夢見町の史
Let’s どんまい!
2010
August 03
August 03
【第1話・出逢い編】
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/380/
【第2話・部活編】
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/381/
【第3話・肝試し編】
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/382/
【第4話・海編】
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/383/
------------------------------
最初に声をかけてきたのは佐伯のほうだった。
「ねえねえ、昨日から気になってたんだけどさ、あの島に行ってみない?」
夏旅行2日目も、俺たちは朝から海を堪能する。
夕べはあれだけ星が綺麗だったのに、今は曇り空だ。
昨日と比べて波も随分と荒い。
天気が悪くなったら民宿に戻ってトランプでもしていよう。
そんな相談をしていたら、近藤が「伯父さんから借りてきたよ」と嬉しそうにゴムボートを引きずってきた。
「ただこれ小さいから、乗れるのは2人だけなんだ」
「じゃあ、交代交代で乗ろうぜ!」
誰と誰がゴムボートに一緒に乗るのかだとか、どのような順番で乗るのかは特に決めたわけじゃなかったけど、最初は近藤がさっちゃんを誘って荒波のスリルを楽しんでいた。
さっちゃんが溺れるなんてちょっとしたアクシデントがあったからなのか、伊集院と麗子さんは遠慮がちだ。
それならば俺が、と黄色いボートに乗り込んだ。
少しだけ沖に出てみるか。
「よいしょっと」
呼んでもいないのに佐伯がボートによじ登ってくる。
「うわあ、揺れるねー」
「またか! なんでいつも麗子さんじゃなくってお前なんだよ!」
「白鳥さんじゃなくって悪かったわねー」
佐伯は意地悪そうにべーと舌を出した。
オールを漕ぐ。
ボートはゆっくりと沖へと進んでゆく。
「あーあ~」
佐伯はどこか残念そうな声を出した。
「また来年も、どうせあんたと一緒なんだろうなあ」
「え!?」
不意を着かれたような心地だ。
動揺を悟られないように、俺はわざと口調を強める。
「いやお前、来年って、いやほら、俺たちもう3年で、来年は卒業してるんだぞ!?」
「あれ? あ、そっか、春樹聞いてなかったんだっけ?」
「え? なにを?」
「夕べ部屋で、さっちゃんと近藤君とで、毎年同じメンバーで来たいねーなんて話してたんだ」
「え、あ、そ、そういうことか」
「なんだと思ったのよ?」
「な、なんでもねえよ!」
そんな他愛もない話をしていたら、佐伯がさらに沖にある島を指差して、ちょっとした冒険を提案したってわけだ。
その島は徒歩で1周するのに何時間もかかりそうなぐらいの大きさだけど、住んでる人間はいないらしい。
いわゆる無人島ってやつだ。
浜にいる近藤たちに、俺は声を張り上げる。
「おーい! 近藤ー! ちょっと俺ら、あの無人島に行ってくるー!」
遠くからかすかに「気をつけてー!」と親友の声が返ってきた。
近藤とさっちゃんがこちらに大きく手を振っているのが見える。
俺はオールを漕ぐ腕に、さらに力を込めた。
------------------------------
春樹の奴、信じられない!
ちょっと島を散歩していたら雨が降り始めて、あたしたちは元の浜辺に戻ろうとボートを目指す。
海がさっきよりも荒れてきているから、戻るのは大変かも知れない。
雨の勢いもちょっとずつ増してきてるようだったから、あたしたちは自然と早歩きをしていた。
「うっわ! マジかよ!」
春樹が悲痛な声を出す。
あたしも目を見開いた。
ゴムボートを停めてあった場所にあったのは、荒れ狂う波だけだった。
「なんで!? ボート流されちゃったの!?」
「ああ、そうみたいだな」
「なんでちゃんとロープ結んでおかなかったのよ!」
「結んだよ! きっと、波が高いせいでほどけたんだ」
「そういうのは『ちゃんと結んだ』って言わないのよ! バカ!」
「なんだと!?」
「なによ!?」
喧嘩をしても始まらない。
あたしたちはどこか雨宿りができそうな場所を求めて島の中心へと足を向けた。
雨がさらに強くなって、あたしと春樹は言い合いながらも探索を続ける。
昔は道だっただろう地面は雑草だらけで足がチクチクするし、雨がどんどん体温を奪ってゆく。
振り返ってみると海はさっきよりもさらに波を高めていて、あたしは台風のニュースを思い出していた。
空が、ゴロゴロと音を立てている。
ホント最悪だ。
「やった!」
春樹が表情を輝かせる。
「小屋がある!」
春樹が見つけたそれは木造の小さな山小屋で、幸い鍵はかかっていなかった。
どうせ無人だからと、あたしたちは勝手にその小屋へと避難する。
「でさ、この後どうするの?」
土砂降りの雨が激しく窓を叩いている。
帰る手段が思いつかなくて、あたしは焦りの色を隠せなかった。
「あんだけ波が高かったんだよ? 助けが来れるわけないじゃない」
「近藤が、俺たちがここにいることを知ってる。天気が良くなるまでここにいるしかねえだろ」
「そんな!」
こんな廃墟みたいな小屋で、濡れた体を拭く物もなくて、ごはんもなくて、しかも春樹と2人きり?
何かしら文句を言いたかったけど、寒さのせいで、あたしは腕を抱えて震えることしかできないでいた。
「お!」
小屋の中をごそごそと探っていた春樹が声を上げる。
「毛布あったぞ!」
春樹はそれを「ほらよ」とこちらに放り投げてきた。
今この状況で、毛布はありがたい。
「ありがと」
あたしは体の水滴をなるべく払うと、さっそく毛布に身を包んだ。
春樹はというと、海パン姿のままガチガチと歯を鳴らして寒そうにしている。
「あれ? 春樹の毛布は?」
「それが」
言いにくそうに、春樹は顔を伏せる。
「毛布、1枚しかなかったんだ」
「へ?」
あたしは口をぽかんと開けた。
------------------------------
「だって、仕方ないでしょ?」
俺はいいって言ってるのに、佐伯はしつこい。
「この寒さだと、あんたまた熱出すよ?」
「大丈夫だって。寒くなんかねえよ」
「いいから、ほら!」
佐伯が強引に、俺を毛布の中に引き込んだ。
なんだか部屋の真ん中で抱き合っているみたいで、間が持たない。
「そ、そうだ! 非常用の水もあったんだ!」
俺は自然体を装って毛布から脱出する。
毛布から出ると肌寒いが、何故か顔だけが温かい。
棚の中からペットボトルを取り出して、佐伯に差し出す。
「まだ期限切れてないみたいだから、喉乾いたら飲めよ」
「あんたってさ」
佐伯が感心したような顔をして俺を見つめる。
「意外と頼りになるとこ、あるんだ」
「バ、バカ言ってんじゃねえよ! こんなの普通だよ!」
ペットボトルを佐伯に放って、俺は顔を背ける。
それからどれぐらい経っただろう。
小屋の中は真っ暗闇だ。
俺と佐伯は結局、2人で1枚の毛布に包まって座り、壁に背を預けている。
どちらも水着のままだから、二の腕の部分は素肌で、触れ合っている部分が温かい。
佐伯は俺が見つけたペットボトルから口を離す。
「あ、ごめんね。あたしだけ飲んじゃって」
はい、と水を渡される。
「え!?」
どうしても飲み口の部分に目がいってしまう。
そんなの、間接キスじゃないか!
俺はあたふたと「いや俺は全然喉渇いてないから大丈夫!」と、ペットボトルを佐伯に押し返した。
「なに遠慮してんのよ」
「え、遠慮なんてしてねえよ!」
「なにムキになってるの?」
「は、はあ!? ム、ムキになんてなってねえし! 俺、水なんてなくたって全然平気だし!」
「なにサボテンみたいなこと言ってんのよ」
「誰が砂漠の植物だ!」
「もう! さっきからなによ! あたしが親切で言ってやってんのに! 意味のない無理ばっかしてバカみたい!」
「なんだと!?」
「なによ!」
と、そのとき。
天気は良くなるどころか、さらに悪くなって雷まで発生したらしい。
窓の外が一瞬だけ眩しいほどの光を放ったかと思うと、耳元で大太鼓を打ち鳴らされたような大音量が轟く。
「きゃあ!」
毛布の中で、佐伯が俺に抱きついてきた。
「な、なんだよ!」
「あたし雷苦手なの!」
すると2発目の雷が。
佐伯は再び悲鳴を上げて、ぎゅっと俺の体を強く抱きしめる。
「お、お前ホント怖がりだな」
「う、うるさいなあ!」
語気は荒いが、佐伯は俺を離す気がないようだ。
「あたし、肝試しのとき決めたの」
「なにをだよ?」
「怖いものは怖いって、正直に言おうって」
フラッシュを焚いたかのような光と、再びの轟音。
「きゃあ!」
「いちいち大袈裟な」
「ちょっと春樹」
「なんだよ」
「怖い」
な、なんだよこいつ、急にしおらしくなりやがって。
普段からこうなら可愛げあるのによ。
なんて思っていたら、佐伯の言葉には続きがあった。
「あの、春樹。あのさ、その」
「なんだよ」
「あのね? あの、雷怖いから、その」
「だからなんだよ」
「あの、その、春樹も、その、あたしをさ? もー! 解るでしょ!?」
「わかんねえよ! なんなんだ一体!?」
「もう! 鈍いなあ! あたしを抱っこしててほしいの!」
なんだってェ!?
だだだ、抱っこだと!?
いやでも、こ、怖いんなら仕方ねえ。
「ちッ! しょ、しょうがねえなあ」
全身が硬直して、俺はギクシャクと佐伯の肩に腕を回す。
こんな状況、もしクラスの連中に見られたらどう思われるんだ。
水着姿で、同じ毛布に包まって、抱き合って、しかも他人のいない小屋で2人きりで一晩を明かす?
2人きりで、一晩を明かすー!?
俺が漫画だったら頭を爆発させているところだ。
「さ、佐伯。も、もういいだろ?」
声をかけるが、返事はない。
「おい、佐伯」
それでも反応がないので見てみると、暗くて解りにくかったが佐伯はどうやら寝入ってしまったらしい。
すーすーと寝息が聞こえる。
抱き合ったせいで温かくなったからなのか、安心したからなのか、こいつ眠りやがった!
「ったく」
肩に回した腕を外すと起こしてしまいそうだったので、俺もそのままの体勢で眠ることに集中し始める。
心の中で、邪心を払うかのように俺は念じた。
「羊が1匹、羊が2匹、羊が…」
駄目だ、全然眠れねえ!
数えた羊の数は1万に達していたが、眠気は一向に訪れてこない。
窓の外が明るくなり始めている。
雨はまだ降っているようだったが、夜ほどの激しさはなくなっていて、これは朝になる頃に止むだろうと予感させた。
薄明かりが佐伯の寝顔を照らす。
「こいつ、黙ってりゃ可愛いのによ」
つい独り言を出してしまった。
「ん…」
俺の声に反応したのか、佐伯は目を閉じたまま顎を上げ、顔をこちらに向ける。
「ちょ!」
佐伯の吐息が俺の首筋をくすぐった。
俺たちの姿勢は抱き合ったままの状態で、佐伯は目を閉じて俺に顔を向けている。
この体勢はやばい!
「お、おい、佐伯、さん?」
恐る恐る声をかける。
すると佐伯は返事をするかのように「ん」と、どこか色っぽい声を出した。
心臓の鼓動はもはやヘビメタのドラムぐらい早くなっている。
「おい、寝てんのか?」
「ん」
「お前、そんな無防備だと、ほら、な?」
「んん」
「おいおい、起きろって」
「んー」
「起きろよ」
「ン…」
「起きねえとお前、キ、キスしちまうぞ?」
「ん」
「起きろって。本気だぞ?」
「ん…」
「い、いいんだな? ホントにやるぞ? お、お前がいいって言ったんだからな?」
「んんっ」
ええい、もうどうにでもなれ!
俺は覚悟を決めた。
目をつぶり、唇を尖らせ、佐伯に迫る。
ファーストキスまであと1センチ!
というところで、「へ?」という声がした。
目を開けてみると、佐伯の顔がすぐ目の前にあって、驚きの表情が俺を見つめている。
驚愕していたその顔は、みるみるうちに怒りの表情へと変化した。
「いや、これはちが、ちが、違うんだ」
弁明空しく、佐伯は俺に絡めていた腕を外すと拳を握る。
「っこの、バカーッ!」
助けに来てくれた近藤の伯父さんが俺の顔を見て、「熊にでも遭ったのかい?」と不思議そうな顔をしたのは言うまでもない。
続く。
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/385/
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/380/
【第2話・部活編】
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/381/
【第3話・肝試し編】
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/382/
【第4話・海編】
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/383/
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最初に声をかけてきたのは佐伯のほうだった。
「ねえねえ、昨日から気になってたんだけどさ、あの島に行ってみない?」
夏旅行2日目も、俺たちは朝から海を堪能する。
夕べはあれだけ星が綺麗だったのに、今は曇り空だ。
昨日と比べて波も随分と荒い。
天気が悪くなったら民宿に戻ってトランプでもしていよう。
そんな相談をしていたら、近藤が「伯父さんから借りてきたよ」と嬉しそうにゴムボートを引きずってきた。
「ただこれ小さいから、乗れるのは2人だけなんだ」
「じゃあ、交代交代で乗ろうぜ!」
誰と誰がゴムボートに一緒に乗るのかだとか、どのような順番で乗るのかは特に決めたわけじゃなかったけど、最初は近藤がさっちゃんを誘って荒波のスリルを楽しんでいた。
さっちゃんが溺れるなんてちょっとしたアクシデントがあったからなのか、伊集院と麗子さんは遠慮がちだ。
それならば俺が、と黄色いボートに乗り込んだ。
少しだけ沖に出てみるか。
「よいしょっと」
呼んでもいないのに佐伯がボートによじ登ってくる。
「うわあ、揺れるねー」
「またか! なんでいつも麗子さんじゃなくってお前なんだよ!」
「白鳥さんじゃなくって悪かったわねー」
佐伯は意地悪そうにべーと舌を出した。
オールを漕ぐ。
ボートはゆっくりと沖へと進んでゆく。
「あーあ~」
佐伯はどこか残念そうな声を出した。
「また来年も、どうせあんたと一緒なんだろうなあ」
「え!?」
不意を着かれたような心地だ。
動揺を悟られないように、俺はわざと口調を強める。
「いやお前、来年って、いやほら、俺たちもう3年で、来年は卒業してるんだぞ!?」
「あれ? あ、そっか、春樹聞いてなかったんだっけ?」
「え? なにを?」
「夕べ部屋で、さっちゃんと近藤君とで、毎年同じメンバーで来たいねーなんて話してたんだ」
「え、あ、そ、そういうことか」
「なんだと思ったのよ?」
「な、なんでもねえよ!」
そんな他愛もない話をしていたら、佐伯がさらに沖にある島を指差して、ちょっとした冒険を提案したってわけだ。
その島は徒歩で1周するのに何時間もかかりそうなぐらいの大きさだけど、住んでる人間はいないらしい。
いわゆる無人島ってやつだ。
浜にいる近藤たちに、俺は声を張り上げる。
「おーい! 近藤ー! ちょっと俺ら、あの無人島に行ってくるー!」
遠くからかすかに「気をつけてー!」と親友の声が返ってきた。
近藤とさっちゃんがこちらに大きく手を振っているのが見える。
俺はオールを漕ぐ腕に、さらに力を込めた。
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春樹の奴、信じられない!
ちょっと島を散歩していたら雨が降り始めて、あたしたちは元の浜辺に戻ろうとボートを目指す。
海がさっきよりも荒れてきているから、戻るのは大変かも知れない。
雨の勢いもちょっとずつ増してきてるようだったから、あたしたちは自然と早歩きをしていた。
「うっわ! マジかよ!」
春樹が悲痛な声を出す。
あたしも目を見開いた。
ゴムボートを停めてあった場所にあったのは、荒れ狂う波だけだった。
「なんで!? ボート流されちゃったの!?」
「ああ、そうみたいだな」
「なんでちゃんとロープ結んでおかなかったのよ!」
「結んだよ! きっと、波が高いせいでほどけたんだ」
「そういうのは『ちゃんと結んだ』って言わないのよ! バカ!」
「なんだと!?」
「なによ!?」
喧嘩をしても始まらない。
あたしたちはどこか雨宿りができそうな場所を求めて島の中心へと足を向けた。
雨がさらに強くなって、あたしと春樹は言い合いながらも探索を続ける。
昔は道だっただろう地面は雑草だらけで足がチクチクするし、雨がどんどん体温を奪ってゆく。
振り返ってみると海はさっきよりもさらに波を高めていて、あたしは台風のニュースを思い出していた。
空が、ゴロゴロと音を立てている。
ホント最悪だ。
「やった!」
春樹が表情を輝かせる。
「小屋がある!」
春樹が見つけたそれは木造の小さな山小屋で、幸い鍵はかかっていなかった。
どうせ無人だからと、あたしたちは勝手にその小屋へと避難する。
「でさ、この後どうするの?」
土砂降りの雨が激しく窓を叩いている。
帰る手段が思いつかなくて、あたしは焦りの色を隠せなかった。
「あんだけ波が高かったんだよ? 助けが来れるわけないじゃない」
「近藤が、俺たちがここにいることを知ってる。天気が良くなるまでここにいるしかねえだろ」
「そんな!」
こんな廃墟みたいな小屋で、濡れた体を拭く物もなくて、ごはんもなくて、しかも春樹と2人きり?
何かしら文句を言いたかったけど、寒さのせいで、あたしは腕を抱えて震えることしかできないでいた。
「お!」
小屋の中をごそごそと探っていた春樹が声を上げる。
「毛布あったぞ!」
春樹はそれを「ほらよ」とこちらに放り投げてきた。
今この状況で、毛布はありがたい。
「ありがと」
あたしは体の水滴をなるべく払うと、さっそく毛布に身を包んだ。
春樹はというと、海パン姿のままガチガチと歯を鳴らして寒そうにしている。
「あれ? 春樹の毛布は?」
「それが」
言いにくそうに、春樹は顔を伏せる。
「毛布、1枚しかなかったんだ」
「へ?」
あたしは口をぽかんと開けた。
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「だって、仕方ないでしょ?」
俺はいいって言ってるのに、佐伯はしつこい。
「この寒さだと、あんたまた熱出すよ?」
「大丈夫だって。寒くなんかねえよ」
「いいから、ほら!」
佐伯が強引に、俺を毛布の中に引き込んだ。
なんだか部屋の真ん中で抱き合っているみたいで、間が持たない。
「そ、そうだ! 非常用の水もあったんだ!」
俺は自然体を装って毛布から脱出する。
毛布から出ると肌寒いが、何故か顔だけが温かい。
棚の中からペットボトルを取り出して、佐伯に差し出す。
「まだ期限切れてないみたいだから、喉乾いたら飲めよ」
「あんたってさ」
佐伯が感心したような顔をして俺を見つめる。
「意外と頼りになるとこ、あるんだ」
「バ、バカ言ってんじゃねえよ! こんなの普通だよ!」
ペットボトルを佐伯に放って、俺は顔を背ける。
それからどれぐらい経っただろう。
小屋の中は真っ暗闇だ。
俺と佐伯は結局、2人で1枚の毛布に包まって座り、壁に背を預けている。
どちらも水着のままだから、二の腕の部分は素肌で、触れ合っている部分が温かい。
佐伯は俺が見つけたペットボトルから口を離す。
「あ、ごめんね。あたしだけ飲んじゃって」
はい、と水を渡される。
「え!?」
どうしても飲み口の部分に目がいってしまう。
そんなの、間接キスじゃないか!
俺はあたふたと「いや俺は全然喉渇いてないから大丈夫!」と、ペットボトルを佐伯に押し返した。
「なに遠慮してんのよ」
「え、遠慮なんてしてねえよ!」
「なにムキになってるの?」
「は、はあ!? ム、ムキになんてなってねえし! 俺、水なんてなくたって全然平気だし!」
「なにサボテンみたいなこと言ってんのよ」
「誰が砂漠の植物だ!」
「もう! さっきからなによ! あたしが親切で言ってやってんのに! 意味のない無理ばっかしてバカみたい!」
「なんだと!?」
「なによ!」
と、そのとき。
天気は良くなるどころか、さらに悪くなって雷まで発生したらしい。
窓の外が一瞬だけ眩しいほどの光を放ったかと思うと、耳元で大太鼓を打ち鳴らされたような大音量が轟く。
「きゃあ!」
毛布の中で、佐伯が俺に抱きついてきた。
「な、なんだよ!」
「あたし雷苦手なの!」
すると2発目の雷が。
佐伯は再び悲鳴を上げて、ぎゅっと俺の体を強く抱きしめる。
「お、お前ホント怖がりだな」
「う、うるさいなあ!」
語気は荒いが、佐伯は俺を離す気がないようだ。
「あたし、肝試しのとき決めたの」
「なにをだよ?」
「怖いものは怖いって、正直に言おうって」
フラッシュを焚いたかのような光と、再びの轟音。
「きゃあ!」
「いちいち大袈裟な」
「ちょっと春樹」
「なんだよ」
「怖い」
な、なんだよこいつ、急にしおらしくなりやがって。
普段からこうなら可愛げあるのによ。
なんて思っていたら、佐伯の言葉には続きがあった。
「あの、春樹。あのさ、その」
「なんだよ」
「あのね? あの、雷怖いから、その」
「だからなんだよ」
「あの、その、春樹も、その、あたしをさ? もー! 解るでしょ!?」
「わかんねえよ! なんなんだ一体!?」
「もう! 鈍いなあ! あたしを抱っこしててほしいの!」
なんだってェ!?
だだだ、抱っこだと!?
いやでも、こ、怖いんなら仕方ねえ。
「ちッ! しょ、しょうがねえなあ」
全身が硬直して、俺はギクシャクと佐伯の肩に腕を回す。
こんな状況、もしクラスの連中に見られたらどう思われるんだ。
水着姿で、同じ毛布に包まって、抱き合って、しかも他人のいない小屋で2人きりで一晩を明かす?
2人きりで、一晩を明かすー!?
俺が漫画だったら頭を爆発させているところだ。
「さ、佐伯。も、もういいだろ?」
声をかけるが、返事はない。
「おい、佐伯」
それでも反応がないので見てみると、暗くて解りにくかったが佐伯はどうやら寝入ってしまったらしい。
すーすーと寝息が聞こえる。
抱き合ったせいで温かくなったからなのか、安心したからなのか、こいつ眠りやがった!
「ったく」
肩に回した腕を外すと起こしてしまいそうだったので、俺もそのままの体勢で眠ることに集中し始める。
心の中で、邪心を払うかのように俺は念じた。
「羊が1匹、羊が2匹、羊が…」
駄目だ、全然眠れねえ!
数えた羊の数は1万に達していたが、眠気は一向に訪れてこない。
窓の外が明るくなり始めている。
雨はまだ降っているようだったが、夜ほどの激しさはなくなっていて、これは朝になる頃に止むだろうと予感させた。
薄明かりが佐伯の寝顔を照らす。
「こいつ、黙ってりゃ可愛いのによ」
つい独り言を出してしまった。
「ん…」
俺の声に反応したのか、佐伯は目を閉じたまま顎を上げ、顔をこちらに向ける。
「ちょ!」
佐伯の吐息が俺の首筋をくすぐった。
俺たちの姿勢は抱き合ったままの状態で、佐伯は目を閉じて俺に顔を向けている。
この体勢はやばい!
「お、おい、佐伯、さん?」
恐る恐る声をかける。
すると佐伯は返事をするかのように「ん」と、どこか色っぽい声を出した。
心臓の鼓動はもはやヘビメタのドラムぐらい早くなっている。
「おい、寝てんのか?」
「ん」
「お前、そんな無防備だと、ほら、な?」
「んん」
「おいおい、起きろって」
「んー」
「起きろよ」
「ン…」
「起きねえとお前、キ、キスしちまうぞ?」
「ん」
「起きろって。本気だぞ?」
「ん…」
「い、いいんだな? ホントにやるぞ? お、お前がいいって言ったんだからな?」
「んんっ」
ええい、もうどうにでもなれ!
俺は覚悟を決めた。
目をつぶり、唇を尖らせ、佐伯に迫る。
ファーストキスまであと1センチ!
というところで、「へ?」という声がした。
目を開けてみると、佐伯の顔がすぐ目の前にあって、驚きの表情が俺を見つめている。
驚愕していたその顔は、みるみるうちに怒りの表情へと変化した。
「いや、これはちが、ちが、違うんだ」
弁明空しく、佐伯は俺に絡めていた腕を外すと拳を握る。
「っこの、バカーッ!」
助けに来てくれた近藤の伯父さんが俺の顔を見て、「熊にでも遭ったのかい?」と不思議そうな顔をしたのは言うまでもない。
続く。
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/385/
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