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夢見町の史

Let’s どんまい!

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2009
February 27

<そこはもう街ではなく・1>

 大地の中に誰かがいる。
 これは、地面の下に何者かが埋まっているという意味合いではない。
 名が大地という若者の、内面での話だ。
 彼は時々、自分の意思に全く反する声を聞くことがある。

 音声ならぬ声が脳裏に響いたのは、最も古い記憶だと大地が3歳の頃だ。
 悪さをして母親から叱られることなどストレスではなく、通い始めた幼稚園では友達にも恵まれて日々が楽しかった。

「望むのは死ではない。完全なる無だ」

 遊んでいるときでもテレビを見ているときでも、眠ろうと横になっているときでも、声は唐突に頭の中で発生した。

「普通に死ねば生まれ変わって次の人生を送る。それでは駄目だ。たかが1つの生命に一体どんな意味がある? もう疲れた。無にならなければならない」

 言葉は難しかったが、その言霊が紡ぎ出す感情は不思議と理解ができる。
 ただ当時の大地には「死」の概念がなかったせいで「無」との違いまでは判らない。

「苦しいこともあるだろう。悲しいこともあるだろう。しかし幸せを感じることだって多くあるはずだ」

 小学校に入るまで、無になりたいと「声」は主張を続けていた。

「幸せだと思える人生だったとしても消滅するほうが良い。人生そのものに意味が無いからだ」

 時々とはいえ、まだ幼かった大地はこのような声を頭の中で何度も繰り返された。
 それでも後ろ向きな性格にならなかったのは、親や友人たちのおかげだろう。
 自殺願望など元々持ったことはないし、「声」自体も自決を否定する。

「車にもそれ以外のことにも、神経質なぐらいに気をつけろ。少しでも死ぬ確率を減らすべきだ。死ねば魂が残ってしまう」

 中学では個性的な友人が4人できていて、気がつけば彼らとばかり行動を共にするようになる。
 それぞれと初めて出逢ったときは、毎回あの声がしていた。

「こいつだ」

 だからというわけでは全くないが、不思議と居心地が良く、いつしか大地はその4人と友達になる。
 悪態をつき合う仲ではあるが、彼らも大地を仲間として認めているようだ。

 5人で大騒ぎをし、様々な事件に首を突っ込んだり、または巻き込まれたりしていくうちに、例の声は徐々に発言をやめてゆく。
 最後に声が聞こえたのは、大地が高校生の頃だったか。

「私の影響で、お前は多少の知能を持ったはずだ。それを駆使して生きるがいい。23歳になるまではな」

 それに対し、心の中で言い返す。

「知能を持ったって言われてもしっくりこない。いい高校に入れなかったからな」

 もちろん大地はこの声のことを話題に上げようなどと思ってはいない。
 話して面白いものではないし、事実であると証明することができないからだ。
 唯一、女友達に口を滑らせたぐらいで、他には内密にするよう意識している。

 今となっては謎の声ではなく、携帯電話のアラーム音が大地の耳を突いていた。
 そろそろ起きて、仕事に行かなくてはならない。
 身を起こすには異様に寒く、大地は布団の中でもぞもぞと枕元に手を伸ばす。
 携帯電話を探り、アラームを止め、ついでに時刻を確認した。

「ん?」

 ケータイにはあまり見慣れない文字が表示されている。

「現在、ご使用になれません」

 なんで?
 と、文字に対して思わず問う。
 電波状況は「圏外」と記されていた。
 電話料金を滞ってはいないはずだ。

 寒さに耐え、ベットから足を下ろす。
 そのまま部屋を出て居間に向かった。
 母は買い物にでも出たのか、そこには誰もいない。
 再びケータイを開くと、まだ「使用不可」と表示されたままだ。
 朝の一服をしても顔を洗っても、その文字が消えることはなかった。

 今日も愛用のジャンパーを着て表に出ると、大地は反射的に空気の冷たさに身を震わせる。
 呼吸をすれば肺が冷え、冷気のせいで耳が痛むほどに気温が低い。
 真冬とはいえ、例年にない寒さだ。
 ジーンズのポケットに手を入れ、通常以上の重ね着をしておいたことが正解だったと大地は確信をした。

 緩やかな坂道を下り、郵便局を通り過ぎる。
 雲一つない青空が、冷えた空気のせいかやたらと澄んで見えた。
 歩道にも車道にも動く物はなく、静かな昼上がりといったところだ。

 さすがにもう眠気は飛んでいて、意識もしっかりとしている。
 何かを探し出さなくてはならないような気がするが、特に心当たりがないのでそれは錯覚なのだろう。
 少し肩を丸めて、大地は歩調を速めた。

 風の音しか聞こえない、奇妙な静寂が町には満ちている。
 下り坂の先は十字路になっていて、4車線の道路と交差をしているのが見えるが、やはり車が通っていない。
 角にある24時間営業のスーパーマーケットはシャッターを下ろすわけでもなく、ただ電気を消している。
 町全体の気配に、大地はどこか違和感を覚えた。

 そこそこ大きなマンションの前で、大地はふと立ち止まる。
 視線を感じ、何気なく来た道を振り返った。

 小学校低学年ぐらいだろうか。
 少女が大地を見つめ、こちらに歩み寄ろうとしている。
 日本人らしくない白く整った顔立ちで、黒味がかった金髪を2つに結わえており、白いドレスを着ていた。

「今日初めて人と会ったな」と思うと同時に「いつの間に後ろにいたんだろう」と疑問を感じる。

 少女とは既に目が合っているだけに、大地は取り繕うように「こんにちは」と笑顔を見せた。
 瞬間、大地は後ずさり、全身の毛穴が鳥肌に変わるのを感じる。

 少女は声を上げて笑い、大地のことを指差した。
 目だけが全く笑っておらず、それは残虐性を秘めた笑みにしか見えない。

「キャハハハハ!」

 不気味さを感じさせる日本人形やフランス人形が突然動き出したような恐怖――。
 悲鳴を上げてしまいたくなるのを大地はグッと堪える。

 少女は尚もこちらに近づき、あと数歩で「飛びかかられたら触られる距離」だ。
 さらに後方に下がる。
 と同時に、少女はあろうことか大地の目の前で空気に溶け込むように消えてしまった。
 映写機の電源を落としたかのような一瞬の消え去り方だ。

「キャハハハハ!」

 消滅の後に耳元で鳴った笑い声に、大地はついに悲鳴を発する。

 結局、大地は自宅まで引き返してきていた。
 職場のリサイクルショップも他の店舗と同様にシャッターが下っており、店長が来ていなかったからだ。
 電話をかけようにも携帯電話が使用できない状態のままなので、どうにもやりようがない。

 大通りにもやはり車や人影がないし、コンビニまでもが照明を落とし、閉店している。
 暖かい飲み物を買いたくても自動販売機に電源が入っておらず、諦めざるを得なかった。
 自室のテレビはというと、これも全く反応を示さない。
 ブレーカーが落ちているわけでもないのに、電気が止まってしまっているのだ。
 この停電はおそらく広範囲に渡るもので、町人がいなくなってしまったことと連動しているに違いない。
 どうやら自分はその騒動に何かしらの理由で参加できなかったのだろう。
 大地はそのように考えた。

 不意に、頭の中で例の声がする。

「いよいよだ」

 今回の声は発音から察するに、喜びの余り一言だけ漏らしてしまったといった印象だ。
 それ以上のことは何も言ってこなかった。

 大地は先ほど見た消え去る少女について考えることにした。
 彼女の一連の行動が、現状を把握するための鍵になると思ったからだ。

 あの子みたいな感じで他の皆も消えるようにいなくなったのか?
 それにしては人ならぬ気味の悪さをあの女の子は持っていた。
 このクソ寒い中ドレス着てたし。
 彼女は町民ではないと考えたほうがよさそうだ。
 それにしても町の住人や少女が消えた仕組みが解らない。
 まさか煙みたいに蒸発しちまったのか?
 そういえば俺の中にいる「声」も昔、無になりたいと訴えていた。
 とにかく探さねば。
 何を?
 解らない。
 さっきから何かを見つけなきゃいけないと俺は思っている。
 この感覚はなんなんだ?
 ああ、そうか。
 俺以外の誰か人を探すって意味か。
 いや違う。
 俺が探し出したいのはそういうものでは、きっとない。

 考察を重ねていくうちに、大地は自分の中に住まう別人格にも思いを巡らせてゆく。

 あいつ久々に喋ったと思ったら「いよいよだ」しか言わなかったな。
 何が「いよいよ」なんだ?
 もしかして何か知っているのか?
 こちらから語りかけても絶対に応答しないし、困ったもんだ。

 と、そのとき、玄関を叩く音が大地の耳に入った。
 インターホンが鳴らないはずだから、きっとこれはノックなのだろう。
 何者かが大地の家を訪れている。
 大地以外にも町に残っている者がいたというわけだ。

 足早に玄関に向かいながら大地は、ふと例の声からの言葉を思い出す。

「私の影響で、お前は多少の知能を持ったはずだ。それを駆使して生きるがいい。23歳になるまではな」

 嫌なタイミングで思い出しちまったな。
 と大地は自嘲気味に笑む。
 つい先日、大地は23歳の誕生日を迎えたばかりだ。

<万能の銀は1つだけ・1>に続く。

拍手[3回]

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2009
January 21

 続・永遠の抱擁が始まる 1
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/186/

 続・永遠の抱擁が始まる 2
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/187/

 続・永遠の抱擁が始まる 3
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/188/

 続・永遠の抱擁が始まる 4
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/189/

 続・永遠の抱擁が始まる 5
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/190/

 続・永遠の抱擁が始まる 6
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/191/

 続・永遠の抱擁が始まる 7
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/192/

 続・永遠の抱擁が始まる 8
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/193/

 続・永遠の抱擁が始まる 9
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/194/

 続・永遠の抱擁が始まる 10
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/195/

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 空いたメインディッシュのお皿が下げられ、あたしは紅茶のお替りを頼む。
 窓から望める夜景がさらにあたしを優雅な気分にさせた。

「どうだった?」

 すっかりワインが回っているのだろう。
 彼は上機嫌だ。

「怖くない話でよかった」

 と、あたしは下腹部を撫でる。

「でもさ、毎回毎回、よくそんな凝った話、考えるもんだよね」
「僕も語り部になれるかも」
「なれそう」
「真の語り部に必要な条件は、愛する者のために自分で話を作ることなのかも知れないなあ」
「あはは。ありがとう」

 新しい紅茶が運ばれ、あたしはウエイターに礼を言う。
 カップに注ぐと、ゆるやかに湯気が舞った。

 彼はテーブルの上で指を組む。

「今回も、裏設定っていうのかな。あるんだよ」
「へえ。どんな?」
「まずね、僕の中では、5000年前に地震を経験した人はいない」
「へ? なんで?」
「地表が安定していて、プレートが移動していないから」
「難しい話なら結構です」
「手厳しいな。でもまあ、火山の噴火ぐらいはあっただろうから、地震が起こるとしたらそれぐらいかな。だから正確には、少しぐらいなら地震を体験した人、いたかもね」
「あ、もしかして、だから?」
「なにが?」
「地震っていう単語、ルイカさん使わなかったでしょ」
「素晴らしい」

 彼が小さく拍手をする。

「地震っていう言葉が発明されてないから、ルイカさんは屋敷が震えたとか地面が揺れたなんて表現をしたんだ」
「凝り性だなあ」

 彼はそれを褒め言葉と受け取ったようだ。
 当事の電話機は子供が入りそうなぐらい大きいだとか、一部の上流階級の自宅にしか普及されていなかったとか、自分なりに考えた世界観を語っている。

「あたしとしては、ハッピーエンドだったらそれでオッケーだよ」
「君の性格上、そうだろうね」
「ねえ、あたしにプロポーズしたときのこと、覚えてる?」

 すると彼は照れたように頭をかく。

「うん、まあ」
「お返し、してもいい?」
「どういうことだい?」
「今度はね、あたしから問題を出すの」
「へえ、興味深い」

 紅茶を少しすすり、あたしは「では第一問目」と笑む。

「あたしがお酒をやめたのは何故でしょうか?」
「美容と健康のため」
「ブー! 続けて二問目ね。さっきあんたにタバコを吸わせなかったのは、何故でしょう?」
「煙が嫌いになったから?」
「ハズレ。それでは最終問題」
「もう?」
「うん。あたしは今回、ハッピーエンドで終わる3人の話をどうしても聞きたかったの。それは何故でしょうか?」
「知的好奇心の故」
「もー、鈍いなあ」

 彼はさほど問題の答えに気が向いていないようだ。
「なら正解はなんだい?」と涼しげな顔でグラスに口をつけている。

「あんたさあ、いつか酔って『ずっと2人でいたい』みたいなこと、あたしに言ったことあるよね?」
「持ち出さないでくれ。恥ずかしい」
「残念ながら、あたしたちは2人でいられません」
「なんだって? どういうことだい」
「ふふ」

 あたしは心の中で「阿修羅のように」とつぶやく。

「2人じゃないの」
「ん?」
「3人になるの」
「え!? ああ!」

 あたしは再び下腹部に手を添える。

「ハッピーエンドで、本当によかった。もし後味の悪い話だったら、縁起でもないから」
「もしかして、君」
「今の話、将来また聞かせてね」

 お父さん。
 と付け加え、あたしは愛しい我が子を腹の上から撫でる。

 キャンドルの炎が、また小さく揺れた。


 ――fin――



 

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 参照リンク。

 永遠の抱擁が始まる1
 永遠の抱擁が始まる2
 永遠の抱擁が始まる3

 永遠の抱擁が始まる・番外編

拍手[7回]

2009
January 20

 続・永遠の抱擁が始まる 1
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/186/

 続・永遠の抱擁が始まる 2
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/187/

 続・永遠の抱擁が始まる 3
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 続・永遠の抱擁が始まる 4
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 続・永遠の抱擁が始まる 5
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 続・永遠の抱擁が始まる 6
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 続・永遠の抱擁が始まる 7
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 続・永遠の抱擁が始まる 8
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 続・永遠の抱擁が始まる 9
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<阿修羅のように・ラスト>

 天文学者ノアが私財の全てを費やして移動式シェルターの建設を始めてからというもの、巷では天変地異が噂されるようになっている。
 とはいえ信じない者がほとんどで、かの天文学者は気が触れただけという説が定着しつつあるようだ。

 クラークちゃんは言う。

「天変地異が起こるかどうかは別として、いざというときのために避難場所があったほうがいいと思うんです」

 秘密基地の場所は、ここから遠く離れた巨峰の頂辺りにあるという。
 他ではないクラークちゃんが言うのだから、それはきっと妄想の類ではないのだろう。

 しかし、そんな遠くにどうやって、いつの間に秘密基地を作ったのかなどといった疑問に彼は答えてくれなかった。
 アララット山といえば、長期旅行に行く程度の距離がある。
 有事の際、避難するには遠すぎた。

「避難しなくてはいけない場合に、もしなったとしたら、そのときはまた奇跡が起こると思います」

 質問を重ねられたくないらしく、彼はわずかにうつむいている。

「その場所にはあっという間に行けるでしょう。それが僕らに起こせる、最後の奇跡です」

 ふと、窓を開けて空を見上げてみる。
 夜はもう更けていて、天空には適当にばら撒いたかのように星が散らばり、月が異様に大きく佇んでいた。
 天変地異は、本当に起こるのだろうか。

「だーかーらー! 何度も言ってるでしょ、クラちゃん」

 背後から、長女の声が聞こえる。

「運命なんだってば。秘密基地にはどうやっても行けないよ。そこに行けない理由が絶対に起こるんだってば」

 ロウちゃんの言った通りになることを、私は数日後に知る。

 私はさる実業家のパーティーに招かれていて、手短な物語を披露することになっていた。
 子供たちには家で留守番をお願いしてある。

「きゃ」
「ん? なんだ?」

 最初は、屋敷が震えたのだと思った。
 屋敷の振動は数秒で大きくなり、シャンデリアを揺らし、花瓶を倒し、壁の絵画を落とす。
 揺れはそこから一気に加速して、家具や人間を立っていられない状態にした。
 数々の悲鳴の中には、私の声も混ざっていたはずだ。
 壁にひびが走り、天井はパラパラと破片を落とす。
 物が倒れる音、壊れる音、人々の悲鳴が私をさらに恐怖させる。

 建物の一部がこちらに覆いかぶさる瞬間、私は意識を失った。

「もしもし! もしもーし!」

 遠くからの声がして、私はゆっくりと目を開ける。
 ここが瓦礫の中だからか、暗闇だ。
 私は、どれぐらい気を失っていたのだろう。
 さっきの揺れは、この屋敷だけで起こったのだろうか。
 地面そのものが震えたのだとしたら、家にいる子供たちが心配だ。

「っつ!」

 体を動かせようとした途端、体験したことがないほどの激痛に襲われる。
 瓦礫が、私の腰から下を押し潰しているらしい。

「もしもし! 私だ! いつか送ってもらったケータイからかけている!」

 離れたところから、屋敷の主の声が聞こえる。
 どうやら電話で話しているようだ。
 ケータイというのが何かは解らないが、建物が倒壊するほどの中、電話が生きていることはありがたい。
 主が呼ぶであろう救援が早く来ることを、私は祈る。
 私以外にも、大勢の客が私と同じ状況になっているはずだからだ。

「例の天変地異で負傷した! 私と家族を治し、安全な場所まで連れていってくれ!」

 主は確かに、客とは言わなかった。

「何!? ポイントが足りないだと!? どうにかしなさい! 今まで色々願いを叶えてきただろう!」

 彼は一体、誰と話しているのだろうか。

「じゃあ、私1人を避難させることは可能か? 傷の治療もいらない。それなら足りるだろう?」

 続けて主は「足りないはずないじゃないか」と怒鳴った。

「いや確かに天変地異のことは信じていなかったよ。だがな、こちとら魂をくれてやったんだ。少しぐらいのサービスはするべきだろう。いや、待ってくれ。君とはもう10年以上の付き合いじゃないか。最初の願い、覚えているだろう? そう、大型馬車の件だ。あれだって私のせがれが不注意で酒瓶を馬に投げつけたことが原因だったのに、君が上手いこと事実を隠蔽してくれたんじゃないか。あれと同じようにしよう。な? 君が個人的に、上司に内緒で私を助けてくれればいい。そうすれば君には、何? だから! ポイントが足りなくてもどうにかしたまえよ! こっちは足の骨が折れ…、くそが! 切りやがった!」

 私は、話の内容を全て理解したわけではなかった。
 ただ、悲しみが大きくて辛い。
 人は、どうして他人のことを想像しようとしないのだろう。
 何かを綺麗にするには、何かを汚さなければならない。
 だが、何かを汚すために、何かを綺麗にする必要はないのだ。
 自分のために、他人の心を汚してしまう人がいるのは何故だ。
 汚す者に、それが罪であるという実感がないのは何故なのだ。
 目から出た雫が、私の耳にまで伝わる。

「ママ!」
「ママー!」

 聞き慣れた声。
 幻聴の類かと思っているうちに、それははっきりと聞こえてくる。

「ママー! どこですか!?」
「大丈夫、ママー! 助けに来たよ!」

 ロウちゃんとクラークちゃんだ!

「ここよ!」

 大声を出すと下半身がズキンと痛む。
 私はそれでも、精一杯に叫ぶ。

「ここにいるわよ!」
「いた!」
「よかった!」

 2人が駆け寄ってきたらしく、声が近くなる。
 私は腰の痛みに耐え、2人がいると思われる方向に怒鳴りつけた。

「なんで来たのよ! 早く戻りなさい!」

 一言毎に、骨をハンマーで殴られたような衝撃が走る。

「戻って、大人たちを呼ぶの! あたしの他にも、たくさんの人が埋まってる! 助けを呼んだら、もうここには絶対に来ないで!」
「嫌です」

 クラークちゃんだ。

「3人で秘密基地に行くんです」

 秘密基地――。
 避難場所があることを、私は思い出す。
 しかし、私はこの怪我だ。

 どこからなのか、巨大な滝のような低い音が響き渡っている。
 その音は少しずつ大きくなっていて、天変地異の本領発揮を予感させるに充分だった。

「クラークちゃん、聞いて」
「はい」
「ママね? 大怪我してるの。だから秘密基地まで行けないの。ごめんね」
「怪我!?」
「いつか、顔が3つあって、手が6本ある神様の話、したよね? 覚えてる?」
「覚えてます。それより怪我って、どこを、どの程度?」
「クラークちゃん聞いて。ロウちゃんも一緒に。あたし達も、アシュラみたいにね? 3人で1人って思われるぐらい、仲いいよね?」

 私は長らく、片腕だけの生活を送ってきた。

「アシュラだってさ、顔を1つ、腕を2本ぐらい無くしても、生きていけるでしょう? ママはしばらくここから離れられないから、2人で先に秘密基地に行ってなさい」

 沈黙。
 それを破ったのは、クラークちゃんだ。

「ロウ君! 瓦礫の撤去とママの治療、可能か!?」
「可能だよ。再生と違って、修復は安く済むからね。でも、そうするとシェルターまで移動するポイントが残らないよ?」
「構わん! すぐに取りかかってくれ!」
「そう言うと思って、もうやってる。でも、クラちゃん、ごめんね? 僕のポイント、もう使い果たしちゃっててさ」

 不思議なことが起きた。
 下半身に感じていた重みや痛みが薄らぎ、消えてゆく。
 頭上を覆っていた瓦礫は小石を落とすことなく、ふわりと浮いて、どいていった。
 奇跡の力を、この子たちは使ってしまったのだ。

「なんてことするの! あなたたちが避難できなくなったでしょう!」
「避難だったら、走ってすればいい。行きましょう!」

 クラークちゃんが私の手を取り、立ち上がらせる。

 屋敷の主は、足を引きずって逃げたのだろう。
 既に姿を消していた。

 生き残っているかも知れない皆に聞こえるよう、私は声を張り上げる。

「人を呼んできます!」

 外に出てみると、私は耳鳴りを感じ、同時にさっきの発言をしたことに後悔をした。
 人を呼ぶどころではなかったからだ。

 町のいたるところから火の手が伸び、ほとんどの建物が崩れ去っている。
 慌てて逃げようとして転んだ1人が集団を巻き込んだのだろう。
 大勢の人が道端で倒れ、動かない。
 胃液が逆流しそうになって、私は手で口を覆った。

「こっちに行こう」

 ロウちゃんが森を示す。
 クラークちゃんに手を引かれ、私はよろよろと歩を進める。

 夜空は不気味な赤さを纏い、暗かった。
 見たこともない大きな灰色の天体があって、実はそれこそが月なのだと気づく。
 ごごごごごと、どこから発生しているのか解らない轟音を、さっきよりも近くに感じる。

 森の中。
 ちょっとした広場のような場所に出て、私は子供たちを抱きしめていた。

「ママはもう大丈夫。もう怖くないからね」
「うん」
「ねえ、ちょっと休憩しようよ」

 ロウちゃんの言葉に甘え、私は地面に腰を下ろし、息を整える。
 先ほど見た光景は私に恐れを抱かせ、今耳に届いている轟音は私に不安を与えてくる。
 抱きしめた2人は、そんな臆病な私を安堵させている。

「そろそろだね」

 ロウちゃんが木々の向こうに目を向けた。
 地平線から伸びた壁のような物が、うっすらと窺える。
 背筋が凍った。
 あれは巨大な波で、こちらに向かってきているのではないか――。

「やはりこうなってしまったか」

 クラークちゃんも、何かを覚悟したようだ。
 逃げ道などどこにもないことを、この子たちは最初から知っていたのだろうか。

 頭上では、鳥が津波と反対方向に逃げていく。
 それを見送ると、ロウちゃんは弟に視線を移した。

「夢の録画、完了だね。クラちゃん、お願いができたよ。いつかの約束」
「もう私にポイントは残っていないんじゃないのか?」

 謎のやり取りだったが、私はそれを黙って見守る。

「ううん。ほんのちょっぴりだけ残ってるよ。僕の願い、叶えてもらっていい?」
「好きにしていい。それと何度も言うが、女の子なんだから、僕はよせ」
「うっさいハゲ」

 正真正銘、これが最後の奇跡なのだろう。
 目覚しい速度で、花が咲いてゆく。
 私たち親子の周りに、次々と黄色い花が咲き乱れていった。
 不気味な天候とは裏腹に、この広場だけは楽園のようだ。
 辺り一面に、今まで嗅いだことのない良い香りが立ち込めた。

「レミの花だよ」

 ロウちゃんが微笑む。

「ママの言ってた通り、安心して眠くなっちゃう香りだね」

 私は身を横たえながら、愛しい我が子を抱き寄せる。

「2人にね、聞かせたいお話があるの。聞いていて、眠くなったら、眠りなさい」
「どんなお話?」
「ある仲良し親子のお話よ。最後はね? みんな天使になって、ずっと幸せに暮らすの」

 するとクラークちゃんは浮かない顔をした。

「僕は、生まれ変わっても、みんなと一緒になれない」

 どういうこと?
 と私が訊くよりも先に、ロウちゃんが声色を少し高くする。

「クラーク様、悪魔にとっての不正行為でございます」
「なに?」

 また私には解らない内容なのだろう。
 クラークちゃんが驚きの声を上げた。

「どういうことだ?」
「わたくしが悪魔をクビになる際、何をしたと思われますか?」
「自分のポイントを持ち出したんじゃないのか?」
「それはついででございます」
「じゃあ、一体何を…」
「ポイントを付与した状態のまま、クラーク様との契約を破棄させていただきました」
「なんだと? ということは」
「クラーク様の来世は虫などではございません。あの頃、わたくしは親子3名の死後についても調べさせていただきました」
「ああ」
「その結果、なんと3名とも天使に生まれ変わることが判明致しました」
「なんだって!? 3人とも!? 私もか!」
「はい、さようでございます。でなければ、わたくし、人間になるだなんて冒険は致しません」
「つまり君には最初から保障があったってわけか! この悪魔めが!」
「とんでもございません。死後、お目にかかれば解ります。わたくし、将来は天使でございます。ママも、クラちゃんもね」

 次にロウちゃんは、寝ぼけ眼を私に向ける。

「ごめんね、ママ。話題に置き去りにしちゃった。改めて、お話聞かせてよ。とびっきりハッピーなやつね」

 にっこりと、私は頷いた。

 初めて出逢った日は創作に失敗して、この子たちにはつまらない思いをさせたままだ。
 それでは語り部としての誇りが許さない。
 最高の客からのリクエストに、今度こそ応えよう。

 私が最後に語る物語。
 それは自分なりに楽しんで考え出した、自作のおとぎ話だ。

「ある町に、3人の親子がいました。お母さんと、天使みたいに可愛い女の子と、お父さんみたいにしっかりした男の子」

 ――阿修羅のように・了――

 フィナーレに続く。
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/196/

拍手[5回]

2009
January 16

 続・永遠の抱擁が始まる 1
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/186/

 続・永遠の抱擁が始まる 2
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/187/

 続・永遠の抱擁が始まる 3
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/188/

 続・永遠の抱擁が始まる 4
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/189/

 続・永遠の抱擁が始まる 5
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/190/

 続・永遠の抱擁が始まる 6
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/191/

 続・永遠の抱擁が始まる 7
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/192/

 続・永遠の抱擁が始まる 8
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/193/

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<エンジェルコール・ラスト>

 ぶっちゃけ僕は、裁判官のおじちゃんよりも、地球上の誰よりも長く生きている。
 僕は霊的な存在で、肉体なんて無いわけだから、そもそも寿命なんてものがないんだ。
 人間が思う「生きる死ぬ」とはまた違った概念になるんだろうけど、とにかく僕はかなり長いこと生きてきた。
 その超長い人生の中で、ここまでびっくりしたのはさすがに初めてだ。

「ありえないよう!」

 モニターに向かって思わず泣き叫びそうになっちゃった。

 画面には、とんでもない事実が映し出されている。
 おじちゃんから頼まれた調べ物をすればするほど、今度は僕個人の疑問が湧いちゃって、それで必要以上に調査しまくっちゃった。

 16年後に起こる地球規模の大破壊。
 色んな惑星の軌道がおかしくなって、それは地球にも凄いダメージを与えることになる。
 月が落ちかけるもんだから地軸がずれて、北も南も変な方向にいっちゃうし、環境だってしっちゃかめっちゃかだ。
 全土を襲う大地震、大洪水のレベルだって半端ない。
 でも、そりゃそうだ。
 地球の自然が起こす通常の天災なんかじゃなく、これは地球そのものが被害を受ける災害なんだもん。
 星を水槽に例えれば、そこに悪ガキが5人ぐらい突っ込んでくるっていえばいいのかな。
 要するにとにかく凄い。

 運命調査班は、こんな報告を残してる。

「たった1日で大陸がバラバラですよ。遥か上空から見れば、スローモーションで割れるお皿みたいになっていたでしょうね。目に見えるスピードで陸地が移動していました。といってもその頃は大洪水が地表の全てを覆っている最中ですんで、動く大陸を目撃できる人間なんていないでしょうね」

 散らばった大陸は少しずつ、長い年月をかけて速度を落とし続けて、それでいつか今以上に文明が発達する日が来るんだって。
 でも、大破壊を乗り越える人が少なすぎてちゃんとした記録が残ってないから、誰もが「プレート移動は年間数センチだから逆算すると大陸が1つだったのは何億年も昔」って信じちゃってるんだってさ。

 運命調査班のお兄さんは、さらにこう続けてた。

「大陸が少しでも動く時点で、それは過去に地表が割れたことがあるっていう証なんですがね。ちょっと見てきたんですが、人類は時に議論していましたよ。ムー大陸がどうのこうのって。元々自分らが住んでいた土地を幻の大陸呼ばわりしていました。まあ、破壊の規模が大きすぎて伝承や状況証拠しか残っていないわけだから、そうなるのも仕方ないんですけどね」

 これから起こる大災害はつまり、人間にとって間違いなく人生に刻まれるぐらいの一大事に違いないよ。
 でも僕にとっては、今このモニターに映し出されている現実のほうがよっぽど衝撃だ。
 日付は16年後で、画像には死を覚悟して抱き合う3人の親子がクローズアップされている。

 何度か見たはずなのに、今まで気づかなかった。
 どういうことなんだ、これは。
 どうしてこうなっているんだ。

 過去を変えられないように、未来も変わることはない。
 僕が未来の、この情報を見てしまうこともきっと運命に組み込まれたことなんだろう。
 つまり、僕がこれに気づいてしまったからこそ、この親子は抱き合って死ぬってことだ。

 でも、運命だからってそれは解せない。
 どうすればいいんだ僕は。

「虫としての人生も、やってみれば案外悪くないかも知れん」

 またしても、おじちゃんのあの言葉が脳裏に浮かぶ。
 不思議と気が軽くなる自分がいた。

 肩の力を抜いて、僕はゆっくりと背もたれに身を委ねる。

「あ」

 リラックスしたからだろうか。
 あることに思い当たった。
 もしかして、僕は自分の意思に従っちゃって正解なんじゃ?

 ガバッと身を起こし、腕まくりをする。
 いつも以上に素早くリズミカルに、指先がキーボードを叩いていった。
 調べたいのは、3人の死後だ。

 おじちゃんに電話を入れたのは、僕が悩みに悩んでスッキリした翌日になってのことだった。

「もしもし、ロウでございます」
「ああ、待っていた。調査結果は出たかね?」

 メモ帳には「ドS口調がこいつの望み」って書いておいたし、両隣の仕事仲間が通話状態に入ったことも確認済み。
 準備オッケーだ。

「ええ、調査結果は全て上がっております」
「ありがとう。ポイントを消費して構わんから、聞かせてくれないか?」
「かしこまりました。それでは3名の人生がどれだけ充実していたか、報告させていただきますね」

 僕はモニターを読み上げる。

「例の親子は3名とも、幸福を感じながら絶命しております。死因は土砂による窒息死なのですが、不思議なことに肉体的苦痛さえ一切感じておりません」
「何? 苦しんでない? 痛みも感じていないのか? 土砂に埋もれるのに」
「はい。これはわたくしにとっても謎なのですが、3人とも安らかでございました。わたくしの見解では、死を前にした緊張感が脳内麻薬を分泌したと見ております」
「まあ、そういうこともあるだろうな」

 3人が苦しんでいない理由は正直、僕にも解らなかった。
 普段だったら気を利かせて調べるところなんだけど、昨日は自分のことで夢中になっちゃってた。
 ごめんね、おじちゃん。
 と、内心謝る。

「続きまして、ルイカ様のご子息と思われるお子様ですが、この2名はルイカ様の実の子ではございません」
「なに、そうなのか?」
「ええ。ルイカ様は独身のまま、孤児を引き取ったようでございます」
「そうか。相変わらず優しい子だな」
「同感でございます。しかもですね、幸福度を調べましたところ、孤児2名よりも若干、ルイカ様のほうが強く幸せを感じて日々を送っていたようなんですね」
「ほほう」
「もちろん子供たちの幸福度も充分に高いのですが、ルイカ様にはそれがさらに喜びに繋がっているようなんですね。ルイカ様お1人では、こうはならないでしょう」
「そうか。なら、よかった」
「ところでお客様」

 僕の口調が穏やかだったのは、きっと本当に口元がにんまりしていたからだろう。

「その他の報告の前に、私から進言したいことがございます」
「ほう、珍しいな。どんなことだ?」
「先日、わたくしが若返りについての説明をさせていただいた日の会話を覚えていらっしゃいますでしょうか?」
「ああ、もちろんだ。つい先日のことだからな。もしかして、叶えてほしい願い事ができたのかね?」
「ああいえ、それとはまた別でございます。その件は必ずお願い致しますので、もう少々お待ちいただければと思います」
「そうなのか。じゃあなんだ」
「はい、単刀直入に申し上げます」

 とここで、少し間を置く。
 真の取り引きを持ちかけるとき以上の緊張感と、微笑ましい気分が混ざったようなむずがゆい心境だ。
 僕は、聞き返されないようにゆっくりと、はっきりと喋った。

「お客様は、若返るべきだと、わたくしは考えます」
「ふむ。まあ、それは今まだ興味が――」
「わたくしは、天使に戻る決意を致しました」
「何! 本当か!」
「ええ、おかげさまで。お客様とお話させていただいた際、自分にとっての幸福とは何かを考えさせていただきました。ですのでこの決断は、お客様あってのことでございます。誠に感謝しております」
「そんなことはいい! そうか、戻ることにしたのか! よかったな、それは!」
「お客様も、もうそろそろ自分のことを考えてもよろしいのではありませんか?」

 僕が急に冷たい口調になったから、その温度差にびっくりしたんだろう。
 おじちゃんは絶句している。

「お客様、失礼を承知で、わたくし、今から素の口調でお話させていただきます」
「え? あ、ああ。それは構わんが」
「では、失礼致します」

 僕は小さくうなずき、コホンと咳払いをする。

「おじちゃんさあ」
「え? おじちゃん?」
「そう。おじちゃん。あんたいっつもいっつも自分のことは置いといて、人のことばっかりじゃん」

 コールセンターには相応しくない荒い声に驚いたのだろう。
 両隣の同僚が見開いた目を僕に向ける。
 用意してあったメモに手を伸ばしながら、僕は続けた。

「他人優先するそんな生き方してさ、あんたは、あんたを見守る人を心配にさせるって思ったことないの? そんなに人の幸せ願うなら、まずオメーが幸せになれよ。僕に心配かけんじゃねえよ」

 メモ用紙を見せながら、僕は仲間たちにウインクをする。
「ドS口調がこいつの望み」の文字を見て、同僚らは勝手に納得をしながら、それぞれのモニターに意識を戻していく。

「いつも見てる奴だっているんだよ! そいつに心配かけてんじゃねえよ!」

 言い切ってから、ふうと息を吐く。
 お客様から、怒られてしまうだろうか。
 でも、構うもんか。
 僕を怒ってみろ。
 僕はもっと怒ってやるぞ。

「なあ、ロウ君」
「はい、すみませんでした。言い過ぎました」
「いや、いい。ありがとう。だが君に3つ言いたいことがある」
「はい、なんでございましょう?」
「1つは、私は今のところ、若返りに興味がないんだよ」
「存じております」
「2つ目。そこまで怒ってくれるなら、そろそろ私を名前で呼んでくれてもいいんじゃないのかね? お客様やおじちゃんではなく、本名でな」
「はい、かしこまりました」
「3つ目。君ね、素の口調とはいえ、さっきの言い方はなんだ。女の子なんだから、もう少しそれなりの喋り方をしなさい。なんだね『僕』って」
「まあ、癖のようなものでございます」

 しかしお客様、と口が滑りかけ、僕は慌てて言い直す。

「しかしクラーク様、わたくしが進言した若返りには他の理由がございます」
「他の理由?」
「はい。クラーク様の大好きな、他人のためでございます」
「フフ。鼻につく言い方をするようになったじゃないか」
「ええ、先ほど言いたいことを言ってしまったので、吹っ切れたようです」
「さっきのは気持ちがよさそうだったからな。私も今度誰かにやってみよう」

 あはは。
 と、僕は久しぶりに声に出して笑った。

「クラーク様、先ほどわたくしが申し上げた報告内容が重要でございます」
「ほう」
「報告の中に『ルイカ様は子供がいたからこそ幸せだった』といったニュアンスがございましたよね?」
「ああ、あったな」
「クラーク様も以前、幼いルイカ様を引き取ろうとなさいました」
「うむ。それぐらい感謝しているからな」
「つまり、一緒に暮らしても構わないわけですよね?」
「ん? 何が言いたい?」
「16年後、3名の親子は死に至ります。全員の魂を調べましたところ、最年少と思われる少年は、クラーク様でございました」
「え? なんだって? 私? どういうことだ?」
「クラーク様、最も安いポイント消費量でご案内させていただきます。今の体を捨て、孤児としてルイカ様のところに行きましょう」
「ちょっと待ってくれ。なんの話か解らない」
「わたくしもご一緒させていただきます」
「なんだって!?」
「悪魔のルールを破り、悪魔をクビになるだけです」

 悪魔にとっての不正行為。
 それは俗にいう「良い行い」だから問題ない。
 人間にされちゃうけど「虫としての人生も、やってみれば案外悪くないかも知れん」の精神だ。

「クラーク様、我々は兄弟ということに致しましょう。わたくし、見た目は人間と変わりありませんし、年齢にしてだいたい6歳ぐらいの容姿でございます。クラーク様に合う新しい肉体も必ず入手致しますし、その体を使用することで他者に迷惑がかかることもないように致しますので、どうぞご安心ください」
「おいおい、私に考える余地はないのかね?」
「ございません。運命です。それより聞いてください。わたくし、いや、もう僕でいいや」
「僕はやめろと言ったろうに」
「うっさいハゲ。僕悪魔だからさあ、霊子体から肉体に変換するのにだいたい10年から15年ぐらいかかるのね? だからクラちゃん、それまでに身辺整理してさ、どっかで仮死状態になっててよ」
「軽く言わないでくれ! 今までのように丁寧に説明してくれないと、私は今頭が混乱している!」
「いいからいいから。全部僕に任せて」

 人間の子供になったら、まずはルイカさんを故郷にでも呼び出して、腕を生やしてあげよう。
 肉体の再生にはとんでもないエネルギーが必要だけれども、本人のイメージの力が強ければ実は意外と少ないポイントでも可能なんだ。
 クラちゃんの残りのポイントで、たぶんどうにかなるだろう。
 腕が生えるイメージなんてどうやって想像させたらいいのかわかんないけど、クラちゃんと僕ならきっといい作戦が浮かぶはず。

「それにしても、あの親子のさ? 大きいほうの子が僕だったって知ったときは、ホント焦ったよ。僕は人間になりたくない派だったのに、意味わかんない」
「今意味が解っていないのは私だ」
「取り合えず、詳しくはまた電話するね。それがラストコールになるからー」
「待て! 待ってくれ!」
「うるさいなあ。僕、これから色々と忙しいんだよ。もう切るよ」
「ちょ、待て、この、悪魔めが!」
「とんでもございません、クラーク様」

 回線を切断するまえに、僕はそれこそ天使のようににっこり微笑む。

「わたくしの将来は天使でございます」



 ――エンジェルコール・了――

 阿修羅のように・ラストに続く。
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拍手[4回]

2009
January 15

 続・永遠の抱擁が始まる 1
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 続・永遠の抱擁が始まる 7
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<阿修羅のように4>

 郵便ポストには今日もたくさんの手紙が届いている。

「笑いあり、涙ありの青春ストーリーを聞かせてほしいです」
「神話を研究しているのですが、人類の始祖と地球最後の1人が同一人物であるといった話をご存知ありませんか?」
「ルイカさんの話を聞くと必ず良いことが起こると聞きました。簡単な物語でも良いので、是非話してほしいです」

 一時とは大違いだ。
 私は魔女なんかではなく、天の使いということになっているらしい。
 おかげで休む間もないほど、充実した日々を送らせてもらっている。

「そろそろ行くよ。2人とも、準備はいい?」
「はい」
「しゅっぱーつ!」

 今日はイベントで、世界のどこかに咲くという「レミの花」の物語を語ることになっている。

 このような生活に戻れたのは、ここにいるまだ6歳の少女が何かをしたからだ。
 あのとき彼女は、私には意味の解らないことを言っていた。

「実はね? 自分用のポイントも、たくさん持って来てたの」

 それが何なのか全く解らないが、クラーク君はとにかく驚いていた。

「どうやって!? いや、そうか。なるほど」

 勝手に納得をし、クラーク君は姉の手を引き、どこかに連れ出す。

 それから数日も経たないうちに「ルイカの右手は神の奇跡によってもたらされた」という噂が広がっていった。
 ほぼ同時に、私は縁起物のように持てはやされるようになる。
 2人の子供は、天から舞い降りた幸運をもたらす精霊なのかも知れない。
 そのような噂まで広がっていった。

「あなたたち、もしかして何かしたの?」

 訊ねると、少女はクスリと笑う。

「簡単だよ。噂を振りまく何人かの発想、ベクトルを逆方向に変えてみたの」

 答えになっているのかいないのか、私には判断できないセリフだ。
 それでも、とにかく3人とも助かったのは事実だし、喜ぶべきことであろう。

「ありがとうね、2人とも」

 しゃがんで、私は兄弟の頭をくしゃくしゃと撫でると、そのまま2人を抱きしめる。
 2人は、照れたようにうつむいていた。

 今は2人とも、私のことをママと呼ぶようになってくれている。
 私も少しぐらいは、あの偉大なマザーに近づけたのだろうか。

「ねえねえママ、レミの花って何ー?」

 街行く中、私は長女からの問いに答える。

「不思議な花でね? その花の香りを嗅いだ人は、凄く安心して気持ちよくなって、ついつい眠ってしまうの」
「ふーん。中毒性はないの?」
「どこで覚えたのよ、そんな言葉」

 悪い噂が良い評判に変わってから、さらに1年が経過していた。
 長女の起こす奇跡は、あれからも度々発生している。

 仕事のし過ぎで声が全く出せなくなってしまったとき、長女は「任せて!」と胸を叩いて姿をくらませ、再び戻ってくる頃になると私の喉は治っていた。
 近所の屋敷が火事になり、使用人や主が中に取り残されたときも、彼女は「大丈夫!」とどこかに行ってしまう。
 するとすぐに豪雨が降って建物は鎮火し、彼女は誇らしげな表情で戻ってきたりもした。

 もちろん、クラークちゃんも頼もしい存在だ。
 彼の助言に何度助けられたことか。
 どこで学んだのか、彼は文字の読み書きに非常に長けていて、自分の蓄えとやらで新聞を取っている。
 そこで得た社会情勢などを踏まえ、「皮膚が変色し、目が見えなくなり、やがて死に至る病気が流行りそうだから、近いうちに予防接種をするべきだ」とか「あの地方は最近物騒だから今回の仕事は延期を頼んだほうが良い」などといったトラブルを未然に防ぐための進言をしてくれるし、お客さんが料金を踏み倒そうとしたときも「仕事の依頼は契約であるといった点を相手に注目させてみてください」と的確なアドバイスをくれる。
 幼児であるはずなのに、彼の言うことはまるで父のようだ。

 大通りを進み、馬車の停留場にたどり着く。
 時刻表を見ると、次の馬車が来るまで少し待つようだ。
 私たちは備え付けのベンチに腰を下ろす。

 初めて2人と出逢った日と同じく、わずかに肌寒さを感じさせるそよ風が吹いた。
 懐中時計を見るまでもなく、もうすぐ夕方である。

 クラークちゃんは、石造りの街並みを眺めたまま、何気ない様子で口を開く。

「ママ、聞いてもいいですか?」
「なあに?」
「ママは何故、僕らのこと、何も訊いてこないんですか?」
「訊きたいと思ったら訊くわよ」
「でも、僕らはその、明らかに、子供としては不自然じゃないですか」

 また風が吹く。
 次の馬車に乗る予定があるのは、どうやら私たち3人だけらしい。
 他に人影はない。

「どうして僕らの正体に疑問を持たないんですか?」
「正体も何もないでしょう」

 私はクラークちゃんの頭に、そっと手を添える。

「どこの世界に自分の子の正体を気にする親がいるのよ」

 息子たちは黙って、私の顔を見上げる。
 今度は私が遠くに視線を逃がし、「いつか詳しく話すけど」と前置きを入れた。
 数ある物語から1つを思い出し、私はそれを口にする。

「今よりも大昔、凄く遠い場所ではね? 3つの顔と、6本の手を持つ神様がいたとされているの」

 神の名はアシュラ。
 アシュラは異なった表情を3つ持ち、その6本の手で人々を助けたとされている。

「その神様の物語はいつか詳しく話すけど、あたしはね? こう思うの」

 数ある神話の中にはある程度、実話がベースになっているものが含まれているのではないだろうか。
 全くの空想から紡ぎ出されたのではなく、何かしらのドラマがあって、それが元になって作られた話があるのではないか。

「そう考えるとね? アシュラだって本当にいたのかも知れない。でも実際は、顔が3つもあって手が6本も生えてるような生き物はいないでしょう?」

 本来なら子供には難易度の高い話題かも知れないが、この2人だったら難なく理解に及ぶだろう。

「これはあたしの想像なんだけど、神話の時代、ある3人組の英雄がいたんじゃないかしら」

 その3人の英雄が大きく活躍をして、後世に名を残したのではないだろうか。
 実話には尾ひれが付き、それを聞いた者がさらに想像力を羽ばたかせるといった連鎖が長く続いたのではないだろうか。
 そこまで語り継がれるほどに3人のチームワークは良く、大仕事をこなしてしまったのではないだろうか。

「だからその3人はきっと、とっても仲が良かったんでしょうね。だって、3人なのに1人の神様ってことになるぐらいだもの」

 ふと、蹄の音が耳に入る。
 馬車がやって来たのだ。

「来た来た。じゃあ2人とも、乗るわよ。忘れ物、ない?」

 この話の続きはしなくとも、私が何を言いたいのか、もう子供たちには伝わっていることだろう。

 私は、自分の肉体を見てそれが何者かと疑うことがない。
 同じように、私は自分の子供を見て、それが何者であるのかと気にすることはない。

 実際口にするのは照れがあったので、私は心の中で、馬車によじ登ろうとしている2人に告げる。
 あたしたちは、3人で1人なのよ。

 出産の痛みも、育児のストレスも感じたことがない私が少しでも本当の母親に近づくには、他に何が必要なんだろう。
 走り出した馬車に揺られながらそのような考え事をしていると、不意にクラークちゃんが口を開く。
 彼らしくもない子供らしい発言に、私は小さく驚いた。

「ママ。実はある場所に、秘密基地を作っておいたんだ」

 エンジェルコール・ラストに続く。
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プロフィール
HN:
めさ
年齢:
48
性別:
男性
誕生日:
1976/01/11
職業:
悪魔
趣味:
アウトドア、料理、格闘技、文章作成、旅行。
自己紹介:
 画像は、自室の天井に設置されたコタツだ。
 友人よ。
 なんで人の留守中に忍び込んで、コタツの熱くなる部分だけを天井に設置して帰るの?

 俺様は悪魔だ。
 ニコニコ動画などに色んな動画を上げてるぜ。

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 本当にごめんなさい。
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