夢見町の史
Let’s どんまい!
2008
June 12
June 12
俺クラスのチキンにとっては、あの程度の怪現象ぐらいだったら普通に泣き出す。
いや、泣くどころでは済まない。
下手すれば軽く幽体離脱の域に達するだろう。
劇団「りんく」のちょっとした打ち合わせの電話はその日、午前0時にまで及んでいた。
「ああ、うん。それじゃあ段取りとしては、先にそっちをやっちゃおうか」
「めささん」
「で、今後は長い目で見てさ、基本になるシステムを今のうちに考えておこうと思うのね?」
「めささん」
俺は1人暮らしだ。
なのに何故、所々で「めささん」と俺を呼ぶ声が聞こえるのだろうか。
それも電話の向こうからではなく、部屋の中から!
俺は生まれつき、片耳が聞こえない。
したがって通話中は聞こえる側の耳が電話に占領されてしまって、外の物音はほとんど聞き取ることができなくなる。
「めささん」
だからしばらくは、空耳の類だと思っていた。
「めささん」
確かに聞こえる!
確信と同時にフスマに目を走らせる。
閉めておいたはずのフスマは開いていて、青白い顔をした男が、こちらを覗き込んでいた。
「ぎぃやああああ!」
悲鳴と共に魂が口から飛び出そうになる。
電話の相手も、俺による突然の悲鳴にはさぞかし驚いたことだろう。
覗き込んでいた男は近所の大学生、ヨッシーだった。
「驚きすぎですよう、めささ~ん」
「アポなしかよ! ノックとかしろよ! もしもし、ごめんね? いきなりヨッシーが遊びに来た」
「ノック、しましたよう、めささ~ん」
「取り合えず切るね。じゃあね。はい、おやすみー。うおいヨッシー!」
「何度も声かけたのにい~」
「片耳が電話中でアレじゃんか! 殺す気か!」
弱い犬ほどよく吠えるとは、本当によく言ったものだと思う。
この日で最も俺がうるさい瞬間であった。
この時の俺はちなみに、般若の柄をしたトランクス一丁だ。
何か履いていて、本当によかった。
「あのね、めささん? 今イージーで飲んでたんですけどお」
うるさい!
何か着る物を取ってください!
そこにあるジンベエを早く!
意外と恥ずかしいから急いで!
ばか!
ヨッシーは一応うちの劇団員でもあって、裏方として快く手を貸してくれている。
これにて彼の今日の仕事は、俺にジンベエを着させることとなった。
ジンベエの袖を通しながら、何故この青年がこの部屋にいるのか、俺は必死に冷静になろうとしている。
まるで襲撃のような今回の襲撃には、何か理由があるに違いなかった。
で、一体どうしたのさ、ヨッシー。
「いやあの、今イージーで飲んでて、そしたら『めささんに会いたい』って人がいるから、連れて来たんですよう」
うん?
どなただろ?
その人ってのは、今どこに?
「玄関前で待たせてます」
そうか。
よかったよ。
パンツ一丁のところを見られなくて。
「会ってもらっていいですか?」
ああ、良いよ。
入ってもらえば?
時間が時間だったので2人の来客者は遠慮がちではあったが、俺は構わず3人分のグラスを用意し、酒を注ぐ。
ヨッシーが連れてきたのは、以前やったオフ会で1度だけ来てくださった、「カツオブシ」という残念なハンドルネームの娘さんだ。
ちなみに俺が命名した。
オフ会当時の彼女が「書き込みとかしないからハンドルネームがないんです」と困っていたからだ。
彼女は、俺のブログの読者様であった。
カツオブシさんは焼酎をロックでごくごく飲みながら、熱く語る。
「まだ酔ってないです!」
酔うと、みんなそう言うんだよ。
「こないだのオフ会の時は、緊張しちゃってて、本当の自分が出せなかったんです! でも、今の私も私じゃない!」
なんか哲学的だね。
「私、宇宙人なんです!」
あのね?
今はそんなカミングアウト要らないからね?
「めささ~ん。天然の定義って何なんですか?」
天然かあ。
定義づけるのは難しいけど、特定のパターンならあるよね。
「どんなです?」
例えば、普通は会話してると、互いに「相手はこう言いたいんだな」って自分なりに要約しながら話したり聞いたりするでしょ?
「うんうん」
でも天然の人は、たまに前触れなく要約から直訳にチェンジするんだ。
例えば、「ほっぺが落ちるほど美味しい」とか言うと、天然の人は慌てて「ほっぺが落下! 早く病院!」とかって騒ぎ出す。
「あはは! 他は他は~?」
他だと、話のメインテーマが片付いていないのに、平気で話題を横道に逸らす。
「ふうん。あ、シャボン玉吹いていいですか?」
このように、天然の人は同じテーマの話を続けられないわけ。
「そうだ! めささんにお土産あるんです! 家から要らない物をたくさん持ってきたんですよー」
気持ちからして迷惑なお土産って珍しいね。
「ハンガーと、フォークとシャーペン。あと、お菓子と日焼け止めのサンプルと、洗剤の計量カップ!」
ヨッシー、助けてくれ。
「ねー! めささ~ん。シャボン玉吹いていい~?」
外で?
「ここで」
ヨッシーッ!
結局、彼らは3時までうちにいました。
いや、泣くどころでは済まない。
下手すれば軽く幽体離脱の域に達するだろう。
劇団「りんく」のちょっとした打ち合わせの電話はその日、午前0時にまで及んでいた。
「ああ、うん。それじゃあ段取りとしては、先にそっちをやっちゃおうか」
「めささん」
「で、今後は長い目で見てさ、基本になるシステムを今のうちに考えておこうと思うのね?」
「めささん」
俺は1人暮らしだ。
なのに何故、所々で「めささん」と俺を呼ぶ声が聞こえるのだろうか。
それも電話の向こうからではなく、部屋の中から!
俺は生まれつき、片耳が聞こえない。
したがって通話中は聞こえる側の耳が電話に占領されてしまって、外の物音はほとんど聞き取ることができなくなる。
「めささん」
だからしばらくは、空耳の類だと思っていた。
「めささん」
確かに聞こえる!
確信と同時にフスマに目を走らせる。
閉めておいたはずのフスマは開いていて、青白い顔をした男が、こちらを覗き込んでいた。
「ぎぃやああああ!」
悲鳴と共に魂が口から飛び出そうになる。
電話の相手も、俺による突然の悲鳴にはさぞかし驚いたことだろう。
覗き込んでいた男は近所の大学生、ヨッシーだった。
「驚きすぎですよう、めささ~ん」
「アポなしかよ! ノックとかしろよ! もしもし、ごめんね? いきなりヨッシーが遊びに来た」
「ノック、しましたよう、めささ~ん」
「取り合えず切るね。じゃあね。はい、おやすみー。うおいヨッシー!」
「何度も声かけたのにい~」
「片耳が電話中でアレじゃんか! 殺す気か!」
弱い犬ほどよく吠えるとは、本当によく言ったものだと思う。
この日で最も俺がうるさい瞬間であった。
この時の俺はちなみに、般若の柄をしたトランクス一丁だ。
何か履いていて、本当によかった。
「あのね、めささん? 今イージーで飲んでたんですけどお」
うるさい!
何か着る物を取ってください!
そこにあるジンベエを早く!
意外と恥ずかしいから急いで!
ばか!
ヨッシーは一応うちの劇団員でもあって、裏方として快く手を貸してくれている。
これにて彼の今日の仕事は、俺にジンベエを着させることとなった。
ジンベエの袖を通しながら、何故この青年がこの部屋にいるのか、俺は必死に冷静になろうとしている。
まるで襲撃のような今回の襲撃には、何か理由があるに違いなかった。
で、一体どうしたのさ、ヨッシー。
「いやあの、今イージーで飲んでて、そしたら『めささんに会いたい』って人がいるから、連れて来たんですよう」
うん?
どなただろ?
その人ってのは、今どこに?
「玄関前で待たせてます」
そうか。
よかったよ。
パンツ一丁のところを見られなくて。
「会ってもらっていいですか?」
ああ、良いよ。
入ってもらえば?
時間が時間だったので2人の来客者は遠慮がちではあったが、俺は構わず3人分のグラスを用意し、酒を注ぐ。
ヨッシーが連れてきたのは、以前やったオフ会で1度だけ来てくださった、「カツオブシ」という残念なハンドルネームの娘さんだ。
ちなみに俺が命名した。
オフ会当時の彼女が「書き込みとかしないからハンドルネームがないんです」と困っていたからだ。
彼女は、俺のブログの読者様であった。
カツオブシさんは焼酎をロックでごくごく飲みながら、熱く語る。
「まだ酔ってないです!」
酔うと、みんなそう言うんだよ。
「こないだのオフ会の時は、緊張しちゃってて、本当の自分が出せなかったんです! でも、今の私も私じゃない!」
なんか哲学的だね。
「私、宇宙人なんです!」
あのね?
今はそんなカミングアウト要らないからね?
「めささ~ん。天然の定義って何なんですか?」
天然かあ。
定義づけるのは難しいけど、特定のパターンならあるよね。
「どんなです?」
例えば、普通は会話してると、互いに「相手はこう言いたいんだな」って自分なりに要約しながら話したり聞いたりするでしょ?
「うんうん」
でも天然の人は、たまに前触れなく要約から直訳にチェンジするんだ。
例えば、「ほっぺが落ちるほど美味しい」とか言うと、天然の人は慌てて「ほっぺが落下! 早く病院!」とかって騒ぎ出す。
「あはは! 他は他は~?」
他だと、話のメインテーマが片付いていないのに、平気で話題を横道に逸らす。
「ふうん。あ、シャボン玉吹いていいですか?」
このように、天然の人は同じテーマの話を続けられないわけ。
「そうだ! めささんにお土産あるんです! 家から要らない物をたくさん持ってきたんですよー」
気持ちからして迷惑なお土産って珍しいね。
「ハンガーと、フォークとシャーペン。あと、お菓子と日焼け止めのサンプルと、洗剤の計量カップ!」
ヨッシー、助けてくれ。
「ねー! めささ~ん。シャボン玉吹いていい~?」
外で?
「ここで」
ヨッシーッ!
結局、彼らは3時までうちにいました。
PR