夢見町の史
Let’s どんまい!
2010
August 02
August 02
【第1話・出逢い編】
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/380/
【第2話・部活編】
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/381/
【第3話・肝試し編】
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/382/
------------------------------
「僕の親戚が民宿やってるんだ」
近藤が目を輝かせ、まっすぐに俺を見つめている。
休み時間で、生徒らは俺たちと同じく、それぞれが思い思いの会話を繰り広げている。
近藤が少し身を乗り出した。
「クラスのみんなにも声かけてるんだけど、春樹も夏休みにそこに行かないか?」
聞けばその民宿は海辺で、場所もそう遠くはない。
ただ俺は小遣い不足なのだ。
2泊の旅行なんて行ったら他に何もできなくなってしまう。
「う~ん、どうしようかなあ」
悩んでいると、近藤はトドメの一言を言い放つ。
「女子も来るんだ。さっちゃんと佐伯さん、そしてなんとクラスのマドンナ、あの白鳥麗子さんもね」
「ぜってー行くよ!」
校庭からセミの鳴き声がしていて、今年の夏も暑くなることを予感させていた。
------------------------------
「ジャンケンで負けた奴、ジュースの買い出しな」
そう言い出した春樹が負けて、あたしは大笑いをした。
絵に描いたような青空で、遠くにはくっきりとした輪郭の入道雲。
とても台風が近づいているとは思えないほど良好な天気だ。
水平線の辺りには小さな島があって、近藤君の話によるとあれは無人島らしい。
女子はあたしとさっちゃんと、白鳥さん。
男子は春樹と近藤君と伊集院君だ。
あたしたち6人は近藤君の伯父さんが運転する送迎バスに乗せてもらって、今は夏の海を満喫している。
「くっそ。俺が負けたかー」
春樹が悔しそうに毒づいた。
「じゃあちょっと買いに行ってくる」
みんなから小銭を預かると、春樹は1人1人に注文を訊ねる。
「近藤、何がいい? 伊集院は? スポーツドリンクね。あの、白鳥さんは? うん、解った。さっちゃんは何にする? オッケー」
春樹は最後にあたしに「お前は?」と声をかけた。
「あたし、ジンジャーエール」
「おう」
出発しようとあたしたちに背を向けた春樹はしかし、すぐにピタっと立ち止まる。
「考えてみたらジュース1人じゃ持ちきれねえや。お前も来いよ」
あたしは「ったくしょうがないなー」とシートから腰を上げた。
「ねえ、優子ちゃん」
コーラを飲みながら、さっちゃんがまじまじとあたしの顔を覗き込んでいる。
「変なこと聞くかも知れないけどさ」
「ん? なあに?」
「春樹君と、ホントに付き合ってないんだよね?」
あたしは反射的にジンジャーエールを噴き出した。
「な、なに言ってんのよ!」
「だってさ? 見てるとなんか違うもん」
「違うって、なにが?」
「2人の距離感」
「ちょ、やだなー! そんなことないよ! それにあいつ、白鳥さん狙いなんだよ!?」
「そうかなあ? 春樹君、頭でそう思い込んでるだけで、ホントは優子ちゃんのこと好きなんだと思うんだけどなあ」
「そんなことないったら! もー!」
あたしはジンジャーエールを置くと、「ちょっと泳いでくる!」と宣言をして海へと走り出す。
------------------------------
結局、初日の昼は麗子さんと上手く喋れなかった。
麗子さんはやっぱり伊集院目当てでこの旅行に来たのかも知れない。
そう考えると、自然と俺の気が重くなる。
視線の先には楽しそうに談笑している麗子さんと伊集院がいた。
近藤の伯父さんが用意してくれた夕食はどれも最高に美味かった。
満腹になった後はみんなで花火をやって、今は男子の部屋に女子らが遊びに来ている。
少し考え事をしていたら、いつの間にか俺は会話の輪から外れてしまっていて、なんだか1人でいるよりも孤独な感じだ。
伊集院に話しかけようにもそれほど親しくないから話題がない。
ということはつまり、伊集院と話している麗子さんと仲良くなれるチャンスだって今はないわけだ。
佐伯も近藤も、さっちゃんと何かしらを喋って盛り上がっているし、俺の居場所がないように思えて仕方ない。
俺は気配を殺すようにスッと立ち上がると、音を立てないようにして部屋を抜け出す。
「上手くいかねえなあ」
俺の溜め息はそれなりに深かった。
夜の浜辺は綺麗だ。
月が反転して水面に映っている。
波の音はそれほど大きくないけど、なんだか心に染みてくるようだ。
その景色と波の音は何故だか飽きを感じさせず、いつまでも俺をそこにいさせてくれる。
浜辺で腰を降ろして、どれぐらい経っただろう。
頬に、急に冷たい感覚があって驚く。
「うわ!」
振り返ってみると、そこにはコーラの缶を2本持った佐伯が立っていた。
どうやら頬に缶を押しつけられたみたいだ。
佐伯がコーラの片方を俺に手渡す。
「なーに黄昏てんのっ」
「な、なんだよ。お前かよ」
コーラを受け取ると、佐伯は俺の隣に腰を下ろし、自分の缶の蓋を開ける。
「夜の海も、なんかいいね」
「え、ああ。そうだな」
ざざーん。
ざざーん。
2人でしばらく波の音に聞き入る。
海を見つめながら、俺もコーラの蓋に指をかけた。
ぶしゅ!
そんな音がするのと同時に、冷たいコーラのしぶきが俺の顔に襲いかかる。
「うわ!」
「あはは」
「お前! コーラ振りやがったな!?」
「元気出た?」
「俺は最初から元気だよ!」
「そ? ならいいんだけど」
佐伯はつ、と立ち上がる。
「なんだか悩んでるように見えたからさ」
「余計なお世話だ!」
「それだけ怒れるんなら大丈夫だね。じゃ、あたしもう戻るから」
言い残し、佐伯は海に背を向けた。
俺は「なんなんだ、あいつは」とぼやいて、砂の上に大の字になる。
しかしすぐさま、俺は上半身を起こして遠ざかろうとする佐伯に声をかけた。
「おーい、佐伯ー!」
「なあにー?」
「ちょっと来いよ!」
「なんでよー!」
「いいから! 早く!」
「なんなのよ」と訝しげにしている佐伯に、俺は「ちょっとここで寝てみろよ!」と興奮気味に言った。
「寝る? パジャマが砂まみれになっちゃう」
「そんなの払えば落ちるから、ほら!」
俺は再び地面に背をつける。
ぶつぶつと文句を言いながらも、佐伯も隣で横になった。
「あー!」
「な?」
そこにはどれが星座になるのか解らないぐらいの多くの星々が輝いている。
俺たちの視界を全て、星空が支配した。
「綺麗」
たまには佐伯も素直なことを言う。
この小さな星の1つ1つはきっと、実際は地球よりも大きいんだろうな。
俺もふと、正直な気持ちになった。
「俺、なんて小さいんだろうな」
「そうだね」
「否定しろよ、そこは」
「だって小さいじゃない」
「お前、俺を元気づけに来たんだろ!?」
「ちが、なんであたしがあんたなんかを心配しなきゃいけないのよ!?」
「なんだと!?」
「なによ!」
気がつけば、俺と佐伯は互いに砂を投げ合って戦っていた。
夜空に俺たちの笑い声が響く。
なんとなくだけど、明日は最高にいいことがあるような、そんな気がした。
この予感はきっと気のせいなんかじゃない。
------------------------------
「前言撤回だ!」
春樹が怒鳴り散らす。
「今日は最高にいいことがありそうだと思ってたのに、最悪じゃねえか!」
あたしには全く意味の解らない文句だ。
だいたい、なんでこいつが被害者ぶってるのよ。
怒りたいのはこっちのほうだわ。
あたしは「なによ!」と怒鳴り返す。
「あんたがちゃんとボートを繋いでおかないからでしょ!?」
「お前がここに来たいって言ったんじゃねえか!」
水着のままだから、雨のせいで夏なのに肌寒い。
文句を言い合いながら、あたしと春樹は山道を進む。
この島には今、あたしたち以外に誰も人がいない。
続く。
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/384/
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/380/
【第2話・部活編】
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【第3話・肝試し編】
http://yumemicyou.blog.shinobi.jp/Entry/382/
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「僕の親戚が民宿やってるんだ」
近藤が目を輝かせ、まっすぐに俺を見つめている。
休み時間で、生徒らは俺たちと同じく、それぞれが思い思いの会話を繰り広げている。
近藤が少し身を乗り出した。
「クラスのみんなにも声かけてるんだけど、春樹も夏休みにそこに行かないか?」
聞けばその民宿は海辺で、場所もそう遠くはない。
ただ俺は小遣い不足なのだ。
2泊の旅行なんて行ったら他に何もできなくなってしまう。
「う~ん、どうしようかなあ」
悩んでいると、近藤はトドメの一言を言い放つ。
「女子も来るんだ。さっちゃんと佐伯さん、そしてなんとクラスのマドンナ、あの白鳥麗子さんもね」
「ぜってー行くよ!」
校庭からセミの鳴き声がしていて、今年の夏も暑くなることを予感させていた。
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「ジャンケンで負けた奴、ジュースの買い出しな」
そう言い出した春樹が負けて、あたしは大笑いをした。
絵に描いたような青空で、遠くにはくっきりとした輪郭の入道雲。
とても台風が近づいているとは思えないほど良好な天気だ。
水平線の辺りには小さな島があって、近藤君の話によるとあれは無人島らしい。
女子はあたしとさっちゃんと、白鳥さん。
男子は春樹と近藤君と伊集院君だ。
あたしたち6人は近藤君の伯父さんが運転する送迎バスに乗せてもらって、今は夏の海を満喫している。
「くっそ。俺が負けたかー」
春樹が悔しそうに毒づいた。
「じゃあちょっと買いに行ってくる」
みんなから小銭を預かると、春樹は1人1人に注文を訊ねる。
「近藤、何がいい? 伊集院は? スポーツドリンクね。あの、白鳥さんは? うん、解った。さっちゃんは何にする? オッケー」
春樹は最後にあたしに「お前は?」と声をかけた。
「あたし、ジンジャーエール」
「おう」
出発しようとあたしたちに背を向けた春樹はしかし、すぐにピタっと立ち止まる。
「考えてみたらジュース1人じゃ持ちきれねえや。お前も来いよ」
あたしは「ったくしょうがないなー」とシートから腰を上げた。
「ねえ、優子ちゃん」
コーラを飲みながら、さっちゃんがまじまじとあたしの顔を覗き込んでいる。
「変なこと聞くかも知れないけどさ」
「ん? なあに?」
「春樹君と、ホントに付き合ってないんだよね?」
あたしは反射的にジンジャーエールを噴き出した。
「な、なに言ってんのよ!」
「だってさ? 見てるとなんか違うもん」
「違うって、なにが?」
「2人の距離感」
「ちょ、やだなー! そんなことないよ! それにあいつ、白鳥さん狙いなんだよ!?」
「そうかなあ? 春樹君、頭でそう思い込んでるだけで、ホントは優子ちゃんのこと好きなんだと思うんだけどなあ」
「そんなことないったら! もー!」
あたしはジンジャーエールを置くと、「ちょっと泳いでくる!」と宣言をして海へと走り出す。
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結局、初日の昼は麗子さんと上手く喋れなかった。
麗子さんはやっぱり伊集院目当てでこの旅行に来たのかも知れない。
そう考えると、自然と俺の気が重くなる。
視線の先には楽しそうに談笑している麗子さんと伊集院がいた。
近藤の伯父さんが用意してくれた夕食はどれも最高に美味かった。
満腹になった後はみんなで花火をやって、今は男子の部屋に女子らが遊びに来ている。
少し考え事をしていたら、いつの間にか俺は会話の輪から外れてしまっていて、なんだか1人でいるよりも孤独な感じだ。
伊集院に話しかけようにもそれほど親しくないから話題がない。
ということはつまり、伊集院と話している麗子さんと仲良くなれるチャンスだって今はないわけだ。
佐伯も近藤も、さっちゃんと何かしらを喋って盛り上がっているし、俺の居場所がないように思えて仕方ない。
俺は気配を殺すようにスッと立ち上がると、音を立てないようにして部屋を抜け出す。
「上手くいかねえなあ」
俺の溜め息はそれなりに深かった。
夜の浜辺は綺麗だ。
月が反転して水面に映っている。
波の音はそれほど大きくないけど、なんだか心に染みてくるようだ。
その景色と波の音は何故だか飽きを感じさせず、いつまでも俺をそこにいさせてくれる。
浜辺で腰を降ろして、どれぐらい経っただろう。
頬に、急に冷たい感覚があって驚く。
「うわ!」
振り返ってみると、そこにはコーラの缶を2本持った佐伯が立っていた。
どうやら頬に缶を押しつけられたみたいだ。
佐伯がコーラの片方を俺に手渡す。
「なーに黄昏てんのっ」
「な、なんだよ。お前かよ」
コーラを受け取ると、佐伯は俺の隣に腰を下ろし、自分の缶の蓋を開ける。
「夜の海も、なんかいいね」
「え、ああ。そうだな」
ざざーん。
ざざーん。
2人でしばらく波の音に聞き入る。
海を見つめながら、俺もコーラの蓋に指をかけた。
ぶしゅ!
そんな音がするのと同時に、冷たいコーラのしぶきが俺の顔に襲いかかる。
「うわ!」
「あはは」
「お前! コーラ振りやがったな!?」
「元気出た?」
「俺は最初から元気だよ!」
「そ? ならいいんだけど」
佐伯はつ、と立ち上がる。
「なんだか悩んでるように見えたからさ」
「余計なお世話だ!」
「それだけ怒れるんなら大丈夫だね。じゃ、あたしもう戻るから」
言い残し、佐伯は海に背を向けた。
俺は「なんなんだ、あいつは」とぼやいて、砂の上に大の字になる。
しかしすぐさま、俺は上半身を起こして遠ざかろうとする佐伯に声をかけた。
「おーい、佐伯ー!」
「なあにー?」
「ちょっと来いよ!」
「なんでよー!」
「いいから! 早く!」
「なんなのよ」と訝しげにしている佐伯に、俺は「ちょっとここで寝てみろよ!」と興奮気味に言った。
「寝る? パジャマが砂まみれになっちゃう」
「そんなの払えば落ちるから、ほら!」
俺は再び地面に背をつける。
ぶつぶつと文句を言いながらも、佐伯も隣で横になった。
「あー!」
「な?」
そこにはどれが星座になるのか解らないぐらいの多くの星々が輝いている。
俺たちの視界を全て、星空が支配した。
「綺麗」
たまには佐伯も素直なことを言う。
この小さな星の1つ1つはきっと、実際は地球よりも大きいんだろうな。
俺もふと、正直な気持ちになった。
「俺、なんて小さいんだろうな」
「そうだね」
「否定しろよ、そこは」
「だって小さいじゃない」
「お前、俺を元気づけに来たんだろ!?」
「ちが、なんであたしがあんたなんかを心配しなきゃいけないのよ!?」
「なんだと!?」
「なによ!」
気がつけば、俺と佐伯は互いに砂を投げ合って戦っていた。
夜空に俺たちの笑い声が響く。
なんとなくだけど、明日は最高にいいことがあるような、そんな気がした。
この予感はきっと気のせいなんかじゃない。
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「前言撤回だ!」
春樹が怒鳴り散らす。
「今日は最高にいいことがありそうだと思ってたのに、最悪じゃねえか!」
あたしには全く意味の解らない文句だ。
だいたい、なんでこいつが被害者ぶってるのよ。
怒りたいのはこっちのほうだわ。
あたしは「なによ!」と怒鳴り返す。
「あんたがちゃんとボートを繋いでおかないからでしょ!?」
「お前がここに来たいって言ったんじゃねえか!」
水着のままだから、雨のせいで夏なのに肌寒い。
文句を言い合いながら、あたしと春樹は山道を進む。
この島には今、あたしたち以外に誰も人がいない。
続く。
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