夢見町の史
Let’s どんまい!
August 09
【第1話・出逢い編】
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【第2話・部活編】
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【第3話・肝試し編】
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【第4話・海編】
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【第5話・無人島編】
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【第6話・文化祭編】
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【第7話・恋のライバル編】
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【第8話・クリスマス編】
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【第8.5話・恋のライバル編Ⅱ】
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【第9話・バレンタイン編】
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/388/
【第10話・卒業編】
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/389/
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僕が伸ばした手の先には、息吹があった。
「あたし、息吹。羽山息吹」
彼女はそうやって僕に名乗ってくれたけれど、名前ぐらいならずいぶん前から知っていた。
同じクラスだし、ずっと前から憧れにも似た感情を密かに抱いていたからだ。
なんだけど、今まで機会もなくて、それに僕は緊張しやすいから、今までずっと自分から積極的に話しかけられないでいたのだ。
「僕は山本裕也」
自己紹介をすると、彼女は「知ってるよ」とにこやかに笑った。
その日、僕はある文庫本を求め、書店内をうろうろとしていた。
「お、見つけた」
内心喜んで本棚に手を伸ばす。
ところが僕は小説ではなく、横から忍んできた細い手に触れていた。
「あ」
手の主と僕は同時に目を合わせる。
知っている顔がそこにあって驚いた。
ずっと憧れだった、息吹さんじゃないか!
僕は動揺してしまって、思わず目を逸らす。
「あ、どうぞ」
「いえ、どうぞ」
どちらともなく譲り合ったけど、結局は僕がその場を逃げるようにして去り、仕方なく別の小説を買って店を出た。
突然の出来事に心臓の鼓動が元の早さに治まらない。
せっかく話しかけるチャンスだったのに、突飛すぎてなにも対応できなかった自分のふがいなさを呪いながら、僕は喫茶店のドアをくぐる。
からんころんとベルの音が響いた。
お気に入りの紅茶を飲みながら、ここで読書をするのが僕の月1の楽しみだ。
本に集中していたから、いつの間にか店内ががやがやとしていることに僕は気がつかないでいた。
「あの、お客様」
ウエイトレスの声に、ふと顔を上げる。
「はい?」
「大変申し訳ございません。店内込み合ってまいりましたので、相席でもよろしいでしょうか?」
落ち着いて本が読めなくなるから正直ちょっと嫌だったけど、仕方ない。
僕は了承の旨をウエイトレスに伝える。
テーブルの真向かいに、コースターが置かれた。
僕は再び文庫本に目を落とす。
「あ」
女の子の声に再び顔を上げる。
「あ!」
書店の紙袋を持った息吹さんが、そこにいた。
「あの作家さん、好きなの?」
「うん、そうなんだ」
内心ドキドキしながらも、僕は普段ならしない紅茶のお代わりを頼む。
これで今月のお小遣いはなくなってしまったけど、やむを得ない。
互いにちょっとした自己紹介を終えると、僕らは今まで知らなかった共通の話題に夢中になる。
「息吹さんは、千年交差はもう読んだ?」
「読んでない! 裕也君は?」
「読んだよ」
「いいなあ。あたしずっと前から読みたかったんだ。どうだった?」
「よかった。凄く面白かったよ」
「あたし、文庫になってから買おうと思ってるんだけど、そんなすぐには出ないよね」
「あ、よかったら貸そうか?」
「本当に!?」
祈るようにして、彼女は胸の前で手を合わせる。
「じゃあ代わりに、さっき裕也君が譲ってくれた本、あたし読み終わったら貸すよ」
「本当!?」
それが僕らの出逢いだった。
それからというもの、僕はなかなか苦労して告白のチャンスを伺ったものだ。
友達のままでも充分幸せだ、なんて最初のほうは思っていたけれど、親密になるにつれ、気持ちが抑えきれなくなってゆく。
ある雨の日。
僕は傘を忘れてしまい、学園の昇降口で立ち往生していたら、息吹さんが傘を差し出してくれた。
1つの傘に2人が入り、並んで一緒に帰ったことは忘れられない思い出だ。
あとで聞いた話によると、この日、お父さんの折り畳み傘を鞄にもう1本入れていたことを、息吹さんは隠していたのだそうだ。
その頃ぐらいだろうか、僕が告白を意識し始めたのは。
なんだけど僕は臆病で、なかなか言い出せない。
どう言ったらいいのか全く解らないし、きっかけもなかった。
やっと想いを口にできたのは、冬になってからだ。
クラスのみんなでスキーをしにいった先でトラブルがあり、僕と息吹さんは2人で宿泊先の部屋に閉じ込められた。
凍死する心配はなかったけど、大雪のせいで電気は止まっていて、心細かった。
「裕也君、あの…」
息吹さんの不安げな顔が暖炉の炎に照らされている。
「暗くて怖いから、そばにいてもいい?」
「え!? あ、うん!」
肩を寄せ合う。
息吹さんのか細い手が、僕の腕に絡みつく。
「嫌じゃ、ない?」
「ももも、もちろん!」
パチパチと木の燃える音。
告白なんてしてる場合じゃないのかも知れない。
でも今しかないと、僕は意を決した。
「息吹さん、あの、実はね、僕はその、あの…」
ごくりと喉が鳴った。
僕はぎゅっと強く目をつぶる。
「実は、ずっと前から、息吹さんのこと、好きだったんだ!」
しかし、息吹さんは何一つとして言葉を発しない。
恐る恐るゆっくりと、僕は目を開ける。
それまで伏せていた顔をゆっくりと上げ、息吹さんを伺った。
「そりゃないよ」
すやすやと寝息を立てている息吹さんを見て、僕は愕然としたものだ。
体中から一気に力が抜けていた。
なんだかんだと、実に様々なことがあったものだ。
卒業式の日。
あの桜の木の下で、僕らはようやく秘めていた想いを打ち明け合う。
息吹さんがまっすぐに僕を見つめた。
「この木の下でキスした2人は、幸せに、永遠に結ばれるんだって」
女の子の唇の感触というものを、僕は初めて知った。
やはりあの大桜は凄い。
言い伝えは本当だった。
僕らが結婚して、もう1年になるだろうか。
僕は今、病院の待合室でただただそわそわと落ち着きなく、貧乏ゆすりをしている。
一生忘れられない記念日が、また1つできようとしていた。
「山本さん! 産まれましたよ!」
駆けつけてきたナースに「本当ですか!?」と返すも、足元がおぼつかない。
あたふたしながら、僕は分娩室に突入する。
「元気な男の子ですよ」
「ありがとうございます!」
担当医に深く一礼をし、僕は一目散に妻の元へ。
「息吹! 頑張ったね!」
息吹は穏やかな笑顔で、産まれ立ての命に手を添え、愛でている。
僕らの結晶はそこに、おぎゃあおぎゃあと確かに存在していた。
「女の子だったら桜って名前にしよう」
そう言い出したのは僕だ。
「あの桜の木にちなんで?」
「うん、そう。あの春の日は僕らにとって特別だったから」
「じゃあ、男の子だったら春樹ってゆうのはどう?」
いいねと、僕は大きくなった息吹のお腹を撫でた。
ナースが僕に振り返る。
「抱いてみますか?」
「あ、はい!」
恐々と両手を差し出す。
大泣きしているせいで、春樹の息がくすぐったい。
僕が伸ばした手の先には、息吹があった。
第1話に続く。
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