夢見町の史
Let’s どんまい!
August 04
【第1話・出逢い編】
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【第2話・部活編】
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【第3話・肝試し編】
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/382/
【第4話・海編】
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【第5話・無人島編】
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【第6話・文化祭編】
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「文化祭では迷惑をかけたね」 
 秋の風が伊集院の髪を乱す。 
 俺は「別にいいよ」とさらりと言った。 
 伊集院はわざわざ、そのことを詫びるためだけに俺をここに呼び出したのだろうか。 
 校舎の屋上に出ていると風が強く、わずかに寒い。 
 俺はぶるっと身震いをする。 
「伊集院、盲腸はもういいのかよ?」 
 手櫛で髪を整えると、伊集院は「おかげさまでね」とはにかむ。 
「退院してからは順調そのものだよ」 
「そりゃ何よりだ」 
「春樹君」 
「ん?」 
「君に訊きたいことがあるんだ。真剣に答えてくれ」 
「なんだよ、急に改まって」 
「君と佐伯さんは、どういう関係なんだい?」 
「な…!」 
 思いがけない質問だった。 
 反射的に焦って、俺は強がりを見せる。 
「べ、別にあいつとはなんにもねーよ! あいつとはただの腐れ縁で…! たまたま家が隣ってだけで…!」 
「それを聞いて安心したよ」 
「え? なにが」 
「僕が佐伯さんに交際を申し込んでも、問題ないということでいいんだね?」 
「え? いや、まあ、お、おう」 
 ついいつものクセで、俺は胸を張る。 
「あ、あいつがいいって言えば、いいんじゃねえか?」 
「そうか」 
 伊集院が再び「それを聞いて安心したよ」と髪をかき上げる。 
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 いつものように、あたしは自室の窓から手を伸ばし、春樹の部屋の窓を勝手にあける。 
 春樹はまた格闘ゲームをやっていた。 
 コントローラーを持って「なんだよ、またお前かよ」と毎度のセリフを口にしている。 
「お邪魔するよー」 
「ったく、せめてノックぐらいしろよな!」 
「なによ今さら。いいでしょ? 別に」 
 あたしは足元に擦り寄ってきた猫を抱き上げ、定位置である春樹のベットに腰を下ろす。 
 ただ呆然と、あたしはゲーム画面を眺めていた。 
 筋肉質のレスラーと、線の細いチャイナ服の女の子が、時折手から光線のようなものを発射しながら戦っている。 
「今日はなんの用だよ」 
 あたしが黙り込んだままでいたからだろう。 
 画面に注目したまま、春樹がそう訊ねてきた。 
「あのさ?」 
 あたしは静かに、大吾郎の頭を撫でる。 
「あたし、伊集院君から告白されちゃった」 
 ちゅどーん。 
 と、テレビから音がした。 
 画面には「ゲームオーバー」と表示されている。 
 春樹はどうやら負けてしまったようだ。 
 コントローラーをかちゃかちゃと操作しながら、コンテニューを選択している。 
「で、なんて答えたんだよ?」 
「ううん、返事はまだ。『もし交際してくれるなら、次の日曜に学校のピロティまで来てほしい』って言われただけ」 
「次の日曜って、3年の引退試合の日だぞ。マネージャー休むのかよ」 
 自分が動かすキャラクターを選ぶと、春樹はポンとボタンを押した。 
 その横顔を見ながら、あたしは溜め息混じりに口を開く。 
「あたし、どうしたらいいかな?」 
「そ、そんなの、お前の好きにしたらいいじゃねえか。なんで俺に訊くんだよ」 
 こっちに顔すら向けないその春樹の態度に、あたしは少しカチンとくる。 
「なによ!」 
 テレビが「ファイッ」と戦闘開始を合図した。 
「あたしが伊集院君と付き合ってもいいって言うの!?」 
「そんなのお前の問題だろ!? 俺が決めることじゃねえじゃねえか!」 
「なによそれ!? 春樹はあたしが誰と付き合おうが関係ないんだ!?」 
「そういうことじゃなくて!」 
「じゃあどういうことよ!」 
 大吾郎があたしの膝から降り、ベットの下へと避難する。 
 気づけばあたしは立ち上がっていて、ゲームを続ける春樹を見下ろす形になっていた。 
「あんたっていつもそう! 人の気も知らないで!」 
「なんだと!?」 
「なによ!」 
 あたしは乱暴に窓をガラガラと開け放つ。 
「もういい! あたし次の日曜、試合見に行かないから!」 
 自分の部屋の窓も開けて、あたしは淵に足をかけた。 
「どういうことだよ!?」 
 背後からした春樹の声に、あたしは勢い余って断言をする。 
「伊集院君はあんたと違って頭もいいしカッコイイし紳士的だし、せっかく日曜待っててくれるんだからピロティまで行ってくる!」 
 テレビがまた「ちゅどーん」と音を立てた。 
 黙り込んでしまった春樹を尻目に、あたしは窓をまたいで部屋へと戻る。 
 荒々しく窓を閉め、しゃっとカーテンを引いた。 
 なによ、あいつ。 
 握っていたカーテンを離し、あたしはそこに寄りかかる。 
「もう、鈍感なんだから」 
 その晩は、なかなか寝つけなかった。 
 あたしは悩みに悩んだ末、1つの決心をして布団に潜り込む。 
 翌日。 
 あたしは練習の後に、顧問の安田先生に時間を作ってもらっていた。 
 先生が体育教官室のドアを開ける。 
「なんだ佐伯、先生に相談って」 
「実は、次の日曜なんですけど…」 
 サッカー部の3年生たちによる高校最後の引退試合は、親交の深い他校にて行われる。 
 あたしはその日、用事があってそこには行けませんと先生に告げた。 
「休むのは構わんが、どうしたんだ佐伯? 顔色が良くないぞ?」 
「いえ、なんでもありません」 
「まあ、入れ」 
 教官室に招き入れられ、あたしは椅子を勧められる。 
 先生がコーヒーを淹れてくれた。 
「ほら、飲め。砂糖とミルクはそこにあるから」 
「あ、ありがとうございます」 
 ふうふうと冷ましながらカップに口をつける。 
 先生は何も言わず、あたしの正面に椅子を持ってきて座った。 
「美味いか?」 
「はい」 
 あたしは顔を伏せ、黙ってコーヒーをいただく。 
 そうしていたら、両手で抱え込むようにして持たれているカップに、ポタリと雫が落ちた。 
 ポタリ。 
 ポタリ。 
 またポタリ。 
 いつの間にか、あたしは肩を小刻みに上下させ、ひっくひっくと顔をくしゃくしゃにしている。 
「やっぱり悩みがあるんだな? そういうのはな、佐伯。誰かに聞いてもらうだけでも、楽になるもんだ」 
 下を向いていたので見えなかったけど、先生はきっとこのとき、優しげに微笑んでいた。 
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 あれから眠れない日が続いたせいか、今日のコンディションは最悪だ。 
 シュートをミスるどころか、ろくにパスも回せないし、なんだか足が上手く回転しない。 
 あいつそろそろ、ピロティで伊集院と逢うんだろうな。 
 佐伯の顔が、どうしても頭から離れないでいる。 
 ぼんやりしていると俺の目の前をボールが通り過ぎ、それを相手チームの選手がさらっていった。 
「春樹ー! なにやってんだ!」 
 安田先生の怒声がして、俺はハッとなる。 
「す、すみません!」 
 すると、あっけなく前半戦の終了を告げるホイッスルが鳴り響いた。 
「春樹、ちょっと来い」 
 ハーフタイム中、先生がグランドの隅に俺を呼び出す。 
「さっきのプレイは一体なんなんだ!?」 
「すみません!」 
 深々と頭を下げたが、先生の怒りは収まりそうもない。 
「あんなんじゃ、チームの足を引っ張るだけだ!」 
「はい! 後半戦は気をつけます!」 
「後半戦?」 
 先生はフンと鼻を鳴らす。 
「お前みたいな奴は、後半戦に出せん」 
「そんな! お願いします! 今後は気をつけるんで出させてください!」 
「駄目だ駄目だ! 佐伯から聞いたぞ。お前どうせ、佐伯のことが気になって試合に集中できなかったんだろ? そんな軟弱な精神の奴を試合に出すことはできん!」 
「いえ、もう大丈夫です! 試合に集中します! だからプレイさせてください!」 
「駄目だと言っているだろう! 前半でみんなの足を引っ張った罰だ」 
 先生は尻のポケットから財布を取り出すと、千円札を何枚か取り出して俺に握らせる。 
「これでみんなの分のジュースを買ってこい! …桜ヶ丘学園のピロティまでな」 
「…え?」 
「俺、コーラな。先生、そこで売っているコーラしか口に合わないんだ」 
「先生…」 
 ニヤリと笑ったかと思うと、先生は踵を返す。 
 すたすたと遠ざかってゆく安田先生の背中に、俺は精一杯に頭を下げた。 
「すみませんでした! 行ってきます!」 
 俺に背を向けたまま、先生がひらひらと片手を挙げる。 
「行きのタクシー代も持たせたけどな、帰りは炭酸が抜けないようにゆっくり戻ってこいよ」 
「はい!」 
 ユニフォーム姿のまま、俺は走り出す。 
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「待ってたよ、佐伯さん」 
 自販機横のベンチに座っていた伊集院君が、すっと立ち上がってあたしに歩み寄る。 
「ここに来てくれたってことは、僕と交際してくれるんだね?」 
 あたしは手を前で軽く組み、つま先を見つめている。 
 口を開かないあたしに、伊集院君は「どうかしたのかい?」と優しく訊ねた。 
 あたしは意を決し、バッと頭を下げる。 
「ごめんなさい! 今日は、伊集院君にお礼を言いに来たんです」 
「お礼?」 
「はい。こんなあたしなのに好きになってくれて、ありがとうございました!」 
 しばらくの静寂。 
 あたしはゆっくりと頭を上げる。 
 なんだけど申し訳ない気持ちばっかりで、またしても自分のつま先に目がいってしまう。 
 伊集院君が「そうか」と溜め息をついた。 
「そんなことだろうと思っていたよ。君は、やっぱり春樹君のことが好きなんだね」 
 あたしはゆっくりと顔を上げ、しっかりと伊集院君の目を正面から見据える。 
「はい、好きです」 
 はっきりと答えることが、せめてもの誠意だと思った。 
「参ったな」 
 伊集院君が自嘲気味に笑う。 
「やっぱり君たちの絆には敵わなかったってわけか」 
「絆なんて、そんな!」 
 あたしは手をぶんぶんと振った。 
「あいつきっと、あたしに興味なんてないんですよ」 
 泣きたくなるのをこらえながら、あたしはへらへらと笑ってみせる。 
「あいつ、今日のことだって話したのに無関心だったんです。あたしを引き止めてくれなかったし…。だからこれ、あたしの片想いなんです」 
「そうでも、ないみたいだよ?」 
「え?」 
 伊集院君が指差す方向に目をやる。 
 遠く、学校の外にタクシーが止まっていて、見慣れたユニフォームが代金を支払っているのが見えた。 
「さてと、邪魔者は退散しますか」 
 気取った素振りで肩をすぼめると、伊集院君があたしに右手を差し出す。 
「佐伯さん、素敵な恋だった。ありがとう」 
 あたしはその手を握る。 
「はい」 
「お幸せに」 
 手を離すと、伊集院君は颯爽と歩き出し、タクシーとは逆方向へと去っていった。 
「おーい!」 
 遠くから聞きなれた声がする。 
「佐伯ー!」 
「なによー」 
 あたしは後ろ手を組んで、てくてくと春樹に向かって歩き出す。 
「あんた、試合はどうしたのよ?」 
 春樹はぜいぜいと肩で息をさせている。 
「そんなことより、伊集院は?」 
「もう帰ったよ」 
「そうなのか。それで、どうなったんだ?」 
「どうなったって、なにがー?」 
 あたしは意地悪く笑う。 
 春樹は「だから、その、付き合うことになったのか?」とおろおろするばかりだ。 
 あたしは春樹の手を取った。 
「行こ」 
「え、でも、その」 
「まだ試合、終わってないんでしょ?」 
「え、ああ、そうだな。先生と、あとみんなにジュース買って戻らねえと」 
 春樹が自販機に千円札を入れる。 
 大量のスポーツドリンクと、コーラを1本。 
 袋も鞄もないのに、そのジュースどうやって運ぶのよ。 
 全くバカねと、あたしは春樹の腰を叩いて、そして笑った。 
 続く。
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/387/
 
  






