夢見町の史
Let’s どんまい!
March 15
またかしこまった店を選んだものだなと、私はキャンドルの向こうに座っている彼を眺める。
正装している彼は、なかなか様になっていた。
「たまには背伸びして、夜景の綺麗なレストランでデートってのも、良くないか?」
そう誘われた時は「最近はずっとお金がないって言ってたクセに」と意外に思ったものだが、普段は2人で部屋でだらだらしながら借りてきたDVDを見るだけだったし、たまに外出しても居酒屋で飲むぐらいで、デートらしいデートをしなくなってもう長いから、たまにはこういうのも新鮮で良い。
「たまにするから、贅沢は贅沢に感じるんだ」
恩着せがましく言って、彼はメニューをこちらに差し出す。
食前酒で乾杯をし、私はふと、今朝のニュースを思い出した。
「ねえ。あのニュース、もう見た? 今度ので3組目だって」
「ああ、あの抱き合った遺骨ね。君は1組目が発見された時から興味深々だったな」
最初の発見はイタリアでされた。
まるで愛し合っている最中に亡くなったかのような体勢。
互いを求めるように、愛でるように、抱き合った男女の遺骨。
2人が果てた後、何者かにそのような体勢に寝かせられたのか、先立たれた方が後になって相方の遺体に寄り添ったのか、死を覚悟した2人が永遠の愛を誓い合って同時に人生を終えたのかは、今となってはもう知るよしもないが、とにかく白骨化した男女の遺体は発見された。
「すっごい素敵だよね」
私としては、どうしてもロマンに溢れたドラマを空想してしまう。
こういった抱き合った男女の遺骨は、日本ではいつしか「ロックペア」と呼ばれるようになっていた。
「岩のように白骨化したからロックなのか、互いが互いに鍵をかけるように守り合っているからロックなのか、いまいち語源が解らないな」
「骨のロックじゃない? 単純に考えると」
「そういう歌詞のロックミュージックが、どっかにあるからかも知れないだろう」
「想像力豊かなことで」
談笑していると、前菜が届いた。
私達は行儀よく手を合わせ、頂きますと軽く頭を下げる。
ロックペアには、共通点があった。
抱き合っている男女は3組とも、そこそこに若いらしい。
どれも5000年から6000年前の住人だと推定されている。
不可思議なのが、発見場所が様々で、散らばっていることだ。
イタリア、アメリカ東部、エジプト。
特定された地域での風習で遺体同士を抱き合わせたのではなく、たまたま偶然それぞれの理由によって、抱き合う形で白骨化したと解釈するべきだろうか。
今世紀になって、初めて続々と発見されることも謎だ。
「それにしてもさあ、5000年も昔、どんなドラマがあったんだろうねえ」
食事の合間にも、私はロックペアの話題に夢中だった。
「ホント素敵。永遠の愛って感じでさ」
「そうでもないかも知れないぞ」
彼はゆっくりとフォークを置いた。
「彼らは、愛し合ったわけではないかも知れない」
「そりゃ、そうだけど」
「今から話すのは、とある1組の怖い話だ」
「急に何?」
彼は前菜の続きを楽しむことなく、テーブルの上で両手の指を組み合わせ、肘をついて私を見つめる。
March 09
ごほん!
えっとですね、今回は怖い話をしたいと思います。
そういうのが苦手っていう方は、どうか無理をなさらないで、他の記事をご覧になって下さいね。
さて。
霊体験による思わずゾッとする話は、テレビや本でもよく見かけるであろうと思ったんでね、今回はちょっと変わった話をしたいと思うんですよ。
俗にいう、闇金って、ありますよね。
俺、テレビで以前見たんですけど、あれって取り立てが乱暴な組織っていうのも当然あって、相手がお年寄りでもお構いなく、
「テメー、早く金払えっつってんだババァ!」
なんて、もの凄い剣幕で取り立てているんらしいんです。
ニュースの特番で見た知識なんですけどね、今のは。
ああいった闇金には、取り立て専門の部署、っていうんですかね?
取り立て屋、みたいな人がいるんだそうです。
喧嘩の強そうな、いや、実際に強いんでしょうね。
顔の怖いお兄さんが任命されてます。
そんなお兄さんが、このお話の主人公。
もうお兄さんなんて歳じゃないので、「男」と表記しますが、この男も、アパートで一人暮らしをしている老婆から、借金の取り立てに出向いていました。
もう、思いつく限りの脅し文句を、容赦なくお年寄りにぶつけるわけです。
痛々しい描写で申し訳ないのですが、老婆は涙ながらに訴えるんですよ。
「お金は、もうちょっと待ってやって下さい」
「ちょっと待てじゃねンだくそババァ! 借りた物も返せねえような奴ァ、死んじまえ!」
「お願いします。もうちょっとだけ待って下さい。優しい人になって下さい」
「払うモン払えば勘弁してやるっつってんだろうがボケコラァ!」
「自分の行いが、未来の自分を助けるんですよ」
「やかましいババァ! テメーマジでぶっ殺すぞ!」
でもね、男がどんなに凄んでも、ない物は払えません。
その日はつまり、取り立て失敗です。
男はね、翌日も老婆のアパートを訪ねました。
「くそババァが! 今日こそ金ェ返してもらうからな!」
ところがですね、その日は、おばあちゃん、居留守でも使っているんでしょうか。
鍵がかかっていて、玄関は開きません。
男は居留守だって一方的に決め付けてね、
「おい! 開けろ!」
怒鳴り続けたんですよ。
ドアをガンガン蹴飛ばしながら。
するとですね、ちょっとおかしなことが起こったんです。
ドアの向こうから男性の怒声がしたんですね。
「開けてくれ!」
向こう側からも、ドアを叩いているんでしょう。
玄関が、ドンドンと鳴っています。
男からしたら、意味が解りません。
内側からなら、鍵を外せるじゃないですか。
不可解な理不尽さに、男は怒りに覆われました。
「あ!? 何言ってんだコラ」
しかし、玄関の向こう、つまり家の中からは、
「開けてくれって言ってんだ!」
これでは話になりません。
開けて欲しいのは、こっちなんですからね。
家の外と中とで、男達の応酬が続きました。
「テメーが開けろや! わけ解ンねェこと言ってんじゃねえ!」
「うるせえ! 開けろって言ってんだ!」
「バカかテメーは! テメーが開けろ!」
するとですね、玄関の向こうにいる男性、いきなり悲鳴を上げたんです。
「うわあ!」って。
「頼むから! 開けてくれ!」
頼まれたって、こっちがドアを開けるには、壊すしかありません。
男は「知るかタコ! テメーはずっとそうしてろ!」って吐き捨てて、その日も諦め、帰っていきました。
次の日です。
老婆は、とうとう首を吊って自殺していました。
男が訪れた時は、もう救急車やら何やらが来ていてね、おばあちゃんには身寄りがないから、遺体をどこに引き渡すかどうかなんてことを、周囲の者が揉めていましたよ。
取り立てられるような状況じゃなくって、男は現場を後にしました。
で、あんまり詳しくないのですが、お金を借りた人が亡くなってしまったら、その所持品や財産などは、金貸しが持って行ってもいいのかな?
そこはよく解りませんが、男は大家から鍵を借り、再びアパートを訪れたんです。
部屋に上がるとね、なんか異様なんですって。
異臭がして、男は思わず鼻を覆いました。
台所を越えて、老婆の寝室に進むと、男はびっくりしたでしょうね。
部屋の真ん中に、老婆がぶら下がっていました。
明らかに、お金を借りていた老婆です。
亡くなった際、遺体はどこかに運ばれたはずなのに、まるで放置されっぱなしのような状態で、どういった訳か遺体は部屋にありました。
さすがにこれでは、部屋の物色なんて出来ません。
腐乱しかけた遺体に背を向けて、男は外に出ようとしました。
そしたらね、何故だかドアが開かないんですよ。
鍵もかかっていないのに、きっちり固定され、動きそうな手応えはありません。
「だからァ…」
どこかから、声が聞こえたような気がしました。
遺体の部屋に戻って、窓から出ようと男は試みたのですが、どういうわけか窓も開きません。
適当な物を投げつけたり、叩いたりしても、ガラスは割れませんでした。
「だからァ」
さっきより、近くで聞こえたように思えました。
男は慌てて、脱出の手をね、あれやこれやと試すんですよ。
でも、どこも異常なまでに頑丈でした。
「だからァ…」
しゃがれた声が遺体から出ているように聞こえ、男はもう必死です。
そんな時、助けとも思える声も聞こえました。
「くそババァが! 今日こそ金ェ返してもらうからな!」
玄関が、外から叩かれています。
「おい! 開けろ!」
乱暴な印象の怒鳴り声でしたが、これぞ天の助け。
男はワラにもすがる思いで、玄関に走ります。
「開けてくれ!」
必死になって、ドアを叩きました。
しかし、ドアは外側から叩かれ返されます。
「あ!? 何言ってんだコラ」
家の外と中とで、男達の応酬が続きました。
「開けてくれって言ってんだ!」
「テメーが開けろや! わけ解ンねェこと言ってんじゃねえ!」
「うるせえ!」
怒鳴りながら、男はふと気がついてしまいました。
ドアの外にいるのは、俺じゃないのか?
つい先日の、過去の自分なんじゃないのか?
「開けろって言ってんだ!」
必死に絶叫しながら、男は老婆の言葉を思い出します。
「自分の行いが、未来の自分を助けるんですよ」
そういえばあの時、俺はドアを開けずに帰ってしまった…!
このドアは、もう2度と開かないのか?
「開けろって言ってんだ!」
もう切羽詰って、物を頼む口調にもなれません。
恐怖から、涙が溢れ出ています。
しかし、外側の男は、
「バカかテメーは! テメーが開けろ!」
聞き覚えのあるセリフしか返してくれません。
「だからァ」
例の声がして、咄嗟に振り返ります。
男の背後には、腐乱した老婆が立っていました。
乾燥した眼球が、男を見ています。
老婆の口がパリパリと音を立て、確かに動きました。
「だからァ…。お前が、お前を殺したんだ」
「うわあ!」
男は叫び、ドアにすがります。
「頼むから! 開けてくれ!」
しかしドアからは、確かに以前、自分が放った、自分自身の言葉が。
「知るかタコ! テメーはずっとそうしてろ!」
この話は、これでお終いです。
彼は後日死体となって発見されるのですが、老婆の姿はありませんでした。
では何故、この話を俺が知っているのか。
それには実は、事情があるんです。
チャット大会で怖い話をすることになったのですが、ネタがなくってね。
今の話を大急ぎで作ったんですよ。
だから、この話が表に出てしまった理由、まだ考えてないんです。
でもまあ、いっか!
そこまで設定を細かくする必要もないでしょう。
それにしても、うちもアパートなんですけどね、安普請でいけません。
壁が薄くってね、よく色んな声が聞こえるんですよ。
あの借金取りは、やり方が派手でした。
March 09
ぼくは、頭がよくなりたいと思った。
ぼくはバカだし、言葉もまちがえるし、昨日と一昨日が一緒の日だと思うし、同じことを2回も言うし、頭がわるいし、バカだ。
でも、頭がよかったら、カッコイイと思う。
ぼくはバカだから、頭のいい人がカッコイイと思う。
ぼくは、頭がよくなろうと思った。
たくさん本を読んで、べんきょうして、天才になりたい。
毎日毎日色んな本を読んで、勉強して、パズルを解いて、クイズにも挑戦していく。
昨日の僕よりも、今日の僕のほうが頭が良くなっている。
そう思えるようになった。
様々な知識は刺激的で、僕の中で応用という形で増幅される。
わずかな情報から全体像を把握することにも慣れ、そうした仮説を論文として公表すると、世間は賑わった。
各種多用な仕事の要請があり、私は世界各国を飛び回り、時には表彰され、時には演説を依頼され、時には本を出版する。
脳の活性化は雪だるま式に加速をし、私の世界を飛び出して、第3者の世界を揺り動かす。
武技に極地がないように、知恵にも果てがなく、私は今後、どのように成長していくのかを知りたくなる。
自身のDNAを調べ、配列を書き出していると、命を設計するかのような錯覚に陥る。
愛も恐怖も、ありとあらゆる感情は、種族が繁栄するためのプログラムだ。
向上心でさえ。
虚無感が私を支配した。
知能の正体とは滅びで、生活を向上させるための工夫は、極めていくほど排他的になり、自分達の住む惑星でさえ破壊してゆく。
水質を悪化させる能力を持った魚達。
陳腐な連想をせざるを得ない矛盾した性能は、認めてしまえば今の私も所持している。
個人が生き続けることの意味も見出せず、気がつけば私は死ではなく、消滅する方法を模索する。
思考することを止めてしまいたい。
自然界は、何故に知恵という能力を生物に許してしまったのだろう。
この自虐的な特徴は、捨て去らねばならない。
仕事は全て断り、思考を刺激し得る物を遠ざけるようにする。
行動を止めれば、体力がそうであるように、私の脳は劣化してゆく。
何もしてはならない。
不意な行動からも、学べるものがあるからだ。
何も考えてはならない。
突き詰めてしまえば、全ての意味を失うからだ。
だんだんと、脳が退化してゆくのが自分でも判る。
しなくても良い苦労や2度手間が、実生活に、確実に定着していった。
頭の錆びは、広がるのが早かった。
僕は、どうしてこんなにバカなんだろう。
そう思えるまでになった。
同じことを2回も言うようになった。
言葉も間違えるようになった。
昨日と一昨日の区別もつかなくなった。
同じことを2回も言うようになった。
頭がわるいし、バカだ。
バカはカッコ悪いと思う。
でも、頭がよかったら、カッコイイと思う。
ぼくはバカだから、頭のいい人がカッコイイと思う。
ぼくはバカだし、言葉もまちがえるし、昨日と一昨日が一緒の日だと思うし、同じことを2回も言うし、頭がわるいし、バカだ。
ぼくは、頭がよくなりたいと思った。