夢見町の史
Let’s どんまい!
August 02
【第1話・出逢い編】
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/380/
【第2話・部活編】
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/381/
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「春樹先輩、次の週末、空いてますか?」
俺に電話をよこしてきたのは、サッカー部のマネージャー。
1つ後輩の美香だ。
いきなり電話してくるなんて、俺になんの用があるのだろうか。
「週末っていうと、土曜?」
「はい。よかったら、お祭り、一緒に行きませんか?」
言われてみれば確かにもう夏祭りの時期だ。
記憶をさぐってみたが土曜に用事はなく、俺は「別にいいよ」と返事をして電話を切った。
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「佐伯さん、次の土曜なんだけど、用事あるかな?」
あたしに電話をくれたのは、同じクラスの伊集院君だ。
生徒会長をやっていてスポーツ万能。
春樹なんかと違って勉強もできるような彼が、あたしにどんな用があるのだろう。
「土曜日、ですか?」
「ああ。佐伯さんは転校してきて、まだこの町のことをあまりよく知らないだろう? 次の土曜日、夏祭りがあるんだ。もしよかったら案内したくってね」
その日に用事はないんだけど、どうしよう。
悩んでいると、伊集院君はさらに続ける。
「花火も見られるし、どうだろう? 土曜に何か予定あるかな?」
「いえ、予定はないですけど」
「じゃあ決まりだ。土曜、楽しみにしているよ」
まあいいかと思い、あたしは「はい」と返事をして電話を切った。
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祭囃子の中を進む。
俺は手持ち無沙汰で、さっき取った水風船のヨーヨーをもてあそぶ。
隣を見ると、美香はわたあめに口をつけていた。
茶色がかった髪を結い上げていて、黄色の浴衣が似合っている。
「先輩」
美香が俺に笑顔を向けた。
「もうすぐ花火の時間ですね」
「え、ああ、そうだな」
「川原のほう行きましょう! ほら、早く早く!」
美香が俺の手を取って早歩きになる。
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周りを見渡すと浴衣姿の女の子が多くて、あたしは私服で来てしまったことを少し後悔していた。
手元の小さなビニールには、さっき伊集院君が取ってくれた金魚が2匹、可愛らしく泳いでいる。
「規模は小さいけど、年に1度のお祭りだからね。この町の住人は毎年楽しみにしているんだよ」
隣を歩く伊集院君は親切に、この町のことを色々とあたしに教えてくれた。
「桜ヶ丘の名物といえば、クリスマスのイルミネーションなんてのがあるね。そのイルミネーションと今日の花火は必見だよ」
「へえ、そうなんですか」
伊集院君は同い年なのに大人びていて、あたしはついつい敬語になってしまう。
「おっと」
伊集院君が腕時計に目を走らせた。
「もうすぐ花火の時間だね。川原のほうに移動しよう。そこから眺める花火が1番綺麗なんだ」
あたしは「はあ」と曖昧な返事をし、伊集院君に着いて歩く。
川原にはあたしたちの他にも人の気配があったけれど、街灯がないので顔までは解らない。
水のせせらぎが耳に優しくて、あたしはつい音に聞き入る。
すると遠くからかすかに「ヒュルルルル」と別の音がして、伊集院君が「来たよ」とつぶやいた。
ドーン。
ぱらぱらぱら。
割と近くで打ち上げているらしい真っ赤な花火が夜空を覆う。
辺りが一気に明るくなった。
「あ」
すぐ近くで声がした。
声の方向に顔を向けると、そこには少し驚いたような顔をした春樹が、美香ちゃんと一緒に立っている。
花火は続々と上がっているけれど、その大音量はあたしの耳に入ってこなかった。
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あの夏祭り以来、何故だか佐伯の態度がよそよそしい。
学校でも絡んでこないし、いつものように図々しく俺の部屋に上がり込むこともなくなった。
伊集院の奴と、何かあったのか?
ちらっと佐伯の横顔を覗き込むと、あいつは先生の説明に集中している。
「旧校舎は整備されていないから、足元には充分注意するようにな。しっかり床を照らしながら進むんだぞ。では、今からクジ引きでペアを決める」
辺りはすっかり暗くなっていて、風も生ぬるい。
絶好の肝試し日和ってやつだ。
クラスメイトたちは用意されていた箱に次々と手を突っ込んでゆく。
俺がクジを引くと、そこには3と書かれていた。
生徒たちは互いに「10の人いるー?」とか「7の人ー!」などと呼びかけ合い、自分の相方探しに夢中だ。
「3の人ー!」
女子の声に反応し、「俺3!」と声を張り上げると、そこには目を丸くした佐伯が呆然と突っ立っている。
3と書かれた紙を大きく掲げた体勢のまま、固まっていた。
懐中電灯を2本と小石を渡され、俺たちの番が回ってくる。
旧校舎の奥にある時計台まで行って、この3とマジックで書かれた小石を置いてくれば任務達成だ。
その2人に勇気があることが証明される。
「ほら、行くぞ」
声をかけると、佐伯は無言で着いてきた。
なんだかむすっとしているように見えるが、怒っているんだか怖がっているんだか解らない。
木造の校舎は夜になるとめちゃめちゃ不気味で、変なものが出てこないとしても恐ろしいものがある。
毎年思うことだが、これなら脅かし役がいるオバケ屋敷のほうが断然にマシだ。
「おい佐伯、なんか喋れよ」
「うるさいな」
「なんだよお前、最近なんか変じゃねえか?」
「あんたに関係ないでしょ!?」
その態度にムッとして、俺も釣られて声を大にする。
「俺に関係ない!? 伊集院にだったら関係あんのかよ!?」
「あんただって美香ちゃんと一緒にいたじゃない!」
「なんだよ!?」
「なによ!?」
フン!
と同時に鼻を鳴らし、俺と佐伯はそっぽを向きあった。
くそ。
なんでよりによってこいつとペアなんだ。
俺は憧れの麗子さんと一緒になりたかったのに。
そんなことを考えていたら突風でも吹いたらしく、窓の外で木がざわざわと大きく音を立てる。
「きゃあ!」
悲鳴と同時に、佐伯が俺に寄り添ってきた。
「なんだよお前、怖いのかよ?」
「な、なに言ってんのよ! ちょ、ちょっとびっくりしただけでしょ?」
その声は明らかに震えている。
これは仕返しのチャンスだ。
俺はにやにやと薄ら笑いを浮かべる。
「きゃあって言ったぞ、お前」
「う、うるさいな!」
「なんなら手でも握っててやろうか?」
「だ、誰があんたなんかと!」
「まさかお前が『きゃあ』なんて女らしい悲鳴上げるなんてなー。きゃあ」
「バカにしないでよ!」
佐伯は今までで1番の大声を出すと、俺を突き飛ばすように肩を押す。
「怖くないって言ってんでしょ!? もういい! あたし1人で行ってくる!」
言うと同時に佐伯は俺が持っていた小石を奪うと、そのままつかつかと早歩きで先に行こうとする。
「おい、待てよ!」
「着いて来ないでよ! あんたなんて大っ嫌い!」
「待てったら!」
「うるさいな! あんたなんかいないほうがいいぐらいよ!」
「なんだと!? だったらホントに俺、引き返しちまうぞ!」
「せいせいするわ! あんたと一緒に行くぐらいなら、オバケと一緒にいたほうがまだマシよ!」
「ああそうかよ! じゃあお望み通り消えてやるよ! じゃあな!」
「はいはい、さようなら!」
俺は鼻から大きく息を吐き、佐伯に背を向ける。
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「どうしよう…」
消え入るような声で、あたしは独り言をつぶやく。
石を置くべき時計台がどこにあるのか、考えてみればあたしは知らない。
何より、あたしは人一倍怖がりなのだ。
懐中電灯の光はとても頼りなく思え、あたしは心細さに泣きたくなった。
こんなことなら、つまらない意地なんて張るんじゃなかった。
木造の古い校舎。
昼に外から見るのと、夜に中に入るのでは大違いだ。
窓から妙な顔が覗いていないかしら、鏡に変なものが映ってないかしら、あの角から何かが飛び出してこないかしら。
不安に押し潰されそうになる。
誰か。
誰でもいいから隣にいてほしい。
闇の中であたしは思わず口を開いていた。
「春樹…」
その言葉を、あたしは慌てて心の中で訂正する。
違う違う違う!
よりによって、なんであいつの顔が浮かぶのよ!
春樹なんて知らないんだから!
あたしは怒りの勢いに任せて足を早める。
その行為が軽率だったらしい。
床の一部が剥がれていて、そのちょっとした窪みに足を取られた。
悲鳴と同時にあたしは転び、足首に激痛が走る。
足をくじいた!
よりによって、こんなときに。
なんとか立ち上がろうと、あたしは床に手をついて力を込める。
駄目だ。
足が痛くて、歩けそうもない。
こんなところに、1人で?
先生があれほど足元に注意しろって言ってたのに。
情けなくって、ついにあたしの頬を涙が伝わった。
不意に、その涙に光が当たる。
「やっぱり怖いんじゃねえか」
何が起きたのか解らなくって、あたしはしばらく動けなかった。
逆光になっていて懐中電灯を持っているのが誰なのか見えにくかったけど、その声の主が春樹だということはすぐに解った。
でも、なんで春樹が?
「立てねえのか?」
「なんで? 引き返したんじゃ…」
「バーカ。お前が1人で行けるわけねえだろ。ほら」
春樹はしゃがみ込むと、あたしを背負う。
「ちょっと! いいってば!」
「どうせ足でも捻ったんだろ。ったく、いつも俺のことドジだのなんだの言っといて、自分だってそうじゃねえか」
「うん」
春樹の背中が意外にも広くって、さっきまであんなに強かった恐怖心を今は失くさせている。
あたしは春樹の肩に顎を乗せた。
「春樹」
「ん?」
「ごめん」
「ああ、いいよ」
「伊集院君は、なんかあたしに町案内したかっただけみたいで、その、別になんにもないから」
「ば…! し、知らねえよ!」
あたしを背負ったまま、春樹は時計台の根元に小石を置く。
「よし。じゃあ、帰るぞ」
「うん」
あたしは春樹の肩に回していた腕に、少しだけ力を込めた。
来た道を、春樹はずんずんと進む。
「佐伯」
「え?」
「お前さあ」
春樹の口調が少し神妙に聞こえて、あたしはちょっとだけ緊張感を覚えた。
「なに…?」
「お前、その、意外と胸、あるんだな」
「ンな…!」
春樹の肩にかけていた腕を、あたしは奴の喉に回す。
「っこの、バカーッ!」
あたしのその絶叫と春樹の「ぐえ」という悲鳴は、もしかしたら外で待つみんなにも聞こえたかも知れない。
続く。
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