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夢見町の史

Let’s どんまい!

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2017
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2012
May 16
   地球の名曲
 
 
 
「人類最大の発明は何だと思う?」
 
 死神からの唐突な問いかけに僕は戸惑う。
 
「急に言われても……。えっと、なんだろう。お金かなあ」
 
 なんだか違うような気がするけれど、でも、正しいと思われる解答がなかなか思い浮かばない。
 なんだろうなんだろう。
 きっと身近な物に違いない。
 
「あ! 解った!」
 
 この閃きは間違いなく正解だろう。
 僕は確信を口にする。
 
「言葉だ!」
 
 自信のある答えだった。
 しかしエリーはというと、フンと鼻を鳴らせただけだ。
 
「言葉? 確かに言語は優れた発明だ。しかし使いこなせる人間は少ない」
 
 彼女らしいシビアな演説が始まる。
 
「相手に理解させるための説明ができる奴は極めて少ない。相手からの説明を理解できる奴などさらに稀少だ。人類に言葉などまだ早い。宝の持ち腐れだ」
 
 相変わらず手厳しい。
 では彼女は、何が人類最大の発明だと言うのだろうか。
 
「間違いなく、音楽こそが人類の宝だろうな」
 
 言い切るからには彼女のことだ。
 何かしらの根拠があるのだろう。
 
「生物学的に考えれば生きることに音楽は必要ない。音楽が無いせいで滅ぶ動物などいないだろう。人が音楽に興じるということはつまり、生物として余裕があるということだ。他の生物だったら生きるだけで精一杯で、音楽どころじゃないだろうからな。音楽の発明は、人類が余裕のある生物であることを証明している」
 
 なんだか難しいけれど、なるほどなあ、と思う。
 でも同時に、そうかなあ、とも思う。
 音楽は、人類だけのものではないような気がしたのだ。
 
 僕らは例えば、恋愛をする。
 それは種族繁栄のためを思ってするのでは当然なくて、もっと個人的な感情によるものだ。
 
 ある鳥は求愛のために鳴くとされているけれど、訊ねてみれば案外「自分の声が好きでね。鳴きたいから鳴いているのさ」なんて、さらりとした答えが返ってくるかも知れない。
 
 僕は立ち上がり、窓に手を伸ばす。
 
「なにをしている?」
「君に聴いてもらいたい曲があってね」
 
 唄う当人たちにしてみれば、それは奏でることを楽しんでいるだけなのかも知れない。
 音を楽しんでいるのなら、それはもう立派な音楽だ。
 
 窓を開けると、秋の風が鈴虫の音色を部屋に招き入れる。
 
「どうだい? 人間の他にも優秀な音楽家がいるだろう?」
「ふむ、確かに」
 
 珍しく友は自説を曲げたようだ。
 
 僕らは長椅子に背を預け、ゆっくりと目を閉じる。

------------------------------

   一年振りの嘘だけど
 
 
 
「先生、さようならー!」
「はい、さようなら」
 
 放課後、いつもの風景。
 僕が小さく手を振ると、生徒も同じく右手を上げる。
 小学生らしい無邪気な笑顔が、僕の隣にいる死神にも向けられた。
 
「エリー先生も、さようならー!」
「二度言わせるな」
 
 彼女ときたら、相変わらず感じが悪いぐらいの冷静な口振りだ。
 
「私は教師じゃない。先生と呼ぶな」
 
 エリーと呼び捨てにしろ、ということらしい。
 
 僕がエリーと手を繋いでから、もうすぐ一年になろうとしている。
 ほんの少しでも手が離れてしまうようなことがあれば僕の魂は自動的にエリーに食べられてしまうわけだから、周りの人たちには「大変だね」とか「気が抜けないでしょう」などと心配をかけてしまっている。
 でも、意外なことかも知れないけれど、慣れてしまえば案外苦労することもなくて、自分でも不思議なんだけど、今となってはエリーから解放されたいというストレスがない。
 
 死神と人間が一緒に生活するだなんて聞いたことがないけれど、エリーと僕は今もこうして手をしっかりとロープで固定し、繋いでいる。
 
 人からよく聞かれるのが、「着替えるときはどうするの?」
 これはちょっと面倒臭いんだけれども、まず僕とエリーの手を縛っているロープを外すことから始めなきゃならない。
 で、自由になっているほうの腕を袖から抜いて、その手でエリーに触れる。
 そうすれば今まで繋いでいたほうの手を離すことができるというわけだ。
 これで、もう片方の袖からも腕を抜くことができる。
 
 実は日常で最も緊張するのが、この着替えだったりする。
 一瞬でもエリーから離れれば僕は死んじゃうからだ。
 死んじゃうってゆうか、魂ごと消滅してしまう。
 
 お風呂やおトイレは最初は緊張した、というか恥ずかしかった。
 普通これらは一人でやるべきことだし、いくら人間じゃないからといって女の子と一緒というのはやはり気持ちが落ち着かないものだ。
 
「エリー、頼むからこういったときだけは変身して、別の姿になってよ」
「何故だ」
「だって恥ずかしいじゃないか!」
「知るか。お前の采配でどうにかしろ」
「そんな無茶な! お願いだから早く姿を変えて! もたもたしてたら取り返しがつかないことになるぞ!」
 
 結局、エリーには王様の石像に化けてもらって事なきを得た。
 お手洗いで用を足すのも一苦労だ。
 
 でも考えてみたらエリーのほうが面倒な思いをしているのではないかと、たまに彼女を心配に思うことがある。
 エリーからしてみれば、餓死の道を選び、さらに生態の違う生物と生活しなきゃいけないからだ。
 そんな苦難を、去年のエリーはどうして選択したのだろう。
 
 いつかエリーがふと漏らした言葉がある。
 
「死神は人間の魂ではなく、名前を食すのかも知れないな」
 
 一年前、僕はエリーに名前をつけた。
 それ以来、エリーは何だかんだと理由をつけて食事を一切しなくなっている。
 自分の名前を貰えたから他人の魂、つまり名前を食べる必要がなくなったと彼女は言いたいようだ。
 
 死神の食事というのがまた便利というか変わっていて、人間の素肌に直に触れ、離すと同時に魂が勝手に摂取される仕組みになっているのだそうだ。
 うっかりエリーに触れてしまった僕はつまり、一生エリーから離れるわけにはいかない。
 
 ちなみに死神は長生きで、エリーが餓死するよりも、僕がおじいちゃんになって死んじゃうほうが先になりそうだとのこと。
 我ながら奇特な人生が約束されている。
 
「今の生徒に別れ際、何か渡していたな。何だ?」
 
 エリーが涼しげな視線を僕に向けた。
 
「ああ、当直日誌だよ。彼は明日から当直になるんだ」
 
 なるべくエリーに興味を持たれないように、僕は神経を遣ってそっけない素振りをした。
 細かい質問を重ねられると、すぐにボロが出てしまうからだ。
 
 僕はエリーと出会ってからずっと、相も変わらず嘘をつけないままでいる。
 嘘を言うと口が勝手に動いて「嘘だけど」と自分から白状してしまうのだ。
 一年前にエリーにかけられた暗示がまだ生きていて、その点だけは本当に困っている。
 
 あれは先月のことだっただろうか。
 ペットが死んだことである生徒が悲しんでいて、僕が慰めようとした際、実際にぶちかました言葉がこれだ。
 
「君の猫ちゃんはね、これからは君の心の中で、ずっとずっと生き続けていくんだよ。嘘だけど」
 
 一瞬にして何もかもが台無しになった。
 
 エリーは無神経にも面白がるだけで、嘘を言えるように暗示を解除してくれる気配がない。
 
 死神の特色というか、特殊能力が「超強力な催眠術を瞬時にかけられる」ことで、これがホント困る。
ぶっちゃけ迷惑だ。
 エリーは若い娘の姿に見えるけど、それは暗示によってそう錯覚させられているだけで、実際は人間の白骨と同じ姿をしている。
 人とぶつかったりでもしたら意に反して魂を食べてしまうということで、彼女は真っ黒なフード付きのマントで全身を覆って人と直接接触することを避けてはいるものの、見た目はお洒落で可愛らしい女の子。
 なんか釈然としない。
 
 出会い頭、エリーは僕に罰ゲームみたいな暗示をかけた。
 世界一の正直者に勝手にされて、もう一年になるわけだ。
 ちょっとした親切の嘘も言うわけにはいかなくなって、親戚にも怒られたことがある。
 
「赤ちゃん産まれたんですね。いやあ、元気な赤ちゃんだなあ」
「でしょう? 可愛いでしょ。将来は舞台役者さんになるかなあって思うのよね」
「……」
「なんで黙るの」
「すみません。僕、嘘を言えないんです」
 
 あれは実に気マズかった。
 
「先生ー! エリー先生ー! さよーならー!」
 
 木造校舎の中、さっきとは別の生徒が僕らを追い越し、走り去ってゆく。
 
「廊下を走るなー! 気をつけて帰るんだぞー!」
「はーい!」
「私は教師じゃない。二度言わせるな」
「はーい!」
 
 エリーは思いの他、生徒たちに受け入れられている。
 むしろ僕よりエリーのほうが慕われているんじゃないかと思わず勝手に傷つきそうになるぐらいだ。
 物事をストレートにズバズバと言い切ってしまうエリーのキャラが、どういうわけか子供たちにウケている。
 
「最近」
 
 エリーが口を開いた。
 
「職員室で何を書いている?」
「なんでそんなことを?」
「何やら時間をかけているようなのでな」
 
 言葉に詰まる。
 抜き打ちテストの作成だと言えば嘘だし、超簡単にバレる。
 すると今度は何の意味があって嘘をついたのかを質問されるに決まっているじゃないか。
 何としてでも隠し通さなきゃ。
 
「あれね。ちょっとした個人指導だよ」
 
 あれは何ヶ月前のことだったか。
 エリーに字が読めないと知ったときは、しめたと思ったものだ。
 
 エリーは常に僕の隣にいるから、子供たちに口頭で作戦を指示するわけにはいかない。
 どうしたもんかと実は結構悩んでいたのだ。
 
 エリーの顔をチラ見する。
 僕の口から「嘘だけど」が出なかっただけに、疑われなかったのだろう。
「そうか」と無機質に、エリーは言った。
 
 そもそもエリーの好奇心は偏りが激しい。
 僕にとっては超重大な事柄なのに「私には関係ない」なんて冷めているかと思えば、「数字に隠された人格はそれこそ数字と同じ数、つまり無限に存在している」などとわけの解らないことを延々と喋り続けたりする。
 しかもそれを算数の授業中に始めてしまうのだからたまらない。
 謎の演説ホント困る。
 
 何をどう考えているのか全然解らない存在、それがエリーだ。
 でも、話が全く合わないかと訊かれれば、これはそうでもない。
 唯一、僕とエリーが共通して好むのが音楽だ。
 エリー曰く、
 
「文字通り骨身に染みる」
 
 何ちょっと上手いことを言ってるんだろうか。
 
 以前はある酒場のピアニストが殺されるといった物騒な事件があって、それは許せないと珍しくエリーが感情的になり、犯人を特定したこともあった。
 元々はバンバン人の魂を食べまくっておきながら、音楽家がいない世界は許せないらしい。
 自分勝手も極めてしまえば美学になるんだろうか。
 
「ところで」
 
 エリーが再び僕に視線を向けた。
 
「お前、私になにか隠し事をしていないか?」
 
 なんて的をえた質問をしてくるのだろうか。
 そりゃ確かに僕はエリーから見たら細々と怪しいことをしていたとは思う。
 でも今回だけはどうしてもエリーを騙す必要があるのだ。
 さて、じゃあどう応えよう。
 ちょっぴりピンチだ。
 
「僕がエリーに隠し事? なんでそう思ったのさ」
「テスト期間でもないのに職員室で書き物をする時間が長すぎる。生徒との会話でもどこか気を張っている印象を受けた。私から何か質問をすればお前は普段なら考えられないぐらい大雑把な返答をし、明らかに言葉を選び、当たり障りのないことしか答えない」
「きゅう」
 
 どこの探偵だこの死神。
 
 ここで「何でもないよ」と応えれば「嘘だけど」と勝手に口が動く。
 こうなったら、こないだ思いついた作戦を試すしかない。
 
「はは。何を疑っているんだか。じゃあ、こんなのはどうかな、エリー」
 
 自然とお腹に力が入り、鼓動が高まる。
 成功するだろうか。
 
「今から嘘を言うよ、エリー。聞いていてくれ」
「ほう」
 
 僕はわずかに緊張し、ゴクリと喉を鳴らせる。
 
「僕はエリーに隠し事をしている。嘘だけど。嘘だけど」
「ふむ」
「これで解っただろう?」
「なにがだ」
「思った以上に伝わらなくて残念だ」
 
 僕がエリーに隠し事をしているっていう点が嘘なんですよ。
 つまり僕は何も隠していないんですよ。
 って言いたかったんだけど。
 
 校舎の玄関をくぐる。
 夏特有の強い日差しがエリーと初めて逢った日を僕に思い出させた。
 青空には見事な入道雲が浮かんでいて、あの日もこんな晴れ晴れとした天候だったっけ。
 
 さんさんと降り注ぐ日差しの中、僕とエリーは並んで家路につく。
 
 
 
 夏休みに入ると僕の仕事は極端に減る。
 数日は家でごろごろと過ごしたり、いつもの酒場に音楽を聴きに行ったりする平和な日々。
 そんなある日、珍しく僕は日中からエリーを連れ出した。
 
「エリー、ちょっと寄りたいところがあるんだ」
「どこだ」
「学校。体育館」
 
 石造りの街、いつもの風景。
 路上で果物が売られ、たまに馬車が通り過ぎる。
 店舗の壁から吊るされたランプの火は今は消えていて、夜が来るのを待っている。
 設置されているベンチには商人らしきおじさんが葉巻を吹かし、一服ついていた。
 
 歩きながら、エリーはまじまじと僕の顔を見つめている。
 
「お前、なにを企んでいる?」
「え!? なに? 企むなんて、そんな」
「お前は先日、嘘を言ったな」
「え、あ、うん? なんのこと?」
「あれは嘘だった」
「と、言いますと?」
 
 するとエリーは、覚えのあるセリフを口にした。
 
「僕はエリーに隠し事をしている。嘘だけど。嘘だけど」
「ああ、あれね。それがなによ」
「何故、嘘だけどと二度言った?」
「きゅう」
 
 何も言い返せない。
 確かに僕はあのとき、失敗をしていた。
 会話を誤魔化すことだけに集中すべきで、僕は嘘を口にすべきじゃなかったんだ。
 
「最後の『嘘だけど』が私の暗示による自白なのだな?」
 
 観念し、僕は頷く。
 エリーが鋭い視線を僕に向けた。
 
「一度目の『嘘だけど』はお前が自分の意思で口にしたフェイクだ。『僕はエリーに隠し事をしている。嘘だけど』までがお前の言葉。二回目の『嘘だけど』が自白。つまりそれはお前が私に隠し事をしていることを証明している」
「はい、すんませんでした」
「何を隠している?」
「ごめんエリー! まだ言えないよ!」
「まだ?」
「もうちょっとだけ待って!」
「いつまでだ」
「体育館に着くまで!」
「すると、どうなるんだ?」
 
 僕はそれで何も言わなくなった。
 黙ってエリーの手を引き、校庭を横切る。
 体育館の前に立ち、扉を開けた。
 
 中は薄暗い。
 窓から漏れるわずかな日光が照らし出すのは、僕のクラスの生徒たちだ。
 全員が揃って、並んでいる。
 
「エリー先生!」
 
 学級委員長が大声を出した。
 同時にランプに明かりが灯り、生徒全員が口を揃える。
 
「お誕生日、おめでとう!」
 
 さすがのエリーも何が起きたのか理解できていないようだ。
 一瞬だけ固まった。
 
「どういうことだ?」
 
 エリーが小さい顔を僕に向け、目を細める。
 
「今日は私の誕生日なのか?」
「そうだよ! さあ、座って!」
 
 生徒たちの真正面に置かれた二脚の椅子に、僕らはそれぞれ腰を下ろす。
 
「さん、はい!」
 
 学級委員長が指揮棒を振った。
 やがて耳に届くのは、我が教え子たちによる大合唱、お誕生日の歌だ。
 
 餓死や苦労を選んでまで、僕を生かしてくれている死神。
 エリーがその気になれば、僕は呆気なく魂を食べられてしまうだろう。
 いや、むしろエリーからすれば、さっさと僕の魂を食べてしまうことのほうが自然なのだ。
 なのにエリーは着替えるときも離れないようにと、いつもしっかりと僕の体を掴んでいる。
 
 僕はエリーに何もしてやれないのに。
 なのにエリーは自分の命を犠牲にしてまで、僕との共存を選んでくれた。
 出会ったあの日は、この学校を救ってもくれた。
 
 感謝しないわけにはいかないじゃないか。
 
 そうだ。
 エリーにプレゼントをしよう!
 思いついた瞬間、僕はテストを利用して、生徒たちにサプライズの協力を申し出ていた。
 
「サービス問題! もうすぐエリーの誕生日です。夏休みのある日なんだけど、協力してくれる生徒に十点! 協力してくれる人は次の空白に丸を記入すること」
 
 すると生徒たちは誰一人欠けることなく、全員が丸を書き込んでくれていた。
 テスト用紙をめくっても、めくっても、丸、丸、丸。
 目頭が熱くなったけれど、すぐそばにエリーがいるものだから我慢するのが大変だった。
 きっと十点あげるなんて書いていなくても、彼らは全員丸を書き込んでいたことだと思う。
 
 僕は残業のフリをして、サプライズの決行日時やら合唱曲の曲目だとか、練習をこっそりやれる場所など色んな指示を日誌に書いて、当直の生徒に渡していた。
 
 それで今日。
 子供たちの歌声は、いつかの合唱コンクールのときよりも断然に良くて、大きく響いている。
 
 エリーに目をやると、彼女はただ黙って座っている。
 
「どうだい、エリー」
 
 訊ねると彼女は「素晴らしい」と微動だにせずに言った。
 
「やはり音楽は人類最大の発明だ」
「そうか、嬉しいか。ふふふ」
「嬉しそうなのはお前だ。やはりお前は群れを成す生物特有の考え方をする」
「なんとでも言え」
「どうして今日が私の誕生日だと?」
「覚えてないかい? エリー」
「なにをだ」
 
 僕は照れ臭くなって、精一杯大声で歌う生徒たちに視線を戻す。
 
「今日はね、僕とエリーが出会ってから丁度一年が経った日なんだ。僕がエリーに名前をつけた日が去年の今日、八月一五日なんだ。君が『エリー』になってから、今日で一年が経ったんだよ」
 
 エリーはすると涼しげに「なるほど」とつぶやいた。
 
「お前は私に名前だけでなく、誕生日までくれるのか」
「さすが察しがいいね。そうだよ。生徒たちからのプレゼントが歌。僕からのプレゼントは、誕生日」
「お前は死神から食欲を無くさせる天才だ」
 
 これは褒められたのだろうか。
 なんだかよく解らないけど、気分がいいのは確かだ。
 
 気合い入れて段取り組んで、本当によかった。
 ただ問題があるとすれば、来年のことだ。
 どうしよう。
 
 生徒たちは全員が声を揃え、嬉しそうに、それでいて一生懸命に唄っている。
 
 さすがにこれを毎年やるのは大変じゃないか?
 同じパターンは二度と使えないわけだし、毎年毎年アイデアを出すのも一苦労なんじゃ?
 
 エリーは足を組みつつも、つま先を上下させリズムを取り始めている。
 
 だいたいエリーにだけここまでのお祝いをしておいて、他の人にこれをやらないのは不公平にも思える。
 かと言って全ての知り合いにサプライズパーティを開くわけにもいかないし。
 
 歌が終わり、僕は右手でエリーの左手を持ち上げた。
 どうしても拍手が必要なとき、僕はいつもこうしている。
 互いに空いているほうの手を使い、二人で拍手を送るのだ。
 
「おい、お前たち」
 
 二人で一つといった風変わりな拍手をしながら、エリーが教え子たちに問う。
 
「アンコールは頼んでいいのか?」
 
 いいよー!
 と誰かが言い、学級委員が再び指揮棒を持ち上げる。
 
 エリーは椅子に掛けながら、足を組み直した。
 
 どう考えても、毎年こんなお祝いをするのは無理だよなあ。
 
 やがて、さっきとは違う曲が耳に入ってくる。
 やっぱり元気のいい歌声で、気持ちが篭っているように感じられた。
 お祝いする側である子供たちは明らかに、祝うことを楽しんでいる。
 
 でもなあ、毎年やるとなるとやっぱり大変だよなあ。
 と、僕は思う。
 
 決めた。
 みんなが喜んでくれているみたいで悪いんだけど、エリーの誕生日会は今年限りにしておこう。
 僕は、そう固く心に誓った。
 嘘だけど。



 続く。

拍手[6回]

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2012
May 15
 崖の側面を掘り抜いた横穴といった尋常ではない場所に俺は住んでいる。
 人と接したくない一心で作った素っ頓狂な棲み家だ。
 厚手の木の板を削って作った歪な玄関を開け、洞窟のような我が家に入ってランタンに火を入れる。
 換気のための小さな穴から蓋を外して、俺は小さな椅子に腰掛ける。
 
「シスター、びっくりするだろうなあ」
 
 俺は気味悪くニヤニヤ笑って、今夜も唯一の特技を振るった。
 キャンパスに筆を走らせる。
 
 普段から世話になりっぱなしだというのに、俺には物を買う金が尽きている。
 プレゼントといったら、俺には絵を描くことぐらいしか思いつかない。
 下書きはもう出来ていて、あとは色を塗るだけだ。
 絵の中の教会の前にはガキどもと、シスターと俺が立っている。
 買ってやれなかった花をここぞとばかりに周囲に咲かせた。
 
「喜んでくれるといいなあ」
 
 そうだ。
 三日ばかり教会通いを我慢して、さっさとこいつを完成させちまおう。
 その思いつきは俺を少し寂しい気持ちにさせたが、時間の先行投資だと割り切った。
 
 腕をまくり、わずかに熱っぽい額の汗を拭う。
 体のけだるさにはこのとき、描くことに集中していたので気づくことはなかった。
 自身が発熱していることに気づいたのは、絵が完成した日だ。
 体温を計る物がないからどれだけの熱なのかは判らないが、おそらく高い。
 体を横たえ、安静にすることで回復を図る。
 
 絵の完成からさらに一週間。
 いつの間にやら手足にシスターと同じような赤紫のアザができていて、それは日に日に少しずつ大きくなり、身体の中心へと進行している。
 視界が日に日に霞んできていることも気がかりだ。
 シスターやガキどもはどうしているだろうか。
 この症状が教会の皆に現れていないか心配だ。
 
 よろよろと立ち上がり、水を汲むために表の井戸へと歩を進める。
 夕刻の空はオレンジ色ではなく、鮮やかな赤色でゾッとした。
 珍しい天候だ。
 
 井戸水を汲み、その場でゆっくりと飲み込む。
 
 突如、俺は足をすくませてしまった。
 大空で月が破裂したかのような大轟音がいきなり鳴り響いたからだ。
 雲に届きかねないような巨人が太鼓を全力で叩いても、ここまで大きな音は出せないだろう。
 あまりの衝撃と恐怖で、情けなくも尻餅をつく。
 
 どこで鳴ったのだ、この音は!
 
 混乱していると、やがて地面が揺れ動き始める。
 どこの誰がどんな術を使っているのか。
 大地の震えはどんどん大きくなり、やがては立ち上がることさえできないほど地面が動く。
 嵐の大海原にでもいるかのようだ。
 木々が揺れ、派手に葉を散らせる。
 
 どうしたことだ。
 何が起こっているのだ。
 大地が揺れるだなんて現象、聞いたことも見たこともない。
 
 激しく狼狽しながらも、ふと街で聞いた噂のいくつかを思い出す。
 流行り病のこと。
 天変地異のこと。
 
 どうにか身を起こして、よろめきながら俺は街に向かって歩き出した。
 シスターたちは無事だろうか。
 教会が崩れたりしていないだろうか。
 
 疑うまでもなく、これは天変地異だ。
 激しい揺れは多少和らいだとはいえ、大地はまだ振動を続けたままだ。
 滝の音のような轟音も遠くのどこかで鳴り続けている。
 
 熱で朦朧とする意識を奮い立たせ、どうにか足を前に出す。
 
 街まで来ると、そこには見慣れた物など一つもなかった。
 建物は崩れ、あるいは焼けている。
 原型を留めていないのは人間も同じだった。
 倒れている者を踏みつけながら多くの者が逃げ惑っている。
 大惨事だ。
 
 ようやく教会の前に立つ。
 これは神とやらの加護があったのだろうか。
 石造りの古びた教会は、まだそこに在ってくれていた。
 
「シスター! いるかー!? おーい! ガキどもー!」
 
 教会の中には人影はない。
 
「どこだー! おーい!」
 
 叫びながらドアを開けて回る。
 懺悔室、台所。
 やはり誰もいない。
 
「みんな無事かー!? おーい! 頼むから返事しやがれ!」
 
 一番奥のドアを乱暴に開ける。
 
「なんてこった」
 
 そこは子供たちの部屋だった。
 二段ベットが並んでいて、その全ては埋まっている。
 
「なんてこった。マジかよ。なんてこった」
 
 ガキどもは皆、全身を赤紫にさせ、息絶えていた。
 部屋の奥には椅子があって、シスターがうなだれるように座り、目を閉じている。
 その顔はもう肌色ではなかった。
 彼女が抱いている幼い子も、もう息を止めてしまっているのだろう。
 
「おい、シスターよお! 大丈夫か! おい! なあ!」
 
 肩を揺さぶる。
 彼女はゆっくりと目を開けた。
 
「ロウェイ、さん……?」
「おう、俺だ! 大丈夫かよ!?」
「わ、たしは、だいじょう、ぶ、です……」
「くっそう! なんてこった! ガキどもが……! ガキどもが……! みんな……! あんな元気だったじゃねえかよ! いつも飛び跳ねてたじゃねえかよ!」
「ロウェイさん、逢えて、嬉しい」
 
 ベットの一つ一つを確認していると、シスターは「子供らは天に召されたんですよ。神様に守られたんです。だからロウェイさん、悲しまないで」と、途切れ途切れに言った。
 その目は焦点が合っておらず、何もない方向を見つめている。
 
「こんなの納得できねえよ!」
 
 涙でぐしゃぐしゃになりながらシスターから子供を奪い、小さな亡骸をベットの中にそっと寝かせた。
 
 細い体を抱き抱え、外に出る。
 病に蝕まれている俺でも簡単に持ち上げられるほど、シスターは軽かった。
 
「最近なかなか教会に来れなかった。ごめんな。みんなに見せたい物があってよ、それ準備してたんだよ。ごめんな。遅くなって、ごめんな」
 
 シスターが次に目を閉じたらもう二度と目覚めてくれないような気がして、俺は声を張り上げる。
 
「俺よ、驚かそうと思って内緒にしてたんだ。ごめんな。もっと早く言えばよかったよ」
「なに、を、内緒、に……?」
「俺、俺よ、絵、描いたんだよ。あんたと、ガキどもに見せたくってさ。ごめんな。俺、遅かったよ」
「絵、ですか」
「おう! もう完成したんだ!」
 
 そうだ、あの絵だ!
 ガキどもも俺たちも、あの絵の中でなら元気にしている。
 シスターにあの絵を見せよう。
 あの絵と同じような元気を取り戻してもらおう!
 
 地鳴りが再び激しくなり、ドラゴンの咆哮を思わせるような音が徐々に迫ってきている。
 自分のふらつく足をずるずると一歩一歩、ゆっくりと前に進ませてゆく。
 その前進は沈もうとする夕日のように遅く、微々たるものだ。
 街道はまだまだ、めまいがする程、遠くまで伸びていた。
 
「もう、ちょっとだけ、辛抱な」
「ロウェイさん。少し、休みましょう」
「大丈夫だ。俺は、ホント、大丈夫なんだ。もう少しだけ、待っててな」
 
 息が切れ、視界がぼんやりと歪み始める。
 震える地面に、俺はとうとう膝をついてしまった。
 
 神様よ、あんまりじゃねえか。
 あんたに仕えたこの人だけでも、せめてどうにか幸せな最後を迎えさせてやってくれよ。
 今まで祈らなかったのは謝るよ。
 俺ァどうなってもいいからよ。
 だから、頼むよ、神様よ。
 
 生まれて初めて神に乞う。
 涙のせいか、病のせいか、視界がさらにぼやけた。
 
「頼むよ! 神様よォ!」
 
 魂からの咆哮はしかし、謎の轟音の中へと消えていった。
 シスターを地面に降ろし、息を整える。
 地面の揺れは収まるどころか、さっきよりも大きくなっていた。
 
 遠くから、さらに別の地響きが近づいてくる。
 懐かしいリズムで地面が脈を打った。
 遠くから何かが来る。
 これ以上、何が起こるってんだ。
 
 涙を拭って目を細める。
 
「なんだ……?」
 
 茶色い立髪が力強く蹄の音を鳴り響かせているのが、どうにか見えた。
 あの馬だった。
 
「相棒!」
 
 先日まで一緒に働いていた、馬車を引いていたあの馬だ。
 寒い夜には毛布をかけ、毎日声をかけていた、年老いた俺の相棒だ。
 
「来てくれたんだな。相棒、ありがとな。神様よ、ありがとな」
 
 最後の力を振り絞るかのように再びシスターを抱きかかえ、相棒の背中へと乗せる。
 俺はまたがって、相棒の首筋をゆっくりと撫でた。
 
「俺からの、最後のお願いだ相棒。今日も踏ん張ってな」
 
 
 
 ささやかな我が家に着くとシスターをベットに横たえ、キャンパスを近くまで運んだ。
 油の絵の具はもう固まっている。
 
「シスター、見てやってくれよ。これ、俺が描いたんだぜ。みんなに見てほしくってよ、上手くねえかも知れねえけどさ、一生懸命描いたんだ」
 
 シスターはにこりと笑んで、うなずいてくれた。
 ところがその視線は絵ではなく、何もない宙に注がれている。
 
 俺は彼女の手を持ち上げ、その指をそっと絵に触れさせた。
 
「これが教会だ。ほら、屋根も直ってるだろ? で、こいつがガキども。アンに、リークに、これがロイ」
 
 俺の赤紫の手がシスターの赤紫の指を取り、導いてゆく。
 彼女はうんうんと頷き、微笑んでいる。
 
 涙と鼻水まみれになっていることをシスターに悟られぬよう、俺はせいぜい声の震えを抑えた。
 
「ガキどもみんな、今の俺たちに向かって笑ってるぜ。判るか? ミューイもワイサも、みんな笑ってる」
「はい、判ります」
「で、これが俺で、これがあんただ」
「美人に描いてくれて、嬉しい」
 
 シスターはにこやかに絵の方向に顔を向けている。
 病のせいで視力を失っているというのに。
 
「前に俺、花を買ってこれなかったじゃねえか。だからよ、ほら。教会の周りに咲かせたんだ。黄色いやつと、オレンジの花だ。あんたみてえな、太陽みてえな色にした。いっぱい咲いてるだろ?」
「綺麗」
「そうか。気に入ってもらえて、嬉しいよ」
「ロウェイさん」
 
 謎の轟音のせいで、彼女のか細くなった声が聞き取りにくかった。
 一言だって聞き漏らしてなるものかとばかりに、俺はシスターの口元に耳を近づける。
 
「なんだ?」
「私、実は、ロウェイさんに、隠していることが、あるんです」
「なんだ、どんなことだい」
「私が病気で、頭がおかしくなったなんて、思わないでくださいね」
「当たり前だろうが。信じるぜ」
「よかった」
 
 そう言って、彼女は長い話を始めた。
 
「実は、私も、子供たちも、この世界の人みんな、ロウェイさんのこと、騙していたんです。ロウェイさんが生まれてから今までに知ったことって、全部嘘なんですよ」
 
 何を言い出すつもりなのだろう。
 黙って、俺は彼女の言霊の続きを待った。
 
「この世界、全部が嘘なんです。ロウェイさん一人を騙すための、偽物の世界なんです。人間は、本当は、ロウェイさん一人だけなんです」
「じゃあ、あんたは人間じゃないのかい」
「そうなんです。神様が、ロウェイさんを騙すようにって」
「なんでまた」
「ロウェイさんは、実は、まだ産まれていないんです。本物の世界で産まれるのは、これからなんですよ。そのために、ロウェイさんに、試練を受けてもらっていました。今までずっと」
「試練?」
「そうです。これに合格したら、ロウェイさんは改めて、本物の世界で産まれるんです。ロウェイさんは優しい人だから、絶対に合格します」
「そりゃ、ありがてえな」
「これ、内緒ですよ、神様には。私が打ち明けたって、誰にも言わないでくださいね。でないと私、怒られちゃいます」
「おう。約束する」
「私はもうすぐ死んじゃいます。でも、それは神様が書いた台本ですから。嘘の世界でのことですから」
「おい、待てよ」
「悲しまないでくださいね。私、本当は死にません。この世界は登場人物が多いから、一人で何役もこなすんです。今のこのシスター役が死んでも、私はちゃんといますから。また別の誰かになって、絶対にロウェイさんの前に現れます」
 
 息を呑む。
 自分の身が大変なときだというのに、なんてことを思いつく人なんだ。
 なんて偉大な……。
 もはや相槌すら打てそうもない。
 涙で、声が出せないのだ。
 
「私、もしかしたら、次は、ロウェイさんを怒らせちゃう役に就くかも知れません。だから、もしそんな人が現れても、その人は、私かも知れないから、ぶたないでくださいね」
 
 何度も何度も、俺は頷いた。
 
「私、この後、神様にお願いしてみます。次は、ロウェイさんが慕うような女性の役をやりたい、って。そう、神様に禊を捧げていない役。そしたら、ロウェイさん、そのときは、私を、お嫁さんにしてくださいね」
 
 どうにか返事をしなくては。
 彼女は俺の肌が見えていない。
 俺まで病に侵されていることを知らないのだ。
 
「ロウェイさん、これからも、誰かを好きになってあげてください。それはきっと、私です。私はロウェイさんに、試練のこととか、今の私のこと、知らない振り、しちゃいます。でも、それは私ですから」
 
 もはや言葉にならない。
 俺はなんて素晴らしい人を好きになったのだろう。
 
「私、今から楽しみ。ロウェイさんに愛してもらえるなんて」
 
 俺もだ。
 あんたと一緒に暮らすのが楽しみだよ。
 そのときはちゃんした家を建てねえとな。
 もう喧嘩しねえし、腹も立てねえ。
 ぶっきらぼうな性格も直して真面目に働くよ。
 そうだ、教会のガキどもと同じぐれえ子供がいたら賑やかだろうな。
 
 そう言わねえと。
 最後ぐれえ、しっかり伝えねえと。
 
 それでも先に喋ったのは彼女だった。
 
「好きですよ。あなたが。私、あなたに逢えて、本当に幸せでした」
 
 シスターはそして、ゆっくりと瞼を閉じる。
 安らかな寝顔のようなその顔はやはり赤紫に染まっているけれど、俺には最高に美しく見えた。
 
 シスターの隣に身を横たえ、その手をさらに握り締める。
 もはや聞こえてはいないであろう彼女に囁く。
 
「おう。俺ァまた、あんたを好きになるよ」
 
 このまま世界は一度終わるのだろう。
 そんな気がした。
 
 大洪水が起こり、大陸を全て飲み込むかも知れない。
 一つだった大陸は一気に砕かれ、バラバラになるかも知れない。
 女王の巨塔は崩れ去り、箱舟と呼ばれる移動式シェルターが役に立ち、人類が再び繁栄する日が来るかも知れない。
 高速で移動した大陸はやがて速度を落とし、水が引いた後の世界には洪水伝説だけが残るかも知れない。
 もしかしたら「一夜で消えた幻の大陸」なんて言い伝えが、どこかで語られるかも知れない。
 
 例えばそんな時代が来たとしても、俺はこの手を絶対に離さない。

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「いい加減、答えてよ」
 
 彼に詰め寄る。
 メインディッシュはとても美味しかったけれど、このままでは気になってしまって料理の余韻に浸るどころではない。
 
「そんな話、いつ考えたの?」
 
 少なくとも、三組目の遺骨発見が報じられたのは今朝だ。
 急遽作った話にしては設定が細かい。
 
 彼はワインのボトルをもう一本追加するべく、ウエイターを呼んだ。
 
「まあ、飲もうよ」
「その奮発振りも謎」
 
 決して安いお店じゃないのに「最近は金がない」が口癖の彼にとっては、けっこうな散財になるはずだ。
 
 食後のワインが届いて、彼は今度もまたあたしのグラスを優先して満たす。
 
「そうだなあ。この話を僕が知ってる理由だろ?」
「なにその『今から考えます』って雰囲気」
「実は、僕の正体が太古から生きてる死神だった。ってのは?」
「あたしは何度もあんたに直で触ってるっつーの」
「あ、そうか」
「ねえ、なんで? ホントに気になるんだけど」
「そんなことよりさ、抱き合った遺骨の画像、持ってたよね?」
「え? うん」
「ちょっと開いてみて」
 
 彼に言われた通り、あたしはケータイを操作して目的の画像を表示させる。
 
「その画像がロウェイとシスターだ」
「なんで判るの?」
「頭の部分、見て」
 
 言われるがままに注目をする。
 彼が再び得意げな笑顔を見せた。
 
「鼻先が触れそうになってて、完全に横顔になってるだろう? 二人とも」
「うん。なってる」
「ハートの形に見えないか?」
「あ!」
 
 厳格なお店の中だということも忘れ、私はつい大声を出してしまった。
 彼の言う通りだったからだ。
 
 頭蓋骨を真横から見ると、そのシルエットはまるでアフリカ大陸のような形に見える。
 二人の鼻先同士を付けるように向かい合わせると、その横顔は羽を広げた蝶のように左右対称となり、ハートを型どっているではないか。
 
 彼が優しげにグラスを持ち上げた。
 
「ハートは一人じゃ作れない」
「凄いよ、凄い! ホントにハートじゃん!」
「実は四組目の話があるんだ」
「え?」
 
 意外な展開に耳を疑う。
 
「四組目?」
「そう。でも、まだ発見されてない」
「じゃあ、なんであんたが知ってるの?」
「発見されない理由があるんだよ」
「あたしの質問に答えない理由も知りたいんだけど」
「四組目はまだ生きていて白骨化していない。ってのは、どうかな?」
「なによ、『どうかな』って」
「いやあ、やっぱり緊張する」
 
 彼はそれで背もたれに身を預け、ネクタイを緩めるような仕草をした。
 
「実は最初からね、考えるつもりだったんだよ、遺骨のエピソード。君、一組目が見つかった時から興味を持ってたじゃない。それで『これは使える』って思ってね」
「あ、やっとタネ明かしだ」
「そしたら抱き合う遺骨が続々と発見されるでしょ? その度に話を考えることにしたんだ」
「へえ」
「不思議なもんで、ニュース番組で映された遺骨の画を見てたら自然とアイデアが湧き出てきて、話を作るのには案外苦労しなかったけどね」
「さすが空想家」
「どうも。ただ今朝のニュースを見たときはさすがに『急がなきゃ』って慌てたなあ」
「それはそれはご苦労様でした」
「裏設定まであるんだぜ?」
「どんな?」
「三組の発見場所だよ。世界地図をさ、大陸が一つだった頃まで戻すとそれなりに三ヶ所は近くなる」
「あ」
 
 頭の中で、あたしは世界地図を広げた。
 イタリア、アメリカ東部、エジプト。
 確かに。
 大昔、大陸移動を始める前の状態まで地図を戻すと、それぞれの発見場所はそう遠くない。
 
 彼、なんだってここまで頑張って話を作ったのだろう。
 謎が謎を呼ぶとはまさにこのことだ。
 
 その点を問い質すと彼は今までの笑顔を曇らせる。
 
「いや、だってさ。凝りたいじゃないか。たぶん僕の人生で、最初で最後のことだし」
「なにがよ?」
「クイズ形式にしようかどうしようか、今、迷ってる」
「ヒントは?」
「もう出てるかも」
「どれがヒントになるのか、わかんないよ」
 
 すると彼は「じゃあ第一問」と言って出題を始めた。
 
「最初の怖い話では、奥さんが疑わしい行動を取っていたよね。その行動は、実は何のためだった?」
「えっと、結婚記念日」
「そう。五年目のね。続けて第二問」
「はい」
「最近の僕にお金がなかったのは、なんででしょう」
「知らないよ、そんなの」
「うう~ん。まあ、そうだよね」
「なんでなかったの?」
「実は、今日のために貯めてた」
「そうだったの!? なんで?」
「続いて第三問。四組目はまだ生きているから発見されていない。ってのは、どうかな?」
「もはや問題じゃないじゃん。でも、いいんじゃない? そんな設定も」
「だよね」
 
 そこで彼は「ふう」と長めの溜め息をつき、大きく天井を仰いだ。
 
「やっぱりアレだな。思い通りに切り出せない」
「なんなのよ、さっきから」
 
 いぶかしむと彼はいそいそと姿勢を正し、気を張っているかのような真剣な眼差しをあたしに向ける。
 
「君にプロポーズがしたいんだ」
「へ?」
 
 思わず間の抜けた声が出た。
 今、なんて?
 
「ここで格好良く『僕らが未来で四組目になろう』なんて言えたらいいんだけどね。でも我ながらキザっぽくって」
 
 どういう、ことですか?
 思わず敬語で訊ねそうになる。
 
「僕ら、付き合うようになってもう五年だし、そろそろいいかなって」
 
 彼は上着の内側に手を忍ばせる。
 
「ちゃんとベタに給料三ヶ月分だ。律儀だろう?」
 
 もじもじと、それでいてどこか誇らしげに、彼は小さな箱をゆっくりと取り出し、私の前に置く。
 頭の中が一気に真っ白になって、回転しなくなった。
 それでも箱の中身が何なのかぐらいは判る。
 
 ここまで手の込んだ求婚に対し、私はどのようにイエスと言えばいいんだろう。
 胸がいっぱいで口が開けそうもない。
 
 あたしはただただ、永遠に抱擁すべき相手を見つめている。



 続く。

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2012
May 14
 スープを飲み干し、口元をそっと拭う。
 彼のグラスが空きかけていたので、あたしはワインを注いだ。
 
「お。ありがとう」
 
 短く言って彼があたしからビンを取り上げる。
 トクトクと小気味良い音があたしのグラスにも満たされた。
 
「ありがと。ねえ」
「うん?」
 
 彼の表情はまるで悪戯っ子だ。
 
「いつ考えたの? 今の話」
「退屈だった?」
「ううん。でもさ、五千年以上も前の話なんだよね?」
「そうなる」
「なんか馬車とかランプとかさ、文明が進み過ぎてない?」
「そうだなあ」
 
 彼はグラスを持ち上げ、口をつける。
 ふっと息を吐くと、彼は続けた。
 
「エジプト文明、黄河文明、インダス文明、あと、何だったっけ?」
「急になによ」
「世界の四大文明だよ。あと何だったっけなあ?」
「えっと、うーん。マヤ文明?」
「それじゃない。もっと大きな文明」
「えっと、じゃあ、メソポタミア文明?」
「それだ!」
「それがどうしたの?」
 
 彼は得意げな笑顔を浮かべている。
 
「その四つの文明、だいたい四千年前からほぼ同時に発生してるんだ」
「ふうん」
「なんでだと思う?」
「わかんないよ、そんなの。たまたま?」
 
 そこでウエイターが次の料理を運んできてくれた。
 
「いよいよメインディッシュだね」
 
 彼が嬉しそうに三つ目の話を始める。
 
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   例えば世界が滅んでも
 
 
 
 どこぞの街で死神が出ただとか、原因不明の病気が流行っているとか、愛の女神が建てようとしている巨塔は神にすら壊せない物になるだろうとか、もうすぐ天変地異が起こるとか、街には様々な噂が溢れている。
 中には大型の移動式シェルターを作って動物たちを乗せ、大洪水に備える奴もいる。
 
 俺はといえば、普段通りだ。
 いつものように老齢になる相棒に「今日も踏ん張ってな」と首筋を撫で、手入れをし、馬車を走らせている。
 
 乗せた客は二人組みだ。
 服装、乗せた場所、時刻から察するに踊り子だろう。
 目的地を聞けばやはり飲み屋だ。
 これから出勤らしい。
 
「ねえねえ、お兄さん」
 
 暇を持て余しているのか、声をかけてくる。
 話しかけてくるんじゃねえよと、心の中で密かに返す。
 
「なんでしょう?」
 
 用件を聞こうとしたら、何故か一人が「きゃはは」と耳障りな声を立てた。
 
 最近の馬車乗りはサービスの一環として移動中に楽しい話をする奴が多いと聞く。
 俺もどうやらそういった「愉快な馬車乗り」だと思われたらしい。
 
「この馬、もうおじいちゃん?」
「……ええ。もうずっと頑張ってくれていますよ」
「きゃはは」
 
 何が可笑しいんだ、この小娘は。
 
「お馬さんもさ、加齢臭ってするの?」
「どうでしょうね。するんじゃないですか?」
「だからかー。この馬車、なんか変な匂いするもん」
「きゃはは。やめなよー。でも、確かにスピードはないよね」
 
 俺は馬が好きでこの商売をしている。
 休みの日にもちょくちょく会社の馬小屋を訪ねて世話を焼いたり、相棒の絵を描いて過ごしたり。
 余計な言葉をいちいち発してうだうだ言う奴なんかより、何も喋れない馬のほうがずっと一緒にいて心地がいい。
 だがこの仕事、ここまで人間と接する機会が多いとは思わなかった。
 俺の考えが甘かったのだ。
 黙って馬車を走らせ、会話を必要としないものだと思っていた。
 
 小娘の片方が鼻歌を歌い始める。
 酒場でよく耳に入る品のない流行の歌だ。
 もう片方の娘もそれに合わせ、合いの手を入れてきた。
 こいつらもう酔っ払ってんのか?
 
 歌は替え歌で、内容は「年老いた馬の引く馬車は臭くて遅い」という内容だった。
 
 馬車を停め、相手を視界に入れぬよう、俺は振り向きもせずに言う。
 
「代金要らねえよ。テメーらもう降りろ」
 
 こいつらはどうせ「悪気がないのに」などと主張をするのだろう。
 テメーらの悪ふざけに俺が乗って、趣味の悪い冗談に面白可笑しい反応を返してやるとでも思ったのか?
 馬鹿が。
 
 こいつらは自分が無礼者だと気がついていない。
 何が侮辱に該当し、それがどれだけ罪深いことなのかを知らない。
 その無知さが、考慮の無さが腹立たしい。
 女でなかったら殴り飛ばしているところだ。
 
 もはや説教する気さえ起きねえ。
 小娘どもはピヨピヨと「いきなり降ろすだなんて横暴だ」だとか「それが仕事なんでしょ」という類の正論を喚いている。
 
「仕事放棄だ。だから金を取らねえって言ったんだろうが」
「このこと、あんたンとこの会社にチクるからね!」
「すっごい失礼な態度だよね! 絶対チクるー!」
 
 その「すっごい失礼な態度」ってえのは、お前らが引き起こしたことなんじゃねえのか?
 
 腹の中ではそのように煮えくり返ったが、俺は自分の気持ちを言葉にするほど器用じゃねえし、苛立ってもいる。
 だからただ大声で、「早く出ていけ」と怒鳴った。
 
「ロウェイ、ちょっと」
 
 会社に戻るとすぐさま社長に呼び出される。
 案の定、あの踊り子ども、本当に会社に苦情を言いに来たらしい。
 
「お前、仕事やる気、あるのか?」
 
 小娘の軽率な言動に腹を立てるなという説教にだったら甘んじるが、どうして仕事への熱意を疑われるのか。
 この社長は安直で頭が悪い。
 
 俺が客を減らしたことは事実だし、そのことへの処分なら受けよう。
 しかし、客を減らした理由を勘違いし、曲解したまま先走って俺に仕事をやる気がないのだと決めつけられては道理に合わない。
 反省のしようがないではないか。
 
 さっきの客がいかに自分らの無礼を伏せ、どう大袈裟に俺のことを悪く言っていたのか想像することも容易だった。
 解せないのは、何故に社長は付き合いがある俺よりも見知らぬ小娘の言葉を信じているのか、だ。
 
「悪いって思っています」
 
 若い娘に立腹してしまった度量は、我ながら狭いと思う。
 
「謝るだけだったら簡単なんだよ!」
 
 社長の檄はいつだって的確ではない。
 
「お前はな、客を客だと思ってないんだよ!」
 
 俺の接客態度が最悪なのは客を客だと思っていないからではない。
 愛する者を侮辱されたからだ。
 それなのに、どうして断定されているんだ、俺は。
 他の可能性が想像できないのか、社長は。
 
「威圧して、ふんぞり返って、お前、王様じゃねえンだぞ!?」
 
 俺がいつ威圧してふんぞり返った?
 そういうことは威圧してふんぞり返っている奴に言いやがれ。
 だいたいいつになったらこちらの言い分を訊ねてくるんだこの社長は。
 
「それにお前、馬小屋に毛布を持ち込んでるだろ!」
 
 話題の展開がまるで読めない。
 寒い夜、ワラだけだと馬が凍える想いをするだろうと思って、それで確かに棲み家からは毛布を持ち込んだ。
 その話がどうして今ここで出てくる?
 今話しているのは踊り子からの苦情についての話題じゃねえのか?
 まさか本当に俺が怒った理由を論議から外しやがったのか?
 
「どうなんだロウェイ!? 馬小屋に毛布を持ち込んでるんだろう!? 答えろ」
「持ち込みました」
 
 馬小屋が持ち込み禁止だと知ってはいるが、それは火事や病気を避けるためのルールだ。
 日干しした毛布ぐらい問題ないはずだ。
 
 赤ら顔になった社長がドンとテーブルを叩く。
 
「お前、ルールは破るものだと思ってないか?」
 
 覚えているのはそこまでだった。
 どうやら俺はキレてしまったらしい。
 気がつくと社長が顔を押さえ、呻いている。
 
「ロウェイ、お前はクビだ!」
 
 クビのついでだ。
 社長をもう一発殴っておき、俺は馬小屋に向かった。
 
「すまねえな相棒。俺、不器用でよ。とうとうクビになっちまったよ。長い間、ずっと頑張ってくれてありがとな。今まで、本当にありがとな。お前が引退したら引き取ってやりたかったよ。でも、それもできそうにねえや。ごめんな。本当、勘弁な」
 
 馬の頭を撫で、抱き込む。
 
「最後まで面倒、見てやれなくってよ。ごめんな」
 
 相棒はブルルと首を摺り寄せてくれる。
 俺は泣いてそれを抱きしめた。
 毛布はきっと社長に捨てられてしまうだろう。
 それでも相棒の背にかけ、俺は空を見上げながら馬小屋を後にする。
 
 悪いことは重なるものだ。
 酒場でヤケ酒に明け暮れていたら、いつの間にやら酔っ払いに声をかけられていて、いつの間にやらくだらない会話に付き合わされ、いつの間にやら喧嘩をし、いつの間にやら数人を半殺しにして、気づけば何故か俺だけが店を追い出されていた。
 どうやら俺はどこにいたって悪者扱いをされるらしい。
 こんなことなら大人しく帰って絵でも描いていればよかった。
 
 口元を拭い、よろよろと家路を進み出す。
 
「あの、もし」
 
 店のドアが開いた気配がし、すぐに背後から女の声がしたが、どうせ説教の類だろう。
 無視して進む。
 
「あの、もし」
 
 もう一度聞こえたので振り返る。
 女はシスターだった。
 暴力はいけませんなどと、解りきっていることでも言いに来たのだろうか。
 
「なんの用だ?」
「あの、私、お酒が飲めないので、酔ってはいません。そこのお店の方にお願いされて、まだ小さなお子さんに絵本を読んでいて、寝ついてくれたので帰りの挨拶をさせていただいてたんです」
「それがどうした」
「さっきの喧嘩を見て……」
「それで?」
「あなたが心配になりました。痛そうだったから」
「痛そうなのはまだ店の中で伸びてる奴だ。俺じゃねえよ」
「いえ」
 
 シスターは少しうつむいて、やがて真っ直ぐに俺を見た。
 
「あなたが痛そうだったんです。ずっと我慢させられて、辛かったのではありませんか?」
 
 被害者扱いをされたことが初めてで、驚く。
 つい口を半開きにし、まじまじとシスターを眺めた。
 
「差し出がましくって、ごめんなさい」
 
 女はペコリと頭を下げる。
 
「私、いつもすぐそこの教会で暮しています。何もない小さな教会なんですけど、手当てぐらいはできますから」
 
 俺の両拳は皮膚が擦り切れ、腫れていた。
 冷水に浸され、包帯を巻かれる。
 口元のわずかな傷も消毒された。
 
「あの、なんつうかよ、……すまねえな」
 
 ボソリとつぶやくように、ようやくそれだけを振り絞るように言った。
 馬以外の奴に礼を言うことに慣れていないから苦労した。
 
「いえ、とんでもないです。傷つけられたのはあたなのほうだと思ったから」
 
 シスターは申し訳なさそうな顔をしている。
 
「なんで俺がそうだと思うんだ?」
「自分の心を傷つけられて泣く人もいれば、怒る人もいます」
 
 何を言い出すのか読めない奴もいるのだと、またもや驚かされる。
 
「泣くことができる人は楽なのかも知れません。傷ついたら周りから手を差し伸べられてもらえます。でも、あなたのように怒ってしまう人は怖がられてしまうでしょうから、理解されにくいのかも知れませんね」
「あんたは俺が怖くねえのか?」
「あなたは人の気持ちが解るから怒るんだと思うんです。そして、嘆く場面で怒りが先立ってしまうだけなのだと」
「どうしてそう思った?」
「先ほどの争いの後、あなたはスッキリしていないように見えました。悲しそうな顔になっていました」
「そうだったか? 俺は」
 
 そうだったかも知れない。
 少なくともこの女の言うことにはある種、説得力を感じた。
 
「手当て、そのよ、……ありがとな」
 
 至極丁寧な治療が終わり、俺は教会の外でシスターと向かい合わせに立っている。
 
「いえ。遅い時間なのに引き止めてしまってごめんなさい」
「いや、そんなこたァねえよ。ちゃんとシラフになったら礼しに来るよ」
「お礼だなんて気になさらないでください。でも、またいらしてくださいね」
「え、ああ、おう」
 
 手当てをされたのは、拳や殴られた傷だけではなかった。
 今まで蓄積されていた胸の憑き物が落ちた。
 そんな清々しい気分だ。
 酔って危なっかしかった足元も今ではシャンとし、歩けている。
 
 夜空を見上げると、月がいつもより少しだけ綺麗に見えた。
 
 仕事を失ったものだから、俺は昼間から「昨日の礼だ」と称して教会を訪れる。
 本当の目的は、もっとシスターと話をしたい、ただそれだけで会話が嫌いな俺としては珍しい。
 
「あら」
「おう、来たぜ」
 
 シスターの周りには、小さな子供たちがいた。
 
「誰ー?」
「この兄ちゃん、誰ー?」
「この方はね、私のお友達なの。ちょっと待っててね」
 
 シスターが使った「お友達」という言葉が、心地良かった。
 
「おう、昨日、どうもな」
「お気になさらないでって言ったのに」
 
 くすくすと笑う仕草さえ、俺の何かを救っている気がした。
 
「俺よ、何か買ってこようと思ったんだけどよ、人に何か物なんてやったことなくてよ。花にしようかとも思ったんだけど花瓶がどこに売ってるのか知らねえからさ、手ぶらで来ちまった」
「いいんですよ。ゆっくりしていってくださいな。今、お茶を煎れますね」
「いや、気にしねえでくれ。そんなことされたら、また明日礼を言いに来なきゃならねえ」
「あら。だったら尚更です。紅茶、お好きですか?」
「おう、好きだ。いやそうじゃねえ。俺は何かタダ働きしに来たんだ。昨日の礼によ」
「いいから子供たちのお相手、お願いします」
「待ってくれ。俺ァ子供が苦手なんだよ」
 
 訴え空しく、シスターは台所があろうと思われる教会奥に行ってしまった。
 
「お兄ちゃん、なんていうの?」
「おいおい、なつくなよ。名前か? ロウェイだ」
「ロウェイー、いくつー?」
「縄跳び、できる?」
「絵本読んでー!」
「うるせえな! いっぺんに喋るなよ! 絵本なんて持ってくんな! 俺ァ字ィ読めねえぞ!」
 
 声を張り上げると、子供らはきゃっきゃと手を叩く。
 昨日の小娘どもと同じようなはしゃぎようだが、不思議と腹が立たなかった。
 
「なあシスター、むかつく客とあのガキども、どう違うんだろうな」
 
 紅茶を馳走になりながら疑問をぶつけてみる。
 短気な俺がどうして子供に腹が立たないのかが気になってしまったのだ。
 
 シスターが穏やかに微笑む。
 
「それはロウェイさんが心の中で、子供たちにしゃがんであげているからですよ。昨日のお客さんにはロウェイさん、対等に接してしまったんでしょうね。だから相手がまだ子供なのに真剣に怒ってしまったんでしょう」
「そうか。昨日の小娘どもにも子供だと思ってしゃがんでやればよかったのか。でも、そんなの失礼じゃねえか? なんか手加減されてるみてえでよ」
「手加減、いいじゃないですか。本気で来られたほうは背伸びに疲れちゃいます」
「そういうもんかねえ」
「そういうもんですよ」
「俺にゃあまだよく解らねえや。馬鹿だからよ」
 
 人間相手なのにこんなに喋れるのか俺は。
 我ながら饒舌な自分が意外だ。
 
 この日はガキどもと一緒に夕飯まで喰わせてもらい、帰宅する。
「なんだかんだで明日も『昨日の礼』が必要になっちまったじゃねえか」と帰り道で独り言をつぶやいた。
 
 で、結局俺は「昨日の礼」を毎日言うために教会に通うようになっていた。
 雨漏りをする天井を直せば果物を貰い、ガキどもの相手をすれば紅茶を出され、夕飯時だと質素ながらも食事を馳走される。
 おかげで礼が言い足りない。
 
「なんだか、あんたには貰いっぱなしだ」
「私もです。ロウェイさんからは色んなもの、いっぱい頂いていますよ」
「なに言ってやがんだ。何もやってねえじゃねえか、俺ァ」
「元気、貰っています」
「そうかなあ。あんたは俺がいなくても元気だと思うんだけどなあ」
「そんなことないですよ。私、ロウェイさんが来てくれるようになって笑う回数が増えました」
「本当か!?」
 
 人が喜ぶことで自分まで嬉しくなるだなんて経験を、また一つ思い知ってしまった。
 
「なあシスター」
 
 前々から気になっていたことがあって、訊ねる。
 
「あんた、いい人いないのかい?」
「恋人、という意味ですか?」
「おう。あんた器量もいいし、優しいじゃねえか。男が放っておくわけねえだろ」
 
 するとシスターは、ころころと指を口に当てて笑う。
 
「私は神様に仕えていますから、そういうのはないんです」
「あ、そうか。そうだったな。あんた俺に聖書なんて読まねえし、すっかり忘れてた」
「お望みとあれば読みますよ?」
「いや、勘弁してくれ。眠くなっちまう」
 
 そして二人で笑い合う。
 
 神様がライバルか。
 などと洒落たことを考え、俺は内心で慌ててその想いをかき消した。
 俺みたいな無粋な奴に言い寄られても困るだけだろう。
 
「さてと、そろそろ帰ェるわ。今日も邪魔しちまったな」
「とんでもないです。いつでも邪魔しに来てください」
「邪魔って言い切られるのも嫌だな」
「あはは。そうですね。ごめんなさい」
「いや、いいって」
 
 そこでふと、口元に添えられたシスターの手に違和感を覚える。
 手の甲に赤紫のアザがちらと見えた。
 
「どうしたんだい、その手」
「ああ、これですか。気づかない間にどこかでぶつけたのかしら」
「いけねえなあ、気をつけねえと。あんたに何かあったらガキどもが泣くぜ。じゃ、帰るわ。お大事にな」
「はい。ありがとうございます。みんな、ロウェイさん、お帰りになるわよ」
 
 子供たちの集合は、もはや毎日の儀式だ。
 
「ロウェイー! また明日ねー!」
「ばいばーい!」
「おう、また明日な、ガキども」
 
 一人一人の頭をくしゃくしゃと乱暴に撫で、家に向かう。
 
 帰り道中、なんとなくシスターのアザが気になったが、さすがに俺の思い過ごしだろう。
 
 見上げると、月が少しぼやけて見える。

 
 
 続く。

拍手[3回]

2012
May 14
 深夜。
 僕はスタッガーリー邸の堀を乗り越える。
 運動神経には自信があった。
 本来は骨だけだからなのかエリーも身軽で、平気で僕に着いてくる。
 番犬の類はいなくて一安心。
 僕は一階の窓を枠ごと外し、屋敷に潜り込む。
 素人の僕が簡単に侵入できるだなんて話が上手過ぎると少し心配に思ったけれど、実際やってみればこんなものなのかも知れない。
 空き巣は普通、主人の留守を狙うものだそうだ。
 だけれども、犯行時刻に寝静まった夜を選んだのはベタ過ぎて案外正解なのかも。
 だったらいいな。
 
 不安を押し殺しながらも僕は震える手でランタンに火を入れ、それっぽい部屋の発見に努める。
 最初に開けたドアがトイレで、エリーに「そういう用は先に済ませておけ」と誤解をされた。
 
 富豪だけあって、屋敷は想像以上に広い。
 あと、暗くて怖い。
 エリーがいてくれるおかげで孤独感を感じないことが救いだ。
 
 初めての泥棒は不安でいっぱいだ。
 見取り図の用意がないことや金庫の開け方を知らないことを今頃になって気づき、我ながら自分の間抜けさ加減に呆れる。
 下ごしらえといえば覚悟を決めたことと、簡単な工具や明かりを用意したことぐらいだ。
 早くも失敗の予感がし、冷たい汗が背をつたう。
 下手したら僕はうっかりスタッガーリー氏本人の寝室を開けてしまうかも知れない。
 そうなったら「部屋を間違えました」と笑って誤魔化すしかない。
 
 かくして僕は、泥棒の仕方について何一つ解っていなかったことを廊下の途中で思い知らされることになった。
 
「おい、お前ら! 何してる!」
 
 警備員が雇われているとは思わなかった。
 明かに腕っ節の強そうな体格の良い男がランプを床に置き、腰から警棒を引き抜く。
 首から下げた笛にも手は添えられていた。
 きっと、あれを吹かれたらわさわさと人が集まるに違いない。
 
 見ようによっては相手を小馬鹿にするかのような踊りを舞うように、僕はわたわたと両手と首を同時に振る。
 
「あ、あ、いいぇ。違うんですょ?」
 
 もしもヒヨコが喋れたらこんな感じの細い声がぴよぴよと出るのだろう。
 
 助けを求めるようにエリーに目をやる。
 いや駄目だ。
 いくらピンチといえど、警備員の魂を食べさせるわけにはいかない。
 どうしよう。
 
「エリー、どうしよう」
 
 小声で囁く。
 エリーはやっぱり冷酷だった。
 
「当たり前のことを言わせるな。自分の采配でやれ」
 
 マジでか。
 いや、でもそんな当たり前みたいに言われたって、僕にはこんな場面で役に立つような特技が何一つない。
 情けない話だけど、エリーに頼るしかないのだ。
 覚悟ならもう決めてきた。
 僕は覚悟をしてからここに来たんだ。
 思い出せ。
 一人黙々と学校を整備していた父さん、街頭で声を張り上げていた生徒たちのことを思い出せ。
 
「エリー、頼み、いや。取り引きだ」
 
 警備員が警棒を構え、こちらに歩み寄ってくる。
 
「誰も殺さずに、僕を助けてくれ」
「そしたら何をしてくれるんだ? お前は」
「僕の魂だ。盗みが成功したら僕の魂を食べていい」
「動くな!」
 
 警備員の怒声が横槍になった。
 僕は構わずエリーに哀願の眼を向ける。
 
「エリー、頼むよ」
「お前は愚か者だ」
 
 エリーは無感動に吐き捨てた。
 
「その取り引きは成立しない。お前が失敗しようが成功しようが、魂を喰う喰わないは私が自由に決めることだ」
「何を話している! お前ら、後ろを向いて手を頭の上に組め!」
 
 絶望感で頭がいっぱいになる。
 
「エリー」
 
 ワラにもすがる想いで僕は死神の顔を見つめた。
 なんて冷たい表情をしているんだろう。
 見た目は若い娘なのに、なんて人間味のない顔つきなんだ。
 
「あ!」
 
 そうだ!
 今のエリーのこの顔だ。
 これを利用できるじゃないか。
 この場を切り抜ける最高の閃きが僕に降りてきた。
 人生最大レベルの大ピンチをこれなら切り抜けられる!
 
「やだなあ、警備員さん」
 
 間合いを縮めるようにこちらに近づく大男に対し、僕はにこやかに笑顔を向けた。
 
「彼女をよく見てくださいよ」
 
 僕自身、最初に見間違えたぐらいだ。
 間違いない。
 エリーはスタッガーリーの娘そっくりなんだ。
 これで警備員をやり過ごせる。
 
「彼女はご覧の通り、スタッガーリーさんの娘さんですよ。嘘だけど」
 
 僕今、世界で一番要らない一言を語尾に付けなかった?
 いやいや気のせいだろう。
 
「僕は、彼女のボーイフレンドでして、決して怪しい者ではないんです。嘘だけど」
 
 もう僕みたいな大馬鹿野郎なんてどうにでもなってしまったらいい。
 
「嘘を言うな!」
 
 警備員の人がすっごく怒った。
「嘘を言うな」だなんて、失礼な話だ。
 僕は今、それをやろうとして失敗したのに。
 
 大男がさらに決定的な事実を怒鳴る。
 
「確かに似ているがな! お嬢様はこないだ心臓麻痺で亡くなったばかりだ!」
「なんですって!?」
「そう言えば、今の私の容姿なんだが」
 
 エリーまでもが僕に驚愕の真実を告げる。
 
「先日喰った娘の姿なんだ、これは」
「マジで!?」
「うむ。亡骸の持ち物を調べたら馬車の切符があったから、それを使ってこの街に来た」
「お嬢様の名を語るってこたァ、お前ら……」
 
 ピーと、小鳥の断末魔のような高音が鳴り響く。
 警備員にとうとう警笛を吹かれてしまったのだ。
 
 いよいよお終いだ。
 警備員や用心棒たちがぞろぞろと、ある者は眠気に耐えるような目で、ある者は飛び起きたかのように駆け足で廊下に集まってくる。
 僕らは完全に囲まれてしまった。
 誰かが点けたのだろう。
 廊下のランプが灯った。
 サーベルやら木製の警棒ががちゃがちゃと音を立て、僕とエリーに向けられた。
 
「これは困ったな」
 
 エリーがつぶやいた。
 
「このままでは私まで攻撃されてしまう」
 
 彼女はそして、僕だけにしか聞こえない小声になった。
 
「私がいいと言うまで、私を見ないようにすることを勧める。行くぞ」
 
 どこに?
 そう聞き返そうとエリーに視線を向けた瞬間、世にも恐ろしいものを僕は目の当たりにしてしまった。
 
 廊下が静まり返る。
 
 僕だけではない。
 本当に怖い時っていうのは何も声が、悲鳴でさえ出すことができないのだと初めて知った。
 息を吐けるのに吸い込めない。
 警備員や用心棒が、顔にある穴の全てを最大まで広げて固まっている。
 僕もきっと同じような有り様だったに違いない。
 
 一人はガタガタと震え、武器を落とした。
 一人は尻餅をつき、失禁した。
 一人は思い出したかのように絶叫し、這って逃げようとジタバタしている。
 誰もがそれぞれの表現で恐怖心を最大限に表していた。
 
「さ、逃げるぞ」
 
 僕の隣にいる恐ろしい者が言って、歩き出す。
 そうか、これ、エリーなんだ。
 わずかな予備知識のおかげで、僕はどうにか立っていることができた。
 エリーの後を追うため、足を前に出そうと試みる。
 
「うわあァ! アアあああ! ンのやらァー!」
 
 男の奇声が甲高く響いた。
 警備員の一人が逆ギレしたらしい。
 エリーに向かって警棒を振り上げている。
 
「エリー!」
 
 叫んで、僕はエリーの腰元に飛びついた。
 そのままの勢いで、僕らは床に擦られるような形で叩きつけられる。
 警棒による攻撃は幸いなことに、エリーにも僕にも直撃することはなかった。
 
「危なかった……」
 
 今の見た目はハゲそうになるぐらい怖いエリーだが、正体は骨だからだろう。
 感触は堅くて細く、体温がない。
 離そうとしたら、手の形をした骨の感触が僕の手を掴んだ。
 
「離れるな。私に喰われるぞ」
 
 エリーはそして、襲いかかってきた警備員の前に立つ。
 
「子供たちにこの姿を見せてやろう」
 
 警備員に対して、エリーは意味の解らないセリフを吐き捨てた。
 僕に鳥肌を立たせるには充分な言葉だったけれど、これが彼にどんな効果をもたらしたのだろう。
 警備員は白目をむいて気を失ってしまった。
 
「ひいいいい!」
 
 また別の悲鳴。
 振り返るとバスローブを纏った固太りのおっさんが目を大きく見開いて泡を吹き出し、後ずさっている。
 知っている顔だった。
 騒ぎを聞きつけ、様子を見に来たのだろう。
 
「スタッガーリー」
「こいつが金貸しか」
 
 エリーのコメントはそれだけだった。
 特に興味を引かなかったらしい。
 怯える中年の前を通り過ぎ、僕の手を引きながら、エリーは屋敷の出口に向かう。
 
 土地の権利書なり現金なり、盗むなら今だとちょっとぐらいは思ったけれど、もう僕にそんな気力はなかった。
 
「うむ。今回はちゃんと戻れた」
 
 夜風に吹かれる頃、エリーは娘の姿に戻っていて、僕はようやく安堵して胸を撫で下ろす。
 でも、胸の奥は重くて鬱積したまま。
 実に暗い気分だ。
 
「エリー、さっきのは一体……?」
「やはりお前も見ていたか。反応で解った。さっきのは擬態の一種だ」
「どうしてそれで警備員たちがあんなに……?」
「相手にとって、最も恐ろしいものが見えるようにと暗示をかけた。見えた物はだから各自で違っていたはずだ」
 
 そうか、だからか。
それで納得がいく。
 
「お前には何が見えた?」
 
 エリーに訊かれ、どうせ嘘を言えないのだからと僕は告白をする。
 
「自分の姿が見えたよ。大金を持って、高笑いする自分の姿が見えた」
「そうか。攻撃を仕掛けてきた男に私が声をかけたのを覚えているか?」
「うん」
「あれもな、相手にとって最も恐怖心を覚える言葉が聞こえるようにと暗示をかけた」
「だからか。僕には、『子供たちにこの姿を見せてやろう』って聞こえたよ……」
「だから見ないほうがいいと言ったのだ。以前、初めてこの暗示を使った時は元の姿に戻ることができなくなってな。苦労したものだ。見られて騒ぎになるのも面倒だったから人気のない場所を探し、壁に向かって立つ毎日だった」
 
 エリーは珍しく饒舌で「黙って立っていただけなのに無理矢理に振り向かされ、勝手に魂を提供してくれた男がいた」などと喋り続けている。
 
「私が何度も『元の姿に戻れない』と言っているのにそいつときたら素手で私の肩に触れてな、あんなに楽な食事はなかった」
 
 僕はというと相槌も打たず、ただ呆然と地面を見つめていた。
 
「どうした? 覇気が消えているぞ。まだ恐れているのか?」
「いや、うん。いくら学校のためとはいえ、僕は誘拐だの泥棒だのしようとしててさ、それがさっきの高笑いする自分なんだって思うと、僕はなんて駄目な教師なんだろう、って。先生は、人間の見本でいなくちゃならないのにさ」
 
 エリーは黙ったまま僕の暗くなった顔を眺める。
 
「おまけに素手で触っちゃいけない死神に抱きついちゃって。エリーがこの手を離したら、僕は死ぬんだなあって。覚悟はしてたはずなのに、さすがに怖いよ。それに、これじゃあただの犬死だ」
「実に愚かだな」
「うん。でも、もういいんだ。悪いことに手を染める前に死ねたほうがマシなのかも知れない。だからエリー、もういいよ」
「何がもういいんだ?」
「僕の魂、食べてくれ」
 
 夜風がまた吹いて、僕らの髪を撫でる。
 風が収まると、エリーは口を開いた。
 
「実に愚かだ」
「え?」
「お前は今、様々な勘違いをしている」
「え? 勘違い? どんな?」
「まず、私が切り札として使ったさっきの暗示はな、相手にとって最も恐ろしいものが見えるように化けたんだ。そこまではいいか?」
「え、ああ」
「そこでお前は、自分自身の姿を見た」
「そうだけど」
「それで、何故お前はそれを自分の正体だと解釈したんだ? 重ねて言うが、私が成ったのは『そいつが恐ろしいと感じる物』だ。つまり今回のケースは、お前が最も恐れていた物が犯行後の自分自身であると判明しただけに過ぎない。お前の実像とは無関係だ」
「あ、え、ああ。そ、そうなのかも」
「まだあるぞ」
「え」
「お前は先ほど『素手で触っちゃいけない死神に抱きついちゃって』と言ったな?」
「え。い、言いました」
「死神じゃない」
「は?」
「エリーだ」
 
 お前がつけた名だ、忘れるな。
 そう言って、エリーは僕の手を引く。
 どこに向かう気でいるのだろう。
 
「お前はさらに『これじゃあただの犬死だ』とも言った」
「だって、学校を救えなかったじゃないか」
「決めつけるな。さっきの金貸しにな、お前にやったのと同じ術をかけておいた」
「と、いうと?」
「奴もお前と同じく、もう嘘が言えない。言っても、直後にそれが嘘なのだと自供する」
「スタッガーリーが!?」
「これで口八丁は使えない。サイバンとやらにも勝てるんじゃないのか?」
 
 ああ。
 どんどん心に光が差してくる。
 そんな心地がした。
 今ならもう思い残すことはない。
 
「ありがとうエリー。なんとお礼を言ったらいいのか」
「礼、か。群れを作らなければ生きていけない種族特有の発想だな、それも」
「そうだ。助け合わなきゃ生きていけないんだ、人間は」
 
 星空には雲がなく、月は明るい。
 晴天を清々しく想えるって、素晴らしいな。
 こんな最後でよかった。
 僕は空を見上げて、そのまま目をつぶる。
 
 エリーは当初「肌と肌が触れ、離れた瞬間に食事を自動的に開始する」と言っていた。
 触った瞬間ではなくて、離れる瞬間。
 今繋いでいるこの手が離れると同時に、僕の魂はエリーに食べられてしまうというわけだ。
 
 ぎゅっと強く握っていた最後のぬくもりから、僕は握力を緩める。
 
「ありがとうエリー。思い残すことはないよ。エリーに食べられるなら、僕は後悔しない」
「確かにそうだな。喰われたら後悔することさえできない」
「いいから早く食べてくれよ! 僕の気持ちが変わる前に!」
「そのことなんだがな、私は決めた」
 
 え。
 と、目を開けてエリーの顔を見る。
 いつの間にか僕の手に伝わる感触が堅い骨ではなくなっていた。
 女の子の手だ。
 体温まで感じる。
 エリーは僕の触感にまで暗示をかけていた。
 
「私は滅びることにした」
「なんだって?」
「死神はおそらく他にもいるだろう。だが私は滅びる」
「なんでまた」
「触ったら死ぬと知りながら、私を助けたな、お前は。その前は私に名前をくれた」
「え、だって呼び名に困ると思って」
「私に喰われた魂は転生できない。それがな、なんだか勿体無く思えた。お前はまだまだ私に何かくれそうだ」
 
 僕はなんだか必死になってしまい「何も持ってないよ」と訴える。
 でも、エリーには綺麗に無視されてしまった。
 
「お前はきっと私が食事をするのを嫌がるだろう。だから食事をしないことにしたぞ、私は」
 
 なんか勝手に仕切ってる。
 
「そんなことしたら、エリーが死んじゃうじゃないか」
「当たり前だ。しかし試したことがないからな、食事をやめてどれぐらい生きられるのかは解らない。お前の一生分ぐらいは余裕で持つとしても、もしかしたら五千年ぐらい耐えられるかも知れない」
 
 長生きなことだ。
 
「お前が死んでも一応手は離さないでおいてやる。そうだな。お前が骨になる頃に私が正体を現せば、遺骨だと思われるに違いない」
 
 正体なのに、死体の擬態になるのか。
 便利なんだか、なんなんだか。
 
「というわけで、お前の家に戻るぞ。確か黒いフード付きのマントがあったな。あれを私にくれ。こう見えて私は全裸なんだ。誰かと接触したら自動的に魂を喰ってしまう」
「いや、ちょ、待ってよエリー」
「何を待たせる。ロープも用意してもらおうか。有事の際があってもいいよう、私たちの手を縛って離れないようにしておこう」
「おいエリーったら!」
「心配するな。マントもロープも擬態で隠してやる」
「いやそうじゃなくて!」
「うるさいな。さっきから何を言いいたいのだ、お前は」
「僕の家ならそっちじゃないって言いたい! こっちだ!」
 
 エリーの手を引っ張り返す。
 
 全く、なんて人生なんだろう。
 いつでも女の人と手を繋いでいるなんて状況、生徒たちにどう説明したらいいんだ。
 ホント冗談じゃない。
 授業とか風呂とかトイレとか、問題は山積みだ。
 だいたいこのままだと、結婚もできないじゃないか。
 
 そんな文句をつらつらと重ねる。
 すると思った通りで、エリーの返事は極めてシンプルだった。
 
「細かいことは知らん。お前の采配でやれ」
 
 どうやら僕はマジで一生このままらしい。
 死ぬまでずっと、エリーと手を繋いで暮すのか。
 そんなの、死んだってごめんだ!
 心の底からうんざりし、僕は嫌で嫌でたまらない気持ちになった。
 嘘だけど。



 続く。

拍手[8回]

2012
May 13
「あたしが怖い話嫌いなの知ってるでしょ!?」
 
 責めると彼は「ごめんごめん」と笑って、あたしのグラスにシェリーを注いでくれた。
 前菜は平らげてあるから、あたしたちの今の使命は次の料理を待つことだ。
 
「でもさ」
 
 ふと彼の顔を覗き込む。
 
「今の話って、いつ作ったの?」
 
 彼はというと、まだ愉快そうに薄笑いを浮かべている。
 
「なかなか良く出来た話だったろ?」
「そうかなあ」
 
 あたしは首を傾げた。
 
「最後になんで主人公のお医者さんが死んじゃったのか解らなかった。あと、あれもわかんない。ほら、えっと、振り向かない人?」
「振り向かざる者、ね。それが?」
「奥さん、なんで背中を向けてたの? 最初から主人公に襲いかかればいいと思うんだけど」
「ああ、そのことか」
 
 彼は再び可笑しそうに笑う。
 
「次の話で解るよ。二組目の遺骨の話だ」
「もう怖い話は嫌」
「大丈夫だよ。もう怖い話はない」
 
 言って彼は自分のグラスにもお代わりを注いだ。
 
 ------------------------------
 
   死神がフードを被る理由
 
 
 
 さらった女が死神だった。
 いやマジでだ。
 うっかりしましたとか、そういうノリじゃ済まされない。
 犯罪者が人間失格なのだとしたら、僕なんざ犯罪者としても失格である。
 
 スタッガーリーの一人娘を誘拐すべく、小心者の僕にも実行可能っぽい計画を立て、ガクガク震えながら待ち伏せをした。
 やってきた若い女の人に、僕はどうにか声を振り絞る。
 
「おおお、お父さんが大変なんです!」
 
 声が上ずったのは演技ではなかった。
 
「とにかく大変なんで、行きましょう!」
 
 我ながら芸術的な慌て具合だ。
 
 娘はというと、ものの見事に全く動じていない。
 
「お前は何か勘違いをしている」
 
 冷静な声色だった。
 
「勘違いじゃないんです! あなたのお父さんが、もう大変なんです!」
「大変なのはお前だ。私に父がいるのか?」
「いるじゃないですか! いやここにはいないけど!」
「どこだ」
「こっちです!」
 
 娘の手を引こうと手を伸ばす。
 彼女はそれを、すっとかわした。
 
「触るな。案内してもらおう」
 
 最近の若い女の人は王様みたいな喋り方をするのだなあ。
 足の震えや胸の鼓動を抑えながら、ぼんやりとそんなことを思った。
 
 隠れ家に到着してする最初の仕事はドアに鍵をかけることだ。
 次の仕事は、謝ること。
 
「ホントすみません! 実は、お父さんが大変というのは嘘、ってゆうか。ええ。でもまあ、あの、ここでしばらく人質になって下さい! 危害とかは加えないんで、お手数ですけどもどうかお願いします」
「私に父がいるというのも嘘なのか?」
 
 不意を突くような質問をされ、言葉に詰まる。
 
「え?」
「二度言わせるな。私に父がいるというのも嘘なのか?」
「え?」
 
 問いの意味が解らない。
 この子、なんで父親を存在から疑っているんだろう。
 椅子に腰を下ろし、足を組んで落ち着いている態度も人質の様子にしては不自然だ。
 
「あのう、スタッガーリーさんの娘さんですよね?」
 
 恐る恐る訊ね返すと、娘は何かしらを察したような顔をした。
 
「そういった本人確認は、最初にするべきだ」
「ですよねー」
 
 なんてこった、しまったァ!
 と、心の中で絶叫する。
 背筋に嫌な汗が噴き出し始める。
 僕はこともあろうに誘拐する相手を間違えていたらしい。
 スタッガーリー家とは無縁無関係の、赤の他人をさらってしまっていたのだ。
 
「ホントすみませんでした! 人違いでした!」
 
 目覚しいスピードで腰を直角に曲げる。
 どうお詫びしたら許してもらえるのかまるで見当もつかないけれど、取り敢えず今はこうすることしか思いつかなかった。
 
「人違い、か。確かに私は人とは違う」
 
 不思議な発言に顔を上げる。
 僕はそこでとんでもないものを見た。
 
「おうわあ!」
 
 二度と発音できそうもない奇声を発し、同時に後方の床に尻をつく。
 目を疑えば疑うほど、自分の視力の良さを呪った。
 
「どうだ。『人違い』であろう」
 
 ガイコツだ。
 椅子に腰掛けた骨がなんか言ってる。
 さっきまで若い女性だったはずが、いつの間にか白骨に姿を変えていた。
 理科室に置いてあるような模型なんかじゃない。
 膝の上で両手の指を絡ませて組んだ。
 動いてる。
 
「これが私の本当の姿だ」
 
 骨が声を発した。
 本当の姿とかって、いきなり簡単に見せてもらえるものなんだ。
 と、驚愕とは裏腹に呑気なことを考える。
 
「ももも、元の姿にもどもど、戻ってください」
 
 どうにか口を動かす。
 するとガイコツはすぐにさっきの娘の姿に変化した。
 
「デザインとしては人間と同じなのに、怖いのか」
 
 同じっちゃあ同じだけど、人が骨だけの姿になるにはまず死ぬことから始めなきゃいけないわけで。
 なんて冷静に返したかったけれど、僕の心境はそれどころじゃない。
 大パニックだ。
 
「あああ、あなた、なんなんですか!?」
「死神だ」
 
 これで「ああ、死神だったんですか。だからかー。それで納得っす」なんて切り返せたらその人のは全世界神経の図太さランキング上位に入っているだろう。
 
「死神って……?」
「その通称は人間が勝手につけただけだ。したがって私は死の神様というわけではない」
 
 なんだそっかー、だったら安心。
 だなんて思えるものか。
 
「両親の記憶なんて無いからな。私がどうやって生まれたのかを私は知らない。そこでお前が父の存在を思わせるから興味を持って来たのだが」
「ホントすんません!」
「嘘だったわけか。それはいけないな」
「ホントすんません!」
 
 ここまで「ホントすんません!」を連呼するのもなかなかない体験だけれども、他に言葉が出ないのだからしょうがない。
 死神とは具体的に何なのか、正体が骨って以外に他にどんな能力や特徴があるのかを知りたいなとは少し思ったけど、正直な気持ちとしては帰っていただきたい。
 
「ホントすみません! でも、あの、人違いだったんで、お引取り願えないでしょうか……?」
「そうはいかない。常々、獲物の生態や常識について知っておきたいと思っていたからな。しばらくはお前を観察することにした。だから私はお前の魂を喰わずに正体を明かし、嘘をつけないようにもしておいた」
「ええ」
 
 あまりに当然のように言われたので、思わず普通に相槌を打ってしまった。
 えっと、どこに突っ込むべきだろう。
 獲物って単語がさらっと出たのは何故?
 僕の魂を食べるとか何とかって、どういうことですか?
 嘘がなんだって?
 
「お前が私の質問に正確に答えられるよう、まずは私の事情を覚えてもらおう。前情報として死神の知識を持っておけ」
 
 なんか勝手に仕切ってる。
 
「死神が他の生物と最も異なる点は食事にある」
 
 どうやら帰ってはくれないようだ。
 
「通常の動物は有機物を捕食し、エネルギーを得て血肉に変換させるが死神は違う。喰うのは人間の魂だけだ。肌と肌が触れ、離れた瞬間に食事を自動的に開始する。なのでしばらくは素手で私に触るな」
 
 用が済んだら触ってもいいと解釈できる。
 
「あの、魂を食べられちゃうとどうなるんですか?」
「知らん。魂を喰われたことがないからな。私は」
 
 ごもっとも。
 
「ただ、少なくとも死体は残る。抜かれた魂は私の一部になるわけだから、もし死後の世界があるとするならば、喰われた魂はそこに行けないだろうな」
 
 ただ死ぬってだけでも嫌なのに。
 
「物質的な肉体があるのに食料が霊的な物であるという点が死神の特色になるわけだ。摂取時には直に対象に触れなければならない。そのために必要な能力が、今お前が見ている擬態だ」
 
 もう僕のほうが帰ってしまいたい。
 
「催眠術の一種だ。こちらが想定する姿形を相手の脳に直接認識させる。今お前が聴いているこの声も、実は錯覚だ。私が実際に喋っているわけではない。喋ろうにも私には声帯がないからな」
 
 要するに「娘に見えるけどホントは骨で、人間のやり方で喋ろうとしたらカタカタ鳴るだけですよ」ってことか。
 
「魂は人間の物が一番だ。動物の魂を喰うことも可能だがそれらはいくら摂取しても満たされない。だからこそ私は人間の街を点々としているというわけだ」
 
 そこを僕が間違ってさらってしまったというわけだ。
 
「さて。私についてはそんなものだ。理解したか?」
「え、あ、はい。たぶん」
「では訊こう。今のこの私の姿、初対面でいきなり人に触れることに適しているか?」
 
 突然の質問に戸惑う。
 彼女が今の姿ではなく、例えば柄の悪い大男や酷く顔色の悪い亡霊みたいな風体だったら警戒されてしまって、初対面の相手に直接触れるというのは難しいだろう。
でも、今目の前にいるような若くて可愛らしい女の子の姿だったら、そりゃちょっとは相手の地肌に触れる確率が上がるかも知れない。
 どうしよう。
 そのことを教えたら犠牲者が増えてしまうじゃないか。
 
「いやあ」
 
 犯罪者失格ついでだ。
 僕は口を開く。
 
「もっとこう、なんて言うんですかね? 髪を振り乱して血の涙を流しながらやたらシャカシャカと無駄に動く機敏な老婆のほうがいいと思います。嘘だけど」
 
 応え終えた瞬間「あれ?」と、つぶやく。
 可笑しそうに死神が笑った。
 
「そうか。この姿では駄目か」
「え? え、ええ。そうですね、良くないです。嘘だけど」
「ではしばらく、このままの姿で行動するか」
 
 納得されちゃった。
 そもそも僕は、どうして嘘を嘘だって自分から暴露しちゃっているのだろう。
 
 死神が何事もなかったように続ける。
 
「どうしてこの姿が良いのか、他にはどんな姿が警戒されずに済むのか、そういった法則を私は知らないからな。しばらくはお前に憑いて、人間を間近で研究させてもらうとしよう」
「あの、それはいいんです。嘘だけど。あれ? まただ。なんで勝手に口が……?」
「お前はもう嘘を言えない。正確には、嘘を口にすることは出来るが、直後にそれが嘘だと自供してしまう」
「なんですって!?」
「二度言わせるな。自分の身で体験済みだろう。暗示の一種だ。この擬態が『脳の思い込み』を利用しているように、私はそういった暗示をかけることに長けている。お前はいきなり私に嘘をついたからな。それでは困るので嘘と誠を判別するための術をお前にかけておいた」
 
 あっさりと重大なことを告げられる。
 嘘を言うと、勝手に口が動いてしまうだなんて、そんなバカな。
 確かめなくちゃ!
 
 僕は思いつくままに嘘を並べ立てる。
 
「僕は大統領だ。嘘だけど。あ、ホントだ。昨日は空を飛んで鳩とスピードを競った。嘘だけど。ああ、やっぱり! くっそう。僕は今まで嘘をついたことがない! 嘘だけど。駄目か! ええい! お前のことが大好きだー! 嘘だけど。ああッ!」
「落ち着け」
「元に戻してください!」
「駄目だ」
「そうですか」
 
 こんなザマじゃ誘拐をやり直そうにも絶対に失敗してしまうだろう。
 さらわれる側だって、いきなり知らない男に「お父さんが大変なんです。嘘だけど」なんて告げられた日にはリアクションに困るだけだ。
 僕はがっくりと地面に両手をついた。
 
 死神が椅子から立ち上がる。
 
「お前は普通に生活するだけでいい。私は時に質問をするだけで、お前の邪魔はしない」
 
 それを聞いて僕は「ああ」と言い、さらに首を地面に向け、曲げた。
 
 隠れ家と称した小屋を出て、街に戻る道を行く。
 腹が立つぐらいに天気が良い。
 強い日差しが僕と死神と、木々と小鳥とをまんべんなく照らしている。
 
 死神はずっと僕の横を歩いているから、知らない人が見たら健全なデートに見えるかも知れない。
 僕に恋人や奥さんがいなくて良かった。
 
 それにしても死神だなんて。
 
 僕は溜め息をついた。
 
 こうして並んで歩いている今でも信じられない。
 効率良く人の魂を喰らうために人間を研究するだなんて、僕のいないところやってほしい。
 だいたい、この子はいつまで僕に付きまとう気でいるのだろう。
 用が済んだら、もしかして僕は食べられてしまうのだろうか。
 そんなのめちゃめちゃ嫌だ。
 ってゆうか今が夏休みで本当によかった。
 常に若い女性が隣にいるこの状況は、とてもじゃないけど皆に説明できない。
 あと、誘拐も諦めなくちゃ。
 
 色んなことを考えているうちに僕らは街に辿り付いていた。
 
「ああ」
 
 数度目になる溜め息が自然と漏れる。
 
「これからどうすればいいんだ……」
「二度言わせるな。お前は普通に生活をすればいい」
「その普通の生活っていうのは、いつも女の人と一緒だと何かと困るんだよ。誰かに君のことを聞かれたらなんて応えたらいいの?」
「当たり前のことも言わせるな。そんなことはお前の采配でやれ」
「嘘も言えないのに!?」
「ある程度なら私が話を合わせてやる」
「つまり、嘘を言えるように戻してはくれないんですね……」
 
 取り敢えずは便宜上ということで、僕は死神のことをエリーと呼ぶことにした。
 安直な命名だったけれど、でも、とてもじゃないけど「死神さん」なんてストレートに呼ぶわけにはいかない。
 そんなの誰かに聞かれたら困ってしまう。
 そのことを告げたら、エリーは「そうか。エリーか」とつぶやいた。
 
「名前か。ふむ。人間から魂以外のものを貰ったのは初めてだ。そうか、エリーか」
 
 なんか喜んでくれたらしい。
 
 僕は知り合いに出くわさぬよう、家路を見渡す。
 街は今日も賑わっていた。
 出店に並んだ果実に足を止める者、通りを徐行して人波に気を遣う馬車、設置されたベンチで煙草を吹かす者。
 僕の心情とは裏腹に平和な光景だ。
 
「一つ疑問があるのだが」
 
 エリーが腕を組み、人差し指を顎に当てる。
 
「お前は最初、私を誰かと間違えていたな。誰と間違えた?」
「それはその、えっと、人さらいになろうと思って」
「何故だ。性癖か?」
「欲求なわけないでしょ!?」
 
 人に聞かれては困る会話になりそうだ。
 僕はエリーを連れてそそくさとアパートの自室に引き篭もる。
 
「僕の職業は、小学校の教師なんだ」
「ほう。それがどうして誘拐犯に転職を?」
「誘拐犯て職業なんだ!?」
 
 こういうやり取りって喜劇の中だけだと思っていたけど、どうもそうでもないみたいだな。
 なんて思いながら、僕はエリーに誘拐の動機を話す。
 
 僕の父親には夢がある。
 最初は町外れに小屋を作り、そこで塾のような活動をしていた。
 さっき僕が隠れ家として利用した小屋がそれだ。
 
 父は昔から子供のことが大好きだった。
 
「子供にとって、毎日のように逢うことになる大人ってのは親だ。その次が学校の先生。だから教師は人間の見本でいなくちゃいけない」
 
 父さんの口癖だ。
 念願を叶えて今では小学校を設立し、父は子供たちの将来を助けている。
 息子としては誇らしくって、少しでも手伝おうと、それで僕は教員になった。
 
 小学校を建てるにあたって父さんは借金をしていた。
 富豪で有名なスタッガーリー氏が金を貸してくれたと父さんは喜んでいた。
 担保は小学校の土地だ。
 土地は元々、祖父が遺してくれたものだった。
 
「なるほど」
 
 エリーが頷いた。
 
「その金貸しがお前の職場の土地を欲しがった、というわけか」
 
 察しが良い。
 その通りだった。
 スタッガーリーは様々な嫌がらせをして学校の評判を下げた。
 あらぬ噂を流し、放火まがいのボヤを起こし、通学路に馬車を走らせ、生徒の身まで危険に晒した。
 
「おたくの学校に息子を通わせるわけにはいきませんので」
 
 保護者たちがそう判断するのも必然だ。
 
 このままでは学校が潰れてしまう。
 借金が返せないことで、土地がスタッガーリーの物になってしまう。
 
 僕は強く両拳を握った。
 
「父さんがさ、黙って、汗流してさ、焼けた教室を片づけてたんだ。それ見てたら、スタッガーリーがどうしても許せなくなって」
「群れを作って生きる種族らしい発想だな。それで金貸しの娘を誘拐して身代金を入手し、手っ取り早く職場を救いたいわけか」
「身もフタもない言い方だけど、その通りです。裁判を起こしたんだけど、スタッガーリーは口が巧くて、どうしても勝てないし……」
「サイバン? ああ、あの豪華な口喧嘩のことか」
「まあ、そうとも言えます。おや?」
 
 玄関の方向からノックの音がした。
 珍しいことに来客だ。
 
「エリーはここにいてください」
 
 部屋に死神を残し玄関を開ける。
 
「先生」
「なんだ、お前たちか」
 
 生徒たちだった。
 今まさに学校の話をしていたところだったから奇遇に思う。
 子供らは三人で来ていて、それぞれが神妙な顔つきだ。
 
「どうしたんだ? 遊びに来たなら、僕は忙しいから駄目だぞ」
「うん……」
 
 いつもは明るい生徒が、今日は明らかに沈んでいて様子がおかしい。
 僕はしゃがんで目線を低くした。
 
「どうかしたのか?」
「先生、あのさ」
「うん?」
「学校、なくなっちゃうって、本当?」
 
 どうやら子供たちの間でも噂になっているらしい。
 僕は精一杯、優しい表情を作った。
 
「誰がそんなこと言ったんだい? 学校がなくなるわけないだろう? 嘘だけど。げえ!」
 
 しまった!
 僕は今、嘘がつけないんだった。
 
 生徒たちは三人同時に「え?」と自分の耳を疑うような顔をする。
 
「違う違う! 違うんだ! 今のはな、そういう意味じゃなくって」
「うん? えっと、どういう意味?」
「つまりな? 学校がなくなるなんて話が嘘だってことさ。嘘だけど」
「え?」
「いやだから、学校は大丈夫なんだ。嘘だけど。違う! 嘘じゃない! 嘘だけど。いやいや、嘘なのは僕が最後に『嘘だけど』って言ったことが嘘なんだ。嘘だけど。くっそう!」
「先生?」
「エリー! 今だけでいいから解除してくれ!」
「エリーって、誰か来てるの?」
「いや? あ、ああ。そうなんだ。先生の妹がな。嘘だけど。どちきしょう!」
「どっち? ってゆうかさ、先生。もしかして、学校がなくなるって本当なの?」
「そんなことはない! 嘘だけど。いやいや、解った! 本当のことを言おう! 僕に困った質問をしないでいただきたいと、僕は今思っている!」
「なんでそこで自分発見するんですか先生」
「僕もそう思った。まあまあ、落ち着こうじゃないか」
「先生だけだよ、取り乱してるのは」
「全くだ」
 
 咳払いをして、誤魔化す。
 
「ところでお前たち、そんな話どこで聞いたんだ? クラスのみんなも、もう知ってるのか?」
「うん、知ってる。学校にお金がないから潰れちゃうんだってみんな言ってる」
「マジか」
「マジ。大通りで今、ユニー達が募金活動してるし」
「なんだって!?」
 
 駆け足で街に出ると、エリーも当然のように着いてきた。
 人込みの隙間を縫って進む。
 まだ声変わりをしていない、幼い大声が耳に入ってくる。
 
「募金をお願いしまーす!」
「僕らの学校がなくなろうとしています! 募金をお願いしまーす!」
「お願いしまーす!」
 
 男子も女子も、声が枯れていた。
 ずっとずっと叫んでいたのだ。
 普段無口のテフラも、いじめっ子のレレイも、ガリ勉のロークスも、必死になって声を張り上げている。
 
 ボヤの残骸を片づけている父を見た時と同じ感覚に陥った。
 目頭が熱くなり、動悸が早まる。
 
 子供たちが叫んでいる。
 自分のため。
 学校のため。
 声をガラガラにして叫び続けている。
 お前たちも、父さんが作った学校を好きでいてくれたんだな。
 
「エリー、ああいうのを見て、どう思う?」
「群れを作らなければ生きていけない種族特有の発想だと思う」
「そうか。人間は違う考え方をするんだ」
「ほう」
「僕は決めたぞ」
「何をだ?」
「僕はさっき、訪ねて来た教え子たちに嘘をついて、それを嘘だと言ってしまった」
「あれは面白かった」
「あの『嘘だけど』の部分を、僕はこれから嘘にする! 世界初、嘘をつかない泥棒だ!」
「何を言っているのか解らん」
「学校を守るんだ」
「どうやって?」
「スタッガーリーの家に侵入するんだ。お金か、土地の権利書を盗む」
 
 エリーはそれで「発想が成長していないな」とだけつぶやいた。



 続く。

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プロフィール
HN:
めさ
年齢:
41
性別:
男性
誕生日:
1976/01/11
職業:
悪魔
趣味:
アウトドア、料理、格闘技、文章作成、旅行。
自己紹介:
 画像は、自室の天井に設置されたコタツだ。
 友人よ。
 なんで人の留守中に忍び込んで、コタツの熱くなる部分だけを天井に設置して帰るの?

 俺様は悪魔だ。
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