゃねえか!
 佐伯が他の男子と抱き合うのを見たくなかっただなんて、死んでも言えるか!

 俺はそっぽを向いて、ぶっきらぼうに「忘れた」と吐き捨てる。

「それにしても、お前、ホントすげーな」

 話を逸らすことが目的だけど、俺はついつい本音を口にする。

「お前、自分のセリフどころか、俺のセリフまで覚えてたし」
「そりゃあんだけ練習に付き合わされればね」
「アドリブも不自然じゃなかったしよー」
「あんときはあたしも焦ってたよ」
「だいたいお前、演技うめーよ」

 すると、佐伯がぴょんと小さく飛んで、俺の前で悪戯っぽく舌を出す。

「だって、演技じゃないもん」
「え?」
「じゃ、またねー!」

 たたたっと駆けて、佐伯は自分の家へと入っていった。

 俺はその場に立ち止まり、ただただ首を捻るばかりだ。

 演技じゃなかった?
 演技じゃなかったら、なんだったんだ?
 俺にはなんだかよく解らん。
 ったく、相変わらず変な女だぜ。

 続く。
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/386/

拍手[24回]

2010
August 03
【第1話・出逢い編】
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/380/

【第2話・部活編】
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/381/

【第3話・肝試し編】
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/382/

【第4話・海編】
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/383/

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 最初に声をかけてきたのは佐伯のほうだった。

「ねえねえ、昨日から気になってたんだけどさ、あの島に行ってみない?」

 夏旅行2日目も、俺たちは朝から海を堪能する。

 夕べはあれだけ星が綺麗だったのに、今は曇り空だ。
 昨日と比べて波も随分と荒い。

 天気が悪くなったら民宿に戻ってトランプでもしていよう。
 そんな相談をしていたら、近藤が「伯父さんから借りてきたよ」と嬉しそうにゴムボートを引きずってきた。

「ただこれ小さいから、乗れるのは2人だけなんだ」
「じゃあ、交代交代で乗ろうぜ!」

 誰と誰がゴムボートに一緒に乗るのかだとか、どのような順番で乗るのかは特に決めたわけじゃなかったけど、最初は近藤がさっちゃんを誘って荒波のスリルを楽しんでいた。

 さっちゃんが溺れるなんてちょっとしたアクシデントがあったからなのか、伊集院と麗子さんは遠慮がちだ。
 それならば俺が、と黄色いボートに乗り込んだ。
 少しだけ沖に出てみるか。

「よいしょっと」

 呼んでもいないのに佐伯がボートによじ登ってくる。

「うわあ、揺れるねー」
「またか! なんでいつも麗子さんじゃなくってお前なんだよ!」
「白鳥さんじゃなくって悪かったわねー」

 佐伯は意地悪そうにべーと舌を出した。

 オールを漕ぐ。
 ボートはゆっくりと沖へと進んでゆく。

「あーあ~」

 佐伯はどこか残念そうな声を出した。

「また来年も、どうせあんたと一緒なんだろうなあ」
「え!?」

 不意を着かれたような心地だ。
 動揺を悟られないように、俺はわざと口調を強める。

「いやお前、来年って、いやほら、俺たちもう3年で、来年は卒業してるんだぞ!?」
「あれ? あ、そっか、春樹聞いてなかったんだっけ?」
「え? なにを?」
「夕べ部屋で、さっちゃんと近藤君とで、毎年同じメンバーで来たいねーなんて話してたんだ」
「え、あ、そ、そういうことか」
「なんだと思ったのよ?」
「な、なんでもねえよ!」

 そんな他愛もない話をしていたら、佐伯がさらに沖にある島を指差して、ちょっとした冒険を提案したってわけだ。
 その島は徒歩で1周するのに何時間もかかりそうなぐらいの大きさだけど、住んでる人間はいないらしい。
 いわゆる無人島ってやつだ。

 浜にいる近藤たちに、俺は声を張り上げる。

「おーい! 近藤ー! ちょっと俺ら、あの無人島に行ってくるー!」

 遠くからかすかに「気をつけてー!」と親友の声が返ってきた。
 近藤とさっちゃんがこちらに大きく手を振っているのが見える。

 俺はオールを漕ぐ腕に、さらに力を込めた。

------------------------------

 春樹の奴、信じられない!

 ちょっと島を散歩していたら雨が降り始めて、あたしたちは元の浜辺に戻ろうとボートを目指す。
 海がさっきよりも荒れてきているから、戻るのは大変かも知れない。
 雨の勢いもちょっとずつ増してきてるようだったから、あたしたちは自然と早歩きをしていた。

「うっわ! マジかよ!」

 春樹が悲痛な声を出す。
 あたしも目を見開いた。

 ゴムボートを停めてあった場所にあったのは、荒れ狂う波だけだった。

「なんで!? ボート流されちゃったの!?」
「ああ、そうみたいだな」
「なんでちゃんとロープ結んでおかなかったのよ!」
「結んだよ! きっと、波が高いせいでほどけたんだ」
「そういうのは『ちゃんと結んだ』って言わないのよ! バカ!」
「なんだと!?」
「なによ!?」

 喧嘩をしても始まらない。
 あたしたちはどこか雨宿りができそうな場所を求めて島の中心へと足を向けた。

 雨がさらに強くなって、あたしと春樹は言い合いながらも探索を続ける。

 昔は道だっただろう地面は雑草だらけで足がチクチクするし、雨がどんどん体温を奪ってゆく。
 振り返ってみると海はさっきよりもさらに波を高めていて、あたしは台風のニュースを思い出していた。
 空が、ゴロゴロと音を立てている。
 ホント最悪だ。

「やった!」

 春樹が表情を輝かせる。

「小屋がある!」

 春樹が見つけたそれは木造の小さな山小屋で、幸い鍵はかかっていなかった。
 どうせ無人だからと、あたしたちは勝手にその小屋へと避難する。

「でさ、この後どうするの?」

 土砂降りの雨が激しく窓を叩いている。
 帰る手段が思いつかなくて、あたしは焦りの色を隠せなかった。

「あんだけ波が高かったんだよ? 助けが来れるわけないじゃない」
「近藤が、俺たちがここにいることを知ってる。天気が良くなるまでここにいるしかねえだろ」
「そんな!」

 こんな廃墟みたいな小屋で、濡れた体を拭く物もなくて、ごはんもなくて、しかも春樹と2人きり?

 何かしら文句を言いたかったけど、寒さのせいで、あたしは腕を抱えて震えることしかできないでいた。

「お!」

 小屋の中をごそごそと探っていた春樹が声を上げる。

「毛布あったぞ!」

 春樹はそれを「ほらよ」とこちらに放り投げてきた。

 今この状況で、毛布はありがたい。

「ありがと」

 あたしは体の水滴をなるべく払うと、さっそく毛布に身を包んだ。
 春樹はというと、海パン姿のままガチガチと歯を鳴らして寒そうにしている。

「あれ? 春樹の毛布は?」
「それが」

 言いにくそうに、春樹は顔を伏せる。

「毛布、1枚しかなかったんだ」
「へ?」

 あたしは口をぽかんと開けた。

------------------------------

「だって、仕方ないでしょ?」

 俺はいいって言ってるのに、佐伯はしつこい。

「この寒さだと、あんたまた熱出すよ?」
「大丈夫だって。寒くなんかねえよ」
「いいから、ほら!」

 佐伯が強引に、俺を毛布の中に引き込んだ。

 なんだか部屋の真ん中で抱き合っているみたいで、間が持たない。

「そ、そうだ! 非常用の水もあったんだ!」

 俺は自然体を装って毛布から脱出する。
 毛布から出ると肌寒いが、何故か顔だけが温かい。 

 棚の中からペットボトルを取り出して、佐伯に差し出す。

「まだ期限切れてないみたいだから、喉乾いたら飲めよ」
「あんたってさ」

 佐伯が感心したような顔をして俺を見つめる。

「意外と頼りになるとこ、あるんだ」
「バ、バカ言ってんじゃねえよ! こんなの普通だよ!」

 ペットボトルを佐伯に放って、俺は顔を背ける。

 それからどれぐらい経っただろう。
 小屋の中は真っ暗闇だ。

 俺と佐伯は結局、2人で1枚の毛布に包まって座り、壁に背を預けている。
 どちらも水着のままだから、二の腕の部分は素肌で、触れ合っている部分が温かい。

 佐伯は俺が見つけたペットボトルから口を離す。

「あ、ごめんね。あたしだけ飲んじゃって」

 はい、と水を渡される。

「え!?」

 どうしても飲み口の部分に目がいってしまう。

 そんなの、間接キスじゃないか!

 俺はあたふたと「いや俺は全然喉渇いてないから大丈夫!」と、ペットボトルを佐伯に押し返した。

「なに遠慮してんのよ」
「え、遠慮なんてしてねえよ!」
「なにムキになってるの?」
「は、はあ!? ム、ムキになんてなってねえし! 俺、水なんてなくたって全然平気だし!」
「なにサボテンみたいなこと言ってんのよ」
「誰が砂漠の植物だ!」
「もう! さっきからなによ! あたしが親切で言ってやってんのに! 意味のない無理ばっかしてバカみたい!」
「なんだと!?」
「なによ!」

 と、そのとき。
 天気は良くなるどころか、さらに悪くなって雷まで発生したらしい。
 窓の外が一瞬だけ眩しいほどの光を放ったかと思うと、耳元で大太鼓を打ち鳴らされたような大音量が轟く。 

「きゃあ!」

 毛布の中で、佐伯が俺に抱きついてきた。

「な、なんだよ!」
「あたし雷苦手なの!」

 すると2発目の雷が。

 佐伯は再び悲鳴を上げて、ぎゅっと俺の体を強く抱きしめる。

「お、お前ホント怖がりだな」
「う、うるさいなあ!」

 語気は荒いが、佐伯は俺を離す気がないようだ。

「あたし、肝試しのとき決めたの」
「なにをだよ?」
「怖いものは怖いって、正直に言おうって」

 フラッシュを焚いたかのような光と、再びの轟音。

「きゃあ!」
「いちいち大袈裟な」
「ちょっと春樹」
「なんだよ」
「怖い」

 な、なんだよこいつ、急にしおらしくなりやがって。
 普段からこうなら可愛げあるのによ。
 なんて思っていたら、佐伯の言葉には続きがあった。

「あの、春樹。あのさ、その」
「なんだよ」
「あのね? あの、雷怖いから、その」
「だからなんだよ」
「あの、その、春樹も、その、あたしをさ? もー! 解るでしょ!?」
「わかんねえよ! なんなんだ一体!?」
「もう! 鈍いなあ! あたしを抱っこしててほしいの!」

 なんだってェ!?
 だだだ、抱っこだと!?
 いやでも、こ、怖いんなら仕方ねえ。

「ちッ! しょ、しょうがねえなあ」

 全身が硬直して、俺はギクシャクと佐伯の肩に腕を回す。
 こんな状況、もしクラスの連中に見られたらどう思われるんだ。
 水着姿で、同じ毛布に包まって、抱き合って、しかも他人のいない小屋で2人きりで一晩を明かす?

 2人きりで、一晩を明かすー!?

 俺が漫画だったら頭を爆発させているところだ。

「さ、佐伯。も、もういいだろ?」

 声をかけるが、返事はない。

「おい、佐伯」

 それでも反応がないので見てみると、暗くて解りにくかったが佐伯はどうやら寝入ってしまったらしい。
 すーすーと寝息が聞こえる。

 抱き合ったせいで温かくなったからなのか、安心したからなのか、こいつ眠りやがった!

「ったく」

 肩に回した腕を外すと起こしてしまいそうだったので、俺もそのままの体勢で眠ることに集中し始める。
 心の中で、邪心を払うかのように俺は念じた。

「羊が1匹、羊が2匹、羊が…」

 駄目だ、全然眠れねえ!

 数えた羊の数は1万に達していたが、眠気は一向に訪れてこない。
 窓の外が明るくなり始めている。
 雨はまだ降っているようだったが、夜ほどの激しさはなくなっていて、これは朝になる頃に止むだろうと予感させた。

 薄明かりが佐伯の寝顔を照らす。

「こいつ、黙ってりゃ可愛いのによ」

 つい独り言を出してしまった。

「ん…」

 俺の声に反応したのか、佐伯は目を閉じたまま顎を上げ、顔をこちらに向ける。

「ちょ!」

 佐伯の吐息が俺の首筋をくすぐった。

 俺たちの姿勢は抱き合ったままの状態で、佐伯は目を閉じて俺に顔を向けている。
 この体勢はやばい!

「お、おい、佐伯、さん?」

 恐る恐る声をかける。
 すると佐伯は返事をするかのように「ん」と、どこか色っぽい声を出した。

 心臓の鼓動はもはやヘビメタのドラムぐらい早くなっている。

「おい、寝てんのか?」
「ん」
「お前、そんな無防備だと、ほら、な?」
「んん」
「おいおい、起きろって」
「んー」
「起きろよ」
「ン…」
「起きねえとお前、キ、キスしちまうぞ?」
「ん」
「起きろって。本気だぞ?」
「ん…」
「い、いいんだな? ホントにやるぞ? お、お前がいいって言ったんだからな?」
「んんっ」

 ええい、もうどうにでもなれ!

 俺は覚悟を決めた。
 目をつぶり、唇を尖らせ、佐伯に迫る。
 ファーストキスまであと1センチ!
 というところで、「へ?」という声がした。

 目を開けてみると、佐伯の顔がすぐ目の前にあって、驚きの表情が俺を見つめている。
 驚愕していたその顔は、みるみるうちに怒りの表情へと変化した。

「いや、これはちが、ちが、違うんだ」

 弁明空しく、佐伯は俺に絡めていた腕を外すと拳を握る。

「っこの、バカーッ!」

 助けに来てくれた近藤の伯父さんが俺の顔を見て、「熊にでも遭ったのかい?」と不思議そうな顔をしたのは言うまでもない。

 続く。
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/385/

拍手[23回]

2010
August 02
【第1話・出逢い編】
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/380/

【第2話・部活編】
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/381/

【第3話・肝試し編】
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/382/

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「僕の親戚が民宿やってるんだ」

 近藤が目を輝かせ、まっすぐに俺を見つめている。

 休み時間で、生徒らは俺たちと同じく、それぞれが思い思いの会話を繰り広げている。

 近藤が少し身を乗り出した。

「クラスのみんなにも声かけてるんだけど、春樹も夏休みにそこに行かないか?」

 聞けばその民宿は海辺で、場所もそう遠くはない。
 ただ俺は小遣い不足なのだ。
 2泊の旅行なんて行ったら他に何もできなくなってしまう。

「う~ん、どうしようかなあ」

 悩んでいると、近藤はトドメの一言を言い放つ。

「女子も来るんだ。さっちゃんと佐伯さん、そしてなんとクラスのマドンナ、あの白鳥麗子さんもね」
「ぜってー行くよ!」

 校庭からセミの鳴き声がしていて、今年の夏も暑くなることを予感させていた。

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「ジャンケンで負けた奴、ジュースの買い出しな」

 そう言い出した春樹が負けて、あたしは大笑いをした。

 絵に描いたような青空で、遠くにはくっきりとした輪郭の入道雲。
 とても台風が近づいているとは思えないほど良好な天気だ。
 水平線の辺りには小さな島があって、近藤君の話によるとあれは無人島らしい。

 女子はあたしとさっちゃんと、白鳥さん。
 男子は春樹と近藤君と伊集院君だ。
 あたしたち6人は近藤君の伯父さんが運転する送迎バスに乗せてもらって、今は夏の海を満喫している。

「くっそ。俺が負けたかー」

 春樹が悔しそうに毒づいた。

「じゃあちょっと買いに行ってくる」

 みんなから小銭を預かると、春樹は1人1人に注文を訊ねる。

「近藤、何がいい? 伊集院は? スポーツドリンクね。あの、白鳥さんは? うん、解った。さっちゃんは何にする? オッケー」

 春樹は最後にあたしに「お前は?」と声をかけた。

「あたし、ジンジャーエール」
「おう」

 出発しようとあたしたちに背を向けた春樹はしかし、すぐにピタっと立ち止まる。

「考えてみたらジュース1人じゃ持ちきれねえや。お前も来いよ」

 あたしは「ったくしょうがないなー」とシートから腰を上げた。

「ねえ、優子ちゃん」

 コーラを飲みながら、さっちゃんがまじまじとあたしの顔を覗き込んでいる。

「変なこと聞くかも知れないけどさ」
「ん? なあに?」
「春樹君と、ホントに付き合ってないんだよね?」

 あたしは反射的にジンジャーエールを噴き出した。

「な、なに言ってんのよ!」
「だってさ? 見てるとなんか違うもん」
「違うって、なにが?」
「2人の距離感」
「ちょ、やだなー! そんなことないよ! それにあいつ、白鳥さん狙いなんだよ!?」
「そうかなあ? 春樹君、頭でそう思い込んでるだけで、ホントは優子ちゃんのこと好きなんだと思うんだけどなあ」
「そんなことないったら! もー!」

 あたしはジンジャーエールを置くと、「ちょっと泳いでくる!」と宣言をして海へと走り出す。

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 結局、初日の昼は麗子さんと上手く喋れなかった。
 麗子さんはやっぱり伊集院目当てでこの旅行に来たのかも知れない。
 そう考えると、自然と俺の気が重くなる。
 視線の先には楽しそうに談笑している麗子さんと伊集院がいた。

 近藤の伯父さんが用意してくれた夕食はどれも最高に美味かった。
 満腹になった後はみんなで花火をやって、今は男子の部屋に女子らが遊びに来ている。

 少し考え事をしていたら、いつの間にか俺は会話の輪から外れてしまっていて、なんだか1人でいるよりも孤独な感じだ。
 伊集院に話しかけようにもそれほど親しくないから話題がない。
 ということはつまり、伊集院と話している麗子さんと仲良くなれるチャンスだって今はないわけだ。

 佐伯も近藤も、さっちゃんと何かしらを喋って盛り上がっているし、俺の居場所がないように思えて仕方ない。

 俺は気配を殺すようにスッと立ち上がると、音を立てないようにして部屋を抜け出す。

「上手くいかねえなあ」

 俺の溜め息はそれなりに深かった。

 夜の浜辺は綺麗だ。
 月が反転して水面に映っている。
 波の音はそれほど大きくないけど、なんだか心に染みてくるようだ。
 その景色と波の音は何故だか飽きを感じさせず、いつまでも俺をそこにいさせてくれる。

 浜辺で腰を降ろして、どれぐらい経っただろう。
 頬に、急に冷たい感覚があって驚く。

「うわ!」

 振り返ってみると、そこにはコーラの缶を2本持った佐伯が立っていた。
 どうやら頬に缶を押しつけられたみたいだ。

 佐伯がコーラの片方を俺に手渡す。

「なーに黄昏てんのっ」
「な、なんだよ。お前かよ」

 コーラを受け取ると、佐伯は俺の隣に腰を下ろし、自分の缶の蓋を開ける。

「夜の海も、なんかいいね」
「え、ああ。そうだな」

 ざざーん。
 ざざーん。

 2人でしばらく波の音に聞き入る。
 海を見つめながら、俺もコーラの蓋に指をかけた。

 ぶしゅ!

 そんな音がするのと同時に、冷たいコーラのしぶきが俺の顔に襲いかかる。

「うわ!」
「あはは」
「お前! コーラ振りやがったな!?」
「元気出た?」
「俺は最初から元気だよ!」
「そ? ならいいんだけど」

 佐伯はつ、と立ち上がる。

「なんだか悩んでるように見えたからさ」
「余計なお世話だ!」
「それだけ怒れるんなら大丈夫だね。じゃ、あたしもう戻るから」

 言い残し、佐伯は海に背を向けた。

 俺は「なんなんだ、あいつは」とぼやいて、砂の上に大の字になる。
 しかしすぐさま、俺は上半身を起こして遠ざかろうとする佐伯に声をかけた。

「おーい、佐伯ー!」
「なあにー?」
「ちょっと来いよ!」
「なんでよー!」
「いいから! 早く!」

「なんなのよ」と訝しげにしている佐伯に、俺は「ちょっとここで寝てみろよ!」と興奮気味に言った。

「寝る? パジャマが砂まみれになっちゃう」
「そんなの払えば落ちるから、ほら!」

 俺は再び地面に背をつける。
 ぶつぶつと文句を言いながらも、佐伯も隣で横になった。

「あー!」
「な?」

 そこにはどれが星座になるのか解らないぐらいの多くの星々が輝いている。
 俺たちの視界を全て、星空が支配した。

「綺麗」

 たまには佐伯も素直なことを言う。

 この小さな星の1つ1つはきっと、実際は地球よりも大きいんだろうな。

 俺もふと、正直な気持ちになった。

「俺、なんて小さいんだろうな」
「そうだね」
「否定しろよ、そこは」
「だって小さいじゃない」
「お前、俺を元気づけに来たんだろ!?」
「ちが、なんであたしがあんたなんかを心配しなきゃいけないのよ!?」
「なんだと!?」
「なによ!」

 気がつけば、俺と佐伯は互いに砂を投げ合って戦っていた。
 夜空に俺たちの笑い声が響く。

 なんとなくだけど、明日は最高にいいことがあるような、そんな気がした。
 この予感はきっと気のせいなんかじゃない。

------------------------------

「前言撤回だ!」

 春樹が怒鳴り散らす。

「今日は最高にいいことがありそうだと思ってたのに、最悪じゃねえか!」

 あたしには全く意味の解らない文句だ。

 だいたい、なんでこいつが被害者ぶってるのよ。
 怒りたいのはこっちのほうだわ。

 あたしは「なによ!」と怒鳴り返す。

「あんたがちゃんとボートを繋いでおかないからでしょ!?」
「お前がここに来たいって言ったんじゃねえか!」

 水着のままだから、雨のせいで夏なのに肌寒い。
 文句を言い合いながら、あたしと春樹は山道を進む。

 この島には今、あたしたち以外に誰も人がいない。

 続く。
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2010
August 02

【第1話・出逢い編】
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【第2話・部活編】
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「春樹先輩、次の週末、空いてますか?」

 俺に電話をよこしてきたのは、サッカー部のマネージャー。
 1つ後輩の美香だ。
 いきなり電話してくるなんて、俺になんの用があるのだろうか。

「週末っていうと、土曜?」
「はい。よかったら、お祭り、一緒に行きませんか?」

 言われてみれば確かにもう夏祭りの時期だ。
 記憶をさぐってみたが土曜に用事はなく、俺は「別にいいよ」と返事をして電話を切った。

------------------------------

「佐伯さん、次の土曜なんだけど、用事あるかな?」

 あたしに電話をくれたのは、同じクラスの伊集院君だ。
 生徒会長をやっていてスポーツ万能。
 春樹なんかと違って勉強もできるような彼が、あたしにどんな用があるのだろう。

「土曜日、ですか?」
「ああ。佐伯さんは転校してきて、まだこの町のことをあまりよく知らないだろう? 次の土曜日、夏祭りがあるんだ。もしよかったら案内したくってね」

 その日に用事はないんだけど、どうしよう。
 悩んでいると、伊集院君はさらに続ける。

「花火も見られるし、どうだろう? 土曜に何か予定あるかな?」
「いえ、予定はないですけど」
「じゃあ決まりだ。土曜、楽しみにしているよ」

 まあいいかと思い、あたしは「はい」と返事をして電話を切った。

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 祭囃子の中を進む。
 俺は手持ち無沙汰で、さっき取った水風船のヨーヨーをもてあそぶ。
 隣を見ると、美香はわたあめに口をつけていた。
 茶色がかった髪を結い上げていて、黄色の浴衣が似合っている。

「先輩」

 美香が俺に笑顔を向けた。

「もうすぐ花火の時間ですね」
「え、ああ、そうだな」
「川原のほう行きましょう! ほら、早く早く!」

 美香が俺の手を取って早歩きになる。

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 周りを見渡すと浴衣姿の女の子が多くて、あたしは私服で来てしまったことを少し後悔していた。
 手元の小さなビニールには、さっき伊集院君が取ってくれた金魚が2匹、可愛らしく泳いでいる。

「規模は小さいけど、年に1度のお祭りだからね。この町の住人は毎年楽しみにしているんだよ」

 隣を歩く伊集院君は親切に、この町のことを色々とあたしに教えてくれた。

「桜ヶ丘の名物といえば、クリスマスのイルミネーションなんてのがあるね。そのイルミネーションと今日の花火は必見だよ」
「へえ、そうなんですか」

 伊集院君は同い年なのに大人びていて、あたしはついつい敬語になってしまう。

「おっと」

 伊集院君が腕時計に目を走らせた。

「もうすぐ花火の時間だね。川原のほうに移動しよう。そこから眺める花火が1番綺麗なんだ」

 あたしは「はあ」と曖昧な返事をし、伊集院君に着いて歩く。

 川原にはあたしたちの他にも人の気配があったけれど、街灯がないので顔までは解らない。
 水のせせらぎが耳に優しくて、あたしはつい音に聞き入る。
 すると遠くからかすかに「ヒュルルルル」と別の音がして、伊集院君が「来たよ」とつぶやいた。

 ドーン。
 ぱらぱらぱら。

 割と近くで打ち上げているらしい真っ赤な花火が夜空を覆う。
 辺りが一気に明るくなった。

「あ」

 すぐ近くで声がした。
 声の方向に顔を向けると、そこには少し驚いたような顔をした春樹が、美香ちゃんと一緒に立っている。

 花火は続々と上がっているけれど、その大音量はあたしの耳に入ってこなかった。

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 あの夏祭り以来、何故だか佐伯の態度がよそよそしい。
 学校でも絡んでこないし、いつものように図々しく俺の部屋に上がり込むこともなくなった。

 伊集院の奴と、何かあったのか?

 ちらっと佐伯の横顔を覗き込むと、あいつは先生の説明に集中している。

「旧校舎は整備されていないから、足元には充分注意するようにな。しっかり床を照らしながら進むんだぞ。では、今からクジ引きでペアを決める」

 辺りはすっかり暗くなっていて、風も生ぬるい。
 絶好の肝試し日和ってやつだ。

 クラスメイトたちは用意されていた箱に次々と手を突っ込んでゆく。
 俺がクジを引くと、そこには3と書かれていた。

 生徒たちは互いに「10の人いるー?」とか「7の人ー!」などと呼びかけ合い、自分の相方探しに夢中だ。

「3の人ー!」

 女子の声に反応し、「俺3!」と声を張り上げると、そこには目を丸くした佐伯が呆然と突っ立っている。
 3と書かれた紙を大きく掲げた体勢のまま、固まっていた。

 懐中電灯を2本と小石を渡され、俺たちの番が回ってくる。
 旧校舎の奥にある時計台まで行って、この3とマジックで書かれた小石を置いてくれば任務達成だ。
 その2人に勇気があることが証明される。

「ほら、行くぞ」

 声をかけると、佐伯は無言で着いてきた。
 なんだかむすっとしているように見えるが、怒っているんだか怖がっているんだか解らない。

 木造の校舎は夜になるとめちゃめちゃ不気味で、変なものが出てこないとしても恐ろしいものがある。
 毎年思うことだが、これなら脅かし役がいるオバケ屋敷のほうが断然にマシだ。

「おい佐伯、なんか喋れよ」
「うるさいな」
「なんだよお前、最近なんか変じゃねえか?」
「あんたに関係ないでしょ!?」

 その態度にムッとして、俺も釣られて声を大にする。

「俺に関係ない!? 伊集院にだったら関係あんのかよ!?」
「あんただって美香ちゃんと一緒にいたじゃない!」
「なんだよ!?」
「なによ!?」

 フン!
 と同時に鼻を鳴らし、俺と佐伯はそっぽを向きあった。

 くそ。
 なんでよりによってこいつとペアなんだ。
 俺は憧れの麗子さんと一緒になりたかったのに。

 そんなことを考えていたら突風でも吹いたらしく、窓の外で木がざわざわと大きく音を立てる。

「きゃあ!」

 悲鳴と同時に、佐伯が俺に寄り添ってきた。

「なんだよお前、怖いのかよ?」
「な、なに言ってんのよ! ちょ、ちょっとびっくりしただけでしょ?」

 その声は明らかに震えている。
 これは仕返しのチャンスだ。

 俺はにやにやと薄ら笑いを浮かべる。

「きゃあって言ったぞ、お前」
「う、うるさいな!」
「なんなら手でも握っててやろうか?」
「だ、誰があんたなんかと!」
「まさかお前が『きゃあ』なんて女らしい悲鳴上げるなんてなー。きゃあ」
「バカにしないでよ!」

 佐伯は今までで1番の大声を出すと、俺を突き飛ばすように肩を押す。

「怖くないって言ってんでしょ!? もういい! あたし1人で行ってくる!」

 言うと同時に佐伯は俺が持っていた小石を奪うと、そのままつかつかと早歩きで先に行こうとする。

「おい、待てよ!」
「着いて来ないでよ! あんたなんて大っ嫌い!」
「待てったら!」
「うるさいな! あんたなんかいないほうがいいぐらいよ!」
「なんだと!? だったらホントに俺、引き返しちまうぞ!」
「せいせいするわ! あんたと一緒に行くぐらいなら、オバケと一緒にいたほうがまだマシよ!」
「ああそうかよ! じゃあお望み通り消えてやるよ! じゃあな!」
「はいはい、さようなら!」

 俺は鼻から大きく息を吐き、佐伯に背を向ける。

------------------------------

「どうしよう…」

 消え入るような声で、あたしは独り言をつぶやく。
 石を置くべき時計台がどこにあるのか、考えてみればあたしは知らない。
 何より、あたしは人一倍怖がりなのだ。

 懐中電灯の光はとても頼りなく思え、あたしは心細さに泣きたくなった。

 こんなことなら、つまらない意地なんて張るんじゃなかった。

 木造の古い校舎。
 昼に外から見るのと、夜に中に入るのでは大違いだ。
 窓から妙な顔が覗いていないかしら、鏡に変なものが映ってないかしら、あの角から何かが飛び出してこないかしら。
 不安に押し潰されそうになる。

 誰か。
 誰でもいいから隣にいてほしい。

 闇の中であたしは思わず口を開いていた。

「春樹…」

 その言葉を、あたしは慌てて心の中で訂正する。

 違う違う違う!
 よりによって、なんであいつの顔が浮かぶのよ!
 春樹なんて知らないんだから!

 あたしは怒りの勢いに任せて足を早める。
 その行為が軽率だったらしい。

 床の一部が剥がれていて、そのちょっとした窪みに足を取られた。
 悲鳴と同時にあたしは転び、足首に激痛が走る。

 足をくじいた!
 よりによって、こんなときに。

 なんとか立ち上がろうと、あたしは床に手をついて力を込める。

 駄目だ。
 足が痛くて、歩けそうもない。
 こんなところに、1人で?
 先生があれほど足元に注意しろって言ってたのに。

 情けなくって、ついにあたしの頬を涙が伝わった。

 不意に、その涙に光が当たる。

「やっぱり怖いんじゃねえか」

 何が起きたのか解らなくって、あたしはしばらく動けなかった。

 逆光になっていて懐中電灯を持っているのが誰なのか見えにくかったけど、その声の主が春樹だということはすぐに解った。
 でも、なんで春樹が?

「立てねえのか?」
「なんで? 引き返したんじゃ…」
「バーカ。お前が1人で行けるわけねえだろ。ほら」

 春樹はしゃがみ込むと、あたしを背負う。

「ちょっと! いいってば!」
「どうせ足でも捻ったんだろ。ったく、いつも俺のことドジだのなんだの言っといて、自分だってそうじゃねえか」
「うん」

 春樹の背中が意外にも広くって、さっきまであんなに強かった恐怖心を今は失くさせている。

 あたしは春樹の肩に顎を乗せた。

「春樹」
「ん?」
「ごめん」
「ああ、いいよ」
「伊集院君は、なんかあたしに町案内したかっただけみたいで、その、別になんにもないから」
「ば…! し、知らねえよ!」

 あたしを背負ったまま、春樹は時計台の根元に小石を置く。

「よし。じゃあ、帰るぞ」
「うん」

 あたしは春樹の肩に回していた腕に、少しだけ力を込めた。

 来た道を、春樹はずんずんと進む。

「佐伯」
「え?」
「お前さあ」

 春樹の口調が少し神妙に聞こえて、あたしはちょっとだけ緊張感を覚えた。

「なに…?」
「お前、その、意外と胸、あるんだな」
「ンな…!」

 春樹の肩にかけていた腕を、あたしは奴の喉に回す。

「っこの、バカーッ!」

 あたしのその絶叫と春樹の「ぐえ」という悲鳴は、もしかしたら外で待つみんなにも聞こえたかも知れない。

 続く。
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/383/

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プロフィール
HN:
めさ
年齢:
48
性別:
男性
誕生日:
1976/01/11
職業:
悪魔
趣味:
アウトドア、料理、格闘技、文章作成、旅行。
自己紹介:
 画像は、自室の天井に設置されたコタツだ。
 友人よ。
 なんで人の留守中に忍び込んで、コタツの熱くなる部分だけを天井に設置して帰るの?

 俺様は悪魔だ。
 ニコニコ動画などに色んな動画を上げてるぜ。

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