夢見町の史
Let’s どんまい!
January 03
今度の遺骨は3体だった。
そのことが、まるで私たちの素晴らしい未来を暗示しているように思えてならない。
面倒臭がる彼を強引に正装をさせ、あたしはあの店が良いと強く望んだ。
「まあ、この店は僕らにとっても思い出深いからね」
「でしょ? 結婚記念日には最適でしょ?」
彼と結婚して、今日で丁度1年だ。
お祝いということで、少しお高い印象の、この店を選んだ。
去年はここで、あたしは彼からプロポーズを受けたのだ。
ウエイターがキャンドルに火を灯し、去る。
「ねえ」
彼に、見方によっては意地の悪そうな笑顔を向けた。
「また見つかったね」
「ああ」
彼がメニューから顔を上げる。
「僕も見たよ。今度のは3体で1組」
去年は、抱き合う男女の遺骨が海外で発見され、ちょっとした話題を呼んだ。
5000年から6000年前のもので、その抱き合う様は素晴らしく綺麗に見えた。
直情的に「死ぬときは愛する人とこうなりたい」なんて、少女のような夢想を当時はしたものだ。
最近発見された遺骨はというと、親子バージョンとでもいうべきだろうか。
3体の遺骨が抱き合っている。
やはり5000年以上も昔の人骨だ。
母親と思われる女性と、2人の子供。
外側の子が8歳ぐらいで、真ん中の子が5歳ぐらいと推定されている。
その3人が抱き合った状態で発掘されたのだ。
「あの3人はさ、なんであんな風に抱き合ってたの?」
あたしが5000年以上も前のことを彼に質問するには訳がある。
彼は去年、太古の男女が抱き合って果てた理由を独自に想像していて、その物語をあたしに聞かせてくれたのだ。
怖い話もあったけど、好みの話もあった。
彼のことだから、今回の話も用意しているのではないか?
そう思ったのだ。
彼は「まずは乾杯しようよ」と、ウエイターを呼ぶ。
選んだ食前酒は、去年と同じ銘柄だった。
あたしはそれとは別にソフトドリンクを注文する。
「お互い、結婚生活1年達成、おめでとう」
グラスを鳴らせた。
「でさ、さっきの話は? あの3人は、なんで抱き合ってたの?」
居ても経ってもいられないといった体で、あたしはキャンドル越しに彼にせがむ。
「あれは残念だけど、他者から埋葬された可能性が高いね」
涼しい顔で、彼は手元にグラスを置いた。
「え?」
「何らかの理由で死んだ親子が埋葬時、抱き合わせられたんじゃないかな」
「なんでよ!」
「だって、下には花が敷き詰められた形跡があるんでしょ?」
「う。そうだけどさ」
なんだかガッカリだ。
彼のことだから、今度も何かしらのストーリーを思い描いていたのかと期待していたのに。
結婚2年目からして、早くも倦怠期だろうか。
「そんなことよりさ、君、あの世から電話があったら、どうする?」
「へ?」
話の展開がまるで解らない変な問いに、あたしは間の抜けた声を出した。
「あの世からの電話?」
「そう」
「どうするって言われても、誰からなのか、とか、何の用事なのかによるでしょ?」
「まあ、そうだよね」
そこで彼はクスリと笑う。
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<エンジェルコール1>
モニターには、ある男の人の個人情報が全て映し出されている。
次のお客様は初老で、職業は裁判官。
頭が良くなきゃこなせないお仕事なんだろうな。
脳の性能を見ると、凄くいい。
賢い人ほど慎重だから、今回は手強いかも知れないなあ。
僕はいつものようにヘッドフォンをし、カタカタとキーボードを操作する。
今日は休日とあるから、長話に持ち込むのは難しくなさそうだ。
通話ボタンをクリックすると、呼び出し音が耳の奥で鳴った。
職場ではたくさんの仲間たちの話し声が、ちょっとしたざわめきのように満ちている。
礼儀正しくデスクが並んで、その1つ1つにモニターと機器、回転椅子と同僚がセットになって、続いている。
真横を向けば合わせ鏡みたいだ。
これが何列もある。
自分の職場ながら、規模の大きさが頼もしい感じ。
「もしもし?」
先方が出たみたいだ。
僕は丁重で、少し高めの声を意識した。
「お休み中のところ、大変失礼致します。わたくし、先日まで見守らせていただいておりました、天使のロウと申します」
「天使?」
「はい、さようでございます」
人間のほとんどは、この時点で驚きの声を上げる。
この人も例外じゃないみたいだ。
「天使、とは? 見守っていた?」
「はい、見守らせていただいておりました」
嘘じゃないよ。
モニター越しにだけど、この人のことは先日まで見てた。
「天使だとして、何故私に電話を?」
「はい、本日はですね? 人生に関わる重大な情報をお知らせするため、お電話させていただきました」
「ほう」
「実は、大変申し上げにくいのですが、地球はじき、惑星規模の天変地異に見舞われてしまいます」
そこで相手は返事をしなくなっちゃった。
この人頭いいから、きっと話の真偽を図っているんだろうな。
慌てたら怪しがられるから、構わず続けちゃえ。
「混乱させてしまい、誠に申し訳ございません。今から16年後のことでございます。地表に生きる9割もの生物が死滅するといった大規模な災害が起こってしまうんですね」
「それが事実なのだと、どう証明する?」
「未来のことですので証明自体は難しいのですが、もしよろしければ、今宵の夢にその災害時の映像を流させていただくことは可能でございます。そういった手段が使える点も考慮していただいて、わたくしが天使であることをご信頼いただければと思うのですが、いかが致しましょう?」
「そんなことが出来るなら、やってもらおうか」
「かしこまりました。ただ激しい災害の夢でございますので、非常に恐怖を感じさせる内容となっているんですね? そこのところ、ご了承いただければと存じます」
「いいだろう。今夜だな?」
「はい。正確には、明日の朝方ですね。起床されるしばらく前に、夢を放映させていただきます」
「解った。それで、そんな大きな災害が起こることを教えて、どうしたいんだ? えっと、君は天使の…」
「はい、ロウでございます」
「ロウ君の用件は、何かね?」
実は用件があるってこと、見抜いちゃったかー。
察しがいいのは助かるけど、こっちのペースを崩されるから困るよ。
「はい、問題は、その天変地異が起きた後のことでございます」
「ほう」
「先ほど申し上げました通り、地表の生物は9割も死滅してしまいます。そこで人間の数も著しく減少してしまうんですね」
「そうだろうな」
「そうなりますと、魂の調整が取れなくなってしまいます。通常の場合ですと、人は死亡しますと魂が抜け、あの世で留まった後、再び人へと生まれ変わりを果たします」
「ふむ」
「しかし天変地異が起きますと、1度に多くの魂が天に召されてしまいます。一方現世では少数の方しか生き残れないんですね? そうなりますと将来、多くの魂が生まれ変わりをする際、人間になりたくとも、その頃はもう、人間の数が足りないのです」
「つまるところ、人間以外の動物に生まれ変わる可能性が高いというわけだね?」
「はい、さようでございます。ただ問題なのは、哺乳類や爬虫類なども数が減ってしまいますので、プランクトンですとか虫などといった、非常に小さい生物に生まれ変わってしまう可能性がございます」
「ふむ、それで?」
いよいよ本題その1だ。
僕はきゅうっと息を飲んだ。
「はい。そこで僭越ではございますが、来世で人間になることを今から諦めていただきますと、私どもとしても助かるんですね。その代わりといってはなんですが、より充実した人生を楽しんでいただくために、わたくしどもからプレゼントをご用意させていただきました」
「プレゼント?」
「はい。願いを叶えさせていただいております」
「願い? 願いといっても、範囲があるんじゃないのかね?」
「ええ。一応ですね、こちらで設けさせていただいたポイントがございます。小さな願い事ですと数ポイントで叶いますが、大きな願い事ならそれだけ多くのポイントを消費するといった形になるんですね」
「なるほどな。だいたいでいいから教えてもらいたんだが」
「はい、なんでございましょう?」
「何を叶えると何ポイント必要なのか、1ポイントあたりの価値を知りたい」
「そうですね。まちまちではございますが、例えば億万長者になるといった願い事ですと、その規模にもよるのですが、だいたい500ポイントほど消費するかと思います。もし今何かしら叶えたいことがございましたら、わたくしがお調べし、消費ポイントのお見積もりをさせていただくことも可能でございますよ」
「いや、結構だ。それで、もし私がイエスといえば、何ポイント配給されるのかね?」
「はい、人生を楽しむに充分な1000ポイントでございます。今を大切にするためにも、是非わたくしにお任せください」
「任せると言った場合は、具体的にどういった契約を結ぶんだね?」
「はい、このお電話でお申し付けいただくだけで、わたくしが責任持って、今後の生活を手助けさせていただきます。面倒なことは一切ございませんので、安心してお楽しみください」
すると、沈黙。
もう一言、僕からなんか言ったほうがいいのかな。
でも、考えてるのを邪魔して怒られても嫌だし。
「そうだな。少し時間をもらえるかね。色々と考えてみたい」
「そうですよね。大切なことでございますから、慎重になられたほうが良いかと思います」
こりゃ逃げられちゃうかなあ。
契約取れないと、お給料に響くんだよなあ。
「ロウ君といったな。明日の夜にまた電話をくれないか」
「かしこまりました。夜といいますと、19時ぐらいでよろしいでしょうか?」
「そうだな。それぐらいで頼む」
「かしこまりました。それではわたくし、担当のロウが、明日またお電話させていただきます。ご対応のほど、よろしくお願い致します」
「うむ」
「今宵の夢は非常に恐ろしいものとなるかと思いますので、どうぞ心を決め、就寝なさってくださいませ」
「解った」
「本日はお電話の時間をいただき、誠にありがとうございます」
それでは失礼しますって言って、僕は「回線切断」のボタンをクリックする。
夢アリの欄にもチェックして、と。
これでオーケー。
僕が実は悪魔なんだってこと、バレてなさそうだ。
向こうから電話してくれって言ってきてたもん。
もしかしたら、明日はいい返事貰えるかも。
期待しちゃうね、こりゃ。
続く。
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