夢見町の史
Let’s どんまい!
February 27
<そこはもう街ではなく・1>
大地の中に誰かがいる。
これは、地面の下に何者かが埋まっているという意味合いではない。
名が大地という若者の、内面での話だ。
彼は時々、自分の意思に全く反する声を聞くことがある。
音声ならぬ声が脳裏に響いたのは、最も古い記憶だと大地が3歳の頃だ。
悪さをして母親から叱られることなどストレスではなく、通い始めた幼稚園では友達にも恵まれて日々が楽しかった。
「望むのは死ではない。完全なる無だ」
遊んでいるときでもテレビを見ているときでも、眠ろうと横になっているときでも、声は唐突に頭の中で発生した。
「普通に死ねば生まれ変わって次の人生を送る。それでは駄目だ。たかが1つの生命に一体どんな意味がある? もう疲れた。無にならなければならない」
言葉は難しかったが、その言霊が紡ぎ出す感情は不思議と理解ができる。
ただ当時の大地には「死」の概念がなかったせいで「無」との違いまでは判らない。
「苦しいこともあるだろう。悲しいこともあるだろう。しかし幸せを感じることだって多くあるはずだ」
小学校に入るまで、無になりたいと「声」は主張を続けていた。
「幸せだと思える人生だったとしても消滅するほうが良い。人生そのものに意味が無いからだ」
時々とはいえ、まだ幼かった大地はこのような声を頭の中で何度も繰り返された。
それでも後ろ向きな性格にならなかったのは、親や友人たちのおかげだろう。
自殺願望など元々持ったことはないし、「声」自体も自決を否定する。
「車にもそれ以外のことにも、神経質なぐらいに気をつけろ。少しでも死ぬ確率を減らすべきだ。死ねば魂が残ってしまう」
中学では個性的な友人が4人できていて、気がつけば彼らとばかり行動を共にするようになる。
それぞれと初めて出逢ったときは、毎回あの声がしていた。
「こいつだ」
だからというわけでは全くないが、不思議と居心地が良く、いつしか大地はその4人と友達になる。
悪態をつき合う仲ではあるが、彼らも大地を仲間として認めているようだ。
5人で大騒ぎをし、様々な事件に首を突っ込んだり、または巻き込まれたりしていくうちに、例の声は徐々に発言をやめてゆく。
最後に声が聞こえたのは、大地が高校生の頃だったか。
「私の影響で、お前は多少の知能を持ったはずだ。それを駆使して生きるがいい。23歳になるまではな」
それに対し、心の中で言い返す。
「知能を持ったって言われてもしっくりこない。いい高校に入れなかったからな」
もちろん大地はこの声のことを話題に上げようなどと思ってはいない。
話して面白いものではないし、事実であると証明することができないからだ。
唯一、女友達に口を滑らせたぐらいで、他には内密にするよう意識している。
今となっては謎の声ではなく、携帯電話のアラーム音が大地の耳を突いていた。
そろそろ起きて、仕事に行かなくてはならない。
身を起こすには異様に寒く、大地は布団の中でもぞもぞと枕元に手を伸ばす。
携帯電話を探り、アラームを止め、ついでに時刻を確認した。
「ん?」
ケータイにはあまり見慣れない文字が表示されている。
「現在、ご使用になれません」
なんで?
と、文字に対して思わず問う。
電波状況は「圏外」と記されていた。
電話料金を滞ってはいないはずだ。
寒さに耐え、ベットから足を下ろす。
そのまま部屋を出て居間に向かった。
母は買い物にでも出たのか、そこには誰もいない。
再びケータイを開くと、まだ「使用不可」と表示されたままだ。
朝の一服をしても顔を洗っても、その文字が消えることはなかった。
今日も愛用のジャンパーを着て表に出ると、大地は反射的に空気の冷たさに身を震わせる。
呼吸をすれば肺が冷え、冷気のせいで耳が痛むほどに気温が低い。
真冬とはいえ、例年にない寒さだ。
ジーンズのポケットに手を入れ、通常以上の重ね着をしておいたことが正解だったと大地は確信をした。
緩やかな坂道を下り、郵便局を通り過ぎる。
雲一つない青空が、冷えた空気のせいかやたらと澄んで見えた。
歩道にも車道にも動く物はなく、静かな昼上がりといったところだ。
さすがにもう眠気は飛んでいて、意識もしっかりとしている。
何かを探し出さなくてはならないような気がするが、特に心当たりがないのでそれは錯覚なのだろう。
少し肩を丸めて、大地は歩調を速めた。
風の音しか聞こえない、奇妙な静寂が町には満ちている。
下り坂の先は十字路になっていて、4車線の道路と交差をしているのが見えるが、やはり車が通っていない。
角にある24時間営業のスーパーマーケットはシャッターを下ろすわけでもなく、ただ電気を消している。
町全体の気配に、大地はどこか違和感を覚えた。
そこそこ大きなマンションの前で、大地はふと立ち止まる。
視線を感じ、何気なく来た道を振り返った。
小学校低学年ぐらいだろうか。
少女が大地を見つめ、こちらに歩み寄ろうとしている。
日本人らしくない白く整った顔立ちで、黒味がかった金髪を2つに結わえており、白いドレスを着ていた。
「今日初めて人と会ったな」と思うと同時に「いつの間に後ろにいたんだろう」と疑問を感じる。
少女とは既に目が合っているだけに、大地は取り繕うように「こんにちは」と笑顔を見せた。
瞬間、大地は後ずさり、全身の毛穴が鳥肌に変わるのを感じる。
少女は声を上げて笑い、大地のことを指差した。
目だけが全く笑っておらず、それは残虐性を秘めた笑みにしか見えない。
「キャハハハハ!」
不気味さを感じさせる日本人形やフランス人形が突然動き出したような恐怖――。
悲鳴を上げてしまいたくなるのを大地はグッと堪える。
少女は尚もこちらに近づき、あと数歩で「飛びかかられたら触られる距離」だ。
さらに後方に下がる。
と同時に、少女はあろうことか大地の目の前で空気に溶け込むように消えてしまった。
映写機の電源を落としたかのような一瞬の消え去り方だ。
「キャハハハハ!」
消滅の後に耳元で鳴った笑い声に、大地はついに悲鳴を発する。
結局、大地は自宅まで引き返してきていた。
職場のリサイクルショップも他の店舗と同様にシャッターが下っており、店長が来ていなかったからだ。
電話をかけようにも携帯電話が使用できない状態のままなので、どうにもやりようがない。
大通りにもやはり車や人影がないし、コンビニまでもが照明を落とし、閉店している。
暖かい飲み物を買いたくても自動販売機に電源が入っておらず、諦めざるを得なかった。
自室のテレビはというと、これも全く反応を示さない。
ブレーカーが落ちているわけでもないのに、電気が止まってしまっているのだ。
この停電はおそらく広範囲に渡るもので、町人がいなくなってしまったことと連動しているに違いない。
どうやら自分はその騒動に何かしらの理由で参加できなかったのだろう。
大地はそのように考えた。
不意に、頭の中で例の声がする。
「いよいよだ」
今回の声は発音から察するに、喜びの余り一言だけ漏らしてしまったといった印象だ。
それ以上のことは何も言ってこなかった。
大地は先ほど見た消え去る少女について考えることにした。
彼女の一連の行動が、現状を把握するための鍵になると思ったからだ。
あの子みたいな感じで他の皆も消えるようにいなくなったのか?
それにしては人ならぬ気味の悪さをあの女の子は持っていた。
このクソ寒い中ドレス着てたし。
彼女は町民ではないと考えたほうがよさそうだ。
それにしても町の住人や少女が消えた仕組みが解らない。
まさか煙みたいに蒸発しちまったのか?
そういえば俺の中にいる「声」も昔、無になりたいと訴えていた。
とにかく探さねば。
何を?
解らない。
さっきから何かを見つけなきゃいけないと俺は思っている。
この感覚はなんなんだ?
ああ、そうか。
俺以外の誰か人を探すって意味か。
いや違う。
俺が探し出したいのはそういうものでは、きっとない。
考察を重ねていくうちに、大地は自分の中に住まう別人格にも思いを巡らせてゆく。
あいつ久々に喋ったと思ったら「いよいよだ」しか言わなかったな。
何が「いよいよ」なんだ?
もしかして何か知っているのか?
こちらから語りかけても絶対に応答しないし、困ったもんだ。
と、そのとき、玄関を叩く音が大地の耳に入った。
インターホンが鳴らないはずだから、きっとこれはノックなのだろう。
何者かが大地の家を訪れている。
大地以外にも町に残っている者がいたというわけだ。
足早に玄関に向かいながら大地は、ふと例の声からの言葉を思い出す。
「私の影響で、お前は多少の知能を持ったはずだ。それを駆使して生きるがいい。23歳になるまではな」
嫌なタイミングで思い出しちまったな。
と大地は自嘲気味に笑む。
つい先日、大地は23歳の誕生日を迎えたばかりだ。
<万能の銀は1つだけ・1>に続く。
ですので「日記のほうが好き」という方、もしいらっしゃいましたらご安心くださいね。
それでは恒例のお祝いコーナーです。
2/24 りんさん、誕生日おめでとうございます!
2/24 あさこさん、誕生日おめでとうございます!
2/28 里江さん、誕生日おめでとうございます!
2/28 がじゅさん、誕生日おめでとうございます!
これから始まる新しい1年だけに留まらず、これからもずっと幸せでありますように。
お誕生日、本当におめでとうございます!