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夢見町の史

Let’s どんまい!

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April 29
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2008
March 02

「天使の殺し方を知っていますか?」

 唐突な質問にあなたは、「いえ、知りません。そもそも殺せるのですか?」とわずかにたじろく。

 廃墟となった石の教会は、1枚の壁だけを残してほとんどが朽ちていて、天使と悪魔の戦争をモチーフにした絵画がかろうじて残り、今は日の光に照らされている。

「天使と悪魔は、同じ生き物なのです」

 案内人は眩しそうに目を細め、巨大な壁画を見上げた。

「同じ生き物ですって? これが?」

 あなたも同じく、目線を上げる。
 空と、2つの太陽と、色あせた絵とを同時に眺めて、あなたはどこか懐かしさに似た感覚を覚える。

 白い翼を持った天使は、どちらかというと人間に近いデザインに見えた。
 悪魔はというと、まるで魔物のようで、黒い肌から角やコウモリと同じような羽を生やさせ、残忍そうな笑みを浮かべている。

「どこが同じ生き物なのです?」

 あなたが訊ねると、案内人は静かに目を伏せた。

「この絵は、思い込んだ人間によって描かれたものです。想像の絵なのです」
「あなたは、本当の天使と悪魔を見たことがあるのですか?」

 しかし案内人は、あなたの質問に答えない。

「影を刺すのです。天使も悪魔も、体を攻めても死なせることはできません。影こそが彼らの本体だからです」
「影、が?」

 その時に、親友の明るい声が背後からした。

「みみみ、見て、見て! こんなに、たくたく、たくさん」

 相変わらずの、どもった口調に振り返ると、ホコリにまみれたあなたの友は満面の笑みで、両手には数々のガラクタを抱えている。

「そんな物、どこかに捨ててこい!」
「ででで、でも、でも! けけ、剣も、剣もある!」
「本当か?」

 しかしそれは剣と呼ぶにはあまりに小さく、そしてくたびれている。
 あなたは「ないよりはマシか」と言って短剣を受け取り、親友は「ぼぼぼ、僕は、ささ、さ、刺さないでね」と、にんまりと笑った。
 絵の中にいる悪魔とは対照的な笑顔に、あなたも「にー!」と彼に歯を見せる。

「さあ」

 案内人は、いつの間にかあなた達の背後にいた。

「旅を続けましょう。砂時計の塔は、もうすぐそこです」

 あなたはうなずくと、雑然と散らばった瓦礫を避けて歩き、荒野へと歩を戻す。
 砂漠を振り返ると、数日前に歩いていた草原や森、砂に刻まれた自分達の足跡、様々な景色が1度に見えた。
 遠くの物も、近くの物も。

 空の高さは無限に思えて、どんな鳥も雲も、太陽でさえもその高みには永久に到達できそうにない。
 そのことを、あなたは最近になって初めて知った。

 今日の風は、強い。
 しかしそれが乾いた風なのか、湿気た風なのか、あなたはまだ判断できないでいる。
 風に吹かれることに、まだ慣れていないからだ。

 そもそもあなたは、それまで空を見たことがなかった。
 あなただけではない。
 両親も友人も、学校の先生も、あなたの街の住民は余すことなく、空を知らずに一生を終える予定だった。
 あなたの街には、空がないからだ。

 全てではないにしろ、人類が滅んだのは3000年前だったと、あなたは記憶している。
 歴史によれば、太古の人々は多くいて、偉大な知恵を持っていたという。
 丸い大地の反対側にいる者にも意思を疎通させ、天を刺すかのような巨大な塔を次々と建てて、月の地面にさえも足を踏み入れていた。

 滅びの理由は様々だったのか1つだったのかは、誰もが憶測を口にしていて、あなたにはよく解らない。
 ただ理解できるのは、自分達の暮らす街が、先住民によって作られた地下の都市であるということだけだ。

 あなたの家も、学校も、それぞれの商店も、迷宮の中にある。
 そこには旧人類の英知が未だに生きていて、光の射す頃と、闇の頃があった。
 昼と夜。
 あなた達はそう呼んでいる。

「なあ、ラト。太陽を見たいと思わないか?」

 あなたが親友の名を口にした場所は、お気に入りの「木の部屋」だ。
 殺風景な白い壁に囲まれたその部屋には、レイヤの木が1本だけ立っていて、あなたは自分の家の次に、その部屋が好きだった。

「んん、んー?」

 ラトは大好物のマナをほお張りながら、あなたに澄んだ瞳を向ける。

「んななな、なあに?」
「太陽だよ、ラト。太陽。見てみたいと思わないか?」

 そう言いつつ、あなたはラトに顔を向けてはいなかった。
 ある工作に熱中しているからだ。
 あぐらをかいて、足の上に置いた電球に装飾を施している。

「ぼぼ、僕は、ん僕はね」

 やっと食べ物を飲み込んだ友が言う。

「よよよ、夜。夜がみみみ、見たい。夜」

 外は3000年前からずっと死の世界のままで、その光景は想像に頼るより他はなく、もし仮に人が外気に触れれば、たちまち焼きただれて死に至ると強く教え込まれた。
 砂しかない外の世界はだから、絵でしか見たことがなかった。

「夜、か」

 ラトの斬新とも取れる発言に、あなたは「こいつらしい」とある種の感心をする。
 空が見たいという発想ではなく、夜。

「だだ、だってさ、だってさ、夜は、ほほほ、星が見れるから、ほほ、星」
「星? 天空にいくつも浮いているっていう、あの星のことか?」
「そそ、そう! そう! そーう!」
「途方もない遠くで浮いているんだぞ? そんな物が見られるものか」
「み、見れるもん! みみみ、見れる! ほほ、本! 本に! 本にかか、書いてあった。本」
「本当か? もし見られるとしたら、それは明るくないと見られないんじゃないのか? なんで暗い夜だと、星が見られるんだ?」
「そそ、それは、しし、知らない」
「馬鹿だな、お前は。それは本のほうが間違えているんだ。先入観、ってやつだよラト」

 いつしかあなたの工作の手は止まっている。
 再び作業に戻ろうと手元を見ると、部屋が少しずつ薄暗くなってゆくことに気がついた。

「ああ、そろそろ夜か。ラト、お前が好きな夜だよ」
「よよ、夜ー!」

 偽物の夜にさえ喜ぶ親友が好ましく、あなたはラトに「にー!」と笑む。
 ラトも、あなたと同じように顔をしわくちゃにして、「にー!」と大きな声を出した。

「さて、ラト。夜は、光がないから夜なんだ」

 あなたが作った物は、大きな花のような形をしている。
 人目を忍び、街外れの天井から電球を1つ拝借して作った。
 自分の身長ほどもある木の棒にそれを取り付け、地面から伸びた黒い糸と繋がるようにしてある。

 もう少し装飾を懲りたかったのだが、「まあいいか」とあなたは思う。

「今を、昼にしてやるよ」

 あなたは得意げに言って、むき出しになっている電球と糸とを繋げた。

 あなたさえも予想していなかった強烈な光が、部屋中を照らし出す。

「おうおうわー!」

 ラトが両手で目を押さえ、転げまわっている。

「どうだいラト。太陽を作ってみたんだ。みんなには内緒だぞ」
「まぶまぶ! 眩し! まま、眩しい! でででも、すす、凄い!」

 その光は強すぎて、あなたも目を細めている。
 ラトは少しだけ、指の間から目を覗かせた。

「でで、でもでも、ぼぼ、僕は、よよよ、夜が見たい! 夜も作って」
「それは無理だよ、ラト」
「あああ」

 突然、ラトが叫び声を発した。
 あなたはすかさず、何事か、と思う。

 ラトはもう、あなたのことも、小さな太陽のことも、見てはいなかった。
 友は下から照らされたレイヤの木を興味津々に注目していて、どうやら夜を作れという自分の依頼さえも忘れ去ってしまったようだ。

「ああ、あれ! あれあれ! みみ、あれ見て! みみ」

 レイヤの木を見上げると、あなたはそこに赤い木の実があることを知る。
 ラトは、それを見つけて興奮しているのだ。
 苦労して作った太陽よりも、たまたま実っていた実に興味を持っていかれて、あなたはわずかに機嫌を損ねた。

「ねね、ねえ! ねえ! ああ、あれを、あれを、とと、と、取って! あれ!」

 駄目だ。
 そう言うために、あなたは口を開こうとする。

 すると突然、あなたの目は見えなくなった。
 光が消えただけなのだが、あまりにも急だったために、そして闇が完全すぎたために、あなたは自分の目が見えなくなったのだと錯覚を起こしたのだ。
 地面が無くなり、重力から開放されたような浮遊感も同時にあった。

 覚えているのはそれまでで、あなたは意識を失った。

 目が覚めると、最初に風を感じ、次に青い空間が見えた。
 あなたがそれを空だと理解するには、少しばかりの時間が必要だった。



 最後のアダム2に続く。

拍手[28回]

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2008
February 11

 彼女はプロダクションに所属し、歌で生計を立てているのだそうだ。
 歌手というより、シンガーソングライターに近いんだろうな。
 そんな印象を、俺は持った。

「たいしたもんだね。凄いよ。歌で喰っていきたいって思ってる人、大勢いるだろうに。ホント凄いよ」
「そうでもないですよ」

 憂うような表情を、彼女は浮かべていた。

「本当に唄いたい歌も唄えないし、書きたい詩も書けないんです」

 聞けば「こんな感じの詩にしてくれ」とか「こういう曲を唄ってくれ」とか、事務所からの注文が細かくて、彼女は自分の表現をさせてもらえないのだそうだ。
 そんなんでは、せっかく叶った夢が台無しだ。

「作りたい曲、あるのに」

 彼女はそれで、うつむいた。

 俺は俺で、この頃はスランプを感じている。
 いつか創作した「砂時計」は1日で、「永遠の抱擁が始まる」は3週間で作り上げた。
 にもかかわらず、最近は頭の中に物語が全くといっていいほど湧いてこない。

「俺さあ、夢の1つに、ルパン三世のシナリオを書くっていうのもあるんだよ」

 気づけば酒の勢いで、俺は饒舌になっている。

「最近のルパンの映画ってさ、俺個人の基準なんだけど、全然面白いと思えないんだよ。昔は名作がたくさんあったように思えるのね? だからいつか作家になったら、昔のルパン映画を超えるようなシナリオを書いてみたいんだ」

 その前に手始めといった形で、映画のような長編ではなく、簡単なシナリオを書いてみたいとも、俺は言った。
 そして、今のままでは難しい、とも。

「だからさ」

 1つ、彼女に提案を試みる。

「俺、近々、短編ぐらいの長さだろうけど、ルパンの話を作るよ。だから君も、自分が本当に作りたい曲を作ってみようよ」

 喧騒の中、オフ会での1コマだ。
 彼女は静かに、「いいですね、それ」と言った。



<ルパン3世 ――飛べ、総理大臣――>


「おいルパンよ、そのお宝ってのは、一体どこに埋めたんだ」

 助手席の次元が、半ば寝ぼけたような調子で、灰皿からシケモクを取り出して咥えた。
 長時間車に揺られ、疲れたのだろう。
 シートを倒し、だらしなく身を沈めている。
 シケモクに火を点ける様子はない。

「もーうちょっとだぜ~」

 さっき訊かれた時も、全く同じセリフと陽気さで、ルパンは返していた。

 次元は身動き1つしないまま、何かを諦めたように眠りにつく。
 後部座席であぐらをかき、大仏のように座っている五右衛門は、相変わらず無口だ。

 ルパンはカーラジオの音量を少し下げた。
 ちらちらと降っていた雪は、わずかばかり強くなったようだ。
 ワイパーが重たそうに左右している。

 今、上空から見れば、ルパンの愛車によるスポットライトが、カーブする山道を縫っていることだろう。

 お宝を埋めたのは20年前。
 盗んですぐに使えば足がつく類の財産であったため、人気のない山中に埋め、眠らせることにした。
 気づけば事件は時効を迎えていたので、久しぶりに日本の土を踏んだ次第だ。
 そうでなければ、今のこの国には用がなかった。

 バブル時代と呼ばれるような、経済的に豊かだった頃なら、あるいは盗みたい物の1つや2つ、あっただろう。
 ターゲットに成り得る成金たちがうじゃうじゃいて、彼ら相手に悪ふざけをしていた当時が懐かしい。

「ん~?」

 車を止め、ルパンは訝しげに眉をひそめる。

「おやま」
「ん~、どうしたルパン」

 目を覚ましたらしい次元が、伸びをしている。

「こーりゃ参ったぜ~。次元、五右衛門、あれ、見てみ?」

 車窓からは、雪と、それらが積もりつつある別荘らしき建物のシルエットが望めた。
 別荘とはいっても、屋敷ほどの巨大さだ。

「こ~んな建物、20年前はなかったんだけんどねえ~」
「おいおい、まさかお宝、工事の時に見つけられちまったんじゃねえだろうな」
「いんや? たぶん無事だ~」

 それまで寡黙だった五右衛門が、初めて口を開いた。

「なぜ解る」
「あっこに大きな柿の木が見えるだろ~? 庭の辺りさ。お宝は、あの木の根元なんだなあ~」

 誰の物とも解らないこの別荘に忍び込まなければ、お宝は回収できないということらしい。
 次元が溜め息をついた。

「取り合えず、どっかに車を停めねえとな」

 別荘があるということは、人が来る可能性があるということだ。
 目立たない場所を選んで、ルパンは車を駐車した。

 一味はシャベル片手に別荘の塀をよじ登る。

「このご時世に、こーんな別荘建てちゃって、景気が良いことで、…って、おんや? 誰かいるぜ」

 塀の上で、3人は目を細めた。

 明かりの点いていない部屋に、人影がある。
 ルパンたちが見守っているとも知らず、人影は暗い部屋で台に乗り、天井に何かをしていた。
 ロープをくくりつけている様子だ。

 輪になったロープの先端に、人影は頭を通す。
 その人物はあろうことか、自ら踏み台を蹴って、ぶら下がってしまった。

「次元!」

 ルパンが鋭く怒鳴る。
 五右衛門も似たような視線を次元に向けた。
 次元は言われるより早く懐から銃を抜き、首を吊っているロープ目がけ、撃った。

 ガラスに、銃弾が弾かれる。

「マグナムが効かねえ! なんでえ、この別荘! ただの別荘じゃねえぞ!」

 悲鳴のように次元が叫ぶと同時に、五右衛門が塀から飛び降りた。
 雪が舞う。
 身を低くして庭を走りぬけ、五右衛門は名刀を素早く抜いた。

 闇夜に閃光が走り、強化ガラスが両断される。
 五右衛門が剣を鞘に収めると同時に、人影は床に落ちた。
 ロープの切断に成功したのだ。

「ふう~。ま~さか首吊り現場に遭遇するとは思わなかったぜ~」

 寝室らしき部屋に運び入れると、別荘の主らしき人物は初老の男だった。
 意識を失っているが、発見が早かったので、もうじき目を覚ますだろう。

「はてな、ど~っかで見たことある顔なんだよな~」

 ルパンが男の顔を覗き込む。
 確かに見覚えのある顔に思えた。
 次元も「たぶんどっかの有名人だろうな」などと曖昧な感想を漏らしている。

「む。この老人、まさか」

 五右衛門が言うと同時に、玄関のチャイムが鳴った。

「やっべ、来客だあ~」

 ルパンはジャケットの内ポケットから粘土のような物を取り出し、まだ目覚めない男の顔に貼り付けている。
 変装するための顔型を作っているのだ。
 別荘の主に成りすまし、来客を誤魔化そうといった魂胆らしい。

「こーりゃ短時間じゃ無理だぜ~。五右衛門、行ってくれ」
「な、なぜ拙者が!?」

 慌てふためく五右衛門に、ルパンはてきぱきと変装を施していく。
 使用人の振りをして、客を適当に追い返してくれ、ということのようだ。

「拙者、そういう仕事には向いてなかろう!」
「次元はヒゲがあるから、召し使いって感じにならないんだよ~ん。はい完成っと」

 いつの間にか着替えまで完成している。

 もう1度、チャイムが鳴った。

「さ、早く行った行った~!」
「し、しかし!」

 非難空しく、五右衛門は部屋を追い出されてしまう。

 おのれルパンめ。
 拙者に行かせた理由はヒゲの有無ではなく、たちの悪い悪戯心からであろうに。

 その文句に思いが至った頃はすでに遅く、五右衛門は既に玄関に到着していた。

「夜分遅くに失礼します! インターポールの銭形です!」
「な…!」

 銭形と、彼が提示している警察手帳を見て、五右衛門は目を丸くした。

 天候はさらに悪化したのだろう。
 お馴染みの茶色いトレンチコートと、同じ色をした帽子には雪が積もっている。

 それにしても、なぜ銭形が。

「突然の訪問に驚かれるのも無理はありません。実は私、かの有名な犯罪者、ルパン三世とその一味を追っておる者でして」

 どうやら銭形は、五右衛門の変装に気づいてはいないようだ。

「先ほど、パトロール中の部下から、ルパンの愛車がこの山道に入っていったとの情報が入りました。そこで私も慌てて追って来たのですが、いやはや、なんとも、実は車がエンコしてしまい、立ち往生してしまいました。お恥ずかしい限りです」

 恥かしいのは使用人に扮した今の自分である。

 来客が銭形だと知っていれば、さすがのルパンも拙者に変装なんぞさせたりはしなかったものを。
 引きつった愛想笑いを浮かべながら、五右衛門はそんなことを思った。

「ご迷惑とは存じますが、電話を拝借させていただきたい」
「あ、ああ。そういうことでしたら、こちらへ」
「はッ! ご協力、感謝します! 失礼します!」

 銭形を招き入れ、五右衛門は思いを巡らせる。
 電話はどこだ。

「なあに~!? 雪が酷くて助けに来られない~!?」

 受話器に向かって、銭形は怒鳴っている。
 確かに外の雪は酷くなっていて、吹雪に近い状態だ。

「う、む。そうか解った」

 警部は諦めたらしく、受話器を置いた。

 使用人らしく、五右衛門はテーブルにコーヒーをすっと置く。
 居間と思わしき部屋に最初に案内できたことも、コーヒーの場所が簡単に解ったことも、五右衛門にとっては奇跡的な幸運だ。

 銭形が「恐れ入ります」とソファに腰を下ろした。

「や、これはこれは、痛み入ります」

 砂糖もミルクも入れず、コーヒーをすすると、銭形は申し訳なさそうな顔をした。

「実は、この天候のせいで、私は身動きが取れなくなってしまったようでして」
「どうされましたかな?」

 ようやくルパンが変装を終えたようだ。
 ドアが開き、別荘の主がニコニコと入ってきた。

 来客が主の知人だと思っていたからこそ、ルパンは苦労して主に化けたのだが、それなのに訪ねてきたのが銭形だったとはさすがに計算外だったらしい。

「とっつぁ…! いえ、初めまして。どちら様でしょうか」
「ご主人でいらっしゃいますか! 夜分に失礼しております! インターポールの銭形です!」

 そっと部屋を後にしようと五右衛門がドアノブに手をかける。
 その瞬間、銭形は変装したルパンに対し、聞き捨てならない言葉を言い放った。

「あなたはもしや! 総理大臣!? 首相ではないですか!」

 これにはルパンも五右衛門も目を見開いた。

拍手[11回]

2007
December 20

<まえがき>

 前回の「1+1=おかしな話」にはちょっとした暗号が組み込んであったため、文全体にどこか違和感を感じられたことと思います。
 なので今回は気楽にお読みいただけるよう暗号をなくし、読みやすさに重点を置いてみました。
 内容は前回と全く同じです。
 今回の文章は、前回のおまけと解釈してやってください。

 ぶっちゃけこれは、縦読み加工をする前の、原作に当たる記事です。
 楽しんでいただけたら幸いです。 



<文章A・あるアグレッシブな乙女の心情>

 ずっと憧れだった彼と初めて、ようやく2人きりになれる。
 もう、胸のドキドキが止まらない。
 今日こそ、絶対に告白してやる。

 もちろん今日のは勝負パンツだ。
 ちょっと大胆にスケスケの生地で、Tバックのやつを履いてきた。

 もうすぐだ。
 もうすぐ彼と、やっと2人きりになれる!

 待ち合わせ場所にはわざと遅れて行こうかとも思っていたんだけど、やっぱりそれはできなかった。
 彼、早く来ないかしら。

 なんだか、ぞくぞくしちゃう。
 こうなったらもう、自分からキスしてしまおうか。
 ううん駄目よ、恥ずかしい。
 なんてことを考えていると、2人の時間はいつの間にか始まっていた。

「あの、好きな食べ物って何?」
「別に、俺は何でも好きだけど。ってゆうか、そんなのどうでもいいじゃないか」

 そんな素っ気無い素振りの彼に、もうメロメロだ。
 なんだか変な気分になってしまいそうで怖い。
 すっごい強力な恋心の波動に、我ながら戸惑う。

 …このまま2人でお泊りなんて、できたら最高なんだけどなあ。

 彼がすぐ目の前にいるにもかかわらず、さっきから妄想が止まらない。

「ははは、最高の夜だね」
「今夜は、帰りたくないなあ。なんか、酔っちゃったみたい」
「おいおい、妄想だからってそれ、急展開すぎるだろ」

 ナイスツッコミ!

 そのまま盛り上がって、それで夜には…。

 めっちゃヨダレが止まらない。
 ドMな自分としては、果てしなく猛烈に攻めてきていただきたい。
 逆に、こっちから先に脱いだりとかしちゃおうか。

 とにかくもう、どうにかしてくっ付きたくてたまらない。
 1度でも掴んだら、もう2度と離さない!
 抱き合ったまま一緒に歳を取って、一生を幸せに暮らすの。

 なーんてね。
 さすがにそれは無理か。

 では、気を取り直して会話タイムだ。

「よぉし! うんと、えっと…、あの、ねえ? そろそろお腹、空かない?」
「あれ? この前ダイエットするって言ってなかったっけ?」
「今日はいいの! なんでも食べていい日なの、今日は」
「と言っても、なんだかね。気軽に焼肉屋に連れてくわけにもね。構わないならご馳走するけどさ」
「そういうの賛成! お肉大好きー!」 

 だんだんいい雰囲気になってきた。 

 色んな意味で、大好物が今、目前に広がっている。
 というわけで、いただきます!

 ジューシーなお肉に手を出した。

 彼は既に上着を脱いでいて、そのたくましい体型にどうしても目がいってしまう。

「ホント美味しそうだよなあ」

 彼から可愛く見えるよう意識しながら、こくりとうなずいて見せる。
 彼に笑顔が増えてきたことも嬉しい。

 めくるめくおピンクな夜が、これから訪れようとしている。



<文章B・あるプロボクサーの状況> 

 いよいよ待ちに待ったタイトルマッチだ。
 俺は今夜、挑戦者としてリングに立つ。 

 会いたかったぜ、チャンピオン。
 それだけが頭を巡り続けている。
 獲物を前に興奮する、飢えた獣のような心境だ。

「がんばってー!」

 客席から届いた声援が、さら俺を奮い立たせた。
 ロープをまたぎ、ガウンを脱ぎ去る。
 試合用トランクスがあらわになり、観客たちは「おおー!」と沸き立った。

 俺は挑戦者だから、チャンプより先にリングに上がることになっている。
 ようやく入場してきたチャンプに、俺は熱の篭った視線を投げつけた。
 向こうも気合いが入っているらしく、俺を睨みつけてくる。

 ここで気迫負けてなどしてはいられない。
 相手に歩み寄り、俺はギラギラした目つきで額と額とを接触させた。

 やがて大歓声の中、ゴングの音が鳴り響く。

 まずは様子見だ。
 ジャブを数発、連射する。

 本気で攻めているというのに、さすがはチャンピオンだ。
 ガードが固い。

 はっとした次の瞬間、相手は俺の顔面めがけ、殴りかかっくるところだった。

 やられる!

 無我夢中になって身をかわし、慌ててガードを上げる。
 ここからのチャンプは、まさしく鬼のようだった。
 ベルトを奪取するにも、そう簡単にはいかないということだ。

 どうにかしなくては。
 できるだけ被弾を避けながら、俺はすっと相手の懐に潜り込む。
 クリンチだ。

 そうこうしているうちに、第1ラウンド終了をゴングが告げる。
 さすがにすぐには、何もさせてもらえなかったか。

 コーナーに戻ると、セコンド陣からの激が矢継ぎ早に飛んできた。

「なんだあのザマは! もっと自分から積極的に行け!」
「一体あの減量は何のためだったんだ!?」
「水も飲まずメシも喰わず、今日のために頑張ってきただろうが!」
「最後まで諦めるなよ!? まずは相手の足止めをするんだ」
「もっと強気に! 狙いはボディだ!」

 俺はうなずき、マウスピースを咥える。

 やるか、やられるかだ。

 俺は覚悟を決め、捨て身になって突進することにした。
 狙いは胴体。

 ナイスボディ!
 と、セコンドが賞賛の声を上げた。

 チャンピオンの拳1つ1つに込められた殺気が、だんだん見えるようになってきた。
 これなら、どうにかやれそうな気がする。
 まだまだ勝負はこれからだ!



<文章A+文章B> 

 いよいよ待ちに待ったタイトルマッチだ。
 俺は今夜、挑戦者としてリングに立つ。
 ずっと憧れだった彼と初めて、ようやく2人きりになれる。
 もう、胸のドキドキが止まらない。

 会いたかったぜ、チャンピオン。
 それだけが頭を巡り続けている。

 今日こそ、絶対に告白してやる。
 獲物を前に興奮する、飢えた獣のような心境だ。

「がんばってー!」

 客席から届いた声援が、さら俺を奮い立たせた。
 ロープをまたぎ、ガウンを脱ぎ去る。
 試合用トランクスがあらわになり、観客たちは「おおー!」と沸き立った。
 もちろん今日のは勝負パンツだ。
 ちょっと大胆にスケスケの生地で、Tバックのやつを履いてきた。

 もうすぐだ。
 もうすぐ彼と、やっと2人きりになれる!

 待ち合わせ場所にはわざと遅れて行こうかとも思っていたんだけど、やっぱりそれはできなかった。
 俺は挑戦者だから、チャンプより先にリングに上がることになっている。
 彼、早く来ないかしら。

 ようやく入場してきたチャンプに、俺は熱の篭った視線を投げつけた。
 向こうも気合いが入っているらしく、俺を睨みつけてくる。
 なんだか、ぞくぞくしちゃう。

 ここで気迫負けてなどしてはいられない。
 相手に歩み寄り、俺はギラギラした目つきで額と額とを接触させた。
 こうなったらもう、自分からキスしてしまおうか。
 ううん駄目よ、恥ずかしい。
 なんてことを考えていると、2人の時間はいつの間にか始まっていた。

 やがて大歓声の中、ゴングの音が鳴り響く。

 まずは様子見だ。
 ジャブを数発、連射する。

「あの、好きな食べ物って何?」
「別に、俺は何でも好きだけど。ってゆうか、そんなのどうでもいいじゃないか」

 本気で攻めているというのに、さすがはチャンピオンだ。
 ガードが固い。
 そんな素っ気無い素振りの彼に、もうメロメロだ。

 なんだか変な気分になってしまいそうで怖い。
 すっごい強力な恋心の波動に、我ながら戸惑う。

 …このまま2人でお泊りなんて、できたら最高なんだけどなあ。

 彼がすぐ目の前にいるにもかかわらず、さっきから妄想が止まらない。

「ははは、最高の夜だね」
「今夜は、帰りたくないなあ。なんか、酔っちゃったみたい」
「おいおい、妄想だからってそれ、急展開すぎるだろ」

 はっとした次の瞬間、相手は俺の顔面めがけ、殴りかかっくるところだった。
 ナイスツッコミ!

 そのまま盛り上がって、それで夜には…。
 やられる!

 めっちゃヨダレが止まらない。

 無我夢中になって身をかわし、慌ててガードを上げる。
 ここからのチャンプは、まさしく鬼のようだった。
 ドMな自分としては、果てしなく猛烈に攻めてきていただきたい。

 ベルトを奪取するにも、そう簡単にはいかないということだ。
 逆に、こっちから先に脱いだりとかしちゃおうか。

 とにかくもう、どうにかしてくっ付きたくてたまらない。
 どうにかしなくては。
 できるだけ被弾を避けながら、俺はすっと相手の懐に潜り込む。
 クリンチだ。
 1度でも掴んだら、もう2度と離さない!
 抱き合ったまま一緒に歳を取って、一生を幸せに暮らすの。

 なーんてね。
 さすがにそれは無理か。

 そうこうしているうちに、第1ラウンド終了をゴングが告げる。
 さすがにすぐには、何もさせてもらえなかったか。

 コーナーに戻ると、セコンド陣からの激が矢継ぎ早に飛んできた。
 では、気を取り直して会話タイムだ。

「なんだあのザマは! もっと自分から積極的に行け!」
「よぉし! うんと、えっと…、あの、ねえ? そろそろお腹、空かない?」
「一体あの減量は何のためだったんだ!?」
「あれ? この前ダイエットするって言ってなかったっけ?」
「水も飲まずメシも喰わず、今日のために頑張ってきただろうが!」
「今日はいいの! なんでも食べていい日なの、今日は」
「最後まで諦めるなよ!? まずは相手の足止めをするんだ」
「と言っても、なんだかね。気軽に焼肉屋に連れてくわけにもね。構わないならご馳走するけどさ」
「もっと強気に! 狙いはボディだ!」
「そういうの賛成! お肉大好きー!」 

 俺はうなずき、マウスピースを咥える。
 だんだんいい雰囲気になってきた。 

 やるか、やられるかだ。
 色んな意味で、大好物が今、目前に広がっている。
 俺は覚悟を決め、捨て身になって突進することにした。
 というわけで、いただきます!

 ジューシーなお肉に手を出した。
 狙いは胴体。

 彼は既に上着を脱いでいて、そのたくましい体型にどうしても目がいってしまう。
 ナイスボディ!

「ホント美味しそうだよなあ」

 と、セコンドが賞賛の声を上げた。
 彼から可愛く見えるよう意識しながら、こくりとうなずいて見せる。

 チャンピオンの拳1つ1つに込められた殺気が、だんだん見えるようになってきた。
 彼に笑顔が増えてきたことも嬉しい。
 これなら、どうにかやれそうな気がする。
 まだまだ勝負はこれからだ!

 めくるめくおピンクな夜が、これから訪れようとしている。  

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2007
December 18

<文章A・あるアグレッシブな乙女の心情>

 きゅんと胸が締めつけられるのは、ずっと憧れだった彼と初めて2人きりになれるからだろう。
 だからこそ、変な吐息が自然と漏れる。
 よく恋は盲目というけれど、本当にそうなるから恐ろしい。

「いつもあなたのこと、考えてます。ずっとずっと、あなたのことが好きでした」

 つまりそう、なんというか、今日こそは告白をしたいと考えている。
 もうそろそろ、しっかりと伝えたい。

 くふふ、もちろん今日のは勝負パンツよ。
 だって今日は、やっと彼と2人きりになれる!

 さっきまで、待ち合わせ場所にはわざと遅れて行こうかとも思っていたんだけど、やっぱりそれはできなかった。

 本当にぞくぞくしちゃう。
 もう自分からキス、してしまおうか。
 ううん駄目駄目恥ずかしい、なんてことを考えていると、デートはいつの間にか始まっていた。

「あの、好きな食べ物って何? 例えば果物とかだと」
「りんごかなあ? でも別に、俺は何でも好きだけど。ってゆうか、そんなのどうでもいいじゃないか」

 うん、やっぱりいいわ、この人。
 ごめんなさい、私は素っ気無い素振りのあなたに、ぞっこんラブです。

 ざっくばらんなやり取りをしているだけで、満面の笑みが浮かんでしまう。

 いけない!
 また変な気分になってしまいそうだ。
 すっごい強力な恋心の波動に、我ながら戸惑う。

 …このまま2人でお泊りなんて、できたら最高なんだけどなあ。

 実は、彼がすぐ目の前にいるにもかかわらず、さっきから妄想が止まらない。

「ははは、最高の夜だね」
「今夜は、帰りたくないなあ。なんか、酔っちゃったみたい」
「回収しちゃうぜ? いいのかい君?」
「のりちゃん、って呼んで。君なんて呼び方、イヤ」
「おいおい、妄想だからってそれ、急展開すぎるだろ」

 話にならん、と想像の中の彼に叱られる。
 ナイスツッコミ!

 シックなベットの上とかで、そんな調子で攻められちゃったりしたらもう…。

 めっちゃヨダレが止まらない。

 う~ん、それにしてもこの男、素敵すぎる。
 なんかこう、彼には妄想以上に激しく、日記に書けないレベルで攻めてきていただきたい。
 とりあえず逆に、こっちから先に脱いだりとかしちゃおうか。

 思想が異常だってことは、正直自分でも解っている。
 っとに、何を考えてるのだろうか。
 たぶん自分は今、世界の変態ランキングの上位に位置している。
 のんびりと構えつつ、それでいて純愛に気合いを入れなくては。

 がっつり掴んだら、何があっても離さないんだから!
 …それで、抱き合ったまま一緒に歳を取って、一生幸せに暮らすの。

 では、気を取り直して会話タイムだ。

「よぉし! うんと、えっと…、あの、ねえ? そろそろお腹、空かない?」
「是非とも何か食べたいね。あれ? でもダイエット中だって言ってなかったっけ?」
「今日はいいの! なんでも食べていい日なの、今日は」
「と言っても、なんだかね。気軽に焼肉屋に連れてくわけにもね。構わないならご馳走するけどさ」
「楽しそうじゃん! そういうの賛成! お肉大好きー!」

 ん、だんだんいい雰囲気になってきた。

 では、いただきます!
 てぐすね引いて待ちわびた大好物が今、目前に広がっている。

 ねえ、上着を脱いだあなたは、どうして体型までもが素敵なの?

「よく見ると、ホント美味しそうだなあ」

 しっかりと可愛さを意識しながら、こくりとうなずいて見せる。

 めくるめくおピンクな夜が、これから訪れようとしている。



<文章B・あるプロボクサーの状況>

 大晦日の今日は、いよいよ待ちに待ったタイトルマッチだ。
 好戦的に奮い立つ気持ちを胸に秘め、俺は今夜、リングに立つ。 

 皆の人気者、チャンピオンさんよ、会いたかったぜ。
 …それだけが頭を巡り続ける。
 お目当てだった獲物を前に興奮する獣のような心境だ。

 読もうと欲するは相手の心情、見つめ直すは我が肉体、染み入るはスポットライトと観客の熱気、様々な想いと空気が交差する。
 みるみるうちに俺の瞳は熱く燃え上がり、試合用トランクスさえも焦がす勢いだ。

 つまらない取り決めだとは思うが、俺は挑戦者だから、チャンプより先にリングに上がっていた。
 てくてくと、まるで余裕を見せつけるかのような足取りで入場してくるチャンプを睨みつけると、向こうも俺と同じように眼光を鋭くしてくる。
 当然のことながら、ここで気迫負けてなどしてはいられない。
 にじり寄り、額と額を接触させるぐらいに近づけ、俺はさらに相手を威嚇する。

 大歓声の中、ゴングの音が鳴り響いた。

 感慨に浸るより先に、まずは様子見だ。
 激しくジャブを連射する。

 がんがん攻めているというのに、さすがはチャンピオンだ。
 とてもじゃないが、この強固なガードは簡単には崩せそうもない。

 はっとした次の瞬間、相手は俺の顔面めがけ、殴りかかっくるところだった。

 やられる!

 とにかく俺は夢中になって身をかわし、慌ててガードを上げる。
 ここからのチャンプは、まさしく鬼のようだった。
 どうにか猛攻に耐えられたのは、ベルトだけは絶対に奪ってやるという決意の表れだ。

 できるだけ被弾を避けながら、俺は必死になって相手の懐に潜り込み、クリンチでしのぐ。
 するとチャンプは身をよじり、逃れようとあがいた。

 頑として譲らぬまま、第1ラウンド終了をゴングが告げる。
 張り合うには少々荷が重い相手だがしかし、勝負はまだまだこれからだ。

 つい頭の中で泣き言と強がりを同時に言ってしまい、我ながら情けなく思う。
 たどたどしくコーナーに戻ると、セコンド陣からの激が矢継ぎ早に飛んできた。

「しっかりしろ! なんだあのザマは! もっと自分から積極的に行け!」
「…おい! 一体あの減量は何のためだったんだ!?」
「非の打ち所がないぐらいの努力をずっとしてきただろうが! お前は水さえも飲まなかった! ろくにメシも喰ってねえ! それでもお前は泣き言1つ言わず、頑張ってきた! それもこれも全て、今日のためだろうが!」
「後に引いてどうするんだよ! まずは相手の足止めをするんだ」
「もっと強気に! 狙いはボディだ!」

 しっかりとうなずき、俺はマウスピースを咥える。

 やるか、やられるかだ。
 ついに俺は捨て身になって突進し、猛然と拳を突き出す。

 …ナイスボディ!

 ろくな褒め言葉も知らないセコンドが、賞賛の声を上げた。

 くる!
 …チャンピオンの拳1つ1つに込められた殺気が、だんだん見えるようになってきた。

 さあ、勝負はこれからだ!



<文章A+文章B>

 大晦日の今日は、いよいよ待ちに待ったタイトルマッチだ。
 好戦的に奮い立つ気持ちを胸に秘め、俺は今夜、リングに立つ。 
 きゅんと胸が締めつけられるのは、ずっと憧れだった彼と初めて2人きりになれるからだろう。
 だからこそ、変な吐息が自然と漏れる。
 よく恋は盲目というけれど、本当にそうなるから恐ろしい。

 皆の人気者、チャンピオンさんよ、会いたかったぜ。

 …それだけが頭を巡り続ける。

「いつもあなたのこと、考えてます。ずっとずっと、あなたのことが好きでした」

 つまりそう、なんというか、今日こそは告白をしたいと考えている。
 もうそろそろ、しっかり伝えたい。
 お目当てだった獲物を前に興奮する獣のような心境だ。

 読もうと欲するは相手の心情、見つめ直すは我が肉体、染み入るはスポットライトと観客の熱気、様々な想いと空気が交差する。
 みるみるうちに俺の瞳は熱く燃え上がり、試合用トランクスさえも焦がす勢いだ。
 くふふ、もちろん今日のは勝負パンツよ。

 だって今日は、やっと彼と2人きりになれる!

 さっきまで、待ち合わせ場所にはわざと遅れて行こうかとも思っていたんだけど、やっぱりそれはできなかった。
 つまらない取り決めだとは思うが、俺は挑戦者だから、チャンプより先にリングに上がっていた。

 てくてくと、まるで余裕を見せつけるかのような足取りで入場してくるチャンプを睨みつけると、向こうも俺と同じように眼光を鋭くしてくる。
 本当にぞくぞくしちゃう。
 当然のことながら、ここで気迫負けてなどしてはいられない。
 にじり寄り、額と額を接触させるぐらいに近づけ、俺はさらに相手を威嚇する。
 もう自分からキス、してしまおうか。
 ううん駄目よ駄目よ恥ずかしい、なんてことを考えていると、デートはいつの間にか始まっていた。

 大歓声の中、ゴングの音が鳴り響いた。

 感慨に浸るより先に、まずは様子見だ。
 激しくジャブを連射する。

「あの、好きな食べ物って何? 例えば果物とかだと」
「りんごかなあ? でも別に、俺は何でも好きだけど。ってゆうか、そんなのどうでもいいじゃないか」

 がんがん攻めているというのに、さすがはチャンピオンだ。
 とてもじゃないが、この強固なガードは簡単には崩せそうもない。
 うん、やっぱりいいわ、この人。
 ごめんなさい、私は素っ気無い素振りのあなたに、ぞっこんラブです。

 ざっくばらんなやり取りをしているだけで、満面の笑みが浮かんでしまう。

 いけない!
 また変な気分になってしまいそうだ。
 すっごい強力な恋心の波動に、我ながら戸惑う。

 …このまま2人でお泊りなんて、できたら最高なんだけどなあ。

 実は、彼がすぐ目の前にいるにもかかわらず、さっきから妄想が止まらない。

「ははは、最高の夜だね」
「今夜は、帰りたくないなあ。なんか、酔っちゃったみたい」
「回収しちゃうぜ? いいのかい君?」
「のりちゃん、って呼んで。君なんて呼び方、イヤ」
「おいおい、妄想だからってそれ、急展開すぎるだろ」

 話にならん、と想像の中の彼に叱られる。

 はっとした次の瞬間、相手は俺の顔面めがけ、殴りかかっくるところだった。
 ナイスツッコミ!

 シックなベットの上とかで、そんな調子で攻められちゃったりしたらもう…。
 やられる!

 めっちゃヨダレが止まらない。

 とにかく俺は夢中になって身をかわし、慌ててガードを上げる。
 ここからのチャンプは、まさしく鬼のようだった。

 う~ん、それにしてもこの男、素敵すぎる。
 なんかこう、彼には妄想以上に激しく、日記に書けないレベルで攻めてきていただきたい。

 どうにか猛攻に耐えられたのは、ベルトだけは絶対に奪ってやるという決意の表れだ。
 とりあえず逆に、こっちから先に脱いだりとかしちゃおうか。

 思想が異常だってことは、正直自分でも解っている。
 っとに、何を考えてるのだろうか。
 たぶん自分は今、世界の変態ランキングの上位に位置している。
 のんびりと構えつつ、それでいて純愛に気合いを入れなくては。

 できるだけ被弾を避けながら、俺は必死になって相手の懐に潜り込み、クリンチでしのぐ。
 するとチャンプは身をよじり、逃れようとあがいた。
 がっつり掴んだら、何があっても離さないんだから!
 …それで、抱き合ったまま一緒に歳を取って、一生幸せに暮らすの。

 頑として譲らぬまま、第1ラウンド終了をゴングが告げる。
 張り合うには少々荷が重い相手だがしかし、勝負はまだまだこれからだ。

 つい頭の中で泣き言と強がりを同時に言ってしまい、我ながら情けなく思う。

 たどたどしくコーナーに戻ると、セコンド陣からの激が矢継ぎ早に飛んできた。
 では、気を取り直して会話タイムだ。

「しっかりしろ! なんだあのザマは! もっと自分から積極的に行け!」
「よぉし! うんと、えっと…、あの、ねえ? そろそろお腹、空かない?」
「…おい! 一体あの減量は何のためだったんだ!?」
「是非とも何か食べたいね。あれ? でもダイエット中だって言ってなかったっけ?」
「非の打ち所がないぐらいの努力をずっとしてきただろうが! お前は水さえも飲まなかった! ろくにメシも喰ってねえ! それでもお前は泣き言1つ言わず、頑張ってきた! それもこれも全て、今日のためだろうが!」
「今日はいいの! なんでも食べていい日なの、今日は」
「後に引いてどうするんだよ! まずは相手の足止めをするんだ」
「と言っても、なんだかね。気軽に焼肉屋に連れてくわけにもね。構わないならご馳走するけどさ」
「もっと強気に! 狙いはボディだ!」
「楽しそうじゃん! そういうの賛成! お肉大好きー!」 

 しっかりとうなずき、俺はマウスピースを咥える。
 ん、だんだんいい雰囲気になってきた。

 では、いただきます!

 やるか、やられるかだ。
 ついに俺は捨て身になって突進し、猛然と拳を突き出す。
 てぐすね引いて待ちわびた大好物が今、目前に広がっている。

 ねえ、上着を脱いだあなたは、どうして体型までもが素敵なの?
 …ナイスボディ!

「よく見ると、ホント美味しそうだなあ」

 ろくな褒め言葉も知らないセコンドが、賞賛の声を上げた。
 しっかりと可愛さを意識しながら、こくりとうなずいて見せる。

 くる!
 …チャンピオンの拳1つ1つに込められた殺気が、だんだん見えるようになってきた。

 めくるめくおピンクな夜が、これから訪れようとしている。
 さあ、勝負はこれからだ!


<あとがき>

 実は今回の作品には、もう1つ仕掛けが施してあります。
 文章A+文章Bの、行始めの1文字目だけを拾って縦に読んでみてください。

 画面上で1番左にくる文字全て、という意味ではなく、あくまで各行の出だしの1文字目です。
 空白とかカギカッコの、次の文字のことですね。

 そこだけを目で追っていただくと、また別の文章になっています。
 俺からの、ささやかなメッセージです。

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2007
September 19
<ある大学生の視点>


 バスを待つ合間を利用して、俺は携帯電話を開いた。
 友人がすぐに出る。

 もっしー。
 今、大丈夫?

「大丈夫だよ。何?」

 いやね?
 今度みんなで海に行こうって話になってさあ。
 それでお前も誘おうと思って。

「へえ、いつ行くの?」

 来週の土曜。

「来週? 泳ぐには寒いんじゃない?」

 釣りでもしようと思ってね。

「釣りかあ。でもさ、せっかく釣っても、誰も魚なんてサバけないんじゃないの?」

 キャッチ&リリース!
 佐々木と鈴木も来るって。

「へえ。あいつらも暇だなあ。あれ? お前今日、店に出るとか言ってなかったっけ?」

 俺?
 今日バイト休みー。

「あ、そうなんだ。それにしても、海かあ。嫌じゃないんだけど、どうもなあ。いつ行くんだっけ?」

 だから来週の土曜日に行く予定だってば。

「来週って、何気にけっこう先のことじゃね? モチベーション下がって行きたくなくなったとか言い出す奴、きっといるぞ。だからどうせ行くならさっさと行こうよ。明日とかさ」

 お前ホントせっかちだなあ。
 そんなんじゃ、彼女にも逃げられちゃうぜ?

「彼女、か。いたなあ。そんな奴も」

 え!?
 お前ら、何かあったの?

「メールが返ってこなくなったからさ、毎日家の前で待ち伏せしてたんだ」

 そりゃお前、ストーカーだろー。

「だってよう。疑われるような素振りだった彼女のほうが悪いよ。そもそも俺、せいぜいゴミ袋ぐらいしか漁ってないぜ?」

 それも駄目だって。
 犯罪に近いものがあるもの。

「そういうお前はどうなんだよ? そろそろ彼女に飽きられちゃうんじゃないの?」

 え、俺?
 俺はうまくやってるもん。

「まあ、そうだろうなあ。ごめんな、変なこと言って。ちょっとナーバスになっててさあ。彼女、まだ怒ってるかなあ? どん底だよ」

 とにかくさ、お前から謝ったほうがいいって。

「うん、まあ、タイミング見て、切り出してみるよ」

 あ、そうそう。

「ん?」

 これから山田にも声かけようと思うんだ。

「げ! 山田!? あいつ、俺が言うのもなんだけど、危ない奴だぜ?」

 え!?
 山田って、何かやったの?

「見た奴の話なんだけどさ、あいつのケータイ、隠し撮りした画像ばっかりなんだってよ」

 えええ!
 マジでー!

「俺も、それ聞いたときはびっくりしたよ。真面目そうな奴なのになあ」

 でもまあ、あいつも色々あるだろうからさ、しばらくほっといてやろうよ。

「だなあ。あ、話は戻るんだけどさ、海行くの、来月にしねえ? その頃だと俺、好都合なんだ」

 ん?
 来月?
 そりゃ遅いよー。

「俺、極端だけど、明日か来月かの、どっちかがいいんだけどなあ。なかなか忙しい身だもの」

 とにかく来週の土曜、空けとけよな。

「ちっ。解ったよ、空けとくよ。お前こそ、誘っておいて忘れるなよ?」

 おう、解ってるって。
 じゃ、また連絡するよ。

「うん、解った。一応、来週になったら俺からも連絡するよ」

 うん、はいよー。

「じゃあなー」

 はーい。
 ばいばーい。

 俺は電話を切った。



<ある刑事の視点>



 捜査中のことだ。
 胸に忍ばせていた携帯電話が細かく振動する。
 着信は、部下からだ。
 俺はイヤホンマイクを手早く装着した。

「もしもし先輩! 今、大丈夫っすか!」

 今は尾行中だ。
 ターゲットが喫茶店に入ったから、多少なら大丈夫だけどな。
 どうした?

「連続強盗殺人事件の容疑にかかってる、あいつ、いるじゃないっすか。実はその、さっき取り調べ中にですね? 署から脱走されてしまいまして…」

 何!?
 取調べ中に容疑者が逃げ出したァ!?
 いつの話だ!?

「つい、20分ほど前っす…」

 何故すぐに知らせなかった!?

「すんません! なんか、テンパっちゃって…」

 なんで逃げられたんだよ!

「俺、みんなに飯休憩を許可したんす。そんでついでに、コンビニで猫のエサを買ってきてくれって頼んでて。ほら、うちの猫、めっちゃ大食いじゃないっすか」

 そんなことを聞いているんじゃない!
 だいたい、お前は一体、何をやっていたんだ!

「すんません! 徹夜続きだったもんで、仮眠を取ってしまいました!」

 ばっきゃろう!
 すぐに足取りを追うんだ!
 検問の手配もすぐにするんだ!

「え、あ、はい! で、でも、まだ署内にいるかも…。まだ逃げてないのかも…」

 とっくに逃げられてるだろうが!

「俺もう、わけ解んないですよ~! 先輩、戻ってきてくださいよ~!」

 俺は尾行中だ!

「尾行って、例の放火の容疑者ですか?」

 違う!
 下着泥棒だ!

「そんなのほっといて、こっち来てくださいよ~。そっちの容疑者より、こっちの容疑者のほうがでかいっすよ~」

 どっちも同じ犯罪者だろうが!
 そういう問題じゃないんだ!

「ふひい! す、すんませんでした!」

 ごめんで済んだら警察いらねえだろ!

「ごめんって言ってないっすよ~。すんませんって言ったじゃないっすか」

 そんなことはどうでもいい!
 相手は全国指名手配犯なんだぞ!
 さっさと追え!

「え、いや、でも、先輩がいないと…! だいたい先輩、誰を追ってるんです?」

 だから下着泥棒だって言ってんだろ!
 とにかく今回、俺は動けない!
 お前らだけで何とかしろ!
 奴を野放しにするな。
 放っておいたら、また犠牲者が出るぞ!
 すぐに行け!

「うう、はい…。じゃあ、今から、署を出ますう」

 遅いんだよお前は!
 む!
 ターゲットが喫茶店から出てきた!
 切るぞ!

「ふえ!? もう?」

 必ず報告しろ!
 じゃあな!

 俺は電話を切った。



<ある第三者の視点>



 街のベンチで一服していると、背後から話声が聞こえてきた。

「もっしー。今、大丈夫?」
「今は尾行中だ。ターゲットが喫茶店に入ったから、多少なら大丈夫だけどな。どうした?」
「いやね? 今度みんなで海に行こうって話になってさあ。それでお前も誘おうと思って」
「何!? 取調べ中に容疑者が逃げ出したァ!? いつの話だ!?」
「来週の土曜」
「何故すぐに知らせなかった!?」
「釣りでもしようと思ってね」
「なんで逃げられたんだよ!」
「キャッチ&リリース! 佐々木と鈴木も来るって」
「そんなことを聞いているんじゃない! だいたい、お前は一体、何をやっていたんだ!」
「俺? 今日バイト休みー」
「ばっきゃろう! すぐに足取りを追うんだ!」
「だから来週の土曜日に行く予定だってば」
「検問の手配もすぐにするんだ!」
「お前ホントせっかちだなあ。そんなんじゃ、彼女にも逃げられちゃうぜ?」
「とっくに逃げられてるだろうが!」
「え!? お前ら、何かあったの?」
「俺は尾行中だ!」
「そりゃお前、ストーカーだろー」
「違う! 下着泥棒だ!」
「それも駄目だって。犯罪に近いものがあるもの」
「どっちも同じ犯罪者だろうが!」
「え、俺? 俺はうまくやってるもん」
「そういう問題じゃないんだ!」
「とにかくさ、お前から謝ったほうがいいって」
「ごめんで済んだら警察いらねえだろ! そんなことはどうでもいい!」
「あ、そうそう。これから山田にも声かけようと思うんだ」
「相手は全国指名手配犯なんだぞ! さっさと追え!」
「え!? 山田って、何かやったの?」
「だから下着泥棒だって言ってんだろ!」
「えええ! マジでー!」
「とにかく今回、俺は動けない! お前らだけで何とかしろ! 奴を野放しにするな」
「でもまあ、あいつも色々あるだろうからさ、しばらくほっといてやろうよ」
「放っておいたら、また犠牲者が出るぞ! すぐに行け!」
「ん? 来月?」
「遅いんだよお前は!」
「そりゃ遅いよー。とにかく来週の土曜、空けとけよな」
「む! ターゲットが喫茶店から出てきた! 切るぞ!」
「おう、解ってるって。じゃ、また連絡するよ」
「必ず報告しろ!」
「うん、はいよー」
「じゃあな!」
「はーい。ばいばーい」

 俺は何も聞かなかったことにした。

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プロフィール
HN:
めさ
年齢:
48
性別:
男性
誕生日:
1976/01/11
職業:
悪魔
趣味:
アウトドア、料理、格闘技、文章作成、旅行。
自己紹介:
 画像は、自室の天井に設置されたコタツだ。
 友人よ。
 なんで人の留守中に忍び込んで、コタツの熱くなる部分だけを天井に設置して帰るの?

 俺様は悪魔だ。
 ニコニコ動画などに色んな動画を上げてるぜ。

 基本的に、日記のコメントやメールのお返事はできぬ。
 ざまを見よ!
 本当にごめんなさい。
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