夢見町の史
Let’s どんまい!
2009
November 04
November 04
will【概要&目次】
http://
<巨大な蜂の巣の中で・3>
差し当たって私の目を引いているニュースといえば、某国が密かに行っているとされる衛星光学兵器の開発と実験。
自国防衛のためという名目だが、世界中どこにでも高密度のレーザーを発射できる兵器の必要性には疑問の声が上がっている。
国家としての体制が幼い印象の独裁政策が主流である国がこの開発を行っているだけに、世界からの注目は決して楽観的なものではない。
極地の氷が溶けたことで氷柱に閉じ込められていた太古のウイルスが現代に蘇ったというニュースも見過ごせない知らせだろう。
近年の温暖化が原因で氷から解放されてしまったという。
早くも人に感染しており、風邪のような症状から始まってやがては死に至る。
厄介なことにこのウイルスは空気感染をし、有効な治療法も今は見つかっていない。
初期症状が風邪とほぼ変わらないので、発症しても高をくくって油断する者も多いだろう。
私が所属する病棟にも数人が既に隔離されている。
さらに、進化したと思われるインフルエンザも脅威の1つだ。
従来の治療薬が全く効かない上、こちらの感染力も凄まじい。
私の住まうシティのような都心部では予防が散々に呼びかけられているし、院内では消毒と殺菌服の着用が徹底されている。
アンドロイドの話を信じるとすれば、これら重大ニュースのいくつか、または全ての原因がソドム博士の仕業ということになるのだろう。
私が他に知りたがっていた「対象本人に気づかれることなく任意の人物の体重を密かに量る方法」は、有効で実行可能なものは浮かんではいなかった。
私の常識では、ロボットといえば2種類がある。
1つは私を訪ねてきたアンドロイドのように物質として存在している物。
用途は様々で、固体によって仕様が変えられていることも多いし、見た目も様々だ。
私が勤務している病院でも数種のロボットが医師やナース、患者のサポートを行っている。
企業の規模がある程度発展していれば、だいたいの場合はこういった物質的なロボットを労働力として導入している。
個人の所有物としてオーナーの日常を支えるロボットもあるにはあるが、こちらは一部の上流階級のみに許されたことで、一般的には浸透していない。
一方、ウェブ上にのみ存在する電脳ロボットは物質的なボディを有しておらず、パソコンを扱う者であれば誰でも1体は有している。
これは人工秘書だとか電脳秘書と呼ばれており、実に高度な人工知能をプログラムされている。
昨今であれば「秘書」と一言でいえばだいたいはこの人工秘書のことを指し示す。
この秘書が何をしてくれるのかといえば、インターネット上で出来ることのほとんどをオーナーの代わりに、パソコンの電源を入れていなくともやってくれるのである。
簡単なメールの配信や返信はもちろんのこと、こちらが望む情報の収集やスケジュール管理など。
オーナーによってはオンラインゲーム内で作業をさせたり、ポイントサイトの広告をクリックさせたり、ネットオークションの取り引きを任せるといった用途もあるようだ。
ウェブ上に存在するロボットなのでパソコン本体にインストールする必要もなく、月額も高くはない。
月額を抑えたいのであればランクの低い、つまり人工知能の精度が低い秘書のアカウントを発注すればいいのだが、私はオーナーとの音声による会話が可能である秘書を気に入っていて、これをバージョンアップさせながら長年に渡って愛用している。
キーボード操作で秘書に命令をするのではなく、パソコンのヘッドフォン、もしくは携帯電話に喋ることで指示するということは、それだけ細部に渡ってこちらの要求を伝えることができるので、非常に便利だ。
長らく使っているおかげで秘書は私のことを学習しているから、今ではたった一言でも私の言いたいことがどういった内容であるのかを理解し、それに添って行動してくれている。
今、私が秘書に頼んでいるアクションは、いわば情報収集だ。
「では引き続き、収集を頼むよ」
私が言うと、耳に当てていた携帯電話から女性の声が返答をする。
「かしこまりました。行方不明になったソドム博士の行方に関する情報、世界を脅かす可能性が少しでもあるニュース、相手に悟られずに他人の体重を計量する方法、引き続き探ります。他に何かございますか?」
「いや、そうだな。ではもう1つ情報収集を頼む」
「かしこまりました。どのような情報をお望みですか?」
そこで私は「科学的に人体を完全に消滅させる方法」と言いそうになり、慌てて口を閉ざす。
「いや、なんでもない」
殺人などの犯罪に関わる情報を収集しようとした場合、ネットポリスが不審者として私をマークする可能性がある。
私は秘書に礼を言い、電話を切った。
労働力に特化した物質的なロボットと、知能に特化した電脳上のロボット。
どちらも目覚しい進化を遂げ、どちらも人類にとって欠かせない存在にまで昇華している。
実際、凄まじい性能だ。
しかし、先日私の元を訪れたアンドロイドはハードもソフトも格段に現代科学の上を行っている。
おかげで私は、まだ婚約者の死を実感していない。
せめて、婚約者の遺体さえ消えずに残ってさえいれば、私は悲しむことができただろう。
せめてあのアンドロイドがメリアと同じ姿さえしていなければ、このような錯覚を起こすこともないのだろう。
私はたまに、あのアンドロイドを抱きしめてしまいそうになる。
メリアと呼びそうになってしまう。
相手はただの鉄の塊であるというのに――。
私の携帯電話が音を立てた。
発信者はメリアとあるが、これがアンドロイドであることは頭では理解している。
通話ボタンを押し、私は携帯電話を耳に当てた。
「休暇中、すみません」
やはりメリアの声だった。
「構わないよ。君は今日、勤務だったね? いいのかい?」
「はい、休憩時間です」
続けて彼女は、私を驚かせるに充分な報告をした。
「私以外のアンドロイドは、やはり私の、いえ。メリアさんの身近にいました」
「なんだって? 誰だい?」
「ナースの、ジルです」
「どうしてそう確信した?」
「向こうから接触がありました。詳しくお話ししますので、勤務が終わったらレミットさんのご自宅に伺ってもよろしいでしょうか?」
私は了承の意を示し、通話を終えた。
アンドロイドと人間を見分ける方法はなく、疑わしき者の体重を密かに量るしかないと思っていたのだが、展開はどうやら私が思っていたより早そうだ。
私はガウンを羽織って、自室のブラインドを開ける。
外は、雨だった。
<そこはもう街ではなく・4>に続く。
PR