夢見町の史
Let’s どんまい!
March 06
will【概要&目次】
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<巨大な蜂の巣の中で・1>
私はメリアではありませんと、メリアは悲しげにうつむく。
肩まで伸びた黒い髪。
そしてそれをかき上げる仕草。
わずかに青い瞳と悲しげな表情。
どこを見ても彼女はメリアそのものだ。
とてもじゃないが、彼女がロボットだなんて信じられない。
メリアはそれでも「私を調べてください」と哀願の目を私に向け、わずかに震えている。
ある不思議なニュースが報道されていることを私は思い返していた。
事故や災害に巻き込まれて重症を負った者の中に、アンドロイドと思われる被害者が含まれていたというものだ。
アンドロイドはすぐに爆発してしまったので目撃者は少ないが、オカルト誌や都市伝説を扱う番組は喜んで飛びついていた。
事故現場で謎の爆発が起こるといった出来事も他にあって、やはり被害者の中にアンドロイドが含まれていたのではないかと関連づけられている。
CTスキャンを立ち上げて、私はメリアに横になるよう指示を出した。
メリアは既に患者用のローブに着替えていて、言われるがままに機材のベット上で仰向けになる。
私はパネルを操作して、メリアが横たわるベットをスライドさせた。
頭を先にして、メリアの体が徐々に機械へと飲み込まれてゆく。
メリアが私の元を訪れたのは、つい先ほどのことだ。
今日は夜勤で、私は緊急時のために院内で待機していた。
時間にすれば深夜で、仮眠を取るべきかどうか考えを巡らせていると、携帯電話が着信を知らせる。
当病院のナースで、私のフィアンセでもあるメリアからだ。
「もしもし? 珍しいね、メリア。こんな時間に」
「レミットさん」
彼女はこのとき、私を呼び捨てにせずに敬称をつけていた。
その声の暗さが、深刻な知らせを予感させる。
私は電話を持ち直し、「何かあったのか?」と訊ねた。
メリアは困惑しているのか歯切れが悪く、「どう説明したらいいのか」と言葉を選んでいる。
「落ち着いてメリア。結果から先に聞いていいかな? 何がどうしたんだい?」
次の言葉は、私にとって非常に不可解なものだった。
「私はメリアではありません。本物のメリアさんはつい先ほど、死亡しました」
発声の強弱のつけ方や発音は間違いなくメリア本人のものだっただけに、私は混乱をする。
「なに? 君はメリアじゃないのか?」
「はい」
「なら、誰なんだ?」
「メリアさんと同じ記憶をプログラムされたアンドロイドです」
悪戯にしては様子が真剣すぎる。
私はこのとき、彼女の身に重大な不幸が起きて思考が混線しているのだと判断をした。
心の治療は私の専門分野ではないが、ここは医者ではなくフィアンセとして話を聞くべきだろう。
「君がアンドロイドだとして、どうして僕に電話を?」
「私に協力者が必要だからです」
「もちろんだ。君に頼ってもらえて嬉しいよ」
「今日は、まだ病院ですよね?」
「ああ、そうだ。明日の午前中にはマンションに戻れる」
「今からそちらを訪ねてもいいでしょうか?」
「今から!?」
当直室のデジタル時計を見ると、時刻はやはり真夜中だ。
それほどまでに緊急を要するとは思えず、かといって断れば彼女を傷つけかねない。
私は迷った挙句、メリアの来訪を許可していた。
「ただメリア、ここに来てどうするつもりなんだ?」
「あなたを絶望させてしまうでしょう。私がアンドロイドだと解れば、それはメリアさんの死を認めることに繋がってしまいます」
私は黙って聞き入る。
「それでも」
彼女の言葉は決意が宿っているかのような強さがあった。
「私がメリアさんではなく、意思を持ったアンドロイドだということを理解してほしいのです。私がどうして作られたのかも」
こうして私は今、病院の機材を無断で使用してメリアの身体をスキャンしている。
私としては、彼女がロボットではないことを証明する気持ちでいた。
自身がアンドロイドであるなどといった記憶が妄想であると、メリアに気づかせるためだ。
しかし、思い知るのは私のほうだった。
彼女の体内の情報はすぐにモニターに表示される。
それを見た瞬間の驚きを、私はどう表現したら良いのかまるで解らない。
表皮部分や骨格は極めて人間に近いのだが、彼女は明らかに人ではなかった。
どう見ても人工物としか思えない塊だけで肉体のほとんどが構成されている。
「謝罪の言葉もありません」
メリアが、いや、メリアと同じ容姿を持つアンドロイドが私の横で口を動かせている。
「私は、メリアさんを守ることができませんでした」
呆然自失となっている私は、何も応えられずにいる。
デスクに腰かけ、祈るかのように両手を組んで口に当てる。
細かく震える膝を止める気力さえなかった。
彼女は申し訳なさそうな表情のままコーヒーを淹れ、私の横にそっと置く。
「レミットさん、これから私がする話は、あなたにとって受け入れがたい内容です」
意識がぼんやりしているからか、彼女の声は遠くから聞こえるかのようだ。
「私が知っていることを全てお話します。ただ私はあなたが混乱していることを知っているので、どこから説明するべきなのか」
「君がロボットだということは理解した」
私は焦点の合わぬ目で宙を眺めたまま言う。
「私の婚約者は実は最初から人ではなかったのか?」
「いえ」
「なら君の言う通り、人間だったメリアは死んでしまったのか?」
「残念ながら」
それ以上のことを、彼女は続けなかった。
当直室に静寂が訪れる。
「私は、メリアさんと入れ替わるために作られました」
彼女はその場で直立したまま、再び語り出す。
「私には、メリアさんと同じ記憶と性格が設定されています。仕草も声も彼女と同じものであるはずです」
「ああ、思わず君をメリアと呼んでしまいそうだよ」
「何故、私にそのような設定がなされているのか? それは私がここでナースの仕事を続けながら、患者を洗脳するためです」
「患者を洗脳?」
「はい。これから様々な要人たちが病気や怪我で、ここに入院することになるでしょう」
「どういうことだ?」
「ソドムという男に心当たりはありませんか?」
唐突に出た男の名に、私は首を振る。
「いや」
「彼は脳研究の第一人者で、世界的にも有名でした。今から21年前に失踪しています。生きていれば、現在は68になっているでしょう」
「その男が、どうしたんだい」
「彼は失踪直前まで、人間の脳を極限まで覚醒させる研究に没頭していました。遺伝子操作や薬物投与などの動物実験を繰り返しながら」
「もしかしてソドムって、ソドム博士のことか?」
片隅にあった記憶が蘇る。
昔、テレビか何かで仮説が報道されていた。
自分自身の脳を強化したために世間に絶望し、自決した博士の名が確かソドムだ。
「彼は死んではいません」
アンドロイドは続ける。
「身を隠し、密かに計画を進めていました」
「計画?」
「はい。このままでは、この星は人類の住めない土地になってしまいます」
環境汚染は深刻化しているから、最近では誰もがそう考えている。
続きを促すと、彼女は「文明を無くすための計画を彼は実行しています」と悲しげな目を伏せた。
「文明を無くすだって?」
「そうです。自然を回復させるために」
「それは突飛すぎる発想じゃないか?」
「ソドムにはそれが可能なのです。彼が得た知恵は想像を絶しています」
「彼が得た知恵?」
「彼は、脳の性能を完璧に目覚めさせる術を作り上げてしまったのです。発表はされなかったのですが、ウイズダムという新薬です。彼はそれを自分に投与しました」
「つまりソドム博士は、簡単にいえば『頭が良くなった』ということか?」
「ええ。ソドムは潜伏し、21年間ずっと準備を進めてきました。文明の破壊と、一部の人間を飼育するためです」
「人間を飼育するとは?」
「限られた地域に人間を残し、増えすぎぬよう管理するという意味です」
「そこに残れない者は滅ぼすってわけか。はは。さすがに信じられないよ」
私は立ち上がり、換気するために窓を開ける。
深夜の都市は眠ることなく、ネオンや街灯やビルの明かりで、星々の光をかき消している。
「見たまえ。ここから見えるだけでも相当の数だ。これだけの人数を皆殺しなんて可能なのかい? 軍隊でも難しい」
するとメリアは「中性子爆弾」とつぶやく。
「何爆弾だって?」
「衛星ビーム砲の連続暴発、ウイルスの蔓延、人為的な天変地異、人間同士による大暴動、コンピューターの反乱、これらが1度に、世界各地で発生します」
「おいおい」
「計算し尽くされた攻撃です。都心部のみを破壊し、自然の多い地域は無傷で済むでしょう。その後の生態系もソドムによって計算され、既に用意されています」
「ちょっと待ってくれないか」
どこまでが真実であるのか、私は判断をするべきだ。
このロボットが虚言を用いている可能性はあるし、メリアの死を直接確認したわけでもない。
「君の言葉を全て信じるには、僕にも用意が必要だ」
「ええ、そうですよね。私は、どうしたら良いでしょうか?」
「そうだな」
私は腕を組み、部屋の中を行ったり来たりと往復を始める。
「メリアは既に死んだと言っていたね? 僕にとって最も受け入れるわけにはいかない情報だ。彼女の遺体は今、どこにある?」
「ありません」
僕の足元を見つめるかのように、彼女が視線を下げる。
「私は起動時、本物のメリアさんを助けようと思いました。そこで彼女のマンションに急いだのですが」
言い難そうに彼女は「間に合いませんでした」と漏らす。
「人に成り済ましたアンドロイドは私の他にもいるのです」
そこで私は近年のニュースを再び思い出した。
噂されているアンドロイドがつまり、私に名乗り出てきているのだ。
「君がここにいる以上、市民に紛れるアンドロイドの存在は認めなければならないな。続きを」
「はい。ソドムによって開発されたアンドロイドには個別にコードネームが設けられています。メリアさんを殺害したアンドロイドの名は、デリート。人体の細胞を分子分解する機能が備わっています」
「つまりメリアは殺されたあと、死体を塵に変えられてしまったと?」
「はい。正確には気体にまで分解されてしまいました」
すると彼女は両手で顔を覆い、「間に合わなくってごめんなさい。私はデリートを止められませんでした」と声を震わせる。
泣き方までメリアそのものだ。
フィアンセと同じ姿をした彼女を抱きしめてやりたくなる。
しかし、死体がないだけにメリアの死を納得するわけにはいかない。
「他にも疑問があるんだ」
私は頭を撫でてやりたい衝動までも我慢し、問う。
「君は僕に正体を明かしたが、他のアンドロイドもそういった行動を取るものなのか? 何体のアンドロイドが世間に紛れているのか解らないが、全部が君のように名乗っていては派手なニュースになると思うんだが」
「それは私にも解りません。ただ私にはメリアさんと同じ意思が宿っています」
メリアの意思。
そういえば以前、彼女は夢を語っていた。
「レミット先生、私は人を助けたいです」
あれは私との交際が始まる前のことだったか。
医療に携わる者として当たり前の感情のはずが、彼女が言えばシンプルなだけに心に響く。
「そのためだったら、私は解体されても構いません」
今度は回想の中のメリアではなく、目の前のメリアが発言をしていた。
私は冷めかけたコーヒーに初めて口をつける。
「君の言うことを全てを信じるには時間や裏づけが必要だし、1度に色々聞いてしまったので僕が困惑しているのは確かだ」
砂糖の数、ミルクの量。
メリアが淹れるコーヒーと全く同じ味だ。
私はカップを置く。
「君はしばらくメリアと名乗ったほうがよさそうだね。我々は近いうちに長期休暇を取ろう。僕にとっても見過ごせない」
するとメリアは深く頭を下げる。
私は窓を閉めるために、もう1度シティの夜景に近づいた。
この光景が無になってしまうことなど、私には想像できない。
<そこはもう街ではなく・2>に続く。
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