夢見町の史
Let’s どんまい!
March 04
will【概要&目次】
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/207/
<万能の銀は1つだけ・1>
石造りの坂道を上っていくほどに商店は身を潜め、代わりに住宅の割合が増してゆく。
馬車同士がすれ違えるほどに広かった道幅が、今は少しづつ細まり始めていた。
目指す酒場はこのような不便とも取れる区域でひっそりと夜が来るのを待っている。
無骨な厚木の看板が右手に見え、そこには「友の剣亭」と見えた。
この一風変わった名の酒場に、2大英雄の1人が僕を待ってくれているはずだ。
気を引き締めて、僕は分厚い木のドアを引く。
「いらっしゃい」
迎えてくれた店主は僕の予想と違い笑顔で、愛想が良い。
筋肉質の大男が不機嫌そうに鼻を鳴らし、「やっと来たか坊主。待ちくたびれたぜ」ぐらいのことを言ってのけ、顎で席を示すといった光景を想像していただけに、この歓迎は意外だった。
酒場の店主は大抵、横柄な態度であることが普通だからだ。
「お邪魔させていただきます」
帽子を取って頭を下げると、緊張のせいあって自身の手が震えていることに気づく。
しかしそれは当然のことだろう。
1つの戦争を終わらせてしまった英雄を前に、平然としていられるほうがどうかしている。
「ジェイクです。先日の手紙、読んでいただけて光栄です。お逢いできたことはそれ以上に」
自己紹介を済ませ、顔を上げる。
改めて見渡すと、まだ営業時間前であるためなのだろう。
ランプの灯火は最小限で、窓からはうっすらと太陽の光が差し込んできている。
暖炉の炎もぼんやりとしていて、店内は薄暗い。
入り口を入ってすぐ目につくのが正面のカウンターであり、その上には様々な酒瓶がラベルをこちらに向けて並んでいる。
テーブル席は左手に1つ、右手に2つ。
これらも店と同様に全て木製だ。
壁にはイカリや舵輪といった船具や、古びたサーベルなどが飾られている。
カウンターの右端には体格の良い大柄な男が1人で座り、早くも飲んでいるようだ。
腰に剣を差しているところを見ると、男は剣士であるらしい。
この店はやはり剣士にとっても聖地なのだろう。
「気楽に。堅苦しくしなくていい」
カウンターの中から店主は言う。
「帽子とコートを掛けたら、適当に座っていてくれ。飲み物を出そう。何がいい?」
剣士の男とは距離を置いて着席し、僕は恐縮をする。
「それでは、レム酒を」
僕の前に酒を置くと、恐れ多いことに店主は自ら手を差し伸べる。
「レーテルだ。遠方からの友を歓迎するよ」
慌ててズボンに右手をこすりつけ、僕は皮が厚い手と握手を交わした。
「15年前の話が聞きたいんだったな」
その言葉に僕は固唾を飲み込むかのように深く頷く。
史実を小説にし、発表したい旨は既に手紙で伝えてあった。
返答がないことを懸念していたがしかし、レーテル氏は快く応じると返してくれたのである。
15年前の戦争を終わらせた英雄を前に僕は自然と姿勢を正す。
彼の言葉を控えるための筆記用具をカウンターの上に並べながら、チラリと横の剣士の様子を伺った。
「ああ」
英雄が再び笑顔を見せる。
「こいつのことは気にしないでいい。ただの暇人だ」
「暇人はねえだろう」
乱暴な言葉とは裏腹に、剣士の口調には親しみが込められている。
「俺のことも書いてもらえるかも知れねえと思ってな。稽古をやめて飲みに来たんだ」
続けて若き剣士は僕に体を向ける。
「兄ちゃん、ジェイクっつったな。邪魔しねえから、俺のこたァ気にしねえでくれ」
風貌に似合わず、気さくな調子だった。
店主とのやり取りを見ても、彼はおそらく常連客なのだろう。
「さてと」
レーテル氏が自分のグラスに酒を注ぎながら、眉の片方を吊り上げる。
「2大英雄なんて言われてるが、今じゃ歯牙ない酒場のおやじだ。昔は痩せてたんだがな」
見れば確かに彼は太っていて、かつては名の知れた剣士であった面影がもう残っていない。
そのことが平和な今を象徴しているような気がして、僕は改めて尊敬と畏怖の念を覚えた。
「緊張する気持ちが解らないわけじゃないが、他の酒場でもそうするよう、くつろいで飲んでたらいいや」
氏が自分のグラスを片手に僕の前に来る。
「15年前のことはどこまで知っているんだい?」
「大雑把な知識しか持ち合わせていません」
2大英雄の1人が今ここにいるレーテル氏であること。
もう片方は故人で、やはり剣豪であったガルド氏。
各地で同時に発生した殺人事件が例の戦争に発展してしまい、それをたったの2人で終わらせてしまったこと。
要するに僕が持っている情報は一般人と変わりがない。
「それだけ知ってりゃ上等だ」
英雄が白い歯を見せる。
「じゃあ順序よく、最初から細かく話すとするか」
出されたレム酒に手をつけることも忘れ、僕は「お願いします」とその場で小さく頭を下げる。
「ありゃまだ俺の髪が多かったころの話だ。謎だらけの事件だと、当時は不思議に思ったもんだよ」
酒を一口飲んで、氏は語り始める。
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闘技場で戦うことが剣士の主な仕事だ。
人間同士の対決なら真剣は使わないし、対動物の試合は滅多にない。
それでも普段からの帯刀を許されるには理由があった。
「久々に対戦以外の仕事になるかもな」
レーテルが広場の掲示板を眺め、つぶやいている。
「殺しなんて年に1回あるかどうかだ。それが見てみろ。この件数は異常だぜ」
看板のようにして立つそこには紙面が貼り付けられており、数々の物騒な事件の発生を民に知らせている。
レーテルは無意識に腰の剣に手を添えていた。
横に並ぶ剣士は腕を組み、武者震いのようにそわそわと体を揺らせている。
「俺ァやるぜ。剣士はみんなのヒーローで、正義の味方だからな」
続けて男は広場の全体を振り返り、見渡した。
「見ろよレーテル。ガキどもが楽しそうに遊んでる。あそこのベンチで喋ってる男女は恋人同士だろうな。いつか結婚して、子供が産まれるかも知れねえ」
言いながら男はレーテルの肩に手を添える。
「オメー、この光景が壊されたら嫌な気分にならねえか?」
「酔ってるのかお前は。すっかり丸くなっちまいやがって」
するとガルドはカラカラと笑い、「正直言うとよ、自分のガキに恰好良いパパの姿を拝んでほしくてな」とレーテルの背を強く2度叩いた。
数々の試練を乗り越えて剣士の称号を得た者には富と栄光が約束される代わりに、有事の際は自主的に労力を使うことが義務づけられている。
事件性の強い出来事があれば、ときに自衛士らと手を組んで解決に望まねばならない。
しかし、実際に行動に出る剣士はごく少数であるのが現状だ。
武力行使の果てに冤罪であった場合の罰則が非常に厳しいものだし、無償で働かねばならないからだ。
不動の剣士を取り締まる機関もなく、大抵の剣豪たちは事件を見て見ぬふりをするのが情けない通常となっている。
「まずは調査か。どこから行く?」
レーテルが訊くと、相方は「近いとこからだろ」と掲示板に背を向けた。
広場を後にし、街道を抜ける。
厚手の皮で作られた肩当てと胸当てと腰の剣、そして2人の大柄な身体が周囲に存在感を明らかにしており、すれ違う度に通行人が視線を逸らす。
まるで町民を威圧をしているかのようでレーテルは肩をすぼめるのだが、ガルドは気にしていないらしい。
相変わらず胸を張って、歩幅を広く取っている。
「それにしても、おかしな事件だぜ。前代未聞じゃねえか?」
ガルドの言う通りだった。
ここバイムルの町でも今月に入って4度もの殺人事件が発生したらしい。
被害者に関連はなく、有力な目撃情報もない。
死因はまちまちだが、だいたいは撲殺か斬殺であるようだ。
こうした出来事がこの町のみではなく、ルメリア全土で発生している。
凶器は見つからない場合がほとんどで、たまに発見されることがあればそれは被害者の持ち物だ。
自治体の対策としては、夜分に1人にならぬよう呼びかけるといった単純な手段しか取れないでいる。
まだ日が高く、振り返ると町に続く道が緩やかにカーブしていた。
2人の剣士は郊外に立てられた一軒家を前にしている。
周囲は草原ばかりでたまに針葉樹が立ち、人気はない。
なるほど、この立地条件なら犯行に及びやすい。
レーテルは率直にそのような感想を持った。
殺人事件の1つはこの家で発生していて、今日は現場検証と被害者の家族から話を聞くことが目的だ。
家は大きめな丸太小屋といった印象で、窓は内側から打ち付けられて外部から覗けないように細工がされている。
玄関に備え付けられた金具を2度打ち、来訪を知らせたのはレーテルだ。
野蛮とも取れる勇ましい風貌のガルドが対面の相手では、先方が何かと緊張をするだろう。
玄関が開く気配がないので、レーテルは再度ノックをしつつ大声を出す。
「どなたかおられませんか! こちら剣士のレーテルです! どなたかおられませんか!」
すっと、レーテルの手が制される。
ガルドが「しっ!」と唇に指を添え、ノックの手を止めていた。
「どうしたガルド?」
「気づかねえか?」
ガルドは神妙な面持ちで言う。
「血の匂いだ」
言うが早いかガルドはノブを掴み、鍵がかかっていることを確認するとスタスタと早足になって家の周りを1周し始める。
野生の勘とも言うべきガルドの鋭い感覚には定評があり、レーテルは無言で後に続いた。
窓は内側から板で塞がれ、密封されている。
見上げると2階も同じようで、裏口の類もない。
ガルドが小さく舌打ちをした。
「あんまり良くねえ感じだぜ」
玄関に戻ると、今度はガルドがドアを叩く。
その様は焦りのせいか乱暴だ。
「誰かいねえか! 剣士のガルドだ! 返事がねえならドアをぶち破る! 開けろ!」
次にガルドは1歩下がると、渾身の力を込めるようにしてドアを蹴る。
3度ほどで蝶番ごとドアが外れかけ、2人の剣士は板と化してしまった玄関を家からむしり取った。
「う」
レーテルは思わず手で鼻を覆う。
血の臭気が凄まじく充満している。
それどころか、足元には女の死体が転がっているではないか。
まさか惨劇に立ち会うとは予測していなかっただけに、レーテルの動揺は大きい。
女はこちら、つまり玄関に頭を向けてうつ伏せになっていて、頭部から床に広がった血は既に固まってしまっている。
元々はこれが水溜りのようになっていたことが容易に想像できた。
「真後ろから後頭部を殴られてるな」
ガルドが片膝をつき、死体を観察している。
「ひでえことしやがる。この匂い、死体はこれだけじゃねえぞ」
立ち上がるとガルドは暖炉脇の階段を上り、2階を目指す。
「待てガルド!」
その叫びにガルドが歩を止めた。
レーテルを振り返り「どうかしたのか?」と目で訊ねている。
「密室だ」
レーテルは高まる動悸を抑え、平静を意識した。
「この家丸ごと、密室なんだ」
「それがどうした」
「お前は馬鹿か。犯人はどうやってここを出たんだ?」
「知らねえ」
「まだどこかに隠れて、脱出を図っているかも知れん」
「おお、そうか。オメー頭いいな」
2人は玄関を中心に人が隠れられそうな場所を探す。
そこは居間として使われているらしい空間で、服の収納タンスと暖炉ぐらいしか物陰はない。
玄関から見て右手が台所になっていて、地下の食材保管庫は野菜と肉ばかりだ。
トイレももちろん見たが、やはり何者もいない。
視線を下げると絨毯はなく、木の床がむき出しになっている。
不審な足跡はないようだが、花瓶や椅子、酒瓶などが倒れており、テーブルの位置も斜になっていて、争った形跡がそこここに見られる。
「じゃ、いよいよ2階だな」
ガルドが先に立つ。
死体を尻目にレーテルも続き、わずかに首を傾げた。
不可解な疑問が多すぎる。
もし2階にまで人がいなかったら、犯人は既にここから出たことになる。
表に放り出されたドアだった物体を見ると、かんぬきが鍵としてかけられていたようだ。
犯行後、犯人が外から細工を弄してこの錠をかけたのだろうか。
明らかな他殺であるにもかかわらず密室を作り上げた理由は、少なくとも自殺に見せかけるためではない。
各地で発生している事件と今回の件は別件なのかも知れないが、レーテルは言い知れぬ不安を感じ取っていた。
<巨大な蜂の巣の中で・1>に続く。
先日、本当に助かったのがシークレットのコメントでした。
これはケータイから書き込む際に「シークレット」の箇所にチェックを入れることで第3者に見られず、俺だけにメッセージを送信できる機能となっております。
これを用いたお言葉が先日、匿名で送られてきました。
誤字の指摘だったのですが、俺1人だったら気づくのに時間がかかるところだっただけに本当に助かりましたよ。
俺の体調を気遣う文面といい、シークレットにする思いやりといい、心が温まりました。
匿名希望さん、本当にありがとうございます。
誤字脱字なんて無くて当たり前ぐらいの恥だったので、言ってもらえて助かりました。
本当に面目ないです。
これからも是非、お目通しくださいませ。
さて。
それではいつものように誕生日のお祝いです。
3/1 マサ兄サマ、誕生日おめでとうございます!
3/3 ゆうさん、誕生日おめでとうございます!
3/3 麻里さん、誕生日おめでとうございます!
3/6 ジャイ子さん、誕生日おめでとうございます!
皆さんが誕生したこと、心から嬉しく思っています。
これからもどうか素敵なままでいてください。
お誕生日、本当におめでとうございます!