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夢見町の史

Let’s どんまい!

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November 23
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2010
August 24
 あらすじ。

  何の変哲もないアメリカン・バーでの、奇妙な1日。
  様々な勘違いや奇跡的なすれ違いの数々が、店主や常連客たちを数奇な運命に導いてゆく。
  ただの抱き枕が何故、大量の麻薬にすり替わってしまったのか?
  あの電車が急停止した理由は?
  盲目の手品師はどのようなマジックを披露するのか?
  チンピラが無くしてしまった2つの大事な物とは?
  町1番の不良娘は歌を唄うことができるのか?
  マスターは自分の城をどうやって守る?
  1人1人のドラマが交差するコメディ感溢れる波乱万丈な1日。



  人物。

  マスター(40歳前後)
  本名不詳。
  バー「ルーズボーイ」の謎の店主。

  浅野大地(22歳)
  フリーターの青年。

  西塚由衣(22歳)
  浅野大地の元同級生。
  剣道で全国大会に出たことがある女子大生。

  西塚司(75)
  西塚由衣の祖父。
  生まれつき全盲だが趣味で手品を得意とする。

  相沢ひとみ(20)
  地元では有名なスリ師。
  心を入れ替えて歌手を志望している。

  寺元康司(26)
  ヤスの愛称で呼ばれるチンピラ。
  悪に徹しきれずどこか間が抜けている。

  神埼竜平(33)
  寺元康司の上司に当たるヤクザ。
  手下も多く、冷酷非道。

------------------------------

  電車内。
  紙袋を持ち、吊り革に捕まる浅野大地と寺元康司。

  突然の急ブレーキ音。
  吹っ飛び、ぶつかり合う2人。

寺元「ってえなコラァ!」
大地「あ、すみません」
アナウンス「事故回避のため、緊急停止をしようと急ブレーキをかけました。誠に申し訳ございません」
寺元「ったく、なんつう運転だ!」

  2人が持っていた紙袋が入れ替わる。

------------------------------

  古びた木造の店内。
  マスターが吹き掃除などをしている。

  浅野大地、入店。

大地「こんちはー!」

マスター「おお、大地君。いらっしゃい。ランチタイムのときに来るなんて珍しいじゃない」

大地「えへへ。いや実はね、今日ちょっと友達とホラー映画見に行ってて」

マスター「ホラー? 大地君、そういうの怖くて見られないんじゃなかったっけ?」

大地「いやね? 友達が強引で断れなくってさあ。どうしても見に行かなきゃいけないって話になっちゃったから、泣く泣く」

マスター「で、どうだった? 怖かった?」

大地「それが、映画館まで行ったんだけど、見る予定だった映画がね、やってなかったんですよ」

マスター「へえ、そりゃ残念だ」

大地「残念どころか、大助かりですよ。結局怖い思いしないで、帰ってこれた」

  浅野大地が紙袋を掲げる。

大地「マスター、見てよ。俺、怖さを誤魔化すためのアイテムまで用意してたのに、映画やってないんだもんなあ」

マスター「その怖さを誤魔化すアイテムってのが、これ?」

大地「うん、そう。こんなの用意しちゃった。俺、恥ずかしくない? まあ見てくださいよ」

  マスター、紙袋からビニールに入れられた白い粉を取り出す。

マスター「これは…」

大地「(白い粉に気づいていない)ね? 恥ずかしいでしょ?」

マスター「(白い粉を紙袋に仕舞う)人として恥ずかしいことだぞ」

大地「もう俺、これがないと安心できなくってさあ」

マスター「大地君、いつ頃から、これを……?」

大地「そうだなあ。物心ついたときからかなあ」

マスター「そんな昔から!?」

大地「映画館でもね、これで恐さを紛らわせようと思ったわけ」

マスター「人に見られたらどうすんだ!」

大地「大丈夫大丈夫。映画が始まって、暗くなってからやるつもりだったから」

マスター「なあ、大地君。私の目を見てくれ」

大地「なにマスター、急に改まって」

マスター「いいから、お願いだから私の言うことを聞いてくれ!」

大地「え、あ、うん。なに?」

マスター「もう、こんな物に頼るのはやめるんだ」

大地「え…?」

マスター「このままじゃお前、人間として駄目になるぞ!」

大地「そこまで大袈裟なこと?」

マスター「だいたいこれ、どこで買ってきたんだい!?」

大地「駅前のデパート」

マスター「売ってんの!? デパートでこれ、売ってんの!?」

大地「なに慌ててるのマスター。こんなの普通に売ってるって」

マスター「普通に!? レジとかちゃんと通すの!?」

大地「当たり前じゃん。ちなみにそれはセール品」

マスター「世の中は、私が知らない間にどこまで狂っちまったんだ……」

大地「ねえマスター、ご飯の注文、してもいい?」

マスター「ちょっと待ってもらっていいか? 私は今、ショックで何も出来そうにない…」

大地「ホントどうしたのマスター! 俺、そんなに悪いことしてないよ?」

マスター「麻薬のどこがそんなに悪くないことなんだよ!」

大地「麻薬!? なに言ってんの!」

マスター「え? あ、ああ! ああ、そういうこと? これ、もしかして麻薬じゃないの?」

大地「あっはっは! なんだもー! なんでそれが麻薬に見えるのマスター!」

マスター「え、ああ! ああ! そうだよな! 普通に考えたら、そういうアレなわけないもんな!」

大地「もーマスター! しっかりしてよー!」

マスター「いやよかった、安心した。でもこれじゃあ普通、誤解もするだろ~!(紙袋から白い粉を取り出す)」

大地「それ、俺のじゃないよ! 俺が持ってきてたの、普通の抱き枕だよ!」

------------------------------

  暴力団の事務所。
  神埼竜平がソファにふんぞり返り、寺元康司は緊張を悟られないために頭をポリポリと掻く。

寺元「えっへっへ。いやあ、デカい仕入れだったんで、気合い入れましたよ」

神崎(無言で紙袋の中を覗いている)

寺元「いやあ、これで安心して眠れますよ」

神崎「確かによく眠れそうだな。(紙袋の中から枕を取り上げる)」

寺元「えっへっへ、そうでしょう? って、なんじゃそりゃあ!」

神崎「ヤスてめえ、ブツはどうした?」

寺元「え? いや、なんで? あれえ?」

  寺元康司、ガバッと土下座をする。

寺元「すんません神崎さん! どういった手違いか、運んでる途中でブツが入れ替わっちまったみたいで!」

神崎「馬鹿野郎が! すぐに見つけ出してこい!」

寺元「あ、はい!」

神崎「いや、待て!」

寺元「はい?」

神崎「持ってけ」

  神埼竜平が銃を放って渡す。

------------------------------

  一方、バー「ルーズボーイ」

大地「問題は、今夜の俺は一体何を枕にしたらぐっすり眠れるかってことですよ」

マスター「もっと重要な大問題があるだろ…。こんな物、本物の麻薬かどうかは置いといて、他の客に見られるわけにはいかないな」

大地「うん。どの道、処分しないといけないですよね。マスター、この店、ゴミ箱ありますか?」

マスター「うちで捨てようとするなよ!」

大地「マスター、つまらない物ですが」

マスター「そんなつまらない物なんか要らない」

大地「いえいえいえいえ、ハッピーバースデイ、マスター」

マスター「私の誕生日は来月だ」

大地「これ小麦粉か何かです」

マスター「調理に使ってお客がラリったらどうする!」

大地「中毒性があって癖になるかも」

マスター「冗談じゃない!」

  西塚司、入店。

司「ごめんください」

マスター&大地「ぎゃあ!」

マスター「あ、どうも、司さん! いらっしゃいませ」

司「何やら取り込み中だったようですが?」

マスター「いえいえいえいえ! なんでもありません! ちょっと大地君と世間話をしていただけです。さ、どうぞ」

司「いえ、それには及びません。実はまたお願いしたいことがありまして、お訪ねした次第です」

マスター「ほう! またやってくださいますか! うちは大歓迎ですよ」

大地「マジックショーですか?」

(これ以降、司が退場するまでの間、大地とマスターは喋りつつも紙袋を押しつけ合う)

司「ええ、恥ずかしながら。つたない手品ですけれど、以前ここでマジックを披露させていただいたとき、皆さん受け入れてくださったものですから、またご好意に甘えさせていただきたいのです」

マスター「つたないだなんて、とんでもない! 司さんの手品、みんな感動していましたよ。あれは目が見えていたとしても凄いってね」

大地「俺も拝見しました! あの手錠の手品とか、また見たいなあ。司さんがお客さんの手の上にハンカチを一瞬だけ被せるやつ。パッて取ると、もう両手が手錠で繋がれてて、ありゃホント驚いたなあ」

司「大地君、ありがとう。じゃあ手錠のやつはリクエストということで、今回もやらせていただきますよ。よろしいでしょうか、マスター」

マスター「もちろん! いい客引きになりますし、こちらからお願いしたいぐらいですよ」

司「それでは、後ほど道具を持って、リハーサルをさせていただいてもよろしいですか?」

マスター「どうぞどうぞ。お待ちしていますよ」

司「お世話になります。では、しばらくしたらまたお邪魔させていただきますので」

マスター「はい、また後ほどー!」

司「はい。では、また」

  西塚司、退場。

マスター「さて、大地君」

大地「うん、紙袋ですよね? 確かに2人で押しつけ合っても埒が明かない」

マスター「それが解ったら、早いとこどっかで処分してきてくれ!」

大地「処分かあ。売りさばいたらいくらぐらいになるんだろうか」

マスター「いいから早く行ってくれってば!」

大地「わっかりましたよ、もー。行けばいいんでしょ? 行けば! じゃあ、行ってきます」

  浅野大地、退場。

  西塚由衣、入店。

マスター「やあ、由衣ちゃん。いらっしゃい」

由衣(無言でカウンターに座る)

マスター「さっきまでね、大地君が来てたよ。あと、由衣ちゃんのおじいちゃんもいた」

由衣「はあ」

マスター「おじいちゃん、あとでマジックショーのリハーサルしにまた来てくれるって。…由衣ちゃん、どうかしたのかい?」

由衣「マスター」

マスター「はいはい?」

由衣「励まして」

マスター「え?」

由衣「あたしを励まして」

マスター「励ませ…? そんな注文は初めてだ。うんと、じゃあ、えっと、由衣ちゃん。なんで元気がないのか解らないけど、君は長所ばっかりの素敵な女の子だよ」

由衣「ですかねえ?」

マスター「そうだとも! いつもみたいに元気いっぱいの由衣ちゃんも魅力的だし、容姿や性格だっていいしね!」

由衣「そうかなあ」

マスター「もちろん! それに、剣道で全国大会まで行ってるとなると、こりゃもう天は二物を与えすぎだよ! 美少女剣士とは君のことだ」

由衣「美少女剣士だなんて、そんなあ~」

マスター「いやいや、これは決して過言じゃない。実際の話さあ、どうなの? 例えば街の喧嘩とかに遭遇したらさ、棒か何かがあったら無敵だったりする?」

由衣「正直、負ける気がしなーい!」

マスター「そりゃ大したモンだよ! 大の男が揃っても由衣ちゃんには勝てないってわけでしょう?」

由衣「うん、まあ、ねえ~」

マスター「そうかそうか。それは本当に素晴らしい。で、どう? 由衣ちゃん、元気出た?」

由衣「思い出させないでよ」

マスター「なんて難しい子なんだ…」

  店の電話が鳴る。

マスター「はい、もしもし。バー、ルーズ・ボーイです。はい、はい。え? いや、あの、いやいや、うちではそういうの、やってないんですよ。はい? ええ、元々ね、そういうのは…。いやどうしてもって言われてもねえ? 他を当たったほうがいいですよ? あ、いやそうだ! いやね、実はもうウエイトレスを雇ったばかりなんで、来てもらってもいいけど要望は聞けませんよ? え、どうしても? まあ、話をしても無駄だと思うんだけどなあ。ええ、はあ。じゃあ、まあ、あとで。はい」

由衣「どうしたのマスター?」

マスター「困った日だな今日は…。いやね、アルバイト希望の女の子からだよ。うち、人を雇うほど儲かってないんだけどなあ。そうでなくとも問題児ってゆうか、名前を聞いたら評判の悪い子でね」

由衣「へえ。誰?」

マスター「由衣ちゃん知ってるかなあ? 相沢ひとみさん」

由衣「知ってる! スリ師だよね、その子!」

マスター「ああ。今の電話の話だと、しばらく捕まっていたんだそうだ。で、釈放されたから雇ってください、と」

由衣「あたしが聞いたことある噂だと、その相沢さん、スリ以外にも色んな窃盗に関わってるって」

マスター「レジのお金が心配だしな…。とにかく雇うわけにはいかないから、咄嗟に嘘をついてしまったよ」

由衣「もうウエイトレスを雇ってあるって?」

マスター「そう。でも彼女、強引でね。困ったよ」

由衣「なんて言ってきたの?」

マスター「とにかく面接を受けたいから、今から店に来るってさ」

由衣「ふうん。…あー! …ねえねえマスター? あたし、ウエイトレスのフリしてあげよっか?」

------------------------------

  相沢ひとみ、入店。

ひとみ「頼もう! さっき電話した相沢です! 雇ってください!」

マスター「こんな高圧的なお願いのされ方、初めてだ…。あのね、相沢さん、さっき電話でも言ったけど、うちはバイト募集してないんだよ」

ひとみ「じゃあ逆に訊きますけど、なんで募集しないんですか!?」

マスター「だからほら、さっき電話でも言ったでしょ。もうバイト雇っちゃったんだよ。ほら、こちら、ウエイトレスの由衣ちゃん」

由衣「どうも! ウエイトレスの西塚由衣でーす! よろしくね!」

ひとみ「初めまして。相沢ひとみです。あのさ、由衣ちゃん。あっちにもっといいお店あったよ? そっちに移りなよ」

マスター「あっちにもっといい店があるって、なんだか私が傷つくんだが…。とにかくね、相沢さん。このお店はもう誰も雇えないんだよ。どうしても働きたいなら、他を当たったほうがいいと思うんだけどなあ」

ひとみ「他はもうみんな当たりました! でも駄目でした! あたし、めちゃくちゃ評判悪いんです。盗み癖あったから」

マスター「…聞いてて気持ちがいいぐらい正直な告白だ。そんな真っ直ぐな性格で、なんで盗み癖が?」

ひとみ「(芝居がかった口調で)あるところに、歌が大好きな女の子がいました。その子は、小さいときから歌を唄うことが大好きで、でも段々大人になっていくと、いつの間にか唄うこと忘れちゃっていました」

マスター「それって、君のことだよな? なんで小芝居調なんだ…?」

ひとみ「その子は、気づいたら毎日をつまらなく感じてしまっていました。むしゃくしゃしてスリを始めたり、色んな物を盗んで生計を立てるようになってしまいました」

マスター「まさか生い立ちから話を聞けるとは思わなかったよ」

ひとみ「だから、もういっそあたし、ウエイトレスじゃなくてもいいです!」

マスター「何を言い出すんだ、君は」

ひとみ「ここで歌を唄わせてください! ギャラも要りません! バンド仲間も連れてきます! あたし、もう決めました!」

マスター「それを決めていいのは君じゃなく、私なんだが」

ひとみ「バンド仲間、みんないい子ばっかりなんです! 留置所で意気投合したんです!」

マスター「つまり、何かしらの犯罪を犯した方々がここに集まってこようとしているのか…」

由衣「(くすくす笑いながら)ねえ、マスター。せっかくだから、相沢さんに飲み物でもサービスしたら?」

マスター「え、あ。まあ、そうだな。相沢さん、何か飲むかい?」

ひとみ「じゃあトマトジュース! 体にいいから!」

マスター「君はピンポイントで切らしている物を頼むね。由衣ちゃん、悪いけど買い物頼んでいいかな?」

由衣「トマトジュースね! 了解!」

------------------------------

  池のほとり。
  浅野大地がベンチに座って頭を抱えている。
  ちょうどそこを寺元康司が通りかかる。
  お互いが持っている紙袋に目がいき、2人は事態を察する。

大地「ああっ!」

寺元「あ! お前が…!」

大地「やっべ!」

  浅野大地、走って逃げ出す。

寺元「待てコラァ!」

  拳銃を落とし、そこを買い物帰りの西塚由衣が通りかかる。

由衣「ん? お、いいもん見っけ」

------------------------------

  ルーズボーイ店内。

ひとみ「あたし、もうかっぱらいはやめます!」

マスター「かっぱらいって言葉、久々に聞いたよ」

ひとみ「スリも2度としません! 歌手になるから!」

マスター「私に宣言することに、なんの意味があるんだ…」

  突然、発砲音。

  西塚由衣、拳銃片手に入店。

マスター「由衣、ちゃん…?」

由衣「あのねあのね!? モデルガンが落ちてると思って撃ってみたら、本物だったの!」

マスター「なんでだよォ!」

  浅野大地、大慌てで入店。

大地「マスター! 匿って!」

由衣「うわあ…ッ!(慌てて銃を隠す)」

マスター「ああもう! まだ紙袋捨ててないし! なんでみんなうちに犯罪の匂いがする物ばっかり持ち込むんだ!」

大地「ごめんマスター! 池に捨てようとしたんだけど、生態系を乱しそうだから思い留まって、そしたら、そこに持ち主の人が!」

マスター「意味がさっぱり解らない!」

大地「とにかく匿って!」

  浅野大地がカウンターの中に潜り込む。

マスター「おい、大地君!」

大地「いいから! なんかチンピラっぽい人が来たら、俺はいないって言って! すぐに追い返して!」

マスター「これは一体どういったストーリー展開なんだ…」

  寺元康司、死にそうな顔色で入店し、テーブル席に勝手に着く。

寺元「…嗚呼…」

由衣「(ひそひそ声で)マスター、大地が言ってたチンピラ風の人って、あの人なんじゃ…」

マスター「そうなんだろうけど、でもああ普通に座られたら、さすがにすぐに追い返せないよ」

由衣「ですよねえ? どうする?」

マスター「仕方ない。適当に何か飲んだら、すぐに帰るだろう。由衣ちゃん、悪いけど注文聞いてきてもらっていい? 相沢さんの手前、君にウエイトレスの仕事をさせないと彼女に嘘がバレるからね」

由衣「おっけい! あ、これトマトジュース」

マスター「ああ、ありがとう。相沢さんに出しておく」

由衣「じゃ、行ってきます」

  西塚由衣、伝票を持って寺元康司の元へ。

由衣「あの、ご注文よろしいですか?」

寺元「ああ。もう駄目だ…」

由衣「駄目なんですか」

寺元「俺ァ、これからどうすりゃいいんだ」

由衣「注文すればいいんじゃないかと」

寺元「1日に2つも大事な物を失くしちまった。俺ァどうすりゃいいんだよぉ」

由衣「お客さん、元気出してください。探し物なんて、案外近くにあったりもしますし。とにかく、元気出してくださいってば」

寺元「ああ。もう駄目だ…」

由衣「もう。お客さん? 嫌なことなんて生きていれば普通にありますよ。あたしもさっき嫌なことがあって、こう見えてもかなり凹んでるんですよ」

寺元「ああ、もう駄目だ…」

由衣「あたし今、自動車免許取ろうって頑張ってて、やっと仮免までいったんです」

寺元「ああ、もう駄目だ…」

由衣「でもね? その仮免で運転してたら事故起こしちゃって。たぶん誰も怪我してないと思うんだけど、1歩間違えたらたくさんの人を死なせちゃうって思ったら、凄く怖くなっちゃいました」

マスター「だから最初、元気なかったのか…」

由衣「あたし今、お客さんに勝手に話を聞いてもらえたから、ちょっと元気になりました。誰かに打ち明けたら、お客さんも少しは楽になるんじゃないですか?」

寺元「ああ、もう駄目だ…」

由衣「取り合えず何か飲みましょっか!」

寺元「ああ、もう駄目だ…」

  西塚司、入店。

由衣「いらっしゃ、げえ! じいちゃん!」

マスター「しっ! 由衣ちゃん…! 相沢さんにバレる…! 正体を隠してくれ…!」

由衣「おっけ! 解ってる!(裏声になって)いらっしゃいませー!」

司「お邪魔させていただきますよ。はて、ウエイトレスの方でしょうか?」

由衣「(裏声のまま)はいっ! 最近使っていただくようになりました! 名乗るほどの者ではありませんけど、よろしくお願いします!」

ひとみ「その声どうしたの? 由衣ちゃ」

マスター「わー! つ、司さん! お待ちしていましたよ! 相沢さんも見ていくといい。こちらの紳士が今からマジックショーのリハーサルしてくれるから!」

司「(由衣に向かって)名乗るほどの者ではないなんて、謙虚な娘さんですね」

由衣「いえ! とんでもありません!」

司「うちの孫も、あなたぐらいおしとやかだといいんですがねえ」

由衣「ぐっ! お、お孫さんがいらっしゃるんですねっ! き、きっと、もの凄く素晴らしいお孫さんなんでしょうね! もう、そうに決まってる!」

司「いえいえ、それがとんでもないじゃじゃ馬娘でしてね、お恥ずかしい限りですよ。どこかに忍び込んで打ち上げ花火をして怒られたり、旅行に行ったかと思えば指名手配犯を捕まえてきたりと」

由衣「うう…。で、でも凄いじゃないですかっ! お孫さん勇ましいんですね! あたしにはとても真似できない」

司「真似なんてする必要ありません。剣道を習ったり、1人旅に出たりだの。少しは落ち着いてほしいものですよ。今は車の免許を取ろうと頑張っているみたいですが、早々に事故の1つも起こしそうでね」

由衣「(素の声に戻って)うちのじいちゃんエスパーか…?」

司「はい?」

由衣「いえ! 手品のリハ、楽しみにしてますっ!」

西塚由衣、カウンターの中へ。

マスター「(ひそひそ声で)由衣ちゃん。事故って、大丈夫だったの?」

由衣「うん…。実はさ、アクセルとブレーキ間違えちゃって、踏み切りに突っ込んじゃったの」

マスター「ええ!? そりゃ大変だ!」

由衣「幸い無事だったんだけどさあ。電車がもの凄い音を立てて急ブレーキしてたよ」

  浅野大地、奥から顔を出す。

大地「あの電車、お前のせいか! お前のおかげで酷い目に遭った!」

寺元「ああ! 見つけたぞ小僧!」

大地「やっべ!」

寺元「あ! こっちにも!」

  西塚司の手品道具の中から拳銃を見つける。

寺元「あった! あった! やった!」

司「あのう…」

寺元「うるせえ!(携帯電話を取り出して)もしもし! 神崎さん、見つけましたよ!」

------------------------------

  暴力団事務所。

神崎「見つけた? ほう。…で、ブツは? テメーだけじゃ心配だな。場所どこだ? ルーズ・ボーイ? 今からその店に何人か連れて行く。俺が行くまでそのガキ逃がすんじゃねえぞ」

  神埼竜平、電話を切り、事務所を見渡す。

神崎「行くぞ」

  目つきの悪い男が3人、無言で立ち上がり、神崎竜平の後に続く。

------------------------------

  ルーズボーイ店内。
  寺元康司が浅野大地に銃口を向ける。

寺元「おい小僧、俺の紙袋、返せコラ! さっさと返せ!」

司「あの、何かと勘違いをしていませんか?」

寺元「うるせえ! いいから小僧! 俺のアレ返せ! でねえと…」

  寺元康司が天井に向けて銃の引き金を引く。
  銃口からポンと花が咲き、店内が静まり返る。

司「…それ、私の手品の道具です」

大地「とっても言いにくいんですけど…。紙袋の中身、厨房に隠れてたとき、流しに流しちゃったんですよね…」

寺元「なんだと!? 神崎さんが部下連れてここに来るんだぞ!」

------------------------------

寺元「そりゃ俺ァ昔っから悪さばっかりしてたよ…。気づきゃ堅気じゃねえ仕事に就いちまってよ、おふくろに逢わせる顔もねえ」

マスター「なんで懺悔始めたんだ、この人」

寺元「神崎さんは俺のこと許さねえだろう。きっと、罰が当たったんだろうな。悪さばっかしてたからよお。こんなことなら、真面目に人生やってりゃよかった。死にたくねえよ。生まれ変わりてえよ」

ひとみ「あたしも、同じでした。でもあたし、この店で人生をやり直すことにしたんです。お兄さんも頑張ろうよ」

マスター「ちょっと待て。うちの店で私の許可なく人生やり直さないでくれるか」

ひとみ「そうだ! お兄さんも、音楽やろうよ! 今うちのバンド、ドラムがいないんだ」

マスター「うちにドラムは置けないよ!」

ひとみ「じゃあトライアングル!」

寺元「あのチーンってやつだろ? 恥ずかしくてできるかよ。それよりなんとかしねえと、神崎さんたち来ちまう! 逃げてもいつか捕まる。俺ァもう駄目だ」

大地「その神崎って人がボスですか? その人だけが逮捕されちゃえば問題ないわけですよね?」

由衣「大地! あたしも作戦考える! そういうの大好き!」

司「その声…。まさか、由衣ちゃん?」

由衣「げえ! バレたあ!」

司「由衣ちゃん、いつからいたんだい」

由衣「あの、その…。だいぶ前から、ウエイトレスをしてました」

司「ん? どういうことだい。さっきのウエイトレスの子が由衣ちゃん? 確かに不自然な声色だったけれど」

マスター「ふう。もう誤魔化せないな…。司さん、あなたまで騙すようなことになってしまい、すみません。実は今日だけ、由衣ちゃんにウエイトレスを演じてもらっていたんですよ」

ひとみ「演じる? どういうこと?」

マスター「小細工までして悪かったね、相沢さん。うちは、どうしても君を雇うわけにはいかないんだよ。だから嘘をついた」

ひとみ「なんで? 雇ってよ」

マスター「それが、そうはいかないんだ。実はこの店、今月いっぱいで閉めるつもりでね」

由衣「なんで!?」

大地「マジ!?」

ひとみ「嘘でしょ!?」

マスター「そればっかりは嘘じゃない。情けない話だが経営困難でね。ここしばらく、ずっと赤字続きなんだ。…今日だって賑わっちゃいるが、誰も何も注文していない」

マスター以外の全員「ああ~」

寺元「…いい店じゃねえかよ。俺ァこの店、初めて来たがいい店じゃねえかよ。俺みてえなチンピラの相談に乗ってくれる連中がこんなに集まるんだぜ? こんないい店ねえよ…。この店、潰さなねえでくれよマスター! 俺も客になるよ! あ、いや、俺が無事だったらの話だけどな…」

大地「このメンバーがいるから、無事で済むかも知れないですよ」

------------------------------

  神埼と目つきの悪い男が3名、入店する。

  店の奥には血まみれの寺元康司。
  カウンター内にはマスターと西塚由衣。
  カウンター席に相沢ひとみ。
  入り口から少し離れたテーブル席には西塚司。
  入ってすぐのテーブル席には、紙袋を足元に置いた浅野大地が座っている。

神崎「おいガキ。お前のその、足元の紙袋はなんだ?」

大地「オメーあのチンピラの仲間かよ!? オメーもやんのかよ!? ああ~!?」

神崎「ハッ! お前みたいなガキがヤスをやったってのか?」

大地「ああ、そうだよ! 秒殺してやったよ! オメーらもやんのか!? ああん!? やってやんよ! 俺マジつえーよ!? シャレなんねーよ!? テメーも俺の荷物目当てかよ!?」

神崎「まあそうだ。お前、ちょっとうちに来いよ」

ひとみ「もう嫌! こんな店! 喧嘩ばっかり! あたしもう帰る!」

相沢ひとみが神埼竜平にぶつかり、足早に退場。

神崎「(部下たちに向かって)放っとけ。(大地に向き直る)さてと、お前。外に車が止めてある。ここは俺が奢ってやるから、乗れ」

大地「やだよバカ! 俺、そんなの乗んねーし!」

部下A「なんだと!? このガキが!」

大地「レディース、アンド、ジェントルマン!」

  暗転。

神崎「なに!?」

部下A「あれ?」

部下B「んな!」

部下C「な、ちょ! え?」

司「リクエストにお応えしましたよ」

  照明、復帰。
  神埼の部下たちが、手錠で繋がれ輪のようになっている。

神崎「(部下たちに向かって)何遊んでんだテメーらァ!」

司「種も仕掛けも、まあございます」

神崎「じじい、テメーもグルか。目が見えねえ奴にゃ、停電しても問題ねえってわけだ。…手錠の鍵はじいさん、あんたを痛めつけたらお貸し願えますかね?」

由衣「じいちゃん!(神崎に向かって)あんた、こんな年寄りに暴力振るう気!?」

神埼「お嬢ちゃん、俺ァこれでも平等をモットーにしているんだ。ガキだろうがじじいだろうが、お痛が過ぎた奴にゃあ手加減しねえ。もちろん、お前みたいな小娘にもな…!」

由衣「うう…」

神崎「さてと、じいさん。目だけでなく、耳も聴こえなくしてやろうか?」

由衣「ま、待て! …あんたなんて、棒さえあれば!」

マスター「由衣ちゃん!」

大地「変なアドリブ効かせんな由衣!」

由衣「うっさい! あ、これ! じいちゃん、杖借りるね!」

司「由衣ちゃん、その杖は…」

由衣「黙っててじいちゃん!」

  白杖を構える。
  途端、杖は花束に変化する。

由衣「なんだこりゃ」

司「由衣ちゃん、その杖はだね。なんというか、手品の…」

由衣「うん。ごめんね、じいちゃん。(神崎に花束を差し出す)その、よかったら、記念にどうぞ」

神崎「なんなんだ、テメーらは。…気が変わった」

  神埼竜平が懐から銃を抜く。

神崎「部下とブツだけ回収するつもりだったが、オメーら全員事務所までご足労願おうか」

  西塚由衣が隠し持っていた銃を構える。

由衣「その銃を捨てなさい!」

神崎「ヤスの野郎、銃まで取られやがって…。おい、小娘。俺は撃てるが、お前にも人が撃てるのか?」

由衣「…あんま撃てない。…でも、あんただって撃てないクセに!」

神崎「はは。ここで人をバラしちゃ足がつくからな、確かに今は殺せない。でもなあ、お嬢ちゃん。銃は何も殺しだけに使うもんじゃねえ。指の何本かを吹き飛ばすことだってできるんだ。…こんな風にな」

  引き金を引と、ポンと銃口から花が咲く。

神崎「なんだと!?」

------------------------------

  相沢ひとみがメモを片手に、事務所の前を訪れる。

ひとみ「ここだよね?」

  玄関の前に麻薬の付着したビニール入りの紙袋を置く。

ひとみ「あーあ~。あたしもうスリなんてしない! なんて言ったばっかなのに、また嘘ついちゃった。でもまあ、いいよね」

  紙袋の中に、拳銃を入れて去る。

ひとみ「任務達成~♪ らんららんら~♪ これで大地さんがマスター説得してくれる~♪ 歌が唄える、らんららんらら~♪」

------------------------------

  銃口から咲いた花に気を取られている一瞬、浅野大地が神埼竜平を攻撃する。

神崎「ぐあッ!」

  神埼竜平、倒れる。

大地「だから言ったろ? 俺マジつえーって」

  寺元康司が起き上がる。

寺元「いやあ、ベタベタして気持ち悪いぜ…。うわ、俺、トマトジュース臭え…」

------------------------------

  数日後。

由衣「早く行かなきゃ、席がないかも」

大地「ああ。あのことが報道されて以来、座れないこと多いもんな」

由衣「あたしもおじいちゃんも、初めてインタビューされたよ」

大地「ああ、見た見た。司さん、何気に店のこと、宣伝してたよな」

由衣「してたしてた!」

司「皆さんで協力して、麻薬の売人たちを捕まえたんですよ。人を幸せにするこの店の常連で、私はよかった」

由衣「でも、宣伝ならあたしもしたよ?」

大地「ありゃ、ちょっとわざとらしくなかったか?」

由衣「そうかなあ?」

由衣「暴力団の人たちが逮捕されるのも当たり前って感じですかねー。ここ、常連客が持ち込むトラブルが全部解決されちゃうお店だから」

由衣「でも、それ言ったらマスターのほうが…」

大地「ああ、そうそう! マスターが1番芝居がかってて、ウケたよなあ」

マスター「うちの店の名はルーズ・ボーイ。文字通り不良って意味です。ちょっとやそっとのフダツキなら歓迎ですがね、人様に迷惑をかけるような輩なら私は許しません」

  浅野大地、西塚由衣、ルーズボーイに入店。

ひとみ「あ! いらっしゃーい! 由衣ちゃん、大地さん、こっち空いてるよー!」

大地「おー! ありがとー!」

客「ねえねえ、ひとみちゃん、今日は唄わないの?」

ひとみ「唄うよー! 司さんのマジックショーのあとに!」

客「司さんの手品、やっぱ生バンドの演奏があるだけで格段にカッコよくなったよね」

ひとみ「でしょー。あたしが連れてきた仲間だもん!」

大地「あ、マスター! あとででいいから、俺にいつものやつくださーい!」

マスター「はいよー!」

由衣「あたしもいつもの! 忙しそうなのに、ごめんねマスター」

マスター「(嬉しそうに)全くだ。あの事件以来、毎日クタクタだよ。由衣ちゃん、本気でウエイトレスやってくれないか?」

由衣「あはは。考えとく」

マスター「ひとみちゃんが唄ってる間は、私以外誰もいなくなるからね。人手が足りなくってしょうがない。ああ忙しい」

大地「お! そろそろだ!」

  照明が暗くなって、店の奥をスポットライトが照らす。
  バンド演奏スタート。
  リズム隊は、寺元康司のトライアングル。

  スーツ姿の西塚司、登場。

司「レディース、アンド、ジェントルマン! 今日もつたないながら、手品を披露させていただきますので、お見苦しいかも知れませんけれどお付き合い願います。その我慢を皆さんがなさったあとは、お待ちかね。ウエイトレスのひとみちゃんが歌を聴かせてくださいます。美しい歌い手さんは、私などの手品よりも絵になるに違いありません。おっと、美しいかどうか、私は目が見えないんでした」

  笑い声。

マスター「大地君、由衣ちゃん、お待たせ」

大地「ありがと、マスター」

由衣「いただきます、マスター」

マスター「なあ、君たち。ライブのあと用事ないだろ? 残ってくれないか。あのときのメンバー全員、今日は私の奢りだ」

由衣「いいの?」

マスター「まあ、あのときと、あと今日のお礼だよ」

司「続きましてのマジックは、親愛なるルーズ・ボーイのマスターにご協力いただきましょうか」

マスター「え、私!?」

司「さ、マスター、どうぞこちらに」

客一同「ヒューヒュー!」

  西塚司がマスターの両手にハンカチを被せ、一瞬にしてそれをどかせる。
  マスターの手には大きな花束が持たされている。

司「手錠のマジックは、さすがに皆さん見飽きたことでしょう。そこで今日は特別な日ですから、少し趣向を変えさせていただきました。ハッピーバースデイ、マスター!」

  演奏曲が誕生日を祝う曲に変更される。

客たち(大声援)

ひとみ(途中から客たちも加わる)「ハッピバースデイ、トゥーユー♪ ハッピバースデイ、トゥーユー♪ ハッピバースデイ、デェア、マスター♪ ハッピバースデイ、トゥーユー♪」

客たち(大声援)

――END――

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おもしろい!!
とっても面白かったです!
ゆう: 2012.02/29(Wed) 18:12 Edit
すごいです
演劇部で上演してみたいと思いました!!(о´∀`о)
名無しさん: 2013.03/19(Tue) 16:26 Edit
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プロフィール
HN:
めさ
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48
性別:
男性
誕生日:
1976/01/11
職業:
悪魔
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アウトドア、料理、格闘技、文章作成、旅行。
自己紹介:
 画像は、自室の天井に設置されたコタツだ。
 友人よ。
 なんで人の留守中に忍び込んで、コタツの熱くなる部分だけを天井に設置して帰るの?

 俺様は悪魔だ。
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