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夢見町の史

Let’s どんまい!

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2017
December 17
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2012
May 20
   エンジェルコール5
 
 
 
 当たり前だけど僕は裁判官のおじちゃんよりも、地球上の誰よりも長く生きている。
 僕は霊的な存在で肉体なんて無いわけだから、そもそも寿命なんてものがないんだ。
 人間が思う「生きる死ぬ」とはまた違った概念になるんだろうけど、とにかく僕はかなり長いこと生きてきた。
 この超長い人生の中でここまでびっくりしたのはさすがに初めてだ。
 
「ありえないよう!」
 
 モニターに向かって思わず泣き叫びそうになっちゃった。
 
 画面にはとんでもない事実が映し出されている。
 おじちゃんから頼まれた調べ物をすればするほど、今度は僕個人の疑問が湧いちゃって、それで必要以上に調査しまくっちゃった。
 
 十六年後に起こる地球規模の大破壊。
 色んな惑星の軌道がおかしくなって、それは地球にも凄いダメージを与えることになる。
 地軸がずれちゃうもんだから北も南も変な方向にいっちゃうし、環境だってしっちゃかめっちゃかだ。
 全土を襲う大地震、大洪水のレベルだって半端ない。
 でも、そりゃそうだ。
 地球の自然が起こす通常の天災なんかじゃなく、これは地球そのものが被害を受ける災害なんだもん。
 星を水槽に例えれば、そこに悪ガキが大勢突っ込んでくるっていえばいいのかな。
 要するにとにかく凄い。
 
 運命調査班はこんな報告を残してる。
 
「たった一日で大陸がバラバラですよ。遥か上空から見ればスローモーションで割れるお皿のようです。目に見えるスピードで陸地が移動していました。といってもその頃は大洪水が地表の全てを覆っている最中ですんで、動く大陸を目撃できる人間なんていないでしょうけどね」
 
 散らばった大陸は少しずつ、長い年月をかけて速度を落とし続けて、それでいつか今以上に文明が発達する日が来るんだって。
 でも、大破壊を乗り越える人が少なすぎてちゃんとした記録が残ってないから、誰もが「プレート移動は年間数センチだから逆算すると大陸が一つだったのは何億年も昔」って信じちゃってるんだってさ。
 
 運命調査班のお兄さんはさらにこう続けてた。
 
「大陸が少しでも動く時点でそれは過去に地表が割れたことがあるっていう証なんですがね。ちょっと未来を見てきたんですが、人類は時に議論していましたよ。ムー大陸がどうのこうのって。今まさに自分らが住んでいる土地のことを幻の大陸呼ばわりしていました。まあ、破壊の規模が大きすぎて伝承や状況証拠しか残っていないわけだから、そうなるのも仕方ないんですけどね」
 
 これから起こる大災害はつまり、人間にとって間違いなく人生に刻まれるぐらいの一大事に違いないよ。
 でも僕にとっては今このモニターに映し出されている現実のほうがよっぽど衝撃だ。
 日付は十六年後で、画像には死を覚悟して抱き合う三人の親子がクローズアップされている。
 
 何度か見たはずなのに、今まで気づかなかった。
 どういうことなんだ、これは。
 どうしてこうなっているんだ。
 
 過去を変えられないように、未来も変わることはない。
 僕が未来の、この情報を見てしまうこともきっと運命に組み込まれたことなんだろう。
 つまり、僕がこれに気づいてしまったからこそ、この親子は抱き合って死ぬってことだ。
 
 でも、運命だからってそれは解せない。
 どうすればいいんだ僕は。
 
「虫としての人生もやってみれば案外悪くないかも知れん」
 
 またしてもおじちゃんのあの言葉が脳裏に浮かぶ。
 不思議と気が軽くなる自分がいた。
 
 肩の力を抜いて、僕はゆっくりと背もたれに身を委ねる。
 
「あ」
 
 リラックスしたからだろうか。
 あることに思い当たった。
 もしかして、僕は自分の意思に従っちゃって正解なんじゃ?
 
 ガバッと身を起こし、腕まくりをする。
 いつも以上に素早くリズミカルに、指先がキーボードを叩いていった。
 調べたいのは三人の死後だ。
 
 おじちゃんに電話を入れたのは、僕が悩みに悩んでスッキリした翌日になってのことだった。
 
「もしもし、ロウでございます」
「ああ、待っていた。調査結果は出たかね?」
 
 メモ帳には「ドS口調がこいつの望み」って書いておいたし、両隣の仕事仲間が通話状態に入ったことも確認済み。
 準備オッケーだ。
 
「ええ、調査結果は全て上がっております」
「ありがとう。ポイントを消費して構わんから聞かせてくれないか?」
「かしこまりました。それでは三名の人生がどれだけ充実していたかを報告させていただきますね」
 
 僕はモニターを読み上げる。
 
「例の親子は三名とも、幸福を感じながら絶命しております。死因は土砂による窒息死なのですが、不思議なことに肉体的苦痛さえ一切感じておりません」
「なに? 苦しんでない? 痛みも感じていないのか? 土砂に埋もれるのに」
「はい。これはわたくしにとっても謎なのですが、三人とも安らかでございました。わたくしの見解では死を前にした緊張感が脳内麻薬を分泌したと見ております」
「まあ、そういうこともあるだろうな」
 
 三人が苦しんでいない理由は正直、僕にも解らなかった。
 普段だったら気を利かせて調べるところなんだけど、昨日は自分のことで夢中になっちゃってた。
 ごめんね、おじちゃん。
 と、内心謝る。
 
「続きましてルイカ様のご子息と思われるお子様ですが、この二名はルイカ様の実の子ではございません」
「なに、そうなのか?」
「ええ。ルイカ様は独身のまま孤児を引き取ったようでございます」
「そうか。相変わらず優しい子だな」
「同感でございます。しかもですね、幸福度を調べましたところ、孤児二名よりも若干、ルイカ様のほうが強く幸せを感じて日々を送っていたようなんですね」
「ほほう」
「もちろん子供たちの幸福度も充分に高いのですが、ルイカ様にはそれがさらに喜びに繋がっているようなんですね。ルイカ様お一人ではこうはならないでしょう」
「そうか。なら、よかった」
「ところでお客様」
 
 僕の口調が穏やかだったのは、きっと本当に口元がにんまりしていたからだろう。
 
「その他の報告の前に、私から進言したいことがございます」
「ほう、珍しいな。どんなことだ?」
「先日、わたくしが若返りについての説明をさせていただいた日の会話を覚えていらっしゃいますでしょうか?」
「ああ、もちろんだ。つい先日のことだからな。もしかして叶えてほしい願い事ができたのかね?」
「ああいえ、それとはまた別件でございます。その件は必ずお願いいたしますので、もう少々お待ちいただければと思います」
「そうなのか。じゃあなんだ」
「はい、単刀直入に申し上げます」
 
 とここで少し間を置く。
 真の取り引きを持ちかけるとき以上の緊張感と、微笑ましい気分が混ざったようなむずがゆい心境だ。
 僕は聞き返されないようにゆっくりと、はっきりと喋った。
 
「お客様は、若返るべきだと、わたくしは考えます」
「ふむ。まあ、それは今まだ興味が――」
「わたくしは、天使に戻る決意をいたしました」
「なに! 本当か!」
「ええ、おかげさまで。お客様とお話させていただいた際、自分にとっての幸福とは何かを考えさせていただきました。ですのでこの決断はお客様あってのことでございます。誠に感謝しております」
「そんなことはいい! そうか、戻ることにしたのか! よかったな、それは!」
「お客様も、もうそろそろ自分のことを考えてもよろしいのではありませんか?」
 
 僕が急に冷たい口調になったから、その温度差にびっくりしたんだろう。
 おじちゃんは絶句している。
 
「お客様、失礼を承知でわたくし、今から素の口調でお話させていただきます」
「え? あ、ああ。それは構わんが」
「では、失礼いたします」
 
 僕は小さくうなずき、コホンと咳払いをする。
 
「おじちゃんさあ」
「え? おじちゃん?」
「そう。おじちゃん。あんたいっつもいっつも自分のことは置いといて、人のことばっかりじゃん」
 
 コールセンターには相応しくない荒い声に驚いたのだろう。
 両隣の同僚が見開いた目を僕に向ける。
 用意してあったメモに手を伸ばしながら僕は続けた。
 
「他人優先するそんな生き方してさ、あんたは、あんたを見守る人を心配にさせるって思ったことないの? そんなに人の幸せ願うなら、まずオメーが幸せになれよ。僕に心配かけんじゃねえよ」
 
 メモ用紙を見せながら、僕は仲間たちにウインクをする。
「ドS口調がこいつの望み」の文字を見て、同僚らは勝手に納得をしながらそれぞれのモニターに意識を戻していく。
 
「いつも見てる奴だっているんだよ! そいつに心配かけてんじゃねえよ!」
 
 言い切って、僕はふうと息を吐く。
 お客様から叱られてしまうだろうか。
 でも構うもんか。
 僕を怒ってみろ。
 僕はもっと怒ってやるぞ。
 
「なあ、ロウ君」
「はい、すみませんでした。言い過ぎました」
「いや、いい。ありがとう。だが君に三つ言いたいことがある」
「はい、なんでございましょう?」
「一つは、私は今のところ若返りに興味がないんだよ」
「存じております」
「二つ目。そこまで怒ってくれるならそろそろ私を名前で呼んでくれてもいいんじゃないのかね? お客様やおじちゃんではなく、本名でな」
「はい、かしこまりました」
「三つ目。君ね、素の口調とはいえさっきの言い方はなんだ。女の子なんだからもう少しそれなりの喋り方をしなさい。なんだね『僕』って」
「まあ、癖のようなものでございます」
 
 しかしお客様、と口が滑りかけ、僕は慌てて言い直す。
 
「しかしクラーク様、わたくしが進言した若返りには他の理由がございます」
「他の理由?」
「はい。クラーク様の大好きな『他人のため』でございます」
「フフ。鼻につく言い方をするようになったじゃないか」
「ええ。先ほど言いたいことを言ってしまったので吹っ切れたようです」
「さっきのは気持ちがよさそうだったからな。私も今度誰かにやってみよう」
 
 あはは。
 と、僕は久しぶりに声に出して笑った。
 
「クラーク様、先ほどわたくしが申し上げた報告内容が重要でございます」
「ほう」
「報告の中に『ルイカ様は子供がいたからこそ幸せだった』といったニュアンスがございましたよね?」
「ああ、あったな」
「クラーク様も以前、幼いルイカ様を引き取ろうとなさいました」
「うむ。それぐらい感謝しているからな」
「つまりクラーク様はルイカ様と一緒に暮らしても構わないわけですよね?」
「ん? 何が言いたい?」
「十六年後、三名の親子は死に至ります。全員の魂を調べましたところ、最年少と思われる少年はクラーク様でございました」
「え? なんだって? 私? どういうことだ?」
「クラーク様、最も安いポイント消費量でご案内させていただきます。今の体を捨て、孤児としてルイカ様のところに行きましょう」
「ちょっと待ってくれ。なんの話か解らない」
「わたくしもご一緒させていただきます」
「なんだって!?」
「悪魔のルールを破り、悪魔をクビになるだけです」
 
 悪魔にとっての不正行為。
 それは俗にいう「良い行い」だから問題ない。
 人間にされちゃうけど「虫としての人生もやってみれば案外悪くないかも知れん」の精神だ。
 
「クラーク様、我々は兄弟ということにいたしましょう。わたくしの見た目は人間と変わりありませんし、年齢にしてだいたい六歳ぐらいの容姿でございます。クラーク様に合う新しい肉体も必ず入手いたしますし、その体を使用することで他者に迷惑がかかることもないよう配慮いたしますので、どうぞご安心ください」
「おいおい、私に考える余地はないのかね?」
「ございません。運命です。それより聞いてください。わたくし、いや、もう僕でいいや」
「僕はやめろと言ったろうに」
「うっさいハゲ。僕悪魔だからさあ、霊子体から肉体に変換するのにだいたい十年から十五年ぐらいかかるのね? だからクラちゃん、それまでに身辺整理してさ、どっかで仮死状態になっててよ」
「簡単に言わないでくれ! 今までのように丁寧に説明してくれないと、私は今頭が混乱している!」
「いいからいいから。全部僕に任せて」
 
 人間の子供になったら、まずはルイカさんを故郷にでも呼び出して腕を生やしてあげよう。
 肉体の復元にはとんでもないエネルギーが必要だけれども、本人のイメージの力が強ければ実は意外と少ないポイントでも再生可能なんだ。
 クラちゃんの残りのポイントで、たぶんどうにかなるだろう。
 腕が生えるイメージなんてどうやって想像させたらいいのかわかんないけど、クラちゃんと僕ならきっといい作戦が浮かぶはず。
 
「それにしても、あの親子のさ? 大きいほうの子が僕だったって知ったときはホントびっくりしたよ。僕は人間になりたくない派だったのに、意味わかんない」
「今意味が解っていないのは私だ」
「取り敢えず詳しくはまた電話するね。それがラストコールになるからー」
「待て! 待ってくれ!」
「うるさいなあ。僕、これから色々と忙しいんだよ。もう切るよ」
「ちょ、待て、この、悪魔めが!」
「とんでもございません、クラーク様」
 
 回線を切断するまえに、僕はそれこそ天使のようににっこり微笑む。
 
「わたくしの将来は天使でございます」
 
 
 
 ――エンジェルコール・了――



 続く。

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2012
May 20
   エンジェルコール4
 
 
 
「考え直したほうがよろしいですよ」
 
 おじちゃんに何度目かの念を押す。
 
 女の子の件はおじちゃんの要望通りに手はずを整えてある。
 そのために消費するポイント数も納得してもらった。
 これで腕の痛みを感じずに、女の子は幸せな少女時代を過ごせるはずだ。
 
「ではロウ君、次の願いを叶えてくれたまえ」
 
 おじちゃんは頑固だった。
 僕は「そんなことにポイントを消費させるべきではございません」ってたくさん言ったのに。
 
「ロウ君、君の願いを叶える。それが私の願い事だ」
 
 だってさ。
 僕としてはお客様にポイントの大切さを知ってもらうことだって重要なんだ。
 無駄使いさせたくないよ。
 真の取り引きに持っていきにくくなるじゃないか。
 
「お客様、ポイントは大切になさってください。最初に付与させていただきました千ポイントはお客様の来世、つまりご自身の未来と引き換えに、ご自身で得たものでございます。わたくしなんかのために消費されるべきではございません」
「構わんと言っている。優秀なボーイにチップを払わなかったら、それは私の恥だ」
「しかし」
「私は元々、来世のことなど考えていなかった。死ねばそこで全てが終わると思っていたからね」
「さようでございましたか」
「ああ。そもそも私がどんな生物に生まれ変わろうと、今の記憶は失っているんだろう?」
「はい、前世の記憶は残りません」
「だったら何も問題はない。虫としての人生もやってみれば案外悪くないかも知れん」
 
 要するに、おじちゃんは願い事を叶えてもらえることをただのラッキーだと思っているみたいだ。
 それにしても「虫としての人生も悪くないかも」か。
 言われてみたらそうかも知れないなあ。
 
「君の願いは何だね?」
 
 おじちゃんからの質問に思わずハッとする。
 業務上、僕は嘘を言うことができない。
 
 でも、僕の願いって何だろう?
 
 おじちゃんに一万ポイントあげて、魂を貰うこと?
 なんのために?
 お給料をたくさん貰いたいからだ。
 お金をたくさん貰いたいのは何故だろう。
 色んな買い物をしたり美味しいものを食べたり、遊びに出かけたりと贅沢がしたいからだ。
 じゃあなんで僕は贅沢をしたいんだ?
 満たされたいし安心したいし、幸せを感じたいから。
 幸せでいたかったら、悩みがあったら邪魔だよね。
 僕に悩みってあったっけ?
 あ、人間でいうところの「天使」にいつかまた戻れたらいいな。
 悪魔やってると何かと嫌な想いすることが多いからね。
 
「正直に申し上げます。わたくしは――」
 
 そこで言葉をぐっと飲む込む。
 天使になりたいなんて言ったら、僕が悪魔だってバレちゃうじゃないか。
 
「なんだね? 続きを言いたまえ」
「失礼いたしました」
 
 どうしよう。
 僕は嘘をつけない。
 嘘をついたら罰を受けてしまう。
 
 悪魔にとっての罰は、人間にされるということ。
 それだけはごめんだ。
 あんな何の能力もない生き物になんてされてたまるか。
 
 こうなったら仕方ない。
 このお客様に本当の取り引きを持ちかけるのは諦めよう。
 
 僕は恐る恐る、ゆっくりと口を開く。
 
「わたくしは、天使に戻りたいと考えております」
「天使?」
「はい、さようでございます」
 
 天使と悪魔は同じ生き物なのに、なんで呼び分けられてしまうのか。
 答えは意外と簡単だったりする。
 
 天使は自分よりも他者を優先する性質があるのね。
 なんだか信じられない感覚だけれども、それが彼らにとっては当たり前のことなんだ。
 でも悪魔は違う。
 自分本位で他人を利用しちゃうの。
 
 めちゃめちゃシビアな世界なんだけど、僕はあっという間に悪魔に堕ちた。
 原因は「ちょっと魔が差したことを思い描いた」から。
 仲間が働いてる横で自分だけ休んじゃいたいとか、そんなようなことを少し思ったんだった気がする。
 潔癖症な天使はわずかでも悪の因子があると天使失格って自分から判断しちゃうのね。
 
 一度でも悪魔になってしまうともう二度と天使には戻れない。
 だって過去に魔が差しちゃってるからね。
 どれだけ大昔のことなのかとか悪意の大小は全く関係ないの。
 悪意が芽生える可能性が少しでもある魂は天使にはなれないんだ。
 
 なんだけど、天使としての生活は悪魔よりも断然にオイシイ。
 仲間もみんないい人ばっかりだし、仕事もキツくないし、毎日笑っていられるし。
 
 そのようなことを僕は正直に、おじちゃんに説明をした。
 
「ですが、わたくしが悪魔だからといって決してお約束を破るようなことはいたしません。今後もお客様の願いを出来る限り低ポイントで――」
「天使に戻るためには何が必要なんだ?」
「はい?」
「君が天使に戻るための条件を訊いている。私のポイントでその条件を満たすことは可能なのかね?」
 
 驚いた。
 人間からしてみれば僕は悪魔だっていうのに、おじちゃんはまだ僕の願いを叶えようとしている。
 
「わたくしの正体は人様から見れば天使ではございません。そのような者に――」
 
 僕が言えたのはそこまでだった。
 
「関係ない」
 
 おじちゃんはやっぱり頑固者だ。
 
「私が叶えたいのは神の願いでも魔王の願いでもない。ロウ君、君の願いだよ」
 
 くっそ。
 こうなったら仕方ない。
 そこまで言うんなら僕は僕の事情を話しちゃうぞ。
 
「お客様、誠にありがとうございます」
「いや、いい」
「わたくしが天使に戻りたい理由は『今の生活よりも幸福でいられるから』といった自分本位な動機でございますが、よろしいのですね?」
「もちろんだ」
「では、さらに正直に申し上げます」
「うむ」
「わたくしが天使に戻るためには、お客様のポイントは必要ございません」
「なんだと?」
「悪魔が天使に戻るにはたった一つの方法しかないのです」
「ほう、それはどんな方法なんだね?」
 
 僕は辺りを見渡し、他のオペレーターに聞かれないように声を潜める。
 
「悪魔は、悪魔内のルールを犯しますと人間にされてしまいます」
「ほう」
「そうなれば、わたくしは人として人間界で生きることになるんですね」
「ふむ」
「唯一、天使に生まれ変わる可能性がある種族が人間なのでございます」
「そうなのか」
「はい。したがって、わたくしが本当に天使になりたくば悪魔にとっての不正行為を行い、人間にされてしまえばよいというわけです」
「人間が天使に生まれ変わるには何か条件があるんじゃないのか?」
「はい、ございます。人間が天使になるためには自己犠牲を果たすレベルのですね? 少々気恥ずかしい言葉ではありますが、愛が必要でございます」
 
 天使と悪魔は対立してる。
 僕ら悪魔としては天使に増えてほしくない。
 そこで悪魔たちは人々を誘惑するなどして、今から魂を堕落させておきたいってわけだ。
 人間が天使に生まれ変わってしまわないようにね。
 魂を取ったり下等生物に生まれ変わらせたりするのも、実は天使の数を増やさないため。
 魔王ラト様は「魂のエネルギーを集めてもう一つの太陽を創造したい」なんて言ってるみたいだけど、そこんところはよくわかんない。
 
「愛というと、それはどっちのだ? ロウ君自身が愛情を持つ人物になることが重要なのか? それとも周囲から愛されることが必要なんだろうか」
「両方でございます」
「そうなのか」
「ええ、非常に確率の低いことでございます」
 
 天使って本当に極端な生き物だ。
 愛を注げばその分だけ注がれる愛もあるだろう。
 なんて前提で考えられたルールだから、こんなにも厳しくなっちゃっている。
 もうちょっと頭を柔らかくしてほしいもんだ。
 
「私のポイントは、その愛情を操作するに役立つかね?」
「可能ではございますが、それをやってしまうと今度は天使にとっての不正行為となってしまいます」
「そうか」
「ですのでお客様、わたくしの願いは結構でございますよ。わたくしは人間としての生活を望んではおりませんし、リスクを犯してまで天使に戻りたいとも思っておりません」
「そうか。では、もっと簡単な願い事はないのかね?」
「そうですね。それではいつかわたくしに希望ができましたら、そのときは必ず報告させていただきます。お客様とお話させていただいたところ、遠慮は失礼に当たると感じましたので隠すことはいたしません」
「分かった、信用しよう。思いついたときは必ず願いを言ってくれたまえ」
「かしこまりました。それよりもお客様」
 
 僕は本来の仕事へと戻る。
 
「例の天変地異まで、まだ十六年もございます。そのことをお考えになられたほうがよろしいかと存じます」
「ふむ。確か時間の操作は出来ないんだったな」
 
 ん?
 時間を操作したがってる?
 今度はなんだ?
 
「ええ。残念ながら、過去や未来を変えることはポイント数以前の問題でございまして、不可能なんですね」
「では、やはりルイカ親子は十六年後に死んでしまうのか」
 
 どうやらまだあの親子のことを気にしているみたいだ。
 どこまでお人好しなんだろう、この人。
 普通だったら自分が助かるための準備を進めるべきじゃない?
 
「私のことを気にかけてくれているのかね?」
 
 ちょっと沈黙しちゃったもんだから、僕が何を考えているのか読まれちゃったらしい。
 おじちゃんは言う。
 
「私はもうこんな歳だ。天変地異の際に生き延びたとしても、文明が無くなった後の世界では生きられまい」
「滅多なことを」
「いや、事実だろう」
「では、こうされてはいかがでしょう?」
 
 生きる喜びを思い出させればそれだけポイントの大事さが解る。
 希望をちらつかせるっていうのが僕の営業スタイルだ。
 ポイントの大事さが解れば魂を犠牲にしてでも一万ポイントを欲しがるに決まってる。
 
「ポイントの消費は著しいのですが、お客様を若返らせることは可能でございます」
「ほう、そうなのか」
「はい。これにはいくつか方法がございまして、手段によってポイント消費量が異なるんですね」
「ふむ」
「まず、一気に若返ってしまっては周囲から怪しまれてしまいますので、ゆっくりと細胞を若返らせるといった方法がございます。これは八百七十ポイント必要となりますが、お勧めでございます。何歳まで若返るのかといったご年齢も、もちろんお選びいただけます」
 
 すると何故なんだかおじちゃんは無口になる。
 反応薄いなあ、興味ないのかなあ。
 僕は一応、様子を探りながらも案内を進める。
 
「また、若返りだけを目的とするならば三百九十ポイント以内で済みます。これは若い人間の新しい死体を修復し、そこにお客様の魂を移植するといった手段なんですね」
「いや、うん、解った」
「ありがとうございます」
「そのことはまた今度に考えるとしよう」
「さようでございますか」
「今はまだあの親子のことが気にかかる。天変地異の際、つまり十六年後だな。その頃の三人の情報を知りたい」
「かしこまりました」
 
 僕はモニターの前で姿勢を正す。
 
「それでは具体的に何をお知りになりたいのか、詳しくお願いいたします」
 
 すると、おじちゃんは次々と質問事項を繰り出す。
 僕はそれを聞きながら、復唱しながらキーボードを叩いて願い事欄を埋めていった。
 
 それにしてもホント人がいいっていうか、なんというか。
 この人が天使になっちゃうんじゃないか?
 ってぐらいの善人だ。
 でもまあ僕と最初の取り引きしちゃってるから彼の来世は小動物に決定なんだけどね。
 
 それにしても、さっきから引っかかる。
 
 頭の中では何故かさっきおじちゃんが言った言葉がぐるぐると回っていて取れない。
 何気ない一言だったんだけど、なんでこんなにも印象深く残っているんだろうか。
 
「虫としての人生もやってみれば案外悪くないかも知れん」

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   阿修羅のように4
 
 
 
 郵便ポストには今日もたくさんの手紙が届いている。
 
「笑いあり、涙ありの青春ストーリーを聞かせてほしいです」
「神話を研究しているのですが、人類の始祖と地球最後の一人が同一人物であるといった話をご存知ありませんか?」
「ルイカさんの話を聞くと必ず良いことが起こると聞きました。簡単な物語でもいいので、是非話してほしいです」
 
 一時とは大違いだ。
 私は魔女なんかではなく、天の使いということになっているらしい。
 おかげで休む間もないほど充実した日々を送らせてもらっている。
 
「そろそろ行くよ。二人とも準備はいい?」
「はい」
「しゅっぱーつ!」
 
 今日はイベントで、世界のどこかに咲くという「レミの花」の物語を語ることになっている。
 
 このような生活に戻れたのは、ここにいるまだ六歳の少女が何かをしたからだ。
 あのとき彼女は、私には意味の解らないことを言っていた。
 
「実はね? 自分用のポイントもたくさん持って来てたの」
 
 それが一体何を示す言葉なのだろうか。
 クラーク君はとにかく驚いていた。
 
「どうやって!? いや、そうか。なるほど」
 
 勝手に納得をし、クラーク君は姉の手を引いてどこかに連れ出す。
 
 それから数日も経たないうちに「ルイカの右手は神の奇跡によってもたらされた」という噂が広がっていった。
 時を同じくして私は縁起物のように持てはやされるようになる。
 二人の子供は天から舞い降りた幸運をもたらす精霊なのかも知れない。
 そのような噂まで広がっていった。
 
「あなたたち、もしかして何かしたの?」
 
 訊ねると少女はクスリと笑う。
 
「簡単だよ。噂を振りまく何人かの脳に干渉して発想のベクトルを逆方向に変えてみたの」
 
 答えになっているのかいないのか、私には理解できないセリフだ。
 それでも、とにかく三人とも助かったのは事実だし、これは素直に喜ぶべきことであろう。
 
「ありがとうね、二人とも」
 
 しゃがんで、私は兄弟の頭をくしゃくしゃと撫でると、そのまま二人を抱きしめる。
 二人は照れたようにうつむいていた。
 
 今では二人とも私のことをママと呼ぶようになってくれている。
 私も少しぐらいはあの偉大なマザーに近づけたのだろうか。
 
「ねえねえママ、レミの花って何ー?」
 
 街行く中、私は長女からの問いに答える。
 
「不思議な花でね? その花の香りを嗅いだ人は凄く安心して気持ちよくなって、ついつい眠ってしまうの」
「ふーん。中毒性はないの?」
「どこで覚えたのよ、そんな言葉」
 
 悪い噂が良い評判に変わってから、さらに一年が経過していた。
 長女の起こす奇跡はあれからも度々発生している。
 
 仕事のし過ぎで声が全く出せなくなってしまったとき、長女は「任せて!」と胸を叩いて姿をくらませ、再び戻ってくる頃になると私の喉は治っていた。
 近所の屋敷が火事になり、使用人や主が中に取り残されたときも、彼女は「大丈夫!」とどこかに行ってしまう。
 するとすぐに豪雨が降って建物は鎮火し、彼女は誇らしげな表情で戻ってきたりもした。
 
 もちろん、クラークちゃんも頼もしい存在だ。
 彼の助言に何度助けられたことか。
 どこで学んだのか彼は文字の読み書きに非常に長けていて、自分の蓄えとやらで新聞を取っている。
 そこで得た社会情勢などを踏まえ、「皮膚が変色し、目が見えなくなり、やがて死に至る病気が流行りそうだから、近いうちに予防接種をしに行きましょう」とか「巨塔の国ですがあの地方は最近謀反の噂があって物騒だから今回の仕事は延期を頼んだほうがいいでしょう」などとトラブルを未然に防ぐための進言をしてくれるし、お客さんが料金を踏み倒そうとしたときも「仕事の依頼は契約であるといった点を相手に注目させてみてください」と的確なアドバイスをくれる。
 幼児であるはずなのに、彼の言うことはまるで父のようだ。
 
 大通りを進み、馬車の停留場にたどり着く。
 時刻表を見ると、次の馬車が来るまで少し待つようだ。
 私たちは備え付けのベンチに腰を下ろす。
 
 初めて二人と出逢った日と同じく、わずかに肌寒さを感じさせるそよ風が吹いた。
 懐中時計を見るまでもなくもうすぐ夕方である。
 
 クラークちゃんが石造りの街並みを眺めたまま、何気ない様子で口を開く。
 
「ママ、訊いてもいいですか?」
「なあに?」
「ママは何故、僕らのことを何も訊いてこないんですか?」
「訊きたいと思ったら訊くわよ」
「でも、僕らはその、明らかに子供としては不自然じゃないですか」
 
 また風が吹く。
 次の馬車に乗る予定があるのは、どうやら私たち三人だけらしい。
 他に人影はない。
 
「どうして僕らの正体に疑問を持たないんですか?」
「正体も何もないでしょう」
 
 私はクラークちゃんの頭に、そっと手を添える。
 
「どこの世界に自分の子の正体を気にする親がいるのよ」
 
 息子たちは黙って私の顔を見上げる。
 今度は私が遠くに視線を逃がし「いつか詳しく話すけど」と前置きを入れた。
 数ある物語から一つを思い出し、私はそれを口にする。
 
「今よりも大昔、凄く遠い場所ではね? 三つの顔と六本の手を持つ神様がいたとされているの」
 
 神の名はアシュラ。
 アシュラは異なった表情を三つ持ち、その六本の手で人々を助けたとされている。
 
「その神様の物語はいつか詳しく話すけど、あたしはね? こう思うの」
 
 数ある神話の中にはある程度実話がベースになっているものが含まれているのではないだろうか。
 全くの空想から紡ぎ出されたのではなく、何かしらのドラマがあって、それが元になって作られた話があるのではないか。
 
「そう考えるとね? アシュラだって本当にいたのかも知れない。でも現実には顔が三つあって手が六本も生えてるような生き物はいないでしょう?」
 
 本来なら子供には難易度の高い話題かも知れないが、この二人だったら難なく理解に及ぶだろう。
 
「これはあたしの想像なんだけど、神話の時代、ある三人組の英雄がいたんじゃないかしら」
 
 その三人の英雄が大きく活躍をして、後世に名を残したのではないだろうか。
 実話には尾ひれが付き、それを聞いた者がさらに想像力を羽ばたかせるといった連鎖が長く続いたのではないだろうか。
 そこまで語り継がれるほどに三人のチームワークは良く、大仕事をこなしてしまったのではないだろうか。
 
「だからその三人はきっと、とっても仲が良かったんでしょうね。だって三人なのに一人の神様って伝えられちゃうぐらいだもの」
 
 遠くから蹄の音がしてくる。
 馬車がやって来たのだ。
 
「来た来た。じゃあ二人とも乗るわよ。忘れ物、ない?」
 
 この話の続きはしなくとも私が何を言いたいのか、もう子供たちには伝わっていることだろう。
 
 私は自分の肉体を見てそれが何者かと疑うことがない。
 同じように、私は自分の子供を見てそれが何者であるのかと気にかけることはない。
 
 実際口にするのは照れがあったので、私は心の中で馬車によじ登ろうとしている二人に告げる。
 あなたたちはね、自分の体と同じぐらい大切なのよ。
 
 出産の痛みも育児のストレスも感じたことがない私が少しでも本当の母親に近づくには、他に何が必要なんだろう。
 走り出した馬車に揺られながらそのような考え事をしていると、不意にクラークちゃんが口を開く。
 彼らしくもない子供らしい発言に、私は小さく驚いた。
 
「ママ。実はある場所に、秘密基地を作っておいたんだ」



 続く。

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2012
May 19
 小出しに運ばれてくるいくつもの料理に舌鼓を打つ。
 
 キャンドルに灯った小さな炎がわずかになびき、それがあたしには喜びに震えているように見えた。
 このような錯覚を起こすあたり、自分は単純なのだろう。
 
「展開からしてさ」
 
 テーブルの上に指を組んで、あたしはそこに顎を乗せる。
 
「まだ続くんでしょ? その話」
 
 ワインで少し頬を赤くしながら、彼は頷いた。
 
「もちろん」
 
 キャンドルの炎が、また小さく揺れる。

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   エンジェルコール3
 
 
 
 裁判官のおじちゃんは懺悔すると宣言しておきながら、なかなか最初の一言を切り出そうとしない。
 お客様が話しやすくするために、僕からフォローを入れてあげなきゃ駄目みたいだ。
 
 僕は微笑みかけるように問う。
 
「お客様のようなお仕事の場合、一般的には珍しいケースに遭遇することもおありではございませんか?」
「ああ、まあ、そうかも知れないな」
 
 何でもいいから喋らせれば人間はいつの間にか饒舌になってゆく。
 その習性を利用するために、僕はわざとどうでもいい話題を口にさせる。
 
「例えば、どのような?」
「ロウ君は私のことを見守っていたのではないのかね?」
「見守るといっても期間がございましたし、お客様のプライバシーに関わりそうなことには触れぬよう注意しておりました」
「そうか」
「ですのでお客様がどのような体験をなさったのか、全てを知っているわけではないんですね」
「まあ、そうだろうな。すまん」
「いえいえ、とんでもございません」
 
 僕は再びモニターに向かって頭を下げた。
 
 裁判官のおじちゃん曰く、ほとんどの公判は「どちらか一方が悪い」っていう事件は少ないらしい。
 だいたいは揉めてる両方に何かしら、それぞれの非があるんだって。
 なんだけど例外もたまにあって、おじちゃんの印象に残っているのはある小学校の土地の権利を争った裁判だって言ってた。
 
「あれは楽だったな」
「と、申しますと?」
「被告も原告も、どちらも嘘を言わないんだ」
「ほう。それはまた何故でございましょう?」
「解らん。学校を守るための訴えを起こした教師側が正直なのは解るが、何故だか不正行為を犯していた土地貸しまで嘘を言わない。嘘をついたとしても、自ら『嘘だけど』と口を滑らせてしまうんだな。もちろん学校側の大勝利で幕を閉じた」
「それは審議が楽でございましたでしょうね」
「皆、ああだったらいいんだがな」
 
 おじちゃんはそう言って少し苦笑した。
 いつも苦労しているんだろう。
 
 僕は再び優しげな声を出す。
 
「懺悔の内容というのも、やはりお仕事に関することでございますか?」
「関係なくはないが、話はもっと前まで遡る」
「さようでございますか」
「ああ。私が妻と死別しているのは知っているかね?」
 
 ええ、存じております。
 って応えたら、おじちゃんは声のトーンを暗くした。
 
「妻は重い病にかかっていた」
 
 あえて相槌を打たず、僕は黙って続きを待つ。
 
「脳にまで影響があったんだろうな。末期になると、実際には無い記憶を持つようになっていった。錯乱状態というべきか」
「実際には無い記憶、でございますか?」
「ああ。自分の鼻の穴は十個以上あったはずだとか、まえからあった家よりも巨大な剣士の像が無くなっているだとか、それはまあ色々と騒いでいたよ」
「それはご苦労なさったことでしょう」
「いやなに。ただ、最も厄介だったのが『幼い娘がいる』という記憶だった」
「お嬢様が?」
「いや、うちは子宝に恵まれなくてな。娘なんて最初から居ないんだ」
「ええ、さようでございますよね」
「その記憶だけはなかなか消えてくれない」
「と、なりますと」
「うむ。毎日のように妻は『娘はどこだ』と探し出そうとするんだ。最初から存在していない娘をな」
 
 そんな折り、おじちゃん夫妻は病院で栗毛の綺麗な女の子と出逢ったんだって。
 女の子は予防接種か何かで病院にいたみたい。
 奥さんはその女の子を「私の子だ」って思い込んじゃって大変だったんだそうだ。
 
「よその子に、妻が泣きながら抱きつくんだ。自分で名付けたであろう架空の娘の名前を叫んでな」
 
 あれは奇跡のような子供だったって、おじちゃんは言う。
 
「その子は妻の様子と慌てている私の顔を見て、何かしらを察してくれたんだと思う」
 
 女の子がはっきりと奥さんの目を見て言ったんだって。
 
「心配かけてごめんね、お母さん」
 
 おじちゃんが思い出話を続ける。
 
「賢いのか、妻の迫力のような気配に流されたのかは判らないが、まだ小さな女の子が、妻に対して『お母さん』と」
 
 それがどれだけ私と妻を救ったのか計り知れない。
 って、半分泣き声になっておじちゃんは言った。
 
「女の子がしてくれたのはそれだけじゃない」
「ほほう」
「ベットから起き上がれない妻を毎日のように訪ねてくれるようになった。妻は嬉しそうに、その子に本を読んで聞かせていたよ」
「それはまた心が洗われるようなお子様でございますね」
「全くだ。結局その子は妻を看取ってくれた。私と一緒に涙まで流してくれたよ」
 
 で、それから数年後。
 つまり最近のことだ。
 ある事故が起きちゃったらしい。
 どっかの大富豪が乗っていた大型の馬車が暴走して通行人に突っ込んでしまったんだって。
 
「大通りでのことだったから被害者は大勢いてね。裁判は長引くことが予想された。なんせ大事故だ。富豪は腕のいい弁護士を雇い、慰謝料を抑えようとする。『不可抗力の事故』として処理しようとするわけだ。一方被害を受けた側は仕方がなかったでは納得できない」
「そういうものでございましょうね」
「被害者のリストを見て、私は愕然としたよ」
「あ、まさか」
「ああ。妻が娘と信じた、あの子の名があった」
 
 あの子は両親も兄弟も、右腕も失っていたよ。
 おじちゃんは沈んだ調子でそう言った。
 
「その裁判はまだ続いているのでございますか?」
「いや、先日終えた」
「結果は……」
「私は法を守る立場にある。いかなる理由があろうとも個人的な感情による判決は出せない」
 
 事故の原因になったお金持ちは結局、慰謝料を最低限に抑えることに成功しちゃったみたい。
 
「女の子はもう十歳になっていた」
「お逢いにはなられたんですか?」
「一度だけ、本人確認の意味もあって見舞いにな。確かにあの子だった。最も昏睡状態で話は出来なかったが」
 
 そこで突然、変な音が耳元で鳴った。
 ヘッドフォンが壊れたのか、通信障害でも起きたのかって思っちゃったけど、それはおじちゃんの泣き声だったんだ。
 
「私と妻の心を救った恩人に、私は何もしてやれなかった!」
 
 猛獣が吠えるみたいな大泣きだ。
 ここまで涙を流す成体なんて初めて。
 
「ロウ君、お願いだ。あの子を救ってほしい」
「かしこまりました。わたくしにお任せください」
 
 よーし、魂ゲットのチャンスだぞ。
 ここは精一杯恩を売らなくちゃ。
 
 僕は内心、よっしゃーと両拳を天に突き立てる。
 
「今後のためにお客様のポイントを最小限に抑えつつ、その子が救われるような手はずを整えましょう」
「あの子の家族は生き返らせられないんだったな」
「はい、残念ながら。腕の再生に関しましても凄まじいエネルギーを必要とします。とても千ポイントでは足りません」
「ではせめてあの子から苦痛を取り除いてやってくれないか?」
「かしこまりました。ただ精神的な苦痛を取り除いてしまいますと、今後少女が冷たい人間に育ってしまう可能性がございます。ですので今回は一時的に肉体的な痛みのみを取り除きましょう」
「しかし彼女はまだ十歳だぞ? 家族を失った精神的ダメージに耐えられないのではないか?」
「そこもお任せください。傷が完治した後、少女はすぐに施設に送られると思うのですが」
「ああ、そうなるだろうな。私が引き取っても構わないんだが、家族愛で癒してやることが私一人では難しいと思うんだ。正直、どこで暮らすことが少女にとって幸せなのか考えつかず、悩んでいる」
「さようでございますよね。では、こうしてみるのはいかがでしょう? わたくしがすぐ少女が暮らすに適した環境を捜索いたします。基準は『少女の将来性を高めること』と『少女が幸福感を得られること』を前提といたします」
「うむ」
「もちろんお客様のご自宅も選択肢の中に含んだ上で彼女にとっての一番を探させていただきますのでご安心ください」
「そうか、すまん」
「とんでもございません。ただですね? お客様のご自宅が選考から漏れてしまった場合は」
「解っている。了承しよう」
「ありがとうございます」
 
 それではすぐに理想的な施設を探し出し、そこに入れるよう手配させていただきます。
 おじちゃんにそう伝えると、彼はまた泣いた。
 
 もう大人なのによく泣く人だなあ。
 でも、なんかいい人だな。
 
「ありがとう、ロウ君。本当にありがとう」
「いえ、そんな、とんでもございません!」
 
 見えてないのに、慌てておじぎをして返す。
 
 ありがとうってたくさん言われちゃった。
 いいことすると、なんか気持ちいいなあ。
 ちょっとだけほっこりした気分だ。
 
 おじちゃんはというと、懺悔も済んでスッキリしたんだろうね。
 さっきとは全く逆で、ご機嫌な声色になっている。
 
「ロウ君。次の願いなんだが今決めたよ」
「今、でございますか? 慎重になったほうがよろしいですよ?」
「ああ。慎重だし、冷静だとも」
 
 続けておじちゃんは願い事を言う。
 それを聞いて、僕は思わず「ええ!?」って大きな声を出しちゃっていた。
 
 ヘッドフォンをしたまま、改めて広大なオフィスを見渡す。
 数え切れないぐらい、もの凄い数の悪魔たちがお仕事してる。
 
 周りの仕事仲間たちに聞こえないよう、おじちゃんには忠告を何度も残した。
 でも、意思は固いみたい。
 僕はペコペコとおじぎをしながら回線を切る。
 
 これだけいるオペレーターの中でも、きっと僕が初めてだろう。
 当コールセンター史上初の願い事を、おじちゃんは次に叶えようとしている。

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   阿修羅のように3
 
 
 
 石造りで、いたるところにガタがきている小さな教会。
 そこが私の第二の故郷であり、最も大切な場所だ。
 
 私以外にもたくさんの孤児がいたから、今にして思えば毎日がトラブルの連続だった。
 マザーはさぞかし苦労をしたことだろう。
 
 私はマザーから初めて叱ってもらった日の、あの言葉を忘れない。
 
 あれは私が教会の世話になってすぐのことで、当事は絶望の只中にいた。
 右手と家族を失ったばかりで、自暴自棄になっていたのだ。
 
「片手がない! あたしの手がないよ!」
 
 何かの拍子に溜め込んでいた不満が爆発し、幼い私は泣き喚いていた。
 他の子供たちにも血の繋がった家族などいないというのに、私は自分のことしか考えていなかったのだ。
 
「お母さんもお父さんも、妹も弟もいない! なんであたしが一人ぼっちになっちゃうの!?」
 
 すぐさまマザーの平手が私の頬を打つ。
 
「家族だったらここにいるでしょう!」
 
 みんなが兄弟だ。
 私だってあなたの家族なんだ。
 マザーの涙はそう語っていた。
 
「家族がいないなんて、もう言わないで」
 
 私が商店から果物を盗んだと誤解をされたときも、マザーは詰め寄る商人たちの前に立ちはだかった。
 
「この子は絶対に盗みを働きません! 何かの間違いです!」
「でもね、シスター。見たって人がいるんですよ。その子が盗んだのをね」
「では見間違いです! その方に詳しい話を聞いてきてください!」
「いいから盗んだ物を返すか料金を支払うかしなさいよ」
「ですから、この子は何も盗んでいません!」
「なんで赤の他人をそこまで信じるの?」
「私が信じないで誰が信じるんですか!」
 
 後日、私に濡れ衣を着せた大人が真犯人だったことが証明される。
 いつしか、私はマザーのことを「ママ」と呼ぶようになっていた。
 
「どこか、掃除などしましょうか?」
 
 クラーク君が小さい体をそわそわさせている。
 相変わらず私に対する気遣いを忘れない子だ。
 
「ありがとう。じゃあ、お仕事お願いするね。お姉ちゃんと一緒に遊んできなさい。子供らしくね」
 
 三人で暮らすようになって、もう半年ほどが過ぎただろうか。
 誰の子なのか解らない二人と共に暮らすことに不安や抵抗はなかった。
 マザーが私にしてくれたように身寄りのない子供がいたら可能な限り引き取って愛情を注ぐのが夢だったし、何よりこの兄弟は素直だ。
 むしろ「素直すぎて不気味なぐらい」と表現しても過言ではないだろう。
 二人とも大はしゃぎして食器を割ることもないし、喧嘩をして泣き喚いたりもしない。
 家事の手伝いなど、頼んでいなくとも率先して働いてくれる。
 つくづく不思議な子供たちである。
 
「じゃあ公園行こう、クラちゃん!」
 
 少女が手を引き、弟を外に連れ出す。
「馬車に気をつけるのよ」と、私は二人の背中に声をかけた。
 
 玄関が閉まるのを確認し、深い溜め息をつく。
 右手が蘇り、子供も二人できた。
 ただそれが不穏な噂を呼んでいて、仕事の依頼が今は激減してしまっている。
 
「あの女は魔女だ。無かったはずの腕も生えたし、奇妙な気配の子供を匿っている。あの子らは悪魔の使いに違いない」
 
 この噂が尾を引けば最悪の場合、私たちは火あぶりにされてしまうことにもなりかねない。
 何よりもそんな噂が子供たちの耳に入ることが怖い。
 いくら大人びているといっても六歳の女の子と三歳の男の子だ。
 知れば深く傷ついてしまうことだろう。
 
 私自身、やはりご近所から様々なことを詮索された。
 
「ルイカさん、その腕は何故また?」
「よく出来ているでしょう? あるお医者さんから、最高級の義手を作っていただいたんです」
 
「あの子たちは?」
「親友の子供です。先日不幸があって、親友夫妻が子供を育てられなくなってしまって、それであたしが引き取ることにしたんですよ。この義手も、医者をやっていたその親友がお礼として作ってくれたんです」
 
「二人とも、特に男の子、変わった子ですねえ」
「ええ、本当に。でもあの子たちの親は名の知れた天才ですからね。その血筋なのかも知れません」
 
 どこまで誤魔化せたのか、正直自信がない。
 私には医者の親友などいない。
 かといって本当のことを話せば二人がさらに追求されてしまうことになるだろう。
 魔法のような力を出せと迫られ、たかられてしまうことにもなりかねない。
 
 腕が生えたことは確かに不自然だし、二人の子供もあまり自分たちのことを話そうとはしない。
 悪魔の使いだなんて噂に発展することも解らないでもなかった。
 
 それでも。
 マザーの微笑みはいつだって私のそばにある。
 
「私が信じないで誰が信じるんですか!」
 
 言葉を発し、立ち上がる。
 引っ越しの準備をしよう。
 お得意様の多いこの町を離れることは痛手だが、次の町でやり直せばいいだけの話だ。
 新天地ならば私の腕が本物であることを隠す必要もない。
 子供たちは私が産んだことにすれば良い。
 
「ただいま」
「ただいまー!」
 
 玄関が開く。
 二人がこれほど早く戻るとは思っていなかった。
 
 クラーク少年が神妙な面持ちをしていることに、ふと嫌な予感を覚える。
 彼がうつむき、ゆっくりと私の前まで来た。
 
「町で悪い噂を聞きました」
「え?」
 
 不安が的中すると、頭の中から何かが喪失してしまったような感覚に陥る。
 たった今、私はそれを味わっている。
 
 少年は「僕らのせいで、すみません」と深く頭を下げた。
 
「ちょっとなによ急に。何を聞いたっていうの?」
 
 恐れていたことが現実になってしまった。
 私にかかっている魔女疑惑。
 二人の子供が悪魔の使いではないかという噂。
 この兄弟は誰から聞いたのか、知られたくない噂の内容を全て判ってしまった。
 
「僕らがいないほうがよければ、すぐにでも出ていく所存です」
「なにを言い出すの!」
「もちろん噂はどうにかします。今まで、大変ご迷惑をおかけしました」
「ちょっと待ちなさい! 出ていってどうするのよ!」
「そこは心配なさらずに。生活面は大丈夫ですので」
 
 クラーク少年の意志は固そうだ。
 自分たちのせいで私の仕事に悪影響があったことを彼は最も悔やんでいる。
 悪魔の使い扱いをされていることには何も感じていないようだ。
 そのことが様子から判るから、尚のこと私の心は痛む。
 
 幼子は「役に立つために来たのに逆になってしまった」とか「先見の明がなかった」など、ぶつぶつとつぶやいている。
 
「もちろん、出ていくといっても二度と会えないわけではありません」
 
 クラーク君は、蒼白な顔色になっていた。
 よほど自分を責めているのだろう。
 細かく震えてもいる。
 
「たまにこっそり遊びに来てもいいでしょうか?」
「いいから待ちなさい! 君は何も悪いことしてないでしょう! それに、ここを出て、どこで暮らすのよ!」
「どうにかします。元々僕らには家族もいませんし、身軽なもんです」
「家族だったらここにいるでしょう!」
 
 いつからなのか、涙が止まらなくなっている。
 泣きじゃくりながら、私はクラーク君を抱きしめていた。
 
「家族がいないなんて、もう言わないで」
「了解ー!」
 
 この場にふさわしくない明るい声がした。
 お姉ちゃんだ。
 
「じゃあ、今から全部何とかするね。だから、引っ越さなくても大丈夫だよ」
 
 え?
 
 私もクラーク君もポカンと少女を眺める。
 彼女はただ、いつものように無邪気に微笑んでいた。
 
 クラーク少年は確かに子供らしくない子供だ。
 でも、本当に人間離れしているのは実は姉のほうだった。



 続く。

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2012
May 19
「ちょっと待ってよ」
 
 珍しく、あたしは彼の話を遮っている。
 
「あの三人のお話をするって、あんた言ったじゃない」
 
 すると彼は「言ったよ」と、相も変わらず涼しげな表情だ。
 その平然とした態度がなんとなく癇に障る。
 
「だったら」
 
 気づけばあたしは目の前の紅茶を飲むことさえ忘れていた。
 
「語り部の女の人、なんで腕が片方ないの? 発見された三体の遺骨は全員腕が二本ずつあるのに」
「まあまあ。今日の君はせっかちだな」
「だってさあ」
 
 あたしは頬を膨らませる。
 
「最初はいきなり関係の無い話とか始められるし、そんなの聞かされたらさ? あたしだって『ちゃんと話してくれるの?』って不安にもなるよ」
「関係ない話?」
「そう。コールセンターの話、いきなり始めたじゃん」
「関係ない話なんて、僕はしてないぞ?」
「え?」
「関係、大いにあるんだ」
「え、ホントに?」
「ホントに」
 
 すると彼は頬杖をついて「聞いていれば解るさ」と自信に満ちた目をあたしに向ける。

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   エンジェルコール2
 
 
 
 裁判官のおじちゃんは僕に色んなことを確認してきた。
 彼が特にこだわったのが夢の内容についてだ。
 
「ロウ君、あれは本当に起こる未来なのか?」
「はい、残念ながら事実でございます」
 
 よほど怖い「世界の終末」を見たのだろう。
 
「私に見せたあの夢なんだが、誰の視点かね?」
「視点は何度か変わったかと思うのですが」
「うむ、変わった」
「前半は主に各地で暮らす人々の視点でございますね。後半はより広く被害をご覧いただくため、鳥の目線でお送りさせていただきました」
「君たち天使が私以外の者にこういった大災害の夢を見させる場合なんだが、夢の内容は私と全く同じものになるのかね? それとも人によって内容は微妙に違ったりするのか?」
 
 ん?
 この人、なんでそんなことを気にするんだ?
 まあ、いっか。
 
「夢の内容はですね」
 
 僕は相変わらず丁重さを意識し、また余計な疑惑を持たれないように言葉を選ぶ。
 
「録画のようなものでございます。どなたがご覧になっても夢の内容は細部に置いて全く同じ内容、景色でございます」
「そうか……」
 
 僕らは悪魔なんだけど、基本的に嘘をついちゃいけない決まりになっている。
 だから十六年後に天変地異が起こるっていうのも、魂の調整が取れなくなるっていうのも本当のことだ。
 お客さんに夢を利用して見せる「大災害当事の様子」もだから、全くのホント。
 そうやって顧客の信用を得ることが第一だって、魔王ラト様は判断してる。
 とってもいい営業方針だと、僕も思う。
 最初に「天使だ」って名乗っちゃったけど、天使も悪魔も同じ生き物だもん。
 人間が勝手に呼び分けているだけなのね。
 だからまあ苦しいけど僕が天使だってこともある意味ホント。
 
「気になるシーンがあった」
 
 裁判官のおじちゃんは、あくまで夢にこだわってる。
 
「その人物が誰かなどの詳しい情報を知りたい」
「さようでございますか。ただ、そういった情報の提供でございますと、それは『願いを叶える』の範疇になってしまうんですね。ですので――」
「分かった」
「はい?」
「願いとして君に頼みたい」
「と、いいますと、来世では微生物や虫やプランクトンに生まれ変わってしまっても」
「構わん」
 
 思わぬところで契約取れちゃった。
 こんなオッケーの貰い方、初めてだ。
 でもラッキー。
 これで今月のお給料アップだ。
 
「かしこまりました」
 
 僕は浮ついていることを隠し、穏やかな口調をキープする。
 
「それでは形式的ではありますが、願いのポイントを発行するために、いくつかこちらからご説明させていただきますね」
「うむ」
 
 一つでも納得してもらえなかったら契約破棄って形になっちゃう。
 僕は詰めを誤らないよう、緊張感を高めて色々なことをお話しした。
 
 来世はやっぱり人にしてくれとか、そういった生まれ変わりについてのお願い事はできません、とか。
 それと同じように魂を扱う願い事には応じられない場合がございます、とか。
 ポイントが配布されたら、使い切る前に死んじゃったとしても来世は人にはなれませんよ、とか。
 タイムワープなどの時間操作や死者を生き返らせることは不可能です、とか。
 もちろん「ポイントを増やせ」なんて願い事は論外でございます、とか。
 他、細かいこと色々。
 
「さて、以上でございます。全てご了承いただけましたら、今すぐに願いを叶えるためのポイントを千点、付与させていただきます」
「解った、了承しよう」
「ありがとうございます。それではですね、願い事ができましたらわたくしまでお電話いただけますとすぐさま対応させていただきますので気軽にご連絡ください」
「分かった」
「さっそく先ほどの願いをお叶えになりますか?」
「ああ、頼む」
「先ほどお客様が口にされた願い事は情報収集に該当しますので、その情報の持つ重要性、情報入手の難易度から消費ポイントを計算いたします。その消費ポイント数に納得のいかない場合は願いをキャンセルさせていただくことも可能ですのでご安心くださいませ」
「分かった」
「それでは、知りたい内容を詳しくお聞かせください」
「あの夢では天変地異の瞬間、抱き合って人生を終える親子らしき三人がいたね。他にも肌が変色する病にかかった若い男女なんてのもいたが」
「はい、おりましたね」
「その親子のほうだ。あの母親の名が知りたい」
「はい、かしこまりました。名前だけでよろしいのですか?」
「ああ、今はな。場合によってはさらに色々と調べてもらうことになるが」
「もちろん構いません。ちなみにですね、それだけの情報でございますと一ポイントのみの消費で叶えさせていただきます。よろしいでしょうか?」
「ああ、頼む」
「了解いたしました。それでは調査いたしますので少々お待ちくださいませ」
 
 挨拶をして電話を切る。
 
 あの女の人の名前が知りたいなんて、なんでだろ?
 ちょっと気になって、僕はモニターに映し出されているお客さんの個人情報に改めて目を通す。
 奥さんとは死別してて、愛人さんは無し。
 妹さんとか娘さんとか、そういう女の人も無し。
 親しい女友達も見当たらない。
 じゃあ、なんでおじちゃんはあの母親のことを気にしてるんだろ。
 気になるなー。
 ま、いっか。
 
 続けて僕は「大破壊の夢」のデータベースに入る。
 あの母親の人は、と。
 あったあった。
 彼女の名前はルイカ、二十六歳か。
 
 一応このルイカさんの個人情報も目を通したけれど、どうも裁判官のおじちゃんとの接点はなさそうだ。
 すっごい不思議。
 昔法廷かどっかで会ったことがあるとか、かなあ。
 
 僕は首を傾げながら再びマイク一体型のヘッドフォンを装着する。
 
「もしもし? ロウでございます」
「ああ、どうだった?」
「はい。例の女性のお名前が判明いたしました。お伝えしますと一ポイント消費されますが、よろしいでしょうか?」
「ああ、構わん」
「それではお伝えいたします。彼女の名はルイカ、と申します」
「そうか、やはりな」
「お知り合いでございますか?」
 
 好奇心から訊いてみた。
 だけどおじちゃんは上の空で、「似ているからもしやと思ったが」とか「ならあの腕は義手か」とか「立派になって」とか、ぶつぶつつぶやいている。
 僕は黙って、おじちゃんが現実に戻ってくるのを待った。
 
「なあ、ロウ君。次の願いなんだが」
「はい、何でございましょう?」
 
 おじちゃんの願いは、僕のオペレーター人生の中で初めてのものだった。
 
「私の懺悔を聞いてほしい。どれぐらいのポイントが必要かね?」
「懺悔? わたくしに、でございますか?」
「そうだ。神父に聴いてもらうより、天使である君に直接告げたほうがいいだろう。どのぐらいかかる?」
 
 意外なことを言い出す人だなあ。
 
 僕は笑顔が伝わるよう、優しく微笑む。
 
「それでは申し上げますね。その願いは、0ポイントでございます」
「本当か」
「ええ、もちろんでございますよ。わたくしでよければ、いくらでもお話しください」
 
 そしたらおじちゃんは心から絞り出すような感じで「ありがとう」って言った。
 とんでもございませんと、僕は見られてもいないのに頭を下げる。
 
 僕ら悪魔の本当の目的は一万ポイントあげる代わりに魂を貰うことだもん。
 そのために来世がどうのこうの言って千ポイント分の願いを叶えさせて「願いが叶う中毒」にしちゃうわけ。
 だから親身にもなるよ。
 話ぐらいタダで聞いて信用を得たほうが後々に本当の取り引きに持っていきやすいじゃん。
 モニターにはない個人情報も手に入るし、一石二鳥だね。
 
「恥じらいなどもおありとは思うのですが、わたくしでよろしければ遠慮なさらず気軽にお話しになってください」
 
 僕は再びモニター越しにおじぎをし、にやりと笑む。

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 あたしはお酒を止めているから、きっと雰囲気に酔ったのだろう。
 窓から望める夜景がさっきよりも綺麗に思える。
 前菜の効果なのか空腹感が増して、次の料理も楽しみだ。
 
 彼が胸のポケットに手を忍ばせる。
 
「ちょっと煙草、失礼してもいい?」
 
 あたしは笑顔で「駄目」と断言をした。
 
「手厳しいな」
「まあね。でもさ、あんたも相変わらずよく色々と考えるよ」
「そりゃ、ねえ? あそこまで手の込んだプロポーズをしておいて今回何も考えてなかったらよくないと思って」
「ありがと」
「いえいえ。それにしても、今後また抱き合った遺骨が発見されたらと思うと、気が気じゃないよ。また何かと考えなきゃならない」
 
 あはは。
 と、あたしは笑う。
 
「いいじゃない、お話考えたら。ルイカさんみたいにさ」
「ルイカさんみたいに、か」
 
 彼はそこで再びグラスに手を伸ばす。
 
「彼女も僕と同様、話を作るのに苦労した」
「へえ。どんな風に?」
 
 訊ねると彼は一口だけワインを飲み、喉を潤す。

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   阿修羅のように2
 
 
 
 私は、私自身をモデルにすることしか思い浮かばなかった。
 まだ十歳だった当時を思い返す。
 あの頃に失った右腕と、家族の顔。
 そういえば、どことなくこの兄弟は私の妹と弟に似ている。
 
 精神がチクリと痛んだが、あたしは子供たちに笑顔を見せた。
 
「じゃあ、お話始めるね?」
 
 クラーク少年は「すみません」と礼儀正しくペコリと頭を下げ、少女は「やったー!」と万歳をした。
 二人をベンチに座らせ、私は通るように声を張り上げる。
 
「昔々ある町に、十歳の女の子がいました」
 
 大型馬車の事故に遭って、家族と一緒にいたその子は色んな物をいっぺんに失ってしまうの。
 なんて重い話、こんな子供に聞かせてしまって大丈夫だろうか。
 
 片腕を失うほどの重症だったのに、後日になっても痛みを感じなかったことが今でも印象的だ。
 深すぎる傷に痛覚が麻痺したのだろうか。
 
 公園は静かで、私たち三人以外に人影はない。
 たまに吹くささやかな風が涼しく、背まで伸びた私の栗毛をなびかせる。
 
「女の子はね? 何もかも無くすような大きな事故に遭ってしまって、行くところがなくってね。ある教会の、とても親切なシスターに引き取ってもらったの」
 
 マザーと呼ばれていた老齢のシスター。
 現在はもう亡くなっていて、今では私と同い年ぐらいの娘さんがその跡を継いでいる。
 相変わらず身寄りのない子供たちを引き取って暮らしているのだそうだ。
 でもまあ、そんなエピソードは端折って構わない内容だろう。
 
「女の子は本を読んでもらうことが大好きだったから、たくさん勉強して字が読めるようになっていったのね。その教会でもたくさん本を読んで、昔自分がしてもらったように、まだ字が読めない他の子供たちに話をして、色んな物語を聞かせていったの」
 
 あの頃。
 話を聞いてくれた子が「もっと!」と喜んでくれて、私まで嬉しくなったものだ。
 そこで私は暇さえあれば本を読み、次の話を蓄えていった。
 
 今にして思えば、私が語り部という道を選んだのも皆のおかげだ。
 マザーや教会のみんなに、今でも深く感謝している。
 
「こうして、女の子は大人になる頃、物語を話して聞かせるっていうお仕事を始めていたのね?」
 
 さて、ここからどうしよう。
 この先は自分の想像力に頼らなくてはならない。
 
 気がつけば、もうすぐ夕方なのだろう。
 さっきよりも影が伸びていて、少し肌寒くなっている。
 
 なんだかんだで私は、「魔法使いに出逢って様々な試練をこなし、褒美に新しい右腕を貰う」なんていう陳腐な話を長々と語るといった恥ずべき事態に陥っていた。
 
「ごめんね」
 
 クラーク少年の希望通り、結末は腕が復活するというくだりで締めくくってはみたものの、やはり喋ると同時に物語を想像するなんて私には難しい。
 
「つまらなかったでしょう? 今度時間があるときにあたしまた来るから、そしたらもっと楽しい話、色々してあげる」
 
 もちろんお金は要らないから、今回はこんな話になってしまったことを許してね。
 そう加えようとしたところ、クラーク少年に制される。
 
「いえ、非常に楽しめました」
「はあ」
 
 見た目も声も子供なのに、どうしてこう大人びたことを言うのだろう。
 なんて落ち着いた雰囲気を醸し出すのだ。
 
「ただ、もう一つだけお願いが」
「なあに?」
 
 少年はすると、またもや目を伏せる。
 
「最後、新しい腕が生えるといった部分なのですが、そこの描写をもっと詳しく聞かせていただけませんか?」
 
 私は再び「はあ」と覇気のない返答をする。
 クラーク君は小声で「すみません」と口にした。
 
「腕が蘇る部分ね? こんな感じでいいのかなあ」
 
 私の語りが再び始まる。
 
 よりリアルに話をするため、私はゆっくりと噛み締めるようにイメージを膨らませていった。
 芽が育つかのように腕が生え、あっという間に手の形に形成される感覚。
 出来る限り詳しく話せるように、出来る限り鮮明に、細部に渡って想像を巡らせてゆく。
 
「それはまるで一瞬で育つ樹木のようだったの。見る見るうちにその肌色は伸びていって、だんだんと『動かせること』まではっきり判るようになってね? 肘に当たる部分を曲げたりして感触を確かめているうちに、先端が枝分かれをして指が五本生えて――」
 
 小さな子供に解るような言葉を選べなかったのは、やはりクラーク少年の大人びた気配のせいだろう。
 
「爪が作られ、うっすらと産毛まで生えて、気づけばその女の子は新しい右手で髪をかきあげていたの」
 
 ジェスチャーで示すように、私は右手で実際に髪をかきあげる。
 
 その瞬間、私は「え?」と凍りついてしまった。
 
 腕が、ある。
 無かったはずの右手が確かにある!
 
「どうして!?」
 
 先ほどまでしていた自分のイメージが現実になってしまったかのようだ。
 両手を交互に見比べる。
 どっちも同じ手だ。
 私の手だ。
 
「新しい腕は、楽しい話をしてくださったチップです」
 
 クラーク少年が微笑んでいた。
 初めてみる彼の笑顔だ。
 
 私はあたふたと「え? だって」を何度も言い、混乱を隠せない。
 
「それと、これは正規の報酬です。受け取ってください。もしよければ、その右手で」
「え? ちょ、そんな――」
 
 クラーク君が私の右手に素早く封筒を握らせた。
 
 呆然とする私に、少年はさらに驚くべき提案を始める。
 
「先ほど、僕らに両親はいないと言いましたよね?」
「え? はい」
「実は住み家もないんです」
「あ、そうなの? はい」
「そこでお願いなんですが……」
「ええ」
「僕ら二人をあなたの家に置いていただけませんでしょうか?」
「え?」
「いえ、決して迷惑はかけません。生活に必要な費用はあります」
「ちょ、な……」
 
 姉らしき少女は早くも大はしゃぎで、「二年ぐらいお世話になりまーす!」とそこら辺を飛び跳ねている。
 
 ちょっと落ち着くまで待って。
 気持ちを整えたいから。
 
 たったそれだけがなかなか言えず、私は何度も自分の両手と兄弟を交互に見やる。
 
 空の片隅が少しだけオレンジ色に染まり始めていた。
 優しい日の光は確かに私の右手を照らしている。



 続く。

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2012
May 19
   第二章 三人の抱擁が始まる
 
 
 
 今度の遺骨は三体だった。
 そのことが、まるで私たちの素晴らしい未来を暗示しているように思えてならない。
 
 面倒臭がる彼に強引に頼み込み、正装してもらって、あたしはあの店が良いと強く望んだ。
 
「まあ、この店は僕らにとっても思い出深いからね」
「でしょ? 結婚記念日には最適でしょ?」
 
 彼と結婚して、今日で丁度一年だ。
 お祝いということで、少しお高い印象のこのレストランを選んだ。
 去年のあたしはここで、彼からプロポーズを受けたのだ。
 
 ウエイターがキャンドルに火を灯し、去る。
 
「ねえ」
 
 彼に、見方によっては意地の悪そうな笑顔を向けた。
 
「また見つかったね」
「ああ」
 
 彼がメニューから顔を上げる。
 
「僕も見たよ。今度のは三体で一組」
 
 去年、抱き合う男女の遺骨が海外で発見され、ちょっとした話題を呼んだ。
 五千年から六千年前のもので、その抱き合う様は素晴らしく綺麗に見えた。
 直情的に「死ぬときは愛する人とこうなりたい」なんて少女のような夢想を当時はしたものだ。
 
 最近発見された遺骨はというと、親子バージョンとでもいうべきだろうか。
 三体の遺骨が抱き合っている。
 やはり五千年以上も昔の人骨だ。
 母親と思われる女性と二人の子供。
 外側の子が八歳ぐらいで、真ん中の子が五歳ぐらいと推定されている。
 その三人が抱き合った状態で発掘されたのだ。
 
「あの三人はさ、なんであんな風に抱き合ってたの?」
 
 あたしが五千年以上も前のことを彼に質問するには理由がある。
 彼は去年、太古の男女が抱き合って果てた理由を独自に想像していて、その物語をあたしに聞かせてくれたのだ。
 怖い話もあったけど、好みの話もあった。
 彼のことだから今回の話も用意しているのではないか?
 そう思ったのだ。
 
 彼は「まずは乾杯しようよ」と、ウエイターを呼ぶ。
 
 選んだ食前酒は去年と同じ銘柄だった。
 しかしあたしは別途ソフトドリンクを注文する。
 
「お互い、結婚生活一年達成おめでとう」
 
 グラスを鳴らせた。
 
「でさ、さっきの話は? あの三人はなんで抱き合ってたの?」
 
 居ても経ってもいられないといった体で、あたしはキャンドル越しに彼にせがむ。
 
「あれは残念だけど、他者から埋葬された可能性が高いね」
 
 涼しい顔で、彼は手元にグラスを置いた。
 
「え?」
「何らかの理由で死んだ親子が埋葬時、抱き合わせられたんじゃないかな」
「なんでよ!」
「だって、下には花が敷き詰められた形跡があるんでしょ?」
「う。そうだけどさ」
 
 なんだかガッカリだ。
 彼のことだから、今度も何かしらのストーリーを思い描いていたのかと期待していたのに。
 結婚二年目からして早くも倦怠期だろうか。
 
「そんなことよりさ、君、あの世から電話があったら、どうする?」
「へ?」
 
 話の展開がまるで読めない変な問いに、あたしは間の抜けた声を出した。
 
「あの世からの電話?」
「そう」
「どうするって言われても、誰からなのか、とか、何の用事なのかによるでしょ?」
「まあ、そうだよね」
 
 そこで彼はクスリと笑う。

------------------------------

   エンジェルコール1
 
 
 
 モニターにはある男の人の個人情報が全て映し出されている。
 次のお客様はもういいおじいちゃんで、職業は裁判官。
 頭が良くなきゃこなせないお仕事なんだろうな。
 脳の性能を見ると凄くいい。
 賢い人ほど慎重だから今回は手強いかも知れないなあ。
 
 僕はいつものようにヘッドフォンをし、カタカタとキーボードを操作する。
 今日は休日とあるから、長話に持ち込むのは難しくなさそうだ。
 
 通話ボタンをクリックすると、呼び出し音が耳のそばで鳴った。
 
 職場ではたくさんの仲間たちの話し声がちょっとしたざわめきのように満ちている。
 礼儀正しくデスクが並んで、その一つ一つにモニターと機器、回転椅子と同僚がセットになって続いている。
 真横を向けば合わせ鏡みたいだ。
 これが何列もある。
 自分の職場ながら規模の大きさが頼もしい。
 
「もしもし?」
 
 先方が出たみたいだ。
 僕は丁重に聞こえるように少し高めの声を意識した。
 
「お休み中のところ大変失礼いたします。わたくし、先日までお客様を見守らせていただいておりました天使のロウと申します」
「天使?」
「はい、さようでございます」
 
 人間のほとんどはこの時点で驚きの声を上げる。
 この人も例外じゃないみたいだ。
 
「天使、とは? 見守っていた?」
「はい、見守らせていただいておりました」
 
 嘘じゃないよ。
 モニター越しにだけど、この人のことは先日まで見てた。
 
「天使だとして、何故私に電話を?」
「はい、本日はですね? 人生に関わる重大な情報をお知らせするため、お電話させていただきました」
「ほう」
「大変申し上げにくいのですが、地球はじき、惑星規模の天変地異に見舞われてしまいます」
 
 そこで相手は返事をしなくなっちゃった。
 この人頭いいから、きっと話の真偽を図っているんだろうな。
 慌てたら怪しがられるから、構わず続けちゃえ。
 
「混乱させてしまい、誠に申し訳ございません。今から十六年後のことでございます。地表に生きる九割もの生物が死滅するといった大規模な災害が起こってしまうんですね」
「それが事実なのだと、どう証明する?」
「未来のことですので証明自体は難しいのですが、もしよろしければお客様がご覧になる今宵の夢にその災害時の映像を流させていただくことが可能でございます。そういった手段が使える点も考慮していただいて、わたくしが天使であることをご信頼いただければと思うのですが、いかがいたしましょう?」
「そんなことが出来るなら、やってもらおうか」
「かしこまりました。ただ激しい災害の夢でございますので、非常に恐怖を感じさせる内容となっているんですね? そこのところ、ご了承いただければと存じます」
「いいだろう。今夜だな?」
「はい。正確には明日の朝方ですね。起床される直前に夢を放映させていただきます」
「解った。それで、そんな大きな災害が起こることを教えて、どうしたいんだ? えっと、君は天使の……」
「はい、ロウでございます」
「ロウ君の用件は何かね?」
 
 実はお願い事があるってこと、見抜かれちゃったかー。
 察しがいいのは説明が楽になるから助かるけど、こっちのペースを崩されるから困るよ。
 
「はい。問題は、その天変地異が起きた後のことでございます」
「ほう」
「先ほど申し上げました通り、地表の生物は九割も死滅してしまいます。そこで人間の数も著しく減少してしまうんですね」
「そうなるだろうな」
「そうなりますと魂の調整が取れなくなってしまうのです。通常の場合ですと、人は死亡しますと魂が抜け、あの世に留まった後、再び人へと生まれ変わりを果たします」
「ふむ」
「しかし天変地異が起きますと一度に多くの魂が天に召されてしまうんですね? 一方現世では少数の方しか生き残ることができません。そうなりますと将来、多くの魂が生まれ変わりをする際、人間になりたくとも、その頃はもう人間の数が足りないのです」
「つまるところ、人間以外の動物に生まれ変わる可能性が高いというわけだね?」
「はい、さようでございます。しかも哺乳類や爬虫類なども数が減ってしまいますので、プランクトンですとか虫などといった、非常に小さい生物に生まれ変わってしまう可能性がございます」
「ふむ、それで?」
 
 いよいよ本題その一だ。
 僕はきゅうっと息を飲んだ。
 
「はい。そこで提案がございます。来世で人間になることを今から諦めていただきますと、私どもとしても助かるんですね。その代わりといってはなんですが、より充実した人生を楽しんでいただくために、わたくしどもからプレゼントをご用意させていただきました」
「プレゼント?」
「はい。願いを叶えさせていただいております」
「願い? 願いといっても、範囲があるんじゃないのかね?」
「ええ。一応ですね、こちらで設けさせていただいたポイントがございます。小さな願い事ですと数ポイントで叶いますが、大きな願い事ならそれだけ多くのポイントを消費するといった形になるんですね」
「なるほどな。だいたいでいいから教えてもらいたんだが」
「はい、なんでございましょう?」
「何を叶えると何ポイント必要なのか、一ポイントあたりの価値を知りたい」
「そうですね。まちまちではございますが、例えば億万長者になるといった願い事ですと、その規模にもよるのですが、だいたい五百ポイントほど消費するかと思います。もし今何かしら叶えたいことがございましたら、わたくしがお調べし、消費ポイントのお見積もりをさせていただくことも可能でございますよ」
「いや、結構だ。それで、もし私がイエスといえば、何ポイント配給されるのかね?」
「はい、人生を楽しむに充分な千ポイントでございます。今を大切にするためにも、是非わたくしにお任せください」
「任せると言った場合は、具体的にどういった契約を結ぶんだね?」
「はい、この電話でお申し付けいただくだけで、わたくしが責任持って今後の生活を手助けさせていただきます。面倒なことは一切ございませんので、安心してお楽しみください」
 
 すると、沈黙。
 もう一言、僕からなんか言ったほうがいいのかな。
 でも、考えてるのを邪魔して怒られても嫌だし。
 
「そうだな。少し時間をもらえるかね。色々と考えてみたい」
「そうですよね。大切なことでございますから、慎重になられたほうがよろしいかと思います」
 
 こりゃ逃げられちゃうかなあ。
 契約取れないと、お給料に響くんだよなあ。
 
「ロウ君といったな。明日の夜にまた電話をくれないか」
「かしこまりました。夜といいますと、十九時ぐらいでよろしいでしょうか?」
「そうだな。それぐらいで頼む」
「かしこまりました。それではわたくし、担当のロウが、明日またお電話させていただきます。ご対応のほど、よろしくお願いいたします」
「うむ」
「今宵の夢は非常に恐ろしいものになるかと思いますので、どうぞ心を決め、ご就寝なさってくださいませ」
「解った」
「本日は電話のお時間をいただき、誠にありがとうございます」
 
 それでは失礼しますって言って、僕は回線切断のボタンをクリックする。
 夢アリの欄にもチェックして、と。
 これでオーケー。
 
 ふふ。
僕が実は悪魔なんだってこと、バレてなさそうだ。
 向こうから電話してくれって言ってきてたもん。
 もしかしたら、明日はいい返事貰えるかも。
 期待しちゃうね、こりゃ。

------------------------------

「ねえ、それ、なんの話?」
 
 三人の遺骨と関係のなさそうなことを彼が言い出すものだから、あたしは素直な疑問を口にしていた。
 
「コールセンターなんて、五千年前はなかったじゃん」
 
 夫はというと、何事もなかったかのように前菜に手を伸ばしている。
「これは屁理屈だけどね」と、彼は前置きを入れた。
 
「五千年前にコールセンターが無かったなんて証明はされてないじゃないか。もしかしたらあったかも知れない」
「ホントに屁理屈だ」
「まあね。そもそも僕はさ、何についての話をするのかを宣言していないよ? 全く関係のないネットで見つけた都市伝説を語っただけなのかも知れない」
「まあ、そうだけど」
 
 言葉では肯定しつつも、どうも引っかかる。
 彼がここで遺骨と無関係の話を持ち出すとは思えない。
 しかし聞いた話の中には女性が登場していないのだ。
 今の物語が、果たして何に結びつくのだろうか。
 
 できれば仲良し親子が抱き合って天国に行くといったような、素敵な終わり方をする話が聴きたい。
 どうしても聴きたいのだ。
 
 あたしは攻め方を変えた。
 
「じゃあ、してよ、宣言」
「そうきたか」
「あの三人のお話をするって、宣言して」
「仕方ないな」
 
 彼はフォークを置くと、そっと口元を拭う。

------------------------------

   阿修羅のように1
 
 
 
 ぶっきらぼうな印象の馬車乗りに料金を支払い、私は故郷の地に足を降ろす。
 埃っぽい風が私のスカートをはためかせた。
 
 仕事の依頼がなかったら自らここを訪れることはなかっただろう。
 ここには様々な思い出がある。
 楽しいこともたくさんあったが、それらを帳消しにするような不幸もここで味わった。
 
「まだ十歳だったなあ」
 
 独り言が自然に出て、私は一人苦笑する。
 
 懐から手紙を取り出し、差出人の名に目をやると今回の依頼人は男性であるようだ。
 指定された広場へと歩を進めた。
 
 私は様々な物語を数多く覚えていて、それらを大衆に語ることによって生計を立てている。
 いわゆる語り部というやつだ。
 イベントという形で自ら人を集めて喋ることもあれば、今回のように依頼を受け、出向くこともある。
 上手に話すことに関してはまだまだ修行の必要を感じるが、生活出来る程度の収入ならあって、そこそこに名も広がってきている。
 女が語り部をやっていることも、片腕が無いことも珍しいのだろう。
 同情されるのか、私に定期的に依頼してくれる固定客までいる。
 
 広場に着く。
 遊具やベンチが設置されているところを見ると、小さな公園であるようだ。
 兄弟らしき小さな子供が二人、ブランコに乗って遊んでいた。
 依頼者はまだ到着していないのだろう。
 
 私はベンチに腰を下ろす。
 
「お姉ちゃん!」
 
 ブランコに乗っていた子供たちが駆け寄ってきた。
 女の子と男の子だ。
 六歳と三歳の兄弟といったところか。
 姉らしき少女が目を輝かせている。
 
「お姉ちゃん、お話聞かせてくれる人?」
「え? そうだよ」
 
 この子たちはどうやら依頼人の関係者らしい。
 子供と接すると、自然と笑顔になる。
 私は兄弟たちに微笑んだ。
 
「ねえ、お嬢ちゃん。クラークさんはいつぐらいになったら来るか分かるかなあ?」
「もう来てるよ!」
「え?」
 
 さっと辺りを見渡す。
 しかしそれらしき人物はどこにも見当たらない。
 
「どこかしら?」
「ほらここ。クラークだよ。クラークの、クラちゃん」
「え?」
 
 少女は自分の弟らしき少年を示している。
 私は思わず目を見開いた。
 
「この子が? お手紙、大人の人が書いたみたいだったけど」
「いえ、とんでもない。あの手紙は僕が書きました」
 
 少年から発せられた大人びた口調に驚く。
 どう見ても三歳ぐらいなのに、この子があんなしっかりとした文章であたしに仕事の依頼を?
 
「本当に? 君がお手紙で、あたしにお話を頼んでくれたの?」
 
 懐から依頼状を取り出し、クラーク少年に見せる。
 
「これを、君が書いたの?」
「はい、僕からの依頼です」
「はあ」
 
 最近の子はどうなっているのだろう。
 これはもはやマセているどころのレベルではない。
 彼からにじみ出る知性や品格は何事なのだ。
 このクラーク少年が本当に依頼状をしたためたのだとしてもうっかり納得してしまいそうで不思議だ。
 
「報酬についてはご心配なく。手紙にあった額をきちんとお支払いしますので」
「はあ」
「お姉ちゃん、早くお話して!」
 
 少女が嬉しそうにピョンと跳ねた。
 
「でも、ちょっと待って」
 
 私はベンチから腰を上げ、二人の前でしゃがむような体勢になる。
 
「お金なんだけど、それってどこから持ってきたの? お父さんやお母さんに貰ったの?」
 
 クラーク少年が静かに微笑んだ。
 
「僕らには両親がいません」
「あ、そうなの。ごめんね」
「いえ。ちなみに今回用意したお金なんですが」
「うん」
「元々蓄えてあったものです」
「あ、そうですか」
 
 まさか三歳児に敬語を使う日が来るとは思わなかった。
 
「じゃあ、今日のお客さんは君たち二人ってことでいいのかな?」
「ええ、そうですね」
「そう! お話してー!」
「そっか」
 
 子供から料金を頂戴することになんだか複雑な気分になる。
 話し終えたあと、報酬額は半分ぐらいに負けておこう。
 
「じゃあ、二人ともベンチで座って聴いてね。どんなお話がいい?」
 
 すると依頼者、クラーク少年はわずかに目を伏せる。
 
「失礼を承知でお願いします」
「はい?」
「あなたが既に知っている物語ではなく、あなたが想像しながら物語を作り、それを聞かせていただけませんか?」
「え?」
 
 どういうことだろう。
 そんな依頼は初めてだ。
 私は正直、戸惑いを隠せなかった。
 
「あたしがストーリーを作るの? いや、そういうのはやったことが」
「是非お願いします。報酬を倍にしてくださっても構いません」
「いや、ちょ、それはいい!」
「お願い、お姉ちゃん!」
 
 少女が泣きそうな顔で横槍を入れた。
 
「お願いします」
 
 クラーク少年も真剣な眼差しだ。
 
「分かった! 分かったよ!」
 
 私は大袈裟に片手を挙げて、降参の意を示す。
 
「でも、つまらない話になると思うよ? いいの?」
「構いません」
「構わないんだ……」
 
 なんだか不思議な依頼である。
 普通の子供っぽい子供から頼まれたなら、それはただの気まぐれによる依頼だと判断できる。
 だがこのクラーク少年、何か他に真意がありそうで怖い。
 
「じゃあ」
 
 あたしはある種の覚悟を決め、改めて二人を前にする。
 
「どんなお話がいい?」
「無礼や失礼を承知でお願いします。気に障ってしまうとは思うのですが、どうしてもお話していただきたいことが」
「ん?」
 
 クラーク少年は、痛みに耐えるかのような、辛そうな表情を浮かべている。
 彼から発せられた次の言葉は、私の頭を一瞬だけ真っ白にした。
 
「片腕の女性が主人公で、失った腕が蘇るような結末にしてください」



 続く。

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プロフィール
HN:
めさ
年齢:
41
性別:
男性
誕生日:
1976/01/11
職業:
悪魔
趣味:
アウトドア、料理、格闘技、文章作成、旅行。
自己紹介:
 画像は、自室の天井に設置されたコタツだ。
 友人よ。
 なんで人の留守中に忍び込んで、コタツの熱くなる部分だけを天井に設置して帰るの?

 俺様は悪魔だ。
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 ざまを見よ!
 本当にごめんなさい。
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