夢見町の史
Let’s どんまい!
October 14
前回までのあらすじ。
仕事仲間のAちゃんに職場の鍵を失くされた。
今回のあらすじ。
俺のズボンのポケットに見覚えのある鍵が、どういうわけか入ってる。
これは恥ずかしいことだ。
状況から見れば、どう考えても俺が悪い。
酔った俺が鍵を己のポケットに避難させ、そのことを綺麗に忘れ去ってしまったのだろう。
自分で鍵を持っているにもかかわらず、俺はずっとAちゃんに失くされたのだと思い込んでいたのだ。
先日の自分を全力でつねってやりたい。
どうしよう。
俺は「Aちゃんに鍵を失くされた~。Aちゃんに鍵を失くされた~」と話題の種として面白おかしく皆に言いふらし、あまつさえAちゃんからはコーヒーを奢ってもらっちゃっている。
鍵、俺のポケットに入ってたのに。
しかもボスからは新たなスペアキーまで受け取ってしまった。
なんで俺は今、職場の鍵を2つも持っているのか。
とっても不思議だ。
科学で解明できるとは到底思えない謎の現象が今、俺に降りかかっている。
ああもう。
何もかも見なかったことにして片方の鍵だけ思いっきり海に投げてしまいたい。
もしくは、男友達の家に行って鍵だけをそっと置いて帰ってみるか。
同棲していた女性に逃げられた感がかもし出せそうだ。
ってゆうか、Aちゃんを寛大な感じで快く許しておいて本当によかった。
これでもし嫌味の1つでも言っていたとしたら、俺は赤面の余り発熱し、地球の平均温度を上げてしまうだろう。
さて、どうするか。
職場のスナックで開店準備をしつつ、俺は脳を回転させる。
知らばっくれてしまうことは簡単だ。
俺さえ黙っていればいい。
全ては過ぎてしまったことだし、わざわざぶり返すこともないだろう。
Aちゃんには後ろめたいので、これからは適当に優しくしておけばいい。
あ、そうだ!
ボスに「自腹でスペアキー作ってきたよ」とか言いながら余った鍵を返せば、俺の好感度が上がるじゃないか。
そこまでの嘘は顔に出るから無理だ、という点に目をつぶればこれは良策だ。
黙っておこうかなあ。
黙っておきたいなあ。
Aちゃんが鍵を失くした犯人だという証拠はないけれど、犯人ではないという証拠だってないのだ。
俺さえ黙っていれば、この話は自然に流れる。
何より、正直に打ち明けるには恥ずかしすぎる。
「Aちゃん、君は鍵なんて失くしていないよ。失くしたのは、俺のほうなんだ」
ドラマっぽく口にしてみたけど、ちっとも素敵じゃない。
余計に恥ずかしいことをしてしまった。
腕時計に目を走らせる。
あと5分もすればAちゃんがやって来るはずだ。
打ち明けるか否か、それまでに決めねばならない。
いや、俺の心はとっくに決まっていた。
正直に「鍵を失くしていたのは俺です」と告白をするべきだ。
怒られるかも知れないが、言うしかない。
日記に書いたとき、どうせバレるからだ。
清く正しく生きるためとかっていう理由では決してない。
鍵のことをアップしないという選択肢もあるけれど、このネタは正直オイシイので逃したくない。
それにしても、みんな遅いな。
普段だったら一緒に開店準備をしている頃なのに。
おや?
頼んでおいたビールが来てないじゃないか!
まさか酒屋さん、今日は休み!?
なんで休みなんだよ!
ビールがないのは痛い!
おっと、そうか。
今日は休日だったんだな。
それじゃあ酒屋さんだって休みなわけだ。
休日ということは、だ。
嫌な予感がする。
あっと、そうそう。
Aちゃんには電話で謝ろうっと。
おそらく彼女は今日、店に出ない。
あ、もしもし、Aちゃん?
「うん、お疲れ様ー」
お疲れさん。
あのさ、今いい?
「うん、いいよ?」
怒んない?
「え、なに?」
あのね?
スマイルの鍵なんだけどね?
「うん」
不思議なことにね?
何故か俺のポケットに入ってた。
「んな! ったく、このヤロー! コーヒーまで飲んでおいて!」
ごめーん!
許してちょ。
それとね?
「うん?」
もしかして今日はこの店、お休みの日でしょうか?
「休みだよ?」
ですよねー。
俺、最初からそう思ってたもん。
だから決して俺は出勤なんてしていません。
「また休みの日に店に来たのー!?」
き、来てねーよ!
来てなんてねーよ!
わざわざスーツ着て開店準備なんてしてねーよ!
言いがかりはやめてください。
取り合えず、今日は店のゴミだけ捨てて帰る。
「やっぱり来てんじゃねえか!」
みんなには言わないでー!
Aちゃんには、わかんないだろ!?
きっちり仕度して休業中の職場にやって来る恥ずかしさが!
俺だって解りたくなかったよ!
ああ、もー!
「はいはい。帰り、ちゃんと鍵かけてってね」
大丈夫。
今日の俺は店の鍵を何故か2つも持っている。
というわけで、またねー!
「はいよ、またねー」
電話を切って、ポケットに仕舞う。
まさか出勤日まで間違っていたとは。
たまにやってしまうのだが、俺はこれを運命のいたずらと呼んでいる。
あ、そうだ!
俺はあえて、Aちゃんの怒りを逸らすために、わざわざ休みの日に出勤してから電話をかけたのだった。
要件を伝えつつも鍵の件を誤魔化すという、俺の綿密なる計算である。
ということにしよう、そうしよう。
なんかもう、恥ずかしさが恥ずかしさを呼んでいる。